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小説310(サルサ・ロマンティカ)

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フォレストシンガーズストーリィ310

「サルサ・ロマンティカ」

1

特に歌が上手でもなく、特別に下手でもない。ただ、彼の声がとっても好みだったから興味を持ってしまった。CDも買ってしまった。
 歌もスパニッシュというのか、変わったリズムを使っていて耳が引きつけられる。私はミュージシャンのマネージャーという仕事をしていても音楽には素人なので、夫に質問した。
「このリズムってなんなの?」
「なになに? 相川カズヤ、「サルサロマンティカ」。サルサだよな。そしたらリズムはクラーベだよ。クラベスって拍子木みたいのを使って、こうやってさ」
 CDの相川カズヤくんの歌に合わせて、真次郎がリズムを取る。ツー・スリー、スリー・ツー、なのだそうで、実演つきで説明してもらったら私にもなんとなくはわかった。
「ツーってのはシンコペートされた二拍目と三拍目のみ、スリーは四拍子を三連符のリズムでクラベスの音を……」
「専門的な説明はそのあたりでいいから、どう? この曲、いいよね」
「悪くはないけど、アイドルの歌だろ」
「アイドルだからって蔑視してはいけません」
 とはいうものの、昔のフォレストシンガーズはアイドルのほうから蔑視されていて、軽々しく扱われたりもしていた。そのせいで真次郎もアイドルに偏見を抱いているのは否めない。
 声が好き、歌が好き。真次郎の解説によると1960年代の香りのするスパニッシュミュージックなのだそうで、そんな時代には生まれていない私もノスタルジック気分に浸ってしまう。人間には好きなリズムや好きな声があるものなのだ。
 そうして興味を持った歌を歌う相川カズヤくんは二十一歳。背丈はあまりないようだが、均整の取れた綺麗な身体つきをしている。美しい若い筋肉と、うわ、綺麗、と感じる顔。女には好きなタイプの男の顔というのもあるもので、カズヤくんの顔は私の好みにぴたっとはまった。
「フォレストシンガーズのマネージャーの山田美江子さんですか。はじめまして。よろしくお願いします」
 そのカズヤくんが私の目の前にいる。一瞬見とれそうになって、慌てて挨拶を返した。
 アイドルってものには私も昔から悩まされてきた。とりわけデビューした途端に人気の出た男の子や女の子の傍若無人ぶりったらない。
 ラヴラヴボーイズしかり。洋介くんなんかは最初のうちは鼻持ちならない美少年だった。crown to the headだとか、ベリーパイだとかもしかり。SUNにしたってデビュー前だったにも関わらず小生意気な坊やの集団。
 最近では鈴木瑛斗。私に会うと意識的にか無意識にだか「おばさん」「いい年」を連発してくれちゃって、ひっぱたいてやりたくなってくる。
 ヴォーカルグループにもいる。彼らはそろってルックスがいいので、年齢層の高い女性たちのアイドル的存在になっている「玲瓏」。彼らの顔はたしかに粒ぞろいではあるが、あれに比べりゃ洋介くんは可愛いもんだったね、である。
 近頃は瑛斗くんは売れてきているので、以前のようにひとりで自由に出歩けなくなったようだ。それでも彼らにだって私生活はあるわけで、不自由さが増した分、業界人の出入りする店を覚えていく。瑛斗くんがどうやって知ったのかは知らないが、私が彼と会うのは「向日葵」でが多かった。
 「向日葵」にはフォレストシンガーズ関係者の常連が多い。フォレストシンガーズは音楽業界人なのだから、業界御用達の店のひとつなのだろう。
