novel

小説295(メランコリー)

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フォレストシンガーズストーリィ295

「メランコリー」

1・優衣

 一歳しか年がちがわないから、兄の戸川黎と妹のあたし、優衣は他人からはよく言われた。
「ふたご? 美少年と美少女のふたごって絵になるね」
 そうだよ、と答えたり、レイは兄貴だと言ったり、あたしが姉だと言ってみたり、あたしは気分次第で答え、レイは言っていた。
「僕はおまえの兄だ。でたらめばっかり言うな。僕を呼び捨てにするな」
 聞いてやらなかったから、レイはいつか諦めてしまったようだった。
 兄が高校一年、あたしが中学三年生のころ、レイはアマチュアロックバンドにはまった。美人の女の子が四人いるガールズバンドだというので、あたしも興味を持って「ジギー」を見にいった。
「ヴォーカルは男なんだ。へええ、歌、うまいじゃん。アキラっていうんだね。小さいけどかっこいいかも」
 ものすごく高い声で絶叫するアキラには、あたしも興味を持った。
 ふたごかと言われるだけあって、兄とあたしは体型も似ている。兄のほうがすこし背が高いとはいえ、ともに小柄で細くて、人ごみにまぎれてしまったら目立たなくなる。あたしのほうは兄の服装を覚えて目印にできるからともかく、ジギーのライヴに行く兄をつけていても、むこうはまったくあたしに気づかない。
 ジギーとなると無我夢中になるからか。レイはメンバーの女の子の誰かが好きなんだろうか。相手はロックバンドとはいってもアマチュアなのだから、ファンとつきあうってこともあるかもしれない。
 ギターがミミ、ベースがスー、キーボードはマリ、ドラムがローザ。レイの好きなタイプは誰? 考えてみると、レイは好きな女の子の話ってものを一切しない。ただの一度も兄の口から女の子の名前や噂は聞いたことがない。
 なのだから、レイの好きなタイプなんて知らない。ミミとローザはレイよりも大きいから、普通の感覚だったらマリかスーか。スーのほうが可愛いから、彼女かな。
 幾度かレイをつけていってジギーの演奏を聴き、レイに気取られないうちに逃げ出す。レイは見た目は繊細そうな美少年のくせして鈍感で、あたしがついてきていると推測もしていないのか、あるいは、それほどにジギーに熱中しているせいか、気づかれたことはなかった。
「……わかんないな。レイの横顔は熱に浮かされてるけどね」
 その程度しかわからない。
 うちの両親はふたりともに商社勤めのビジネスマンで忙しく、子供にはあまりかまわない。あたしには遅くならないうちに帰りなさいと言うけれど、はいはいと言っておけばいい。両親だって帰りは遅いのだから、早く帰ったって会うわけでもなし。
 終電までには帰りなさいね、がレイに対する母の言葉。差別だ。ママは知らないの? 男の子だってレイみたいな綺麗な子は危険なんだよ。
 なににしたって、口でちょっとは言うだけで、うちの両親はまるでうるさくないからありがたい。レイが遊び歩いていても、あたしもたまには学校をさぼっていても、特には怒られもしない。息子と娘を信じてるってわけ?
 こっちも不良になるつもりはないので、適当に遊びつつも適当に学校にも行っている。あたしは大学までエスカレーター式に行ける中学校に通っていて、たいして勉強はしなくても成績はいいので、受験勉強の必要もないのだった。
 レイが誰かに恋をしていたってかまわないけど、気になるから突き止めたい。
 ジギーが出演するライヴハウスは、「ロフォフォラ」がもっとも多い。今日はレイは来ていないようだからちょうどいい。あたしはライヴハウスの裏口に回っていった。
「あのぉ、えーと、あたし、スーの友達なんですけど」
 スタッフに言うと、彼はなぜだか赤くなった。
「あ、ああ、はい、ジギーのスーさんですね。えーとですね、スーさんの本名は?」
 え? そんなの知らない、と思ったけれど、適当に言った。
「スーはいつも言うんだよ。よその人にスーの本名を口外したら絶交だからねって。だから、あたしは知ってるけど言えないの」
「はい、わかりました。こちらにどうぞ。ああ、スーさんはあそこにいますよ」
