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小説313(三日月)

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フォレストシンガーズストーリィ313

「三日月」


1・翼


 無意識で煙草を吸っていたのだから、あとから言われてぽかんとしたのだから、俺は相当に緊張していたのか、心ここにあらずだったのか。
「大学受験の会場で喫煙するなんて、呆れたもんだね」
「煙草なんてかっこよくないだろ。大学生になったんだからやめろよ」
「西岡くん、煙草のにおい、するよ」
「退学になるぞ」
 受験日に会って一緒に弁当を食べて、合格したら再び出会って友達になった、田沼まりあと宮崎耕太は言い、俺は言い返した。
「煙草なんて流行らないって言うんだったら、俺はよけいに吸いたくなるんだよ」
「まりあ、煙草を吸う奴とは絶交するか?」
「煙草を吸うか吸わないかは人間性とは無関係じゃない?」
「翼の場合は人間性とも関係アリみたいな気もするけどな」
 仲良くなれば、翼、耕太、まりあと呼び合うようになって、まりあのことだって耕太も俺も「おまえ」と呼んだ。三人グループの男友達のようなものだったはずだ。
 だけど、あのときの俺はまりあが、煙草を吸う男なんて嫌いだと言ったら、禁煙していたかもしれない。それとも、むしろ意地になって吸い続けたか。つまらないことばっかり頑固だよね、と言って笑う、まりあの顔が想像できた。
「いいよ。勝手にすれば?」
 ちょっとだけ渋い顔をしてまりあが言ったから、俺は煙草はやめなかった。耕太もまりあもおりに触れては、煙草はやめろと言いたがったけれど、俺は吸い続けた。
「理屈っぽくって頑固者の翼と、単純なところが可愛いといえば可愛い耕太、で、あたしは?」
「獰猛まりあ!!」
 ふたりして声をそろえると、まりあは顔をぷーっとふくらませた。
「もともと丸い顔が、お月さんみたいになってるよ」
「満月まりあ」
「ふーんだっ!!」
 耕太と俺がふたりともに大学をさぼっていたときに、キャンパスで男の先輩とまりあが暴力沙汰の喧嘩をしていたと噂になっていた。まりあはただでさえ気が強くて、夏休みに三人でアルバイトをしに山に行ったときにも、バイト仲間の女の子と喧嘩をやらかしていた。
 キャンパスでの喧嘩は誇張されていたらしいが、それをネタにしてまりあをからかって、怒らせてふくれさせるのは面白かった。
 なにもかもが楽しかったあのころ。おまえらなんかいなくても楽しかったさ、とは言ってみても、俺は知っている。まりあがいてくれたからこそ、そこに耕太もいてくれたからこそ、あんなに楽しかったのだと。
 三人で観光地にアルバイトに行ったり、学園祭でトリオで歌ったり、オールナイトで語り合ったり、酒を覚えて三人して酔っ払ったり、俺たちはいつだって三人組で、他人にはよく誤解されて、そのせいでまりあが怒っていたりもした。
 学生生活には終わりが訪れるのが当たり前だ。就職活動に苦労した時期もすぎて、卒業式が近づいてくる。三人で歩くのは最後になるのかもしれない、学校へと続く道を、まりあと耕太と俺は黙って歩いていた。
 
「ずっと一緒にいた 二人で歩いた一本道
 二つに分かれて 別々の方歩いてく

 寂しさで溢れたこの胸かかえて
 今にも泣き出しそうな空見上げて
 あなたを想った・・・

 君がいない夜だって
 そう no more cry もう泣かないよ

 がんばっているからねて 強くなるからねって
 君が見ているだろう
 この消えそうな三日月
 つながっているからねって 愛してるからねって」

 いつの間に、俺はまりあを好きになっていたのだろうか。いつの間に、耕太もまりあを好きになっていたのだろうか。この歌は「ふたり」だけど、俺たちは「三人」だった。三つに分かれた別々の道を、俺たちは歩いていく。