 業界人であるようなないような立場である私は、フォレストシンガーズ関係者であるのだけはまちがいない。「向日葵」の近くにはオフィス・ヤマザキと関わりの深い事務所があって、ちょくちょくここを通りがかる。
 そうなるとマスターの作ってくれる食事が恋しくなって足を踏み入れて、瑛斗くんとカズヤくんに会ったというわけなのだった。
「美江子おばさん……カズヤくんのファン? そんな顔をしてるよ」
「瑛斗、おばさんだなんて言ったらダメだろ。美江子さんはおばさんなんかじゃないよ」
「カズヤくんはファンサービスがマメだよね」
「ファンの方ではなくても、年上のひとには礼儀正しくしなくちゃいけないんだよ」
「カズヤくんって乾さんと仲がいいの?」
 瑛斗くんの言う通り、乾くんのお説教に似ている。意地悪なおばさんとしては簡単には乗せられず、彼の性格も見極めるつもりでふたりの会話を聞いていた。
「乾さんとはちらっと会ったことはあるけど、お話もしてないよ。瑛斗は親しいんだよね」
「親しくしてもらいたいんだけど、忙しいからって遊んでくれないんだよ。美江子おば……美江子さん、乾さんに会わせて」
「瑛斗くんは乾くんに恋をしてるの?」
「……そ、そんなはずねーだろっ!!」
 目が三角になった瑛斗くんは可愛い。意地悪なおばさんはそう思う。
 キミは乾くんに恋してるの? アイドルではないが、小生意気なところは世間のアイドルと同じの哲司に質問したら、うん、そうだよ、だ。一般的な男の子の反応は瑛斗くんの答えだろう。
「そういう口をきいたらいけないよ」
「カズヤくんはうるせーんだよ。このおぱ……美江子さんが変なことを言うからだろっ」
「なんかね、流行ってるみたいなのよね」
 あのヒデくんも言っていた。
「男が男を好きだと言うと、あんたは彼に恋してるのか? って尋ねてしまいそうになるんですよ。ああ、毒されてる」
 誰に毒されているのかといえば、ヒデくんの彼女の蜜魅さんにだろう。幸生くんもこのたぐいの台詞はしょっちゅう口にするし、私はもとより嫌いでもないし、流行ってなくても相手の反応が面白くて尋ねてしまう。
「なにが流行ってるの?」
「瑛斗くんってボーイズラヴのまんがとか読まないの?」
「僕、字は苦手」
 字を読むのが苦手だから本は苦手、ならばわかるが、漫画も読まない若年層が増えているとは、嘆かわしい。が、私がここでお説教をすれば、十六歳と二十一歳の若者ふたりの反応は目に見えている。うるさい先生みたい、だろう。
 若いころからお説教が得意だった乾隆也は、いっそうそのテクニックを上達させているらしい。
 男はいいよねぇ。年を取ると貫禄なんてものも出てきて、乾くんはかっこいいおじさんになりかけのお兄さんポジションが板についてきている。女の子には恋をされ、男の子には慕われるから、お説教しても嫌われたりしない。
 年を取ったとまではいかないにせよ、中年が近づいてきて、意地悪なおばさんにもなりかけている女は、年齢を重ねることのメリットがあるのだろうか。
 貫禄のある先生みたいにはなりたくないし、私はかっこよくもないし、お説教なんかしたら疎まれるばっかりだ。
 うちの夫の場合は男の子には簡単に手を上げるから、暴力リーダーなんて呼ばれている。現在でも若い子には、本橋さんは怖そう、と言われている。女の子には荒っぽい真似はしないのだが、顔だけでも怖いのだそうで、私も納得。
 その点、ソフトムードの乾くんだと、あまりに聞き分けのない男の子や女の子を軽くぱちんと叩くのが暴力にならないらしい。軽くではあっても叩かれるときびしく叱られたことになって、男の子も女の子も聞きわけがよくなる。
 本橋真次郎だと暴力になる行為が、乾隆也だと効果的な懲らしめになる。ま、こればっかりは外見の差もあるんだから、しようがないわけで。
