連載小説1

「We are joker」4 

 ←第九部完了記念・300文字小説  →10「希望(のぞみ)」
「We are joker」

4

 ロックなんて別に好きではないけれど、冬紀は好きだから、彼に懇願されたから、興味もない女性シンガーのライヴにやってきた。
「これってロック?」

 新川真菜は山根ももこの歌を聴いて首をかしげる。真菜は音楽嫌いというわけではないが、専門的知識はまったくない。冬紀に言ったこともあった。

「私、ベースとギターの区別がつかないの」
「なんで? ドラムの音とベースの音の区別がつきにくいってんだったら、素人にはありがちだけどな。ギターはこの音だよ。ベースはズンズンって感じでリズムを刻むんだ」
 ギタリストの冬紀は自分のギターで「ギターの音」を教えてくれ、真菜は言った。

「外見の区別がつかないんだよ」
「ああ、そういうこと? いいか、ギターの弦ってのはこうなってるんだ。ベースは弦の数が少ないのが基本だな。真菜、見ろよ」

 顔を寄せていった真菜の頭を抱いて、おまえ、可愛いな、と冬紀は微笑んだ。
 そうか、ベースギターってリズム楽器なんだな、とそれではじめて認識した始末なのだから、真菜は冬紀の彼女にはふさわしくないのかと思ってしまう。けれど、冬紀はそんなおまえが可愛いと言うのだから、かまわないのだろう。

 一年生限りで真菜が大学をやめてしまったのは、アルバイトではじめたモデルの仕事が楽しくなったからだ。モデルとしてはたいして売れていないが、面白い人種ともいっぱい知り合いになれた。
 知り合いになったひとたちの中には友永冬紀もいて、おまえも大学やめたの? 俺もおんなじだよ、などと話しかけてきて急接近した。

 大学中退も同じ、仕事のほうでは売れないのも同じ、ルックスがいいのも同じだと真菜は思っている。音楽的な才能についてはまるっきり同じではないけれど、おまえが音楽について知らなくっても、全然関係ないよ、と冬紀は言うのだから。

 それにしてもつまらない歌だ。ライヴハウスというものは立ち見だと冬紀にあらかじめ聞いてはいたが、面白くもない歌だと疲れが激しくなってくる。周囲の楽しそうなファンたちに、どこがいいのか尋ねてみたくなってくる。

 真菜の近くには中年女性グループがいて、彼女たちは山根ももこの歌に聴き惚れているらしい。迂闊に声をかけたら怒られそうなので、真菜はじりっじりっと移動して、自分と年頃の近い女性を探していた。

「彼女だったら……」
 うまい具合に彼女はひとりだ。わりあいに地味な雰囲気の若い女性。真菜はモデルの仕事をしているのだから当然、長身だが、彼女は背が低かった。

「あのさ、あなたは……ってか、なんて名前?」
「あなたは?」
「……そんな怖い顔、しなくてもいいじゃん。あたしは真菜。あなたの名前は?」
「なにか用ですか」

 女同士なのだから警戒なんかしなくてもいいのに、と真菜が思っていても、彼女はうさんくさそうに真菜を見上げる。真菜は言った。

「あなただとかって呼び方、うざいでしょ。だから名前を呼びたいの。教えてよ」
「すみれ」
「すみれちゃん? 可愛い名前だね。どんな字書くの?」
「ひらがなです」

「あたしは真実の真にナノハナの菜」
「それがどうかしたんですか。他の人に迷惑ですよ」

 言われてみれば、他のお客にも睨まれている。真菜は声を低めた。ちょうどよく、ももこの歌は静かな曲調になっていて、大音響の演奏はやんでいた。

「すみれちゃんってロック好き?」
「ロックは嫌いじゃないけど、ももこさんの歌はロックではないでしょ」
「へ? そうなの?」

「そうよ。この曲はボサノバかな」
「ボサノバって聞いたことはあるけど、なに?」
「だから、曲の種類っていうか……」

 背の高い綺麗な女の子、真菜はきょとんとした顔をして、すみれにしきりに話しかけてくる。山根ももこの歌に興味はないようだから、退屈してしまったのか。ももこの歌ではなくて、ジョーカーの演奏を聴きにきたのか。

「他のひとに迷惑なんだったら、うしろに行こうよ」
「いいけどね……」
 実はすみれも山根ももこの歌にはさして興味は持てない。真菜が、あたしはアルバイトでモデルやってるの、と小声で言ったので、そっちのほうに興味が出てきた。

