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小説305(マギー・メイ)

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フォレストシンガーズストーリィ305

「マギー・メイ」

1

 若い女の子をひとくくりにしてはいけないのであって、俺が最近知り合った女性たち、十代から二十代の若い女性にはさまざまなタイプがいた。

 伊藤奈々、十五歳。
 佐田千鶴、十九歳。
 寺島彩花、十九歳。
 上杉多香子、二十歳。
 ミズキ、二十代前半。
 ソニン、二十代前半。
 ミルキーウェイ、二十代前半。
 石橋牧子、二十代前半。
 亜実、二十代半ば。
 田沼まりあ、二十代半ば。
 蜜魅、二十代半ば。

 本名は知らないひと、正確な年齢は知らないひと、などもいるが、おおむねはこんなものか。その他にも昔から知っている、モモちゃんだの玲奈ちゃんだのもいる。このふたりは若いとはいえ既婚者だから省こう。三十代以上も省こう。
 彼女たちとは個人的に会話もして、人となりも多少は知っている。女優、モデル、シンガー、アルバイター、漫画家と職業も多岐に渡る。
 乾さんに恋をしている女の子だとか、ヒデさんに恋をしている女性だとか、そういうひとも印象深いのだが、別の意味で強烈なインパクトを与えられたのはソニンだった。本名は「電波」、読み方はソニック、ソニンは愛称。姓は知らない。
「似た感じの女はおるんやけどな」
 ヒデさんが言っていた。
「おまえはグラブダブドリブとは親しいんか?」
「会ったこともないよ」
 日本ロックシーンの最高峰だと章が言う、グラブダブドリブ。我々フォレストシンガーズは彼らとは奇しき縁がある。
 まずは若き日にさかのぼると、木村章がロックバンド「ジギー」のヴォーカリストだったころに、現グラブダブドリブのドラマー、ドルフ・バスターもアマチュアロックバンドのメンバーだった。章の「ジギー」とドルフの「プシィキャッツ」は、女が四人に男がひとりの似た形態のバンドだった。
 それから十年ばかりがたち、グラブダブドリブはハードロックバンドの雄となった。フォレストシンガーズはまあ、そこそこまあまあのヴォーカルグループとなった。
 うちの事務所の後輩ビジュアル系ロックバンド、「燦劇」がグラブダブドリブとジョイントするという名誉なライヴに、我々も出かけていった。あの日はばらばらの席だったので俺は章とは顔を合わさず、美江子さんと本橋さんが章とともにグラブダブドリブの楽屋を訪ねていった。
 そこでヴォーカルのジェイミー・パーソンに勝負を挑まれて、本橋さんと章が受けて立って引き分けに終わったのだそうで、うーっ、悔しい、俺がいたら勝ったのに、であった。
 その後、美江子さんがグラブダブドリブの中根悠介と沢崎司に誘われて、本橋さんと乾さんもともども、中根悠介の別荘に招かれた。あとの三人は先約があってお招きには預かれず、帰ってきたあとも先輩たちはあまり話してくれなかったので、そのときの様子は後輩たちは知らない。
 さらにその後、シゲさんがジェイミーとラジオで共演した。章はもとからドルフとは知り合いなのだから、時には飲んだりもしているらしい。本橋さんも乾さんも美江子さんも、グラブダブドリブの面々とはたまに街や店で顔を合わせたりするようだ。
「ヒデさんも会ったんだよね」
 一時は行方不明だったヒデさんが俺たちと再会して以来、彼も我々の知り合いと深いつながりを持つようになっている。ヒデさんには作曲の才能もあれば文才もあるようなので、ほうぼうから声をかけられる。うちの事務所の社長もヒデさんに目をつけた。
 そんな関係でヒデさんはグラブダブドリブに紹介してもらっている。蜜魅さんともそのあたりのつながりで知り合って、恋仲になったのである。
 で、俺だけはグラブダブドリブとは遭遇もしていない。蜜魅さんのほうから声をかけていただいて、俺の分身である女の子の三沢ユキがグラブダブドリブアニメに登場したときにも、俺はキャラを貸しただけで、グラブダブドリブの方々とはお目にもかかっていない。
「そっか、そうやったな」
 ソニンと似た感じの女について、ヒデさんが話してくれた。
「グラブダブドリブの沢崎司、知っとうやろ」
