連載小説1

「We are joker」11  

 ←17「たんたんたぬき」 →フォレストシンガーズ「過去・いくつもの星が流れ」
「We are joker」

11

 電話をしてきたのは真菜のほうなのだから、渡りに船と、冬紀は彼女を呼び出した。
 喫茶店、「フォボス」。入っていくと真菜はすでに来ていて、険しい目つきで冬紀を睨み据えた。そのくせ、目の端には笑みが漂っていると確信している冬紀に、真菜は言った。

「フォボスってどういう意味?」
「火星の月だよ」
「月は月でしょ? ムーンでしょ?」

「ムーンって英語だろ。あのさ、おまえ、恒星、惑星、衛星の区別がついてる?」
「なんだっけ?」
 手帳を広げて、冬紀は絵を描いた。

「中心に恒星があるんだよ。太陽系だったら太陽。恒星を取り巻く、スイキンチカモクドッテンカイメイ……メイははずれたんだったかな」
「メイはどうでもいいけど、で?」
「ここに火星があって、火星には月がふたつあるんだ」

「なぜ?」
「なぜだかは知らないけど、あるんだよ。そのふたつの衛星がフォボスとダイモスだよ」
「火星の月の名前ね。最初からそう言えよ」
「言ったじゃねえかよ」

 ふーん、冬紀ってかしこいよね、と真菜は笑う。冬紀には弱みがあるので、おまえがアホなんだろ、とは言わずに笑い返した。

「あ、コーヒーね」
 なににする? なじみのウェイトレスが尋ねているので、冬紀は彼女にそう応えた。真菜の前にもコーヒーカップがある。

 古い感じの喫茶店ではあるが、この店はコーヒーがうまい。金がなさすぎるときなどには、ツケにしてもくれる。近くに悠木芳郎やその仲間たちがしばしば使用する音楽スタジオがあり、芳郎たちもこの店にはよく来るので、冬紀が知らぬ間にツケを清算してくれてあったりもするのだった。

「うまいだろ。このコーヒー」
「コーヒーがうまいかどうかはどうでもいいんだけどね、冬紀、すみれちゃんとあたしのどっちを選ぶの?」
「……おまえだよ」

「すみれちゃんとは別れる?」
「もう別れたよ」
「ほんと?」

「ほんとだって」
 運ばれてきたコーヒーがテーブルに置かれるまでの間だけ、冬紀は黙った。

「悪かったよ。気の迷いってやつなんだ。同時にってか、そりゃあ真菜のほうがずっとずーっと好きだけど、すみれにもちょっとだけふらっとなっちまって、それで……」

 すみれにつきあってくれと言われた、と言おうかと思ったのだが、もしやあの日、ライヴハウスですみれと真菜が話し合っていたら、どうやってつきあうようになったのかを話していたらまずい。両方ともに冬紀が口説いたのだから。

 ふたりともに正直に打ち明けあっていたとしても、見栄が入っていたとしても、冬紀がつきあってくれと言ったと言っているだろう。計算してから冬紀は続けた。

「軽い気持ちで口説いたんだよ。すみれには軽い気持ちだったけど、真菜には重い気持ちだったんだ。信じてくれるだろ」
「……すみれちゃんにも同じように言うんじゃないの?」

「ちがうよ。俺が本気で好きなのはおまえだけだ」
「愛してる?」
「……う、うん」

 こうして口説いているときには本気のつもりだが、本気ってなんなんだ? と突き詰めると頭が変になる。本気って、結婚したいとでもいう意味か? 愛してるなんて重い言葉は口にしたくもないが、愛してはいないとも言えなくて。

「まあいいよ。二股かけられるのは我慢できないから、すみれちゃんとは別れるって約束するんだったら許してあげる」
「あっちは遊びなんだから、別れるよ」
「もう別れたんじゃなかった?」

「うん、別れたよ」
「調子のいい奴」
 たしかにそうなのだろうと本人も思う。

 好ましい女の子のそばにいれば、つるつるといくらでも言葉は出てくる。寝たいだとか、ちょっとつきあってみたいだとか、デートしたいだとか、一緒に歩きたいだとか、冬紀にとってはそのあたりの感覚はおよそが同列だ。
 女の子とはそれだけでいい。愛は重い。恋だって重い。

