リクエスト小説

「ペットショップガール」

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ねこ

「私を飼って?」ロングバージョン

ショートストーリィとして「私を飼って」シリーズを三つ書きました。そのうちのNO.3「私を飼って?」を長めにして、藍さんのリクエストにお応えしたつもりのものです。

http://ameblo.jp/ryougaesyoukagaya/

空白藍(くうはく・らん)さんのブログ「blanc bleu」です。


詩は空白藍さん作。いつもありがとうございます。



「ペットショップガール」

1・美登里

 卒業してから半年たって、ようやく長期に働けそうなアルバイトが見つかった。お店で一緒に働く滝川さんは、私は自分の名前が嫌いだから、滝川さんって呼んでよね、と言った。
「美登里ちゃんは高卒フリーター? 今年の春に卒業したの? そしたら私と同い年だね」
「滝川さんもフリーターですか」
「私は大学生なんだ。桔梗女子大の一年生」
「頭、いいんですね」
「頭がいいよりは、顔がいいほうが大事でしょ。私は現役桔梗女子大の学生タレントってのを目指してるのよ」
「タレント志望?」
 うん、と自信ありげにうなずく滝川さんには、同い年なんだし、勤務だって半年くらいの差なんだから、タメ口でいいよ、と言われて友達のような口をきくようになった。
 小さなペットショップだから、正社員はひとりだけ。彼のことはみんなが店長と呼んでいる。滝川さんが教えてくれた。
「彼、この店のオーナーさんなんだよ。かっこいいよね」
 他はアルバイトばっかりで、四人がシフトを組んでふたりずつの勤務が多い。あとは中年主婦と定年後のおじさんがアルバイトしているのだから、滝川さんとしか仲良くできなかったのもある。
 それからは滝川さんと同じシフトになると、暇な時間にはお喋りをした。というよりも、滝川さんのお喋りを聞かされることが多かった。
「ねえねえ、美登里ちゃん、「お昼休みに笑いまショー」の公開録画、当たったよ。一緒に見にいこうよ」
「あ、ああ、そうなの?」
「行くでしょ」
「うん、まあ、行ってもいいよ」
「それでね、あの中にコーナーがあるでしょ」
「私はあまりバラエティ番組って見ないから……」
「知らないの? すごい人気なんだよ」
「あれだよね。なんとなくは知ってるけどね」
 「お昼休みに笑いまショー」に「あなたの職場のアイドル」というコーナーがあるのは知っている。滝川さんが言うのならばそれだろうと思ったら当たっていた。
「自薦でもいいっていうけど、自分で言うなんてかっこ悪いじゃん。美登里ちゃんが推薦してよ」
「うん、いいよ」
 仕方がないので滝川さんの言う通りにし、公開録画を見るよりもそのオーディションみたいのにつきあわされただけで、結局は滝川さんは落選して機嫌が悪くなり、散々な休日となった。
 アルバイトをはじめて半年、二十歳になったのを記念して、ブログをはじめたのは滝川さんには内緒にしていた。だけど、それから数日は滝川さんは機嫌が悪くて、お喋りもしてくれない。つんけんばっかりされるので私も気分が悪くなってくる。
 高校時代の友達とは疎遠になっていて、私には友達がいない。滝川さんは同い年で、お喋りをしていれば楽しくなくもない相手なのだから、おべんちゃらを書いてあげた。
「この間の公開録画のときのこと、ブログに書いたの」
 次の日の休憩時間に言うと、滝川さんは意外そうな顔をした。
「美登里ちゃんってブログやってるの? なにを書いてるの?」
「普通の日常生活だよ」
「なんていうブログ?」
「MIDORIいろの毎日」
「私のこと、書いたの? へええ、そしたら読むね」
 あんな女の子とでも友達でいたいのは、うちに帰ってもひとりだからだ。私はひとりっ子で、子供のころから友達が少なかった。その上に、両親ともに田舎に帰ってしまったから、最近になってひとり暮らしになってしまっている。
「お母さんのところもお父さんのところも、おじいちゃんもおばあちゃんも具合がよくないのよ。急にこんなことになっちゃって、放っておけないのよね。お父さんとお母さんは相談して、田舎に帰ることにしたの。美登里も一緒に行く?」
「せっかくアルバイトも見つかったんだし……田舎で暮らしたくないな」
「そりゃそうよね。そしたら、ここにひとりで住む?」
 両親の故郷は同じ静岡県で、幼馴染だったのだそうだから両方の実家が近くにある。父は早期退職できるとのことで、ひとり娘の私を心配しながらも、父の実家で暮らすと決めて引っ越していった。
 お母さんもお父さんもいないってのびのびするわ、と思ってはいたものの、やっぱり寂しい。滝川さんのご機嫌取りに、あんな美人を合格させないなんて、「お昼休みに笑いまショー」の選考って変だよね、などと書いたのは、友達をなくしたくなかったからだ。
 友達……友達はもちろんほしいけど、彼氏もほしいなぁ。彼氏? 好きなひと? 好きなひとなんて……いなくもないけどね。頭に浮かんだひとの面影を綴って、「詩」というカテゴリを新たに作ってブログにアップした。