 ほっそりしたうしろ姿が見える。スーは小さな部屋で背中を向けてなにかやっていた。
「ではごゆっくり」
 赤い顔をしたスタッフのお兄さんが出ていき、スーが振り返った。
「あんた……誰かに似てるね」
「ユイっていうの。スーのファンだよ」
「ありがと。えーとえーと、誰に似てるのかな。そだ、わかった。レイだ!!」
「レイを知ってるの?」
「レイはアキラのファンだって言って、アキラの回りをうろちょろしてるから知ってるよ。レイとユイか、ふたご?」
 素早く計算してみた。中三だなんて言ったら子供扱いされて、受験だろ、早く帰れと言われるかもしれない。ロッカーなんてものはそんな常識的なことは言わないのかもしれないが、高校生と中学生にはかなり差があるから、高校生だと年齢詐称しよう。
「うん、ふたご」
「そうなんだ。レイは兄弟がいるなんて言ってなかったけど、綺麗なふたごだね」
「ありがとう」
「あいつ、赤くなってたね。ユイが綺麗だからだよ。ファンだって言ったら通してくれた?」
 どうやって通してもらったのか話すと、スーはぷーっと吹き出した。
「そんなの知らずに言ったの? あたしの友達はあたしが本名を嫌ってるって知ってるし、さっきの奴、カンタっていうんだけど、あいつも知ってるから、あんたの答えは正しかったんだよ。ユイ、頭いいね、ってか、まぐれ?」
「まぐれ」
「まぐれでもいいよ。で、あたしになにか用?」
 ところで、なにやってたの? と言おうとしたら、スーは膝に乗せていたなにかを隠した。赤いシャツ? ボタンつけ? 針と糸も見えた。
「誰の? ボタンの側からすると男ものだよね。アキラの?」
「そこらにほっぽってあったから、拾ってみたらボタンが取れてたの。あたしは暇だったからつけてやってるんだよ。悪いか」
 女らしいんだね、と言うべきか、ロッカーのくせしてやってることがださいんだね、と言うべきか、どちらを言ってもスーが怒りそうなのでやめておいた。
「スーはレイとは友達?」
「友達ではないけど、レイは綺麗な顔をしてるし、うちは女の子のファンが多いから、あれだけ綺麗な顔の男の子は目立つんだよ。だからさ、レイっていう男のファンがいるとは知ってるの」
「レイがジギーの誰かとつきあってるなんてことは……」
「さあ……? あ、そうだ、もしかしたら」
「誰か思い当たる?」
「アキラかもよ」
 にやっとしたスーに、それはないんじゃない? と言おうとして思い出した。
「そうかもしれないね。レイって女には興味ないって言ってた。ほら、あたしがこれだけの美少女で、そんなあたしを見慣れてるから美少女なんて珍しくないってか、変な免疫ができちゃってありがたみがないってか、そのせいかとも思ってたんだけど、生まれつきの……」
「ゲイかもってね。あり得るね」
「スーはそう思う? アキラってゲイなの?」
「はっきりとは知らないけど……うん、そうかもしれないよ。あいつの場合は女にもてすぎて、女に飽きちゃっと美少年に走るってのはあるかもね」
 それにしてもさ、とスーが言いかけて、くすくす笑った。
「まあいいか。あんただったら言っても許せるよ」
「なんのこと?」
 なんのことなのかは教えてくれなかったけど、そっか、あたしの兄貴はゲイか。放っておいていいものか、やめさせたほうがいいものか。
 頭の中に疑問が渦巻き、スーにありがとうと言ってその部屋から出ていった。
 ゲイというのは生まれつきだとも言う。染色体がどうだとか、母親の胎内にいるときにどうにかなってとか、先天的なものだったらどうしようもない。後天的だとしたら、あたしはよくは知らないけど、やおい好きで同人誌漫画を描いている友達が言っていた。
「男がゲイになるってのは、その趣味のある男に襲われたからってのが多いような気がする」
 それが本当なのかどうかもあたしは知らないが、友達はあたしよりは詳しいのだから、当たっているかもしれない。レイは男に襲われたの? もしかしたらアキラに?
 そんなんでゲイにされてしまったのならば、アキラに仕返ししてやりたい。だけど、本当にそうなのかもわからないし、アキラのせいだとしても証拠はない。考えながら歩いてライヴハウスの裏口から出ようとすると、背の高いお姉さんと会った。
