グラブダブドリブ

「AKI」

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グラブダブドリブ

「AKI」


1・彰巳

 売れてないとは言うけれど、俺たちよりはマシじゃん? だったフォレストシンガーズの木村章との初対面は、ジョイントライヴの楽屋だった。
 楽屋とはいっても、俺のバンドが出演していたのではない。グラブダブドリブとレイラとダイモスがジョイントし、オヤジバンドの「defective boys」がゲストとして出る。俺はそのうちのレイラの楽屋に挨拶に行ったのだった。
 その後、木村章は俺の知り合いの女性ギタリスト、加西チカを誘って「トワイライトエクスプレス」というお遊びバンドを結成してライヴをやった。アルバムも出し、俺たちのバンドのアルバムよりは売れた。
 あれからフォレストシンガーズは売れた。反して、俺たちのバンドはまるっきり売れない。
 昔から俺は思っていたものだ。世の中ってのは不公平でさ、神さまの恩寵とかってものも公平には配分されないんだ。俺みたいな神に愛されない奴は、終生下積みさ。
「なに言ってんだよ、アキ、おまえはな」
 ヴォーカルグループのメンバーではあっても、ロックがこの世のなによりも好き、そこだけは俺と気の合う木村さんは、たまに酒やメシをおごってくれて、こう言うのだった。
「この話は聞いたぞ。彼女と飲みにいって帰りに不良にからまれて、そこにたまたま通りかかったのが沢崎司だったんだろ」
「たまたまっていうか、俺たちがからまれてるのを高い塀のむこうで聞いて、正義の味方の剣士が塀を乗り越えて助けにきてくれたんだよ」
「だろ。それがグラブダブドリブの沢崎司だったなんて、おまえは神に愛されてるんだよ」
「そうかなぁ」
 あのときの彼女、コノミとはとっくに別れた。この間、街ですれちがったコノミは赤ん坊を抱っこしていて、隣を歩く太った男はハナタレ坊主の手を引いていて、ふたりは仲良くいちゃいちゃしていて、俺にはコノミは目もくれなかった。
 俺がヴォーカルをやっているバンドがデビューして間もないころに、母校の高校の文化祭がらみで再会した同級生たち、サッカーと野球とフリーターの三人ともに、名前も聞かない。フリーターはコンビニの店長になったとしても名前は聞かないだろうが、スポーツ選手ふたりはあのまま二軍暮らしか。
 鷹取高校の卒業生には有名になっている奴はいないはずだから、厄高校が悪かったのか。俺の周囲はそんなのばかりだ。
 いや、そんなのばかりではなくて、俺たちをデビューさせてくれたのはグラブダブドリブだ。あのときに司さんと会っていなかったら、グラブダブドリブの合宿でハウスボーイをやっていなかったとしたら、俺も今頃はフリーターだっただろう。
 コノミになんか未練はないけど、現在の俺が好きな女の子は悠介さんの彼女の妹で、悠介さんに横恋慕している。悠介さんの彼女はドイツに単身赴任しているから、早く帰ってこないと麻穂に彼氏を取られるぞ、と俺が言っても意味ないし。
 恋にも仕事にも恵まれない俺は、成功している人間を見るとひがみたくなる。木村さんなんて俺よりもちびだし、歌はうまいにしたって、顔もいいにしたっておっさんに近いし、脚も短くて性格だってよくないのに。
「その上に、おまえは中根悠介や真柴豪に作詞作曲を教えてもらってるんだろ」
「ジェイミーに歌も教えてもらってるよ」
「歌は教えていらないけど、ギターや作詞作曲は真柴豪や中根悠介にだったら教わりたいよ」
「木村さんは独学?」
 木村章と高石彰巳。アキラとアキミ。俺たちは名前だけは似ているのだが、フォレストシンガーズの木村章ならば知っているひとも、キャットニップスの高石彰巳は知らないはずだ。
