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小説308(ユイとレイ)

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フォレストシンガーズストーリィ308

「ユイとレイ」

1

 噂でならば聞いていた。スーが言っていた記憶があった。
「レイのふたごの姉だって女の子、ユイって名前の子が遊びにきてたよ。すっごい美少女だったから、アキラに会わないうちに帰らせたんだ」
 なんで俺に会わせたらいけないんだ、ってのは訊かなくてもわかる。あのころの俺は綺麗な女と見たら手を出すけだものだと、いや、俺はそこまでではなかったつもりだが、仲間の女の子たちにはそう思われていたからだ。
 自分たちだってかっこいい男だったら自ら口説いていたくせに、俺ばっかり悪く言いやがって。
 女が四人、男はヴォーカルの俺ひとりのアマチュアロックバンド、ジギー。当時はスーは単なる仲間で、あいつだって適当に男と遊んでいて、悪い奴にひっかかるなよ、変なことになったって、俺は手を貸してもやれないぜ、と思っている程度だった。
 ジギーは女の子のファンが大半だったから、希少な男のファンは目立った。レイはとびっきり綺麗な顔をしていたので、とりわけ目立っていて、スーやミミやローザやマリも噂していた。
 一年ほどでジギーは解散し、スーと街で会って恋人同士になった。俺は大学時代の友達の幸生に誘われて、フリーター兼アマチュアヴォーカルグループの一員になり、歌の練習とバイトに明け暮れ、それでもデビューはできた。
 フォレストシンガーズはプロになれたものの、スーには出ていかれ、それからまともな恋人は持ったことがない。惚れっぽくてふられっぽい章とは、みんなに言われている。
 ロッカーだった俺は五分の一のヴォーカリストになり、レイはレイラというバンドのギタリストになった。俺が教えてやったギターも上手になり、ハイトーンのハスキーヴォイスで歌う歌もけっこうなもので、ちびだったくせにやたらに背が高くなり、とんでもないほどかっこいい美青年になりやがった。
 そんなレイのふたごの姉なのだから、美人に決まっている。レイラのレイとなってからのレイをせっついてみた。
「ふたごの姉さんがいるんだろ。知ってるんだぜ。紹介しろよ」
「ユイ? あいつは僕の妹。ふたごの姉だなんて言ったのはあいつの嘘で、ひとつちがいの妹だよ」
「妹でも姉でもいいから、紹介しろよ」
「ユイはまっとうなビジネスウーマンなんだ。商社に就職して外国にも行くような仕事をしてるんだよ。ヤクザな兄貴はいないことにしてあるらしいんだから、僕らの業界には興味ないんだね。ロックなんか嫌いみたいだしさ」
「クラシック趣味か?」
「音楽の趣味は知らないけど、章には会わせたくないよ。章って色魔でしょ」
 いまだ、俺はみんなにこう思われている。
 色魔などではない。幸生じゃないけど、健全な男が女を好きなのは尋常ではないか。惚れっぽいのは認めるけど、口説くにも至らずに冷淡にふるまわれ、口説いてもはねつけられ、デートにこぎつければ途中で喧嘩になってしまい、とそんなのばっかりだ。
 乾さんほどもてもせず、若いころならともかく、最近は色魔になりたくてもなれやしない。フォレストシンガーズも一応は名が売れたので、ナンパもめったにできやしない。ごく稀に女の子と寝られたらラッキーってなものだった。
「レイ、おまえはもてるんだろうな」
「そりゃそうだよ。僕は章にだったらふられたけど、女にふられた経験はないもんね」
「……言ってろ」
 近頃ではレイラも売れてきている。ロックバンドはフォレストシンガーズとは世界がややちがっているものの、レイはルックス的にも華麗なので、ぼーっと立っていても一般人ではないとわかるのだろう。ふたりでいてレイばっかりが女の子に取り囲まれて、俺は腐っていたこともあった。
 こいつに較べれば俺はくすんだ中年か。俺はちびだしさ、脚も短いしさ、なんてひがみつつ、今夜は幸生に教わった「マギー・メイ」という店にいた。この店は「喫煙者歓迎」という変なコンセプトで経営しているので、幸生が好んでいるのだそうだ。
 昔は俺も喫煙していたし、レイも煙草は好きでも嫌いでもないと言うので、すいた店にしようとここに来た。店内に煙草の匂いが漂っているのは、俺にはむしろ心地よい空気だった。
「レイ、ここにいたのか」
 お? お、おおお、ロッカーがロッカーが……。
 ブラックフレームスのトミー。もとジャンピングジャックフラッシュの泉沢達巳。このふたりはギタリスト。defective boysの一柳さん。ダイモスのジョー。このふたりはドラマー。俺も知っている四人をはじめとする、ロッカーたちが大挙して店に入ってきたのだった。
