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小説284(イラヨイ月夜浜)

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フォレストシンガーズストーリィ284

「イラヨイ月夜浜」


1・彰浩

 ライヴハウス、「マジソンスクエアガーデン」の店主は、えらくルックスのいい男だった。ルックスがいいとはいっても男なのだから、俺は彼に見とれたりはしないのだが、彼の奥さんには口を開けて見惚れてしまった。
「勝部卓也さん、俺も最近になって知ったんだけど、タクさんも俺たちの大学の先輩なんだよ。前々から勝部さん一家はうちの医院のお得意さまでさ」
 今日びは医者も過当競争だから、お得意さまだなどと言うのだろうか。
「タクさんはギタリストでもあるんだ。奥さんはホムラさん、炎と書いてホムラと読む」
「長嶺さん、いらっしゃいませ」
「京都も暑いだろうけど、沖縄は暑さの質がちがうだろ」
「そうですね。沖縄の暑さのほうが気持ちええですよ」
 わが母校の合唱部では初だともいわれていた、医学部の知念秀介。彼は大学を卒業して医者修行をして、沖縄に帰って母親とともに医院で働いている。
 俺は二、三年前に知念と酒巻さんに沖縄で会っているのだが、他のふたりは会っていなかった。他とは、学生時代に「ファイブボーイズ」という歌のユニットを結成していた五人のうちのふたりだ。雄二と岸本。
 その名の通りの五人の少年たちのヴォーカルグループ、酒巻國友、知念秀介、椎名雄二、岸本稔、そして俺、長嶺彰浩。
 東京でサラリーマンをやっている雄二と岸本は、時には飲んだりもしているらしい。酒巻さんも東京でDJをやっていたのだが、去年だったかにニューヨークに留学したのだと、雄二が言っていた。
 一時帰国していた酒巻さんとは、雄二は会ったらしい。が、酒巻さんはニューヨークに戻っていった。三十二歳になって、DJとして確立していた仕事も休業して、アルバイト留学生をやっているなんて、お気楽といおうか立派といおうか。
 なのだから酒巻さんは来られないのだが、あとの四人でファイブボーイズの同窓会をやろうぜ、と提案したのは知念だった。夏休みになったら沖縄での休暇も兼ねて、四人で飲んで騒いで泳いで、ナンパなんかもしようか?
 相談メールのやりとりがあって、四人の休暇を決めた。
 京都の寺の跡取り息子、俺は親父が健在だから、仕事は親父にまかせて一週間の休みを取れた。ナンパ? 沖縄美人と真面目につきあって結婚して、その娘が寺の嫁になってもええって言うんやったら、それでもええぞ。と親父には奨励された。
 レコード会社の経理マン、雄二、アパレルメーカーの営業マン、岸本。彼らも三日の休みが取れた。知念は母親とともに働いているという、俺に似た立場なので、俺に合わせて一週間の休みを取った。
 本日の午後に沖縄に到着した俺は、夜には知念に聞いていた「マジソンスクエアガーデン」へと足を運んだ。同窓会の会場となっているライヴハウスは貸切で、貸切にするほどの人数でもないのに、と思っていたら、知念が謎ときをしてくれたのだった。
「タクさんも一緒に飲もうってんだよ。他にもゲストが来てくれるかもしれないな」
「ゲストて?」
「それは俺にはわからないよ」
 来たらわかるだろうからゲストはいいとして、気になるのはホムラさんだ。
 一番に知念が店に来ていて、二番目は俺。雄二と岸本はまだ来ていないので同窓会ではなく、タクさんも含めて雑談になって、ホムラさんはビールを注いでくれたり、沖縄料理を出してくれたりする。なんて美人なんだろう。
 年齢は俺たちぐらいなのか。この年で十二歳と九歳の娘の母だそうで、ヤンママだったのであろう。知らん顔をしていたら独身だとしか思えない若々しさ、美貌、小柄でしゃきっとしていて、豊満でもある身体つき。
