連載小説1

「We are joker」14 

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「We are joker」

14

ためらう恵似子を無理やりに引っ張り出して、香苗はどんどん歩いていく。香苗の親の家に遊びになんかいくんじゃなかった、と後悔しながら、恵似子は香苗に手を引かれるままになっていた。

「香苗ちゃん、いやだよぉ」
「いいから行くの」

 恵似子のアパートよりも香苗の両親が暮らしている大きな家に近いケーキ屋で、恵似子は今春からアルバイトをしている。

 内気で接客は苦手な恵似子に、店のチーフはケーキの飾りつけをする仕事を与えてくれた。勤務キャリア半年ではアシスタント程度だが、クッキーやケーキのトッピングをする仕事は案外楽しい。が、失敗しないかと神経を使うのと、甘い空気を吸うのがいやで、仕事を変わりたいとも考えていた。

 砂糖やクリームの立ち込めた甘い空気を吸い込みすぎると、太るような気がする。恵似子の短大の同級生も言っていた。

「私の姉さん、結婚した相手がパン屋さんを経営してるんだよね。姉さんも仕事を手伝ってて、生クリームを毎日扱ってたら太ったって言ってたよ。別にカロリー過剰じゃないし、食べてもいないのに生クリームを吸い込んで太るんだって」

 まさしく、恵似子はそんな仕事をしているのだ。
 けれど、こんな時代にはそんなにいいアルバイトなんかない。まして私はこのルックスだもの、と諦めてはいるものの、暇があったときにハローワークに行ってみた。

 混んでいて仕事の検索すらできなかったが、かわりにいいことがあった。バイト先で一方的に知り合っただけの男の子と食事ができたのだった。彼は恵似子になんか目も留めていないのかと思っていたら、あ、あの店の、と覚えていてくれて、食事に誘ってくれた。

「恵似子、好きなひとができたんじゃないの?」
 見抜かれていたのだから香苗にだけは打ち明けていたけれど、それでどうなるものだとも思えずにいた。なのに今夜、香苗が言ったのだ。

「松下さんから電話。武井さんのアパートにいらっしゃいって」
「ええ?」
「思い切って告白しなさい」

「え……だって……やだ……あたし、こんな格好」
「恵似子はいつだってそんな格好でしょ。いいのいいの」

 ここが彼のアパートなんだと、憧れだけでいいつもりだったから、遠くから建物を見上げてため息をついていたそのアパートに、香苗に連れられて入っていく。気が遠くなっていきそうで、恵似子は香苗の手を強く握り締めた。

「こんばんは」
「はい?」
 香苗が声をかけると、伸也の返事があってドアが開いた。

「……あれ? 恵似子ちゃん?」
「こ、こ、こんばんはっ!!」
 頬がかっかと燃えるのに耐えつつ、恵似子は頭を下げる。伸也は言った。

「ええと、お友達?」
「松下さんはなんにも言ってませんでした?」

「松下の友達? 松下は来てますよ。おーい、松下」
「松下さんじゃなくて、恵似子が武井さんに用事があるんです」
「はい」

 決然とした様子で香苗が言うのを、恵似子はうつむいて聞いていた。

「あれからだいぶ経ってるのに、松下さんはなんにも言ってなかったんですか」
「なんにもって、なんの話ですか? あなたは?」
「私は恵似子の友達で、殿村香苗っていいます。松下さんに出てきてもらって下さい」

「はあ、はい」
 もうひとつこの意味がわかっていないらしい伸也は、小声で部屋の中に呼びかけた。

「松下、殿村さんが……」
 すぐそこにいたのか、ぬぼっとした雰囲気の男が出てくる。恵似子も見かけたことはある彼が松下尚。武井伸也の親友でもあり、仕事仲間でもあるのだった。

「松下さん、私たちはこの間の店にでも行っていましょ」
「あ、はい」

 ほぼ身長が同じ香苗と尚が、肩を並べて遠ざかっていく。心細くなってきた恵似子は、香苗の背中に声をかけた。

「香苗ちゃん、置いていかないで」
「……あのね、この間の店って?」
 むろん香苗は戻ってきてはくれず、伸也が恵似子に問いかけた。

「俺には話が見えないんだけど、松下と殿村さんって知り合いなの?」
「話をしたって言ってました」
「ふーん。それで、恵似子ちゃんは俺に用があるって?」

「いえ、なんでもないんです」
「なんでもないのにこんな時間に訪ねてこないでしょ」

 迷惑がられているのだと思うとパニックになりそうになる。伸也は恵似子には、うんざり声とも思える声音で言った。

「男の部屋に入ってもらうわけにもいかないしな……用事があるんだったらどうぞ」
「……ええと……あの……」
 うつむいたりちらっと顔を上げたり、逃げたくてたまらないのに逃げるのもおかしいだろうし、恵似子の頭の中はくらくらしていた。

つづく



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