ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ「ひとり旅」

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フォレストシンガーズストーリィ

「ひとり旅」


 ライヴの打ち上げで夕食は食ったくせに、夜中に空腹でたまらなくなって部屋を抜け出した。
 シゲさんらしいね、あんなに食ったのに、と幸生や章に笑われそうなので、足音を忍ばせて廊下を歩き、エレベータに乗って一階へ降り、受付で断ってホテルから出ていく。

 地方都市は夜が早いけれど、居酒屋だったらやっていて、あたたかそうなあかりに誘われて中に入っていった。
「ししゃも下さい。湯豆腐とごはんと漬物も」

 初老のオヤジさんとおばさんが仕切っている店には、客はちらほらとしかいない。カウンターにすわった俺は、すこし離れたところにいる女性が食べているししゃもがうまそうだったのもあって、オヤジさんにオーダーした。

「あら?」
 ちらりと俺に視線をよこした女性の口がそんなふうに動く。彼女は俺を知ってくれているのだろうか。四十代くらいに見える女性は、ひとさし指を口に当ててしーっとやってから、俺の隣に移ってきた。

「シゲさんでしょ?」
「あ、えと、はい」
「こんなところで騒がれたくありませんよね。内緒にしますから」
「ああ、えと、お願いします」

 駅からもホテルの集まっている場所からも近い居酒屋なのだから、観光客が多いのだろうか。彼女も観光客か。東北なまりのようなものは感じ取れない。

 まちがいなく彼女は俺が、フォレストシンガーズの本庄繁之だと知っているのだろう。だからこそ好奇心を持って近づいてきてくれて、あとでサインして下さいね、と素早く囁いてからにっこりした。

 もしかしたら夕方からのライヴに来てくれていたのか。通りすがりのファンの方だとしても嬉しい。若い女性だとしても本庄繁之にはきゃあきゃあ騒ぐファンはいないが、落ち着いた年頃の女性の配慮もありがたかった。

「ししゃも、おいしいですよ。シゲさんも頼んだんでしょ」
 ファンの方も俺をシゲさんと呼ぶ場合が多いので、そう呼ばれるのも嬉しい。彼女はオヤジさんが置いてくれた注文の品を見て言った。

「シゲさんはお酒は飲まれないんですか」
「宵の口に飲みましたから。腹が減って眠れなくなって出てきたんですよ」
「そうなんですか。でも、強いんでしょ。一杯いかが? 地酒、おいしいですよ」

「では、いただきます」
 お酌をしてもらって飲んだ日本酒はとても美味で、俺も注文してしまった。

「明日は東京に帰りますから、ちょっとぐらい酒が残ってもいいかな。ってのかね、さっき飲んだ分はすっかり覚めたんですよ」
「打ち上げでしょ? たくさん飲むんですか?」

「普通の人の感覚ならば、けっこうたくさん飲みました」
 そんな話をしていると、客が出ていったり入ってきたりする。彼女が小さい声で言った。

「女のひとり旅なんて珍しくもないでしょうに、あの愛想のなさそうなおじさんに訊かれたんですよ。おひとりですか? って。おひとりだったらいけないのかしらね。だけど、やっぱり人恋しかった。大好きなシゲさんに会えて嬉しい。あなたたちが青森に来てるとは知ってたけど、まさか会えるなんて思ってもいませんでした」
「はあ、どうも」

「あの歌とそっくりの状況だったんですよ」
「あの歌?」
 ほんのすこし酔っているのか、彼女は低く歌ってくれた。

「見知らぬ町の 古い居酒屋で

 ししゃもサカナに ひとりのんでます

 扉あくたび ちょっと風が吹き

 洗いざらした のれんめくります

 死んだあいつが居たら 演歌なんか
 
 うなりそうな 夜更けです

 おひとりですかなんて おやじさんに聞かれ

 涙ぐむ 夜更けです」

 カントリーふうの節回しの古いフォークソングだという。聴いたことはあるような歌の文句に、俺ははっと胸を衝かれた。

 この歌とそっくりの状況、見知らぬ町の古い居酒屋、ししゃも肴にひとり飲む、ちょっと風が吹き込んで洗いざらしののれんをめくる、おひとりですか、とオヤジさんに訊かれる。そしてそして、死んだあいつ……。