「愛おしげな眼差しは

 白いふわふわの毛に注がれて

 預かりものだからと

 目を細める


 コーヒーをいれる私に

 雑誌を広げるあなた

 遮るように膝に飛び乗る彼女


 邪魔しないでくれよ

 とろける声に

 彼女の甘え声

 長い前髪
 とがったあご
 ひざの上の私を
 鼓動だけにするまなざし


「私も飼ってほしいな」

 つぶやきに

「そうそう、友達が飼ってくれていたら

 寂しいときだけ、こうして」


 柔らかな毛の上ですべる手

 私はあなたに飼って欲しいのに・・・」


ブログをやっていると滝川さんに話して、滝川さんのご機嫌を取るためにおべんちゃら文章を書いて、滝川さんにはそのあとに会ったときに言われた。
「美登里ちゃん、高卒フリーターにしたら文章うまいじゃない。また私のことを書いたときには教えて。読んであげるから」
 滝川さんのことを書いているときにしか読む気はないんだな、そしたら「詩」なんか読むはずはないよね。滝川さんが読まないのはありがたい。読まれたらなにを言われるかわからない。素人のブログなんかは誰も読まないからこそ、あんな詩を書いた。
 友達も少ないから、私のブログは本当にアクセスが少ない。コメントなんてひとつもない。両親にはむろん言わないし、滝川さんだってじきに忘れてしまっただろう。だからあれは私の自己満足。
 男のひととはつきあったこともない私は、高校生までは片想い経験しかない。こっちが勝手に好きだと思った男性は何人もいて、バイト先の店長もそのひとりだった。
 島本耕司、私よりは七つ、八つ年上だろうか。背が高くてほっそりしていて、前髪を長めにしたヘアスタイルが似合う。トリマーの資格も持っている店長は、長毛の犬や猫のカットをしてから、膝に抱いていとおしむようにブラッシングする。
 小さな店なので子犬や子猫を売るよりも、ペットグッズの販売が主だ。時々は犬や猫を預かってほしいとの依頼もあるから、ペットホテルのようなこともやっている。店長が犬や猫を抱いたり可愛がったりしているのを見ると、私はいつもぽーっとなって、妙な妄想のとりこになってしまう。
 そんな気持ちを詩にしてみて、恥ずかしいから消そうかな、でも、誰も読まないんだからいいかな、とも思ってそのまんまにしてあった。
 なのに。
「この間、滝川さんとブログの話し、してただろ」
 どうした気まぐれだか、店長がお店を閉めたあとで私を食事に連れていってくれた。すこしお酒を飲んだからもあって打ち解けて話して、店の外に出てから、店長が言い出した。
「聞こえちゃって、興味があったから読ませてもらったよ」
「けっこうたくさん書いてたでしょ。どれを読んだんですか」
「詩とかさ」
「詩はひとつだけ……やだ、あんなの読んだの?」
 自分の顔が赤くなるのを感じて、どうしていいやらわからないでいると、店長が小さな声で囁いた。
「きみはああいう趣味があるの?」
「趣味って?」
「飼われたいとかってさ」
「やだっ!!」
 頬がかっかかっかと燃えてくる。私は焦って弁解した。
「あれは比喩っていうのか、私も猫みたいに店長に可愛がられたいなって思っただけで……えっちな意味じゃありません」
「そうなんだ。俺に可愛がられたいとは思ってるんだ」
 あ、言っちゃった。
「え……あ、やだ。嘘だし……」
「いいや、嘘だなんて言わせないよ」
「えと、店長を好きになったのは本当ですけど、えっちなのは……そんな……私、エムじゃないし」
「わかったよ。変なことはしないから」
 お酒のせいだよ。酔ってるせいだよ。私はえっちなことなんて望んでないし、エムなんかじゃないし……だけど、可愛がられたいとか好きだとか言っちゃった。恥ずかしくて泣き出しそうになったら、肩を抱き寄せられた。
「あ、駄目」
「キスも?」
「まだ駄目」
「まだ、だな。じゃあ、俺んちに来る?」
「駄目」
「まだ、だよな。今はまだ。だけどそのうちに」
 若く見えるけど、店長は三十一歳なのだそうだ。私よりは十一歳も年上で独身で、けっこうかっこいいんだから、女慣れしてるのかな。私みたいなださい女の子では彼には似合わない? 
「美登里、俺の女になれ」
「……え?」
「アルバイトとしてもよく働いてくれるから惜しいんだけど、俺の女になったら一緒に働くのはまずいだろ。俺の知り合いのペットショップで、バイトを探してるところがあるんだ。紹介するからそっちに移れ」
「そんな……」
「一緒にいられないのは寂しいか? だからさ、そしたら俺んちで……」
 飼って……と言いかけた彼の口を、私は手でふさいだ。
「そんなんじゃないったら。そんなのはいや」
「だったら、俺を飼ってくれるか?」
「そういうのってもっといや」
「もっと? ほお」
「なによなによなによ……」
「泣くな。冗談だよ」
 人影のないところで軽く抱きしめられて、
「別々の店で働いてたっていつでも会えるさ。今夜は送っていっておとなしく帰るから、いずれは、な? 美登里、返事は?」
 こう言われたらうなずくしかなかった。


