ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ「翳りゆく部屋」

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フォレストシンガーズストーリィ

「翳りゆく部屋」


 寝苦しい眠りの中に、赤ん坊の泣き声が聞こえていた。
「うるさいな、恵、瑞穂を泣き止ませろよ」
 半ば眠っているからなのか、妻の返事は聞こえない。俺がこんなふうに言ったら、間髪をいれずに口答えする奴なのに。

「うるさいとはなんなのよ、ヒデ。あんたの子どもでもあるんでしょっ!! 
 泣きやませたいんだったら居眠りしてないで、自分で抱っこしてあやしてやったらいいのよっ!!」

「赤ん坊をあやすのは母親の仕事だろっ」
「勝手なことばっかり言わないでっ!! 私は忙しいのっ。あんたは寝てるんでしょっ」

 際限もない夫婦喧嘩がはじまるよりは、恵はいないほうがいいのかもしれない。でも、うるさいな。寝ていられないじゃないか。

 目を覚ますと、俺は小さな部屋の中でひとりきりだった。
「ああ、そうか。俺は家出したんだ」

 家出したというよりも、家を追い出されたのか。どっちでも同じだけれど、俺はひとりぼっちになってしまったのだ。
 では、赤ん坊の泣き声は? いきなり眠りから現実に引き戻されて、すこしばかり激しくなっている心臓の音をなだめながら耳を澄ます。遠くで赤ん坊が泣いている。あれが俺の娘、瑞穂の泣き声ではないのは当たり前だった。

 学生のころに先輩たちに誘われて、フォレストシンガーズというヴォーカルグループのメンバーになって、俺は将来は歌手になるんだと夢見ていた。
 そんな夢を突き崩したのは、恵のひとことだった。

「できちゃったみたい」

 たいていの若い男は、そのひとことで目の前が真っ暗になるのだろう。逃げ出す奴も、そんなら堕ろせと言う奴もいるはずだ。
 だが、俺はそうはしたくなかった。無責任な男になりたくないだけの一心で、恵との結婚を選び、結婚しようと言った次の瞬間に後悔した。

 できちゃったのは恵の早とちりだったけれども、結婚しようと言った前言は覆せない。フォレストシンガーズを脱退して裏切り者になったヒデは、結婚したあとも、サラリーマンになってからも、妻の故郷で暮らしていても、本当に娘が生まれてからも、後悔をひきずり続けていた。

 だから、俺は妻に捨てられた。それだけのことだ。

 茨城からも、俺の故郷の高知からも遠く離れた北国。この土地はどこだったのか、寝ぼけた頭ではすぐさまは思い出せなかった。
 
「窓辺に置いた椅子にもたれ

 あなたは夕陽見てた

 なげやりな別れの気配を

 横顔に漂わせ

 二人の言葉はあてもなく

 過ぎた日々をさまよう

 ふりむけばドアの隙間から

 宵闇がしのび込む」

 アルバイトが休みの午後、赤ん坊の泣き声はやみ、どこかの家からこんな歌が聞こえてくる。
 部屋の中が翳りゆき、俺の人生も翳りゆく。翳りっぱなしでどこまで行くのか。だけど、妻と喧嘩ばっかりしていたあのころよりはいいさ。俺は強いて、自分にそう言い聞かせていた。

END



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~ Comment ~

なんと!

英彦さんはこういうタイプですか。でもよく聞く夫婦喧嘩というか(^-^;電車に乗っててもこういう男性はたまに見かけますね。男の人からすればついつい言ってしまう言葉なのかなとも思います。後悔しながら結婚生活続けられるよりも別れた方がいいのかな……。後悔せずに家庭を大事にしてくれるのが一番ですけどね(^-^;

たおるさんへ

いつもありがとうございます。

ヒデはいやいや結婚したものですから、恵ちゃんとは喧嘩ばかりしていたのですね。
やっぱり結婚するときは、男性のほうが惚れて押しまくるほうがいいかなぁ、なんてね、恋はしたほうが負けだと、身も蓋もないことを考えています。

このふたり、恋人同士のころから、綺麗な恋愛してませんし、恵もけっこう打算的ですしね。
先日紹介させてもらったショートストーリィの他の分は、現在のヒデですので、もっと明るくなってます(^o^)

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鍵コメKさんへ

コメントありがとうございます。

人は夢をあきらめたことを。誰かのせいにしたがることがありますね。
結局のところ、そのほうが楽だからなのでしょう。
恨みつらみを抱いて生きるのもしんどいものではありますが、ヒデの離婚にまつわる行為は、一種の逃避だったのかもしれません。

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