novel

小説311(月下夜想)

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しょうねん

フォレストシンガーズストーリィ311

「月下夜想」

1

 あの店のマスターは俺と同じ大学を卒業しているのだと聞いて、そしたら雇ってくれないかと尋ねてみたら、えらく簡単にアルバイトとして採用してくれた。
 店の名は「落花流水」。中国の故事成語みたいなところから来た店名だそうで、こんな名前のくせしてロック喫茶である。ロック喫茶じゃなかったら俺はバイトしたくなかったのだから、名前なんかはどうでもいいのだが。
 ロック喫茶にしても地味な造りで、どこが「ロック」なのかといえば、オーナーとマスターの趣味で店内にロックを流すところだけ。
 オヤジやおばさんのロック好きは多い。うちの父もロックが大好きだから、俺もロック好きに育った。俺は楽器音痴だし、歌も上手ではないので聴くほう専門。「落花流水」に集まってくるロックオヤジや往年のロック少女たちの会話を聞きかじって、古いロックにはちょっとだけ詳しくなった。

「うちの店のマスターは、○○大学の出身です。
 この文章を書いている僕、店のアルバイトの僕も○○大生です。
 落花流水のサイトの管理は僕がしているんですけど、マスターに頼まれたのです。
 ロック喫茶と名乗っていますので、ロック好きの人々が集う店になっています。
 でも、ロック好きだけじゃなくて、マスターが卒業し、僕が在籍している大学の卒業生のみなさまも、「落花流水」を憩いの場にしませんか。
 ○○大学と関わりのあるみなさま、ぜひ当店にご来店下さい」