「俺は本橋さんや乾さんに指導は受けたよ。幸生から刺激も受けたよ」
 本橋、乾、幸生というのはフォレストシンガーズのメンバーだ。あとひとり、シゲさんと呼ばれている男がいて、彼は作詞作曲は苦手なのだそうだ。
 リーダー、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章、これがフォレストシンガーズ。大学の先輩後輩だそうで、木村さんのみは一年生で中退してロックバンドをやっていた。バンドを解散してから三沢さんと再会して、フォレストシンガーズに引っ張り込まれたのだと言っていた。
 一方、グラブダブドリブ。リーダーでベース、沢崎司、ギター中根悠介、ヴォーカル、ジォイミー・パーソン、キーボード、ボビー・オーツ、ドラムはドルフ・バスター。
 純日本人は司さんだけで、フィリピンやらイギリスやらアメリカやらと、みんな日本語は堪能ではあるが、国際色豊かなバンドである。
「ロック畑だったら悠介さんや豪さんのほうがいいと思うだろうけど、R&Bやソウル系のほうだったら本橋さんや乾さんのほうをうらやましがるよ」
「とすると、俺らどっちもないものねだりか」
 だけど、ないものが俺には多すぎて、木村さんとは比較できない。
 バンド名にしても、デビューしてから何べんも変えた。験をかついで売れるためのおまじないのようにして、バンド名変更を繰り返した。「キャットニップス」のキャットはドルフやチカのいた「プシィキャッツ」にちなんだのだが、プシィはアマチュアで終わっているのだから、よくないゲンかつぎだったかもしれない。
「俺たちだって長く売れなかったんだ。焦るなよ」
「フォレストシンガーズが売れ出したのって何年目くらいから?」
「本橋さんと乾さんが三十になるころだな。初の全国ツアーは、俺が二十九の年だよ。デビューしたのは俺が二十二の年なんだから、苦節七年ってところだぜ」
「俺たちはまだ七年もたってないけどね」
「だから、焦るなよ」
「売れたきっかけってある?」
「ラジオかな」
 ラジオの早朝番組のレギュラー。しかも五人と、現在はシゲさんの奥さんであるテニス選手の恭子さんとで、週に三回も出演したのだそうだ。その番組からほんのちょっとずつ、フォレストシンガーズの知名度とファンの数がアップしていったのだと、木村さんが話してくれた。
「シゲさんが恭子さんと結婚したころから、ようやくぼちぼちアルバムなんかも売れるようになったんだよ。おまえらってラジオには出てないのか」
「俺は週に一度、超ローカル番組に出てるんだけどね」
「テレビか」
「ケーブルテレビだよ」
 「キャットニップス」の所属事務所はグラブダブドリブと同じだ。グラブダブドリブは日本有数の人気ロックバンドだから、事務所は彼らのおかげで潤っている。おかげさまで俺たち無名のミュージシャンも、事務所からうるさく言われることは少ない。
 グラブダブドリブがテレビに出てくれたら、おまけとして俺たちもくっついていけるのかもしれないが、彼らはテレビ拒否だ。ライヴハウスに出演するときなどに、たまに俺たちが前座で出してもらったりの、おこぼれはもらえる。
 事務所がうるさく言わなくても、このままでは干上がるので、俺ひとりの仕事を事務所が持ってきてくれた。ひとりで小さな仕事をするときにはマネージャーもなしで、俺は一週間に一度、相模湾で釣りの番組に出演する。
 なんだってロッカーが釣りなんだ。しかも、俺のこの長い髪に釣り糸がからまって騒いで、共演者のお笑い芸人に蹴飛ばされたり、夏だったら海に投げ込まれたりもする役なのだった。
「音楽番組じゃないんだな。俺たちもそうだったよ。そういうテレビ番組に出たよ。あれ、あるんじゃないかな」
