ショートストーリィ(しりとり小説)

23「インスタントセックス」

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しりとり小説23

「インスタントセックス」


 ギターケースをぶらさげた背の高い男。鋭い美貌に惹かれて、ユナのほうから声をかけた。
「ああ、俺、明日はコンテストがあるんだけど、きみの部屋から出陣してもいいな」
「……なんのコンテスト?」
「これを見たらわかるだろ」

 楽器をやっているんだろうから、音楽のコンテストだろう。ユナはそんなことにはなんの関心もないが、この男には相当な興味を持った。
 とはいえ、両親と暮らしている家に彼は招けない。ユナは男の腕を両腕で抱えて、言ってみた。

「あたしの部屋は散らかってるから、あんたの部屋のほうがいいな」
「きみが泥棒しないって保証はないから、ホテルにしようか」
「ホテル代は……」

「それくらいは俺が出すよ。きみの身体には値段はつくのかな? そういうつきあいだったらしたくないけどな」
「ホテル代だけ出してくれたらいいよ」

 ウリなんかしないよ、と怒ってもよかったのだが、この男の美貌はユナの好みにぴったりすぎたので、手放したくなかった。

「俺は司。きみは?」
「ユナ」
「ユナってどんな字を書くの?」
「自由の由と奈良の奈。普通でしょ」
「……普通だけどさ、本名なんだろ? そんな名前だから……ま、いいや」

 そんな名前だからなに? と訊かなかったのはなんのせいか。時としてユナの名前を聞いて嘲笑を浮かべる人間がいるのに気がついてはいたから、確認したくなかったのか。親に訊いても、可愛い名前じゃないの、と言うだけだった。

「行こう、司」
「改名しろよ。ユウナに」
「なんでよ? いやだ。ほっといて」
「ま、いいけどね。きみは綺麗だもんな」

 綺麗な女だったらなんでもいい男と、好みに合ったルックスをしている男だったらなんでもいい女は、ごく気軽に寝て、ごく気軽に翌朝にはバイバイした。

「……ユナってのはさ、こう書くとなんとなくイメージできないか」
 司という名の男とごく気軽に寝た大学生のころから時が過ぎて、社会人になったユナに上司が教えてくれた。

「たまに見る名前だけどね……」
 上司が紙に書いた文字は、湯女。すこし言いにくそうに上司は話した。

「湯の世話をする女。引いては昔の宿場女郎ってのか。今で言うソープ嬢だね。そういう職業の女性なんだよ。きみのご両親は知らなかったんだろうな」
 知らないひとのほうが多いかもしれない、死語のようなものだけどね、と上司は言ったので、ユナとしても気にしないようにつとめていた。

 たしかに、ユナという名前を聞いて冷笑を浮かべるのは年配の人ばかりだったような記憶がある。ユナの両親は十代で結婚したので、きっと知らなかったのだろう。知っていれば娘にそんな名前はつけないと信じたい。
 改めて質問してみたくても両親は亡くなってしまったからできなくて、それからはユナはなんとなく、上司を慕うようになった。

「この間、びっくりしたんですよ」
 残業の手伝いをして、お礼に夕食をおごってあげるよと言われて上司と食事に行った店で、ユナは言った。

「大学生のときに課長と同じようなことを言った男がいたの」
「友達?」
 ベッドでの友達、とまでもいかなかったな、となつかしく思い出しながら、ユナは続けた。

「ユナって名前は……とか言ったけど、はっきりとは言わなかった。あたしもそいつは司って名前しか知らなかったんだけど、ものすっごくいい男だったの。そいつはギターを持ってたから、音楽やってるんだとは思ってた。えーと、アーティストとかいうの?」
「ふむふむ」

「この間、雑誌で見たんだよ、その男。グラブダブドリブの沢崎司だったの。びーっくり」
「グラブダブドリブ?」
「知ってます?」
 四十歳くらいなのだろうか。上司はうなずいた。