 店のサイトにこのような文章をアップしたので、マスターと俺の大学の名前が客に明らかになった。マスターの思惑通り、ネットで見たよと言って、訪ねてくる客もいた。
 おかげで俺もうちの大学出身の有名人と会って話して、サインまでもらえたから嬉しい。
 それはいいのだが、パンクロッカーのヤスさんとノブさんがよけいなことを言ったので、葦乃とデートしなくてはならなくなってしまった。
 ふたつ年下の近藤ヨシノは十八歳、一年生。俺は三年生。きっかけはワイン愛好会だった。
「ワインなんか知らないよ。味もわからないのに、そんなものに入れるか」
「史人、そんなこと言わないでさ。去年までは何人かいたメンバーが卒業したりやめたりして、今年は俺とあと二、三人になっちまったんだよ。一年生が入ってきたらやめてもいいから、それまでは、お願い、頼む!!」
 友達に拝み倒されて、ワイン同好会に名前を貸してやった。新人勧誘活動にも手を貸してやって、興味を示したヨシノと知り合った。
「石垣先輩はやめるんですか? 私は先輩と仲良くなりたくて同好会に入ったのに。先輩がやめるんだったら私もやめるっ」
 そう言われたので、名前は友達に貸したままにしてある。「落花流水」でも一応はワインを出すので、ワインの薀蓄も楽しくなくはないのだが、俺はワインよりもヨシノから逃げたい。
 約束は約束なのだから、やむなくキャンバスで待ち合わせて、ヨシノと連れ立って歩き出した。小柄なヨシノは俺の腕にぴっとりくっついて、嬉しくてたまらない顔で見上げる。こいつは嫌いではないけれど、恋愛感情が持てない。男と女としてつきあいたくはないのだった。
「どこに連れていってくれるの?」
「んんと、うちの大学のサークル探訪でもしようか」
「サークル? ロック同好会?」
「まずはそこからだな」
 「落花流水」のマスター、林原爵、ハヤシバラ・ジャックはロック同好会出身だ。パンクスのヤスさんも、マスターが沖縄へ遊びにいって再会したという、狭い地域では有名なギタリストのタクさんもロック同好会出身だそうだ。
「学生時代にはでかいことを言ってる奴らが多かったんだよ。ジョージやルイなんかもプロのロッカー以外のなににもならないと言ってたけど、名前も聞かなくなっちまった。うちのサークルからはプロになったのはヤスだけだな」
 マスターが言っていたその同好会。俺はロックは好きだけど、自ら演奏したり歌ったりは避けたいので、同好会も避けていた。
「そんなのってつまんないよ。外に行こうよ」
「文句があるんだったら帰れ」
 好きな女の子にだったらこんなふうにはふるまえないのだから、俺はヨシノは好きでもないわけだ。居丈高に言ってやるとぶーっと頬をふくらませてついてきた。
「なんだかさびれてない?」
「そんな感じもあるな」
 背伸びして窓から覗くと、広い部室のそこここにたむろしている奴がいる。ビジュアル系ロッカーみたいな服装をしたあの男は、みたいな、ではなくてビジュアル系なのか。彼の回りに男女がいて、だべっているようだった。
「なんか用? 入部希望?」
 背の高いかっこいい女に声をかけられて、俺は言った。
「えーと、あなたは柴垣のヤスさんって知ってます?」
「うちのサークル出身のプロのパンクスなんだから、知ってるよ。あたしはパンクは趣味でもないんだけど、チキンスキンのライヴに行って名乗ったの。ヤスさんの後輩ですって。そしたらステージに呼んでくれて、ファンの前でキスしてくれた。それはいいんだけど、帰りにやっかんだファンの子たちに生卵をぶつけられたんだよ」
 内容のわりには嬉しそうな顔をしているから、彼女は嬉しかったのだろう。あのヤスさんだったらやりそうだと思っていると、ヨシノが言った。
「今日は部室は寂しいですね」
「今日だけじゃなくて、いっつもこんなもんだよ。最近はロック好きって減ってるんだよね。ヤスさんが現役だったころには、ロック同好会って人気サークルだったらしいのに、おまえがしっかりしろよ、ってヤスさんに激励されちゃった」