「可愛い子だね。誰かのファン?」
「あ、うん、アキラの」
「ジギーのアキラ? あんた、中学生か高校生だろ。サインをほしいってくらいだったらいいけど、あいつにはあまり近寄らないほうがいいよ。ドルフにしたほうがいいかもね」
「あの?」
「あたしはプシィキャッツのマナ」
 だいぶ前に夜遅く帰ってきたレイの口から、プシィキャッツという名前は聞いていた。ジギーと同じようなガールズバンドだ。
「アキラには会ったの?」
「会ってないけど、もういいの。スーに会わせてもらったから帰るの」
「帰るのはいいんだけど、今、あんたをひとりで外に出すとヤバイかも。ちょっと待ってよ」
 マナがあたしを引き止めていると、背の高い彼女よりももっと背の高い、外国人の男性が裏口から入ってきた。
「ドルフ、ちょうどいいところに来た。この子を安全な場所まで送っていってやって」
「ああ? あ、そっか。外には奴らがいたもんな。大丈夫だろうけど、念のためにボディガードしてくるよ。きみの名前は?」
「どうしてボディガード?」
 小さい声で、マナが言った。
「今夜はパンクバンドが二組出演するんだよね。ちょうど今、二組が来たばっかりで、外でなんとなく険悪なムードでいるわけ。あたしでさえからまれたんだから、あんたみたいな小さくて可愛い女の子は危険かもしれないんだよ。あいつらだってファンの女の子にやたらにちょっかいは出さないだろうけど、変なことを言われるだけでもいやだろ」
「うん」
「ドルフがいたら心配ないから、ついていってもらいなさい、ね」
「うん、ありがとう」
 やはりそう言われると怖くなったので、ドルフの背中にくっつくようにして外に出た。
「よぉ、ドルフ、なんだ、その子? 顔が見えないな」
「女の子だろ? それとも、ドルフのことだから、女の子みたいな男の子かな?」
「お嬢ちゃん、お坊ちゃん? 顔を見せて」
 こっちも大きな背中にくっついているから、あたしをからかっている奴らの顔は見えない。へらへら、れろれろって感じの男の声がいくつも、重なって聞こえていた。
「どけ。道を開けろ」
 低い声が静かに言い、男たちが黙る。あたしはドルフの背中にしがみつくようにして、「ロフォフォラ」の裏口から遠ざかった。
「ここまで来たら誰もいないよ。駅までは送ろうか」
「あ、あの、ありがとう。あたしはユイっていいます」
「俺たちのファンかな」
「んんと、ジギーとプシィキャッツのファンです」
「それはどうも」
 プシィキャッツは名前くらいしか知らないけど、守ってもらったのだから礼儀としてファンだと言っておいて、ドルフを見上げた。
 二メートル近くあるんじゃないだろうか。半袖のTシャツから出た二の腕はプロレスラーみたいにごつくて、胸も厚くて広そう。脚だってたくましくて長くて、あたしの身長分くらいありそうで、怖気づきそうに大きなひとだった。
「ドルフってなに人?」
「アメリカ人だよ。俺がギターだって知ってる?」
「ファンだもん。知ってる……ん? ちがう。レイが言ってたよ。ドルフはドラムでしょ」
 カマをかけられていると気がついて訂正すると、ドルフはやけに明るく笑った。
「ドルフはレイって知ってる?」
「さて?」
「あたしのふたごの兄なの」
「ふむ」
「……ジギーのアキラは知ってるんでしょ」
「知ってるよ」
 だからって、どう質問したらいいんだろ。でも、パンクバンドのメンバーであるらしいさっきの男たちの言葉からすると、ドルフって男の子が好き? 本物なのだったら、あたしの質問に答えてくれるだろうか。
「アキラってゲイだって、スーが言うんだよね。でね、レイはアキラを好きらしくて、つきあってるらしくて、それって……」
「アキラがゲイ? んなはずねえだろ」
「そうなの?」
「ちがうよ。絶対にちがう。きみには関係はないだろうが、言っとくけど、俺もゲイってわけではないよ。けど、男がゲイかどうかは、およそはわかるってもんだ。スーはいたずらっ気で言ったんだろ」
「なんだかわからなくなっちゃった」
 それからはドルフは黙って歩き、駅につくと、気をつけて帰れよ、とあたしの頭を撫でて行ってしまった。


