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みずき霧笛「誘惑」

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「誘惑」

1

「てめどやってォレのカノジョのなまェを知ったんだョカッテニぱくんなョ
 著者権とかつモノがあるんだろうがョ
 てめのしょぅせっに出てくる菜々葉はォレのカノジョのなまェだョ
 カッテニぱくぱくしたんだったらカネよこせ」

 意味不明。なんだこのメールは、であった。
 てめ? ォレってのは「俺」だろうか。ォ、ェ、ョが小文字なのはなぜだ? 暗号か。どうして句読点が一切ない? しょぅせっってなんだ? 「小説」か。

 変なカタカナと小文字まじりのメールをもらって頭を抱えて、みずき霧笛はなんとか解読しようと長い時間をかけた。

「おまえの小説に出てくる「菜々葉」というのは、俺の彼女の名前だ。
 勝手にばくったんだったら金をよこせ」

 と言いたいらしい。著者権とは「著作権」の誤りか。それを言うなら「肖像権」ではないかと思うが、この文章の前ではそんなことは瑣末事であった。

 世の中にはギャル文字とかいうものがあるとは、もの書きであるみずきは知っている。もはや十代の女の子からは古いと言われていて、むしろ若者ぶりたいアラサーやアラフォーの女性が使う場合が多いらしく、時には男性も使っていて、イタイと言われていたりするらしい。

 日本語の未来について憂う、良識ある頭の堅い大人、みずきはその人種の一員なので、そんな文字は使わない。友人知人にもこんなメールを送ってくる者はいない。

 ブログにも、私はギャル文字だの小文字乱用だのは好きになれないと書いているから、メールフォームに届くメールにもコメントにも、めったとそんな文字は使われていない。

「みずきさんのブログ四だなう」
「オモロカッタぉ」

 程度のジョークめいたコメントがある程度だった。

 そもそもはそんな文章を書く人間は、みずきの小説なんぞは読まないと思っていた。そもそも読書をしないから、奇妙な文章を書くのだろうと漠然と思っていたみずきの認識は、まちがっていたのだろうか。

 菜々葉が出てくるのはみずき霧笛の最新短篇小説集の一編、「Dance with me」だ。
 音楽を題材にしたり、知り合いのミュージシャンをモデルにしたりした短篇を多く書いているので、読書好きばかりではなく、音楽好きの読者もいるようではある。そっちのタイプの読者なのだろうか。

 彼女、ォレ、と書いていて、署名は「乱丸」。男性であろう。俺女もいるのだから男性と限定はできないかもしれないが、男性だと考えるほうが普通だ。

 どうしようか、返信すべきか、と考えてから、ひとまずは乱丸くんのブログを見にいくことにした。彼からのメールにはフリーメールアドレスと、ブログのURLであろうアドレスが明記してあった。

「ななタン。のひとりごとッ」

 これがブログタイトルである。というと、乱丸くんの彼女のほうのブログか。彼女の名前も菜々葉なのだとしても、みずきが書いた小説のキャラの菜々葉とは断じて同一人物ではない。小説キャラの菜々葉は大人の女だ。

 怖いもの見たさもあって「ななタン。のひとりごとッ」の最新記事を読んだ。

「7タンさみしんだお
 7タンきょわいんだお
 ランタンかまってお
 ランタンめるしてくりゃあお」

 んんん? なんだ、これは? なんと読むのだろう。7タンとはもしかして、ご本人の名前か、ななタン。の変形か。ランタンとはなんだ? 元素の名前か、はたまた、提灯のようなあれか。
 あとのひらがなに至っては、頭が拒絶反応を起こして解読したがらない。みずきは短い記事についていたコメントを読んだ。

「7タンランタンだぴ
 ごめんにゃぁホットいて
 luvluvluvだお」

「ギガギガキガうれpおッッッッッッ!!
 ランタン、あいちてう」

 無理だ。とうてい無理だ。みずきがパソコンの前で頭を抱えていると、妻が仕事部屋に入ってきた。

「どうかした? ああ、これが読めないって? うーむ……こんなの初歩じゃない? っていうより古くない? 翻訳してあげようか」
「きみには読めるの?」
「およそはね」