「キャプテンなんですか?」
「うん、そう。このごろはうちは、ビジュアル系の追っかけみたいなのが大半だよ。自分でロックやろうって男はけっこういるはずなのに、同好会に入らずに勝手にバンドをやってんだよね。キミ、なんて名前?」
「石垣史人です。三年生です」
「ふーん、かっこいいほうだよね。ロック好きなんでしょ?」
「好きですけど……」
 彼女の手が伸びてきて、俺の胸に触れた。
「あのあの……好きですけど、俺は楽器も歌も駄目ですから」
「いいんだよ。史人くんみたいな子が入ってきたら、女のメンバーを呼べるじゃん。入部しなよ。そっちは彼女? あんたも男のメンバーを呼べなくもないかな。入部しなよ。さ、さささ、さ、中に入って。お入りになって」
 部室に引っ張り込まれそうになって、ヨシノの手を引いて逃げ出した。
「ちぇーっ、逃げなくてもいいじゃん!!」
 むこうで彼女が叫び、ヨシノも叫んだ。
「ああん、怖かったぁ!! あのひと、無断で先輩の胸に触れるなんて、やな女!!」
「うん、まあ、俺はいいけどさ。男は胸に触れられても平気だよ」
「そうなの? よっちゃんも史人さんにだったら、胸をさわられてもいいかも。きゃっ」
「おい、なんで急に、よっちゃん、史人さん、なんだよ」
「だって、デートしてるもん」
「デートは一回だけだ。今まで通りに先輩と呼べ」
 もめながらも歩いているうちに、合唱部の部室が見えてきた。
 ここは我が大学有数の有名人輩出サークルだ。古くは作曲家の真鍋草太氏から、歌手のマルセラ・ユーフェミナまで。金子将一、徳永渉、フォレストシンガーズもいるし、演歌歌手も出ているとの噂もある。
 なのだから、俺も近くまで来てこそっと覗いてみたことはあった。入部するつもりもないし、知り合いもいないので、こそっと来てこそっと帰っただけだが。
「こっちは賑やかそうだね」
 ロック同好会も合唱部も別棟になっていて、合唱部室のほうがより広い。こっちは有名な先輩が多いせいなのか。窓から覗いてみたら、男女の部員がたくさん集まっていた。
 入っていくつもりなのか。ヨシノがドアを開けようとしていたら、むこうから開いた。
「おーっと、ごめん」
 中から出てきたのは、身長は俺くらいの男だった。ヨシノがそいつの胸にぶつかって、もうちょっとでころびそうになったのだ。
「きみは誰だっけ?」
 男がヨシノを支えて、小柄な彼女を見下ろした。
「えと、あの、一年生の近藤っていいます」
「入部希望? だったら入れば? 俺は三年生の木村っていうんだ」
「木村さん……木村章さんの……」
「そうだよ。俺はフォレストシンガーズの木村章の弟」
 えーっ、びっくりっ!! とヨシノは目をまん丸にし、俺も驚いて木村弟を見つめた。
 フォレストシンガーズはロックでもないから、俺はさして興味は持たなかった。が、先日はメンバーの乾さんが店に来てくれ、サインもしてもらった。ネットで宣伝してからよく来てくれるようになった、ロック雑誌の編集者の梶けい子さんも、乾さんはかっこいいと言っていた。
 そんなわけで興味を持って、フォレストシンガーズの公式サイトも見るようになったのだが、木村章に弟がいるなんて知らなかった。
「俺は木村龍っていうんだ。三年だよ」
「私は近藤葦乃、一年生です。入部希望じゃないんですけどね」
「そしたらなにしに来たの? フォレストシンガーズのファン? うちの兄貴のファンだとか?」
「そ、そうです」
 咄嗟に言いつくろったのか、ヨシノがうなずき、龍は言った。
「そしたらさ、飲みにいこうよ。そっちのきみは?」
「えーっと、木村くんとは同じ学年の石垣史人。俺は乾さんにだったら会ったことがあるよ」
「そうなんだ。俺は帰るつもりだったんだから、ふたりとも、飲みにいこうぜ」
 うんうん、とヨシノがうなずいているので、俺もその気になった。