2・耕太

 当の本人のまりあだけは気がついてもいなかったようだが、翼と俺は牽制し合っていたとでもいうのか、互いの想いを知っていて、それゆえにまりあに告白もできないというところは、ふたりともに同様だった。
 あのころ、俺はけっこう苦しかったものだが、翼だって同じだったのだろう。
 そんな想いはいつしか薄れていくもの。傷ついて傷跡が残り、かさぶたが張ってそいつが剥がれ、かすかに残るだけになって、俺たちは大人になっていく。
「そんなことばっかり言ってないで、会おう、飲もうよ」
「うん、まあ、たまにはね」
 仕事が忙しくって、翼とも耕太とも遊んでる暇はないんだよっ!! とまりあが意気込んでいたのは、就職してから一年ほどたったころ。まりあは編集下請けプロダクション、翼はwebサイト制作会社、俺は出版社の音楽関係書籍担当営業部員になっていた。
「アルバイトから昇格して準社員待遇にはなったんだ。田沼は仕事ができるからって、上司が認めてくれたんだよね。近く大手の出版社の新雑誌が発刊されるって決まって、そのプロジェクトが発足して、私も加わることになったの。これからはものすっごく忙しくなりそうで、翼や耕太とも会えなくなりそうだな」
 そんならよけいに今夜は思い切り飲もう、と言って久し振りで三人で飲んだ。それでもまりあが早めに帰っていくと、翼が言った。
「ばりばり仕事をやってる女ってのは、服装だの外見だのにも気を使ってるんじゃないのかな」
「まりあの服だとか化粧だとかって、変だったか?」
「変ではないんだけど、学生のときと変わってなかっただろ。金がかかってなさすぎだよ」
「あいつはおしゃれにはそんなに気を使わないタイプだったもんな」
「仕事の話ではいささか見栄を張ってるようだったのに、外見には見栄を張らないって、女としてはちょっと変な気もするんだけどな」
「気を回しすぎだ」
 男同士になるとそんな話をして、翼は、そうかもしれないな、と認めて寂しそうに笑っていた。それからはまりあとはたまに電話で話をする程度で、彼女はいつだって忙しいと言っていた。
「耕太、ゲームクリエイターの奥村正志って知ってるか?」
 後日になって、翼が電話をかけてきて尋ねた。
「知ってるよ。だけど、まりあも電話でその名前を出してたけど……?」
「俺もまりあに聞いたんだよ」
 ゲームの音楽方面を主にクリエイトする奥村正志は、俺が働く出版社からも著書を出している。まりあと翼の電話でのやりとりは、こんなふうだったのだそうだ。
「プライベートで関係していたらいけないの?」
「……それはやめたほうがいいよ」
「そう? 彼って独身でしょ?」
「離婚は何回かしてて、今は独身だろうな。でも……女方面の評判はよくないんだ」
「クリエイターってたいていはそうなんじゃないの? 翼だって遊んでるんでしょ」
「俺はクリエイターじゃないし、遊んでないよ。真面目なもんさ」
「ほんとかなぁ」
 どう思う、おまえ? と翼は尋ね、俺は言った。
「どう思うって?」
「奥村正志とまりあは……また言うか、おまえは気を回しすぎだってさ」
「……どうなんだろ」
 恋心は薄れていくもの。翼にだって俺にだって、今では彼女はいる。まりあは純粋に友達だ。恋は消えても残るものはあるから、俺は今ではまりあにも翼にも、ほぼ同じに近い感情を持っている。それはなに? 「友情」だなんて恥ずかしい言葉は口にしたくもないけれど。
「プライベートではつきあうなって、翼が言ったよね。だけど、そうなっちゃった」
「……ありそうな話だな。それで?」
 気にはなっていても身近にいないのだからどうにもできなくて、まりあと翼と三人して会ったのは、それからまた一年近くもたってからだった。
 まりあは奥村とつきあっていたのだという。けれど、奥村は別の女を好きになって、まりあはあっさりとふられたのだと言う。翼は静かにまりあに話を聞き出し、まりあは淡々と語る。淡白な語り口の中に、湿った感情が入り込んでいるのは俺にも感じ取れた。
「そんな奴……」
 膝の上で拳を握り締めた俺の腕を、翼がそっと押さえた。


