ショートストーリィ(しりとり小説)

10「希望(のぞみ)」

 ←「We are joker」4  →「おとこごころ」
しりとり小説10

「希望(のぞみ)」

 所属事務所の社長に、グラブダブドリブの沢崎司に会わせてくれーっ、と頼み込んだ。所属事務所とはいっても、燦劇は休止中なのでやりにくかったのだが、社長も渋りながらも引き受けてくれた。

「おや、きみは……」
 どうにか会わせてもらえた担当者は、彼を見て首をかしげた。

「えーとえーと……ああ、そうだ。燦劇のベーシストだよね」
「はい」
「名前は……」
「本名?」

「ステージネームでもいいよ」
「トビーです」
「ああ、そうだったね」

 数年前にロック雑誌で見つけた、「ロックバンドのメンバー募集」の記事に応募して、ファイとエミーだと自ら名乗っている美青年ふたりの仲間に迎えられた。

 ファイはヴォーカル、エミーはギター。他にはベースとキーボードとドラムをやっているロック青年たちが集まり、どんなコンセプトの音楽をやろうかとの相談からはじまって、全員が顔がいいからという理由でビジュアル系に決めた。

 本名が嫌いだとかで、ファイはサファイア、エミーはエメラルドの省略形ニックネームだという。キーボードの奴がパールのピアスをしていたのも加わって、俺たちは宝石をテーマにしようと決め、ドラムはルビー、ベースはトパーズ、縮めてトビーと名乗るようになったのだった。

 バンド名は「燦劇」。インディズだったころから人気のあった彼らは、メジャーレーベルからデビューしたらまたたく間に人気バンドとなった。
 が、バンドの創設者のひとりのくせして、デビューしてから三年ほどたったころにエミーが言い出したのだった。

「俺はビジュアル系はいやなんだ。化粧したりきらきらした衣装を着たりするのもいやなんだ。俺はハードロックがやりたいんだよ」

 議論を重ねた末に、燦劇は休止すると決定して「休止直前ライヴツアー」なるものもやった。メンバーはばらばらになり、エミーはロスアンジェルスに行ってしまい、トビーはこの機会にやりたかったことをしようと決意した。

 それすなわち、憧れのベーシストに教えを請うことだ。ステージで彼の演奏を聴き、彼の秀麗なルックスにも魅せられて、トビーは彼に憧れ続けていた。

「うちの沢崎にね」
 グラブダブドリブの所属事務所の担当者は、苦い笑みを頬に刻んだ。

「きみは沢崎とは個人的に話したことはある?」
「サインだったらしてもらったことはあるよ」

「ビジュアル系っていうと、グラブダブドリブとは音楽的にかなりのちがいがあるし、沢崎は燦劇って知らないだろうし、ファンに対する態度になると思うんだけどね」
 熱狂的なファンはついていても、燦劇は世間一般的に認知されているバンドではないとは、トビーにも自覚はあった。

「俺、化粧もしてないし、普通の格好してるでしょ」
「ああ、それはいいんだけどね……どうしようかな」
「会わせて下さいよ」

 ビジュアルロック界の王子さまだと、まんざらジョークでもなく言われていたとびきりのルックスのヴォーカリスト、ファイ。ギターは上手でもないけれど、ルックスがいいので格好をつけると決まるエミー。女の子のように小柄で可愛いパール。

 この三人がいるから、燦劇は見た目だけで人気があったという部分は否めない。ドラムのルビーとペースのトビーは脇役だった。

「俺はベースは下手だよ。俺だけじゃなくて、うちの演奏テクは上等じゃないんだよ。ファイのヴォーカルは天性のものってところがあるんだろうけど、努力だの練習だのも必要な楽器は、みんなが下手だった。だから俺はこの休止期間に、ベースの腕を上げたいんですよ」

「うん、気持ちはわかるよ」
 煙草に火をつけて深く吸い込み、長く考えてから、担当者は言った。

「沢崎に話してみましょう」
 ようやく会わせてもらったのはよかったが、沢崎司はきわめて冷淡だった。

「俺のファンだって言ってくれるのはありがたいよ。ロックバンドってのは男のファンがついてくれてこそだし、きみみたいな一応はプロのミュージャンのファンがいてくれるのは嬉しいよ。でもさ、支持してくれるのはいいけど師事はお断りだ」

 しじ、しじ、どっかの三沢さんみたいな漢字シャレかな。その漢字が思い浮かべられないでいるトビーに、じゃあな、と言い置いて沢崎は行ってしまった。
「くそくそ。空振りか。いや、しかし……よし、あれだ」

 その日は事務所の裏口から入ってきていたトビーは、ビルの裏手にでっかいトラックが停まっていたのを目撃していた。グラブダブドリブツアーと横っ腹に大書してあったから、ライヴの機材を運ぶトラックなのだろう。

 沢崎が出ていってしまってから、トビーは裏口に回った。トラックに積み込みをしている男たちの中に混じって、トビーも働きはじめた。

「あれ? きみ、前からいた?」
「いや、雇ってもらったばかりなんですよ。俺はベーシスト志望のトビーです」
「トビーか。よろしくな」

 気軽に言って、はじめて会った男がトビーの手に重たい荷物を持たせた。うぐっとなりそうになりながらもトビーは思う。

 ツアーローディの一員となって働くところからはじめよう。そうしていれば沢崎さんの目にもいずれは留まる。おまえはそんなにも熱心に……とほだされてくれて、ベースが上達するコツでも教えてくれるかもしれない。

 教えてくれないまでも、目の前で俺のために演奏してくれるかもしれない。俺だけのために沢崎司がベースギターを弾いてくれる。その望みに向かって、肉体労働だってなんだってやってやるさ。

次は「み」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
10はフォレストシンガーズの所属事務所の後輩ロックバンド、燦劇のトビーです。


 
スポンサーサイト


  • 【「We are joker」4 】へ
  • 【「おとこごころ」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「We are joker」4 】へ
  • 【「おとこごころ」】へ