 妻としては不公平感もなくもないが、不公平だというのも世の常だ。私は若い子を叱るとえらそうだとか、先生みたいだとか、ヒステリーだとか言われるタイプの女なのだから、意地悪に観察だけしていよう。
「そっかぁ、漫画も嫌いなのね。カズヤくんは?」
「僕は漫画も小説も読みますよ。小説よりはノンフィクションのほうが好きかな」
「ボーイズラヴは嫌い?」
「好きではないってか、気持ち悪いけど、ゲイの役だったらやってみたいな」
 げっ、と言ったのは瑛斗くんで、カズヤくんは穏やかに微笑した。
「僕は歌でデビューさせていただいたんですけど、俳優としての仕事もやることになるはずです。おねえのひとじゃなくて、外見は普通の男、中身はゲイっていうの、やってみたいです」
「芸の幅を広げるため?」
「芸ってそっちのほうですよね。幅を広げるほどのキャリアはないんですから、なにごとも経験って意味ですよ」
 普通の男の役は、キミのルックスでは無理があるよと言いたい。
 すんなりした中背の身体つき、甘さの中に哀愁もたたえた顔つき。低く落ち着いた声で話すので、物腰は大人びて見える。こんなに綺麗な普通の男はいない。
 ドラマや映画は俳優が普通の人間を演じるのだから、嘘っぽくなるのは当然だろう。嘘っぽいのは承知の上なのだから、カズヤくんが普通の若い男の子を演じてもいいわけだ。瑛斗とカズヤの普通の兄弟、いいかもしれない。
 瑛斗くんはやんちゃ坊やの雰囲気もある、小柄な美少年。カズヤくんほどの美貌の持ち主ではないから、やや一般人寄りではあるが、アイドルとして人気が出てきているだけにやはり普通ではない。そうとわかっていて、ドラマ関係者も普通の人間を演じさせるのだから。
「あれ、映画になったら出てよね」
「あれって?」
「少女マンガだけど知ってる? 蜜魅作「水晶の月」だよ」
「あ、知ってます」
 これがヒデくんを毒した元凶の漫画だ。
 もとはみずき霧笛さん作「水晶の月」。シゲくんの結婚が決まったころに、フォレストシンガーズが初の声の出演を果たしたラジオドラマのシナリオだった。
 フォレストシンガーズの五人と金子将一、皆実聖司、沢田愛理。私たちの大学の合唱部の先輩たちも含めて、登場人物たちは同名異人で、男子学生寮が舞台になっていた。みずきさんはそのシナリオをラジオ局に応募してプロのもの書きになった。
 蜜魅さんは昔からフォレストシンガーズのファンだったのだそうで、ラジオドラマも聴いていた。そして考えた。同名異人をさらに異人にしてしまおうと。
 男子学生寮といえば、かつてもボーイズラヴ漫画の格好の舞台だった。漫画家の蜜魅さんはそこに目をつけ、「水晶の月」をボーイズラヴティストにして漫画にした。みずきさんと蜜魅さんが語り合って、キャラクターたちの名前も換えた。
 しかし、私にはわかる。現在連載中の分の寮長の原型はうちの夫、本橋真次郎。みずきさんの原作よりも真次郎本人に似ている。酷似している。彼にはゲイのケは皆無だから、そうと気づいても本人も気にしないだろう。
 副寮長の原型は乾隆也。彼もゲイではないけれど、柔軟な心の持ち主だからゲイをむやみに退けたりはしない。
 その副寮長に恋して傾倒していき、魔法使い犬の助けを借りて女の子に変身してしまう彼は、幸生くんにまちがいない。幸生くんの実物の心にもユキという名のアニマが住んでいて、乾くんによろめいているのだから、本人も気を悪くもしないだろう。
 完全にゲイである少年もいて、彼はまずは去年の寮長、原型は金子さんである先輩に恋をした。そんな自分が怖くて入寮はせずに、マンション住まいとなった彼に男の恋人ができた。このふたりの原型は誰だろう?