「知ってるよ。沢崎司だったらギターじゃなくてベースじゃないのか」
「どうちがうの?」
「いや、いいんだけどね、その沢崎司と……」
 うふっと笑ってみせたから、司とユナがなにをしたのかは上司にも察しがついたかもしれない。

「そいつが言ったんだよね。ユナなんて名前だからきみは……って言いかけた。宿場女郎みたいな名前だからこんなことをするんだろ、って言いたかったのかな。見下されたのかな。改名したほうがいいとも言ってた。意味がわからなかったんだけど、課長にはっきり教えてもらってすっきりしたよ」
「うん……」
 困り顔をしている上司の腕を、テーブルの上で抱えてみた。

「すっきりさせてもらったお礼に……」
「きみはその名前、やっぱり改名したほうがいいね。僕はそんな気はないから」

 きっぱりと言った上司が、ユナの腕をはずす。ユナはちょっぴり面食らった。
 大学を卒業してからはそういうことはしてこなかったが、もうあたしの魅力は男には通用しないのか。おばさんになったってことかな。あんなにお手軽に好みの男と寝られた昔の自分がうらやましい気までしてきた。

「課長って結婚してます?」
「いいや」
「あ、だったら……あたしが結婚してあげてもいいよ」
「きみね、そういうことはそんなに簡単に言うものじゃないんだよ」
「どうして?」

 結婚すると言ってるんだから、簡単でも手軽でもないじゃん? きょとんとしているユナを、上司もきょとんとしているような表情で見つめて、ぷっと吹き出した。

「不思議なひとだね。まあ、これからじっくりと……」
「結婚したらそういう遊びはしちゃいけないんだよね。あたしだってわかってるよ」
「……うん、それもだけど、沢崎司には絶対に接触したらいけないよ」
「するわけないじゃん。むこうは有名な人間になってるのに」

 でも、この上司でさえ知っているような有名なアーティストと、あたしは昔寝たんだよ、と言い触らしてみたい気もして、そうはしてはいけないのかと思うと、ユナとしてはちょっぴり残念だった。

次は「す」です。


「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
グラブダブドリブの沢崎司とベッドで触れ合ったことのある、こういう感覚の女の子、ユナが今回の主人公でした。
彼女に「アーティスト」と呼ばせているのは、わざとです。


 
 
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~ Comment ~

NoTitle

インパクトのあるタイトルだったので、ふらっと立ち寄りました。

この短編、とても良いですね~。
ユナちゃん。
そうか、そういう意味があったのですね。
響きが可愛いから、きっとこの名前の子供、多いような気がします。

私けっこう、小説の上ではこんな軽い女の子、好きなのです。
モラルがないと、言われちゃうかもしれませんが^^;
なんか、ある意味自由で。動物的で。
ユナちゃんみたいな女の子を登場させてみたいなと、ふっと思いました。

ユナちゃんに絡む二人の男性も、対象的でいいですね。
名前一つで、意味深に広がる短編、とっても素敵でした。
ユナちゃん、どんな大人になるのか、ちょっと見てみたいです^^

limeさんへ

こちらにもお越しいただいて、ありがとうございます。
ユナって名前は今どきの子どもにはけっこうあるみたいですね。
「遊女」と書いて「ユナ」と読むという子どもの名前を見たときには、知らないほうが親も子も幸せだろうと思ったものです。

で、こういうタイプの女性。
私には絶対にこんなことはできないから、フィクションの登場人物としては、私も嫌いだとは思えません。
これでうじうじしていたらいやですけど、あっけらかんとしていたら、むしろすごいなぁ、と。
沢崎司のほうがおバカと申しますか……こいつは若いころはこういう奴だったのです。苦笑

そういうの、もっと上手に書けたらいいんですけど、とは、毎度思っていますが。

こういう女は男性から見ると、遊び相手にはいいけど、真面目につきあおうって気にはならないかもしれませんね。
limeさんの書かれたこのタイプの女の子、ぜひ読ませていただきたいです。
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