 CM音楽作曲という、ミュージシャンらしい仕事を頼まれてラジオ局に行っていた。帰りに木村さんと会って、俺んちで飲もうか、と誘われて連れてこられた彼のマンション。俺もせめてこのくらいの部屋に住みたいな、木村さんなんかギターは下手なくせに、なんでこんないいの、持ってるんだよ、とひがみ心が誘発される部屋だった。
 ギブソンの最高級モデルエレキ。いいなぁ、俺にとっては商売道具なのに、こんなに高いの、買えやしない。俺はお願いした。
「弾かせてもらっていい?」
「いいよ」
 木村さんはDVDを探していて、俺はギターを抱えた。
「お、ジョー・ウォルシュだ。器用だな、アキは」
 DVDを探していても耳はギターに集中しているようで、イーグルスの曲のイントロを弾いたら、ジョー・ウォルシュの真似だと即座に言い当てられた。
「これこれ、あったよ。こんなものは昔は見たくもなかったんだけど、部屋の整頓をしてたら出てきたんだ。今となったらなつかしくてさ」
 ラベルには「ランチタイムしょー」とある。フォレストシンガーズがデビューしたぱかりのころに、五人で出演したテレビ番組。十年ほど前だったら、俺は高校生だったか。こんな番組があったのは思い出した。
「あれ? ちがうじゃん」
 しかめっ面になった木村さんが言い、どうちがうのかはわからないままに、俺は画面に目をやった。


2・章


 売れないグループの悲哀はいやってほどに味わってきたのだから、気まぐれで我が家に連れてきた彰巳がうだうだぼやきをやっていても、無下に怒る気にはならない。俺もちっとは辛抱強くなったかな。
 笑わせてやろうかと取り出したDVDをセットして、彰巳とふたりして見つめる。彰巳は俺の宝物のギターを抱えて、真面目な顔をしている。これはバラエティ番組に出た俺たちを社長が録画したもののはずだが?
 なんとなく画面が揺れている。男の後頭部五つが写っていて、どこかのソファにすわっているらしい。見覚えのある景色だ。そのうちのひとりが、聞き覚えどころか、聞き飽きた声を発した。
「横田さん、僕の気持ちを受け取って下さい……愛しているんですっ!! じゃーんっ!!」
「そのじゃんってのは、おまえの口ぐせの「そうじゃん」「ちがうじゃん」とかの語尾か?」
「ちがいますよ、乾さん、効果音」
「またあれをやるつもりか? 頼むからやめろ」
「シゲさんがそんなにいやなんだったらやめてもいいけど、こういうシーンになると愛の交歓のアテレコをやりたくなるんだよね。うっ、殺気!!」
「やめろ、蹴り殺すぞ」
「リーダーったら、乱暴なんだからぁ。章、なんとか言えよ」
「やめろ」
「お、章が低い声を出してるよ。主役はおまえなんだから、自分の声でアテレコ、やる?」
 なんなのかを思い出して、俺はリモコンを操作してDVDを止めた。
「アキ、ちょっと待て」
 ケータイでかけたら、美江子さんはすぐさま出てくれた。
「章くん? んん?」
 こんなのがうちにありましたよ、と話すと、美江子さんはややあってから笑い出した。
「それ、私が撮ったほうだよ。社長が番組そのものを録画した分は、うちにあるの。その番組をみんなで見てる様子のほうは、私がハンディビデオで撮ったのよ。覚えてない?」
「それをDVDにダビングしたんですね」
「そうそう、そうだよ」
「なんだって俺のところにあるんでしょうね」
「どうしてだろ? 見たいな、今度、うちに持ってきてよ」
「俺は見たくないから、美江子さんにあげますよ」
 まだ仕事中だと言う美江子さんに、お疲れさま、と言い残して通話を切った。
「たしかめてからおまえに見せるんだったよ。DVD鑑賞会は中止だ」