3・翼

 意地っ張りまりあと単純耕太、理屈っぽい翼。この三人の図は変わっていない。そんな俺たちを見ていると、自分たちの若かりし日を思い出すと言う三人がいる。
 フォレストシンガーズのリーダー、本橋さんと、その妻でもありマネージャーでもある美江子さん、このカップルとは大学時代から親友で、ずっと続いているのだという乾さん。彼らの話から結びつければ、乾さんのポジションが俺だろう。
 もしかしたら学生時代には、乾さんも美江子さんを好きだったのだろうか。彼らの形がそのまんまあてはまるのだとしたら、三十をすぎたら耕太がまりあと結婚するとか?
 そうだとしても、それはそれでもいいな、と笑えるのだから、俺はもうまりあに恋はしていない。耕太にだって彼女はいるのだが、人の心は変化するものなのだから、あっちの将来はわからない。耕太とまりあのカップルはお似合いだろう。
「今夜はどうも、ありがとうございます」
 大学四年生のある日に動物園で三人で遊んでいたら美江子さんと会い、美江子さんの立場を知ってびっくりしたのは、まりあがフォレストシンガーズのファンだったからだ。
 美江子さんがライヴチケットを手配してくれ、楽屋にも招いてもらって、フォレストシンガーズの生歌まで聴かせてもらった。それからは三人ともにフォレストシンガーズのファンになり、はじめて会ったころよりも大きな存在になった彼らを、俺までが嬉しく見つめていた。
 耕太が音楽関係の書籍の仕事をしている関係で、本橋さんと偶然会い、そのときに奥村正志にまで実際に会い、乾さんにも加わってもらって、「ソフィア」という店でいきさつを話した。まりあと奥村正志の話を聞いた本橋さんは、耕太に似た反応を示した。
「そいつ、俺がぶん殴ってやったらいけないか」
 単純な正義感をふりかざすな、と言った乾さんに腹を立てたようで、外に出てから本橋さんと乾さんが殴り合いをおっぱじめ、耕太と俺は狼狽してしまった。
 が、よく見ていると殴り合いではなく、乾さんが本橋さんを諌めるために腕力を使ったような? ええ? 乾さんってこんなに強いのか? どう見ても本橋さんのほうが強そうなのに、彼は酔ってるせいだろうか。
 獰猛まりあならいざ知らず、耕太も俺も腕力を使った喧嘩は嫌いだ。耕太はやったことはあると言っていたが、俺にはそんな経験はない。暴力なんかなんの解決策にもならないはずだ。
 けれど、乾さんに殴られた本橋さんはなんだか嬉しそうで、乾さんは颯爽として見えた。俺はそのあたりの謎を探りたくて、乾さんにお願いして「ソフィア」で会ってもらったのだった。
「先日はどうも……」
「あれからまりあちゃんに会ったよ」
「あ、そうなんですか」
「あいつを殴ってやりたいと言った耕太も本橋も馬鹿だけど、ありがとうってさ」
「って、まりあが?」
 あいつとは、奥村正志だ。彼は有名人だから、こんな場所で実名は出せない。本橋さんと乾さんと耕太と俺の間では「あいつ」で通じる。
「それで、乾さんは?」
「あれでおしまいにしてもいいって気もするんだよ。復讐なんて愚だろ」
「たしかに……だけど、まりあは?」
「ここで泣いてたよ」
「ええっ?!」
 あのまりあが泣いた? こことは、乾さんの胸? まりあは乾さんを好きになったのか?!
 そりゃあまりあだって、涙ぐんだ声くらいは出す。怒りのあまり半べそになっている顔は見たことがある。けれど、あのまりあが男に抱かれて泣くなんて、驚愕とはこれだった。
「いい気持ちだったよ」
「まりあを抱きしめて泣かせて?」
「ああ、俺もオヤジ予備軍だからね」
 女に抱きつかれて泣かれるのがいい気持ち? 俺だったら困り果ててしまうだろうに。
「乾さん、この歌……」
 卒業間近のあの道で、思い出した歌のワンフレーズを歌った。

「君がいない夜だって
 そう no more cry もう泣かないよ

 がんばっているからねって 強くなるからねって
 君も見ているだろう
 この消えそうな三日月
 つながっているからねって 愛してるからねって

 三日月に手をのばした 君に届けこの想い」

 軽くリズムを取りながら聴いていた、乾さんは言った。
「翼の気持ちも耕太の想いも、まりあちゃんには届いてるよ。消えそうな三日月だって、そこにたしかにあるんだ。もういいだろ」
「もう泣かないって……」
「泣いたっていいんだよ」
「乾さんの胸で?」
「おまえに抱きつかれて泣かれると、俺はうしろにひっくり返りそうだな」
「俺が泣くんじゃありませんっ」
「そうだったね、いや、失礼」
 くくっと笑って、乾さんはバーボンのグラスを口に運ぶ。俺も気を静めようと、酒を飲む。
 なんだかこう、箴言とでもいうのか? 乾さんってわかりづらいひとだな。俺に似てるなんて、そんなの嘘だろ。似てないよ。もとの人間の差もあれば、人生経験の差もある。俺は乾さんに較べればガキだ。
 似てるのは煙草を吸うところだけ? ふふっと笑って煙草を取り出した乾さんにならって、俺も煙草をくわえて、容易に降参してはいけない、なんて気分になって乾さんを見返した。
 消えそうで消えない三日月のような、耕太とまりあと俺の想い? たしかにそこにあるんだよ、ほら、ここにもあるよ、と言いたげに、乾さんのグラスに映った小さなあかりは、三日月の形をしていた。


 END






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