お遊び篇

お遊び篇9・混合編4(Long, long dream)

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お遊び篇9・混合編4

「Long, long dream」


1・アキラ

 変身にゃんこは化け猫の里に帰っていき、幸生の家には普通の三毛猫が住むようになり、平和になったのだろう。うちの兄ちゃんたちの変身は継続しているが、俺はなるたけ関わらないようにして、表面は平和に生きている。
 春になり、幸生が俺の高校に入学してきて、俺は高校二年生になった。新入生歓迎のために歌と演奏をやるとなって、新二年生有志が春休みから練習していた。章もギターを弾かないかと誘われたのを断ったのは、夢が実現してはいやだからだ。
 ユキが夢の中で言っていたのは、一年生歓迎のためにギターを弾いていた章と知り合って、友達になった、だった。あの時点で夢の中ではユキもアキラも女の子だったようだが、現実では幸生も章も男。そんなふうに知り合わなくてもすでに友達になっている。
 なのに俺がギターを弾いて、夢の一部を本当のことにしてしまったら、いったいどうなる? 女の子のユキとアキラが現実世界に出現する? そんなはずはないだろうとは思うのだが、絶対にないとは言えない気がした。
 なにしろ幸生と章にとっては、この世界は現実離れした異様なものなのだ。うちの高校の生徒たちをそんなものに巻き込んでは気の毒ではないか。だから、よけいな真似はしないほうがいい。
 女の子になる夢はいまだ見ているが、夢は夢だと受け入れて、いちいち幸生にも確認はしなくなった。夢の中にはいつだってユキもアキラもいて、女の子の服を着てふたりで遊んでいる。ユキは身も心も女の子になり切っているようだが、俺の心は男だから、女の子のユキは可愛いとは思う。
 可愛いったってさ、こいつの真の姿は男なんだもんな。そんな奴と夢の世界でだって恋なんかはしたくない、とも思うのだ。
「放課後に三時間だけのアルバイトっていうのがあるんだよ」
 今日はユキはそう言った。
「アキラはお小遣いがほしいでしょ? やらない?」
「俺は小遣いはほしいけど、おまえはバイトの給料なんていらないだろ」
「ユキだってお小遣いはたくさんはもらってないもん。ほしいよ」
「そうなのか。なんのバイト?」
 いたずらっぽく声をひそめて言ったのは、メイドカフェ、だった。
「……メイド……」
「アルバイト募集に容姿を問題にすると違反らしいんだけど、メイドなんだから可愛い子がいるんだよね。容姿端麗美少女募集。アキラやユキだったら面接に一発合格するよ」
「かもしれないけど……」
「中学生はアルバイトはできないけど、高校生だったらいいんだよね。ユキ、アルバイトってやってみたかったんだ」
「おまえさ、生徒手帳の校則のページを読んでないのか」
「読んでないよ」
 うちの高校はアルバイト禁止だ。やってる奴はいるけれど、原則としてはなんらかの理由があって、保護者の同意がないとしてはいけない。俺はバイトなんて億劫なのもあり、校則に違反するのが不安なのもあってやらなかった。
「俺の兄ちゃんたちは細かくは言わないと思うけど、おまえの兄ちゃんたちは校則違反は駄目だって言うんじゃないのか」
 夢なのだから校則は気にしなくてもいいようなものだが、俺の夢ってやつはどこかで現実にまぎれ込んでくるのだから、気になる。しかも、悪さをすると兄ちゃんたちに怒られる、ってのもある。メイドカフェでのバイトは悪さに当たるのか? 将一さんや隆也さんだったら、高校生が風俗がかった店で働くとは、許さん、なのではないだろうか。
 俺は兄ちゃんに怒られてもたいしてどうってことはないが、ユキは兄ちゃんたちの意向を気にしている。お兄ちゃんに叱られる、お仕置きされる、がじきにユキの口から出てくるのだから。
 ユキにとっては兄ちゃんイコール親父。俺だって親父と一緒に暮らしていたとしたら、怒られるのは避けたいのだから、気持ちはわからなくもない。その上に、ユキの兄ちゃんたちはうちの両親以上に躾がきびしいのであるらしい。
 母はけっこうやかましかったが、息子三人ともなると、大きくなってきたら干渉しても埒が明かないと考えたのだろう。俺も東京に出ていってからは、まったくほったらかしにするようになった。父も母に右に倣えしている。
 弟の幸生であっても、妹のユキであっても、兄貴たちの躾は同じなのだろう。将一さんも隆也さんも荒っぽい兄貴ではないので、妹だって弟と同じに扱う。弟だったらつまみ上げて放り投げるくらいのことはするが、妹にはそこまではしないにせよ、きびしいのは同じだ。
 うちの兄貴たちは俺に躾をする必要はないのだし、されなくてよかったと思う。弟の俺を兄貴たちがきびしく躾けるとなったら、殴られてばっかになりそうだ。
 なのだから、夢ではあっても、特に将一さんは怖いと思う。女の子のアキラには優しい口調でものを言うユキの兄貴は、それでも怖い。叱られると怖い。これって人間性ってやつか。親父に怒られるよりも、将一さんに叱られるほうが怖い。
 女の子のアキラは殴らない兄貴たちにしても、とんでもない真似をしたとしたら、あいつらはやりかねない。その兄貴たち以上に怖い将一さんって、あいつ、本当にただの人間なのか? 精神的にはただの人間じゃねえだろ?
 ってーか、将一さんは精神的には兄ではなく、貫禄のある親父みたいだからか。だから怖いのか、と思っておくしかない。
 となると、メイドカフェなんかでバイトすると言い出せば、ユキはまちがいなく止められる。止められても聞かなかったら叱られる。叱られたらユキは泣くだろ? 俺はメイドルックを着られるとなるとそそられるんだけど、やろうやろう、とは言いにくい。
 そそられる、などという気持ちが俺にはうしろめたいので、よけいに言いにくい。でも、やってみたい。ジレンマだった。
 校則違反の風俗バイト。そんなものを将一さんが許すわけがないではないか。うちの兄貴たちだって駄目だと言うだろう。俺は兄貴に叱られても怖くはないが、殴られるかもしれないと思うとちっとは怖い。とすると、内緒でやるしかないのか。
「メイドってさ、ご主人さま、お帰りなさいませ、とかって言うんでしょ? アキラは言葉遣いが乱暴だから、面接ではねられちゃうかもしれないね」
「ユキ、その気か」
「うん。アキラはいやなの?」
「小遣い稼ぎって誘惑的だよな」
「でしょでしょ。やろうよぉ」
 実は俺には経験があるのだから、メイドぶりっ子なんか簡単さ、とは言えないが、ユキに乗せられた形になって、面接に行った。