 漫画家さんも完全なるゲイの男性を誰かにあてはめるのは気が引けて、架空の人物を創作したのだろうか。蜜魅さんははっきりとは教えてくれないし、ヒデくんも知らないようだ。
 「水晶の月」の漫画バージョンはフォレストシンガーズの全員が読んでいるようだが、積極的に話題にしたりはしない。男性にとってはゲイのエリアはタプーゾーンであるようだから、私も言わない。蜜魅さんや泉水さんや愛理さんと内緒話をする程度だ。
 その漫画をカズヤくんは読んでいて、まったく知らない様子の瑛斗くんに説明している。裏事情を知らない純粋な読者にはこう読めるのだと私にも興味深かった。
「大学の寮があるんだよ。大学は共学だけど寮は男子専用で、十人くらいの学生が暮らしてる。ゲイっぽい奴とか、ナンパばっかしてる奴とか、荒っぽい先輩とかこまやかな心遣いをする先輩とか、いろんな男がいて面白いんだ。美江子さんはあの漫画が映画になったらって言ってるんですよね。ドラマでもいいな」
「最近は漫画のドラマ化って多いから、あるかもね」
 グラブダブドリブの実名漫画、蜜魅さんの「美貌のしらべ」はアニメになっている。蜜魅さんには実績もあるのだから、あり得ない話しではなさそうだった。
「カズヤくんはどの役を演じたい?」
「決まってますよ、光星です」
 コウセイ、イコール幸生。幸生は「コウセイ」とも読めるのだから、その意味でこんな名前にしたのだと私は推理していた。
「あの役、むずかしそうだよね」
「そうでしょうね。彼は副寮長に恋をしてるんだけど、俺は変態じゃない、妄想で楽しんでるだけだなんて自分に言い訳して、そのくせ、どんどんのめってるでしょ。ゲイは変態じゃない。男が男に恋してもおかしくないって、開き直ればいいんだ」
「カズヤくんはそんな思想なんだね」
「思想ってほどでもありませんけど、光星の役を演じたいです」
 退屈になってきたのか、瑛斗くんも言った。
「僕だったらどの役?」
「登場人物たちは主に大学生だから、瑛斗だと若すぎるかな。光星の弟の役を作ってもらうといいよ。寮に遊びにきてるうちに、寮長さんに恋しちゃうんだ」
「兄も弟もゲイなわけね」
 寮長のモデルは真次郎だから、私の脳裏に浮かんでしまう。瑛斗くんに恋されて迫られて、たじろいでいる本橋真次郎。そうなると私が守ってあげるしかないかな、などと、リアルと混同して想像してみていた。


2

 卒業してからも幾度かは訪ねてきた母校に、カズヤくんを案内してきた。
「僕は大学には行ってないんですよ。この目で見たいな」
「幸生くんが母校に行ったら……」
 女の子たちが大騒ぎして殺到して、レスキュー部隊出動ってことになったらどうしよう、と幸生くんが言ったのは誇張がすぎるが、カズヤくんだったら実現する可能性もある。
 けれど、地味な服装をしてメガネをかけたら、カズヤくんは案外目立たなくなった。私はもともと有名人でもないので、大丈夫だと判断したのだった。
「ここなんですね。僕は大学に行ったことがないからって言うのもあったんだけど、フォレストシンガーズのみなさんでしょ。金子さんも徳永さんも音羽さんも柴垣さんも、みーんなここの出身なんですよね。僕、「落花流水」って喫茶店にまで行ったんですよ」
「落花流水って、私たちの先輩がやってるロック喫茶でしょ? 乾くんが行ったって言ってたよ」
「僕はこの大学のおたくなんです」
 キャンパスを歩きながら、カズヤくんがはにかんでみせる。そんなおたくがあるとは知らなかった。
「好きなアーティスト……いや、アーティストって言ったらいけないんですよね。俺たちは芸術家じゃないって、フォレストシンガーズの誰かがインタビューで言ってるのを見ました。バンドマンとかミュージシャンとかって言うんでしょ。フォレストシンガーズだったら歌手?」
「彼らは自らは、シンガーとかミュージシャンって言ってるね」
「そしたらそう呼びます。ミュージシャンのファンだったらそのひとのすべてを知りたいと思って、彼か彼女の故郷にまで行って、両親のやってる店を見にいったりもするんですよ。本庄さんのご両親のお酒屋さんだって、誰かのブログにアップされてましたよ」
「へぇ、そうなの?」
 昨今はおたくってやつも多岐に渡るのだと、妙に感心してしまった。