「私も知らなかったんだよ。フォレストシンガーズだったらメンバーは知ってて、木村章って人がいるのも知ってた。彼が木村だって言うから、あてずっぽうで木村章さんの名前を出したの。そしたらあの反応でしょ。びっくりしちゃった」
 三人で学校近くの飲み屋に入り、龍が席をはずした隙に、ヨシノが言った。
「思い出してみたら……似てるかな。木村章さんは背が低いけど、龍さんは高いんだよね。史人さんと同じくらいでしょ」
「うん。俺も思い出してみたら……似てるよな」
 乾さん以外はたいして知らないが、顔はそれほどでも……のフォレストシンガーズの中では、木村章が一番だとの評判は聞いている。龍は綺麗な顔をしていて、その顔と章さんの顔は容易に重ねられた。
「悪い。ちょっとトイレ」
 戻ってきた龍が言った。
「史人……呼び捨てでもいいだろ。史人はロック喫茶でバイトしてるわけだ。その店に金子さんや乾さんが来たんだな」
「龍さんは乾さんや金子さんとは親しいんですか」
 ヨシノが尋ね、龍は若干、自慢げにうなずいた。
「乾さんは俺の兄貴の仲間だし、俺も面倒を見てもらってるよ。金を貸してもらったりおごってもらったり、殴られたりもしたな」
「殴られたの? 金子さんにも?」
「金子さんにも徳永さんにも、会うと怒られるよ」
「へええ」
 誰だって有名人ってものは好きなのだから、ヨシノをミーハーだとはそしれない。俺もヨシノと一緒に、龍の話に聞き入っていた。
「金子さんはマルセラとは親しいから、紹介してもらった。彼女はハーフだからもあって、日本人の女の子とはえらくちがうよな。肌が透明ってのか、超美人だったよ。その分、つんけんしてるけど、美人は愛嬌なんかなくていいんだ」
 チューハイを飲み、空揚げを食べて、龍は続けた。
「ラヴラヴボーイズのポンってのがいただろ。あいつは今はアイドルはやめてて、俳優になるつもりでいるらしいけど、あいつともけっこう仲はいいんだよ。この間はダイモスのユーヤさんのマンションに連れていってもらって、鈴木瑛斗だのとも会った。兄貴がああだと音楽関係の人間とは知り合いになるんだよな。ああ、そうそう、合唱部には三沢幸生のいとこもいるんだぜ」
「三沢さんのいとこ?」
 問い返したのはヨシノで、龍はうなずいた。
「そうだよ。三沢雄心っていって、俺よりはひとつ年下の同じ学年。俺は浪人してるから、史人や雄心よりはひとつ年上なんだ」
「三沢雄心さんにも会ってみたいなぁ」
「会わせてあげてもいいけど、俺のほうがかっこいいよ。俺は兄貴に似てるだろ。雄心はシゲさんに似てるって言われてるんだ」
 その調子で、龍は知り合いの有名人の話ばかりする。ヨシノは目をきらきらさせて彼の話に熱中し、俺は徐々にうんざりしてきた。