 このひとが独身だったなら……寺の嫁になってくれると言うのなら、俺は知念も雄二も岸本もどうでもよくなって、ホムラさんを京都にさらっていくのに。
 リアリティもなんにもない妄想はやめておくにしても、まったく、ホムラさんは典型的沖縄美人だ。情熱的な南国美人だ。沖縄人というのはテレビなどでもよく見る。それだけ美男美女が多いからなのだろうが、ホムラさんは格別。俺も沖縄で暮らしたくなってきた。
「おまえは面食いなんだな」
 ホムラさんに見とれていたものだから、知念にそう言われて笑われた。面食いのつもりはない。美人に弱いのは男として当然ではないか。しかし、ホムラさんはタクさんの恋女房なのだ。横恋慕はいけない。
「遅くなってごめんね」
 美人に見惚れてぼけている顔を引き締めようと、洗面所に立つ。顔を洗ってタオルで拭いていると、ホムラさんではない女性の声が聞こえてきた。
「お客さまはまだおふたりだけ?」
「知念さん、紹介しますね。私のいとこのネイルです」
「ネイルさん?」
 怪訝そうな知念の声、笑っている女性の声、ホムラさんは言った。
「丁寧の寧に留萌の留、寧留っていうんですよ。ホムラのいとこがネイルなんだから、私たちの親の名づけはドキュンネームのはしりみたいよね」
「ああ、そうなんですか。ネイルさん……ユニークでいいお名前ですね」
 知念が言い、ネイルさんとやらは笑って、ありがとうと言っている。俺は店のほうに戻っていって、ネイルさんを見てどきゅんっ!! になった。
 名前がDQNでもかまわない。ハートがどきゅんのほうが大切だ。ホムラさんに似た南国の華やかな目鼻立ち、俺よりも背が高いくらいの長身で長い脚。日本人離れした素晴らしいプロポーション。立ちくらみが起きそうだった。
「あ、あの、知念の友達の長嶺です」
「もうおひとりのお客さまね。ネイルです。よろしく」
「こちらこそ、よろしゅうに」
 間もなく雄二と岸本もあらわれて、再会を喜び合う。タクさんもやってきてみんなで乾杯する。男が五人と美女がふたり。俺の視線はネイルさんに吸い取られて他へは動かない。ホムラさんを見たときにも感じた。俺は沖縄美人が好きなのだ。
 京都も美人の産地だと有名だが、京美人は色白はんなり小作りちんまり、優しげなおちょぼ口でほほほと笑い、そのくせ、腹黒い、冷淡だとも言われている。惚れた男が零落した場合の対処のしようは、大阪女と京女では百八十度ちがうと言う。
「よっしゃ、わてにまかしとき、わてがあんたのひとりくらい、面倒見たるさかいにな」
 これが大阪女。対して、京女はこうだ。
「いやぁ、あんさん、お金ないんどすのん? ほしたらお別れやわなぁ。堪忍な、さいなら」
 個人差はあるのだろうし、俺は零落したことなどないので現実にこんな対処をされた経験はないが、京男とはいえ、京女にこんなふうに言われたらめげてしまいそうだ。
 沖縄の女はこんな場合、どうふるまうのか。大阪女に近いのか。ネイルさんのこの情熱的な黒い瞳で見つめられて、あんた、落ちぶれたの? どうするつもり? あたしがついてるからしっかりしなよ、と言われたら、死ぬ気でがんばれる気がした。
「ネイルさんは独身ですか」
 お酌をしにきてくれたネイルさんに、これ幸いと話しかけた。
「そうです。ホムラちゃんよりはだいぶ若いのよ」
「ホムラさんは俺たちくらいの年ですかね」
「もうちょっと年上かな。長嶺さんは京都の方でしょ。京都って行ったことないのよ。憧れるなぁ」
「行ったことがない? ほしたらぜひ遊びに来て下さい。俺が案内しますよ」
「そおお? 本気にしちゃうよ」
「本気にして下さい」
 黒い瞳の中に情熱の焔が揺れている、なんてのは俺のひとりよがりな錯覚だろうか。もはや旧友たちなんかどうでもよくなっていた。


2・炎

 沖縄の女の平均結婚年齢は本土よりも低いはずで、私も十九歳で結婚した。出生率にしても沖縄は高く、それだけ人々の面倒見がいいのと、人間の血が熱いからだと私は思う。
