グラブダブドリブ

リレー小説番外編2(呪われた夜)

 ←6「ジョーカー」 →キャラへの質問(ジェイミー・パーソンです)
9d79012e68b6a396.jpg
96/11/ 21

あかねくらぶリレー番外編2 

「呪われた夜」

 『チゴイネルワイゼンの夕べ』と名づけられたその夜の演奏会は、ロンドンでもさほど著名ではない指揮者が率いる、マイナーなオーケストラがいくつか出演し、それぞれにおもむきをちがえて同じ曲を演奏するというこころみだった。
 あたしはクラシックになんか興味ないから、あんたらにやるよと言って、ロンドン在住の親しい日本人女性ギタリストが、花穂と悠介にチケットを二枚プレゼントしてくれた。
「悠介はクラシックは好きだった?」
「俺は音楽だったらなんでも好きだよ」
「私もそうよ。ロンドンでふたりでクラシックの演奏会に行けるなんて素敵じゃないの」
 ホールの席にかけてコートを脱ぐと、花穂はシックなダークブルーのワンピース、悠介は例によって派手なスタイルをしている。
 ピンクから紫に至るグラデーションで花びらを全体に散らした白いシャツはやや透き通っていて、パンツはダークな紫。鳶いろの長い長い髪と、浅い褐色の肌、エキゾチックな美貌とあいまって、周囲のイギリス人聴衆の目を、一時は悠介ひとりが引きつけていた。
 とはいえ、ロンドンは人種の坩堝といってもいい街である。悠介が人目を引いたのは、フイリピンと日本の混血のせいではないようだ。花穂でさえ今でも見惚れてしまう、その美しすぎる容貌のせいだけだったらしく、女性たちの目には賞賛が、男性たちの目には好奇心とちょっとした嫉妬心がまじっていたように、花穂には思えた。
「どこにいても見られるね」
 演奏がはじまる前に、花穂は悠介に身を寄せた。
「悠介が綺麗すぎるからなのよね。美しすぎるって罪だわ」
 返事は鼻先での、ヘッ、だった。
 いくつかのオーケストラが出てきて、花穂はそれなりに彼らの演奏を楽しんだのだが、ふと見ると、悠介はとなりの席で気持ちよさそうに眠っていた。
 次なるオーケストラはピックス管弦楽団、指揮者のアンソニー・ピックスのワンマンオーケストラのような存在らしい。ヴァイオリンのソリストも、クラシックにはたいして詳しくない花穂は聞いたこともない人ばかりだったのだが、今回のソリストにはホールがすこしばかりざわめいた。
 どうかしたのかあ、といった表情で悠介が目を開け、ステージを見てびっくりまなこになった。花穂のほうも目を大きく見開いた。
 ピックス管弦楽団のソリストは、この前に出てきたヴァイオリニストたちとは技能にけたはずれの差があった。花穂もその名だけは知っている。どうしてこんなひとが、はっきり言ってこの程度のオーケストラのソリストをつとめてるの?