 やっぱり俺、この格好ってしてみたかったんだ。アキラ、すっげえ似合うよ。ほんとに可愛いよ。前にやったときには男の章の女装だったけど、今回は女の子なんだから、ばっちり決まってる。最高だよ、アキラ。
 ダークブルーのメイドワンピースに真っ白なエプロン。髪にも白い飾りをつけて、黒のハイソックスのようなものを穿く。ミニワンピースとソックスの間には太腿の肌がちらちら見えて、かがむと下着までが覗きそうだ。
 てめえの下着ちらりなんてのを見てもつまらないはずだが、俺のハートは男だからなのか、女の子アキラのこのスタイルには悩殺されそうになる。俺ってやっぱ変態になりかけてる? メイドルック願望って変態なのか。
 変態になりつつある、と思うのも別の意味で頭くらくらなのだが、夢なのだからいいと割り切ろう。なんだかやけに長い夢だな、いつになったら醒めるんだろ、と考えたのも、そのうちにはどうでもよくなっていった。
「アキラ、可愛い」
「うん、ユキも可愛いよ。がんばって働いて稼いで、金を貯めて海外旅行でもしよっか」
「アキラ、もっと女の子らしく喋らなくちゃ」
「本番になったら大丈夫だよ」
 メイドカフェのユニフォームなのだから、ユキも俺と同じスタイルでいる。顔立ちはユキのほうが俺よりもやわらかいせいか、俺よりさらに似合っていた。
「そんでさ、兄ちゃんたちには内緒だろ」
「もちろん。ばれたらものすっごく叱られるよ」
「俺もかな。ユキ、そっちは大丈夫か?」
「部活だって言ってあるから、お兄ちゃんたちは疑ってないよ」
 部活の言い訳も俺と同じだ。俺も二年生になって音楽クラブに入ったと、兄貴たちに嘘をついた。うちの兄貴たちは頭はよくないので、クラブが四時から七時の活動をすると疑ってはいない。メイドカフェはギャラもいいほうだが、金よりも俺にはこの格好ができるのが楽しかった。
 メイドカフェの客はおたく男が多い。女の子も普通のサラリーマンも来るには来るが、じっとりねっとりドスケベ野郎の客が大勢いて、いやらしい視線は幾度も感じた。が、おたくは直接的行為にはあまり出ないようだし、変な真似をすれば店長がそいつを撃退してくれる。
 スカートの中を覗いたり、太腿に触れたり、手を握ろうとしたりした奴は、店長が凄みのある静かな声で追い払ってくれた。
 なんにもなければ店の奥にいる店長は、ごついおっさんだ。店員のボディガードが主な仕事なのだろう。外見は似てはいないが、このおっさん、将一さんみたいだな、と俺は感じていた。凄みの漂う声が出せるところが似ているのだろうか。
「アキラ、ちょっと」
 男の従業員は店長のみ、の店には、女の子の従業員は大勢いる。大半がバイトなのでシフトを組んで働いていて、俺が帰ったあとで働く女の子に、ミサって子がいた。
 短大生だと言う彼女は、色っぽいお姉さんだ。背は高めで胸が大きくて、近づいてこられると圧倒される。俺がミサにあとを託して帰ろうとしていると、呼び止められて店の裏手に連れていかれた。彼女は小声で言った。
「アキラって客に人気があるんだよね。こんな店でバイトしてる女の子って、女っぽいのが多いんだけど、あんたはちょっと男の子っぽいから、ゲイっ気のある男に人気があるんじゃないの?」
「だから、どうしたの?」
「バイトしない?」
「バイトはしてるけど……」
「もっと稼げるバイトだよ」
「なんのバイト?」
「とぼけなくてもいいじゃない。店長には秘密だよ」
「だから、なんのバイト?」
「客に人気のある子にだけ声をかけてるんだ。あんたと一緒に入ってきたユキなんかは、ガキっぽすぎるから駄目なんだよね。あんたも大人っぽくはないんだけど、その男の子っぽさがいいんだよ。アキラを……って頼んでくる客もいたの。だからさ、やりなよ」
「それって……」
 個人的に客のメイドをやれって? それともそれとも、もっとすげえことを? ウリまでやれってか? なんと応えるべきかと思っていると、ミサは含み笑いで続けた。
「やりたくなったらいつでも言ってね」
 そんな話をしているうちに、ユキは先に帰ってしまったようだ。あまり遅くなると兄貴たちに言い訳のしようがなくなるだろうから、先に帰るのは当然だ。俺も帰り支度をして店から出ていくと、また別の女に呼び止められた。
「俺、早く帰らないといけないんだよ」
「アキラのその俺口調がいいみたいね。あんた、えらくお客さんに人気があるみたいじゃん。指名だってよくあるんでしょ」
 この女もカフェのバイトか。俺は知らない女だったのだが、バイトの全員を知らないのだからしようがない。彼女は言った。
「あたしはカエって言うの。あんたがミサと話してたのを聞いてて、脈ありかなって思ったんだよ。ミサじゃなくてあたしのほうでバイトしない?」
「バイトってどこまでやるの?」
「ついてきたらわかるよ」
「ついてって……」
 車がすーっと寄ってきて、カエに中に引っ張り込まれてしまった。カエにケータイを取り上げられ、俺は困り果てた。
 さあ、どうしよう。俺はどこに連れていかれるんだ? 断ったとしても、逃がしてくれるのだろうか。アキラのピンチなのか。どうにもならないところまで追い詰められる前に、兄貴に頼るしかないのだろうか。
 運転しているのはヤクザにも見えるでかい男で、カエは車の中では不気味に沈黙していた。車が走っている間は兄貴を呼んでも出てこられないだろうから、俺も黙っていた。そして、車がどこかの駐車場に止まって外に出た瞬間、声を張り上げた。
「タケ兄ちゃーんっ!! シン兄ちゃーんっ!! 助けてーーーっ!!」
 兄貴たちは超高性能レーダーみたいな耳を持っているのだから、きっと聞きつけてくれる。そう信じて叫び続けている俺を、カエはぼけっと見ていたのだが、俺が何度も叫ぶと、運転手に合図した。俺はそいつに口をふさがれてしまい、あばれようとしても動けなくなってもがいていると、カエが空を指差した。
「なに、あれ? 変な虫……ええ?」
 赤と青の虫が飛んできて、建物と建物の隙間に入っていく。人前で変身してはまずいからなのだろう。しばらくしてから丈人と真次郎が出てきた。
 駆け寄ってきた丈人が、ものも言わずに男の脛を蹴飛ばす。男はうがっ、の一声を発して蹴り飛ばされ、はずみでころびそうになった俺は、真次郎に抱き止められた。カエは目をいっぱいに見開いて、俺の兄貴たちを凝視していた。
 兄貴たちはカエと俺を見比べ、丈人が尋ねた。
「アキラ、どういうことだ?」
「えっとね……えっと……」
「こいつら、ただの人間だろ?」
 真次郎も尋ね、俺は事情をざっと説明した。こうなれば嘘についてもバイトについても言うしかないので、告白しているうちには泣いていた。
「……そっか」
 泣きながらも説明し終えると、真次郎は顔をしかめて呟き、丈人が寄ってきて、さっきと同じにものも言わずに手を上げた。俺は蹴られはしなかったのだが、頬を平手で叩かれて、よろめきかけたのを真次郎が支えてくれて、静かに言った。
「馬鹿野郎。そんな真似をしたら女の子だって、ひっぱたかれて当たり前なんだよ。俺もひっぱたいてやりたいところだけど、兄貴にやられたんだからもういいよな。帰ろうか」
「この馬鹿娘。帰るぞ」
 丈人も言い、兄貴たちは両側から俺の手を引いた。
「兄ちゃん、俺のケータイ……あいつが……」
「あの女か。アキラのケータイ、返せよ」
 真次郎が差し出した手に、カエが無言で俺のケータイを乗せた。
 大男はどこかに飛んでいってしまったようで姿が見えず、カエはぼーっと兄貴たちを見ている。痛かったけど、兄ちゃんたち、かっこよかったかも、カエに惚れられたらどうする?
 軽口を叩く気にもなれず、俺は泣いていた。泣きすぎて目が霞んで歩けなくなってきて足がもつれたら、丈人が背負ってくれた。