 いとこの寧留は二十七歳。若い女と呼んでもさしつかえはないのだが、もはやぴっちぴっちギャルでもないだろう。ギャルだなどと古い呼び方をしたくなるのは、私が老けた証拠? 私は十二歳と九歳の女の子の母なのだから、老けるのもしようがないわけで。
 去年、ネイルは東京から沖縄に帰ってきた。
 本日は夫と経営しているライヴハウス「マジソンスクエアガーデン」は貸し切りになっている。夫の卓也の大学時代の後輩たちが同窓会をやるとのことで、沖縄在住の知念秀介さんに頼まれたのだ。京都と東京から三人の男性が沖縄を訪れて、うちの店で宴会をする。
 夫のタクは彼らと話しをしたりギターを弾いたりしたいだろうから、おもてなしは私の手にかかってくる。ならば助手にということで、ネイルに頼んだら手伝いにきてくれた。
 知念さんは医者で、背の高い秀才タイプのいい男。岸本さんと椎名さんも背が高くて、スポーツマン体型のいい男だ。もうひとりの長嶺さんが、ルックスはもっとも冴えないような……なのになぜ、ネイルは彼にはべっているのだろうか。
 現在はアルバイターのネイルは、長身で人目を引きつける姿かたちをしている。女だって彼女の華やかさには目を引かれるだろう。ネイルは幼いころから、自分の美人ぶりを自覚していた。
 正直に言えば私も美人の部類だろうが、沖縄には派手な顔をした美人なんていくらでもいる。それゆえに、芸能界にも沖縄出身者が多いのだろう。私ごときは沖縄では平均的だが、ネイルは群を抜いた美人。私は小柄で、彼女は大柄という差もあった。
 四つ年下のネイルと私は、幼いころから近所に住んでいた。ともに父親が市場勤めで、母親もパートで市場で働いたりしていたから、おばあやおじいに子守りをされて大きくなった。私が中学生になると、小学生のネイルを連れて近くの海に泳ぎにいくようにもなった。
 あれは私が中学三年生、ネイルが小学五年生の夏、海で少年に出会った。声をかけたのはネイルのほうからだった。
「あたし、ネイルっていうの。この子はあたしのいとこで、ホムラ。あんたはどこから来たの?」
「僕は東京から」
「ひとりで?」
「ひとりじゃないよ。両親と妹と弟。遊び相手はいないけど」
「だったらつまんないでしょ、一緒に遊ぼうよ」
「う、うん」
 ずんぐりした少年は頬を染めて、私たちをまぶしげに見た。ネイルが聞き出したところによると、両親と弟妹と来ているものの、ちびたちはまだ小さいから、親はつきっきり。コウキはひとりで遊んできなさいと親に言われたのだそうだ。 コウキのお父さんは沖縄出身で、東京でお母さんと結婚したらしい。親戚の家に滞在しているのだそうで、彼らは夏休みが終わるぎりぎりまで沖縄にいるのだと言った。
「コウキも五年生なんだね」
「ネイルちゃんも? 同い年だね」
「ホムラちゃんはそしたら、おばさんだ」
「おばさんとはなんなのよ。お姉さんって言いな」
 海に行くたびにコウキと会うようになり、私を疎外するようになったのはネイルからで、遊んでやってるのはこっちなのに、と気分を損ねて、そしたら勝手にしろ、と怒って先に帰ったりもした。先に帰るとおばあに怒られる。怒られて海に戻っていって、ふたりを探して歩いていたら、岩陰から声が聞こえた。
「これだけだったら見せてあげるよ」
「……え、うん、あ」
「やーだ。真っ赤になっちゃって。コウキのも見せて」
「見せる……だけだよ」
「当たり前じゃない」
 なにを見せ合っていたのかは知らないが、中学生の私は隠微なムードを感じ取り、止めるわけにもいかず、割り込んでいくわけにもいかず、その場を離れた。
 小学生なのだから、水着の中を覗きっこしていた程度だろう。見せるだけだと言っていたから、変な真似もしないだろう。自分に言い聞かせて、むろん両親や祖父母にも告げ口はせず、そのくせ、コウキとネイルといると、すこし胸が悪くなったりしていた。