2・黎

 アマチュアロックバンドのメンバーだったアキラと、彼のファンだった高校生の戸川黎。そうして知り合った僕らは、あのころとは名前の表記があべこべになった。ヴォーカルグループのメンバーとなってプロになった木村章。ロックバンドのギタリストになったレイ。
 「ジギー」が解散してからは避けていた章に会いたくなって、僕が彼のアパートを訪ねていって、喧嘩をしたり僕が彼をいじって怒らせたりして、十年前とはちがった友達になった。
 友達だと言うと章は怒るだろうし、フォレストシンガーズのリーダーである本橋さんにも怒られそうだ。本橋さんに言わせると、章は僕のギターの先生でもあり年長者でもあるのだから、敬意を持って接しねばならないのだそうだ。へええ。
「ソニンって女にもふられたの?」
 恋の話をしたいと望んでいるってのに、章は失恋の話ばっかりする。またふられたんだと言っていた章が、一息ついてから出した女の名前はソニック。電波と書いてそう読むのだそうで、自称がソニンなのだと章が吐き捨てた。
「ふられるってのは、こっちが惚れた女だろ。嫌いな女にふられるってのは成立しないだろ」
「そうなるかな。僕は女にふられた経験ってないから、わかんね。章にだったらふられたけどさ」
「男の俺が男のおまえをふるってのも、成立しないだろ」
「成立するよ」
 高校生だった僕がジギーに夢中になって追っかけをはじめた。最初のうちは親にばれても怒られない程度にほどほどにやっていたのに次第に熱がこもりすぎて、終電を逃して朝帰りするようになった僕を心配したのは、親よりは妹のユイだった。
「レイは誰かに襲われたなんてことはない?」
「不良にカツアゲされて金を盗られたとかか?」
「そうじゃなくて襲われたんだよ」
「襲われた……馬鹿、アホ」
 あのころの僕は、もしかしたら僕はアキラに恋をしているのかもしれないと思っていたから、ユイに言われて必要以上に腹を立てた。
 ユイはユイで兄貴がゲイなのではないかと心配していたようで、こんなに気にしてやってるのに、と怒って大喧嘩になって、しばらくは冷戦状態が続いていた。だけど、ジギーが解散してしまったら僕もユイも落ち着いた。
 短い間しか活動していなかったジギーが解散し、僕は他のバンドの追っかけをしようかと思った。思ったものの、そんなに夢中になれるバンドはなかったし、ちょっとは好きだったプシィキャッツも解散してしまったし、ってわけで自分でバンドを組むほうを選んだ。
 親には大学に行けと言われたけれど、とことん反抗して、高校を卒業したらロッカー兼フリーターとなり、大学を卒業するくらいの年頃にはプロにもなれた。
 妹は金持ちの娘や息子の行く大学を卒業して、親のコネによって商社ウーマンになっている。レイがロッカーだなんてかっこ悪いから、兄貴がいるとも言ってないんだよ、だそうだ。
 もちろん僕はアキラにも章にも襲われてはいない。殴られたり蹴飛ばされたりだったらあるが、僕も仕返ししたのだから、どういう意味であっても襲われてはいない。僕の生き甲斐だったジギーを勝手に解散して僕を傷つけたのも、遠い過去の話だ。
 なのだから、僕は章にはふられている。恋仲になんかならなくっても、男が男をふるってのは成立するのである。
「ミルキーにだったらふられたけど、あいつにはふられてよかったんだよ。レイはミルキーとは親しいのか?」
「親しくはないけど、大勢で酒を飲んだことだったらあるよ。ミルキーのもとの仲間、ミルキーウェイってバンドをやってた仲間のひとりが、僕らのレコーディングに加わってくれたりもしたから」
「そのバンドの誰かが、ヤクをやってたって話、あるだろ」
「あるみたいだけど、そいつは当事者じゃないよ」
「そんならいいんだろうけど、ってか、俺には無関係だけど、最近に俺が会った変な女の中でも、ミルキーとソニンは一、二を争うよ。ってのか、ソニンとミルキーを同列にはしたくないな」
「顔の差?」
「それってあるよな」
 たしかに、顔の差で女を差別するのはありがち、ありがちではなくて当然だろう。ソニンってそんなにひどいルックスなのか。会ってみたくなってきた。