 カズヤくんはフォレストシンガーズってもののプライベートにも詳しい。昔からファンでいてくれたのか、調べたのか。こんな態度を取られると私もいっそう好意を持って、たいへんにありふれたことを言ってみた。
「こうして歩いてると私たちはなにに見えるのかな。親子じゃないよねぇ」
 姉と弟にしても、年齢差がありすぎるか。章くんと龍くんの差よりも大きい。そんな年になっちゃったんだなぁ、私がこのキャンパスを学生として歩いていたころは、カズヤくんの年頃だったのだから。
 ありふれた疑問の答えを求めていたのではなく、彼も応じる気持ちもないようで、ここはね、あそこはね、とキャンパスの説明をしながら歩く。広いキャンパスですれちがう学生たちは、私たちに視線をよこすものの、スターを見る目ではないようだった。
 若くて綺麗な男の子がいるから、女の子はそんな目を向けているのだろう。このおばさん、彼のなんなのかな? とも思っているのだろう。
「中でも特に合唱部なんでしょ? 部室を見てみたいな。ほら、あのマルセラだって……」
「ああ、マルセラもそうよね」
 クラシック出身の美人シンガー、マルセラ・ユーフェミナは一時期歌手を休業して私たちの大学に通っていた。彼女は合唱部にも所属していたので、そのせいでいっそう、我が母校の合唱部が有名になったのもあるようだ。
 何年か前に男女合併された合唱部の建物のほうへと歩いていくと、知り合いの女性に出くわした。母校なのだからむろん、知っているひともいるわけで、彼女は私と同学年で合唱部も同じ。現在は中国語学科の講師をつとめている。
「美江子、久し振り」
「晴海ちゃん、元気そうだね」
 喜多晴海は私の連れに会釈し、紹介してよ、と言いたそうな顔をした。
「えーとね、カズヤくん、眼鏡、ずらしてみせて」
 素直に言う通りにしてくれた彼の素顔を見て、カズヤくん? と呟いてから、晴海ははっとした顔になった。
「ね? わかったよね」
「う、うん、でも、言わないほうがいいんだよね。美江子、さすが」
 この「さすが」の意味は、そういう業界で働いてるからさすが、であろう。自慢するようなことでもないが、ちょっとくすぐったい。
「合唱部の部室に入っていくと、学生たちが騒ぐかしらね」
「そうかもしれないね。女の子たちがきゃあきゃあ言いそう」
「でも、カズヤくんは合唱部に興味あるんだって」
「よし、じゃあ、私が部員たちを外に連れ出してあげよう」
 合唱部でも先輩として関わっている晴海が請合ってくれて、部室に入っていった。部員たちは外に出ていき、おかげさまで私はじっくり、カズヤくんに部室の中を案内してあげられた。


 お礼もかねて、晴海と三人でカラオケハウスに行った。有名人が意外にカラオケ好きなのは、手軽に個室にこもれるからだろう。相川カズヤほどの有名人と一緒にいると、普通の店は落ち着かない。「向日葵」のように味はいいのに客が少ないとか、業界人専用のような店とか。
 従業員の教育が行き届いていて、アイドルが来店したからといって目の色を変えたりもしない。そんな店に入ってソファにかけると、カズヤくんは言った。
「今日はありがとうございました。美江子さんだけでも嬉しかったけど、晴海さんまでいらして、僕は幸せでしたよ」
「カズヤくんって年上趣味?」
 からかうように晴海が尋ね、カズヤくんがぽっと赤くなる。可愛いな、と思ってしまうのは、年齢ゆえだろう。
「美江子、もっと早くカズヤくんと知り合ったらよかったね」
 そしたら彼とつきあえたから? そうだね、と晴海に反応しながらも思う。つきあいたいって気はないな。
「晴海だったらOKなんじゃないの?」
「晴海さんは独身なんですよね。彼氏、いないんですか」
「カズヤくんはその気なの?」
「晴海さんさえよかったら、ぜひ」
 年上趣味は本当なのだろうか。晴海が驚きの表情になったのを見ても、カズヤくんは戯言を言っているのではない顔をしていた。
 ひと目惚れもあったのかもしれないが、あれから三人で歩いて話しているうちに、カズヤくんの想いが恋心へと移っていったのだろうか。それとも、そんなふうに見せかけているだけ? 第三者だからこそそう思うのではなく、晴海だってのぼせはせずに疑っているだろうと思えた。
「僕は同じ仕事をしている女のひとってどうも……一概に言ってはいけないんでしょうけど、普通の感覚を持ってないでしょ。僕もそうなのかもしれないから、ごく普通の女性とつきあって普通の……普通の……うまく言えなくてすみません」