 他の面々も顔は見たことがあったり、なんとなくは名前も知っている男たちだ。大半がスタジオミュージシャンだったよなと思っていると、泉沢さんが言った。
「瑠璃のソロアルバムの仕事をしてたんだよ」
 近くのスタジオで、一柳さんのプロデュースのもと、瑠璃ちゃんがレコーディングをしていたのだそうだ。
 「defective boys」というのは、ベテランロッカーたちが結成したオヤジバンドだ。多人数のバンドにはヴォーカリストがいなくて、若くて無名の女ロックシンガー、瑠璃がおじさんたちに選ばれた。瑠璃は三沢幸生と同じ横須賀出身だそうで、幸生が一柳さんに気に入られていたのもあって、ともに仕事をしたりもした。
 瑠璃は乾さんにからんだり、当時は本橋さんの弟子だったもとアイドルの麻田洋介とごたついて、洋介を恋人との別れに追い込んだ。
 けっこう悪女でもある瑠璃は、そうやって俺たちをちょこっとひっかき回しながらも売れていき、ソロアルバムを出すはこびになっているとは聞いていた。瑠璃も大人になったとはいえ、俺から見ればガキみたいなものなのに、生意気な奴だ。
 だって、「defective boys」のリーダーでもあり、ドラマーとしては超一流でもある一柳さんのプロデュースだぜ。一柳さんは瑠璃を娘のように可愛がっているから、ソロアルバムか、よし、俺がプロデュースしてやる、となったのだろう。
 その上にトミーと泉沢達巳のツィンギター。ジョーのドラム。錚々たるスタジオミュージシャンのバックを従えて、一柳さんや泉沢さんの書いた曲を歌えるだなんて、うらやましすぎる。
 愛称しか知らない男もいる席に連なって、それでも俺は嬉しい。ロッカーたちに囲まれると、将来はロックスターになるんだと夢見ていた、少年のころの希望のかけらが蘇ってくる。泉沢さんとトミーがギターの話をしているのを、レイも憧れのまなざしで見ている。
 このメンバーの中ではレイとジョーはガキっぽいし、俺はファンサイドの立場になってしまう。しかも、みんなでかい。
 ロッカーにだってちびはいるが、ダイモスは四人全員が馬鹿でかい。泉沢さんや一柳さんも長身オヤジだ。トミーも背が高く、レイは超のっぽ。俺の知っている日本人ロッカーの中では、燦劇のファイと
レイが長身の双璧だろう。
 スタジオミュージシャンたちの中にも俺より背の低い男はいない。俺がちびすぎるんだよな。あと五センチ、高かったらな。
 嘆いても詮もないぼやきをやりながら、俺はぼーっとミュージシャンたちの会話を聞いている。煙草の煙がもくもくして、禁煙ブームの中、この店はミュージシャンに人気が出るかもな、なんて考えていた。
「一柳さんが頼んだのかな。今夜は貸し切りになったみたいだよ」
 マスターがドアのところで、太った女と押し問答している。それを見たレイが言った。
「一般人って差別されるんだよね。あの女、常連だろうにさ」
「あれだったら入ってこないほうがいいな」
「章らしい台詞だね」
 レイとこしょこしょ話したり、ゆっくり酒を飲んだりしているうちに、ロッカーたちの会話は一段落したようだ。泉沢さんが言った。
「レイ、ユイを呼べよ」
「おー、そうだ。俺もユイちゃんに会いたいな」
 トミーも言い、他の男たちも熱心にうなずく。レイの妹が噂になるのは、誰も彼女にお目にかかっていないのと、このレイの妹だからだ。一柳さんの妹だったとしたら、会いたいと言う男はいないだろう。俺もみんなと一緒に熱心に言った。
「俺も会いたいよ。会わせろ」
「ユイはコンパニオンじゃないんだけど……これだけ大勢のロッカーがいたら、興味を持つかもね。グラブダブドリブの誰かがいたら完璧なんだけどな。章、悠介さんを呼び出せない?」
「無理だよ」
 グラブダブドリブとは一応は知り合いではある。ドラムのドルフが俺の昔なじみではあるのだが、ギターの中根悠介ともなると気後れしてしまって、親しいふるまいはできない。一柳さんが言った。
「中根悠介が来たら、ユイちゃんが来てくれるのか、レイ?」
「ユイは面食いですから、悠介さんにだったら興味あるようでしたよ」
「中根には彼女はいるけどな」
「そういう意味で会いたいわけではありませんよ。ユイには節操はありますから。誰かみたいに何人もの男と寝たって自慢は、あいつはしません。それどころかね……」
 くくっとレイが笑っている意味はわからないが、一柳さんが請合った。
「グラブダブドリブだったら……中根を呼び出してみるよ」
 ケータイナンバーにしても、俺はドルフのしか知らない。一柳さんは知っているようで、電話で短く話してからOKサインを出した。
「では、僕も」
 こっちはユイに電話をしたレイも、指でOKサインを出してみせた。


