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小説309(Laputta)

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フォレストシンガーズストーリィ309

「Laputta」


1

 線が細くて背も高くはなくて、ちっとも男らしくない、ありふれたタイプの少女にはそんな少年のほうがもてる。僕は瀬戸内海の小島の出身で、田舎も田舎だったのだから、都会的で洗練された綺麗な顔をしていると評判になっていて、女の子にはやたらにもてた。
 セックスは女の子とするものだと思っていたから、中学生から高校生までの間には何人もの女の子と寝て、気持ち悪くはないけどたいして気持ちよくもないな、男のほうが好きだな、と再認識したのだった。
 人口の少ないちっぽけな島では、何人もの女の子といっても限度がある。ブスは遠慮したいのもあって、年頃の近いましな女はほぼ全員制覇したあたりで、僕は高校を中退して東京に行った。両親は止めようとしたものの、東京には遠縁の春子さんがいて、哲司の面倒は見ると約束してくれたから、渋々は認めてくれたのだった。
「哲司はバイセクシャルなのね。そういうのって治せるものでもないんだし、無茶をしないんだったら仕方ないわ。うちでアルバイトをして、ギタリストになれるように努力しなさい」
 ひとつしか高校のない島から出ていき、東京に来て結婚した春子さんは、旦那の持ち物である「スタジオスプリング」の実質的な経営者になっていた。
 バイだと田舎では暮らしにくい。勉強なんか嫌いだし、高卒だって高校中退だって、島では就職もありゃしない。ギタリストになりたい望みは、島では絶対にかなわない。東京に憧れたというよりも、僕は僕なりに計算して上京して、じきに挫折した。
 プロのギタリストになんか僕ではなれない。才能もあって顔だっていいのに、コネも運もなかったらなれるものではない。失望して、ミュージシャンの男に誘われるまま、彼のおもちゃになろうとしていたころにケイさんと出会った。
 初対面の日にひっぱたかれて投げ飛ばされたのは、僕が春子さんに乱暴をしていたからだ。なんにもしてないのに殴られたとしたら好きにはならなかったかもしれないが、悪いことをして叱られて叩かれたとなると、僕はケイさんに惚れてしまった。
 ケイさんも僕を気に入ってくれて、春子さんに言ってくれた。
「哲司を俺に下さい。こいつは悪ガキなんだから、きびしく躾けますよ」
 春子さんもうなずいてくれて、僕はケイさんの持ちもののような、息子のような、愛人のような同居人になった。最初の言葉通り、腕力でびしばし躾けられていて、反抗だってびしばしするけれど、ケイさんが好きだ。
 好きなのはまちがいないのに、刺激がほしいだとか、ケイさんを怒らせて喧嘩したいだとかで、僕は悪さばっかりしていた。編曲家なのだから音楽関係者であるにも関わらず、僕がギタリストになるために努力はしてくれないケイさんに苛立ったのもあった。
 十代のころの僕は、浮気もしたし家出もしたしシンナーやドラッグもやった。高校生に寝技の手ほどきをしてやったり、複数の男や女と寝たりもした。そんな悪事をケイさんに白状して、口よりも先に手で叱りつけられるのが嬉しかった。
 そんなある日、クラブでたむろしていた外国人に誘われて、彼の部屋で何人もの男と遊んで、そのうちのひとりに投げられた言葉があった。
「ねえ、ケイさん、ラピュタって映画のタイトルにあったよね」
 なに食わぬ顔でマンションに帰ると、ケイさんがキッチンでパンをかじっていた。
「昼メシ? 僕も食おうっと」
 どこへ行ってたんだ、とも尋ねずに、ケイさんは言った。
「アニメにあったな。城の名前だったか」