 会いたいと念じれば会えるもので、はじめに会ったのはミルキーだった。
「久し振りだね、レイ、元気だった?」
 絵に描いたようにアンニュイな女。華奢を通り越すほどに細くて小さくて、骨も細そうで肌は透き通って見える。現実感の薄い、存在感も希薄な美人だ。
 メジャーデビューは僕らの「レイラ」のほうが早かったが、僕はバンドとしての「ミルキーウェイ」を知っていた。アマチュア時代のレイラのドラマーがミルキーを好きになり、口説いて寝てもらって恋人になったつもりでいたら、ミルキーは他の男とも寝ていてもめごとになったという、生臭いエピソードもあった。
「ミルキーは近頃は男のほうはどうなの?」
 「フライドバタフライ」という店で会ったミルキーは、僕の隣に腰かけて気だるいため息をついた。
「近頃ではざっと……」
 桜田忠弘、徳永渉、金子将一、泉沢達巳、大城ジュン、KCイッコウと並べ立てた名前は、有名人ばかりだ。おいおい、ほんとかよ。
 俳優の大城、イッコウ。歌手の徳永、金子。両方の桜田。ギタリストの泉沢。僕も全員の名前と顔を知っている。二、三人とはともに仕事もしたし、飲んだこともある。僕が親しいと言っていい泉沢さんやら大城ジュンやらはプレイボーイだから、ありそうな話ではあった。
「そんなにいっぱいの男と寝て、妊娠したら誰の子供だかわからなくなりそうだね」
「妊娠なんてへまはしないよ」
「ミルキーって排卵してなさそう」
「それってどういう意味?」
「褒めてるんだよ」
 けっ、とか言って、ミルキーがフロアに唾を吐く。きったねぇな、とは思ったのだが、お世辞を言ってやった。
「ミルキーほど美人だと、下品な仕草もかっこいいかも」
 そのとき、店に入ってきた下半身の太い女の子も、なぜだかフロアに唾を吐いた。彼女はひとりきりで入ってきていて、これ見よがしに彼女の足元を掃除している店員の女の子を軽く蹴飛ばした。
「客の邪魔をすんなよな。どけよ」
「申し訳ございません。満席ですので」
 あれ? あの子……もしかしてこの間、章が言っていた女だろうか。丸顔で腕はぽっちゃり、そのくせ、胸はない。ウェストとヒップが同じくらいのサイズに見える。脚は太くて短い。なのにユニセックスなファッションをしたり、革のショートパンツでロッカーっぽく装いたがる。
 昔から章は似非ロッカーが大嫌いだった。楽器も弾けない、歌もうたえない奴らはおとなしくファンをやってろ、俺らのファッションだけ真似るな、と言って怒っていた。
 その章の言っていた、ソニンの外見そのまんまだ。会いたいと念じればその人物に会えるという超能力を持っているのだから、彼女はソニンにまちがいない。僕は彼女に手を振った。
「ここにおいでよ」
「ちょっと、レイ、知り合い?」
「うん、知り合い」
 不満そうな顔をするミルキーにはかまわず、ソニンにちがいない女が空いているむかいの席にすわった。