2・耕司

 名前はもちろん知っている。滝川虹輝だ。面接での第一の俺の質問は、この字はなんと読むの? だった。「にっきー」だと応えられて絶句しそうになって、いや、いい名前だねと笑っておいた。
 本人もこんな名前は恥ずかしいらしいので、職場ではみんなして滝川さんと呼んでいる。その滝川が俺に尋ねた。
「美登里ちゃんはどうしてやめちゃったんですか」
「自己都合だって言うんだから、突っ込んだ質問はしてないよ」
「ほんとかなぁ」
 なにか勘ぐってでもいるのか。滝川は俺をじっとり見つめた。
「気になるから、私、美登里ちゃんのブログを隅から隅まで読んだの。店長も読みました?」
「美登里ちゃんがブログをやってるとも知らなかったよ」
「読んでみて」
「女の子のブログには興味ないから、悪いけど」
 とすると、滝川はあの「詩」も読んだのか。若い女の子は敏感なものだから、美登里の詩と俺と、美登里の退職までも結びつけている? 滝川がそこまで考えているのならば、俺はそしらぬ顔をしていたほうがいいだろう。
 あの詩を滝川が読んでいないのならば、美登里に言って削除させたほうがいいかもしれない。だが、滝川が読んでいるのならば削除すると藪蛇だ。いずれにしても美登里を別のペットショップに移させたのは正解だった。
「新しいバイトは入れないんですか」
「考えてはいるけどね」
「……私も店長と食事に行きたいな」
「あ、ああ、そのうちには……」
「そのうち? 明日は定休日でしょ。私は暇なんですけど」
「そんなら明日にしましょうか」
「きゃっ、嬉しい」
 私も、と言ったということは、美登里ちゃんとは行ったくせに? なのか。美登里はブログには俺とのあれこれは一切書いていないが、滝川って女はねっとりと見えるので、ああなのかこうなのかと考えてしまう。俺の考えすぎならいいのだが。
 定休日には美登里も休ませてデートしようと楽しみにしていたのに、滝川と食事に行かなくてはならなくなってしまった。ランチと言いかけたら、夜のほうがいいな、と言われて、あなたの仰せのままに、となってしまう。美登里には内緒で、滝川と食事の約束をした。
 タレント志望だというだけあって、滝川は華やかな女の子だ。長身で目鼻立ちもくっきりしていて、センスもいい。滝川と較べれば美登里は控えめで清楚で、そのわりにはあんな詩を書いたりもして、そのギャップが俺の好みなのだった。
「……美登里ちゃんと店長はなんでもないんだよね」
 食事中にも探りを入れられて、冷や汗をかきながらごまかす。俺のごまかしは巧みだったようで、しまいには滝川は晴れやかな表情で言った。
「よかった。疑っちゃった」
「なんにもあるわけないでしょ」
「そうだったんだよね。じゃあさ……私がこんなに店長と美登里ちゃんのことを気にするって、意味はわかるでしょ? 島本さん……ううん、耕司さん、耕司?」
「そろそろ帰りましょうか。明日は仕事だ」
 むっとした顔になった滝川を促して、店から出る。俺はけっこうもてるようで、滝川が俺の店のアルバイトではなく、たった今、身も心も俺のものにしたいと願っている女がいないのならば遊んでやってもいいのだが。
 いや、俺のこの状況では遊ぶわけにはいかない。滝川は美人なのだから、俺がふったとしても痛手にもならないだろう。そう思って心を鬼にした。
「送っていかなくても大丈夫でしょ? また明日ね」
「はい」