「なんで僕が城なんだろ。不良外人に言われたんだよ」
「ラピュタってか? スペイン語だよな」
「そうなの?」
「不良外人にそう言われるようなことをやったのか。おまえが楽しかったんだったらそれでいいけど、変なクスリはやってないんだろうな」
「クスリはなかったよ。酒は飲んだけどさ。ねえ、ラピュタってなに?」
「ビッチと同じ意味だ」
 日本でもビッチは知られているけれど、ラピュタってのがそんな意味だとは知らない奴も多いだろう。僕はギタリストとしてデビューしたら、ラピュタ哲司と名乗ろうかと思っているのだが、デビューできないので名乗れない。
「哲司くんってけっこう凄絶な経験、してる?」
「してないよ」
 今日は漫画家さんのインタビューを受けている。僕の好きな乱暴な男のひとり、小笠原英彦の婚約者の蜜魅さんだ。本名は知らないが、蜜のような魅力……名前に似合ってるかな。小柄で色気もあって可愛くて、嫌いなタイプではない。
 もっとも僕はドブスでなかったら女はたいてい好きだ。好きというよりも探究心か。女の身体は神秘に満ちているから、裸になって抱き合ってみたい。その乳房にキスしたい。ヒデさんは女のおっぱいが好きだそうで、その点だけが僕と気が合う。蜜魅さんにインタビューさせてやってくれと頼んできたのもヒデさんで、蜜魅さんのおっぱいにキスさせてくれるなら、と言って、頭にたんこぶができた。
 隙を窺って抱きしめて、胸を開いてキスしてやろうかな。暗いたくらみを心に秘め、ボーイズラヴ漫画も描く蜜魅さんのインタビューを受けているのだった。
「私は同性愛ってものは観念的にしか知らなくて、どうしてそんなものを描くのかと問われると……」
「どうして?」
「フィクションでだったら荒っぽいシーンが嫌いじゃないからってのもあるかな。女が男をぱちんとやるのはコメディっぽくなるでしょ」
「勝手な台詞」
「そうなんだけど、逆だったらDVじゃないの」
「まあ、そうかもね。男同士は平気?」
「男同士ってどうしても乱暴にならない?」
「そうとも限らないだろうけど、ケイさんは乱暴だよ。ヒデさんも荒っぽいよね」
「ヒデさんは私には荒っぽくはないけど、根はワイルドだよね」
 まともな男は女には荒々しい行為はしないのだ。僕だったら気安く張り倒すケイさんは、女性には紳士的だと言われている。乾さんだって女には優しい口調で喋る。ヒデさんも例に漏れずか。
「男同士ったって穏やかなカップルはいるけど、僕が悪ガキで黴菌で、ケイさんのきびしい躾が身につかない馬鹿だからだな」
「自嘲してるというよりも、そんな僕が僕は好き、って口調よね」
「そんな僕をケイさんが好いていてくれる間は、僕は僕が好きだよ」
「哲司くんの世界はケイさんに支配されてるの?」
「主体性がないんだよね、僕は」
「それで……」
 いいの? と言いかけて、蜜魅さんは言葉を途切れさせた。
「哲司くんはみずき霧笛さんとは知り合い?」
「知ってるよ」
 人間には二種類あるといわれるうちには、こんな二種類もある。
 すなわち、自分が小説やアニメのキャラクターにされて嬉しい人間と、恥ずかしくて耐えられない人間だ。絵のモデルや歌のモデルは別として、まんが、アニメ、小説、シナリオなどで、自分の名前を使われたり、自分をもとに作られた人物像という場合に限る。
「俺には恥ずかしいって気分はあるけど、目立ちたがりなんだから嬉しいよ」
 これは三沢さん。
「俺はいやだけど……書かれちまったものは仕方ないし。本橋真次郎って奴は誰が描いてもこのタイプだなってのか」
「俺をモデルにしてくれるのはいっこうにかまわないよ。乾隆也は著者の目にはこのように映っているのか。いや、しかし、脚色はしてあるんだなって、客観的に見るから」
「俺はやなんだけど、うーん、かといってフォレストシンガーズ小説に木村章が出てこないと複雑な気分だな」