 そんな気分が半分、あとの半分はうっとりして、花穂はステージに集中していた。小さなホールなので、ステージにいるひとの顔もわりあいよく見える。彼の持つムードとそのうるわしさにも、花穂は酔わされて陶然としていた。
 横目で見ると、悠介はなにやらひどく複雑な表情を浮かべていた。眠気もどこへやら、目をぱっちり開けてソリストを凝視している。
 ピックス管弦楽団が演奏を終えて引っ込む。このソリストのあとに出てくるヴァイオリニストはあまりにも気の毒だとしか思えない、そんな残りのオーケストラやヴァイオリニストたちも演奏を終了し、今夜のプログラムがすべておしまいになると、花穂は聞きたくてうずうずしていた質問を悠介に投げかけた。
「どうしたのよ? ピックス管弦楽団のときのソリスト、知ってるの?」
「とにかく出ようぜ」
「どうして返事しないのよ」
「いいから、あとだ」
 まだ複雑そうな表情を保っている悠介と、首をかしげながらの花穂も立ち上がったとき、ひとりの少女が花穂に近づいてきた。むろん彼女は英語で喋っているのだが、悠介も花穂も英語は得意だ。花穂は悠介に話しかける少女の言葉を、頭の中で日本語に翻訳して聞いていた。
「ミスタ・スミト・サイキが、ミズ・カホ・ミヤモトとミスタ・ユウスケ・ナカネをお招きしたいとおっしゃっています」
 斎城澄人、花穂が気にかかって仕方のなかった、さきほどのソリストではないか。花穂は驚いて悠介を見た。
「そう来るような予感はしてたんだ。花穂、お招きにあずかるか?」
「やっぱり知り合いなのね。そりゃあ、呼んでくれてるっていうんだったら行く」
「……行きたがるような予感もした」
 えい、くそ、こうなりゃヤケだ、などと品のない台詞を呟いてから、悠介はブロンドの美少女に丁寧な口調で応えた。
「どちらへ行けばよろしいんですか? ミスタ・サイキはどちらで私たちを待っておられるんでしょうか」
 花をもあざむく美青年という形容は、悠介のためにあるのだと花穂は思う。日本のロックに詳しい人、たとえば妹の麻穂などに、グラブダブドリブの中根悠介とつきあってるのよ、と告げると、相手は激烈な反応を示したものだった。
 麻穂だけではない。花穂の友人、知人にはロックファンが多くて、日本での一番の親友の一恵に打ち明けた際も、彼女はぽかんと口を開けてしばし絶句してしまった。
「そんなに意外?」
「だって……あの中根悠介でしょ? グラブダブドリブの……」
「そう言ってるじゃないの。グラブダブドリブのギタリストの中根悠介が、私を好きだって言ったの。つきあいたい、恋人になりたいって。おまえに完璧に惚れちまったよ、とも言った」
「だってだってだって……中根悠介っていったらね、日本ロック界では随一の美形なのよ。グラブダブドリブはみんな美青年ばかりだけど、その中でもピカ一の綺麗な男。そのくせ女嫌いじゃないかとも噂されてる。花穂、落ち着きなさいね」
「興奮してるのはあんたじゃないの」
「夢でも見てない? 熱ない? 気が変になってない? いっぺん病院に行こうか。つきあったげる」
「失礼ね。今度紹介してあげる。そしたらほんとだってわかるわよ」
 実際に会わせるまで、一恵はどうしても信用してくれなかったのだった。
 だが、悠介と引き合わせると、彼女のほうこそ熱にでも浮かされたのではないだろうかと思える表情になって、いつものお喋りも出てこなくなり、ただただぽわーんと悠介に見とれていた。
「本当だったのね……嘘じゃなかったんだ」
 あとから一恵は言った。
「グラブダブドリブってTVには出ない主義でしょ。雑誌のグラビアだとかでなら何度も見てるけど、写真写りがいいほうじゃないのね。実物のほうが数倍綺麗。あそこまでの美青年がこの世にいるとは、あたし、感激」
「悠介は私のものよ。憧れたって駄目だからね」
「わかってるよ。それにしてもさ、あれだけの美形があんな口のきき方するのね」
 親しい人ならみな知っている。悠介は顔に似合わず言葉も態度も荒いのだ。花穂に向かってでも、バーカ、おまえはちょっと黙ってろ、うるせえ、静かにしろ、まったくやかましい女だな、などなどの台詞を連発して、一恵を驚かせてばかりいた。
