連載小説1

「We are joker」9

 ←グラブダブドリブ「AD1999」 →小説307(酒と涙と……)
「We are joker」

9

主役不在の打ち上げになど出る気にもなれなくて、芳郎もさっさとライヴハウスから出ていって、帰りがけに中尾勝彦に電話をかけた。勝彦は悠木芳郎のバックバンドでギターを弾くミュージシャンである。

「今さ、ちょうど内田さんと一緒だったんだよ」
「内田さんって、まり乃か?」
「まり乃だなんて呼び捨てにするわけ?」

 知らないわけでもあるまいに、勝彦は電話のむこうで意味ありげな忍び笑いを漏らす。
 先だっての悠木芳郎の全国ライヴツアーの写真集を出すとのことで、全行程に同行したカメラマンがいた。

「内田まり乃です。よろしく」

 そんな細腕でカメラの重い機材を運べるのか? 芳郎のバックバンドのメンバーたちがからかったほどに、まり乃はか細い身体をしていた。
 背も低いほうだし、力もありそうにはない小娘にしか見えない。芳郎の事務所が検討して決定したカメラウーマンなのだから、実力はあるのだろう。芳郎としては文句をつける気もなかったが、まり乃の好きなようにやればいい、程度の気持ちだった。

「内田さんっていくつに見える?」
 ツアーが開始してライヴが第二回、第三回と続いていったころに、勝彦が芳郎に言った。

「若く見えるだろ」
「そうだな。二十二、三歳かな」
「藤村が谷さんに質問してたんだよ」

「谷さんって?」
「内田さんの助手」
「……ああ、いたっけな」

 名前すらも芳郎は知らない、まり乃の助手の女性に、ベーシストの藤村が話しかけているのは知っていた。

「谷さんが二十四歳なんだそうだよ」
「内田のほうが年下ってことか?」
「そうでもなさそうだけどな」

 興味ないんだったら教えてやらないよ、と勝彦は言っていて、いらねぇよ、と芳郎も応じたものだった。

 なのに気になるようになっていったのは、まり乃の仕事ぶりにだったのだろうか。プロカメラマン根性とはこういうものかと芳郎が舌を巻くような行動の数々の中に、おまえ、なんだか可愛いな、と思えるようなちょっとした仕草が見える。
 ギャップの妙とでもいうのか。どんどん惹かれていって、ありがちだなあと感じながらも芳郎も話しかけるようになった。

「きみって何歳?」
「もうじき三十です」
「……じゃあ、谷さんよりも年上なんだね」
「助手が年上だとやりにくいですよ」

 重労働なのだから化粧もしていられないのか、すっぴんの笑顔が無垢な少女のようにまぶしかった。
 観察眼の鋭い勝彦なのだから、芳郎の様子を見ていたら察しているだろう。バックバンドの連中は全員で察していて、芳郎のいぬ間に噂していたにちがいない。

「告白したのか?」
「してないよ」
「なのにまり乃って呼んでるのか」

「どうだっていいだろ」
「よくはないんじゃない?」

 受話器ごしに勝彦の笑い声が聞こえ、むしゃくしゃしてくる。面と向かえば呼び捨てにできる仲ではないけど、頭や心に彼女を思い浮かべるときには、「まり乃」「おまえ」と呼んでいるからだ。よし、今夜は面と向かってもそう呼べる仲へと進もう。

「勝彦、どこにいるんだ? まり乃……さんを引き止めておいてくれ。俺も行くよ」
「OK」

 タクシーを止めて駆けつけた、勝彦が言っていた店の個室には、勝彦とまり乃がいた。
 人気も実力もあると他人だって認めている、成功もしている悠木芳郎のバックでギターを弾くミュージシャンとなると、コアなファンだったら注目する。中尾勝彦のファンだという女性もけっこういる。そのわりには身なりなどにはかまわない奴だ。

 ましてオフともなると、髭もきちんと剃らず、そこらへんにあった服をひっかけてきたのかと思えるような無造作な服装で、ミュージシャンというよりも休日寝起きのサラリーマンに見える。

 シンガーのバックバンドのメンバーには関心を持つファンもいるが、まったく注目もしない人間のほうが多いだろう。なのだから、悠木芳郎だったらともかく、中尾勝彦までは知らない音楽ファンが大半だと思える。

 勝彦とまり乃だったら、個室を取る必要もないのだから、芳郎のためにここに入ってくれているのだろう。
 先輩シンガーのライヴに行っていた芳郎は、まあまあおしゃれをしている。それがむしろ、仕事中と同じようにしゃれっ気の少ないまり乃と、無造作すぎるほどの勝彦のそばにいると、場違いではないかと感じてしまう。

 このふたり、お似合いのカップルかもな、と考えかけ、いいや、まり乃を俺のものにするんだ、と芳郎は改めて闘志を燃やしていた。

つづく






スポンサーサイト


  • 【グラブダブドリブ「AD1999」】へ
  • 【小説307(酒と涙と……)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【グラブダブドリブ「AD1999」】へ
  • 【小説307(酒と涙と……)】へ