 夏休みが終わるころ、コウキの一家は東京に帰っていった。それで私はコウキのことは忘れ、中学、高校と進学し、ネイルもコウキについてはなんにも言わずに、四年遅れで私のあとを追うようにして、同じ中学校、高校へと進んだ。
 高校を卒業して沖縄料理の店で働くようになった私は、その年の夏休みに贅沢にもアメリカ旅行をした。親やおばあやネイルにはツアーで行くと話したのは、実は個人旅行で、ニュージャージーでタクと知り合って、恋をして抱かれて妊娠した。
 恋をしたのは私のほうだけだと思っていたのに、電話で妊娠を告げたら、タクは言ってくれた。結婚しよう、俺もおまえに惚れたよ、沖縄で一緒に暮らそう、と。
 タクには夢がある。ギタリストとして成功したいという夢は今でも持っていて、ゆっくりゆっくりそこに近づいているのだが、それは別の話として、私は十九歳で母となった。二十二歳で第二子を出産したとき、ネイルは十八歳。結婚や出産や喫茶店の仕事でばたばたしていて、ネイルにはかまっている暇もなくなっていた私に、彼女が話した。
「私は東京の大学に行くことにしたの」
「そうなんだ。よかったね。がんばって」
「ホムラちゃんは大学に行けなかったのに、同じような経済状態のいとこ同士なのに、ひがまない?」
「私はタクの奥さんになってエンヤとアキカの母になって幸せだから、大学なんて今さらどうでもいいんだよ」
「そうだね」
 春には東京に行ってしまったネイルが大学三年生になった春に、エンヤとアキカをタクに預けて、東京に遊びにいった。
「ホムラちゃん、コウキって覚えてる?」
「誰だっけ?」
「ホムラちゃんはひと夏、ちょっと一緒に遊んだだけだから忘れたかな」
 沖縄の海辺で出会った、ずんぐりした東京の男の子、ネイルの話を聞いて私も思い出した。
「あれからも私たちは会ってたんだよ」
「そうだったの?」
「コウキのお父さんは沖縄人なんだから、沖縄に遊びにくることは多かったの。ホムラちゃんには内緒で文通したり、そのうちにはメールのやりとりもするようになって、彼が沖縄に来たら会ってた。ホムラちゃんはあんなのには興味なかっただろうから、いいよね」
「別にいいけどね」
「ホムラちゃんも一緒に、って言ったら、年上のブスなんか連れてくるなよ、って言うんだもん」
 たしかあいつはルックスがよくなかったはず。あんな不細工な男にブスだと言われたくない、とも思ったのだが、笑っておいた。
「見せ合いっこしようって言ってたのだったら覚えてるよ」
「見せ合い? そんなのやったっけ。やだな、ホムラちゃんったら覗き魔」
「見てないよ。聞いただけ」
 ま、いいかぁ、などととぼけてから、ネイルは続けた。
「コウキは私に憧れてて、崇拝してるって感じだったから、メールくらいだったらしてやってたんだよね。で、私が東京に来てからは、アッシーにしてるんだ」
「つきあってるの?」
「アッシーだよ」
「アッシーって古くない?」
「古くてもいいの。コウキはつまんない大学に行ってるんだけど、車は持ってるし、私の言いなりになる奴だから、召使いにしてやってるんだ」
「……彼とは、あの、どこまで?」
「どこって。ホムラちゃん、バッカじゃないのっ!!」
 急に怒り顔になって、ネイルはまくし立てた。
「あんな奴と私が寝るわけないでしょ。私はもてるんだから、なんたってこの美貌なんだから、沖縄の女って綺麗なのが多いけど、ネイルはまた特別だって、男にだったら誰にでも言われるんだから、コウキなんか相手にするわけないんだよ。便利だから使ってやってるだけ。ちょっと待ってね」
 携帯電話を取り出して、ネイルが話しはじめる。相手の声も聞こえていた。
「ああ、コウキ、あたし」
「あ、どこにいるの? 迎えにいこうか」
 子供の声だったとしか記憶にないコウキは、若い大人の男性の声に変わっていた。
「そうじゃなくて、キミともたまに噂はしたでしょ。ホムラちゃんが遊びにきてるんだ」
「ネイルちゃんのいとこの美人のお姉さんだね」