 グラブダブドリブの仲間といっしょにいるときなどは、乱暴さがはなはだしくなるのだが、態度を百八十度転回させることもたやすくやってのける。
 そうすべき相手には慇懃にでもできるし、慇懃に無礼がつくふるまいも得意で、花穂は日本で悠介とつきあっていた一年の間、たびたび意外さに打たれて当惑した。
 花穂がドイツ支社に転勤になり、ボンで暮らしはじめて二年ほどになる。ロンドンでライヴを行うと聞き、グラブダブドリブのスケジュールに合わせて休みをもらい、今回のロンドンツアーでは悠介と久し振りで長くいっしょにすごせた。
 身内ばかりで行動しているようなものだから、悠介は自然に荒っぽい言葉遣いをし、仲間たちにも花穂にもまったく気を遣わない態度で接していた。そんな悠介が、このメッセンジャーの少女にはとても優雅な口をきく。英語だからというばかりではない。
「ミスタ・サイキはどうして、私たちがこのホールに来ているとご存じなんですか。そうか、受付でサインをしましたね。そのせいですか。ミスタ・サイキはそんなものにまでいちいち目を通しておられる?」
「私はよく知りませんけど、こちらのお店でお待ちしてますとおっしゃってました」
 少女は悠介にメモを手渡し、にっこりと会釈して立ち去った。
「知ってる店?」
「いや、行ったことはねえけど、場所の見当はつくよ。おまえが行きたいってんなら行こうぜ。待ちぼうけ食わせるのもなんだしな」
 ホールを出てタクシーに乗ると、花穂は言った。
「今、うちにCM企画の依頼が来てるのよ。ドイツワインは今までは白が主流だったでしょ。外国の人はみんなそう思ってるし、ドイツ人もそう思ってる人が多いの。でも、昨今は赤にも力を入れてるのよ。知ってる?」
「数年前からドイツの赤ワインがどうとかって話しは聞いてるな。だけど、日本の酒屋じゃドイツワインったらやっぱり白だぜ。グリーンか茶のボトル以外にも、最近はブルーのボトルをよく見るようになってるけど」
「ドイツのブルーボトルワインもおいしいけど、あれも白でしょ。私が言ってるのは赤なの。それでね……素敵なことを思いついちゃった」
 察しの早い悠介は、花穂の思いつきの意味に気づいたらしい。
「おまえはCMのこととなるとムキになるんだから」
「仕事なんだもの。悠介だってギターのことではムキになるじゃないの」
 花穂と悠介の出会いは、広告代理店勤務の花穂が、悠介に口紅のCMに出てほしいと依頼に訪れた日が最初だった。そもそもTV嫌いである彼は、CMには当然ながら出てくれなかったのだが。
「ミスタ・サイキ……黒髪に碧の瞳の超美形ヴァンパイヤの雰囲気ね。悠介は世界で一番綺麗な男だけど、斎城さんはまた全然ムードがちがうの。魔物のような美形だわ。悠介、知り合いなんだったら応援してよね」
「赤ワインのCMにヴァンパイアを使うとは、ステロタイプっつうのか……気色が悪いっつうのか」
「あれほど綺麗なヴァンパイアだったらいいんだってば。ところで悠介、あなたは斎城さんとどういう知り合い?」
「友達の友達……いや、友達の天敵かな」
「なに、それ?」
 曖昧な返事しかもらえないでいるうちに、タクシーは斎城澄人が指定した店の前にたどりついていた。
 会員制のバーかクラブか、その名も『ツェペシュ』、ワラキア公国の君主であるヴラド・ツェペシュの名なのはまぎれもないはずだ。串刺し公と異名をとるツェペシュは、吸血鬼ドラキュラのモデルであるとも名高い。
「悪いシャレだぜ」
 いかにも入りづらそうな、来る者を拒んでいるかのような重いドアを押す悠介の背中に、花穂は我知らず身を隠す形になった。
 若い男がにこやかにふたりを迎えた。斎城の名を出すと、足音も立てずに店内に案内してくれる。従業員もヴァンパイアの手先なんじゃないの。猫の化身だろうか。花穂はふと思ったが、わくわくもしていた。
「やあ、中根くん」
 バーテンダーと、あとは客がひとりだけ。カウンターにいるグレイのスーツ姿のヴァンパイアは、斎城澄人そのひとだった。
「ミズ・ミヤモト? はじめまして」
「はじめまして」
 日本人にハンガリーの血が四分の一のまざるクオーターだと、花穂は斎城について聞いていた。本拠地はロンドンに置いていて、日本でもイギリスでも高名なヴァイオリニストであり、指揮者でもある。