「年上すぎる女とつきあうって普通じゃないけどね」
 カラオケにいるのに歌いもせず、三人で話している。晴海は冷静な声で言い、カズヤくんは不満そうに彼女を見つめた。
「年上の女性なんて普通じゃないですか。大学の先生とようやく高校を卒業しただけの僕ではつりあいが取れませんか」
「そういう意味じゃないよ」
「どういう意味なんですか」
「カズヤくん、そんなに真面目に言わないで。本気に取っちゃうよ」
「本気です」
「本気で本気にしていいの?」
「して下さい」
 うむ、これは真剣な目だ。こんなことになるとは思ってもみなかった。
「カズヤくんは美江子に恋しちゃったわけなんだよね。だけど、美江子は結婚してる。結婚しててもいいからデートしたくて、だからって飲みにいこうなんて誘っても、貞淑な人妻は出てきてくれない。それで母校を案内してもらうって口実をつけた。そこで美江子と同じ年の独身の女を見つけた。私は美江子の代用品ってわけかな」
 どこまでシリアスに言っているのか知らないが、晴海が言い、カズヤくんは彼女の手を握ろうとしてかわされていた。
「晴海さん、好きです」
「本気にする気はないけど……ちょっと待ってて」
 ケータイを取り出して、晴海がメールを打っている。カズヤくんは口をとんがらして黙っている。もしかしたら、晴海には恋人がいる? いたってなんの不思議もないのだから、その彼を呼び出して、論より証拠を示そうとしているのか。
 はっきり言えばカズヤくんが真面目に晴海に恋したとは思えないような、寝たいとでも思っている程度ではないかと思えなくもなく、ではあるが、晴海のほうは断りたいのだろう。
 アイドルの男の子なんてものは、思考回路が普通とはちがう。いや、普通の男の子だって、綺麗な年上の女とは寝てみたいと思うのかもしれない。普通の顔をしていたらたやすくは口説けなくても、カズヤくんに誘われたらくらりとしてうなずく女は多いはずだ。
 晴海もくらりとくらいはしたかもしれない。私だって口説かれたら悪い気はしない。なんにしろ、私も晴海の彼氏にはお目にかかりたいから、メールしている彼女を見ていた。
「ごめんね。なにか食べようか」
「晴海さん……」
「その話はあとでね」
 若い女の子だったらくらっとしてそのまま突き進むのかもしれないが、三十代ともなるとかわすのもうまくなる。晴海はにっこり身をかわし、カズヤくんもうなずいた。
「じゃあ、食べて飲んで歌おうよ」
「ここはカラオケボックスだもんね。晴海も私も合唱部出身だし」
「カズヤくん、歌って」
「いえ、あとで。美江子さんと晴海さんが歌って下さい」
 どうもカズヤくんの表情は硬くて、私としても居心地がよくなかった。


 カラオケボックスでなにをやってるんだか、ではあったのだが、個室を確保できているのだからいいとしよう。カズヤくんはむっつりしてしまって、晴海と私が思い出話をするだけの時間が流れていく。ね、カズヤくん、と名前を呼ぶとにこっとする、その笑顔は見ていて快いのだが。
「お待たせしました」
 無聊な時間が経過してから、ひとりの男性が入ってきた。晴海は彼に冷やかすような声をかけた。
「へぇ、あんたってちゃんとした挨拶ができるんだ」
「そりゃあできるよ。山田さんでいらっしゃいますね。川村です」
 細身で背が高くて頼りなげな体格だといえなくもない。三十歳前後に見えるから、晴海よりは年下だろうか。なんとなくよれっとした服装なのが魅力的でなくもなくて、全体的な雰囲気が曖昧に見えるひとだった。
「山田さんも我々の大学の卒業生で、フォレストシンガーズのマネージャーをやってらっしゃるんですよね。晴海さんから話は聞いてますよ」
「えーと、川村さんは……」
「大学職員です。僕はうちの学校の卒業生ではありませんけどね」
「そうなんですか」
 そんな話をしている川村さんと私を、晴海は面白そうに、カズヤくんは気に食わなさそうに見ている。川村さんはカズヤくんに、きみは? と質問したげな目を向け、カズヤくんは言った。
「晴海さんを俺にくれよ」
「は?」
「あんたも晴海さんよりは年下だろ。俺はあんたよりも年下だろうけど、年下だってのは同じじゃないか。俺はあんたよりは背が低いだろうけど、ひょろっとしてるのも同じようなもんじゃないか。あんただったらよくて俺は駄目だってのはなんでだよ」