「恥ずかしいよ。俺は恥ずかしいけど、みずきさんの小説にシゲが出てくるのはちょっと嬉しいかな」
「ものによるな。みずきさんの描いてくれた「十六歳のころ」に出てくるヒデは好きだよ」
 フォレストシンガーズのメンバーたちをメインキャラに使ったみずきさんの小説を読んでの、本人たちの感想はこんなところだ。僕のもっとも身近にいる男はこう言っていた。
「ケイさんだの田野倉だの敬三だのって名前を、小説に無断で使われたら訴えるぞ」
「ケイっていってもあなたじゃないひとだとしても?」
「偶然だったら仕方ないけど、俺は小説や漫画のモデルになんか絶対になりたくない」
 なりたくないっ!! 激しい調子でケイさんは言っていたから、そういう人種もいるのである。
「私は小説って読まないけど、乾さんと千鶴のラヴストーリィっていいかもね」
 千鶴もうっとりと言っていたから、ケイさんは少数派か。いや、二種類の人種のうちの「書かれてもいい、嬉しい」派は目立ちたがりなのか。フォレストシンガーズは歌手、千鶴はなりかけ女優で、ケイさんは編曲家。目立ちたがり度が職業にも反映しているのか。
 僕はとりたてて目立ちたがりではないけれど、自分が主人公の小説には興味がある派だ。みずきさんにもお願いしてみて、そういうのはちょっと……と渋られたので、自分で書いたことがある。なのだから、もちろん僕はみずき霧笛さんを知っている。みずきさんの著書も何冊かは読んだ。蜜魅さんの漫画も読んだ。
「みずきさんもボーイズラヴを書くの?」
「水晶の月の原案はみずきさんだよ」
 「水晶の月」にも二種類ある。僕は聴いていなかったラジオドラマと、ボーイズラヴ漫画バージョンだ。前者は健全な大学男子学生寮が舞台で、フォレストシンガーズの五人と金子将一がメインキャラクターで、本人たちが声優をつとめてラジオで放送された。
 昔からフォレストシンガーズのファンだった蜜魅さんは、そのドラマを聴いて悪だくみをした。設定を微妙にいじくって男たちの愛の世界に変えてしまって漫画にしたのだ。
 みずきさんの脚本はもとはキャラの名前がちがっていたというから、そっちに戻したのか。漫画のほうはラジオとは名前がちがっていて、登場人物も増えている。綺麗な男が大勢出てくるのは楽しくて、僕も読んでいた。
「僕は暇だから漫画も小説もいっぱい読んでるよ。ボーイズラヴってのは女の子向けのソフトなやつだと嘘っぽいけど、あのぐらいでいいんだろうな」
「水晶の月の漫画版、読んでくれてるのよね。あれも荒いでしょ」
「あんなの、たいしたことないし」
 たいしたことないからいいのだろう。
 そのあとも蜜魅さんの漫画の話やら、みずきさんの小説の話やら、ボーイズラヴ系のフィクションの話やらもまじえながらのインタビューが続いていく。ヒデさんの話やプライベートな質問をするとはぐらかされて、なのに僕の私生活は上手に聞き出されて、最後に蜜魅さんは言った。
「みずきさんの最新の短編集には、哲司くんに言わせれば嘘っぽいのであろう、ソフトなBL系小説が載ってるよ。みずきさんは普通のおじさんだけど、知的好奇心っていうのか、自身の書くものの幅を広げるためもあるのか、BLにチャレンジはしてらっしゃるの」
「みずきさんってちょびっとエロは描くけど、基本的には子供っぽいってか? 僕には飽き足りない感じではあるな」
「哲司くんってポルノは好き?」
「薔薇でも百合でもブーケでも好き」
「ブーケ……ああ、そっか」
 以前にも僕は僕の感じるエロ小説を書きかけたけど、完結はしていない。みずきさんの書くエロっぽいふうBLふう小説ってどんなの? 蜜魅さんと別れてから書店に行くことにした。おっぱいキスはできなかったけど、インタビューを受けたギャラをもらったから、今日は本を買おう。