「そうそう、年上のブスってキミは言うけど、まあまあ美人だよ。ふたりも子供を産んだからでぶでぶになって醜くなったって? ひどいこと言うんだね。そんなには太ってないって」
 相手の声も私の耳に届くのだと、ネイルは知らないのだろうか。背筋がぞくっとした。
「僕はそうは言ってないし……」
「いいからいいから、子持ちのブスおばんとは会いたくもないって、そう言わないの。明日、車で迎えにきてよ。三人でごはんでも食べにいこ。ホムラちゃんがおごってくれるから」
「そんな、悪いね」
「あんなのと一緒にごはんを食べたらまずいって? ひどぉ。そしたらいいよ。来なくていいよ」
「いや、僕もホムラさんには会いたいよ」
「ただでごはんを食べられるんだから、来なよ。うん、じゃあね」
 コウキが言っていないことばかりを言って、彼と相談をまとめて、ネイルは電話を切った。
 翌日にレストランで三人で会ったコウキは、子供のころとそうは変わっていないように見えた。私の印象にはずんぐりした男の子としか残っていなかったそのままに、ネイルよりも背が低く、ただし、がっちりしたたくましい身体つきに成長していた。
「ネイルよりはずーっとブスだろって言ってたけど、ホムラちゃんもけっこう美人でしょ」
「う、うん、ホムラさん、お久し振りです」
「こんにちは」
 ネイルはなにを考えてるんだ、もあり、コウキが無口なのもあって会話ははずまない。ネイルひとりが好き勝手に喋る。いかにネイルがもてるか、男にも女にも人気があるのか、の話しばかりをして、彼女が席をはずすと、私は言った。
「コウキくんはネイルが好きなの?」
 こっくりする彼を見ていると、私もちょっぴり意地悪な気持ちになった。
「寝たいんじゃないの?」
「そんな……僕は……ネイルちゃんの……僕なんかが……」
「僕なんかって言ってると、つけこまれるばっかりだよ。好きだったら言いなさい。僕とつきあって下さい、って告白しなさいよ」
「そんな……まさか……」
 だけど、あんな女とはつきあわないほうがいいのかもね、と思ってもいたものだった。
 私がコウキと会ったのはそれ一度だけで、ネイルは大学を卒業して東京の企業勤務のOLになった。お盆とお正月には帰省して、もてすぎて困るわ、と自慢話をしていたネイルは、が、結婚するとは言い出さない。私もコウキの話は不愉快なのでしなかった。
 そして去年、ネイルは沖縄に帰ってきた。美貌にはひとかけらのくすみもないけれど、疲れているようにも見えて、私は尋ねた。
「結婚はしないの?」
「結婚しちゃうなんてもったいない。よほどの男が見つからなかったらしないよ」
「コウキくんは?」
「あいつ、結婚したらしいのよね。あんな男と結婚する女って信じられない」
「あ、そ」
 もしかしたらそれがショックだったのか。細かい事情は私はまったく知らないが、このネイルもアッシーだの召使いだのと言っていた男が別の女と結婚して傷心を抱えているのならば、東京の独身男性たちに会って、楽しくやるのもいいかな、と思って、手伝いを頼んだのもあった。
 長嶺さんはコウキのようにずんぐりはしていなくて細いほうだし、あんなに気弱そうでもないけれど、雰囲気はやや似ている。ひょっとしたらネイルの好みのタイプは、長嶺さんみたいな男性なのだろうか。
 

3・稔

 飲んでいる相手が椎名雄二なのだから、東京の酒場にいるときと代わり映えがしない。泡盛やオリオンビールや沖縄料理や、沖縄美人がふたりもいるところだけが東京とのちがいか。
 しかし、沖縄美人のひとりはこのライヴハウスのマスター、勝部卓也さんの奥さんだ。もうひとりはなぜだか、長嶺のそばにぴとっとくっついている。雄二とだと東京にいても会っているのだから話すこともなくて、酒ぱっかり飲んでいた。
「奥さん、外に誰かいますよ」
 雄二が言ったので、俺も窓の外を見た。
 背の高い若い男がふたり立っている。金髪の外国人みたいな奴と、どことなく素人ではない匂いがしそうな派手な奴。ふたりともの顔に覚えがあるように思えて、ホムラさんが男たちと話しているのを聞いていた。