「あれはなんなの?」
「俺のミスだよ」
 あのころ、フォレストシンガーズのうちの何人かが出演するこのたぐいの番組を見たり、全員が出ている番組をあとからみんなで見たりすると、幸生がアテレコをやっていた。
 乾さんと俺が雪の中を走り回って、鳥をつかまえて焼き鳥にする番組では、今となってはたいへんになつかしい奴らと共演した。同じ事務所のジャパンダックスの男ふたり、俺の大嫌いだったシブとゴン。奴らも俺たちを嫌っていて、雪の中で俺にいやがらせをしかけてきたのだった。
 シブだったかゴンだったかにスキーパンツを脱がされそうになっていたら、乾さんが寄ってきてころぶふりをしてそいつをやっつけてくれた。乾さんも俺も雪国生まれだからこそそんな仕事に選ばれたのだから、積雪には慣れていて身軽に動けるのだ。
 ころぶふりをしてシブだかゴンだかの腰にタックルしたり、蹴飛ばしてころばせたりしていた乾さんのシーンを、カメラが克明に追いかけていた。そのシーンを見て、幸生は愛の交歓アテレコをやっていたのだそうだ。
 それからだってそう見えなくもない場面になると、幸生がやりたがる。本橋さんとシゲさんは怒り、美江子さんは大笑いし、乾さんは苦い顔。俺は幸生をとっつかまえようと走り回り、幸生は逃げ回りながらもまだやっていた。
 若かったあのころ、売れなかったあのころ、だけど、楽しいこともあったな、と今ではなつかしいにしたって、そんなシーンを彰巳には見せたくなかった。
「見たいな。これって番組の録画じゃないんでしょ?」
「俺は見せたくないんだからさ、ギター、弾けよ」
「うん」
 ロックをやってる人間はみんなギターが好きだ。ロックに興味のない乾さんもギターが上手だし、うちのメンバーはみんな、まがりなりにはギターが弾ける。フォレストシンガーズではギターは俺が二番目にうまいはず。
「俺はグラブダブドリブのみんなには、歌はうまくなったけどギターはドドドのド下手だって言われるんだよ」
 ぼやきっぱなしの彰巳は、しかし、俺よりはギターがうまい。俺はヴォーカリストだもん、と弁解してみて気がつく。彰巳もヴォーカリストなのだった。
「ボーカロイドとかいうのがいるんだよね」
「なんだかすげぇ歌唱法が可能なんだろ。だけど、所詮は機械だよ。機械ってかソフトってかだよな。人間は人間の歌に酔ったり感動したりするんだ」
「俺たちもファンに感動を与えるほどの曲ができたらなぁ」
「彰巳」
 先輩の真似をしてみた。
「ファンの方々に感動していただける曲を書きたい、演奏したい、歌いたい、だろ」
「へ? あ、そか。与えるだったらえらそうだね」
 昔の俺ならば、言い方なんかなんだっていいじゃん、と乾さんに反抗した。だが、彰巳は素直に言った。
「俺がえらそうに言える立場じゃないね。ああ、いい音だな。こんなにいいギターで作曲したら、いい曲ができそうな気がするよ」
「錯覚だろ」
「かもしれないけど……」
 そんなに気に入ったんだったら、そのギター、やるよ、と言ってやってもいい。彰巳がいい曲を書くのならば、その程度の投資はしてやってもいい。
 俺にとっては宝物だとはいっても、この世に唯一無二の貴重なギターでもない。このモデルは簡単に購入できるのだし、俺にはもう一度同じギターを買う経済力ができた。彰巳は昔の俺たち同様、貧しいはずだ。
 けれど、施しはほしくないと言うのだろうか。俺は彰巳の性格を把握しているわけではないから、やるとは言わなかった。


3・彰巳

 十代だった俺が司さんと知り合い、グラブダブドリブとプロデューサーの豪さん、豪さんのいとこだという澪左とともに海辺の別荘ですごしたあの日から、さまざまな出来事があった。
