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小説289(インターミッション)

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フォレストシンガーズストーリィ289

「インターミッション」

1

 何組ものヴォーカルグループが一堂に会するライヴに出演させてもらえると決まってから、新しい知り合いが増えた。断続的に出演者が決定していっているので、このたびまた、ひと組のヴォーカルグループとの共演が決まったとは聞いていた。
「乾さん、こんにちは」
「こんにちはーっ」
「はじめましてっ」
 可愛い女の子たちだ。二十歳にはなっていないだろう。伸びやかな肢体をミニスカートやショートパンツの衣装に包んで、てんでにお喋りをしかけてくる。俺は三人の女の子を手で制して言った。
「あなたたちは俺を知ってくれているようだけど、俺はあなたたちを知らないよ。どなたでしょうか」
「あのね、あたしたちはっ……」
「あたしたちを知らないの?」
「がーっかり、知っててほしいよぉ」
「知らないなんて遅れてる」
 三人同時に口を開いて喋るので、俺は再び言った。
「俺は三十代の男なんだから、あなたたちよりは遅れてるんだよ。順番に喋ってね」
 はーい、と返事をしてから、彼女たちは自己紹介してくれた。
「リラでーす」
「ルルでーす」
「ロミでーす」
 ごめんね、区別がつきにくいよ、と考えつつも微笑んでみせると、ひとりが言った。
「あたしたち、エコール・ディ・フィーユっていうの」
「女子校だね」
「乾さん、知ってるの? フランス語ができるの?」
「単語をぽつぽつとだったら知ってるよ」
 数年前の夏休みにパリにひとり旅し、俺の両親にとってはもしかしたら爆弾になるのかもしれない女の子と再会した。彼女、多香子はフランスが好きでフランス語が堪能だから、俺に簡単な会話を教えてくれた。
「エコール・ディ・フィーユなんて言いにくいよね」
「だからさ、LDFなの」
「なんでエコールなのにLなんだろうね」
「……エコールって頭文字はLだからだろ」
「あ、そうだっけ」
 そうだっけ、そうだったね、と言い合って舌を出し合い、三人の女の子は華やかに賑やかに笑いさざめく。
 三人ともに背が高くて、ヒールを履いていると俺と身長に大差はない。脚も長い。日本人も成長がよくなったなぁ、だなどと、老人めいた感慨が浮かぶ。俺たちも若いころには……というのは禁句にしよう。三十代半ばはまだ若いのだ。
「きみたちもヴォーカルグループになるわけ?」
 ア・カペラライヴのリハーサル会場。俺は幾度か訪れているのでなじみになっているが、LDFの三人ははじめてだと言う。ざっと案内してやっている合間に、俺は彼女たちに質問した。
「三人ともソプラノだよね。三人で歌ってハモるんだろ」
「あたしたち、ダンス中心だし」
「声をデジタルにされちゃうから、ハモりってあんまりないんだよね」
「ユニゾンで歌うのかな」
「ユニゾンってなに?」
 そろって、そんな言葉は知らないという顔をする。俺は尋ねた。
「きみたちは先生についてレッスンはしないの?」
「ダンスが中心だもん」
「歌のうまいとか下手とかって関係ないみたい」
「レッスンはしなくもないけど、格好がついてたらいいって言われたよ」
 そんな奴らが今回のライヴに出るな。誰だ、こんなのを出演させるって決めたのは。
 五十代のベテラン、解散はしているものの時々再結成するダーティエンジェルスを筆頭に、ヴォーカルグループがメインとなって出演するライヴだ。フルーツパフェ、通称モモクリのようなデュオもいるし、女性ヴォーカルグループ、男女混声グループもいるが、見た目は地味な男のグループのほうが多い。LDFはそんなステージに花を添える意味で呼ばれたのか。
 華だったら、最近幸生と関わりのあった若い男ばかりの「玲瓏」で十分ではないかと思えるが、女性でないと足りないのだろうか。