「すみません、今日は貸し切りなんですよ」
「えーと、○○大学合唱部の同窓会ですよね」
「というか、合唱部の数人だけだそうですけど、あの、なにか?」
 話しているのは背の低いほうの男だ。低いとはいってももうひとりが高すぎるせいで、彼だって長身のほうだろう。今夜ここに集っている俺たち四人は、長嶺以外は背が高い。卓也さんも背が高い。この男もその誰にも劣らない背丈を持っていた。
「椎名さん、岸本さん、俺だよ。忘れた?」
 そいつが雄二と俺を見て問いかけ、俺は雄二と顔を見合わせた。
「……俺たちの名前を知ってるわけだな。知り合いか、岸本、誰だ、あいつ?」
「知らないよ、俺は。いや、どこかで見たような気はするんだけど、思い出せない」
「椎名キャプテン、雄二さん、岸本副キャプテン、俺だってば」
 キャプテン、副キャプテンとまで呼ぶこいつは、合唱部の後輩か。同年以上ならば俺たちをさん付けでは呼ばないだろうから、そうなのだろう。しかし、見覚えはある気がしても思い出せない。雄二も同様であるようで、ふたりして唸っていると、もうひとりの男が言った。
「知念さんってあんただろ」
「そうだけど、きみは?」
「ヒデさんが書いてたんだよ。いちばん頭がよさそうで、いちばん顔のいいのが知念秀介だって。あんたらみんな、俺を知らない? 今日はすっぴんだし、男は俺を知らないことも多いし、もう忘れられちまったってのもあるのかな。ミツグ、おまえも忘れられたんだろ」
「ヒデさん……?」
 その名前から連想するのは、フォレストシンガーズだ。
 大学に入学して合唱部に入り、当時のキャプテン、三沢さんから聞かされた。当時はフォレストシンガーズはアマチュアで、四年生の三沢さん以外は全員が合唱部出身のフリーター、本橋真次郎、乾隆也、小笠原英彦、本庄繁之、三沢幸生の五人グループだった。
 前々年度キャプテンだった本橋さんなんて、俺たち一年生はまったく知らないってのに、三沢さんは「うちのリーダーのもの真似」だとか言って声帯模写をやってくれて、ひとりでけたけた笑っていた。
 リーダー、乾さん、シゲさん、ヒデさんと三沢さんが呼んでいた先輩たちのうちで、ヒデさんが脱退したとも聞かされた。なぜだったのかは知らないが、ヒデさんがやめちゃったんですよ、と誰かに話していた三沢さんの声は寂しげだった。
 ヒデさんが脱退したフォレストシンガーズは、かわりに木村章を加え、俺たちが二年生の秋にメジャーデビューした。椎名、岸本、知念、長嶺に三年生の酒巻國友を加えたファイブボーイズとして、合唱部で活動していた俺たちも、みんなで祝杯を挙げたものだ。
 そのヒデさんか? ヒデさんがどうした? 雄二と俺には金髪男の言っている意味が理解できず、長嶺とネイルさんも彼をじっと見ている。と、知念が手を打ち合わせた。
「長嶺と俺はちょっと前に、沖縄でフォレストシンガーズに会ったって言っただろ。そのときにヒデさんにも会って、メールのやりとりをするようになったんだ。ヒデさんはブログをやってるんだそうで、フォレストシンガーズネタを書いてるって言ってた。だから俺はお願いしたんだよ。何月何日に沖縄の「マジソンスクエアガーデン」で、勝部卓也と長嶺彰浩と岸本稔と椎名雄二と知念秀介が集まる。この名前に心当たりがあって、暇のある奴は来てくれって。ヒデさんが書いてくれたんだね」
「そう。それで俺はそれを読んだんだ。ミツグも読んだんだよな」
「なるほど。で、きみは誰?」
 知念に尋ねられた金髪男はうなだれてみせ、もうひとりも腐った顔になり、ホムラさんが言った。
「ファイじゃないの? 燦劇のファイでしょ?」
「当たりーっ。俺はヒデさんのブログに書いてた五人の男にはなんの心当たりもないんだけど、沖縄の「マジソンスクエアガーデン」には心当たりがあったんだよ」
「エミーに聞いたのね?」
「そうだよ。あいつが言ってた通り、ホムラさんって美人だね。キスして」