「きみは晴海さんが好きなのか」
「そうだよ。俺にくれよ」
「いや、そういうわけには……」
 役者志向もある美青年だけに、カズヤくんの仕草は真に迫っている。無責任な第三者は、おー、すごい、晴海、もてるね、気分で眺めていた。
「晴海さんが中国語科の講師になって、学校事務をやってる僕と知り合ったんだ。それで自然にっていうか、僕が誘って昼食を……って感じからつきあうようになったんだよ。晴海さんには徳永渉ってひともいるし、晴海さんに恋してる学生もいるし、ライバルが多いとは感じていたんだけどね」
「ライバルが多いなんて、今までは言わなかったくせに」
 晴海が言い、川村さんは言った。
「感じてはいたけど、むやみに口にするとやきもち妬きみたいだろ。晴海さんは彼と俺と、どっちを選ぶの?」
「選ぶとかなんとかじゃなくて、カズヤくんはお芝居やってるんでしょ」
「ところで、きみは誰? カズヤくん?」
 川村さんに問われたカズヤくんは、がっくりと肩を落とした。
「言いたくないな。美江子さん、こんなときって僕の仕事は口にしにくいってか、言っても現実感がないってか。名前を聞いても眼鏡をはずしてみせても、このひとは僕が誰なのか気づいてない。ごく普通の一般人だったらともかく、美江子さんだったり、徳永渉さんの名前が出てくる晴海さんだったり、そういうひとと知り合いのこの川村さんだったりの前では、虚しいですよ」
「そうかしらね」
「美江子さん、本橋さんと離婚しません?」
「あんたは誰でもいいのか」
 ぼそっと晴海が言い、カズヤくんに追求されなかったので、私も返事はしなかった。
「誰でもいいんだったら、本気ってわけでもないのかな、カズヤくんは?」
「そうみたいよ。最初から芝居の稽古でもしてるつもりだったんじゃないの? カラオケボックスにいるってのに、全然歌ってもいないんだもん。川村くんは歌は好きでしょ。歌ってよ」
「川村くんだなんて、普段は呼ばないくせに」
「あんただって、晴海さんだなんて呼ばないくせに」
 恋人たちは無意識的にでも甘いムードを漂わせ、カズヤくんの肩がなおさら落ちていく。川村さんは歌詞カードをめくり、これ、と示す。晴海がその歌をセットする。晴海がにやついているようだった理由は間もなく判明した。
「う……いやがらせかよ」
「どうして、カズヤくん? 俺、この歌、好きなんだよ。きみは嫌い?」
「勝手に歌えよ」
 マシンから流れてくる前奏は、私も大好きなサルサのリズムだった。

「好きさ、好きさ、愛してる
 きみが振り向いてくれなくても
 オレなんか見えてもいなくても
 オレはきみが好きさ
 愛しているんだよ」

 ごく他愛のない歌詞が、このメロディに乗ると素敵に聞こえる。低く静かな口調で喋る川村さんの声が、歌うと哀調を含んだ情熱的なものになって、目を瞠った。
「うまいね」
「そうなの。彼って芸術家肌なんだよね。どれもこれも仕事にはならないレベルみたいだけど、歌はうまいし絵も描くし、短歌なんかも詠んでるんだって」
「それでいて鈍感?」
「現実生活には適応しにくい性格なんだよ」
 気持ちよさそうに歌う川村さんと、憎々しげに彼を見るカズヤくんを見比べながら、晴海と私はぼそぼそ喋っていた。
「サルサ・ロマンティカの歌手に気づいていない。ほんとに?」
「ほんとのはずだよ。そういうとぼけ方はしない奴だもん」
「徳永くんには紹介したの?」
「なんのために?」
「晴海に恋してる若い子って?」
「知らないよ」
「晴海はそういうとぼけ方、するひとだよね」
「とぼけてないよ」
 独身はいいな、三十代半ばだって花盛りの年頃だよね、などと考えていると、カズヤくんが川村さんの手からマイクを奪い取った。
「オレも歌うよっ」
「お、楽しみだな」
 このマシンは歌い手の採点をする機種で、川村さんが歌っていると九十点前後を示していた。ところが、この歌を持ち歌とするシンガーが歌い出した瞬間、得点が激減する。まるっきりギャグだけど、ここで笑ったらカズヤくんの気分が完璧にダウンしてしまいそうで、私は笑いをこらえるのに必死になっていた。

END




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