 過大な期待を裏切るような女が来たらどうしようかと、ある意味スリリングな時間がすぎ、ユイが姿をあらわした。
 超長身のレイの妹にすれば小さい。レイはガキのころには小柄だったから、妹も小さくて、レイだけが大人になって背が伸びたのであるらしく、俺としてはそのほうが嬉しい。やわらかい素材のワンピースを着た美女は、優雅に挨拶した。
「戸川優衣です。今夜はお招きにあずかりまして、恐れ入ります」
「堅い挨拶はいいからさ、ユイ、僕が守ってやるからこっちにおいで」
 兄貴に呼ばれたユイは、素直にレイのとなりにすわった。
「さ、おひとつどうぞ」
 逆のとなりにいる一柳さんが、ユイにカクテルを差し出す。オヤジたちが美女にふさわしいカクテルは、と議論して選んだのはピンクレディで、今夜のユイの服装にも似合っていた。
「ありがとう存じます」
 俺はレイのとなりにすわっているので、ユイとの間にレイのひょろ長い身体が邪魔をしている。ユイ……俺の理想に完璧ぴったり。
 なんで今まで会わせてくれなかったんだよ、とレイを恨みたい気分だ。もっと早く会っていたなら、こんなに大勢のロッカーのいない場で会えていたなら、やきもきしなくてもよかったのに。ここにいる奴ら、独身だったかな?
 独身だとまちがいなく知っているのは、レイ、泉沢、トミー、ジョー。一柳さんは既婚で、他にも妻子ある男はいるはずだが、俺はよくは知らない。にしたって、年齢的にはジョーか俺がつりあうはず。トミーも泉沢さんもいい年だ。ジョーはごつすぎから、俺を選んでくれないかな。
 中年が近づいて衰えてきているとはいえ、俺は顔は悪くないほうだ。でもなぁ、ちびだもんな。背の低い女には時々、私も小さいから大きな男は苦手、と言うのがいる。ユイがそのタイプだったら最高なのに。
「中根からメールが来たよ。来られなくなったそうだ。ユイちゃん、ごめんね」
 一柳さんが言い、ユイはにっこりと、いいんですよ、と応じている。中根悠介はライバルにもならないはずだが、来られると俺がかすみまくる。俺だって彼に会いたい気持ちはあったのだが、今はユイのほうが大事だった。