 不満そうにうなずいた滝川に手を上げて、地下鉄の駅へと歩き出した。
 美人をひとりで帰らせても大丈夫なほどの時刻なのだから、美登里の家に行こうか。美登里とはあれからデートを重ねていて、彼女の事情も細かく聞いた。両親は双方の親、美登里から見れば祖父母に当たる人たちの介護のために故郷に引っ込んでいるとかで、美登里はひとり暮らしだ。
 まだ軽いキスしかさせてくれない美登里の家に突然訪ねていって強引に迫ったら、彼女のすべてを俺のものにできるだろうか。そんな想像は楽しくて、ぼけーっと考えているうちに地下鉄に乗り、俺の住まいの最寄の駅についてしまった。
 オーナーだとも言われているが、俺はペットショップの雇われ店長だ。田舎から出てきて東京の大学生になり、学生時代からペットショップでバイトしていて、本物のオーナーに認められて今の店をまかされた。
 いずれは金を貯めて出資もして、この店を俺のものにできる可能性もある。結婚だってしたくなくはないのだから、動物好きの女を本気の彼女にしたい。
「中途半端な時間だな。ま、帰るか」
 店が完全に休業する日は少なくて、店長の俺には休日はきわめて少ない。それでも、美登里とのデートはまたできるだろう。今夜は滝川の相手をするのに疲れた気分もあったので、マンションに帰って自分の部屋に入った。
 部屋に入ると低く音楽を流し、空気の入れ替えをしようと窓を開ける。窓の下には道路が見えて、女がふたり、いるのも見えた。
「美登里……? 滝川?」
 どうしてあのふたりが俺のマンションの外にいるんだ。音楽を止めるのも忘れて部屋から飛び出して、階段を駆け下りた。
「なんで美登里ちゃんがここにいるの? ここって店長の……でしょ?」
「あ、あ、そうだったの? 知らなかった」
「知らないわけないじゃない。白々しい」
「……ってか、滝川さんはどうしてここにいるの?」
 建物の陰に隠れ、息を殺してふたりの会話を聞いていた。
「今夜は私、店長とデートしたんだもの」
「デート?」
「そうだよ。誘われたの。告白もされちゃった」
「そ、そうだったんだ」
「私が店長に愛されてるって、美登里ちゃんも気づいてたんでしょ? さては、それでつらくなって店をやめちゃったんだね。やめてはみても美登里ちゃんも店長が好きで、想い切れずにうじうじしてた。だからこんな時間にこんなところに来て、店長の部屋を見上げてたの? それってストーカーだよ」
 滝川に決めつけられた美登里は、反論もせずにうつむいた。
「店長は私のものよ。諦めなさい」
「そんなのって……ちょっと変じゃない?」
 小さな声で美登里が言い、滝川が彼女に詰め寄った。
「どう変なの?」
「告白されたんだったら……滝川さんは今ごろは店長の部屋の中にいるんじゃないの?」
「店長は急かしたりしないから、そういうことはまだしないの」
「だとしても、滝川さんを送ってくれるんじゃないの?」
「店長は忙しいからって……うるさいね。店長にだって用事もあるんだし、そんなに遅い時間でもないんだからひとりで帰れるよねって、そう言われたから出てきたのよ。あんたになんか関係ないんだから、あんたも帰りな」
「そうだね」
 寂しそうな声を出す美登里に、滝川は激しい調子で言いつのった。
「店長は私が好きなんだから、あんたみたいなちびで地味な女を好きになるはずないじゃない。なんだか暗い詩なんか書いちゃって、惨めだと思わない? 読んでて気持ち悪いんだよ。駅へ行くんでしょ。こんなところにいつまでもいられると目障りなんだから、さっさとおいでよ」