2

 これ、BL? ちがうじゃん。普通じゃん。なのではあるが、そのうちにはBLも出てくるのだろうと考え直して、ひとつ目の短編から読みはじめた。

「目の前にすわったふたりの男を、滝沢栞は見比べていた。
 一方はプロサッカー選手の柴田宣彦、もう一方はプロ野球選手の木ノ内大和。年齢はともに二十六歳で、栞より二歳年下になる。栞が知り合ったのは宣彦が先だった。
 宣彦との初対面の日から一ヶ月ばかりすぎ、栞は今夜は木ノ内大和と向き合っていた。平均的に、野球選手はサッカー選手よりも身長も体重も上なのが普通だ。大和は腕が太い。体格もがっしりしていて、大きいなあ、と見上げてしまう。
「185センチで80キロ。プロ野球選手としてはそうでかいほうでもないな。そやからあんまりパワーがない」
 プロ野球選手には関西人が多い。大和の所属球団も大阪にあり、彼自身も大阪人だ。
「野球界の標準語は大阪弁やと言われてるんや。知ってる?」
「聞いたことはあるみたい」
「まあね、なんぼワールドカップやなんや言うたって、大阪は野球ですよ。うちの球団が優勝したら、大阪の経済効果がどれほどになるか、すごいらしいなあ。長年優勝してへんから俺はようわからんけど」
「でも、サッカー人気に脅威は感じてるんでしょ」
「大阪のサッカーチーム、弱いやん」
 大和がくすっと笑ったとき、栞の背後で低い声がした。
「万年最下位チームの選手に言われたないなあ」
「んん? あんたは?」
「よ、栞ちゃん、久しぶり」
「あら、ま」
 今夜のインタビューは東京でおこなっている。大和の所属するチームが東京に遠征にくる日に合わせて、アポイントを取ったのだ。思い出してみれば、彼のチームも東京遠征だ。振り向いた栞の目に、柴田宣彦の姿が飛び込んできた。
「仕事?」
「ええ、まあ、ほとんどすんだんだけど」
「木ノ内大和選手、はじめましてかな。俺のこと知ってる?」
「知らん」
 大和の返答はにべもない。
「知らんか。残念やな」
「……見たことある気がするな。サッカーの選手か」
「そ、うちもそんなに強いわけやないけど、万年最下位ではない」
「万年最下位というな」
「ほんまのことやん」
 大阪にはプロ野球チーム、サッカーチーム、ともにふたつずつある。宣彦は大和をよく知っている様子だが、大和はしばし首をかしげてからうなずいた。
「柴田。シエスタ大阪の柴田か」
「シエスタはないやろ。うちはあんたとこみたいに昼寝ばっかりしてへんぞ。ドリーム大阪や」
「昼寝とちごて夜の眠りの夢か」
「仔猫もいっつも寝てますわな、大阪キティズの木ノ内さん」
「大阪ジャガーズや」
「そうやったか。あんまりかわいいから仔猫かと思たわ」
「ほっとけ」
 険悪なムードと呼べば呼べるのだろうが、東京生まれで東京育ちの栞には、大阪男ふたりのやりとりは漫才じみて聞こえる。思わず吹き出した。
「知ってるくせにすっとぼけて。大阪にはもうひとつ野球チームがあるとはいえ、リーグがちがうと人気は全然ちがう。浪花ブルズは人気だけはジャガーズの足元にも及ばん。人気だけはね」
「今年はブルズさん、強いもんな」