2・ユキ

 これは夢なのだろうとは思うのだが、目が覚めない。アキラとふたりでメイドカフェのバイトをはじめてから数日たっても、目が覚めない。今日はアキラがバイトの先輩のお姉さんに呼び止められて話しをしていたので、ユキは先に帰ったのだが、なんの話しなのかと気になってたまらなかった。
 うちに帰ってからも気になってたまらなかったから、アキラのケータイに電話をしても出ない。どうも電源が切られている様子だ。ユキはアキラのマンションに行ってみた。
 お兄さんたちも留守のようで、チャイムを押しても応答がない。ユキはここで待つと決めて、家に電話をかけた。電話に出た将一兄に、部活で遅くなると告げてから、ユキはアキラたちの部屋の前に立って、ずっとずっと帰りを待っていた。
 夜になって、エレベータから丈人さんと真次郎さんが出てきた。アキラは? 丈人さんにおんぶされて、その背中に顔をくっつけている。なにかあったの? 声をかけられなくなってただ立っていると、丈人さんが言った。
「そんなバイトなんかするから、危険な目に遭うんだろ。ユキ、おまえは兄さんたちには内緒にしてるんだよな。ただちにそんなバイトはやめろ」
「アキラはどうしたの? なにがあったの?」
「俺がアキラのほっぺたをひっぱたいたもんだから、泣きすぎて声が出なくなってるんだよ。アキラは大丈夫だから、おまえも家に帰って兄さんたちに打ち明けて、叱ってもらえ」
「ええ? そんなの……怖いよ」
 だけど、兄さんが大丈夫だと言っているのだから、安心はした。
 アキラは丈人さんの背中にもたれて、ひっくひっくしている。まだ泣いているのだろうか。なにがあったのかは知らないけれど、危険な目に遭って兄さんたちに助けてもらって、叱られてぶたれたのか。ならば、おんなじことをしていたユキだって、お兄ちゃんたちに叱られないといけない。
 そうしないとユキは卑怯だもんね。だから、ユキも帰ってお兄ちゃんたちに打ち明けた。嘘もバイトもアキラもアキラの兄さんたちについても全部全部話すと、将一兄ちゃんにひょいっと抱き上げられて、お尻をひとつ叩かれた。
「きゃんっ!!」
「おまえだって叩かれないと、アキラに対してフェアじゃないと思ったんだろ。俺が顔を叩くのはいやだから尻にしたまでで、同じような罰は受けたんだよ」
「はい、ごめんなさい」
「もういいよ、とは言わない。部屋に入って反省していなさい。いいと言うまで出てくるな」
「はい」
 叩かれたのは泣くほどではなかったけれど、将一兄ちゃんのきびしい口調と声がおっかなくて、ユキも泣いた。部屋に入ってベッドにうつぶせて、泣きじゃくっていた。
 お兄ちゃんたちはふたりで話し合っていたのだろう。泣いているユキのそばには三毛猫のメイがやってきて、寄り添ってくれて喉を鳴らして甘えてくれた。メイを撫でていても、ユキの涙がどんどん出てくる。
 誘ったのはユキだよね。ユキは楽しいバイトだとしか思ってなかったけど、アキラは危険な目に遭ったの? そうして丈人さんにぶたれて、声が出なくなるほどに泣いてたの? ユキがぶたれたのはあの程度で、それでいいのかな。
 アキラを危険な目に遭わせたのが誰なのかは知らないけど、よその悪い奴でしょ? そんな目に遭うきっかけはあのバイトだから、だからアキラがいけないの? いけないからこそ兄ちゃんに叱られて、ほっぺをぶたれたのだってお仕置きなんだろうけど、アキラ、かわいそう。
 だけど、もっといけないのはユキだよね。アキラ、ごめんね。
 現実の幸生は小さいころにだったら、将一兄ちゃんにお尻を叩かれたこともある。叩かれるってことはそんなにはなかったけれど、あまりに聞き分けがなかったり、意地を張りすぎたりすると抱え上げられて、ぱちんと叩かれてから部屋に放り込まれた。
 頭をこつんなら最近もあるし、小さな子は痛みを与えて覚えさせるのが大切だ、と将一兄ちゃんは言ってたから、熱いものを触ろうとした手を叩かれた記憶もある。
 女の子ユキは現実じゃないにしても、高校生にもなってあんなふうに叩かれるなんて、恥ずかしい。痛いよりも恥ずかしい。恥ずかしい目に遭ったんだから、ちゃんと罰を受けたのかな。だとしても、アキラが受けた罰よりも軽いとしか思えなかった。
 そうして泣いていると、ケータイがメールの着信を知らせた。アキラからだった。
「おまえが気にしなくていいんだよ。痛かったけどさ、俺が悪いんだもん。おまえが悪いんじゃないよ。俺、やっぱ兄ちゃんたち、好きだよ」
 それだけのメール。アキラっていい子だな。僕もアキラが好きだよ。ユキも幸生もアキラが好き。アキラも章も好きだ。友達になれてよかった。
 その夜は部屋から出してもらえず、隆也兄ちゃんがおにぎりとお味噌汁を持ってきてくれて、ユキの頭を撫でてから、なんにも言わずに出ていった。トイレにだけは行かせてもらえたけれど、将一兄も隆也兄もなんにも言ってくれない。
 黙ったままの兄ちゃんたちってのも罰なんだろうな。ユキは悪い子だったんだから当たり前だ。諦めて眠って起きたら、ユキはまだ女の子だった。
「ユキ、起きたか。出ておいで」
 朝になって言ってくれたのは隆也兄で、朝ごはんができていた。
「将一兄ちゃんは?」
「仕事の打ち合わせがあるって、早くから出かけたよ。おまえは反省したんだな。もう泣かなくてもいいんだよ」
「だって……将一兄ちゃんに会いたいよ。ごめんなさいって言いたいの」
「近頃はお仕置きするって言ったって、口ばっかりだったもんな。ああして叩かれて、兄さんが嫌いになったんじゃないのか」
「大好き」
「そっか。そんならいいよ。それで十分だ」
「隆也兄ちゃんは怒ってないの?」
「将一兄さんだって怒ってないだろ。俺も怒ってはいないけど、嘘つきはほんとに悪い子だぞ」
「はい」
「よしよし、もういいよ。食え」
「はーい。ええ? 温野菜サラダ? ユキ、ブロッコリは嫌い」
「ユキ……」
「やんっ、怖い顔したらいやぁんっ。お兄ちゃまあ、いやいやーん」
 女の子ってこの手が使えるんだよね。隆也兄は怖い顔をやめてくれて、ユキは素直に朝ごはんを食べた。メイにもごはんをあげて、学校に行く支度をした。
「バイト先には俺から断りの電話を入れておくよ。給料が減ったとしても我慢しろよ」
「はーい」
 学校に行っても、アキラは二年生なので校舎が別々で会えない。夢でも学校生活は現実と変わりなく進んでいき、女の子でも男の子でも高校生はそんなにはちがわないのかな、と考えつつも、授業を終えて二年生の校舎に行った。
 章でもアキラでも服装もあまりちがわなくて、アキラはいつもパンツルックだ。メイドルックだと女の子らしいけど、私服だと男の子みたいなアキラが教室にいて、ユキを認めて出てきた。
「今回の夢は長いね。現実なのかな」
 そう言ってもアキラは反応せず、別の話題を出した。
「昨夜のメール、見たか」
「見たよ。ユキもちゃんとお兄ちゃんたちに言って、叩かれた」
「叩かれたのか?」
 恥ずかしいのでどこを叩かれたのかは言わず、アキラの顔を見た。うっすらと頬が赤い。それほどにひどく叩かれたのではないようだが、やっぱりかわいそうだと思ってしまったら、涙がぽろんと出た。
「叩かれるのって当然なんだよな。俺は平気だよ。おまえも気にすんなって」
「うん、忘れようね。忘れるためには目が覚めたらいいんだけど、この夢は醒めないの?」
「醒めないわけはないけど、ほんと、長いよな」
 この夢がスタートしたのっていつだった? ユキがアキラにメイドカフェでバイトしようと言ったところから、一度も目覚めていないのか。そんな気がしているだけか。
「ユキ、逃げよう」
「え? なんで?」
「あいつ、俺に告白したがってるんだよ。俺は男とつきあいたくねえんだ。逃げよう」
「あいつ?」
 顔を赤らめてアキラに近づいてきているのは、男の子だ。アキラは女の子なのだから、男の子に告白されるのは自然だろうに、ハートが男の子のまんまだからされたくないのか。
 では、ユキは? 幸生は女の子とだったらつきあいたいけど、ユキはどっちとつきあいたい? 今のところはどっちもいらないかな。アキラだけでいいよ。なにもかもの事情を知っているアキラとだけ、夢の世界では友達でいたかった。