 悠介の美貌だけでも慣れているとは言いがたいのに、もうひとり、絶世の美形魔物との間にはさまれて、花穂はしばらくぼけーっとしていた。
「アンソニー・ピックスという男と友達だとかか? それであんた、今夜は彼のためにヴァイオリンを弾いた?」
「ご明察……しかし、そんなことはどっちでもいいんだ。中根くんに再会できて私は嬉しいよ。とにかく乾杯しよう。ミズ・ミヤモト? あなたはなにになさいますか」
 まっすぐに見つめられると、動悸がどうしても激しくなってしまう。悠介は笑って花穂の頬をつついた。
「なんて面してんだよ」
「私、どんな顔してる?」
「とてもとてもチャーミングですよ、ミズ・ミヤモト。中根くん、女性に向かってそういう下品な言葉を遣うのはよくないな」
「ツラってか?」
 悠介はまたまた、ヘッと鼻で嘲笑った。
「この店のカクテルは絶品なんですよ。オリジナルもいくつもある。今夜はあなたのドレスの色に合わせて、ミッドナイトテンプテーションなどいかがでしょうね」
「……おまかせします」
 なんて気障な奴、とも花穂は思うのだが、斎城には気障がまたとなくよく似合う。
「中根くん、きみは?」
「スコッチのオンザロック。氷の入ったオンザロックだぜ」
「氷を入れてこそオンザロックだろ。イギリスのバーはスコッチに氷を入れるのを嫌うと知っての台詞か。無粋な男だな……ま、いいが」
 斎城が頼んだのもこの店のオリジナルカクテルで、とびきり辛口のアルコール度数の高いものらしい。『ブラッディブラッド』、血まみれの血とは、ヴァンパイアにぴったりである。
 乾杯とグラスを上げる斎城に、悠介はいやそうに、花穂は戸惑いがちに和した。赤い酒……花穂は斎城のカクテルに興味をそそられた。
「ブラッディメアリだったらトマトジュースでしょ。でも、それはそうじゃないみたい。なにを使ってそんなに赤いの?」
「美女の血」
「がっくりするほどまぬけな返事をすんなよ」
「まぬけかな」
 悠介にバカにされて、斎城は傷ついたそぶりをしてみせた。
「斎城さんにだったら美女の血は似合うわ……ねえねえ、斎城さん」
「はい?」
 典雅に微笑んでグラスを運ぶ斎城の口中には、牙は見当たらなかった。
「私はドイツで広告代理店につとめてるんですけど、単刀直入にお願いします。赤ワインのCMに出て下さいません?」
「私がCMに?」
「出たことないんですか。日本では見た覚えはないけど、イギリスではどうなの」
「ありませんね」
「クラシックの音楽家はそんな俗っぽいことはしない? 私はもともと日本の広告代理店にいて、ボンへ転勤になったの。日本にいたころ、悠介にもCMに出てほしいって頼みにいって、すごくつめたく断られたのよ。斎城さんまで邪険に断らないでほしいな」
「中根くんはなんのCMに?」
「当ててみて」
 まじまじと見られて、悠介は煙草を取り出した。
「……そうだな。美しいものだね。日本人なんてものは、やはりどうも猿に近い容貌の持ち主が多い。中根くんには別のアジアの血が入って、それがなんとも効果的にあらわれた。欧亜混血には美貌が多いものだが……」
「あなたのように?」
 ふふっと笑ったのは、肯定しているらしい。
「女性にでもこれだけの美貌のひとはめったにいない。私は中根くんにはじめて会ったとき、実に驚いたものですよ。豪のあの理知的で男性的な雄々しい美貌もいいけれど、まるでタイプのちがうこんな美青年がいるんだなあと」
「ああ、斎城さんは豪さんの友達?」
「そうです」
 真柴豪、詩や曲も提供している仲のグラブダブドリブ全員の友人だ。しかし、悠介はタクシーの中で、友達の天敵だとか言っていたのではなかっただろうか。
「そんな中根くんのイメージに合うCMね。香水……」
「近いかな」
「化粧品? それも女性用のものだ。口紅」
「きゃ、当たってますよ」
 悠介は苦々しいの極致みたいな表情で、煙草をくゆらせている。
「真紅の口紅……よく似合いそうだな」
「そうでしょ? みんなもそう言ってくれるのよ。なのに悠介ったら、絶対にいやだって言うの。ま、それで私は悠介と恋人になれたんだから、断られてもかまわないような……まだ未練があるような……」
「しつこいんだよ、おまえは」