 そんならまだしも、ベリーパイのほうがいいと思う。彼女たちにしても歌は上手ではないが、ダンス中心のユニットという意味ではLDFと似ていて、三人の女の子であるのも同じ。彼女たちは金子さんにレッスンをつけてもらい、きびしく接しられて三人で抱き合って泣いたと言っていた。
「金子さんは嫌い。見返してやるんだから」
 そう言っていたベリーパイのマルちゃんには、ヒデも会ったのだそうだ。ヒデは女性ばかりのジョイントライヴを聴きにいって、ベリーパイのサインをもらい、若い友達の日野創始にプレゼントしたのだと笑っていた。
 縁がなくもないし、根性だってあると思えるベリーパイを呼んでやればいいのに、彼女たちはヴォーカルグループではないと言うのならば、LDFだって同様なのに。
 そうは言っても、俺が不平を唱えてもはじまらない。雨後の竹の子みたいに萌え出てくる後続の歌手たちにお節介を焼くのも限度がある。「玲瓏」のメンバーのひとりは幸生となにやらありそうだし、かまってほしがるアイドルシンガーの瑛斗もいるのだから、LDFとは表面だけのつきあいでいい。
「乾さん、またもててる」
 その声のほうを見ると、章がポケットに手を突っ込んで俺を睨んでいた。
「もててるわけじゃないよ。案内してたんだ。あとはおまえに頼む」
「ええ? 俺が?」
「リラちゃん、ルルちゃん、ロミちゃん。あいつは知ってるでしょ? 今度は章にもて気分を味わわせてやって。歌をデジタル処理されるのが不満だっていう件も、あいつのほうが詳しいよ」
 木村さーん、こんにちはー、きゃあ、なんて、俺に向けたのとよく似た声を上げて駆け寄っていく少女たちを見て、章は機嫌のよくないような、その実、嬉しいかな、といったような表情になる。若い女の子たちはうるさいとも言えるが、おじさん予備軍の三十代男子としては、それでも可愛いな、といった気分にもなるものだ。


 男友達には蹴飛ばされ、女友達には非難を浴びそうだが、このところ俺は立て続けに若い女の子に好かれた。若い男の子にも好かれたし、男女ともに嫌われもしたのだが、女の子の数人には恋をされたのか。
 恋をされたのだとしても、こっちが恋愛感情を持てないのではどうしようもない。
 本名は有華、ペンネームはゆうこ。博多に行ってしまったと本橋に聞かされて以来、音沙汰はない。博多のラジオ局かテレビ局で台本や脚本を書いて元気に仕事をしているだろう。彼女は俺に……わかりづらい女だった。
 亜実、モデルの彼女は俺たちの大学の後輩の大河内元気とつきあっていると聞く。幸生は亜実ちゃんは乾さんが好きなんだと言うが、大ちゃんにおまかせしたい。
 奈々、彼女は高校生なのだから、恋愛感情だとしても幼いものだ。今どき高校生を軽視するとしっぺ返しされそうではあるが、子供扱いすると決めたら徹底的にやる。あの鈍感本橋でさえも、奈々はおまえを好きなんだろ、と言うのだから、そうなのではあろうが、叔父に対する感情に近いはずだ。
 多香子、フランスに留学中の大学生。彼女は複雑すぎて考えると頭痛がする。いずれは父と正面切って対決すべきかと考えてみても、踏ん切りはつかない。
 千鶴……可愛くて馬鹿な千鶴。できるものならば抱きしめて、俺の翼の下にくるみ込んで守ってやりたい。けれど、若すぎる彼女と恋をするのは罪だ。俺の中には千鶴に対する恋心はなくて、保護者、庇護者気分しかない。
 恋をしたら、その恋に彼女が応えてくれるならば結婚したいと決意している俺は、大物女優になりたいと願っている千鶴とは結婚はできない。兄としてでいいならいつだって受け入れるから、以前のように甘えにおいで。
 ミルキーウェイ、ミズキ、このふたりは俺を嫌っているのだから、この際は考えに入れないでおこう。そのほうが身のためだ。男もこの際は考えないでおこう。