2

 友達というか後輩というか、そういうつきあいだったらいやではないけれど、恋愛感情は持てない。ヨシノに関してはそう思っていたはずなのに。
「それはやはり、ライバルが出現したからだろ」
 内なる声が、俺に語りかけてきた。
「あいつは軽そうだけど、かっこ悪くはないよな。しかも有名人の弟だ」
「有名人の弟だって鼻にかけてる奴なんて、最低だろうが」
「おまえはそう思うんだろうけど、ヨシノはあいつを憧れの目で見てたぜ」
「軽い奴に憧れるなんてのは、所詮はヨシノも軽い女なんだよ」
 あいつとは、木村龍。ライバルなんかじゃありゃしない。
 ライバルになり得るのは、俺がヨシノに恋してる場合だろう。俺はヨシノなんて好きでもなんでもないんだし、龍なんて奴は意識もしていない。いや、意識はしてるかもしれない。
 人間は誰だって有名人が好きだ。俺だって嫌いではないから、うんざりしつつも龍の話に聞き入っていた。ヨシノは龍の話に興奮気味にまでなって、次々に有名人のエピソードを聞きたがり、龍は得意になって話していた。
 兄貴がまあまあ有名なヴォーカルグループのメンバーで、兄貴つながりで音楽業界には知り合いがたくさんいる。俺も会ったことだけはある、同じ大学の先輩ミュージシャンとも、龍は親しいのだと言っていた。
 喫茶店のアルバイトと客として接しただけの俺とちがって、龍は兄貴の友達とは親しくつきあっている。ヨシノは俺が有名人と話をしたというだけで興味を持っていたのだろうが、その気分は龍のほうに強く向いた。
 だけど、俺はヨシノなんか好きじゃないんだから。
 そのくせ、なんだか気分が晴れないまんまに、俺は学校にもバイトにも行っている。先日は「落花流水」にマルセラ・ユーフェミナがやってきて、俺はほとんどフリーズしてしまった。
 マルセラも俺の大学の先輩で、マスターが同窓生だと知っていて来てくれたらしい。もしかしたら俺がサイトにアップした文章を読んだのか。あなた、イケメンだね、とまで言ってくれて、夢のようだった。俺もミーハーだ。
 業界人らしき男と店に入ってきて、彼ときわどい会話を繰り広げ、店の前に横付けした車に乗って帰っていったマルセラにはサインをせがみもできなかったけど、俺に話しかけてくれた上に、生のウィンクまで見せてくれたのだから、おなかいっぱい気分。
「俺もマルセラに会ったんだ」
 ヨシノに報告したい。いいや、そんな、ミーハー吐露ってか、龍への対抗意識ってか、そんな恥ずかしい真似はしたくない。
 いや、ヨシノになんか会いたくもない。
 史人、おまえ、意地を張ってないか? ほんとは会いたいんだろ? 内なる声は意地悪く問いかける。内なる声は俺自身なのだから、俺がヨシノなんかは全然好きじゃないって知ってるくせに。
 まあ、それはともかく、俺がサイトに文章をアップしたおかげもあって、マスターはなつかしいひとやら、はじめて会う同窓生やら、名前やら噂やらで知っていたひとやら、有名人やらに会えて楽しそうだ。オヤジであっても人はミーハーなのだ。
 時として店内は同窓会の様相を呈してくる。俺はマスターに命令されなくても「臨時休業」の札を出しにいくタイミングがつかめるようになった。
「俺がドラムでジャックはヴォーカルだろ。史人は楽器はなにができるんだっけ?」
 今日も臨時休業の札を出した店で、淀川譲治さんが言った。
 マスターよりも一年年上の淀川さんは、四年生のときにはロック同好会キャプテン。その次の年のキャプテンがマスターだったのだそうだ。
 そのころのロック同好会は大隆盛で、学園祭にはグラウンドで野外ライヴをやっていた。淀川さんとマスターもバンドを組み、それ以外にもいくつものバンドが出演して、女の子を失神させたのだそうだ。ほんとか?
 ジョージとジャック。外人みたいな名前のふたりは、オヤジバンドを結成しようと相談している。メンバーが足りないらしくて、俺を引っ張り込もうとしているのだった。
「俺は楽器はできませんよ」
「歌だったら歌えるだろ」
「ジョージさん、歌は俺が歌うんだよ」
 一応、先輩には「さん」をつけるようで、「おまえ」とは呼ばない。その程度のけじめはあっても、ロック同好会は封建的ではないようだ。
「合唱部は縦の関係がきびしかったけどね」
 そう言っていたのは、すこし前にふらっと店に入ってきた、合唱部出身の星丈人。彼がオヤジバンドのギター担当だと決まっている。
 ヴォーカルは林原爵、うちのマスター。ドラムが淀川譲治、工務店の社長。ギターは星丈人、電機会社のオーディオ部門技術者。あとはベースがいればいいのだろうが、俺にはベースギターなんて弾けるはずがない。
 三十代後半である三人ともに、オヤジなのはまちがいないけれど、かっこいいオヤジだ。特に星さんはかっこいい。
 そろって背が高く、ジョージさんはがっちりを通り越してちょい太めになっているが、貫禄と言い換えてもいい。マスターと星さんは細身で引き締まっていて、顔も三人ともにいいほう。マスターと星さんは俺よりもイケメンだろう。
 この三人だったら、今でも十分に女の子を失神させられるのではないだろうか。
 バンド経験もある三人だから、楽器も歌も申し分ないはず。あとはベースだけだったら、と思って、俺は提案してみた。
「マスターがベースもやったらいいんじゃないんですか」
「ギターだったら弾けるけど、ベースは無理だよ」
「ヤスさんは?」
 以前にうちの店にも来てくれた、パンクロッカーの柴垣安武。そのヤスさんの名前も出してみたら、ジョージさんが言った。
「あいつはプロだもんな。頼めば暇があったら来てくれるんだろうけど」
 今日は星さんは来ていないのだが、参加してくれるとは決定しているらしい。前にマスターが組んでいたオヤジバンドのベーシストに頼もうかだとか、やっぱ同窓生ばかりがいいだとか、喧々諤々の議論になっている。
 バンド名は「THE・Herons」。彼らが遠い昔に学園祭で組んでいたバンドの名前だけを復活させる。そのころには星さんは合唱部で、男三人のユニットを組んでフォークソングを歌っていたらしい。
「星のギターの腕はたしかだもんな」
「あいつ、歌もうまいよな」
「ロックも嫌いではないらしいよ」
「これでベースに沢崎司が来てくれて、フォレストシンガーズがコーラスでもやってくれればな」
「おい、ジャック、俺らはアマチュアだろ」
 ふたりのオヤジは議論を続けていて、俺は言った。
「今のロック同好会にだったら、ベースをやれる奴、いるんじゃないんですか」
「若い奴か?」
 首をかしげたのはマスターで、ジョージさんは乗り気になった。
「そしたら史人、誘ってきてくれよ。ここに連れてこい」
「え、俺?」
「そうだな。やりたいって奴がいたら連れてこい。テストしてやるよ」
 あんたらが誘いにいけばいいだろ、とは言いにくい。大学には現役の俺ならば簡単に入れるが、オヤジたちだと怪しまれる恐れもある。言うんじゃなかった、と後悔してみても後の祭りだった。