3・アキラ

 まるで現実のような、女の子のアキラの生活にも慣れてきた。ユキとアキラが女の子であること以外は、日々にはあまり変化はない。兄ちゃんたちに叱られたのでバイトはやめてしまい、ユキとふたりして女子高生生活をエンジョイ? ということにしておこう。
 制服のない高校なので、俺は男のときとおんなじファッションで登校している。男の章も小柄だったせいか、昔のまんまの服が着られる。男っぽいファッションのほうが好きで、ワンピースなんか着たくはならない俺に、おまえはそれでいいんだぞ、と褒めてやっている。
 そんな服が似合うアキラが好きだっ!! とか言って告白したがる男が何人もいるのだけが、メンドクサイのだった。
「猫?」
 下校途中の道で、猫の声が聞こえた。俺は幸生と知り合うまでは猫になんか興味はなかったので、みゅう以外の猫はほとんど知らない。新しく幸生んちの猫になったメイだって、あまりよくは知らない。メイは普通すぎて面白くない。
 街中では猫の声は聞こえるけど、意識したこともなかった。なのだから、この声に特徴があるのかどうかは知らない。けれど、みゅうの声とはちがった感じだ。
 人間にすれば、みゅうの声は小学生女子みたい。今、聞こえているのはもっと年上のお姉さんの声か。みゅうを連れ戻しにきた猫女は年増女声だったから、あいつとみゅうの中間ぐらいの年頃、二十歳前後の女猫の声?
 なんだか色っぽい声だなぁ、と俺は思ってしまう。猫の声が色っぽくてもなんの意味もないけれど、気になったのであちこち見回してみた。
「うにゃおーん」
 長く緒を引く声を立てて、猫が俺の足元にすり寄ってきた。しなやかな体躯の黒猫だ。
「ああ、こんにちは」
 間抜けな挨拶はしたものの、どうしていいのかわからない。食いものでもほしいのかもしれないが、なんにも持ってない。緑がかったゴールドの瞳で見上げられると頭がくらっとして、俺は逃げ出した。
「ついてくんなよっ」
 そう言っても聞いてくれない。幸生の家に連れていこうかとも思ったのだが、あっちにはメイがいるのだから、もう一匹ってのは迷惑だろう。こいつが捨て猫なのかどうかもわからない。とにかく撒こうと俺は走る。が、人間には猫を撒くのは不可能だったらしい。
「……わーっ、ついてくんなっ!!」
 興味がないだけであって、俺は猫が怖いわけではない。化け物の猫男や猫女だったら恐怖だけど、ただの黒猫なんか怖くない。なのに、背筋がぞーっとして走り続け、マンションに飛び込んだ。
 高校二年になった俺の六つ年上の丈人兄貴は、今春、大学を卒業して社会人になった。しかし、まっとうに就職すると地球防衛軍の任務につけない、というわけで、フリーターでいる。コンピュータソフトの会社と契約して、在宅勤務が多いので家にいる時間も多い。
 四つ年上の真次郎兄貴は大学三年生で、彼もまた普通に就職はしないと言っていた。金にもならない仕事ばっかりして、ちゃんと就職しなかったら嫁の来手がないぜ、なのだろうけど、改造人間にはまともな嫁の来手なんかないだろうから、同じか。
 兄貴たちと、ただいまは妹のアキラが暮らすマンションの部屋に入ると、丈人がいた。真次郎は学校に行っているようで、ダイニングキッチンに走りこんで水を飲んでいる俺に、丈人が尋ねた。
「息を切らしてどうしたんだ? 痴漢にでも追っかけられたか」
「猫……うわわっ!!」
「んん?」
 この部屋はマンションの三階だというのに、開いていた窓から猫が飛び込んできたのだ。さっきの猫だった。
「猫は……このくらいの高さだったら……あの木を登ってきたのか……タケ兄ちゃん、あいつが俺についてきたんだよ」
「綺麗な猫だな」
 みゅうだったら可愛かったし、あの猫女は半分は人間だったから色っぽくもエロっぽかった。でも、猫が綺麗だなんて感覚は俺にはない。丈人は騒ぎもせずに黒い猫を抱き上げた。
「おまえは大人なんだろ。若いのか。メス? 幸生が言ってたな。猫は雌雄の差がけっこう大きくて、メスは華奢なんだってさ。こいつはほっそりしてるからメスかな。少年なのかな」
「……う、うぎゃっ!!」
「うん?」
 びっくりしてひっくり返ってしまった。狼男、猫女×2、猫男……そしてまた……? 俺は尻餅をついてあわあわ言ってるってのに、丈人は悠然としていた。
「人間になっても綺麗だな。あたしは若い女よ、って証明してみせてくれたのか」
 真っ黒な髪をして、光る大きな目をした女が、丈人の腕に抱かれている。彼女は全裸で、丈人の胸に頬をつけている。
 猫のみゅうが人間に変身する瞬間は、俺はこの目で見てはいない。将一、隆也、幸生の兄弟は何度も見たそうで、幸生が言っていた。猫から人間になると裸なんだ、毛皮を着てくれていたらいいんだけど、髪の毛になっちゃうみたいだよ。
 幸生が言った通り、この女……この猫も、黒い髪の美女に変身している。みゅうと同じ種族なのだろうか。顔も身体も綺麗だ。華奢な骨組みにすっきりした肉づき、猫なんて綺麗だとも思わないけれど、人間の女だったら綺麗だった。
 ほっそりした両腕を丈人の首に巻きつけ、嫣然と微笑む猫美女。見ていると頭がくーらくら。俺はハートは男なのだから、全裸の美女を見て平然となんかしていられない。
「喋れるのか?」
 なのに、丈人は動顛もしていない。てめえも改造人間なのだから、人間に変化する猫なんてどうってことねえよ、であるらしく、みゅうと会ったときにも丈人はそんなふうに言っていた。