「……」
 美登里は黙って、滝川のあとから歩き出す。ここで俺が口を出すと……という躊躇はあった。滝川と口論になると、アルバイトがもうひとり減ってしまう。躊躇はそれだけだ。それだけのために美登里を見捨てるわけにはいかない。
「来られるかどうかわからないって言うから、あまり期待しないでおこうと思ってたんだ。美登里、来てくれたんだな」
 歩き出したふたりの背中に声をかけると、滝川はびくんとし、美登里はおずおず振り向いた。
「美登里、おいで」
「あ、あの……」
「店長……」
「滝川さんとは明日ね。気をつけて帰って下さい」
 ことさらに他人行儀な口をきくと、滝川はうしろを向いたままでうなずいた。俺は美登里を手招きし、歩み寄ってきた彼女の手を引いてマンションへと連れていった。
「滝川が言ったことは嘘だってわかってたんだろ」
 部屋に入ると美登里をソファにすわらせ、俺は立ったままで問いかけた。
「滝川さんは店長を……」
「耕司さん、だろ」
「耕司さんを好きで……デートしたんでしょ?」
「デートじゃないよ。店長としてアルバイト従業員を慰労するために、一緒に食事にいった。それだけだ。疑ってるのか」
 すこしきつい調子で言うと、美登里はべそをかきそうな声を出した。
「だって……ここまで一緒に……」
「食事をすませて滝川とは別れたよ。俺はきみんちに行こうかと思ったんだけど、迷ってるうちに俺のマンションに帰ってきてしまった。滝川は俺のあとを尾行してたんだろうな。まったく気がつかなかった。帰ってきてから窓を開けたら、滝川ときみがいるのが見えたんだよ。美登里はどうしてあそこにいたんだ?」
「……えーっと……」
「そうそう。俺が呼んだんだったよな」
 呼んではいない。こんな時間に女の子を呼びつけたりはしない。そうするくらいだったら俺が行く。けれど、そういうことにしておいた。
「来てくれて嬉しいよ。滝川のおかげで……」
「おかげで……?」
「俺の望みがかないそうだ」
「あ……」
 俺もソファにかけて、美登里をやわらかく抱きしめる。出かける前にシャンプーしてきたのか、フルーティな香りのする美登里の髪に顔を埋めて、ソファに倒していった。
「……滝川さんは……」
「滝川のことは俺がどうにかするよ。美登里は気にしないでいいんだ。シャワーを浴びてきた? もう一度、俺と一緒に浴びる?」
 真っ赤になってぶるんぶるんと顔を振る仕草が、ノックアウトされそうに愛らしい。
 次の定休日にはデートしようね、と口約束をしていたのに、昨日は連絡もしなかった。今日もためらっていたから、電話もメールもしなかった。美登里もなんにも言ってこなかったのは、俺からの連絡を待っていたからか。
 連絡がないから気がかりになって、俺を訪ねてきて滝川に苛められた。美登里がエムなのだとしても、滝川に苛められるのは嬉しくないだろう。
「今夜は帰さない、離さない、眠らせない」
「あ……そんな……いや……え、あ……いやぁ……あ、あん、駄目」
 いやと言っても駄目と言っても、真っ赤な頬ととろけるまなざしが言葉を裏切っている。今夜は俺の望みをかなえ、きみの望みもかなえてあげよう。俺に抱かれてエロっぽく苛められるのは嬉しいんだろ? ちがうよっ、なんて言っても信じないから、存分に苛めてあげようね。