 そして俺は恋をした。書道の先生のお孫さんの天音さん。離婚経験者である彼女は男ってものにかたくなになっているのか、わけは知らないものの、背の高い男は嫌いだとも言って、俺の告白を蹴飛ばした。
 乾さんぐらいの背丈ってちょうどいいわ、と女性に言われたことは幾度でもあるけれど、背が高いから嫌い、などと言われてふられたのははじめてだ。天音さんは小柄なほうだが、俺はさほどに高いわけでもないのに。
 小野寺宋風先生のお宅には不定期的に書道のお稽古に行く。小野寺家は二世帯住宅で、天音さんはご両親と三人で別棟で暮らしている。先生に稽古をつけてもらっていると天音さんが気になって気が散って、叱られたりもする。
「女のことを考えながら書いてるからです。書には心の乱れがあらわれるんですぞ」
「はっ、申し訳ありません」
「乾さん、天音は諦めなさい」
「いやです」
「そういう男がストーカーになるんじゃないんですか? いや、しかし、有名な歌手の乾さんが、名もない女のストーカーってのも変ですな」
 からかいまじりに先生には言われ、ミエちゃんにも言われた。
「ストーカーにだけはならないようにね」
 そんなものには絶対にならない。ストーカーになるぐらいだったらストレンジャーになるさ。
 ではあるのだが、ほとんど顔も見せてくれない天音さんが恋しくて、書道の日はどこかしら憂鬱にまでなる。
「乾くんって今までに百万回くらい女に恋されて、全部ふっちゃって、女を百万回泣かせたんだよね」
 若すぎる女性ではないのだったら、他にも俺に恋をしてくれたひとはいる。俺のほうからも恋をした場合もあるが、幸福な両想いはそうそう実現するものではないはずだ。
「天音さんが意識してるわけじゃないんだろうけど、その仕返しをされてるんだったりして」
 全部をふってなどいない。俺はふられてばっかりだ。だけど、意地悪なミエちゃんは信じてくれなくて、ふふっと笑っている。
 どうもこの恋は成就しないような気がして、またもや憂鬱になるのだった。
 

2

 メジャーデビューしてから十一年になるフォレストシンガーズは、仕事の面ではまずまずの成功をおさめたと言ってもいいはずだ。
 この世界、一度は成功したって転落も早い。華々しく大ブレイクして悲惨に墜落。そんな例もあるのだから、俺たちはまずまずをキープしているほうがいいような気もする。それでは望みが小さすぎる気もする。
 デビュー直後は、いずれは売れると信じていた。ラジオのヒットソングトップ200番組を聴いては、200位圏内に入ったぞ、今週は落ちてたよ、180位って快挙だよな、などと一喜一憂していた。
 いまだミリオンセラーやトップ10以内というヒット曲はないけれど、地味は地味なりに無名ではなくなってきた。仕事の面だけではなく、メンバー個人の環境も変わった。十八の年に知り合った本橋やミエちゃんとは、十八年もつきあっている計算になる。
 本橋真次郎、三十五歳。フォレストシンガーズのリーダー。腹が出てきたの髪が薄くなったのと俺が冷やかすと、一瞬ぎくっとする。
「腹……出てねえだろ? 昨夜は美江子とふたりでメシ食って、あいつの料理がうまかったから食いすぎたけど……うん、ちょっと出てるかな。走ってくるよ」
「髪は走ってもはえないだろ」
「髪は薄くなってねえよっ!!」
「そう? 男性ホルモンの多いシンちゃんは、気をつけたほうがいいよ」
 鏡に向かって髪の毛を検分している本橋を見ていると吹き出してしまった。
「嘘だよ。おまえはかっこいいさ」
「……まだだせえオヤジになる年じゃないもんな。しかし、おまえにかっこいいと言われると……」
 照れているのか怒っているのか、そんな顔をしていた本橋は結婚して、社会的にもどっしり落ち着いた大人の男になった。それでいて稚気も残っている。正義感は青臭いともいえるけれど、それでこそ本橋真次郎なのだから、そんなおまえだからこそ、俺たちはついていくのだから。
 客観的に見れば大人の男も魅力的ではあるが、主観だけで言えば俺にとってはミエちゃんがもっとも魅力的だ。