「本性は猫の美女か。俺はそういう女が好きだよ。性格ってのもおよそはわかるし、外見は俺の好みにどんぴしゃだ。背丈はどんなものかな」
 フロアに降ろされた猫美女が、丈人を見上げる。彼女の頭は丈人の肩にも届いていなくて、人間の女としては小柄なほうだった。
「小さいのも可愛いな。プロポーションは最高だし、俺の女になれよ」
「彼女はいないの?」
「ああ、喋れるんだ」
 口をきいた彼女の声は色っぽい。猫のときに聞いた声に似ていた。
「俺の彼女? いなくはないんだけど、俺の秘密ってのは普通の人間の女には打ち明けられなくて、つきあいにくいんだよ。おまえは俺がなんなのかは知ってて、近づいてきたんじゃないのか? 任務でデートできないって言っても、すねたりしないだろ」
「すねるよ」
「ま、それはいいんだけどさ。名前は?」
「人間の名前をつけて」
 足元がぞわわわ、背筋がずわわわ、丈人と彼女はすでに恋人同士みたいだった。
「普通の日本人の名前にしようか。絹子。おまえの黒い髪は細くて美しくて、絹糸みたいだからさ」
「絹子……うん、素敵」
 指先までがむずずっ、丈人が女に向かって気障な台詞を発しても驚きはしないが、弟としては気持ちが悪い。いや、俺は妹だっけ、と考えていると、絹子と呼ぶしかない猫女が言った。
「あたし、ここで暮らしたいな」
「同棲するのか。アキラは女だからまだいいにしても、もうひとり、弟がいるんだよ。あいつがいるとおまえはやりにくいだろ」
「もうひとつ部屋を借りるなんて、丈人さんにはお金がないんだから無理だよね」
「収入が少ないからな」
「だからさ、真次郎さんも女にしちゃおうよ」
「はあ?」
「アキラは成功したんだけど、真次郎さんはどうにもならないのよ」
「ちょっと、ちょっと待て」
 そこで俺も口をはさんだ。
「アキラは成功したって、てめえが俺を女にしたのか」
「あんたは夢の国でも女になってるんだから、平気でしょ」
「そしたらこれは夢じゃないのかよ」
 いつかは覚める夢ではなくて、現実? メイドカフェのバイトをしたのも、男に告白されそうになったのも? すると、俺は永遠に女のまま? だからこんなに長く女でいるのか。
「ユキも?」
「あの子は巻き込まれてきたみたいね。いいじゃない、あんただって、女になってもたいして変わらないって思ってるんでしょ。丈人さんはアキラが妹のほうがいいでしょ」
「弟ふたりよりは妹ふたりがいいけど、アキラって弟だったのか」
 顎に手を当てて瞬時悩んだものの、丈人はけろっと言った。
「アキラは妹だよ。こいつは男の子みたいだけど、こんな女の子も今どきは珍しくもないんだし、絹子がいたら女としてのあれこれをアキラに教えてやってもくれるだろ。アキラはこれでいいけど、真次郎を女にする? なんのために?」
「あたしにとっての男は丈人さんだけでいいから」
「……わかりづらい理屈だけどさ、アキラ、シンコ姉ちゃんってどう思う?」
「ややや、やややや、や、め、てーっ!!」
 想像もしたくない。女の子アキラは男っぽく倒錯した美少女で、男の子にももてるのだからいい。俺は男のときよりも背が縮んで体格が変わって、容貌もやわらかくなった程度で、基本的にはそうは変わっていないけれど、真次郎だったら再改造しなくてはならない。
 再改造を重ねに重ねようとも、真次郎が女になるなんてーっ!! 喉が嗄れるほどに叫びたい。あいつを女に改造しないでくれっ!!
「そんなにいや?」
 絹子が言い、俺はうなずき、丈人も言った。
「俺もあいつが女になった姿は……そうしないとおまえは俺の女になってくれないのか?」
「そうしないと駄目だって言ったら?」
「おまえを諦めるよ」
「そっかぁ。じゃあ、あたしもあなたを諦めるわ」
「絹子、つらいけど別れよう。アキラは俺の認識でも妹で、こいつを弟に変えるっていうんだったらまだしも受け入れられるけど、真次郎だけは無理だ。あいつが女になったら、どこをどう変えても本人もかわいそうだよ」
 恋人になる前だってのに、別れようもないもんだ。丈人は絹子を抱き寄せ、キスをはじめた。
 俺が女の子になっているのは絹子の仕業、これは夢ではない。そのショックも強烈ではあったのだが、さらなるショックで忘れていた。真次郎が女になるなんて……そのショックを半分ほど吹き飛ばしたのは、刺激的な眺めだ。
 赤いTシャツを着た丈人のたくましい胸に、浅黒い肌の裸の女が抱かれている。身長の差がかなりあるからか、丈人が絹子を抱き上げる。丈人の大きなてのひらが、絹子のまあるい可愛い尻を持ち上げて、顔の高さを同じにしてのキスシーン。
 こんなものを見せられたら、男の章だったら鼻血を出す。女の子のアキラは恥ずかしくて、そのくせ見たくて目が離せない。じーっと見ていたら、丈人に言われた。
「こうやって絹子のハートを奪うから、真次郎を女にしたいだなんて望みをこそ諦めさせて、俺のものにしてみせる。おまえも楽しみに待ってろ」
 楽しみでもないんだけどね……そう思いながらも視線をはずせない。丈人は俺にそんなことを言いながら、手を動かしている。絹子の肩に回った手も、尻を抱えている手も、いやらしくなまめかしく動き、絹子は恍惚状態になっているように見えた。
 おまえは見るな、とは言わないかわりに、丈人が歩き出した。丈人の部屋に絹子を運んでいって、なにかするつもり? そこまでは見たくないけど、見たくなくもないような……。
「タケ兄ちゃん……」
「丈人さん……」
「ああ、俺もだ」
 丈人さん、スキ、絹子のそんな声が聞こえ、丈人は俺の目の前を、女を抱いて横切っていった。