 山根ももこのライヴの日には、迂闊な誘いと誘いが重なって彼女たちを怒らせた。すみれと真菜がふたりして話したのはまちがいないようで、その場では意気投合してふたりともに帰ってしまった。
 そうなると冬紀もどうでもよくなって、ももこと飲みにいってホテルにも行った。ももこは帰りに小遣いをくれようとした。

「若い子と寝ると若返った気分になるわ。はい」
「……俺は娼婦じゃありませんから」
「友永くんだったら夫のつく「娼夫」かしらね。後腐れがないようにもらっておいて」
「いやです。そんなものはもらわなくても、後腐れはありませんから」
「そう? 怒ったの? 可愛いね」

 それだけはプライドに賭けても断って、冬紀はひとりで先にホテルを出た。
 あれはただの自棄行為だ。ももこのほうがその気になったら大変に困るが、彼女もああやって遊びだと念を押そうとしたのだろう。まるで好色じじぃに身を売った女の子の気分。

 そのあとですみれが電話をしてきて、冬紀の口先に丸め込まれてくれた。真菜だってこうして丸められてくれた。ももこのようなもの慣れたおばさんだって一時しのぎにはなるけれど、もちろん若い子のほうがいい。

「今度二股なんかしたら、別れるからね。絶対だからね」
「うん、絶対にしないよ」

 面倒になって別れたくなったら、別の女の子とつきあってるところを見せればいいんだな、楽勝じゃん、などと心で言っていた冬紀だった。

つづく




スポンサーサイト


  • 【17「たんたんたぬき」】へ
  • 【フォレストシンガーズ「過去・いくつもの星が流れ」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

こんばんは

今日はこちらをここまで読ませていただきました。

なんかすごい偶然ですが、フォボスで星の説明をしている冬紀くんの場面と、テンプレがすごく合ってて私はすごく楽しく感じました^^

このお話は去年書かれたものですか?

冬紀くんみたいな人は大変ですよね。
女性にはもてるんでしょうけど・・・もめますよね。
でもやっぱりもてるんだろうなあ・・・。
また続きを読ませていただきますね。ただ私はいつか自分に返ってくるのではないかと・・だから滅多なことは出来ません^^;

美月さんへ

いつもありがとうございます。
先に先だってのご質問にお答えしますと。

最近は収入が激減していますので、本は図書館か古本屋さんです。新刊を買うなんて贅沢はできません。CDもレンタルオンリーです。昔はほしい本はけっこう買ってたんですけどね。

それから、フォボス、ああ、そんな話もしてましたね。
ダイモスっていうのはフォレストシンガーズのほうに出てくるロックバンドで、章が嫉妬したり羨望したりしている存在なのです。フォレストシンガーズとジョーカーはからめないつもりですが、ちょこっとだけ。

このストーリィの原型は相当昔に書いていたものですので、時代背景をどうしようかと悩み、結局は現代に持ってきました。書き直していたのは去年です。

いつか自分に返ってくる、とおっしゃるのは、二股とか三股とか? ですか?
現実ではめったなことはできませんよね。私はもう恋愛からは現役引退していますので、遠い遠い出来事のように思えて、だからこそわりと倫理観のないお話も書いているのかもしれません。

面白いと思います

後で気が付いたのですが、小説世界だから何があってもいいんですよね。

自分達は滅多なことはできませんが、あかねさんのおっしゃる通り・・・登場人物には小説の中では自由に、のびのびしてほしいものです。
以前書いてくださってましたが、ほんと・・・倫理観に縛られていては物書きはできませんよね。
私もそろそろそういう殻を破りたいと思っているところなんです。

今回はちょっと頑張りますので^^またお時間ある時にいらしてくださいね。

美月さんへ

そうですよね、小説世界だって人それぞれの好みがあって、こんな不道徳なのはいやだと思う方は読まなかったらいいっていうのもありますよね。
たぶん、小説なんだからいいじゃない、と笑って下さる方が大半だとも思いますけどね。

私も現実世界ではしょーもない倫理観に縛られてますから、せめてフィクションの世界では奔放な恋愛や生活を書きたいと思い、なかなか上手に書けなくて苦労していますが。

美月さんはプリンでしたっけ。まだ読ませてもらっていませんが、楽しみにしています。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【17「たんたんたぬき」】へ
  • 【フォレストシンガーズ「過去・いくつもの星が流れ」】へ