 司さんは大学時代からの恋人と遠距離恋愛をしていて、いつしか疎遠になって別れてしまった。悠介さんも遠距離恋愛をしていて、こっちの彼女はドイツ在住という超遠距離であるが、司さんに言わせるとカップルの精神力が強いらしく、続いている。
 悠介さんの彼女の宮本花穂さんの妹、麻穂に俺が恋をして、なのに告白もできないでいるうちに別の女に心を奪われて、というのは別の話だから置いておいて。
 ドルフとチカは一種摩訶不思議な関係で、ドルフもチカも変人だからあんなふうなのが続くのだと、平凡な男である俺はそう解釈しておくしかない。
 ボビーは恋に興味がないと言う。それだって平凡な男には信じがたいのだが、ボビーは音楽を食べて生きているのか。あまり手のうちを見せてくれないボビーは仲間たちにとっても謎めいた男。俺に彼の内心がわかるはずもない。
 初対面のときには俺をからかったりいじったり抱きしめたり、ぶん殴ったり蹴飛ばしたりしたジェイミーは、結婚して子供もできた。
 グラブダブドリブのツアーのための女声コーラスのオーディションにただひとり、合格とまではいかない、との条件つきで選ばれた城下藍さん。俺は彼女と一緒にジェイミーに歌のレッスンをつけてもらって、藍さんの分まで殴られた。
 ジェイミーに殴られたり怒られたり、さわられたりってのは慣れてしまったので、別段どうってこともない。藍さんが幸せそうだから、俺も嬉しい。
 率直に言って花穂さんは麻穂よりも美人度では劣り、藍さんはさらに劣るかなぁ……と、うぎゃ、ジェイミーには内緒ね、首を絞められるから。
 俺は藍さんとはけっこう触れ合ったので、彼女の脚やらふっくらした腹やらを見て、太いなぁ、と思ったことは何度でもある。声は綺麗で歌はうまいけど、美人だとは一度も思わなかった。性格は控えめで優しくて、こんなだから歌手として大成しないのかと、自分を棚に上げて思ったものだ。
 そんな女がタイプだと言って、強引に口説いてかっさらって嫁にしてしまったジェイミーはかっこいい。歌手としての格がちがいすぎるの、藍さんは玉の輿だの、美しくもない女がロックスターと結婚する方法!! だのと記事にした奴らは、全員地獄に落ちろ。
 そりゃあ、俺の彼女にするならもっと可愛い子がいいけど、姉さんのように俺の面倒も見てくれる藍さんが大好きだから、彼女の悪口を言う奴は許せない。
 奥さんは美人ではなくても、欧亜混血なのだから、ジェイミーと藍の娘は赤ん坊でもとびきりの美少女だ。天使ってのはこういう赤ちゃんがモデルなんだな、と納得させられそうな金髪のアイリーヤは、子供になんか興味のない俺でも、見ていると頬がゆるむ。
 顔の綺麗な男は美人にこだわらないってのは本当かも? 司さんのモトカノの野枝さんにしろ、花穂さんにしろ藍さんにしろ、美人だとはいえない。藍さんにはなにやら事情もあったそうで、それゆえにジェイミーがいっそう燃えたのだともちらっと聞いたが、俺はよくは知らないし。
 すると、美人がいい、可愛い子がいい、と言っている俺は修練が足りないんだな。反省してます。
 チカは美人だが、男っぽすぎる。その上にドルフの彼女ではない。グラブダブドリブ周辺には美人の恋人ってものがいなくて、関係者の豪さんの彼女だけが美人だった。
 岡村聡美、テレビ局勤務のビジネスウーマン。俺はグラブダブドリブの交友関係にしてもよくは知らないが、仕事で知り合って豪さんが口説き倒し、遊び人の汚名を返上すべく、すべての女を清算して聡美さんに挑み、結婚にこぎつけたと聞いていた。
「……彰巳くん?」
 高名なプロデューサーとテレビウーマンのカップルなのだから、思い切り盛大な式にすることもできただろう。けれど、意外に質素で音楽がいっぱいの結婚式で、俺は数年ぶりにレイサと再会した。