「プロ野球といえば大阪ではジャガーズやけど、その点、うちらの知名度はどっこいどっこいやろ。ドリーム大阪とジェイド大阪やったら」
「なんでどっちにも大阪てつけたんや。ややこしい」
「俺は知らんよ。大阪にはややこしい名前のふたつのサッカーチームがあるのに、木ノ内さんは俺をドリームの選手やと言い当てた。知ってたくせに」
「思い出したんや」
「……栞ちゃん、そんなに笑わんでもええやろ」
「なれなれしい奴やな。おまえは栞さんとどんな関係やねん」
「栞ちゃん、言うてええ?」
 ようやく笑いをかみ殺した栞は応じた。
「言っていいもなにも、木ノ内さんも柴田さんも同じような関係じゃないですか、私とは」
「そうやったかなあ」
 にやりとしておいて、宣彦は言った。
「仕事、ほとんどすんだんやったら飲みにいこ」
「柴田さんは仕事は?」
「今日の試合は終わったよ」
「勝ったんか」
 大和の問いに、宣彦は余裕の笑みを向けた。
「もちろん。ドミンゴ東京に三対ゼロで圧勝や。ジャガーズは残念やったね」
「うるさい。ほっとけ。飲みにいくんか。よし、俺も行く」
「あのなあ、そういうときは女性に訊くもんやで。俺も行ってもいいですか、て」
「ええよな、栞さん」
「はあ」
 そもそも栞が行くとも言っていないのに、そんななりゆきになってしまった。インタビューのおこなわれていたホテルのロビーのソファから、ふたりの男が立ち上がって栞を促す。ま、いっか、となってしまう。
「うへえ、でかいな」
「サッカー選手はちびやな」
「俺らはそんなにでかくなくてもええねん。俺らの武器はこれ」
 足を示してみせる宣彦よりも、大和は縦も横もひと回り大きい。宣彦は175センチ程度だろう。
「俺も足は自慢やで。今期盗塁数はリーグ五位やからね」
「いっぺんピッチを一時間近く走り回ってみ」
「俺らは持久力より瞬発力で勝負やから、そんなんはできんでもええねん」
 な、栞ちゃん? とそろって笑顔を向ける。いつの間にかちゃんづけになっていた。
 実はふたりは互いをよく知っているのだ。スポーツ界は長幼の序にきびしくて、ひとつでも年上の相手には丁寧な口をきく。よほど親しくなれば別だろうが、はじめて会話をするような場合、年下は年上にへりくだるものだと栞は知っていた。
 宣彦と大和は同学年、同年齢、それを知っているからこそ、互いにタメ口をきいているのである。そのうちには、うるさいなあ、おまえは黙っとれ、と言って小突きあいまではじめた。けっこう仲もよさそうに見える。
 俺のいきつけの店に、とともに言い合って譲らず、あげくは道の真ん中でじゃんけんをして決まったのは、宣彦がよく来るというしゃれた店だった。名を「エスメラルダ」。
「エメラルドのスペイン語よね」
「さすが栞ちゃん、よう知ってる。木ノ内くんは知ってたか」
「知らんわい」
「そのわりに、シエスタやなんてうまいことまちがえたもんやな」
「おかげさんで」
 栞はまたもきゃらきゃら笑った。
「……さすが大阪人。あなたたちの会話は最高に愉快ね」
「女のひとを笑わせるのは、大阪男の生きがいやもんな、木ノ内くん」
「俺にはそんな生きがいはない」
 言いつつ、大和は「エスメラルダ」のドアを押した」