「シゲさん、この歌、歌えます?」
「すみません。歌詞を覚えていません」
 正直に言うと、彼女はうふっと笑った。

「古い歌ですものね。私だってよくは知らなかったんですけど、先週、ラジオで聴いたんです。そしたらひとり旅がしたくなったの。見知らぬ町っていうのでもなくて、ここはあいつと来たことのある町。私の夫が学生時代をすごした町です」
「そう……なんですね」

 死んだあいつっていうのは夫だったのか。彼は演歌が好きだったのだろうか。それ以上は夫の話をしなかった名も知らぬ女性と、飲んで食って語って、店の外に出た。

「お送り……」
「近くのホテルですから平気です。サイン、していただけますか」
「はい」

 大きな紙袋から彼女が取り出したのは、今回のライヴツアーのパンフレットだった。

「ライヴの話もしたかったんですけど、騒がれたらいけませんものね」
「どうもありがとうございます」

「本橋さんと乾さんと三沢さんと木村さんにもよろしく。それから、恭子さんと広大くんと壮介くんにも」
「はい、お気をつけて」
「サイン、ありがとうございました。宝物にします」

 顔面いっぱいに笑みを広げて、彼女が背を向ける。すらりとした背中が遠ざかっていく。最後に彼女が口にした三人、俺の家族に、たまらなく会いたくなった。

END




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~ Comment ~

NoTitle

なんとも、素敵な夜ですね~。
大人な出会い。
憧れなすねぇ。

この女性視点で見たら、人恋しい一人旅の夜に、お気に入りのシゲさんと出会えた幸運なんでしょうが、
シゲさん目線で見ても、何とも素敵な出会いに感じますね。

こんな静かな雰囲気な女性になりたいなあと、思ってしまいました。
あかねさんは、何気ないこういう空間を描くのが上手いですね。
(私はきっとどこかにミステリーを作らずに居られない虫が・・)

おいしいシシャモが食べたくなっちゃいました。

limeさんへ

章だとこういう出会いは、なんだ、おばさんか、つまんね、となるでしょうし、シゲだからこそなりたつのかな。乾くんだったりしたら女性も声をかけづらいだろうな、なんて思っていました。

私もほんとはね、長編ミステリとかホラーとかサイコサスペンスとかが書きたいのです。

でもでも、昔から友達には「茜さんの小説って特に事件は起きなくて淡々と……」と感想をもらってましたから、そういう持ち味なのでしょうね。

ミステリをお書きになるlimeさんがうらやましくて、だけど、ひとには向き不向きもあるしなぁ、ってわけで、開き直ってます。
そういうジャンルはlimeさんのお作を読ませていただいて、楽しませてもらいますね。

ししゃもー

小料理屋行きたくなりました(笑)

大人な空気でほんわかしていていいですね。あかねさんの書くお話のこういう空気好きです♪

入ったお店で偶然好きなアーティストに会うなんてなんて素敵な夜なんでしょう! 私も頑張って外食するようにしようかな(笑)

たおるさんへ

いつもありがとうございます。
ししゃも、お好きですか?
実は私はししゃもは好きではないのですが、お酒のおつまみにはいいんでしょうね。たおるさんはお酒は飲まれるんですか?

ひとりで外食に出かけて、あっ、あのひとっ!! と思うような、自分の興味ある分野の有名人に会ったりしたら……緊張して固まってしまいそうですね。あとで、勇気を出してサインしてもらったらよかった、って悔やみそうです。

NoTitle

人の状況って歌詞と似てるとこってありますね。
そういう経験とかから歌詞ができてくると思います。

この女性はシゲさんにちゃんと配慮してるなあって思います。自分だったら興奮してしまうかも・・。

ローカルの芸能人に会った時、そうだったし。

再びキャラの語り手を始めました。今回はちょっと驚くかもしれません。
短編も進めていきたいと思ってます。

楓良新さんへ

いつもありがとうございます。
読み直して気づいたのですが、彼女、シゲに話しかけて近くに寄っていくこと自体を迷惑ではないか? とは考えてませんよね。
シゲは謙虚な性格ですから、ファンの女性にこうやって配慮してもらって喜んでますが、章だったら……

章は傲慢なところもありますから「人の迷惑かえりみず、勝手に近くに来んなよな、おばさんとなんか話したくねえよ」かもしれません(^o^)
だからこそ、章ではこのストーリィはなりたちませんが。

また楓さんのサイトにもお邪魔させてもらいますね。
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