3・美登里

 約束を信じるなんて、うぶすぎる? 私は耕司さんの約束を信じていたの? 信じているような顔をしていても、そんな約束、本当は守ってほしくなかったのかもしれない。
 アルバイトをしているペットショップの店長さんに恋をして、彼を想ってブログに詩を書いた。彼の耳があるところで同僚の滝川さんにブログの話をしたのは、実は聞いてほしかったから。実はあの詩を読んでほしかったから。
 「私を飼って」だなんて、読みようによってはエロティックな味もする詩を読んだ店長さんを、耕司さんと呼ぶようになった。
「だけど、私はえっちなことは望んでませんから」
「わかったよ、約束する。おかしなことはしない」
 だからまだ、キスしかしていない。
 耕司さんは先日、この次の店の定休日にはデートしようと言っていた。私は耕司さんの命令で別のペットショップで働いているのだが、耕司さんのお店の定休日は覚えている。私も同じ日に休みをもらって楽しみにしていたのに。
 なんの連絡もないから気になって、耕司さんのマンションを偵察にきた。そしたら滝川さんに会い、苛められていたら耕司さんが出てきてくれた。滝川さんのことはつめたくあしらって、ふたりきりになると耕司さんは言った。
「今夜は帰さない、離さない、眠らせない」
「あ……そんな……いや……え、あ……いやぁ……あ、あん、駄目」
 いやも駄目も本音じゃなくて、私は耕司さんの部屋に連れられていって、ソファにすわらされて抱きすくめられていた。
「ほんとはどうして俺のマンションの外にいた?」
「えーと……たまたま通りかかったから」
「正直に言えよ。嘘をつくのは悪い子だぞ」
「えっと……ほんとです」
「ふーん」
 ふわふわした白いカーディガンを脱がされた。
「美登里と俺はどういう関係?」
「あの、つきあってる……のかな」
「確信を持ってないのか? 恋人同士だって言えないの? 俺を疑ってるな」
「そんな……」
「悪い子だ」
 カーディガンの下に着ていた淡いピンクのブラウスのボタンがはずされていく。私は耕司さんの手にしがみついた。
「駄目ですっ!!」
「彼氏に向かってそんな言葉遣いをするのも悪い子だろ」
「え……ええっ、あ、きゃ」
 手をどけられてしまって、ブラウスが脱がされていく。目を堅く閉じたら、ちかちか火花が散っていた。
「どうして……脱がせるの?」
「罰だよ」
「罰?」
「おまえが悪い子になるたびに罰を与える。服を一枚ずつ脱がせていくのからはじまって、裸にしちまったらそのあとは……」
「そのあとって……」
「さて、どうしようかな」
 突然、目尻のあたりにキスされた。
「涙がにじんでたよ。怖いのか?」
「だって……」
「俺はおまえの彼氏なんだろ? 彼氏に服を脱がされるのが泣くほど怖いのか。悪い子だな」
「きゃああ……」
 スカートが脱がされる。それから先も私の言葉にいちいち因縁をつけられて、最後の下着一枚にされてしまった。
 いやいや、きゃあきゃあ、いやーん、私が反応すると耕司さんは楽しそうに笑う。耕司さんっていじめっ子? 意地悪って叫んだら、彼氏に向かってその台詞は、って睨まれて、ついにたった一枚残っていた下着にも手がかかった。
「い、やっ!!」
「可愛いね。おまえの裸は最高だよ」
「あ……あ……」
 目の前がかすんでくる。いやらしく動くてのひらや指にも反応して、理性が砕けてしまいそう。っていうか、私に理性が残っているの?
「これで美登里は裸になったわけだな。じゃあ、シャワーを浴びようか」
「いやっ!! 駄目っ!!」
「まださからうのか。これ以上は脱がせられないから、別の罰だな」
「……いや」
 もう、いや、としか言えない。きゃっ、きゃっ、と小さく悲鳴を上げる以外はなんにもできない。耕司さんも服を脱いでいるのをぼーっと見つめていると、裸の身体を裸の耕司さんに抱き上げられて、バスルームに運んでいかれた。