 唯一、ロック同好会で話をしたことのあるひと、キャプテンの女性がつかまって、俺はマスターの頼みを彼女に話した。
「あたしがベースをやってるんだったら加わらせてもらってもいいんだけど、ドラムなんだよね。史人くん、この間の彼女は?」
「あいつは関係ないですから」
「そうなの? ベースねぇ……あいつは浪人だけど……オヤジの中に混ざると苛められそうだから、どうしたもんかな」
「心当たりはあるんですか」
 渡瀬照子と名乗った彼女は、そのレトロな名前がむしろ気に入っているらしい。長身でかっこいい美人がテルコだとは、ギャップがあって面白い。
「でも、話してみるよ。史人くん、アドレスと電話番号、教えて」
 翌日にはテルコさんからメールが入り、連れていくと書いてあった。
「きみか」
 どんな奴を連れてくるのかと思ったら、テルコさんのうしろから店に入ってきたのは、高校生くらいに見えるひょろ長い少年だ。浪人だと言っていたから、ヨシノと同じくらいの年齢か。ヨシノだって童顔だが、彼はヨシノよりもさらにガキっぽく見えた。
「はじめまして、ロック同好会キャプテン、渡瀬照子です。マスターもジョージさんも先輩なんですってね。うちの弟、仲間にしてやっていただけます? ほら、挨拶しな」
「義堂です」
「ギドウ?」
 おどおどしていなくもない様子の義堂を見て、マスターが言った。
「浪人生だって聞いたけど、うちの大学に入ったらロック同好会に入れよ。ジョージにルイにタクにジャックにって、うちは伝統的にかっこいい名前が多いんだ」
「星は普通の名前だけど、あいつは飛び入りだもんな。義堂だって飛び入りみたいなもんだし、若すぎると言えば言えるけど、その名前は気に入ったよ」
「それよりも、聴いてもらわなくちゃ」
 姉さんに促されて、義堂がベースギターを弾きはじめた。
 演奏はまったくの素人の俺には、ベースの腕はまったく判断できない。審美眼だけはあり、耳は一流だと自分たちで言っているジョージさんやマスターは、腕組みをして目を閉じて、義堂の演奏を聴いていた。
「あんまうまくなかったけど、緊張してるんだよね」
 ひとくさり演奏して義堂が手を止めると、テルコさんが言った。
「どうですか?」
「本格的にセッションやろう。でないと俺たちと合うかどうかもわからないよ。星にも声をかけるから、テルコちゃん、義堂を連れてきてくれないか」
 ジョージさんが言い、テルコさんは嬉しそうにうなずいた。
「今のロック同好会には、セッションやれるようなメンバーがいないんですよ。あたしも嬉しいな。ロックおじさんたちも大好き」
 いつ、どこで、オヤジ三人とガキひとりのセッションをやるかを、ジョージさんとマスターが相談している。このオヤジたちはまったく、ロックの話をしているときがもっとも嬉しそうだ。
「姉がテルコで弟がギドウって、変な感覚の親でしょ」
「いえ、そんなことは……」
 こっちも楽しそうにしていた照子さんが、教えてくれた。
「あたしの名前はおじいちゃんがつけて、弟の名前はおばあちゃんがつけたんだ。おじいちゃんったら古臭い、あたしのセンスのほうがずっといいよ、っておばあちゃんは言うの」
「照子さんの前で?」
「ばあちゃんはじいちゃんに喧嘩を売るのが趣味だから、孫なんか気にしてないんだよ」
 そう言いながらも嬉しそうにしている照子さんは、改めて見るとほんとに美人だ。彼氏はいるのかな。バンドマンとかミュージシャンとかかな? 照子さんは四年生だから、年下はいやかな?
 あれれ? おまえ、照子さんを好きになったのか?
 お節介な内なる声が尋ねる。おまえにはヨシノがいるだろ。ヨシノは照子さんが気に入らないみたいだったぞ。
 だから、ヨシノなんて関係ないって言ってるじゃん。俺はヨシノなんか好きじゃないんだ。照子さんのほうがいい。ヨシノなんかのことを考えて苛々しないためにも、照子さんに告白しようか。内なる声に言い返すと、そいつはふふんと嘲笑った。