「知ってるよ。噂によるとうちのリーダーに似ていなくもないという、むこうのリーダーでベーシスト。脚の長いいい男」
 だから、俺はグラブダブドリブには会いたくない。沢崎司のみならず、彼らは全員が長身の美青年だ。俺だけが彼らに遭遇していないのも、実は嬉しいのだった。
「その沢崎司の弟がつきあってる女」
「ヒデさんって沢崎さんの弟とまで知り合いなわけ?」
「話してなかったかな」
 グラブダブドリブは全員が同年で、本橋さんや乾さんと同い年だと聞く。したがって、癪な気分はあれど、呼び捨てにはしにくい。ここらへんが先輩にはへりくだる合唱部気質なのだ。
「俺の彼女の……その彼女が友達で、沢崎要と知り合ったのはそっちからだよ」
「はーん、蜜魅さんの友達か」
「うん。小説家や。おまえは平気なんだろ」
「ってーと?」
「本橋さんやシゲや俺は嫌いなジャンル。章も嫌いだろうけど、乾さんはそうでもないのかな。俺の彼女もそういうのも書くんだよ」
 ああ、わかった。男男カップルの過激なラヴストーリィだ。俺は嫌いでもないけれど、積極的に読もうとは思わない。初にWEBで乾隆也と木村章の抱擁図を見たときには絶句してしまったものだ。
「で、その女性や。彼女は俺と自称する。宝塚の男役とはちとタイプがちがうけど、背が高くて細くて、男のファッションが実に決まる美人」
「そんならいいんじゃない?」
「うん、彼女はいいんだよ。ただ、そういう女がいるってだけだよ。ペンネームは桜庭しおん」
 個人の趣味をとやかくは言いたくないが、自己評価の高すぎる人間、自称はなんとかだがまったくそうは見えない人間というものは痛い。
 章だとずけずけっと言って相手を傷つける。乾さんはやんわりと皮肉を言う。シゲさんは呆れ顔で見とれる。本橋さんは下らないといった態度を示す。そのたぐいの人間に通じるのは章の毒舌だけであろうが、こたえないのが常だ。
 こたえないのはおまえもだろ、と言われそうであるが、俺は勘違いはしてないってか、確信犯だからね、と笑っておいて。
 そしたらおまえはそういう奴にはどういう態度を取るんだよ? って? なんだかね、困るんだよね。世間にはぶりっ子だの自称天然だのわざとらしい奴だの、けっこういるものであって、俺にもそんなのとだったら遭遇した経験は多々ある。
 なんだかね……痛々しいかな。正直言ってそれだ。たとえばミズキやミルキーウェイは露悪的、彩花ちゃんは若干ぶりっ子、奈々ちゃんや亜実ちゃんは高飛車。その傾向はあるが、彼女たちには最強の武器がある。美だ。
 プロポーションがいいとか美貌だとか、女優や歌手やモデルやといった華やかな職種だとか、そういうものを持っている女は、ぶりぶりっとしていてもワルぶっても、高慢でも許される。その点、ソニンは気の毒だし、この女性も。
「だからさ、言ってやったんだよ」
 煙草の煙をふーっと俺に吹きかけて、ミツルさんは言った。
「あたしのこのテクニックは、金を取れるレベルだよ。てめえは嫌いじゃないからあたしのテクを味わわせてやったんだ。だけど、もう飽きたからさよならだね、ってさ」
「ふーん」
「あいつ、泣いてたよ」
「彼と別れて寂しくはないの?」
「寂しいわけねえだろ。あたしにはいくらだって男なんかできる。あたしは気に入ったらこっちから告白してやるんだから、男は大喜びでしっぽ振ってついてくるよ。そのかわり、捨てるのも絶対にこっちからだね。今までにつきあった男はざっと三百人。全部あたしが捨ててやったんだ」
「おー、すげぇ」
「だろ」
 ひとりのときにはよく行く酒場「マギー・メイ」でよく会う女性だ。何度か会ってお互いに顔を覚えたころに、客がふたりだけだったので俺が声をかけた。
「よこしまな気持ちじゃないんですけど、飲みません?」
「……てめえ、趣味じゃねえよ」
「あ、そうですか。だからさ、飲もうって言ってるだけでしょ」
「飲むだけだったらいいかな」
 年のころなら三十代半ば、であるから、最初に列記した知り合いの「若い女性」には含めなかった。俺よりはやや年上に見えるが、自称は「二十九歳」だ。本人がそう言うのならばそういうことにしておこう。
 彼女といるとソニンを思い出す。ソニンも気に入った男には、僕と寝ようよ、と言うらしい。俺は言われていないので、気に入られていないってわけだ。ありがとう。
「三沢くんとはよく会うね」
「そうだね」