「悠介に言ってるわけじゃないもん。斎城さんにお願いしてるのよ」
 今度は斎城は花穂をじーっと見つめた。
「コンサートに来てくれた聴衆の芳名録を見るともなく見ていて、なつかしい名前を発見しました。ユウスケ・ナカネ。その前に女性の名があった。カホ・ミヤモト。同じ日本の女性だし、このひとはおそらく中根くんの特別な女性だろうと思ったんですよ。中根くんは女性に興味がないのかと噂されていたのは、あなたも知ってるでしょ、ミズ……」
「花穂と呼んで下さい」
「では、花穂さん」
 顔に似合わぬぶっきらぼうな悠介の声とちがって、斎城は甘く香しいほどの美声の持ち主だ。深みのある響きのいいテノールは、ヴァイオリニストではなく声楽家でもつとまりそうだった。
「そんな中根くんの……おそらく恋人。どのような女性かと思いましてね。あなたに興味があったからこそ来てもらったんですよ」
「がっかりしたでしょ」
「どうして?」
「美人じゃないもの。悠介の恋人だったら、ちょっとやそっとの美人じゃ似合わないほどでしょ。それがこういう普通の顔の女だから、みんなにびっくりされるんですよ。友達や妹はあからさまに、悠介みたいな美形の恋人があんたなの? なんて言うし」
 グラブダブドリブのメンバーたちでさえ、はじめて会ったときには内心でそう思っていたにちがいない。
「いや、あなたは美しい」
 さっきはたしかチャーミングだと言った。美人だとは言いにくい女にはそう褒めるのが社交辞令ではなかっただろうか。さらに落ちるとユニークだとなるはずだ。
「いいんですよ、自覚してるから」
「いいえ、あなたは素晴らしい美女ですよ」
「おまえなあ」
 今まで黙っていた悠介が、ちょっとドスのきいた声を出した。
「歯の浮くようなお世辞を使うんじゃねえよ。なんの魂胆があってそう言ってるんだ? 花穂は素晴らしい美女なんかじゃない。俺は中身のない美人なんか嫌いなんだよ。だからこそこいつに惚れたんだ。あんたなんかにゃ花穂の中身は見えないだろうけど、だからってつまんねえ褒め方すんな」
「よくもそんな失敬なことを言うもんだね」
「美人だ美人だとか、美形だとか美青年だとか、そんなことしか言わねえほうがよっぽど失礼だよ」
「美女と言われて気を悪くする女性はいないよ。きみももうちょっと女性に対する配慮ってものを知らないと」
「俺は俺だ。ほっといてくれ」
「恋人になら言われたいでしょ。あなたは美しいと」
 振られた花穂は、笑って答えた。
「悠介に美人だなんて言われたくない。それよりも、女なんてうるせえもんはおまえひとりで十分だ、のほうがずーっとくらっとするんですよ」
「なんとまあ……そういうことを言うわけですか、この男は」
「綺麗な女だから好きになった、なんて言われるより、おまえの中身がいいとか、表情がくるくる変わるのが楽しいとか、話しが合うから会話してても面白いとか、ガキみてえな駄々をこねるおまえも新鮮でいいとか……」
「花穂、もういいって」
 悠介が苦笑したので、花穂は咳払いをした。
「なんて言ってるけど、私もちょっと耳が痛いかな。悠介のこの綺麗な顔、大好きでたまらないんだもの。もちろん綺麗だからだけじゃないけど」
「どういうところが好きでたまらない?」
「精神的に強くて、ひねくれてて屈折してて、美形のくせにワイルドで……ルックスも粗野な男が態度まで粗暴だったりするのはいやだけど、悠介だったら荒っぽいのも素敵なの。優しくないしえらそうにしてるし……」
「悪いとこばっかりじゃねえか」
 そんなことないのよっ! と力説したいのだが、花穂にはうまく表現できない。悠介への恋心を語り出すと際限がなくなるのはわかっているので、花穂は舌を出した。
「複雑にねじくれまがってて好き、ってわけかな」
「そんな男のどこがいいのか、私にはわかりませんがね」
「私にだけわかってたらいいのよ」
 斎城は嘆息した。
「聡美さんといいあなたといい、やはりロッカーなんて人種が恋する女性は……」
「斎城さん、聡美さんに会ったのか」
 悠介に怪訝そうに見られ、斎城はごまかした。
「いや、噂に聞いただけだがね」
「脱線しちゃったけど、斎城さん、改めてお願いします。ロンドンで撮影しますから、CMに出て下さい!」