 恋愛感情はとうに振り切って、友人としての彼女を敬愛している。大人の女性として、俺たちのマネージャーとして、親友の妻でもあるミエちゃんはとてもとても美しく輝いている。本橋美江子、三十五歳。年の話はしないでよ、と言いながらもいつも笑っている。あの笑顔はフォレストシンガーズの太陽だ。
 二児の父になった本庄繁之、三十四歳は、本橋よりもさらにどっしり落ち着いた社会人であり、父であり夫でもある。シゲは一家の大黒柱という言葉が好きなようで、おのれがそうであるのを自信と矜持にしている。そんな彼が俺にはまぶしい。
「恭子のおかげなんですよね」
「おまえの努力のおかげもあるよ」
「いえ、俺がここまで来られたのは……いやだな、乾さん、言わなくてもわかってるでしょ」
「だから、おまえのおかげだよ。俺たちがここにいられるのは」
 いやいや、いえいえ、と言い合っていると、幸生が割り込んできた。
「ふたりしてなにを愛の囁きやってんの? シゲ、おまえのおかげで俺たちはここまで来られたんだ、俺はおまえの愛を支えにして歩いてこられたんだよ、って?」
「アホ」
 ひとことでシゲは切り捨て、幸生は懲りずに続けた。
「いいえ、乾さん、乾さんのおかげですよ。俺の……駄目。シゲさんには恭子さんがいるでしょ。乾さんはユキちゃんのものだもんね」
 三沢幸生、三十三歳。彼とて大人になった部分はあるのだが、一種人間離れしているというか、フェアリーのようだというか……幸生がフェアリーとは形容していて笑いたくなるのだが、まぎれもなくそんなところはある。
 もしかしたら幸生と俺は生涯独身なのかもしれないから、そうなったらふたりして老人ホームに入居しよう。ふたりで歌ったり芝居をしたりして、ホームのおばあさまたちにもてようぜ、な、幸生?
「乾さんを南の島に連れていってあげますよ」
 ある日、急にそんなことを言い出した章に首をかしげていたときも、幸生が言っていた。あれは章の「ごめんなさい」なのだと。
 木村章、三十三歳。フォレストシンガーズの独身三人組の一員だ。昔は彼は俺を嫌っていた。章は乾隆也が嫌いで、さればこそフォレストシンガーズにはいたくなくて脱退してしまうのではないかと、危ぶんでいた時期もある。
 他人に言われるほどでもないにせよ、俺は女の子にはもてるほうなのかもしれない。が、同性に嫌われるのは性格が悪いせいだ。俺この性格、どうにかならないか? と頭を抱えていたこともある。
 説教が好きで正論をふりかざし、本橋のストレートさとは種類のちがう正義感をもふりかざす。痛い奴、うざい奴、と言われていると感じていたのは、あながち被害妄想ではなかったはずだ。それでもそんな俺を、幸生やシゲは慕ってくれた。本橋だってけっ!! と言いつつも、認めてくれていた。
 章にだけは嫌われていたけれど、嫌われるのを怖がっていて後輩の指導ができるかと……そういうところが嫌われる所以なのだろうなぁと知ってはいても、性格は変わらなくて。
「乾さんはうるさいんだよ。黙ってて下さい」
 近頃の章は面と向かって俺にそう言うようになったから、根が浅くなったのかもしれないなと楽観するようにしている。
 そしてもうひとり、フォレストシンガーズがデビューしてから何年も何年も、俺たちの心に楔のように打ち込まれていた気がかり。小笠原英彦、三十四歳。シゲとは学生時代からの親友で、俺たちは全員、同じ大学の合唱部出身だ。
 アマチュアのまんまでいることに倦み、結婚して家庭を作るからと脱退したヒデは、アパートも引き払って行方知れずになってしまった。グループのメンバーチェンジはありふれたこととはいうものの、彼はシゲとは親友だったから、行方不明になってしまったからこそもあって気がかりだった。
 二十二歳で結婚し、二年後くらいには父親になったヒデは、二十代半ばごろには離婚して家を出て、数年間はさすらい暮らしをしていたという。断片的にしかその間の暮らしを口にしないヒデには、荒んだ時期もあったのだろう。