「ここにすわってなんか飲もうよ。おごるよ」
「おごってくれなくてもいいけどね」
「すみれちゃんは学生?」

「うん、大学生」
「バイト、してる?」
「してないよ」

 オールスタンディングの客席のうしろのほうには、幾組かの椅子とテーブルがしつらえてあった。そこにすわってすみれと真菜は軽いカクテルを注文した。

「真菜さんはジョーカーのファンなの?」
「ファンっていうよりも……」

 含み笑いをする真菜の表情が、すみれの神経のどこかに刺さった。
 三ヶ月ばかり前、すみれの通う大学のキャンパスで出会ったのが、髪が長くてギターを持った友永冬紀だった。彼はすみれに声をかけてきて、自己紹介した。

「俺も去年まではここの大学の学生だったんだよ。仕事が忙しくなったから学校、やめたんだ」
「そうなんですか、仕事ってなに?」
「この格好でわからない?」

「ロックやってるの?」
「当たり」
 特別にロックファンというわけでもないが、冬紀には惹かれるものがあった。

「これから授業? さぼっちゃえよ。お茶しようぜ」
 誘われて学校から出てカフェに行き、お茶だけではなく食事もして、電話番号やメールアドレスも教え合い、また会おうと言われてうなずいた。

「……すみれ、ごめん。俺、嘘ついてたんだよ」
「なんの嘘?」
「俺が大学を中退したってのは本当だけど、すみれの大学じゃないんだ」
 打ち明けられたのは、何度目かのデートのときだった。

「あのとき、俺はすみれにひと目惚れしちまったんだ。だから、すみれに近づく口実に使ったんだよ。心苦しくなってきたから正直に言ったんだ。ごめんな。この通り」
 テーブルに頭をぶつけるようにして詫びる冬紀にほだされた。

「いいよ、そんなの。そんなに気にしなくていいから」
「そっか。嬉しいよ。じゃあ、これからさ……いいだろ」
「う、う……うん」
 きっとあれで本当の恋人同士になったのだと、すみれは思っている。

「俺らは売れてないから、あんまり仕事がないって言っただろ」
 それからまた一ヶ月ほど経って、冬紀は言った。
「山根ももこさんのライヴがあるんだ。バックでジョーカーが演奏させてもらうんだ。ちっちゃいライヴハウスだけど、俺たちは準主役ってところだな。聴きにきてくれるだろ」
「行くよ」

 山根ももこには興味はなくても、はじめて生で聴けるジョーカーの演奏にはおおいに興味があった。
 が、真菜が漂わせる含みありげな態度もたいへんに気になる。ファンっていうよりも、なんなの? 視線で質問すると、真菜はうふうふっと笑って言った。
「冬紀はあたしの彼氏なんだよ」

つづく



スポンサーサイト


  • 【第九部完了記念・300文字小説 】へ
  • 【10「希望(のぞみ)」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

おお、冬樹ったら、ふらりふらりと、両方に声を掛けるからこんなことに~。
適当な男だなあ~。でも、いまどきの感じがする^^;
すみれちゃんとは、真菜ちゃんより前から付き合ってんですよねぇ。
でも、真菜ちゃんすっかりその気だし。
こりゃあ、冬樹、天罰が下るよ~~ww(と、ちょっと楽しみ)
その前に、この二人の女の子が、ヤバイ感じですねえ。

私的には真菜ちゃんのほうが天然っぽくて好きだなあ。
私もベースとギターの違い、ちょっと前まで分からなかったですもん・爆

limeさんへ

1からずっと読んでいただきまして、まことにありがとうございます。

ほんと、冬紀ってええ加減な奴ですよねぇ。
もしかしたら私には、若くて顔のいい男ってこんなもん、という偏見があるのかもしれません。

私はミュージシャンとか音楽っぽい話を書くのは好きですけど、楽器も大好きですけど、知識はまったくないのですよね。
ロックを好きになったはじめのころに、真菜みたいなことを言っていた記憶があります。

冬紀にどんな天罰が下るのか、楽しみにしてもらえるのも嬉しいです。
さて、どんな天罰なんでしょうね? (笑)
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第九部完了記念・300文字小説 】へ
  • 【10「希望(のぞみ)」】へ