ショートストーリィ(しりとり小説)

12「梅田・茶屋町」

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しりとり小説12

「梅田・茶屋町」

 この街がこんなには賑わっていなかったころ、大阪キタの繁華街のはずれのようだったころに、私はその隅っこにあるライヴハウスで歌っていた。

 私がおばさんと呼ばれる年頃になっていくにつれて、この街が開発されておしゃれなスポットになっていった。大阪の街には開拓の余地のある土地は少ないから、このあたりに目をつけられたのだろう。

 人通りの多い日曜日の茶屋町界隈を散歩していて、昔の仕事場の近くを通りかかった。その店がまだあるのは知っていたが、昔のまんまのたたずまいがなつかしくて足を止めていると、なつかしい声が聞こえた。

「弥生ちゃん?」
「ん?」
 振り向くとなつかしいひと。この年になると、「なつかしい」の感情が増える。

「卓郎さん、久し振り……月並みな挨拶やわね」
「お茶、どう? 弥生ちゃんはプロの歌手になったんやもんな。忙しいんかな。あ、大きな声でプロやとか言うたらあかんか」

「ええよ。有名でもないから」
「有名やろうが」
 大阪でだけ歌っていたころに仕事をしていたライヴハウスの隣に、新しくできているカフェに入った。

「卓郎さんは今は?」
「趣味でラッパは吹いてるけど、本職は定年の近いサラリーマンや。俺は弥生ちゃんみたいに成功せんかったな。ミュージシャンの成功ってなんなんか知らんけど」
「そうかぁ」

 こうして向き合っていても、昔のような熱い気持ちは湧き上がってこない。ただなつかしくて、無言で彼を見つめる。彼は含羞の表情で私を見返して目を細めていた。

「ねぇ、卓郎さん」
「なぁ、弥生ちゃん」
 ほぼ同時に口にした。私ら、俺ら、なんで別れたんやった?

「なんでて、弥生ちゃんが言うたんやろ。別れようって」
「そうやったかな。うん、そうやった。だって、卓郎さんが冷めかけてるって気づいたから」

「そうやった? 俺は冷めてないで。弥生ちゃんにふられたんやと思ってた」
「ほんま?」
「ほんまや」

 本当なのかどうかは知らない。私の女心を配慮して言ってくれているのかもしれない。卓郎さんはいつだって優しかった。その優しさが軟弱さに見えたのは、若気のいたりだったのだろうか。若いってことは、目を閉じて手探りで生きていること、と言ったのは誰だったか。

 同じライヴハウスでサックスを吹いていた卓郎さんと知り合って恋をして、いつの間にかつきあいはじめ、いつの間にか別れた。

 すらっと優美な感じの卓郎さんはもてたから、やっかまれていたのかもしれない。卓郎さんがどこやらの女と歩いてたよ、だとか、キスしてたよ、だとか教えてくれたのは、卓郎さんに恋をしていた女だったのかもしれない。

 ガセ情報を信じた若かった私は、彼に捨てられる前にこちらから捨ててやろうと決めて、別れを切り出したのではなかったか。三十年も前、ううん、もっと前だったかもしれないそんな想い出も、遠い時のむこうできらめいて見えるかのようだ。

「今さらなんだってええけどね」
「弥生ちゃん、結婚してんやろ。俺にももうじき孫ができるんや」
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとう」

 お茶を飲んで昔話をして、外に出ると霧雨。夜になっている街を、昔のオトコと肩を並べて歩く。
 あのとき、自分から別れを告げたくせに悔しくて哀しくて、私はあの街角に立って気持ちをなだめていた。今、同じ場所に立っている若い女性が見える。霧雨にかすんでいるせいなのか、彼女も誰かにさよならを告げてきたみたいな、そんな表情をしていた。

次は「ち」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
春日弥生、大阪在住の六十歳前後くらいかな? のシンガーです。
フォレストシンガーズのみんなとは仲良しで、特に三沢幸生にとっては母のような親友のようなひと。



 
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NoTitle

いつもの癖でタイトルに目がいきました。
風邪がいまいちで、少し元気になったらあかねさんの
作品読みたくなりました。
私の感正解。私こういうの大好きです。弥生さんが愛しくて。
「そう、若い時の思い出がいっぱいある人の方が心が豊かなの
ですよ。もう一頑張りしましょう。」とつい彼女に声をかけたくなり
ます。有難うございました。

danさんへ

コメントありがとうございます。
お風邪だったのですか? 私もお正月すぎにかかりまして、やっと治ったところです。若くないから風邪も長引きますよね。まだ本調子でもないご様子ですから、お大事にして下さいね。

さて、タイトルで選んでくださっているとのこと。嬉しいです。
弥生さんっていうのもフォレストシンガーズストーリィの脇役でして、一部は私の分身というか、近い将来の理想の姿みたいなところもあります。
私はこんなキャリアも元気もないから、大阪のおばちゃんであるということだけが似ているんですけどね。

若いときのつらかった想い出も、若くはない年頃になったら楽しかったな、ってなるときもありますよね。
逆に、若いときには自分は悪くないと思っていたことが、やっぱりよくなかったかなと考え直すようになったり。
歳をとるっていうのも面白いかもしれませんよね。
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