 三年ほど前に我々の後輩の酒巻國友が、神戸の酒場でヒデを見かけた。酒巻がヒデを説得し、彼の凍っていた心を溶かして、シゲと会えるように仕向けてくれた。
 それからは再び、学生時代と同じとまでは行かないにしたって、ヒデは仲間になっている。フォレストシンガーズのアルバムに曲を提供してもらい、ヒデのブログに我々を登場させてもらい、神戸在住のヒデとも時々は会っていた。
「シゲには訊く必要もないよな」
 特別な仲間は七人。美江子、章、幸生、ヒデ、シゲ、真次郎、隆也だ。今日は七人で真次郎と美江子のマンションで、酒を酌み交わしていた。
「シゲはあいかわらず恭子さんとラヴラヴで、可愛い息子もふたりもいて幸せだろ。本橋さんと美江子さんも仲睦まじくておよろしいことで」
 言ったヒデにミエちゃんがパンチを飛ばす真似をし、本橋は横を向いて咳をした。
「そっちの三人はいいけど、あとの三人は?」
「そう言ってるヒデさんは? 重大発表でもあるの?」
 幸生が尋ね、章とミエちゃんはにやにやしている。本橋は膝を乗り出した。
「ヒデには彼女はいるんだったか、シゲ?」
「いるみたいだって恭子は言うんですけど、俺にははっきりとはわかりません。ヒデ、彼女はいるのか?」
 ニブニブニブニブ~と言っているのは幸生で、本橋も言った。
「みんなは知ってるのか? 俺は美江子にも言われたよ。え? あんた、ヒデくんの彼女に気づいてないの? ヒデくんが来たら訊きなさいってさ」
「俺たちの知ってるひとなのか?」
 シゲも尋ね、幸生がけらけら笑っている。ミエちゃんと章も笑いたいのを我慢しているような顔をしていて、俺は黙ってウィスキーソーダを飲んでいた。
「乾、知ってんだろ? 誰だよ」
「本人が言えよ、ヒデ」
「いえ、まだ発表するほどでも……」
 っつうことはやっぱり、いるんだな、と鈍感の双璧がふたりしてうなずき合い、そのかたわれのシゲは言った。
「恭子に教えてもらおうかな」
「こらっ、やめろ」
 ケータイを取り出して奥方にメールをしようとしているシゲに、ヒデが飛びかかる。埃が立つっ!! 大の男がガキみたいに取っ組み合うな、と怒っている本橋も楽しそうだ。
「やらせておけばいいんじゃない? 私もあなたたちの取っ組み合いくらいじゃ動じなくなりましたわよ。それよりも、ヒデくんが言いかけたあとの三人の恋模様は?」
 そばに来たミエちゃんが酒を注いでくれた。
「あなたは俺の恋の話は知ってるでしょ」
「発端部は聞いたけど、あれからどうなったの?」
「俺はもてないってのが立証されたね」
「断られたんだとしても、もてないって証拠にはならないよ」
「昔から言ってるだろ。俺はもてなくてもいいから、ただひとりの女性を愛し、愛されたいんだよ」
「そんなひとが早く見つかるといいね」
 優美な仕草でサラダを取り分けてくれるひとは、学生時代からだと十数年の年齢を重ねて大人の女性になった。しっとりやわらかなアルトの声もまろやかさを加え、時は流れたのだと教えてくれる。
 十代、二十代のころには、貴重な異性の友人だと思っていた。一の親友は本橋とミエちゃんだと口にしては、ふたりともにいやがられていた。よくも恥ずかしくもなくそんな台詞を口にできるもんだぜ、おまえはそれでも男か、だとか。
 やめてよね。女同士だって大人になったらそんなことは言わないの。言わなくてもわかってるのが友達でしょ、だとか。
 俺だってあのころは心から、ミエちゃんも本橋と同じ一の親友だと信じていた。彼女は女性だというだけで、他は本橋と同じ大切な友達だと、自分の心を疑ってもみなかった。
 なのにいつしか、俺はミエちゃんを? だとしても……今さら「友達」という名のラインは踏み越えられないのだから、ミエちゃんとはずっと友達だと、信じていた事実が諦めに似た感情に変化していっていた。
 ほぼ同じ立場だったはずの本橋はそのラインを踏み越え、俺は越えられなかった。それだけの差でもないのだろうけれど、俺は今でもふたりともと親友だ。それが嬉しい。こんなにも魅力的な女性の親友がいて、別の魅力的な女性と恋ができるのだから。