 俺は頻繁にここに来ているわけでもないのに、行くとミツルさんに会うのは、オーナーによると、彼女はひとりで毎晩来ているから、だそうだ。近頃は俺が行くとそばに寄ってきて、拾った男、寝た男、捨てた男、そんな話ばかりするのが痛々しい。
 章だったら怒るんだろうな。怒って二度とここには来ないはずだ。本橋さんだったら? 乾さんだったら? たいていの男はミツルさんとは同席したくないと思うはずなのは、彼女のルックスのせいもある。
 美人だったらこんなふうにはならないんだろうか。背はやや高めで相当に肥満していて、デザイナーだと言っているのも本当なのかどうか。俺が時おりミツルさんと飲んでいると知ったら、章だったらこう言いそうだ。
「だからおまえはマゾなんだよ」
 そうかもしれない。俺自身にも俺がどうしてミツルさんと飲んでいるのかわからなくて、ソニンとミツルって……俺、ほんとにマゾなのかも? 
「ミツルちゃん、はーい」
 客はまばらな「マギー・メイ」のドアのあたりから、作ったようなアニメ声が聞こえてきた。
「……ナミエ……」
「知り合い?」
「ああ、そうだよ」
 ニューハーフさんでいらっしゃいますか? そんな質問はできないので、俺はナミエさんをさりげなく観察した。
 ミツルさんの身長は俺よりもやや高い。ナミエさんはミツルさんよりも高いから、女性としては長身だ。このバストはニセモノだとは思えないので本物の女性なのだろう。かなり豊満で、パウダーピンクのドレスがきつきつなのは、最近太ったのだろうか。
 嫣然と微笑んで俺を見る顔には濃厚な化粧がほどこされ、年齢不詳。だが、女性であろうとは思う。なぜニューハーフっぽく見えるのかといえば、肌が粗いからだった。
「こんばんは、三沢さんね? ミツルちゃんからお噂は聞いてるわ」
「あ、はぁ、そうですか。こんばんは」
「ナミちゃんも一緒、いい?」
「勝手にすればいいじゃん」
 歓迎はしたくないそぶりでミツルさんが言い、ナミちゃんは運ばれてきたグラスを大きな手で持ち上げた。
「かんぱーい」
 乾杯、と和す俺のこめかみがひきつる。ミツルさんは乾杯には応じてやらず、煙草に火をつけた。
「三沢さんじゃなくて、ユキちゃんって呼んでいい?」
「あ、はい、嬉しいです」
「他のお客さまもいるんだから、ユキちゃんがなにしてるひとなのかは、言わないほうがいいのよね」
「いや、まあ、それほどのものでもないけどね」
「素敵だわぁ。売れてる方ってオーラがちがうわね」
「は、ども」
 この言葉遣いは現代では女性ではなく、おねえのものだ。そうとしか思えない。
 あまりに乱暴すぎる言葉を使う女性も困りものではあるが、女っぽすぎる言葉も気持ち悪い。俺がジョークで女言葉を使うと、本橋さんやシゲさんが怒る気持ちもわかる気がする。美江子さんが女っぽく喋ったときにも、なんとなく引きたくなるのだから。
「ナミエはほら、ひと昔前に人気があった女の歌手に憧れて、ナミエって名乗ってるんだよな」
 紹介もしてくれずにミツルさんが言い、ナミエさんが言い返した。
「ちがうわよ。ひと昔前っていうか、彼女は今でも人気があるでしょ。それにね、ナミちゃんのナミエは本名なの。ミツルちゃん、ご機嫌ナナメ? またふられた?」
「あたしは生まれてから一度も、ふられたことなんかないんだよ」
「そうだったわね。ごめんなさい」
「ナミエはどう? そっちは?」
「うん、実はね」
 つけまつげをしばたたいて、ナミエさんは声を低めた。
「さっきまで別の店にいたのよ。そしたら、サトシとタケが入ってきて、ナミちゃんを囲んですわったわけ。俺と……ちがうよ、僕と、って口説きたがるわけ」
「あの野郎、あたしにも色目を使ってたくせに」
「そうだったわよね。あの店にはミツルちゃんがいなかったからでしょ。そうなると魅力的な女なんか他にはいないから、ナミちゃんになびいてくるのよ。サトシとタケが喧嘩になりそうだったから逃げてきたんだけど、追っかけてきたらどうしよう」
「追っかけてきたとしたら、あたしがサトシを引き受けてやるよ」
「ナミちゃんはタケは好きじゃないの。ユキちゃん、ナミちゃんを守ってね」
「あ、ははははは……」
 うう、寒い。俺は女性は好きだよ。ソニンちゃんだってミツルさんだってナミちゃんだって、女性なのだから好きだ。だけど、こうしていると寒い。冬でもないのにカイロがほしくなってきた。