4・ユキ

 疑問が氷解したわけでもないけれど、納得しておくしかない。アキラとユキが女の子になっているのは、猫女の絹子の仕業。ユキまでもを女の子にしなくてもいいでしょ、でもあるのだが、アキラだけが女の子になっているのは気の毒だから、つきあってあげてもいいのかもしれない。
「絹子っていうの。よろしくね」
 黒い髪をして、黒っぽい和服を着た絹子さんがおしとやかに挨拶する。ユキはアキラにあらかじめ聞いていた絹子さんが、丈人さんに連れられてユキの家に人間の姿で挨拶しにきてくれた。
「将一です。お美しい方ですね」
「隆也です。あなたはみゅうとは関わりがあるんですか」
「みゅうってなに?」
 とぼけているのか本当に無関係なのか、きょとんとしている絹子さんに、メイを見せた。
「ユキでーす。この子はメイ。絹子さんは猫は好き?」
「猫は可愛いよね」
 頭を撫でられたメイは、絹子さんをうさんくさげに見て逃げていった。
「それで、絹子さんは丈人くんと同棲してるんだね」
 将一兄が尋ね、絹子さんが応じる。姿は人間なのだから、ユキたちも敬称をつけて呼びたくなるのだった。
「そうなの。丈人さんにも真次郎さんにも、アキラにも個室はあるから、あたしは丈人さんの部屋にいるのよ。真次郎さんはあたしを不気味がってるし、アキラもあたしを避けるから、ふたりともにいないのと同じよね」
 今日はアキラと真次郎さんは来ていない。ユキがアイスカフェオレを出すと、絹子さんは目元をとろっとさせて言った。
「真次郎さんほどに荒々しい男はいやなんだけど、ここにもいい男がふたりもいるのね。目移りしちゃうわ。丈人さん、あたし、将一さんや隆也さんにも抱かれたいな」
「こら、なに言ってんだよ」
「だって、あたしは猫だもん。猫って浮気なのよ」
「猫の女は強い男が好きだろ。俺は将一さんと隆也さんのふたりがかりでかかってこられたって負けないんだから、俺が一番強いんだ」
「証拠を見せて」
「俺が本気を出したら、この人たちは死ぬぞ。ちょっとの力だって怪我をさせる。敵でもない将一さんや隆也さんに手は出せないよ」
 実は知ってたんじゃないの? 将一、隆也、幸生またはユキのきょうだいを知っていて、魂胆を持って近づいてきたのでは? とも思えるが、女の子猫は強くてかっこいい男が好きだから、それだけで丈人さんに目をつけたのだとも考えられる。
 単にそうだとしても、絹子さんは普通の人間ではない。こうして和服を着ておしとやかにふるまっていても、化け猫色の美女に見える。
 丈人さんは普通の人類の間に入れば最強だろう。彼に勝てるのは地球防衛軍の上役くらい? ユキは知らないけど、うちのお兄ちゃんたちは彼には勝てない。兄たちだってわかっているからこそなのか、むかむかした顔をしていた。
「おまえは俺のものになったんだろ。浮気は禁止だ」
「そんなのつまんなーい。将一さんか隆也さん、両方でもいいからあたしを抱いて。こっちの家のほうが広いんだから、あたしはこっちに引っ越してくるわ。丈人さんを捨てるわけではないのよ。丈人さんにも抱かれてあげるから……」
「絹子、子供が聞いてるんだからおとなしくしろよ」
「いやいや」
 大人の猫美女は、みゅうとはちがったことで駄々をこねるのだ。みゅうを連れ戻しにきた猫女も、このようなことを言って将一兄にたしなめられていた。丈人さんは絹子さんを叱り、うちの兄たちは苦笑していて、絹子さんは駄々をこね続ける。そうしていると将一兄が言った。
「絹子さんも猫なんだから、こんなに聞き分けがないんだったらぴしゃりとやる程度はいいんじゃないかな。人間の女性ならば、恋人に手を上げるのは絶対にいけないけど、中身が猫で聞き分けがよくないんだから、妹にお仕置きする程度にだったらいいよ」
「叩くんですか」
「女の顔は叩きたくないのが男だろ。ユキはこの間、どこを叩かれた?」
 思わずお尻を押さえると、丈人さんも苦笑いで言った。
「そんならいいかな。絹子、いつまでも駄々をこねてるとケツ……え?!」
 うわ、おわ、きゃいっ、うっ、四つの声の中で、絹子さんが変身した。
「変身猫だと知っていても心臓によくありませんね」
 隆也兄が言い、将一兄も言った。
「みゅうで見慣れたと思ってたけど、慣れられるものじゃないな」
「俺は何度か見たんですけど……えーと、そうすると……将一さん、隆也さん、幸生、みゅうは自らの意志で変身はできないんでしたよね」
 丈人さんの質問に、こっちの三人はうなずく。絹子さんは猫に変身して、着物の中で黙って男たちを見上げていた。
「俺が何度か目撃した感じでは……今だって……猫にもケツってのはなくもない。しっぽが生えてる部分をそう呼ぶのかもしれないけど、人間とはちがうでしょ」
「丈人さんが絹子さんのお尻をぶつって言ったから、そうされたくなくて猫に変身したの?」
 ユキも尋ね、丈人さんは言った。
「そうかもしれないだろ。今までを考え合わせても、絹子は自らの意志で変身してるんじゃないかと思うんだ」
「そうなのか、キヌちゃん?」
 人間の姿をしていれば、二十歳くらいの女性だ。猫の姿をしていると若い成猫。ユキから見れば人間の絹子さんはお姉さんだが、猫になると絹子さんという名前に違和感がある。ましてユキの兄たちから見れば、人間でも年下。猫だったら絹子さんとは呼びづらいようで、将一兄は彼女をキヌちゃんと呼んだ。
「こいつは猫になると無口なんですよ」
「どっちにしても猫だと喋れないよな」
「うん、でも、そうなのかもしれないな。都合が悪くなると猫になって澄ましてる。俺たちだって人間の少女のみゅうがわがままを言ったりいたずらをしたりすると叱ったけど、猫のみゅうが少々なにをしても、猫なんだからしようがないな、だったでしょ? そのへんをキヌちゃんもわかってるんですよ。本物の性悪猫だな」
 隆也兄が笑って言い、ユキはメイに話しかけた。メイはユキたちが囲んでいるテーブルからだいぶ離れた本棚の上で、私には関係ないもんね、という顔をして眠っていた。
「メイはどう思う?」
 寝たふりをしても聞いていたのか、メイは耳をぴくつかせる。メイはいつだって無口だから、用事もないのに鳴いたりはしない。メイは生後半年くらいなのだから大人ではない。キヌちゃんよりも猫としては若いはずだ。
 だのにメイは落ち着いてゆったりしている。まだ子供なのにみゅうみたいないたずらもしない。メイは変身なんかしないでね。このまんま、変身しない猫で大人になってね。
「しようがねえな。叩いたりしないから、人間に戻れ」
 着物にくるまってしまっているキヌちゃんを、丈人さんが片手で掬い上げる。キヌちゃんはうにゃっとも言わない。丈人さんは困り顔で言った。
「外を歩いてて人間に変身されたりしたら困りますから、キヌが人間になるまではいさせて下さいね」
「きみはやっぱり、キヌちゃんが自らの意志で変身すると知ってて、うちに連れてきたんだな。でなかったらここへ来るときにだって、突然猫になられたら大変だろ」
「そうじゃないかなとは思ってましたよ」
「猫も女も気まぐれなんだから、気長に待つか。キヌちゃんは食いものではつられないのか」
「食い意地は張ってないみたいですね。将一さん、キヌって呼び捨てでいいですよ。キヌのほうが人間のときにも猫のときにもしっくりしそうだから、俺もそう呼びます」
「そうだな。では、キヌの好物は?」
「チーズかな」
 丈人さんと会話をかわし、将一兄がキッチンに立っていく。キヌが丈人さんの腕からすり抜けて、将一兄を追っていく。おい、キヌ、と言いながら、丈人さんもキヌを追っていく。隆也兄と応接間に残っていると、将一兄の声が聞こえた。
「やはりそうなんだな」
 その声に続いて、丈人さんのちょっと焦った声も聞こえてきた。
「服を着ろよ。ほら、これ、着ろ」
「俺は見ないから、着せてやれ」
「キヌ、俺とふたりっきりだったらいいし、アキラやユキだったらいいけど、他の男に裸を見せるな。おまえは俺のものだろ」
 いやーん、将一さん、抱いて、なんて言ってるキヌの声も聞こえてくる。人間に変身したらしい。隆也兄はおでこを押さえ、おまえは行くな、とユキに囁いた。
「丈人くん、予告なしでやれよ」
「って……いや、ためらっちまいますし……口で言っても聞かないんだったらしようがないけど、女を叩くのは……」
「きみは力がありすぎるもんな。じゃあ、俺がやってもいいか」
「いや、それも……いや、あの……」
 あ、あーあ、と、将一兄と丈人兄の声がハモった。
「悟られちまったな」
「また猫になったのか。叩かないよ。叩かないって約束するから、だからさ、おまえもちっとは聞き分けよくしろよ。人間の女は恋人ができたら、その男一筋につくすものなんだぜ……将一さん、なにを笑ってるんですか」
「いやいや、どうぞ続けて」
「丈人さんが好き、愛してる、って言っただろ。そう言って愛を誓ったんだから、おまえは浮気をしたらいけないんだ。それが人間の女の道だよ」
「女の道……いやいやいや、いいけどな。きみもキヌにそう誓えるのか」
「将一さんはよけいな口をきかないで下さい。キヌ、人間になれ。うちに帰ろう」
「チーズ、食うか?」
 焦っている丈人さんと、のんびり笑ってる将一兄は漫才でもやってるみたいだ。キヌはチーズを食べさせてもらっているのか、キッチンが静かになり、隆也兄が言った。
「丈人とキヌだったら非常にお似合いなんだけど、さて、どっちがより以上に苦労するんだろうな。丈人ってあんな主義か? 相手が相手なだけに古い言い回しを使ったのかな。なんにしたって、兄さんや俺にはキヌは迫らないでほしいもんだ。なぁ、メイ?」
 珍しくメイがうにゃにゃっ、と返事をし、隆也兄は続けた。
「キヌだって半分は猫の女の子なんだから、メイ、おまえが言い聞かせてやってくれよ」
「メイはキヌの考え方には反対?」
 もう一度、うにゃおっ、メイの鳴き声の意味はユキにはわからないけど、浮気は猫の特徴よ、だったのかもしれない。それとも、キヌはやりすぎよ、だったのだろうか。