「彰巳くんはロックバンドのヴォーカルとしてデビューしたんだよね。おめでとう」
「売れないけどね。ありがとう。レイサは大学生になったの?」
「うん」
 そんなに背は高くないけれど、淡い黄色のドレスに身を包んだレイサは、彼女が中学生のときに俺が感じた通りに、素晴らしい美女に成長していた。
「家族と一緒に来てるんだろ。二次会には行く?」
「彰巳くんは行くの?」
 式が終わると、レイサと俺はふたりきりになった。
「家族は一緒だけど、帰るのまで一緒じゃなくっていいんだよ。二次会か……行きたくないな」
 そうだった、レイサはいとこの豪お兄ちゃんに恋していたんだ。
 中学生だったレイサは口にはしなかったけれど、態度にも豪さんを見上げるまなざしにも、言葉にも彼への思慕があふれていて、俺までが切ない心持ちになった。
 子供扱いしかしてくれない豪さんは、レイサの彼氏には絶対になってくれないだろう。レイサの恋は絶対に成就しないはず。俺がそう感じていたまんま、レイサは大好きだった男の結婚式に参列して、美しい新婦をゲスト席で見つめていた。
 あんなものは吹っ切ってしまったのか、ひきずっているのか、俺には表情も読めなかったけれど、レイサに誘われて、二次会には行かずに結婚式の行われたホテルの外に出ていった。
「グラブダブドリブの他の人には挨拶した?」
「お辞儀くらいしかしてない。みんな、あたしを覚えてくれてるようだったけど、グラブダブドリブは大スターだもんね。迂闊に近寄ったらガードマンに追い払われるんじゃないの?」
「親戚なんだから、そこまではしないだろうけどさ」
「ジェイミーは結婚したんだよね」
 あのころはまだ子供はいなかったので、俺はうなずき、レイサは続けた。
「悠介さんには彼女がいる……あたし、悠介さんって嫌いだったんだけど、かっこいいよねぇ」
「かっこいいよ。あのときは……」
「あのときってなに? 忘れたよ」
「あのとき、悠介さんが作った曲をプレゼントしてもらったんじゃなかった?」
 合宿所のキッチンで料理をしている俺にものを投げてきたのはレイサで、俺も応戦していると、レイサが悠介さんに叱りつけられて、抱え上げられてどこかへ連れていかれてしまったのだった。
 昼食も夕食も食べずに部屋に閉じこもって泣いていたのか、そんなレイサに豪さんが聞かせてやっていた曲は、悠介さんの作曲だとジェイミーが教えてくれた。あのときのメロディは俺の耳にこびりつき、俺もあんな曲が書きたいと渇望してきた。
 翌朝には泣いた跡の残った顔をして、朝食の席についたレイサ。ジェイミーの歌のレッスンが開始して俺は死にそうになっていたので、レイサにかまっている暇はなくなってしまったけれど、時々は話をしたり、口喧嘩をしたりした。
「曲……」
「曲も忘れた?」
「あのころってグラブダブドリブは今ほど売れてなかったけど、熱狂的なファンもいたよね。友達の彼氏にそういうファンがいて、悠介さんの曲の話をしたら、売ってくれって言われたの。その男は友達ともじきに別れたから、どうなったのかは知らないよ」
「売っちまった?」
「あたしの親は金持ちではあるけど、お小遣いには不自由してたの」
 売るんだったら俺に……しかし、俺には金がないから買えなかったか。あんな曲が手元にあると無意識でぱくってしまいそうだから、ないほうがよかったのか。コピーしてギターの練習だったらできたのに。
「嘘だよ。どこかにしまってあると思う。ほしい?」
「くれるの?」
「あげてもいいけど、そのかわり……」
「なんだよ」
「あたしのお願いも聞いて」
 なんのお願い? 見返すと、レイサは俺をまっすぐに見つめ、目を伏せてから言った。