 
2

「弥生さーん、すりすりすりすり」
「なんやのんな、ぶりっこして」
 笑顔でそう言われてずきっとした。女性のぶりっこはまだしも許せるが、三十代男のぶりっこは蹴飛ばされても文句は言えない。俺は表情を引き締めて、弥生さんにお酌をした。
「おひとつどうぞ」
「うむ、よきにはからえ」
 ウーロン茶をグラスに受けて、弥生さんがわざと椅子にそっくり返るポーズを取る。おふくろに近い年頃であるはずの弥生さんといれば、俺は童心に返って安らげるのだった。
「弥生さんが若いころにも、ぶりっこっていました?」
「あたしは今も若いけどね……冗談はさておき、おったよ。男の前では態度を変える女、声まで変える女、しねしねくねくねする女」
「そういう女って嫌いですか」
「今となったら、あんなもんは可愛いもんやわ。この年になると超越するんよね」
「ソニンちゃんは?」
 我々の行きつけの店でソニンちゃんに会った本橋さんは、例によって彼女に寝ようとかホテルに行こうとか言われた。ソニンちゃんにとってはその台詞はお世辞か挨拶のようなものなのかもしれなくて、ならばなぜ俺には言わないのか、不思議ではあるが、突っ込むとヤバイかもしれないので質問はしないでいる。
 結婚してからもてなくなったとほざく本橋さんは、実は最近だってもてている。なのだから意外にも口説かれた場合のあしらい方は上手で、ソニンちゃんのことだって適当にかわして店から出た。
 が、ソニンちゃんはホテルを取っていないと言う。それは困ったとなった本橋さんがどうしようかと考えていると、弥生さんがタクシーの中から声をかけてくれた。そして、本橋さんは弥生さんにソニンちゃんを託して帰ったというわけだ。
「ソニンちゃんねぇ……ああいうのも新種のぶりっこ? あの子、ほんまは関西の生まれとちがうんかな」
「そうなんですか」
「関東の人には似非東京弁は見抜けるでしょうが」
「いや、東京生まれだっていうのを疑う理由もないから」
 弥生さんが言うには、ソニンちゃんと長く話すと関西なまりが感じ取れるらしい。そういうのには敏感なリーダーが気づかなかったのは、ソニンちゃんの話をまともに聞いていなかったからか。
「ソニンちゃんの彼氏の純也も気づかないのかな」
「純也くんって大阪の子やったよね。恋は盲目状態やったら、彼女のいうことは信じる。もしくは、信じてる顔をする」
 そうなのかもしれない。
「ユキちゃんもその傾向はあるけど、似非関西弁使いってのもいるんでしょ」
「いますね」
 どういうわけか関東の女の子には、関西弁がセクシーだと感じる人種が一定数いるようだ。そういう女の子には関西弁で口説くといいのだと、知り合いの男が言っていた。
「俺、あんたに惚れとるけんのう、とかってさ」
「それは広島弁だろ」
 と本橋さんに突っ込まれていたのは、ライヴスタッフの若い男。彼は関東人だったが、関西弁を使いたがった。
「俺は大阪弁が好きだから真似るだけですよ」
「うん。知ってるけどね。で、それとは逆に、関西人にはおるんよ。関西人の感覚ではええ格好しい。関西生まれで関西弁ネイティヴのくせして、関西に住んでるくせして東京弁を使いたがる。ソニンちゃんみたいに、関東生まれだとまで言いたがる」
「関東生まれってかっこいいのかなぁ」
「あたしはそうは思えへんけどね」
 地方出身者は東京に憧れるものだが、俺の知っている大阪人は東京には憧れないと言っていた。関西でも都市部ではない地方の出身者か。
「ソニンちゃんはあれでけっこう屈折してるね」
「彼女、どうも会うたび言うことが変わってるんで、俺はついていけませーん」
「弥生ちゃんも今日びの風俗にはついていけませーん」
「弥生ちゃん、風俗になんかついていかなくていいよ」
「その風俗とはちゃう」
「ああ、ちゃうんでっか」
 こうして気心の知れた相手とだったら、なんだって通じる。うちの仲間たちだとか、大学時代からの友達だとか、弥生さんやニーナさんや社長のような年長者にだって、説明なしでも通じる。
 コミュニケーションってのは実にむずかしいもので、社会全体が屈折しているから、若者も屈折せざるを得ないのか。それにしてもなぁ、美人だったら許される、イケメンだったら許されることも、ソニンやナミやミツルだと許されないのだから。
「あ」
 はっと気づいて言ってみた。
「ものすごい美人のぶりっこって、弥生さんはどう思います?」
 首をすくめたのが弥生さんの返事。同性と異性では感覚がちがうのだ。ますますむずかしい。