 プロ野球選手とサッカー選手とスポーツライターの女。ものすごく普通の小説だった。しかも大阪弁って、スポーツ選手は暑苦しいから言葉も暑苦しくしたのか。僕も西の出身ではあるが、スポーツは嫌いだし、大阪弁となるとたこ焼きの匂いがしてきそうで、まったく面白くもなかった。
 全然エロでもないし薔薇でも百合でもない。ベッドシーンもないからブーケでもない。期待を持って読みはじめたので、どうせ読書は暇つぶし、の僕の主義が崩れて、刺激を求めていたのだった。


3

 BL小説にたどりつくまでに投げ出したみずき霧笛の本の中の短篇小説には、大阪弁の男が出てきた。大阪といえば、最近知り合った女がいる。女のくせしやがって、僕は女じゃない、と言いたがるもののけ女だ。
 いや、もののけなんて言ってやったら喜ぶかもしれない。「僕って変わってるんだよね」が自慢の馬鹿、天然ボケってのは一種褒め言葉のようでもあるが、本物の馬鹿って意味だろ。差別用語じゃないか。そう言われて喜んだり、自称までが天然ボケだったりする女は本当の馬鹿でしかない。
 「天然」なんて言うから勘違いするんだ。ちゃんと「ボケ」とか「馬鹿」とかをつけなくちゃ。
「哲司はソニンって子にはムキになるんだな。若いんだなって幸生が言ってたよ」
 乾さんが言い、若いんだからしようがないじゃん、と言い返した。
 フォレストシンガーズの誰かの知り合いらしき、フライドバタフライで出会った醜い女。顔だけならばドブスとまでは言えないかもしれないが、中身も加えたら最悪の醜女だ。
 ああいう女をからかうのが趣味の僕は、ソニンをいたぶってやった。いたぶられているのではなくてお世辞だと受け取った? そうではなくて、僕が本心からソニンを気に入ったとでも思ったのか。太った頬をぽっと染めて、ソニンも乗ってきた。
 おめでたい女だ。あんなのに彼氏がいるなんて、信じられない、ってか、そいつも馬鹿なんだろうからお似合いだね。
 僕の理想のタイプはケイさん。背が高くて痩せた哲学者ふうで、物腰は穏やかでありながら、僕を叱るときには相当にきびしい。僕は真性マゾではなくて、僕が悪いときにひっぱたいて叱ってくれる男が好きなのだと、ケイさんや乾さんと触れ合って実感した。
 先日は乾さんに右の頬を、ヒデさんには左の頬を叩かれて、僕はジーザス・クライストじゃないっての、というほどに殉教者気分にさせられた。家に帰ってケイさんに言いつけたら、今度は尻をいやってほどにぶたれた。
 悪いのは僕なんだからさ、ぶたれるってわかってて言いつけたんだけど、痛かった。そのくせ、そうやって僕を叱ってくれる男をますます好きになるんだから、僕って変態。変態でもいいんだ。
 そんなふうにやたらにきびしくケイさんに躾けられ、乾さんもケイさんの躾に手を貸している。ヒデさんは単に乱暴だから僕を殴るわけで、だとしても僕が悪いのだから、殴られてもしようがないってか。ほっぺたや尻を叩かれる程度だったら嫌いじゃないってか。痛いのも快感ってか。
 話がそれていたが、そんなわけなのだから、僕の理想の恋人は「彼氏」だ。男だ。僕も男だから、ゲイ、ではなくてパイセクシャル。男のほうがより以上に好きではあっても、女も嫌いではない。
 胸の大きな美人のお姉さん、おばさんでも美人だったら可。おっぱいは断然大きいほうがいい。背丈はどうでもよくて、プロポーションの他の部位も、可愛かったら可。千鶴のでっかいケツも可愛いから好きだ。
 性格がいびつだってまったくかまわない。かなり歪んでいるミルキーウェイだって好きだ。ミルキーは細いけど、がりがり女でも女らしく可愛かったら好き。
 つまりは僕は女ってものは、気まぐれで抱き合う相手だとしか考えていないのだから、恋人同士にはならないのだから、どこかしら女らしくて可愛かったらなんだっていいのだ。変な女からだって可愛さを見つける自信はある。
「女に対するあんたの褒め言葉は、可愛いしかないの? 私は可愛いって言われるのは嫌いだよ」
「美江子さんは僕から見たら可愛くないから、言ってあげないよ。綺麗なお姉さん、だったらいい?」
「皮肉でしょ」
 ひねくれ美江子さんだって、ほんとはけっこう可愛いよ。