3

 今夜の「落花流水」はライヴハウスに変身している。
 オヤジの中に浪人生が混じったロックバンド、「THE・Herons」。このバンド名は俺たちの大学名にちなんでいる。フォレストシンガーズというグループ名も同様だそうだから、卒業生たちはずいぶんと大学に愛着があるらしい。
 いつかは俺もそんなふうに、俺の卒業した大学は……なんて、なつかしむようになるのかな。実感は湧かないままに、俺は今夜は客として、「落花流水」に来ていた。
「星さんってかっこいいよねぇ」
 同じく客として、俺の隣の席にすわっている照子さんが言った。
「あたしは弟が気になるのもあって、たまに練習だとか見にいってたんだ。あたしが行くとジョージさんやジャックさんは喜んでくれるんだけど、星さんは愛想ないの」
「星さんって俺には愛想はなくもないけどね」
「ふーん、実は男が好きだとか?」
「そういう意味ではないでしょ」
「そっかな」
 冗談はさておき、あれから義堂が正式に「THE・Herons」のベースを担当すると決まり、オヤジたちにかなりしごかれたらしい。ああ見えて義堂は根性もあるというか、好きなことなら一生懸命にやるというか、だったらしく、オヤジたちに合格点をもらった。
 星さんはお客としても俺にも優しいし、義堂にだって穏やかに接していた。なのに照子さんには愛想がないとは、好意の逆表現だとは考えられないだろうか。
 ジョージさんは結婚していて子供もいる本物の親父だが、星さんもうちのマスターも独身だ。マスターには彼女がいそうに思えるが、星さんにはいないと言っていた。そうすると……機嫌の悪い顔をしている照子さんに、俺も不機嫌口調で言った。
「星さん、照子さんが好きなんじゃないんですか?」
「好きだから愛想がないの?」
「そういうの、ありそうでしょ」
「アラフォーの男が、その女が好きだからってつっけんどんにしたりする? ガキっぽすぎるじゃん」
 そうかもしれない。俺だったらやりそうだけど……いいや、ヨシノにはそのせいでつめたくしたのではない。それこそが逆だ。
「だからさ、星さんって史人くんとか義堂とかみたいな男の子が好きなんだよ。きっとそうだよ」
「そんなはずは……」
「ないって、史人くんに言える?」
「言い切れないけど……ゲイなんてのはそんなにはいないって……」
「それが根拠?」
「ってか、照子さん、なんでそうムキに……」
 ぴんっと来たのは、星さんではなくて照子さんが? だった。
 確認はしてみたくない。照子さんが星さんに惚れちゃったのだとしたら、俺ではあの男にはとうてい勝ち目がないからだ。なんだって俺の好きになる女は、別の男にばっか恋をする? いやいや、ばっかって、照子さんだけだけど。
「せんぱーい、久し振り」
 黙ってしまった照子さんを俺も黙って見返していると、ヨシノの声が聞こえた。
「先輩、よかったね。照子さんとつきあってるんでしょ」
「なんかこう、今からカンペキに押さえつけられてる年下の男って感じだな」
 ヨシノの横で笑っているのは、木村龍。このふたり、連れ立ってライヴを見にきたのか。いつの間にかそこまでの仲になっていたのか。
「龍くん、ここにすわろ」
 ライヴがはじまる前の、喫茶店ではなくライヴハウスふうに模様替えした店内。まだ客は数人しか来ていない。まだ、というよりも、それほど大勢の客は見込めない。
 ひとつのテーブルを照子さんとヨシノと、龍と俺が囲む。すわっていいよとも言っていないのに、図々しくも龍は俺の隣に腰かけて、ぐるっと周囲を見回した。
「ライヴハウスみたいにしてるんだったら、飲みものは? 史人、おまえ、店員なんだろ」
「今夜はセルフサービスなんだ。飲みものがほしかったらそこらへんのコンビニででも買ってきたらいいよ」
「食いものは?」
「食いものもコンビニで買ってきたら?」
 喫茶店ならば客に飲み食いをさせるのも大事だが、今夜の落花流水は「THE・Herons」が主役のライヴスポットだ。音楽を楽しむために飲んだり食ったりしたい奴は、どこかでなにか買ってこい。持ち込みOK。
 サイトにそんなお知らせをアップしておいたのを、ヨシノも龍も知らないのか。俺たちもコンビニで、スナック菓子と缶入りチューハイを買ってきていた。
「うん、じゃあ、買ってくるよ。ヨシノはなにがいい?」
「なんでもいいよ」
 龍が出ていくと、ヨシノは言った。
「私の名前も今ふうではないけど、照子ほどにおばあさんっぽくないでしょ。照子っていくらなんでもかわいそ」
「かわいそうじゃないよ。あたしはけっこう好きだもん」
「ほんとに? だけど、今夜ベースを弾く男の子って、照子さんの弟なんでしょ? 弟は義堂って、姉弟に統一性がないんだね」
「なくてもいいじゃん」
「なんか変なのぉ。ね、先輩?」
「変じゃないよ。失礼なことを言うな」
 昔から俺は、ヨシノにだったら平気できつい言葉も言えた。以前だったらこんなふうに言うときには、語気も荒かったはずだ。なのに今夜は弱々しい言い方になってしまう。前から俺の言うことなんか聞かなかったヨシノが、こんな言い方で聞くはずもなかった。
「あたしたちの年の女の子に、照子なんてめったにいないでしょ。おばあさんとまちがえられたりするんじゃありません?」
「ヨシノばあちゃんもよくいそうだね」
「だけど、ヨシノだったらしゃれてるって、うちのお母さんは言ってたよ。大学に照子って名前の女の子がいるのってお母さんに話したら、気の毒な名前だねって言ってた」
「……そんなのどうでもいいけどさ、あたしは史人くんとつきあってないからね」
「あれ? うそぉ」
 まるっきり信じていないそぶりで、ヨシノはくくっと笑った。
「嘘つかなくてもいいんですよ。あたしは先輩なんてもうなんとも思ってないし」
「あの彼とつきあってるから?」
「まだそこまでは行ってないけどね」