 三十代女性にも知り合いはたーくさんいる。俺が三十代なのだから、交友関係や深い知り合いの女性にも三十代が多いのは当然だろう。

 本橋美江子、三十五歳。
 本庄恭子、三十歳。
 古久保和音、三十三歳。
 瀬戸内泉水、三十四歳。
 沢田愛理、三十六歳。
 喜多晴海、三十五歳。
 前田操、三十歳。
 橘花蓮、三十五歳。

 十代、二十代の女性たちはおよその年齢順、三十代女性は関係が密な順に列記してみた。
 美江子さんはうちのリーダーの妻であり、学生時代からの先輩であり、フォレストシンガーズのマネージャーでもあり、実の母と妹たちを除けば、俺とはもっとも縁の濃い女性だ。
 恭子さんはシゲさんの奥さんであり、俺とは友達でもある。美江子さんと恭子さんはある意味、俺にとっては特別な女性といえる。
 和音、ニックネームはワオンちゃん。彼女は声優で、学生時代からの友達。俺のほうからは恋をしていたのに恋人にはしてもらえなくて、長いブランクを経て再会したら、どうやら章と……? といった変な因縁がある。
 泉水さんはシゲさんの幼馴染で友達。俺とも友達。ヒデさんがプロポーズしてふられた相手でもあるから、彼女も俺にとってはけっこう特別なひと。
 愛理さんは俺たちの先輩の金子将一さんの彼女。晴海さんは合唱部の先輩で、現在は母校の語学部、及び合唱部に関わっている。俺のいとこの雄心がろくでもないことをやったそうなので、また別の意味で特別だろう。
 操さんは事務所の後輩のモモクリのマネージャー。モモクリがフォレストシンガーズにとっては目をかけてやるべき存在なので、操さんも特別だ。
 花蓮さんは大富豪の奥さま。最近は交流は少ないのだが、学生時代の先輩でもある彼女には、売れない時期のフォレストシンガーズはひとかたならぬお世話になった。なのだから、ここに名を連ねた女性たちはみんな特別だ。
 もちろん他にだっているけれど。四十代以上にだって特別な女性は数多くいるけれど。あのひとの年齢はきちんとは知らないけど、四十代なのかな、というひともいるけれど。
 三十三歳まで結婚せずに生きてきているのだから、俺の心に「恋したひと」、「愛したひと」として刻まれている女性も何人も何人もいる。ただの友達だったり寝ただけの相手だったりは省くとしても……列記はしないでおこうかな。
 麗子さん、アイちゃん、サエちゃん、くるみちゃん、蘭子、文香、泰恵ちゃん、愛子ちゃん、そしてそして、詩織さん。
 名前を思い浮かべると、笑顔が浮かぶひともいる。泣き顔やら怒った顔やらが浮かぶひともいる。背中を向けていて顔を見せてくれないひともいる。俺って女とは長続きしないなぁ。この中で続いたのって、蘭子と詩織さんだけじゃないのか?
 なぜこの店が好きなのかといえば、「喫煙者大歓迎」のボードを立てて嫌煙ムードにさからっているからもある。煙草をくゆらせ、ひとりでほにゃらっと過去を思い出していると、生真面目な女性の声がして顔を上げた。
「お待たせしました」
 時間よりも早く「マギー・メイ」にやってきたのに、俺が先に来ていたからといってお詫びを言ってくれたのは、前田操さんだった。
 さほどに特別な相手でもないのに「特別な相手」エリアに入ってもらったのは、今夜の待ち合わせの相手だから。彼女は栗原桃恵と栗原準のフルーツパフェ、通称モモクリの新任マネージャーで、同じ事務所所属なのだから、自然に親しくなった。
 なんだかこのごろ、俺はグラマーな女に縁があるみたい。ソニンもミツルさんもナミちゃんも太い。俺は章のように、スリムな女でないといやだとは駄々をこねないからいいのだが。ってか、そういう仲には断じてならないのだからよいのだった。
「お待ちはしていませんよ。まあまあ、どうぞ」
「まだ仕事中ですから、お酒は遠慮しておきます」
「では、コーヒーになさいますか」