 そんな僕をここまでムキにならせたとは、ソニンって奴はなにものだ? 怖いもの見たさというのか、オバケ屋敷に興味を示すような感覚で、僕はもう一度ソニンに会いたくなっていた。
「やあ、東京に来ていたの」
 死ぬほど大嫌いな奴にも表面は明るく親しげにふるまえるのが、僕の特技だ。ソニンについての本音は三沢さんあたりは知ってるけど、告げ口はしていないだろう。深夜の「フライドバタフライ」できょろきょろしているソニンに気づいて、テーブルに招いてやった。
「哲司って、フォレストシンガーズの奴らとは寝たの?」
「あ、うん、五人ともと寝たよ」
「ヒデさんは?」
「ヒデさんもフォレストシンガーズに含めるんだったら、六人ともと寝たよ」
「僕も寝たよ」
 こっちも大嘘なのだから、嘘つき、とは言わないでおいてやろう。
「哲司から見たらあいつら、どうだった?」
「ソニンは身体は女だろ。僕の身体は男だから、参考にはならないんじゃないかな」
「参考にしようってんじゃないけどさ、ふーん、男とも寝るってところだけは、ミュージシャンって普通ではないんだよね」
「きみの男は?」
「あいつは駄目。男はいやだ。性別不詳のソニンちゃんだけでいい、ソニンに抱かれていたら、他の女もいらないよ、なんて言うんだ。つまんねえ奴」
「……ソニンって大阪弁は使わないの?」
 オーダーしたビールが届き、ソニンはグラスを上げて半分ほど飲んだ。
「僕、大阪の子じゃないもん」
「どこの出身?」
「内緒だよ」
 くくっと笑ってから声を低めた。
「ここからだと見えないけど、あの空のあのあたりにある星」
「ほぉ、しゃれた答えだね」
「そりゃそうじゃん、僕、アーティストだもん」
 ドッチラケとかいう言葉があるとケイさんが教えてくれた。僕の今の心境はまさしく、その古い流行語だった。
「哲司はどこの出身?」
「ここからだと見えないけど、神戸あたりから船に乗ると見えるんだ。海の真ん中にある渦の下のほうにある、人魚の国さ」
「哲司って人魚の男の子?」
「そうだよ、あのね」
 なにかで読んだ話をアレンジして語った。
「人魚の女は美しいんだ。上半身が美女、下半身は魚だからね。でも、男は醜い。逆だから。半魚人ってのか、クトゥルーにもそういう化け物が出てくるよね。ネクロノミコン種族ってのがさ」
「あ、ああ、ネクロノミコンだったら知ってるよ。あの化け物か」
 内心でぺろっと舌を出す。ネクロノミコンはクトゥルー神話に登場する架空の書物であって、化け物の名前ではない。やっぱこいつ、知らないんだ。
「だけど、僕はさかさまに生まれてしまった。男としてはできそこないで、上半身は美男、下半身が魚だったんだよ。それで仲間はずれにされて、少年の年頃になると人間世界へ追放されたんだ」
 暗喩的ともいえる僕の話を、ソニンは阿呆面で聞いていた。
「内緒だけど、満月の夜になると、薬で抑えている魚の下半身が復活するんだよ。僕のその病気を止められるのは、愛するひとだけさ」
「愛するひと、いるんだよね?」
「いないんだ。ソニン、次の満月には愛するひとの役目をしてくれる?」
「う、うん」
「条件があるんだよ。僕の愛するひとの役目をしてくれる人間は、女性ならば体重は五十キロ以下でないといけない。きみは合格できるかな」
「大丈夫、ソニンは四十八キロだよ」
 嘘つけ。五十八キロはあるだろ。僕はしかめっ面を作ってみせた。
「そんなものかもしれないけど、正直に申告しないといけないんだよ。体重をごまかしたりすると、きみが犠牲になるんだ。きみが人魚になっちゃうよ」
「人魚なんて素敵じゃん」
「上半身が魚だよ」
 ぐっと詰まったソニンに、そのほうが人間のおまえよりは見やすいかもな、なんたって人間の言葉が喋れないもんな、と言ってやりたくなる。言わずにじっと見つめると、ソニンは言った。
「んと、ダイエット、できると思うよ」
「やる? そしたらね、一週間ほどあるんだから、断食道場に入るといいよ。ほんの二、三キロだったら落とせるから、行こう」
「ええっ……えとえと……」
「おいでよ、ソニン」
 セクシーな瞳で囁いてやると、ソニンはうっとりとうなずいて立ち上がった。