「……タク、他のひとたちは怪訝な顔をしてるよ。説明してあげて」
 あつかましくもキスしてなどと言った、ファイって奴をかわして、ホムラさんが言う。燦劇のファイ……その名前にはかすかに心当たりがある。ミツグという名前にも心当たりはあるのだが、合唱部の二年後輩にいた綾羅木貢は、こんな奴ではなかったし。
「ホムラと俺はアメリカのニュージャージーで知り合って結婚したんだ」
 卓也さんが話してくれた。
「で、ホムラが想い出の地に旅をしたいって言うから、ふたりで行ってきたんだよ。そこで知り合ったのが、燦劇のギタリストのエミー。ファイの仲間だよな」
「裏切り者だけどな」
 口でそう言っているわりには、ファイは笑っていた。
「俺がアメリカのミュージシャンに曲を提供するきっかけを作ってくれたのは、エミーなんだよ。エミーはまだ帰ってこないみたいだから、時々はメールしたりチャットしたりもしてるんだ」
「エミーがどれだけギター修行したって、たいしてうまくなりっこねえのにさ」
「すこしずつは上達するさ。うん、きみがここへ来てくれたわけはわかったよ。きみらも燦劇のファイだったら知ってるだろ」
 燦劇ってのはビジュアルロックバンドだったか。俺がようやくそれだけを思い出したのは、なにかで見たことがあるからだ。燦劇とフォレストシンガーズは事務所が同じ。そんな共通点でもなかったら、ビジュアル系ロックになどなんの関心も持たなかった。
 人気はあったらしいが、燦劇は二、三年前に休止して、エミーはギター修行だと言ってロスアンジェルスへ旅立った。ヴォーカルのファイは日本に残り、もう一度燦劇をやりたいと考えているらしい。
「そんで、きみは?」
 みんなしてもうひとりの男に注目し、彼はぶーっとした顔になり、ホムラさんが言った。
「思い出したっ、演歌歌手の綾羅木ミツグ!!」
「ああ、よかった。誰も思い出してくれなかったら、帰ろうかと思ってたんだ」
「よかったな、ミツグ」
 演歌歌手とビジュアルロッカーがなぜ、友達みたいな仲なんだ? という疑問はさておき、俺はびっくりしてミツグを見つめた。
 さきほど、後輩の綾羅木貢はこんな奴ではなかった、と思っていたのに、こんな奴になってしまったのか。十年も前なのだから記憶はぼけているものの、あのころの貢はすかっとしたかっこいい奴だった。椎名雄二が合唱部に兄がいたせいで、椎名ではなく雄二と呼ばれていたのと同じ理由で、貢も姓ではなく名前で呼ばれていた。
 背が高くて爽やかな容貌で、歌のうまい女の子にもてそうな奴。
 合唱部は昔は封建的だったらしいが、俺たちが先輩と呼ばれるころになってからは、そんな気風は減る一方だった。俺たちの年齢は先輩にはへりくだっていたってのに、貢あたりだと丁寧語も使わない。一応は、キャプテン、岸本さん、などと呼んではいたものの、内実は友達扱いされていた。
 それにしても、貢はかっこいい奴だったのだ。なのに、なぜこんなに変わったのか。演歌歌手だからか。綾羅木ミツグなどという演歌歌手がいるとは、俺たちの後輩が演歌歌手になっていたとは、まったくもまったく知らない、その程度の歌手だからか。
 売れない演歌歌手を絵に描いたように、赤く染めた髪や派手な服装がむしろ無残に見える。ファイのほうは今どきの若い奴らしくおしゃれがうまくて服装も決まっているので、よけいにかもしれない。これほど似合わないペアもいない、の見本のようなふたり組だった。
「ゲストって、このふたりのことだったのか?」
 雄二が尋ね、いやいや、と知念が笑い、ネイルさんは長嶺になにやら耳打ちしてくすくす笑っている。ファイとホムラさんと卓也さんは、エミーって奴の話しをしている。はみ出したミツグが雄二と俺の間にすわり、俺はなにを話したらいいのかと戸惑って、雄二の脚を脚でつついていた。


4・雄二

 そうすると、ヒデさんのブログを読んだ誰かが飛び入りでやってくる可能性もあるのか。それは楽しみだと考えていたのは、ミツグとどんな話しをすればいいのかわからなかったからだ。
