ショートストーリィ(しりとり小説)

20「苦しまぎれ」

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しりとり小説20

「苦しまぎれ」

 ちろっちろっと視線が来る。翔太がその視線をたどっていってみると、となりのベンチにかけた少年だった。

 小型のスケッチブックを持っているので、写生でもしているのだろう。絵とはいい趣味だ。翔太は子供のころから、社会人になってからでもアニメが好きで、絵や漫画を描けるひとは無条件で尊敬してしまう。

 小学校の六年生か中学生くらいか。この年頃の子は切れると危険だと思わなくもないのだが、彼の絵が見たくて話しかけた。

「なに描いてるの?」
「……それより、おじさん」
「おじさん……俺、まだ二十代なんだけど……まあいいけどね」
「おじさん、S化粧品のひと?」

「ああ、そうだよ」
 彼が視線をよこしていたのは、翔太が持っている紙バッグにだったのか。

「俺、S化粧品の営業マンなんだ。春の新製品の口紅を代理店に見てもらいに回ってたんだよ」
 紙バッグには新製品のパンフレットがごっそり入っている。興味を持てば誰にだって見えるだろう。
「口紅なんだね」
「こんな色。見たい?」
「う、うん」

 男の子なのだから、そんなもの、見たくないよ、という反応が返ってくると思っていた。意外ではあったが、見たいと言うのだからパンフレットを広げてみせた。

「……値段は書いてないんだね」
「買いたいの?」
「う、うん。えーと……」
「いや、いいんだけどね」

 絵を描くような人間は芸術家肌だろう。芸術家肌の男はいかにも「男」ではなくて、繊細で女性的である場合も多い。彼はその気質の人間なのか。

「中学生?」
「に、なったばかり」

 大人なのだったら、男であろうとも口紅を買ってくれて、S化粧品のお得意さんになってくれるのだったらありがたい。なんだったら美容部員を紹介してもいい。だが、中学生になったばかりの少年には積極的にススめていいとは思えない。

 化粧をしてみたい、口紅を塗ってみたい、そんな迷いの段階にいる少年なのならば、その方面に進むのは止めるべきか。あるいは、止めたとしても進んでしまうものなのか。

「あのさ、こういうのってやっぱり女性のくちびるに塗るものであってね」
 困惑の末に、翔太は苦肉の策を講じた。
「男の顔には似合うものじゃないよね。こんなふうに」

 試供品の春の新作口紅を、鏡も見ずに自らのくちびるに塗った。故意に輪郭も無視して口紅をつけ、少年に向かって微笑むと、彼は呆れた顔になった。

「なんでおじさんが口紅を塗るの? ああ、そうか。おじさんってそういう趣味? だからそんな仕事をしてるんだ」
「いや、そういうんじゃないけど……そんなに変かな」
「変な顔」
 けらけら笑ってから、少年は言った。

「だけど、綺麗な女のひとがつけたら綺麗な色なんでしょ」
「そりゃあまあ、素顔のくちびるの色からして、俺なんかよりは綺麗な色だろうし……」
「うちの母さん……おじさんよりは美人だもんな」

「あ……母さん?」
「なんでもないよっ」
 ベンチから立ち上がって翔太を見、ぶっと吹き出して、少年は行ってしまった。

 あの年頃は羞恥心も強いもので、母親にプレゼントしたいとは言いたくなかったのか。それで翔太が妙な誤解をして、苦しまぎれに妙な行動をして、少年にも妙な誤解を与えてしまった。しかし、こっちの誤解だけは解けてよかった気もする。

 むこうのほうに子供を連れた主婦らしき女性たちがいる。数人の女性たちが翔太を見て嘲笑しているようで、翔太は慌ててバッグからメイク落としを取り出し、必死で口紅をぬぐった。

次は「れ」です。


「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの三沢幸生の高校時代の親友、翔太くんが社会人になった姿です。






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~ Comment ~

NoTitle

とってもかわいいSSです。

誰だろうな・・・とおもっていたら、幸生くんの友達だったのですね。
こういう何気ない関わりが、ちょっとした誤解を生みながら膨らんで展開して行くのは面白いです。
少年の誤解だけは、解けなかったみたいで、ちょっと翔太くん、可哀想でしたけど^^

(しかし、私の読み方、ランダムすぎますね・・^^;)
でも、どこを開いても読めるので、この読み方、楽しいです。

limeさんへ

いつも本当にありがとうございます。
いえいえ、なんでもお好きなのをお好きなように読んで下さいね。

読んでいただけるだけでも嬉しいですのに、コメントまでいただけて、まことに感謝しております。

この翔太っていうのは、幸生の高校時代を描くと時々出てくる、アニオタ少年です。
あいつは不健康なおたくのくせに、俺よりも身体が大きくてずるい、と幸生はひがんでおりました。その分、翔太のほうが老けてるけど、とも。

そういえば翔太、かわいそうでしたね。
でも、たぶん、この中学生は母の日のプレゼントに、s化粧品の口紅を買ったのだろうと、今になってそういうことにしようと思っています。
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