「きみ、ソニンでしょ?」
「そうだよ。僕ってまたたく間に人気者になっちゃうんだよね。キミは……んと、誰だっけ? ごめんね。僕は日本全国で有名なんだろうけど、一度や二度会っただけでは人の顔も名前も覚えられないんだよね」
「記憶力わるっ」
 言ったミルキーは完全黙殺して、ソニンが僕を見つめた。
「僕はレイ。少年時代には木村章に寵愛されてたんだ」
「寵愛って……BLカップル?」
「そうそう」
「そうなんだ。やっぱ章にはゲイのケもあるんじゃん」
「ソニンは最近では、誰と寝た? 先にミルキー、もう一度言ってよ」
 寝た女の数を自慢したがる男はいるのだから、女にだってそんなのがいてもおかしくもない。ミルキーは特に感情もこめずに先ほどの六人の名を繰り返し、競うかのようにソニンも言った。 
「僕はフォレストシンガーズの五人と、真行寺哲司と田野倉ケイと、小笠原英彦と。あんたたちの知ってる男ったらそんなもんかな。ミルキーとはかぶってないね」
「あたしの名前を軽々しく呼ぶな」
「僕はレイと喋ってるんだもん」
 ミルキーのこの目つきはけっこうおっかないのに、怯みもしないとは、ソニンの鉄面皮ぶりはたいしたものだ。
「僕は女は嫌いなんだよ」
「ソニンってどこに住んでるの?」
「日本のほうぼう」
「どこの生まれ?」
「関東だよ」
「関東ったって広いじゃん、どこよ?」
 こういう奴を相手にしていると、感情希薄症であるはずのミルキーがかっかしてくるらしい。問い返したミルキーを無視しているソニンに言ってやった。
「ソニンちゃんは日本人には見えないところがあるよね」
「フランス人に見える? イタリアの美少年とか?」
「地球の人種じゃないみたいだ。ほら、ここからだと夜空の一画が見えるだろ。あのあたりの星で生まれた銀河のプリンセスなんじゃないの?」
「レイって素敵な魂を持ってるね。言い当てられたのははじめてだよ」
「当たってた? 僕も嬉しいよ」
「だけど、僕はプリンセスじゃないから、女じゃないからね」
 無視されて苛々してきたのか、ミルキーが言った。
「あんたは女じゃないか、ちょこっとだけど胸だってふくらんでるよ」
「レイにも僕は女に見える?」
「魂に触れさせてもらっていい?」
 ん、とこっくりするソニンの乳房に触れてみた。ふくらみは貧弱で、さわっていても気持ちよくもなかった。
「僕は実は女じゃないから、排卵してないんだよ」
「それ、レイがさっき言ったね」
「オリジナルは僕さ。レイがぱくったの」
 聞いていたのだろう。このくらいだったらぱくってもいいよ、と僕は鷹揚に微笑んだ。
 そうしているとまたひとり、女が店内に入ってくる。彼女には会いたくない。彼女は僕をちらっと一瞥して、待ち合わせでもしていたのか、別のグループの席に近づいていった。