 この方もまた太っている、というよりも、シゲさんを女性にしたような筋肉質なのか。どちらかといえば小柄で、一見はぽっちゃり。このかちっとした茶色のスーツを脱がせると……いや、脱がせたくはないけどさ。
 三十歳だと年齢を知っていても、おばさんっぽい女性だな、と思ってしまう。彼女の隣に詩織さんがいたら……いるわけないけど、詩織さんのほうがはるかに若く見えるだろう。
「お話があるっておっしゃってましたよね」
「ええ。だけど、三沢さん、私は三沢さんよりも年下ですし、事務所でも後輩なんですから、そんな話し方はなさらないで下さい」
「そうでしたね。慣れないもので」
 ふたりきりでプライベートな話をするのははじめてだ。事務所で会ったときに、三沢さん、話を聞いてもらえますか、と耳打ちされたので、「マギー・メイ」を指定した。モモクリについての話か、社長についてのぼやきだろうかと漠然と考えていたものの。
 あれ? もしかして、告白だったらどうする? 駄目だ、操、俺に惚れるな。俺は女を愛せる男じゃないのさ、俺に惚れても不幸になるだけだぜ。
「ふっ……」
「は? 三沢さん?」
「いいえ、なんでもありません。なんでもないから」
 口には出していなかったようで、よかったよかった。
「あまり深刻にはしたくないから、三沢さんにお話しようと思ったんですけどね」
 運ばれてきたコーヒーをかき混ぜながら、操さんは細い吐息をついた。
「はあ、深刻にしたくないから……ま、俺だったらそうでしょうね」
「クリちゃんがね……」
「操さんに恋してるって、本当なんですか」
「ごぞんじでした?」
 モモとクリは夫婦である。社長から見ると「婦唱夫随」は嘆かわしいらしいが、あれはあれでうまく行っているのだから、俺から見れば歯がゆくもあり、微笑ましくもある。シゲさんとモモちゃんが言っていた。
「クリはああいう女性がタイプなのか。モモちゃんとは見た目はかなりちがうけど、性格やなんかは似てるのかな。モモちゃんが大人になったら、操さんみたいな女性になるのかもしれないな」
「外見はああはなりたくないけど、中身はいいひとですよ。だけどね……」
「うんうん、モモちゃん、気持ちはわかるけど、浮気してるのは俺じゃないんだから、睨まないで」
「シゲさんが浮気してるんだったら恭子さんに言いつけるだけですけど、なんであんなおばさんなのよ。モモちゃんよりもあのひとが魅力的だってわけ?」
「うーむ……」
 という会話を聞いたのだから、俺は知っている。操さんが上手にクリをはぐらかしてくれるのだろうと楽観していた。
「クリに口説かれたんですか?」
「クリちゃんは口説いたりはしませんけど、この間、ぼそっと、僕は操さんとのほうが、この先の長い人生を渡っていきやすいかも、なんて言うんですよ」
「甘えるなって言ってやれば?」
「言ってるんですけど、そう言うとよけいに、憧れの目で見られます」
 そっか、クリはマゾか。さもありなん。
「だからって私はモモクリのマネージャーはやめません。栗原準のひとりやふたり、どうにか対処してみせます。三沢さん、聞いて下さってありがとう」
 深刻にしたくないと言うだけあって、俺に話して自分の考えをまとめるとか、気持ちを軽くしたいとか、その程度だったらしい。
「三沢くんって話し上手なんだろうけど、聞き上手のほうはまるっきり駄目だね」
 若いころにはニーナさんをはじめとする年上のひとに、そう言って叱られた。幸生くんはひとりで喋ってる、とは恋人にも指摘された。けれど、今は聞かせてもらって操さんの鬱々を軽減してあげられたではないか。俺も聞き上手になれたかな。
 丁寧にコーヒーのお礼まで言ってくれて、操さんが出ていく。茶色のスーツの背中は丸くておばさんっぽくはあるが、まともな大人の女性と話して清々しくなれた。三十代以上にも変な女はいるけれど、やっぱ俺は大人の女性のほうがいいかな。