「日本ででもいいかな?」
「出て下さるの? それだったら日本ででもいいわ。ほんと?」
 うひゃあ……と悠介が変な声を出した。
「なによ?」
「いや……まさか承諾するとは夢にも思わなかった。斎城さん、本気か」
「本気でなかったら、OKなんてするわけがない」
「なんかたくらんでるだろ」
「なにも」
 澄まし顔の斎城と、猜疑心に満ちているような悠介とを、花穂は見比べた。
「なにをたくらむの?」
「だから、私はなにもたくらんではいませんよ」
「あんたが花穂の依頼を受けて日本に来る……豪がなんて言うかな」
「豪さんの意向を気にしないといけないの?」
「いや……俺はいいんだけどな」
 悠介は天井を睨んで、新しい煙草に火をつけた。またもや複雑な表情になっている。初老のバーテンダーはひとことも口をきかない。
「変ね……でも、いいじゃないの。斎城さん、私、とっても感激です。ボンに帰ったら企画書を出して、本腰を入れて取り組みますからね。社の人間が反対するわけもないし、きっとみんな大喜びしてくれるわ。最高のシチュエイションをつくらなくちゃ」
「私はどういう演技をするんですか」
「今のところは、ヴァンパイアかな……って」
「わかりました。役造りに励みましょう」
 吸血鬼の役造り? どうやるの? 花穂は悠介の表情を窺おうとしてみたが、こっちに顔を向けてくれない。
「相手役の女性もいるのかな」
「あなたに血を吸われる美女? そういうのもいいかもね」
「やめとけ。ほんとに吸われるぞ」
「悠介ったらなに言ってんのよ。ヴァンパイアってのは比喩だよ」
「比喩じゃなくなりそうな奴だからさ」
「中根くんもジョークがきつい」
「あんただったら美女よりも……いやいや、よけいなことは言わないでおくよ。花穂の仕事だもんな」
 美女よりもなに? 花穂は思いついたことを口にしてみた。
「美男とか?」
「花穂さんまで冗談がお上手ですね。ヴァンパイアが血を吸うのは美女に決まってる。男の血はまずいんだそうですよ。カーミラという女性の吸血鬼がいるでしょう。彼女もやはり女性の血を吸う。中根くんの血ならけっこう美味かもしれないが」
「おまえが言うとジョークに聞こえねえよ。俺よりも……」
 またもや言葉がとぎれた。俺よりもなに?
「豪さんの血?」
「あんなでかい男、血を吸ってやろうとしたら逆に殴り倒されますよ」
「それもそうね。悠介ってば、さっきからなにをむにゃむにゃとわけのわからないことばかり言ってるの? はっきり言えば?」
 はっきり言えねえからこそ、俺はこいつが……とまた、悠介は口を途中で閉ざしてしまった。
 豪さんみたいに男っぽいひとを、男のヴァンパイアが抱きすくめて血を吸っても絵になりにくいかもしれないけど、悠介だったら案外……花穂は想像してみた。
 モノクロの画面に浮かび上がるのは、白皙の美貌のヴァンパイアと、犠牲者の浅黒い裸身。獲物の青年のくちびるだけが真紅にいろどられている。目を閉じて苦痛と恍惚に耐えている青年の喉に、ヴァンパイアが牙を食い込ませる。
 青年を抱いたまま顔を上げたヴァンパイアが、口元を妖異にほころばせる。牙からしたたる血も、青年のくちびると同じ血の赤……
 これって口紅のCMにでも使えそうじゃない? もったいないなあ。いっそ悠介、ワインのCMに犠牲者の青年の役で出ない? 提案してみたいけれど、一蹴されるのは目に見えていた。
「花穂の仕事だと言ったら、豪も怒るわけにもいかねえだろうし……」
「悠介、なにぼやいてんの?」
「ひとりごとだ」
 斎城はただ妖艶な微笑を浮かべている。
 なんだかイマイチよくわからないけど、商談成立よね。花穂は満足して、失念していたグラスに口をつけた。ミッドナイトブルーのカクテルは、なぜかかすかに血の味がするような気がしたのだが、きっと花穂の錯覚だったのだろう。


 E N D






スポンサーサイト


  • 【6「ジョーカー」】へ
  • 【キャラへの質問(ジェイミー・パーソンです)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【6「ジョーカー」】へ
  • 【キャラへの質問(ジェイミー・パーソンです)】へ