3・優衣

 芸能人も来る店なんだよ、ってことで、同僚たちが興味を示して予約を入れた店、「フライドバタフライ」。いささか遅れて到着したら、芸能人と呼べる人種の姿もあり、私の同僚たちも集まっていた。
 普通の商社勤務である同僚たちは、あれは誰、これは誰、と鵜の目鷹の目になっていて、飲むのも食べるのもお留守になっている。私が加わって一応は改めて乾杯してから、空腹だったので料理を摂取していると、隣席の田畑くんが言った。
「あの髪の長い、背の高い、女ふたりと飲んでる男、見覚えはあるんだけどな」
「そう? 私は知らないな」
「ロックやってる男かな」
「かもね」
「連れの女、ひとりは歌手だよ。ミルキーウェイだ」
「ふーん、そうなんだ」
 あれは私の兄、黎だ。
 子供のころのように、レイと私はふたごだとか、私がレイの姉だとかは言わなくなった。面倒なので、嘘をついても支障のない相手には、私はひとりっ子だと言ってある。芸能人には興味津々になる同僚なんかには、半端ロッカーのレイの話はしたくない。
 したがって、人事や上役は私の家族構成を知っていても、年の近い同僚たちは知らない場合もある。たいていの者とは私的な話はしないのだし、今夜だってレイが兄だなんて言ったら、紹介しろのなんのと言われる可能性もあるから、知らんぷりをしていた。
 それでも耳はむこうのテーブルの会話を拾いたがる。背中はレイに向いていて、食べるのが忙しくても耳は暇だから、キャッチしてしまうのだった。
「ここになにがあるか、見える?」
 下半身の太い派手な服装の若い女が言い、ミルキーウェイも言った。
「贅肉だったら見えるよ」
「レイに訊いてるんだよ。ここ、ここってなに?」
「肩甲骨は翼の名残り。ソニン、立ってみて」
「こう?」
「しっぽの名残りも見えるよ」
「でけえケツ」
 そう言ったのはミルキーウェイで、ソニンは言った。
「レイったら、そんなに僕を口説きたいの? 僕はさ、ついさっき……と寝てきたばっかりだから、ちょっと疲れちゃってるんだよね」
「うわ、すげえ大物だね」
 ……と寝てきた、の名前は聞こえなかったが、レイがわざとらしく大仰に感嘆してみせた。
「そんなのは大きな声で言わないほうがいいよ」
「小さい声で言ってるでしょ」
「真柴豪って、アホか」
 ソニンとレイの気配りを、ミルキーウェイが台無しにした。
「あれだけの大物のプロデューサーが、てめえみたいなドブスのちんちくりんを相手にするわけないだろ。誇大妄想かよ、てめえは」
 私だってミルキーウェイだったら知っている。新人といってもいいシンガーにしたらえらく売れていて、感情のこもらない歌をうたうのが素敵だと、私の周囲にもファンがいる。しかし、今のミルキーウェイの声には憤怒が込められていた。
「あたしは真柴豪だったら知ってるよ。今から豪さんのところに行こうよ。てめえが嘘ついてるって豪さんに証言してもらうから」
「真柴さんはとぼけるだろ」
 とりなすように言ったのはレイで、ソニンって女はただただミルキーウェイを無視していた。
 そうか、誇大妄想か。あたしはあの男ともこの男とも寝たっていうのは、ニンフォマニアの妄想としてはありふれているのかもしれない。私だったら真柴豪なんていう超有名プロデューサーの名前は出さないのに。そこまで言ったら誰も本気にしないってば。
 放っておこうと思うのに、会話の内容が内容だけに気になる。同僚たちも周囲の誰彼に気をそらしていて話しかけてこないので、私はレイたちご一行に集中していた。
「あんたがさっき並べた名前も、嘘だろ」
「ソニンちゃんって女に見えるだろうけど、中身は男みたいなもんなのね。だけど、女は嫌いなんだよ。だから寝るのは男だけ。女に口説かれても無視すんの。今も横でソニンを口説こうとしてる女がいるけど、気持ち悪いよね」
「誰がてめえを口説くんだ、男でも女でも、あんたなんか口説かないよ」
「だからさ、僕は男とはボーイズラヴカップルになるわけさ」
「なるわけさ、ってどこの方言だ」
 このふたりの会話はシュールな漫才みたいだ。ソニンはレイに話しかけ、ミルキーウェイはソニンにケチをつけ、レイは相槌を打っている。私の耳がいっそう吸い寄せられていった。
「田野倉ケイっておじさん、レイは知ってるだろ」
「編曲家だよね」
「本物のボーイズラヴカップルの、哲司ってのは?」
「本物って言うってことは、てめえはニセモノだろ」
 うるさいとも黙れとも言わずに、ソニンはレイにだけ言った。
「哲司も知ってる?」
「哲司ってどんな奴?」
「レイほど背は高くないけど、魂の輝きは似てるかも。寝てみないと男はわからないって言うじゃん。そうやって寝てみたフォレストシンガーズの男たちってのは、意外につまんなかったんだよ。だけど、哲司は味もよかったし、奉仕も上手だったね。僕のテクニックに酔ってたよ」