では、腰をすえて飲み直そうとしていたら、どこで聞きつけたのか、ソニンが店に入ってきた。
「また来たの?」
「僕は東京でも仕事をしてるんだもの」
「もっと喋って」
「なんだよ。三沢さん、僕と会いたくて、僕とお喋りしたくて待ってたの? 可愛いところ、あるじゃん」
「そうだよ。仕事の話、して」
 自称芸術家というのもいるもので、ソニンは瞑想アーティストなのだそうだ。俺には意味不明のその芸術について話しているソニンの言葉遣いから、関西なまりを聞き取ろうとつとめる。俺は別にソニンの話が聞きたかったのではなく、弥生さんの言っていた関西アクセントに関心があっただけだ。
 本橋さんだったらわかるのだろうか。俺にはわからない。俺は東京人ではないから、純粋な標準語がしっかりとはわかっていないのか。土佐弁や大阪弁や神戸弁になじんできて、方言が混沌としてしまっているのか。
「でさ、四人ともと成功したよ」
「せいこう? どっちの?」
 これはヒデさんから教わった、下ネタジョークだ。成功、性交。ソニンに向かって言ってもセクハラになるのだろうか。彼女が男に発する、僕と寝ようよ、はセクハラではないのか。
「成功にどっちのこっちのってあんのかよ。時計の会社か? そんなのは関係なくて、四人ともとボーイズラヴの関係になったのさ」
「四人って?」
「シゲさんとは会ってないし、あいつはボーイズラヴが似合わないだろうから、かわいそうだけど除外してやったの」
 いや、かわいそうではない。除外してもらってよかったね、シゲさん。
「四人ってのは、隆也、真次郎、章、英彦だよ」
「ヒデさんとも?」
「ヒデってのもボーイズラヴは似合わないみたいだけど、どうしてもってお願いされたから寝てやったよ。いちばんおいしかったのは……聞きたい?」
「あのさ、きみは乾さんとはまだ対面してないだろ」
 現に今日の昼間も、乾さんは言っていた。ソニンって子には興味ないな、会いたくないな、と心から興味なさげに言っていた。
「会ったよ」
「いつ?」
「とにかくさ、うん、うふ。いや、まあね、ミュージシャンなんてのは感性にきらっとしたものがあるのかと思ってたわけ。僕がミュージシャン好きなのは、クリエイターだからこそってのもあるんだよね。凡庸な人間ほどつまらないものはないだろ。ソニンちゃんは変わってるってみんなが言うけど、変わっていてもいいんだ。僕は凡庸こそを憎むんだよ」
 悪い意味でだったら変わってるかもしれないけど、おまえは凡庸な人間じゃん、と章が言っているのが聞こえてくる気がした。
「変わってるってことには価値があるよね。僕みたいな天使のように、アーティストのように変わってるんだったら、変な奴で十分さ。意外と普通だったりもするんだけど、みんながそう思ってるんだったら思わせておくさ。僕って変な奴。ってかね、きみらが普通すぎるんだよね」
「で?」
 だんだんしらっとした気分になってきたので、先を促した。
「なんの話だっけ? フォレストシンガーズの奴らって意外と……って話だよね。意外とつまんなかったな」
「彼らは普通の男だから、ボーイズラヴなんてシチュエーションに戸惑ってたんだよ」
「そういうのが凡庸でつまんねえんだよね。三沢さんはボーイズラヴ、平気?」
「男と寝たくはないけどね」
 なんと答えるべきなのか迷って、無難に応じた。
 俺は同性愛には偏見は持っていないつもりだが、積極的に関わりたくはない。男と恋をしたり、ソニンと寝たりするくらいなら、前田操さんがいい。心からそう思う。
「ボーイズラヴ嫌いの男はクソ食らえさ。三沢さんだったら……」
「は?」
「でも、ごめんね。僕はキミにはその気にならないんだよ。大阪にも僕を待ってる奴が百万人はいる。僕と寝たいって願ってる男もいるから、帰らなくちゃ」
「女の子はいないの?」
「僕と寝たいって女? いるけどさ、僕は女は嫌いなんだ。女とは寝ないよ」
 この台詞は矛盾しているのかいないのか。しかし、ごめんね、キミとはその気にならない、と女性に言われて、死ぬほど安堵したのは初体験だった。