2

 妹っていいなぁ、俺も妹がほしかったなぁ。ユイは俺には挨拶してくれただけで、他の男どもとばっかり話しているので指をくわえている気分で見ているばかり。
 ほんとは妹じゃなくて、彼女がいい。今さら妹なんかいらない。
 とは思うものの、弟よりは妹のほうがよほどよほどいいはずだ。十二歳年下の弟なんかよりも、ひとつ年下の妹のほうが百億万倍いいはずだ。ってさ、百億万倍なんて言うのは、ガキの龍が言っていたからだ。
「兄ちゃん、おこづかいがほしいんでしょ。はい、あげる。百億万円」
 なんて言っていた、ちっちゃい龍は可愛くなくもなかった。けれど、妹のほうがいいに決まっている。ガキのころには意識もしていなかったが、ある程度の年齢になると、友達が言うようになった。
「章の母ちゃん、美人だな」
「おふくろが美人だってどうしようもねえだろ」
 女友達も言った。
「章のお父さんって整った顔をしてるよね。章はお母さんに似てるんだけど、両親はけっこう美男美女のカップル?」
「げーっ!!」
 うちの仲間たちも言っていた。
「スタッフの方もすぐにわかったらしいし、俺だって教えてもらわなかったとしても、あ、章のお母さんだなってわかったよ」
 初の全国ライヴツアーで札幌に出向いたとき、母がホールに訪ねてきてシゲさんが応対してくれた。シゲさんはそう言い、幸生も言った。
「章の母ちゃん、美人なんだろ。おまえのおふくろさんだもんな、当然だよね」
「うん、綺麗なひとだったよ」
 本橋さんも言い、乾さんも言った。
「綺麗なお母さんに苦労ばかりをかけるなよ」
 おまえの母さんが老けて見えるのは、おまえを心配するあまりだろ、と乾さんは言いたかったのかもしれない。
 それほどに母は小さくてばあさんみたいなのだが、みんなが言うところを見ると美人なのだろう。若いころには老けてもいなかったのだから本当の小柄な美人で、親父もおしゃれでもしたら顔は悪くないらしいのだから、みばのいいカップルだったのか。
 自慢しているわけではなく、だからつまり、俺と龍の兄弟は顔がいいと言いたいのだ。
 ってことは、俺に妹がいたら、親父に似てもおふくろに似ても美人だろ。美人の妹……ほしかったなぁ、と言いたいのだ。
 いや、しかし、俺の周囲の兄と妹というのを考えてみると。
 金子将一&リリヤ。掛け値なしの美男と美女の兄妹。俺は金子さんとは大人になってから知り合ったのだし、リリヤさんとは特に交流もないのだが、噂は聞く。リリヤさんが小学生のころから、将一兄貴は妹の虫除けばっかりやっていたとか。
 山田敏弘&佳代子。美江子さんの弟と妹。無口な兄とこまっちゃくれ妹だったそうで、佳代子さんは美江子さんとのほうが仲良しだったそうだから、例外かもしれない。複数のきょうだいというのはまたちがったふうになるのだろう。
 渡辺敦詞とその妹。俺が大学一年生のときの男子合唱部キャプテンには妹がいて、妹には圧倒されているとキャプテンは苦笑していた。
 小笠原英彦&美咲。その下に弟がいる三人きょうだいの兄と妹だ。ヒデさんは男気ってやつの強いタイプで、それでいて照れ屋でもあるから、陰ながら妹を守ってやっていたのだと思う。ヒデさんが離婚してからは、妹は肩身が狭かったかな、田舎だもんな、悪いことしたな、と兄貴は言っていた。
 話に聞いただけの、加西健太郎&チカ。山で死んだという兄貴を、あのチカは今でも慕っているらしい。あのほとんど男のチカが、兄貴の話をするときだけ妹の顔になる。
 そして、三沢幸生&雅美と輝美。この三人は特殊だろう。ここまで騒々しい兄と妹ってのは他にはいないのではなかろうか。俺は雅美や輝美とはそれほど親しくもないけれど、この三人のエピソードを綴りはじめると際限もないので割愛。
 それからそれから、戸川黎&優衣。
 こうやってざっと思い出してみるに、妹を持つ兄というのは苦労するものであるらしい。そういう意味では弟のほうが気楽でいいかも。俺はやっぱり妹じゃなくて、ユイみたいな美人の彼女がほしいのだった。