 あはは、とソニンの笑い声、ミルキーウェイの舌打ちも聞こえ、さっと見ると、レイはうつむいていた。笑いをこらえているのだろうか。
「ボーイズラヴの愛好者だけあって、哲司は綺麗な子だよ。本当に綺麗なのって男だよね。女はいやらしい。生々しいしさ」
「それはあんたが女だからこそ、思うことだよ」
 低くミルキーウェイが言い、レイも同意した。
「そうかもしれないね。僕は女の子も大好きだもの」
「ねえ、レイ、キミの魂の深いところも見たいな」
 さっと視線を戻し、私はフライドオニオンを口に放り込んだ。レイが顔を上げたからだ。
「僕はソニンを女としてだったら抱いてあげてもいいよ」
「抱かれるっていやだ。僕がキミを抱きたい」
「僕にはこれがある。キミにはないでしょ」
「ハートとテクニックで……」
 こら、レイ、あからさまに言うな。そんなところを自分で示すな。私には見えないけれど、レイがなにをしているのかはわかっていた。
「僕は抱いた女には辛辣な批評をするよ。自信があるんだったら行こうよ」
「自信はあるさ」
「そんならついでおいで」
「ついてくるのはキミだろ」
 どうしても見たくなって目をやると、レイのつめたいまなざしにぶつかった。
「ねえ、ソニン、やめたほうがいいよ。傷つくのはあんただから。ねえねえ、レイ、あたしはどうなの? あたしと寝る?」
「僕は女性を容貌で差別したくないんだ。ここは僕につけておいてくれていいから、ふたりとも好きに飲んで食ったらいいよ。失礼」
 立ち上がって歩み去りざま、レイは私に妙な微笑をぶつけていった。
「ごめん、おなかが痛くなってきたから帰るわ」
 あいつを追いかけていったとは邪推されない程度の時間を置いて、私も立ち上がった。
「あれぇ、戸川さん、帰っちゃうの?」
「ごめん、急激に食べ過ぎた」
「大丈夫、送っていこうか?」
「平気平気。割り勘、やっといてね。明日には払うから」
 同僚たちに弁解しながら歩き出し、レイが消えてしまったテーブルを見た。
「レイってもしかして、一番きついかもね。ソニン、意味わかった?」
「照れなくてもいいのにね。そしたら僕は、中根悠介に口説かれにいってやろうかな。あいつも僕に惚れてるのはミエミエなんだよ」
「てめえ、中根悠介に会ったことがあんのかっ!!」
 押し殺した怒りの声を上げるミルキーウェイに、ソニンがなんと応じたのかは聞こえなかった。
「レイ、ケータイに出るって珍しいね」
 店から出てからレイに電話をすると、とぼけた声が聞こえてきた。
「ユイ、どこにいるの?」
「知らないんだったらいいんだよ。レイこそ、どこにいるの?」
 そう遠くへは行っていないはずだけど、と見渡すと、レイが小さなビルの外で手を振っていた。
「ミルキーウェイが言ってたよ。あの女もあんたに惚れてるの?」
「どうだろうね。まあ、そんなのどうでもいいんだけど、おまえも寝た男の数を自慢したがる口?」
「やーね、はしたない。私は処女よ」
「ああ、さようでございましたね」
 笑みをかわし合って歩き出す。すれちがう人たちが私たちを見て、目を丸くしたりもする。綺麗なカップルだね、と囁く声も聞こえていた。
「あんたなんかに惚れると、女は不幸になりそうだな。このごろは女は?」
「僕は童貞だよ」
「そうか、そうでございましたね」
 高校を卒業したレイは独立してしまい、私も二十五歳を記念してひとり暮らしになった。なのだから、最近は会うこともめったにない。こうして連れ立って歩くなんて何年ぶりだろうか。
「僕んち来る?」
「あんたはまさか、妹には手を出さないよね」
「僕はユニコーンを呼べる美少年なんだから、女のひとは怖いんだよ」
「ユニコーンを呼べるのは私じゃないの?」
 知らない人たちと何度も何度もすれちがう。いい女だね、いい男だね、って声が聞こえ、レイが小さな声で歌った。

「緑のインクで 手紙を書けば
 それはさよならの 合図になると
 誰かが言ってた

 女は愚かで かわいくて
 恋に全てを 賭けられるのに
 秋だというのに 恋も出来ない
 メランコリー メランコリー

 それでも 乃木坂あたりでは
 私は いい女なんだってね
 腕から時計を はずすように
 男とさよなら 出来るんだって
 淋しい 淋しいもんだね」

 こんな歌は知らないけど、私にだってそんな経験はある。レイにもあるのだろうから、今夜は兄と妹で恋について語り合おうか。危険なムードはないかわりに、メランコリー気分の中で、ふたりで朝まですごしたら、「レイラのレイの部屋から、早朝に出ていく美女発見」なんて激写されたりしてね。
 そこまでの有名人なのかどうか、見上げたレイの横顔は、本当にいい男だ。中身は冷酷なのかどうか、それも私はよく知らないから、今夜は見定めてやろう。

END 
 
 

 
 
 
 
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