「おす」
 低い声がして、俺のとなりにすわったのはミツルさんだった。
「これ、あんたの女か? 趣味悪いな」
「これとはなんだよ。僕は女じゃないんだよ」
「……なんだか……どこかで……あのさ……あ、ここだよ。ナミ、こっちこっち」
 うわうわ、最近知り合った三大奇人が集合だ。ナミちゃんも店に入ってきて、ソニンのとなりにすわった。
「な、ナミ……だろ?」
「んんと……そうかもしれないわね」
「ちがうかな?」
「自信ないけど、そうかもしれないわ」
 あとからやってきたふたりは、身を乗り出して内緒話をしている。ナミちゃんとミツルさんはソニンの知り合いなのだろうか。ソニンはぶすっとしてワインクーラーを飲んでいて、俺は手持ち無沙汰に女性たちを眺めていた。
「あのね」
 内緒話をすませて、ナミちゃんが言った。
「社会探訪っていうのかしら。潜入してルポして週刊誌に記事を送るって手もあるからって、キャバクラの面接に行ったことがあるのよね」
「そうそう、あたしとナミとふたりでさ」
「そのときにはなにかのキャンペーン中で、たくさんの女の子が面接に来てたのよ。その中にあなた、いなかった?」
「先月だったんだから、あたしたちも覚えてるよ。いただろ」
「……あれは冷やかしだよ」
 ソニンもこのふたりを思い出したのか、とぼけるほうが格好悪いとでも思ったのか、開き直った様子で言った。
「あんたら、断られたんだろ。僕は即採用って言われたよ。あなたのような不思議な空気を持つ、性別さえも超越している、天然自然の美しい人間、いや、人間さえをも超越しているひとが入ってくれたら、うちの格が上がりそうだ、ぜひぜひってさ」
「人間離れのブスって意味か」
 ミツルさんはせせら笑い、ナミちゃんもくくっと笑い、ソニンは知らん顔で続けた。
「でも、僕が断ったの。そういうお店でも僕の魅力は通用するんだってわかっただけでよかったんだよ。僕をブスだと思うのは、キミたちの目が曇ってるせいだね。気の毒に」
「てめえ……」
 気色ばむミツルさんに冷笑を投げて、ソニンは立ち上がった。
「ごめんね、三沢さん、キミの気持ちに応えてあげられなくて。友達ではいてあげるから、またね」
 風のように、と形容するには重たげな動作で、ソニンは店から出ていった。毒気に当てられたとはこれか。しばしぼけっとしていたナミちゃんが言った。
「ユキちゃんの気持ちって?」
「三沢くん、あの女と?」
「いやぁ……あのね……あのさ、ミツルさんは俺には興味ないって言ったよね」
「興味ねえよ」
 あなたは? とは尋ねていないのに、ナミちゃんも言った。
「悪いけどあたしも興味ないな。あたしはもっとたくましくて、男!! って感じのひとがいいの。フォレストシンガーズでだったらシゲさんがいいかな」
「あたしは本橋くんのほうがいいかな。あいつ、結婚してるんだよね。本橋くんの家庭に波風を立ててやりたいかも」
「んまっ、ミツルちゃんったら罪だわ」
 がははと笑ったミツルさんとナミちゃんは、好みのタイプの男性の話で盛り上がりはじめた。
 そっかぁ、俺はこのたぐいの女性たちには興味がないと言われる男なのだ。ソニンにもナミにもミツルにも口説かれなかったのはそういうわけだった。ありがとう、幸生、よかったね、なのか。なんとなくがっかり、なのか。
 いいや、それでもめげないのがユキちゃんではないか。俺に興味がないと言うひとだって、俺は彼女が女性である限りは好きだ。僕は女じゃないんだよ、のソニンちゃんだって好きだ。
 だって、上には上が、ではなくて、下には下がいるんだから。俺が本当に嫌いな女、宝井早苗。あの女に較べたら、ソニンもナミもミツルも可愛い。俺を口説かないでいてくれて、友達でいてくれるから、いっそう可愛いんだよね。


END 



 
 
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