 恋はまるっきり進展もしないけど、可能性はある。いつか天音さんをこの腕に抱く日は……来るかもしれないではないか。
 幸生と章は、ヒデさんがんばれ、シゲさん負けるな、などと言いながら飲んでいる。本橋は空いた皿をキッチンに下げ、ヒデとシゲはガキのように取っ組み合ってころがっている。若いころにはこうして取っ組み合っているのは幸生と章だったのだが、まあ、似たようなものだ。
「乾さん、お酌しましょうか」
 本橋が持ってきた日本酒の徳利を、幸生が俺に差し出した。
「ああ、ありがとう。おまえの恋はどうなんだ?」
「俺にはほんとになにもないんですよね。弥生さんを彼女の亭主から強奪するしかないかな」
「やってみろ」
「止めないの?」
「……章はどうなんだ? ヒデの彼女と章の意中の女性は友達だろ」
「やっぱ知ってるんですね」
 彼には本当に恋がないのかどうかは知らないが、話したくない様子ではあったので、幸生の注いでくれた日本酒を飲み干して、返杯した。
「お、これはどうもどうもです。先輩、恐れ入ります」
 わざとらしいのも幸生の特色だ。へこへこしている芝居をして、俺の注いだ酒をぐいっと飲んだ。
「弥生さんもややこしいんですよね。玲瓏もややこしいのかな。乾さん、あとは頼みますよ」
「俺にだって難題だけど、役に立てるようにがんばるよ。今夜のところは飲もう」
「はい。美江子さん、この酒、うまい。つまみもおいしい。ヒデさんもシゲさんもいつまでもやってると、酒もつまみもなくなっちまいますよーっ」
 高らかな幸生の声に、シゲが動きを止めた。
「ヒデ、ちょっと休憩しよう」
「逃げるのか? 体力ないな」
「体力はなくもないよ。俺は家では息子のお馬さんになってやったり、飛行機をしてやったりしてるし、恭子とランニングだってやってるんだから。しかし、息子とちがっておまえはでかいだろ。力だって強いだろ。休憩させろよ」
「見た目もシゲが一番のおっさんやもんな。休憩してもえいで、おっさんシゲ」
「同い年のおっさんに言われたくないんだよ」
 くすっと笑った幸生が言った。
「乾さんと本橋さんも、おまえには言われたくないんだよ、って言い合ってたでしょ。章と俺も言い合ってた。シゲさんにはそう言い合う相手がいなかったんですよね」
「……おまえ、そんなこと気がついてたのか」
 目を見開いたシゲが言い、幸生は子供のように笑った。
「はれ? 湿っぽくなっちゃった。じゃあ、シゲさんとヒデさんは休憩ね。みんなで歌いましょうか。俺たちのシングルって三曲目まではぜーんぜん売れなかったんですよね」
「四曲目も売れなかっただろ」
 章も言い、本橋も言った。
「初にベスト200……200だもんな、200は侘しいからベスト100……なんだったかな。ベスト100にはじめてチャートインした曲ってなんだったか」
「初にベスト10にチャートインする曲にしましょうよ」
 すわってビールを飲んでいたヒデが言い、本橋が聞き返した。
「それってまだなくないか?」
「俺の作曲したこの曲ですよ。本橋さん、ギターはありますか」
「あ、ああ、持ってくるよ」
 本橋が立っていってギターを持ってくる。ヒデがギターを抱え、いたずらな目をして言った。
「聴いて下さい、新曲ですよ」
「ヒデくん、自信満々だね。頼もしいわ」
 ミエちゃんが言い、ヒデが旋律をかなではじめる。
 明日になればまた走り出す、俺たちのつかの間の休息。気がかりがひとつ解決すれば別の気がかりが生まれてくる。それが人生ってものなのだろう。歌は仕事でもあり、生きる意味でもあり、楽しみでもある俺たちは、ヒデが書いてくれた新しい歌を歌いはじめられる瞬間を、気持ちを高ぶらせて待っていた。

END




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