 解読ではなく翻訳は、こうだった。

「ナナちゃん、乱ちゃんだよ。放っておいてごめんね。
 ラヴラヴラヴだよ」

「とーってもとーってもとっても嬉しいよぉ。
 乱ちゃん、愛してる」

 つまりこのやりとりは、ブログ主の菜々ちゃんとその恋人の乱丸くんの愛の会話というわけなのだった。

「恋人同士にしかわからない暗号で書いてるの?」
「そういうわけでもないでしょ。慣れたら読めるわよ。ギガってのはほら、ギガバイトとかっていうあれで、超のかわりに使ってるだけ。若い子にしたら古いから、もしかしたら大人のカップルだったりしてね」
「大人って、やめてくれ……寒気がするよ」
「あなたも大げさね」

 笑っている妻にメールも見せ、頼んだ。

「ここにコメントしておいたら見るんじゃないかな。きみが書いてくれないか」
「みずき霧笛ですって? 返事なんかしなくてもいいじゃない」
「いや、一応は礼儀だし……」
「いちょうはれいぎ」
「は?」
「いいのよ。じゃあ、書いてみるね」

 妻が綴った返事はこうだった。

「前略、メールを有難う御座います。拙作をお読み頂いたのだそうでして、そちらに搗きましても真に有難う存じます。御質問の件で御座いますが、菜々葉と申す名前は私が考えたもので御座います。然程に珍しい名前でも御座いません故に、誤解なき様、宜しくお願い申し上げます。時に、あなたさまがたっておいくつ? 草々」

「あのね、搗きましても、ってこんな字じゃなくない?」
「気づくかどうか、混ぜてみただけよ。あなたらしいおふざけでしょ」
「作家のくせに日本語が書けないのかって……」
「こんな奴らには言われたくない?」

 再び笑って、妻は「搗きましても」をひらがなに変えて送信した。
 翌日、みずきは恐る恐る「ななタン。のひとりごとッ」を見にいった。

「きゃああギガかわゆ
 みずきのオッチャン
 7タンのぶろぎゅ見たんだァ
 ランタン性交だべ」

「ウケルウケルウケルっす
 オッチャンなに書いてんのかイミフだけどよ
 おいくつかってのだけはわかったじょ
 ランタンは三十一だお何か?」

 もはや妻に翻訳してもらう気にもならないが、ランタンの書いている最後の一文の意味だけは理解して、みずきは発熱しそうになった。

 三十一歳の男がこの文章……まぁ、彼女のブログにコメントとして書く分には内輪の遊びとも思えるが、それならばブログを公開するな。チャットでもやって遊んでろと言いたい。ほとんどぼーっと、みずき霧笛のコメントのあとのレスらしきものを読んでいて、みずきは気づいた。

「というと、性交ってのは成功だろ。僕をこのブログに誘導することに成功したって意味か。そしたら、気にしなくてよかったんだな」

 ならばいいとしよう。
 が、よくない事態も起きた。

 ただいま雑誌に連載中の「Dance with me」長編バージョンを執筆していると、ナナタンはね……と言わせたくなる衝動に駆られる。このような文章は人の脳内を汚染するものであるらしく、妙な誘惑にとりつかれそうになっては、みずきは理性を取り戻して小説を書くのであった。

END


いいわけ

 近頃とある場所で、ギャル文字とやらについての良識ある方々のお嘆きを読んでいました。
 私も「~だお」だとか「なう」だとかは気持ち悪くて恥ずかしくて、自分では絶対に使いませんが、よその方が使っておられるとむしろ面白がるほうです。
「ネ申」くらいだったらまだしも、複雑すぎる複合文字は読めないのでやめてほしいですが。
 なんにしたって、こういうものは流行ってわけですから、一部はすでにすたれているのですよね。
 いや、しかし、けれど、みずきさんが小説のラストで呟いているような誘惑はなくもないので、小説にしてみました。私が書くとなんちゃってギャル文章ですよね。wwwww←これも好きになれないなぁ。


 
 
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