5・アキラ

 ぽちゃっとした女の子は高校生。小柄ですんなりした女の子は大学生。そのふたりよりは幼くて小さい女の子は、中学生。俺にはそのくらいの年頃に見えた。
「あたしも人間になってるんだ。楽しいけど、なんであたしは太ってるの?」
「猫だとしてもメイは太めだからよ。三毛ってふっくら体型のお母さんふうなんだよね。メイはオス猫にはもてるだろうけど、人間になっても人間の男にはもてないかもしれないよ」
 意地悪っぽい口調で言っているのが、年上に見えるすんなりした女の子だ。メイと呼ばれているぽっちゃりの子は、彼女に言い返した。
「あたしは別に人間になんかなりたくないもん。猫のほうが気楽でいいじゃん」
「猫と人間変幻自在の、あたしが一番いいのよ。みゅうは自由には変身できないみたいだけど、あたしにはできるもんね」
「キヌは大人だからなんだよね。みゅうも早くそうなりたいな」
「みゅうは大人になったら、あいつの嫁になるんでしょ」
 すんなりほっそりの女の子の名前はキヌか。いちばん小さいのがみゅう。小さいのも細いのも太めなのも可愛いなぁ、夢を見ている俺は男の章の心を持っていた。
「いいないいな。あたしも将一兄ちゃんや隆也兄ちゃんのところに帰りたい。キヌはアキラに拾われて、丈人さんの女になったんでしょ。浮気したがるのはあんたの勝手だけど、将一さんや隆也さんには手を出さないで」
「みゅうにはそんなのは関係ないじゃない。あんたには婚約者がいるんだから、そいつとだけ仲良くしてたらいいんだよ」
「猫は浮気なのが当然だって言わないでね。あたしは貞淑な妻になるつもりなんだから」
「だから、みゅうは好きにすればいいのよ。あたしも好きにするから」
 アキラが拾ったのではなく、キヌは勝手についてきてマンションに飛び込んできた。しかし、そのあたりはちがっていても大勢に影響はない。俺は口出しできないようなので静かに聞いていた。
「婚約者と将一さんや隆也さんは別なの。あのひとたちはみゅうのお兄ちゃまでもあり、大好きな男のひとでもあるんだもの。キヌは大人になってから丈人さんと暮らしはじめたんだけど、みゅうはちいちゃなころからお兄ちゃまたちに躾けられたのもあって、特別なんだよ」
「みゅうはぶたれたりしたの?」
「ぶたれはしなかったけど、脅かされた。みゅうは可愛いわがままを言ったり、子供っぽいいたずらをして叱られて、この次に悪い子になったらこれだよ、なんて言われたの。そんなんでは本当には叩かれないだろうけど、あんたは人間の女としてはしてはいけないことをしようとしたんだから、叩かれたってしようがないんだよ。人間の男はそれだけは許せないらしいんだから」
「叩かれそうになったら猫になって逃げるから、平気」
「ずるーいっ!!」
 話しているのはみゅうとキヌばかりで、メイはどこかにふわっとすわり、自分の身体を点検している。手を裏返したり表にしたり、ミニスカートの裾をまくってみたり、脚を伸ばして触れてみたり。人間の身体が珍しいのだろう。
 最初は俺も俺の女の子の身体が珍しかったけど、なじんでしまうと自分の身体なんて面白くもなんともないな。いっそ俺も猫に変身したら楽しいのかもな。俺がそう考えている間にも、みゅうとキヌは将一さんや隆也さんや、丈人の話をしていた。
 目覚めたときにも俺は女のアキラだ。男に戻りたい気分も薄れていて、俺がこうなったのはキヌのせいだっけ? でも、どうやって? 丈人はそれを聞いても気にもしてなかったというか、丈人にとっては俺は妹のアキラだからなのか、そんなことを考えはじめると、頭が痛くなってくる。
 起き出して頭を振って、寝巻き姿でダイニングキッチンに行く。初夏になってきているので、寝巻き
はTシャツにショートパンツだ。俺が起きていくと、キヌもキッチンにいた。
「メシ、作ってくれるの? 腹減ったよ」
「あたしがおなかすいたのよ。アキラ、チーズトーストを作って」
「キヌは女だろうが。俺の分も作ってよ」
「あんただって女でしょ。本物の女のくせに」
「本物って……」
 偽女なのか、俺は。偽であっても人間なのだから、猫女よりは本物に近いのか。キヌはテーブルにつき、さも俺が朝メシを作るのが当然のような顔をしている。黒い髪に似合うからと丈人はキヌに和服を着せたがり、寝巻きも浴衣だ。キヌが行儀悪く椅子にすわると浴衣の裾が乱れ、俺は彼女の脛を蹴飛ばしてやった。
「痛ぁいっ!! いやぁ、やめて!!」
「あんたを見てるとむかつくんだよ。なんの役にも立たない居候のくせして、いばってんじゃねえんだよ」
「丈人さんがキヌに、うちにいてくれって言ったのよ」
「俺はおまえになんかいてほしくねえんだっ!!」
「やめてよ。やめて……痛い」
 猫に変身して噛みついたり、爪を立てたりすればいいじゃないか。丈人は言っていた。キヌはどうやら、自由に変身できるようだぜ。
 夢の中でもキヌはそう言っていた。なのだから、俺の攻撃をかわすために猫に変身して逆襲すればいい。なのに、しおらしげに悲鳴を上げている。か弱い女のふりをしているキヌを見ているとむかついて、俺は彼女の髪を引っ張ったり、脚を蹴ったりして暴れていた。
「うわっ!!」
 不意に身体が宙に浮き、尻をひっぱたかれた。
「いてーっ!!」
「きゃっ、痛い、とでも言えよ。なんだ、その痛がり方は。キヌ、大丈夫か?」
 とんっと俺をフロアに降ろし、キヌには優しい声を出したのは真次郎だった。
「女の子なんだから、妹だとはいってもアキラは叩かないようにしてたんだけど、ああいうことやこういうことをすると、このぐらいだったら叩いてやったほうがいいんだよな。将一さんはいいことを教えてくれたよ」
 ああいうこととは、メイドカフェのバイトで危機に陥ったのをさしているのだろう。あのときには丈人にシリアスに叱られてほっぺたを叩かれた。こういうこととはキヌに乱暴したこと。今度は真次郎に叱られて尻をぶたれた。
 弟のときには頭をぼかすか殴られていたが、妹になってからは叩かれていなかったはずだ。アキラがいけないことばかりするから、両方の兄ちゃんに叩かれた? だって、今回はキヌだって……暴力をふるった俺が悪いの?
 泣きたくなって、俺は女の子なんだから泣いてもいいのかな、と思ったり、だけど、男心に涙を阻まれてしまったりしている俺をほったらかして、真次郎はキヌをなぐさめてやっていた。
「痛かっただろ。ごめんな、俺たちがアキラを甘やかしすぎて、こんな奴になっちまったのもあるみたいだよ」
「痛かったけど……うん、大丈夫」
「兄貴は出かけたのか」
「早くに……用事ができたからって、あたしにキスして、おまえは寝てろって言って出ていったの」
「そっか。アキラも兄貴がいないと知ってたのかな。俺もいないと思ってキヌちゃんに乱暴したんだったら、最低だよな」
 知らないよ、兄ちゃんたちがいるかいないかなんて知らなかった。寝てるんだと思ってたよ。そんな言い訳もできず、俺は泣いているキヌを見ていた。
「おまえは部屋に行って反省してろ」
 いつになくきびしい真次郎の声に、反抗もできずに従う。従ったものの、むかつきが激しくなってきたので窓から飛び出して、ユキの家へと走っていった。