 バスルームでのひとときで私は完全に理性をなくし、ベッドに運ばれてなにをされたのかをよく覚えていない。
 ううん、ほんとはすこしは覚えているけど、恥ずかしくて書けない。これは罰? こんなに甘い罰ってあるの? 耕司さんに抱かれて、私は彼をどんどんどんどん好きになる。ちょっぴり荒っぽい扱いをされるのまでが甘美だった。
「まったく、おまえは悪い子だな」
「あ……だって……」
「仕事はやめろ」
 生まれてはじめてのできごとが終わり、耕司さんの腕の中でぽわーんっとしていると、強く抱きしめられて言われた。
「仕事なんかしなくていい。ここから出るな」
「それって?」
「罰だって言ったろ。おまえはちっとも俺の言うことを聞かないで、いやだいやだばっかり言うし、彼氏である俺に向かって敬語で喋るし、その上に、風呂場でもベッドでも……」
「いけなかったの?」
 にやりとした耕司さんの腕に、ますます力が込められていった。
「あ、苦しい……」
「とにかく、おまえは悪い子なんだよ。言い出せばキリもないほどに悪いことばっかりしたんだから、しっかり罰を与えなくちゃな」
「あん……そんなの……ごめんなさい」
 涙が出てくる。「罰」という言葉が恐ろしくて、そのくせ、身体の芯がしびれてくるようで、とろけてくるようで。
「あの……あの……」
「どんな罰? って訊きたいんだろ。だから、仕事をやめろ。このまんまうちには帰らせない。ここに閉じ込めるって罰だよ」
「え……」
 目を見開いた私に、耕司さんはいっそう甘い声で言った。
「おまえをこの部屋に閉じ込めて、俺の好みで……」
 小声すぎて聞こえない耕司さんの言葉は、ちょうきょうって言った? 調教? 悲鳴を上げそうになったら、くちびるをくちびるでふさがれた。
「うるさい奴だな。黙れ」
「……ああん、そんなぁ……」
「嬉しそうな顔をして……ここだってこんなに……」
 大きな手が私の……駄目、恥ずかしくて言えない。そんな場所に忍び込んできて、淫らに動く。どんな動き方をしているのかも、私には恥ずかしくて言えない。耕司さんの手にそうされて、とろとろとろとろ蝋のように溶けていくのが、恥ずかしくてたまらなくて、恥ずかしいばかりじゃないのがまたまた恥ずかしくて。
「かんきん、するつもり?」
「そうさ、こんな字の、な」
 片腕が私の腰を抱き、片手が私の乳房をなぞる。どんな漢字なのかを、耕司さんの指が私の乳房に綴っている。目を閉じているとその文字が私の脳裏に浮かぶ。
 かん、きん、甘い……そう、「監禁」ではなくて「甘禁」。甘禁だったらされたいな。そうやって飼われて調教されるんだったら素敵かも。ああ、そうね、私は耕司さんに飼ってほしかったんだから、望みがかなったんだ。
 もうそうとしか考えられなくなって、私は耕司さんにぎゅーっと抱きつき、彼の背中に爪を立てた。


END

 



  


 

 
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~ Comment ~

いやいや (=^^ゞ ありがとうございます m(_ _)m

昨日も夫に
「今からでも遅くない、ちょっと私を束縛してみない?」
と聞くと
「お前みたいな自由奔放な人間をどう束縛すんねん?」
「愛の力で・・・」
「アホ」
という会話をしておりました・・・(^_^;)

それに比べて、あかねさんの小説の世界は・・
いやぁ良いですねぇ (* ̄。 ̄*)ウットリ

あかねさんの甘い甘い世界大好きです~☆.。.:*・°☆.LOVE~(^▽^(^▽^*)~LOVE.☆.。.:*・°☆

そうそう、マイミクさんのSM作家さんのブログを拝見すると、
『M』は自分のご主人様を選んで、それ以外の人にはとても冷たいそうです。(= ̄m ̄=) ̄m ̄=) ̄m ̄=)プププッ


乃梨香ちゃんへ

拍手コメントもありがとう。
早速来ていただいて、感謝しております。

「おまえみたいな自由奔放な人間をどうやって束縛すんねん?」と言ってくれる夫、私はそういうひとが理想的だなぁ。
乃梨香ちゃんは本当にお母さんにも、ご夫君にも、他の誰かにも束縛されたことがないのですか?
だとしたらうらやましいです。