「今日は遅くはなれないけど、もう一度会って。そのときに、あたしと寝て」
「寝る?」
「彰巳くんだってあたしを子供扱いした。豪なんかはいつだってあたしを子供扱いしまくって、豪の煙草を吸ったときだってこうだよ」
 ガキが火遊びすると寝小便するぞ、だったのだそうだ。
「彰巳くん、言ったっけね。小さいころにおねしょして豪さんに叱られたんだろって。そういう話はしたくないんだけど、豪が結婚するって話してくれたときにね……そしたら一度だけ……そう言ったの。その前に一度だけ、あたしを抱いてって言ったの」
「レイサ、道を歩きながらそんな話は……」
「いいの、聞いて!!」
 吹っ切れてなんかいなかったのだ。俺の気持ちも暗ーくなってきた。
「豪はあたしに顔を近づけてきて、鼻を動かしたんだよ。おまえ、昨夜も寝小便したんじゃないのか? だって。悔しくて殴りかかったら抱き上げられて、部屋からほっぽり出されちゃった。いつまであたしを子供扱いするのよっ!!」
「いや、あの……うん、あのさ……」
「彰巳くんの意見なんか聞いてないの。あたしはおねしょのにおいのするガキじゃないんだから、処女だからってそうやって子供扱いされるんだったら、彰巳くんに処女じゃなくしてもらいたいんだよ」
「なんで俺なの?」
「だって……」
 その気になって男をナンパしたら、食いついてくる奴は無数だろう。大学にだって男はいるのだろうし、そもそもレイサに彼氏がいないはずがない。
「つきあってる男はいるけど、そいつにだって馬鹿にされそうだもん。大学生にもなって処女だなんてあり得ないって、女の子たちだってせせら笑ってるよ」
「そうでもないんじゃないのかな」
 ブスだったら処女であれば恥ずかしいのかもしれないが、レイサだったらむしろ、清純で神聖な感じがしてうっとり……などというのは男の理屈であって、レイサはそう言われると怒るのだろうか。
「悠介さんのあのテープ、あげるから、あたしと寝て」
「そんなものはもらわなくても、レイサとだったら喜んで、と言いたいんだけどさ、おまえ、彼氏はいるんだろ」
「いたっていなくったって関係ないでしょ」
「俺の気持ちとしては関係あるよ。そいつと別れて俺の彼女になるのか」
「……彰巳くんってあまりに将来性がなさそうだし、親に反対されそうだし」
「ああ、そうかよ。俺だってお断りだよっ」
 いささかむかっとしたのと、ほとんどは強がりとで背を向けて、俺はレイサをほっぽって走り出した。それっきり彼女には会っていない。
 少女の面影も残るあれだけの美女が、男にお願いして寝てもらわないといけないと考えているなんて、その考えはまちがっていると言ってやりたい。悠介さんのあの幻のテープもほしい。豪さんに頼めばレイサのメールアドレスくらいは教えてもらえるのかもしれないが、言い出しづらくて放ってあった。
 グラブダブドリブもひとりは妻子ある身になった。変な奴がふたりいるので、ドルフとボビーは除外するとして、悠介さんは超遠距離熱愛中、司さんは失恋別離ハートブレイク中だ。三十代の特殊な仕事をしている男たちとすれば、こんなのは普通か。
 年齢はグラブダブドリブとほぼ同じのフォレストシンガーズも、妻子ありがひとり。妻ありがひとり。独身が三人。まあ、平均的だろう。
「それで、おまえは?」
「……木村さんは?」
 まあな、うん、まあね、などとごまかし合って、えへへと笑う。俺は二十代なのだから先が長いとはいえ、あんたは三十すぎたんだろ、しっかりしろよ、とロッカーらしからぬ台詞を、胸のうちで呟いてみた。


4・章

 チカやドルフのプシィキャッツと、スーや俺のジギーがアマチュアロック界でしのぎを削っていたころ、ってほどしのぎなんてなかったけど、彰巳は小学生だったのか。小学生、それで思い当たった。