6・ユキ

 そんな知恵をつけたのは将一兄だろう。顔を叩かれるよりはいいというか、子供扱いすぎて恥ずかしいというか。
 キヌに乱暴をして真次郎お兄ちゃまに叱られ、お尻を叩かれたと泣きそうな顔をして、アキラがユキに訴える。丈人さんの留守に彼の恋人を蹴ったり叩いたりしたのなら、そのくらいは叱られても当然だとユキは思うけど。
「アキラ、妬いてる?」
「俺が誰に妬くんだよ?」
「キヌちゃんに」
「なんで?」
「だって、お兄ちゃまを女のひとに奪われたから」
「俺は丈人の彼女になんか妬かねぇよっ!!」
 うちのお兄ちゃんたちに彼女がいないのは、弟の幸生は心配していた。三十歳をとうにすぎたのに彼女もいなくて、将一兄も隆也兄も結婚できるんだろうか。みゅうが来て秘密ができて、よけいに兄たちは結婚できそうにないと懸念していた。
 みゅうがいなくなったら我が家には秘密はなくなったので、兄たちに彼女ができて結婚すると言い出したら、僕は祝福してあげる。美人で優しい義姉ができたら嬉しい。
 けれど、妹のユキはお兄ちゃんたちに彼女ができたら妬きそうだ。弟の幸生だってちょっぴりはやきもち気分になりそう。ユキも幸生もアキラや章のような乱暴者ではないから、兄の恋人に暴力はふるわないけど、別の意地悪をするかもしれない。
 たとえば将一兄の恋人に陰湿ないたずらをしたら、そうして隆也兄に見つかったとしたら、叱られるのは必然。ユキの態度次第ではお尻をぶたれるかもしれない。
「妹のお仕置きなんだったら、尻をぶつってのはちょうどいいですよね」
「だろ」
 女の子のユキになってから一度、お尻をぶたれて叱られたときに、隆也兄と将一兄が言い合っていた。将一兄は丈人さんにもそう言っていて、真次郎さんも丈人さんから聞いアキラに実行したのだろう。すると、これからはユキもアキラも悪さをすると……とも考えられる。
 丈人さんも恋人のキヌにはしなくても、妹にだったらするかもしれない。怖いお仕置きがひとつ増えた。ユキは漢籍書き写しのお仕置きのほうがいいんだけど、いやなほうをやるよ、って兄たちには言われそうだから内緒にしておこう。
「アキラは漢籍よりもそのお仕置きのほうがいい?」
「どっちもやだよ。バイトのせいで丈人に叩かれたのは、当たり前かと思えたけど、真次郎にされたのは……悔しいよーっ!!」
「悔しいっていうのが……ジェラシーは入ってない?」
「入ってねぇっ!!」
「アキラ、叫びすぎ」 
 絶叫ぱかりしているのも、自分の心をごまかすためだとも思える。
 さきほどのアキラとキヌの喧嘩について、ユキはユキなりに考察する。みゅうとはちがって自由意志で猫から人間に、人間から猫にの変身が可能なキヌが、か弱い人間の女のままで、アキラの攻撃を受けていた理由は?
 猫になったら爪も牙もあるのだから、キヌのほうが強いはずなのに、敢えて変身はしなかったのか。それって、アキラを悪者にするため? だとしたら、キヌって本当に性悪猫じゃないか。兄弟の仲をこじれさせたいとか。
 兄弟だったらそうはならなくて、別の問題が起きそうにも思えるが、元凶はアキラが女の子だってことだ。ユキだってお兄ちゃまたちが大好きで、今は彼女は作ってほしくないなぁ、なんて思う。
 ユキとアキラが女の子になっているからこそ、兄たちに恋をしているみたいな変な感情が生まれるのか。どうしてこの長い長い夢は覚めないのか。ユキが「僕」に戻ったら、万事が解決しそうに思えるのに。
 アキラは章に戻っても「俺」のまんまだから、万事解決はしないのか。キヌをどうにかしなくちゃいけないのか? みゅう、どうしたらいいと思う? 問いかけてみてもみゅうはいないのだから、答えてはくれない。
「メイ、どうしたらいい?」
 猫にも問いかけてみてから、慌てて言った。
「人間の言葉で返事なんかしなくていいからね。メイは猫のまんまでいてね。口をきいたら駄目だよ」
「おまえはなにを言ってんだよ。メイまでが変身したら……俺は……」
「うん、ユキも」
 気が狂いそう……とふたりして、同じ台詞を呟く。今のこの状況は受け入れるしかないとしても、変身猫は周囲に一匹だけで十分だった。


END


 
 
 
 
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