「ずいぶん久し振りですよね」
 あっちでもこっちでも引っ張りだこだったユイが、やっと俺のそばに来た。
「章さんと親しくお話ししたことってあったかな」
「ないかもしれないね。これから親しくなろうよ」
「思い出すなぁ」
 はぐらかそうとしているのか、ユイは昔話をした。
「レイがアマチュアロックバンドの追っかけに夢中になっちゃって、ジギージギーばっかりで学校もさぼったりするようになったころに、あたし、偵察に行ったんですよ」
「ジギーを?」
「ジギーの出ていたライヴハウス。十年以上も前だから忘れちゃったところもあるけど、ジギーの女の子たちに苛められて、背の高い外国人にかばってもらったんだった。あのひと、グラブダブドリブのドラマーなんですよね」
「ああ、ドルフか。うちの女の子たちがきみを苛めたの?」
 そんな話は聞いていないが、あったとしても不思議はなかった。「うち」なんて言ってしまって面映くなりながらも、俺はユイを見つめた。
「スーだったはず。スーは赤いシャツを膝に抱えて、なにかしていたの。ボタンつけしてるらしいから、ロッカーのくせに女らしいことをするんだね、って言ったら逆鱗に触れたみたいで、針を刺されそうになったんですよ」
「……あいつだったらやりかねないな」
「あのシャツ、章さんのだったんだよね」
「そ……う?」
 赤いシャツ、ジギー時代に着ていたロッカーの派手なシャツか。ボタン? スーがつけてくれた? 言われてみれば、取れていたはずのボタンが復活していたことがあった気もした。
「……スーがね」
「スーってどうしてるの?」
「結婚したみたいだよ」
 何年か前に深夜のテレビで、スーとその夫がインタビューされているのを見た。あれが俺の決定的な失恋だった。
「思い出させるなよ。ユイ、責任……あ、あ……」
 ふいにユイの身体が誰かに引っ張られ、俺のそばから連れ去られていく。くすくす笑っているユイを拉致していったのは泉沢さんだった。
「そんなおっさんじゃなくて、俺のほうが若いよ」
 言ってみてもユイは戻ってこない。悔しいので俺も泉沢さんとユイの近くに割り込んだ。
「俺はどっちかってえと、背が高くて細い女が好きなんだよ」
「私は背は低いでしょ」
「いや、好みってのはあるけど、背が高くなくちゃいけないとは言わないよ。きみがさっき章と話してた話題の主役」
「スー?」
「そうそう。スーも小さかったけど可愛かったから、口説いたもんな」
 なにをっ?! そういえばいつだったか、泉沢さんはスーの夫になった男を知っているようなそぶりをしていた。その上にこのロックオヤジは、スーを口説いたって?
「泉沢さんって悪いひとだよね」
「そうかもしれないけど、昔の話だしさ。章、気になるのか?」
 別に、と呟くと、ふたりがかりで笑われた。
「だからさ、小さくて綺麗なきみも好きだよ。俺をきみの何番目かの男にして」
「生憎、私は処女ですのよ」
「……すげぇジョークだな」
「ジョークじゃないわ。ユニコーンを呼んでみせてあげましょうか」
「そこまで言ってくれると、きみが美人なだけに馬鹿にするわけにもいかないな」
 誰かも言っていた、私は処女よ、って。美人がそう言うと値打ちありげだから、流行っているのだろうか。
「じゃあ、ユイ、ユニコーンを呼んでみせて」
「あらわれたらどうするの?」
「きみの貴重な処女を俺なんかが賞味するのは悪いから、引き下がるよ。おとなしく帰るから」
 セクシーな笑い声を立てて、ユイが俺に流し目をよこす。俺はふられたってことか。泉沢さんとどこかに行くのかもしれないし、こんなやりとりもジョークの延長なのかもしれないが、俺と一緒に帰る気はないのだろう。
 あーあ、またふられちまったよ。スーを持ち出した時点で、ユイは俺とは寝る気はなかったって意味だろう。ひとりで帰るしかないな。