「おまえ、なんとなく俺の弟に似てるんだよ」
「弟がいるの?」
「十二歳年下の一浪大学生、龍だ」
「大学生か、気楽でいいね。俺は大学には行ってないからさ」
「俺も行ってないのと同じだよ」
 高卒どころか、中学校だって登校拒否してろくに通わなかったという奴は、ロック界にはけっこういる。龍は彰巳よりは年下だが、俺に似ているのも弟に似ているのもあって、かまってやりたくなるのかと思い当たったのだった。
「このギター、ほしいか?」
「ええ? いや、そりゃほしいけど……うん、金を貯めて買うよ」
 龍だったら大喜びでかっぱらっていきそうだが、彰巳は他人だからもあるのか。爽やかに笑って、ちょうだいとは言わなかった。
「おまえももてるだろ。俺よりは背も高いんだし、顔もいいんだし」
「木村さんよりも高いってのは……いや、すんません、失言」
 失言と言われるとなおさら気分が悪い。この年になっても身長については達観していない俺は、ここに幸生を引っ張ってきたくなった。
 うちのメンバーたちは全員、マネージャーの美江子さんも含めてグラブダブドリブとは関わりがある。唯一、幸生だけが誰とも生では会っていないし、口をきいたこともないのだそうだ。ちびっこコンプレックスは俺と同様の幸生は、あんな奴らには会いたくねえんだよと言っていた。
 すると、彰巳にも会いたくないのだろうか。そんな目で改めて見てみると、背丈もひょろひょろ具合も彰巳は龍に似ている。幸生は龍を可愛がってくれているから、若い奴とだったら会ってもいいと言うかもしれない。
「もてなくはないんだろうけど、将来性がないって言われるんだよね」
「俺もおまえくらいのときには、べろもてたんだけどな」
「最近はもてない? べろってのは……」
 べろっと舌を出してから、彰巳は笑った。
「超って意味?」
「まあそうだな。おまえ、どこの出身?」
「俺は東京だよ。木村さんは稚内だって知ってる。今度、龍くんに紹介してよ。弟もロック好き?」
「聴くのは好きみたいだよ。じゃあ、彰巳、そのギターでおまえの恋の歌を作曲して、酒の肴にしよう。うまくできたら俺が詩を書いてやるよ」
「……」
 目を白黒させて彰巳が考えているのは、木村章の詩がロックナンバーとして使えるだろうか、であろうか。
「俺はもとロッカーだ。ロックの歌詞だって書いてるよ」
「それ、俺たちのアルバムに収録していいの?」
「うまく書けたらな」
 木村章作詞、高石彰巳作曲のロックナンバーが彰巳たちのバンド「キャットニップス」の出世作になったとしたら? 酔ってきて気が大きくなってきたのか、気宇壮大な幻が浮かんできた。
「高石さんはあの曲を、木村章さんのギターで作曲なさったんだそうですね」
「木村さんの部屋で、即興で書いた曲が全米ナンバーワン、すごいですね」
「高石さん、木村さん、ご感想は?」
 カメラのストロボの中、彰巳と俺に突きつけられる無数のマイク。英語の質問も飛び、通訳も何人もいて……そこでうっと現実に戻った。
「駄目だ。フォレストシンガーズが先だよ」
「木村さん?」
「いいんだよ。いいから作曲しろ」
「そんな、急に、無茶な」
 文句を言いながらも、彰巳はギターを弾いている。目を閉じるとまたもや幻が見えてきた。
 ステージの上に立ち、背中合わせでツィンギター、ツインヴォーカルで熱唱しているのは彰巳と俺か。幻のふたりが歌う歌は、全米ヒットチャートNO.1のフォレストシンガーズの歌。俺の気宇壮大はその程度だが、酒のつまみとしては大変に美味な幻だった。

END



 
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