「ソニンってヤクザの舎弟に憧れてるんだってね」
 ケイさんのツケにしておいて店から出ると肩を抱いてやって、僕は言った。
「その断食道場の経営者は両方の手の小指がないんだよ。ソニンは魅力的だから、そいつにレイプされるかもしれない。下手したら叩き売られるかもしれないから気をつけて」
「僕を……そんなところに入れるの?」
「そいつにレイプされて、極道の女でもあり、舎弟でもあるって存在になれたとしたら、男でも女でもない人種には本望でしょ。さっきビールを飲んだよね。その分、水太りしてるだろうから走っていこうか」
「へっ、走るの?」
「そうさ、走れ」
 これだけ無茶苦茶を言うってのも快感だ。ソニンの手を引っ張って暗いほうへと走り出すと、誰かの腕の中に飛び込む格好になった。
「ケイさん? なんでここにいるの?」
「俺もフライドバタフライにいたんだよ。話は聞いてたぞ。俺の名前でツケにしてたのも見てた。どこまでエスカレートするのかと思ったら、おまえはまったく次から次へと……」
「三沢さんに似てきたんだよ」
「いや、すみません、お嬢さん」
 ソニンに向かってケイさんが頭を下げ、僕は言った。
「舎弟だったらこっちのほうが早いかもね。このひともヤクザだから」
「え? そうなの?」
「僕の彼氏。ああん、ケイさん、ごめんなさい。僕は悪い子だよね、ぶって」
「それも三沢さんの真似か。うちに帰ったらいくらでもひっぱたいてやるからついてこい。えーと、お嬢さんは……」
 ちょっと迷った様子だったケイさんは、ソニンにお金を握らせた。
「俺は哲司を連れて帰って叱らないといけませんので、お嬢さんはこの金でタクシーにでも乗って下さい」
「僕もついていきたいな」
「僕? ああ……」
 噂はしているので、こいつが誰なのか、ルックスと重ね合わせてケイさんにはわかったのだろう。僕は横から言った。
「連れていってあげようか。僕らのベッドシーンって濃厚……」
 でかい手に口をがばっとふさがれて、ケイさんの膝に尻を蹴られた。いてーっ!! とも叫べなくてじたばたすると、ケイさんは言った。
「公序良俗に反するカップルは、一般の、ごく普通の女性には目の毒です。では、失礼」
「あのさ、僕は……」
 一般の、ごく普通の、女性、とケイさんが強調していたのは、ソニンの言動を知っているからだろう。僕だけではなく、三沢さんあたりからもソニンについて聞いていたのかもしれない。
 ケイさんが僕をひきずるようにして歩き出す。わざとさからったら肩にかつがれる。ソニンはアホ馬鹿面で僕を見上げている。目が合ったのでウィンクしてやった。
「きみのラピュタぷりはまだ半端だね」
「ラピュタって……天空の城?」
「そっちのラピュタじゃないほう、辞書を引いてごらん。ああん、もうっ、いてっ!!」
 わざとさからったのは、無茶苦茶ばっかり言った罪ほろぼしだよ。ソニンだったら男が男にかつがれて、尻をばしっとやられて拉致されていくシーンなんて、生では見たことないだろ。これでまた話のタネも、妄想のタネも増えたんじゃない? 
 意地悪のつもりがサービスしてやってるなんて、僕もけっこういい奴じゃん。ケイさんにさらわれて連れて帰られたら、散々にひっぱたかれるほどの悪い子になってやろうっと。だけど、そこまではソニンには見せてやらないよ。


END


 
 
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~ Comment ~

ラピュタ

ラピュタって、そういう意味だったんですか。。。勉強になりました!

芋剣吐玉さんへ

それでアメリカでは例の「天空の城」はラピュタは省いたタイトルになっているのだと、私も最近知りました。

つい先日、美青年と美少年がいちゃいちゃ、なんて芋剣吐玉さんのサイトのコメントに書かせていただいたら、これを読んで下さったのですね。
恥ずかしいけど嬉しいです。

私の書く「いちゃいちゃ」はこんな感じです。
ありがとうございました。


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