 気持ちよく酔いもできず、むしろそのほうが無事に自宅に帰れるし、明日も寝過ごして遅刻しないですむからいいかな、などと自棄半分、帰宅したら誰かがいた。
「おわっ!!」
「大げさにぴっくりすんなよ。俺だよ」
 ガキのころには稀には可愛くなくもなかった奴、現在ではひとかけらも可愛くなくて、厄介ごとをもたらしてくるのみの災厄弟だった。
「なにをしにきた。帰れ」
「なんで兄ちゃんはそう俺を邪魔にするんだよ。待ってたんだから話くらい聞いてくれたっていいだろ。つめたいな」
「兄貴なんてものは弟にはつめたいんだよ」
 兄と弟といえば。
 本橋敬一郎&栄太郎&真次郎。空手の猛者で双生児の兄さんふたりに育てられたうちのリーダーは、そういう育ちをしたのだろうと誰もが納得する男になった。
 山田敏弘&和正。美江子さんの弟ふたり。先にも書いたように、複数兄弟は特別かもしれない。
 小笠原英彦&鋼。間に妹をはさんだ兄と弟。ヒデさんの想いは妹に対するときと、弟に対するときとで別々なのだとは、俺も漠然と知っている。
 徳永始&渉。犬猿の仲だそうだとしか知らない。
 沢崎司&秀&要。こっちも犬猿の仲といえるのか。俺は大学を中退して親父に勘当されたわけだが、グラブダブドリブの沢崎司は、子供のころに三兄弟で誓い合った、将来は警察官になるとの約束を破ったので、弟たちに勘当された。ここもまた特別な兄弟だ。
 それから、本庄広大&壮介。幼すぎて内実は不明。
 というようなのがいるが、俺と龍も兄弟。回避したくてもぶん投げたくても、龍は俺の弟だ。俺が十二歳のときにこいつが生まれたときから、俺は呪われている。
「就職がさぁ……兄ちゃん、なんとかならない?」
 現在の龍の愚痴といえば、第一に就職だとは知っている。一浪の末に寄生虫学科に入学した大学三年生なのだから、大学生になった瞬間から、就職難民になるのは目に見えていたではないか。
 いっそ就職浪人でもやれよ。大学院に行って加藤大河先生みたいに寄生虫研究にその身を捧げろよ。オフィス・ヤマザキに就職してマネージャー修行するか? 俺が懇意にしているライヴハウスの従業員だったら紹介してやれるよ。
 その程度のアドバイスだったらしてやれるのだが、龍は乗り気にならない。親だってそんなのではなくて、まっとうなサラリーマンになってほしがっている。
 長男の俺は両親に言わせれば、カタギではない職業だ。とにもかくにも成功はしているのだからいいと母は言うが、父はいまだ俺の勘当を解いていない。いつなんどき転落するかもわからない仕事じゃないか、という父の危惧は俺にもあるのだから、気持ちはわかる。
 なのだから、次男にはカタギの堅い仕事に就いてほしい、親ってのはそういうものだとも知っている。知っているがゆえに俺は気が重くて、龍の話なんぞ聞きたくないのだった。
「ふられて帰ってきたら、弟の愚痴かよ」
「兄貴はふられたの? いいねぇ、ノーテンキで」
「おまえに言われたく……」
 言われたくねえんだよってか、たしかに、就職で悩む大学生よりは、俺のほうがノーテンキかもしれない。
「兄ちゃんも暗いんだよな。帰ってほしい?」
「ああ。帰れ」
「そしたらさ……」
 てのひらが差し出され、いつものようにその上に札を乗せてやる。こんだけ? だとか不平を言っていた龍は、ぶすっとした面で立ち上がった。
「鍵、かけとけよな。俺も都会暮らしが身についちまって、鍵の心配をするようになったよ」
「それはそれで進歩なのかな。どうなんだろうな」
 玄関まで行って龍が靴を履いているのを眺める。俺よりもずっとでかい図体をして、脚も長くて、外見だけは今どきのかっこいい若者なのだろう。
「じゃ」
 さよなら代わりにそう言って、出ていこうとしている龍の膝の裏側にキックを入れてやろうとしてかわされて、どでっところんだ。
「馬鹿野郎!! 俺が骨折するだろっ!!」
 返事はドアが閉まる音と、馬鹿はてめえだ、の弟のひとことだった。


END


 

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