 もちろん俺は照子さんとつきあってはいないけど、こうはっきり言わなくてもいいじゃないかと思う。ヨシノなんかは好きではないのに、もうなんとも思っていないと言われると寂しくなくもない。女ってどうしてこう、自分勝手なんだろ。
 ふたり、三人と客が入ってきて、龍も戻ってきた。龍が渡したコンビニの袋を覗いて、ヨシノが不平を言った。
「こんなの、こんなところで食べるものじゃないでしょ」
「俺はこれが食いたかったんだよ。ヨシノはいやだったら食うな」
「あたしもおなかすいたもん。ライヴがはじまったら食べようっと」
 横から袋の中身を見て、照子さんも言った。
「それっておせんべでしょ。そんなもん、ライヴ中に食べたら演奏妨害だよ。つまみ出されるよ」
「肉まんもあるよ」
「きみはなんて名前?」
「木村龍」
 ヨシノは照子さんと知り合いだが、龍は初対面なのに自己紹介もしていなかったと気がついた。
「あたしは渡瀬照子。先に食べちゃえば?」
 テーブルにのっかったのは、ゴマのついた堅い煎餅、肉まんとピザまん、おにぎりと缶ビール。ライヴを聴きながら食うようなものではないともいえる。照子さんと俺も買ってきた缶チューハイをあけてスナック菓子をつまみ、ヨシノはピザまんにかぶりついた。
「まずっ。どこのコンビニの? おいしくなーい。いらなーい」
「おにぎりは?」
「私は海老マヨおにぎりが好きなのにぃ」
「なんでもいいって言っただろ」
 なんでもいいと言っておいて、買ってきてもらったら文句を言う。ヨシノはそんな奴だっただろうか。俺には遠慮していて、彼氏になったのであろう龍には言いたい放題なのか。俺にはヨシノはもう無関係なのだから、と知らん顔していると、照子さんが言った。
「気分よくないな。あたしは別の席に行くよ」
 照子さんが立っていってしまい、ヨシノは言った。
「おばあさんみたいな名前の彼女、追いかけないの?」
「おまえには関係ないだろ」
 だけど、俺だってヨシノの態度は不愉快だ。俺も立ち上がると、龍がヨシノになにやら言い、ヨシノが言い返すのが聞こえた。
「だって、悔しいんだもん」
 悔しいとはなにが? ヨシノは本当に俺が好きで、照子さんに盗られたと思って悔しいのか? だとしたら俺は嬉しいのか。自分で自分がわからなくなって、俺はヨシノたちとも照子さんとも別の席にすわった。
 ほどなくライヴがはじまる。
 ベースとギターとドラムとヴォーカルのシンプルな構成だ。ただひとり、若い奴はひょろっとしてかっこよくないが、親父三人はかなりかっこいい。口笛やら歓声やら拍手やらに迎えられて、マスターがステージで一礼してから言った。
「うちの店の名前にちなんで、一曲目は「月下夢想」。月の下で夢を見るんだよ。オヤジだって夢は見るんだよ」
 作詞は林原爵、作曲は沖縄にいる、ロック同好会の仲間だった勝部卓也さんに依頼した曲だ。俺の好きな昔ふうのノリのいいロックンロールナンバーだった。
 練習だったら俺も聴いたが、少ないとはいえ、客のいる前で歌うとなるとオヤジたちも緊張している。マスターの出だしの声が裏返り、ドラムが変な音を立てたような? が、素人にはそのくらいしか粗は見えず、次第に快調に飛ばしていく。
 タイトルはしっとりしているくせに、内容はけっこうイケイケノリノリの曲調と詩。素人なりの感想を述べれば、勝部さんってすげぇ才能だな、なんでプロの作曲家じゃないの? だった。
 こうしてロックに身をゆだねていれば、俺はいやなことも忘れていられる。自分では演奏も歌もやれなくても、聴いているだけでもハッピィだ。
 オヤジだって夢を見る。若い俺も夢を見て、悩みだってある。女のことなんてちっぽけだけど、生きてるんだから当然、ちっぽけに悩むんだ。
 ヨシノも照子さんも龍も、俺にとっては頭痛の種。店のお客さんについてはマスターにまかせておいたらいいようなものの、時には俺を悩ませてくれる。それが生きてるってことなのかな。などと、聞いたふうなことを考えていたら、絶妙のタイミングで女性が叫んだ。
「ジャックーっ、かっこいいよーっ!!」
 その声は梶けい子さん。彼女もまたロック同好会出身の俺の大学の先輩だ。
「俺は?」
 ジョージさんが聞き返し、星さんまでが言った。
「俺は? って俺も聞かないといけない雰囲気だな。ギドウも言えよ」
「いえ、僕はいいです」
 ギドウが言い返したタイミングもまた絶妙で、客席が笑いに包まれる。照子さんもヨシノも龍も笑っている。ステージの四人も笑いながら、演奏も乗ってきた。
「オヤジバンドってのも思ったほどつまらなくなかったな。ヨシノ、飲みにいくか」
「うん」
 ライヴが終わると、龍とヨシノの会話が聞こえてきた。照子さんは俺のそばに来て尋ねた。
「ヨシノちゃん、あれでいいの?」
「いいんですよ」
「こっちはこっちで打ち上げだよね。あたしはちょっと用があるから帰るけど、みなさんによろしく伝えておいてね」
「……あ」
 やっぱ彼氏、いるのかな、そう思っても、手を振って帰っていった照子さんに質問することもできない。ヨシノと龍は敢えて見ないようにして、俺は残ってくれたお客さんたちとともに、オヤジバンドの打ち上げに加わった。
「ギドウ、よかったよ」
「ありがとうございます」
「星さんもかっこよかったです。ジョージさんも」
 おう、ありがとう、とふたりが言い、マスターは俺を手招きして耳元で言った。
「内緒だけど、俺はジョージさんじゃなくて、テルコちゃんにドラムを叩いてほしかったよ。あれだけ美人の女ドラマーってめったにいないもんな。ツィンドラムってのもいいかもしれない。とは思ったけど、まあ、若い男の助っ人はともかく、若い女が入ったらオヤジバンドじゃなくなっちまうから、断念するしかなかったけどさ」
 内緒なのだそうだから、ジョージさんにはもちろん内緒にしておいた。
 

END




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