でも、だからこそ憧れたりするのかな?
人はそういうものかもしれませんね。

マイミクのSM作家さんって、アメブロのほうでもアメンバーとかになってる方? その方だったら私もサイト、見せてもらいました。

ふむふむ、そうなのですね。
そうかもしれないなぁ。

滝川さん視点の続編を書きたいとも思っていますので、勉強になります。

こんな拙いストーリィを喜んでいただいて、とっても嬉しいです。
そう言ってもらえると元気にもなれるし、意欲も沸きます。いつもありがとうね~~❤

うおおおおうっ

すみません、何より、乃梨香さんと旦那さまの会話に萌えてしまいました~~~~(^^;

いや、あかねさん、これ、素晴らしいですね!
ひゃああああっ、なんだか、一人で悶えまくりました。アブナい、アブナい…(^^;

視点が変わるという手法、あかねさんはよくお使いになられますが、こういうのはものすごく効果ありますね、特に恋模様は。

滝川さんって、今時の女の子ですね。なんとなく、ああ、いそうだ~、と感じます。
でも、彼女の存在が良いスパイスです。
fateくんもメンドくさがらずにスパイスを使い分けないと、世界にメリハリが出ないのぅ、と感じ入った次第っす。

店長、なかなかやりますな。
そういう台詞を吐く人物とは思わなかったが、実は男性ってある程度そういうモンなのかもな、としみじみいたしました。
危険性のない男なんてつまらんしね。
そして、やはり追う方が興奮するんだろうな~~
ああ、すみません、いつでもどこでもヘンタイ発言連発のfateでした(--;

あ・・続きがあります うぷぷぷ( ̄m ̄)

すいません、コメント欄にお馬鹿な内輪ネタで・・・(^_^;)

上の束縛うんぬんの続き・・(fateさんのコメント欄から無断借用して)
私 「なんか、若い頃、『俺の色に染めてみせる・・・』って言われた人がいるらしいよ。
じゃそっちにする?」
夫 「お前みたいな真っ黒な人間どうやって染めんねん。」

と夫婦の会話が続くのでした・・・(= ̄m ̄=) ̄m ̄=) ̄m ̄=)プププッ


あかねさん、SM作家さんのサイトのどの部分をご覧になったんですか~?
ご本人に言ったら、
『どの部分か、聞いておいてください。』
とのことでした (^^)v


fateさんへ

ほんとにまことにいつもありがとうございます。
大きな手が私の……駄目、恥ずかしくて言えない。
なーんて部分を書いていると、書いている当方が恥ずかしくて恥ずかしくて、「恥ずかしくて書けない」というフレーズを書くのがこんなに恥ずかしいとは、初に知りました。

たしかにね、アブナサのある男はフィクションでだったらとーっても魅力的ですよね。
現実では安全な男がいいし、育児に協力する男性はえらいと思いますが、フィクションの世界では私は、徳永渉みたいに「俺の遺伝子? ぞっとするからガキはいらねえよ」とうそぶく男のほうが好きだったりします。

私も一部分は危ないのかもしれませんが、書くものはゆるーく、ぬるーくって、こんなのを楽しんでもらえると恐縮で、それでいて嬉しいです。
ありがとうございました。

乃梨香ちゃんへ

私は真紅の薔薇よ、誰の色にも染まらないわ、って言ってやったらどうでしょうか?
私だったら、辛苦のバラバラだったりするかもしれない。オヤジギャグ、失礼しました。

SM作家さんのサイトって、いろんな方の小説の紹介とか、ご自分の書かれた作品の紹介とか、されてましたよね。
そのあたりを読ませていただきました。
あの方とは乃梨香ちゃんはリアルで知り合いなのですか?

辛苦のバラバラ? (= ̄m ̄=) ̄m ̄=) ̄m ̄=)プププッ

えへへ
私の場合は、これも他人さまからの受け売りで、
「目指すは、大福女!
外は真っ白ほわほわ、中は真っ黒~!」
って返しました (= ̄m ̄=) ̄m ̄=) ̄m ̄=)プププッ

SM作家さんは、最近リアルお知り会いになっていただきました (^^)v
今は、時代小説の準備をしておられるとか、本物さんはおっしゃることが違いますね (∩_∩)(∪ ∪)(∩_∩)(∪∪)うんうん

乃梨香ちゃんへ

大福もちですか。
うむ、それもいいかも。

乃梨香ちゃんとfateさんのおかげで、滝川さん視点の続編も書けています。
近いうちにupしますねー。
ありがとうございました。
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