「まあまあ、どうぞ」
 営業スマイルみたいな笑顔で、ミツグが岸本と俺に酌をしてくれた。
「なつかしいな。岸本さんと椎名さんはなんの仕事?」
「俺はサラリーマン。雄二も同じだよ」
「サラリーマンか。つまんね」
 つまんねえのは事実だろうが、はっきり言うな、と言いたい。おまえみたいな売れない演歌歌手よりはいいよ、とも言えずに酒を飲むと、ミツグは言った。
「結婚はした?」
「してねえよ。俺ら五人、どの五人か覚えてるか?」
「椎名、岸本、長嶺、知念、勝部……勝部さんってどういうつながり? ひとりだけおじんじゃん」
「おじんではないけど、うちの大学の先輩なんだよ。彼は知念の医院に娘さんたちを連れてきてて、それで知り合って、同窓会のために店を貸してもらったそうなんだ」
「勝部さんじゃなくて、酒巻さんだよ」
「酒巻? DJの?」
 なぜかいやな顔をして、ミツグも酒を飲む。ミツグはファイブボーイズを覚えていないようなので、話す必要もないかと思って、俺は言った。
「酒巻さんも含めての俺ら五人だよ。卓也さんは結婚してるだろ」
「あとの五人は独身か。彼女もいないんだったりして?」
 正直に言いたくもないので、俺はその質問を黙殺する。岸本も俺と同じ態度を取る。彼にも俺にも彼女はいた時期もあるけれど、今はすっからかんのなんにもナシなのだった。
「俺には彼女はいるよ。結婚なんかできそうにもないし、できなくったっていいけど、もてるのはもてるからね。先輩たちはつまんねえサラリーマンだったら、もてもしないんだろ。みんな、東京?」
「岸本と俺は東京だよ」
「じゃあ、回してあげようか」
 お、ほんとか? と言いそうになって、かろうじて自制した。
「ミツグ、岸本稔って奴は血の気が多いってのは覚えてないのか? バカ言ってると殴られるぞ」
「……いい格好をする気はないけどさ」
 以心伝心が通じたか、岸本は苦笑いして否定はしない。学生時代には暴れん坊でなくもなかった岸本も、近頃はそんな無茶はしなくなった。
「いらないんだったらいいよ。もてない男が哀れだから言ってやってんのに」
 先刻から時おり、岸本が俺の脚を脚でつついている。怒るなよ、雄二、なのか。おまえのほうが哀れだろ、とミツグに言うと、喧嘩になるかもしれないから言わない。もてない、彼女がいない、そんな男は哀れなのかもしれない。
 合唱部には貢の三つ年上の兄貴がいた。兄貴がキャプテンだったからもあって、貢は一年生のときから肩で風を切っていたようなところはあった。合唱部では花形で、コンサートでは一年生の年からソロで歌って脚光を浴びて、あいつは歌手になるのかなと言われていたものだ。
 ファイブボーイズがフォレストシンガーズに続いていけたらいいと、夢見ていた俺。けれど、知念は医者に、酒巻さんはDJに、長嶺は坊主になると決まっていたようなものだったのだから、夢は夢でしかなかった。
 フォレストシンガーズと金子将一さんと徳永渉さん、俺たちの先輩にはプロの歌手になった男がこれだけいて、やっぱり俺とはモノが、できがちがうんだろうな、と指をくわえて見ていた。
 そんな先輩たちに続いていけるのは、貢しかいない。生意気な奴だけど実力はあるんだから、がんばれよ。俺は貢にひそかにエールを送っていたのに、卒業してしまえば綾羅木貢って後輩の存在をも忘れてしまっていた。
「売れない鬱屈ってのはあるらしいけど、あの三沢さんだからね」
 沖縄の知念、京都の長嶺は別として、ファイブボーイズの残り三人は卒業してからも交流があり、酒巻さんからそう聞いた記憶もあった。
「本橋さんは情熱の男、乾さんは内省の男、本庄さんは不屈の男、三沢さんはジョークですべてを笑い飛ばせる男。そんな先輩たちなんだから、売れなくったってめげないんだよ」
「ひとり、足りませんね」
「木村さんのことはよく知らないから」
 長く売れなかったフォレストシンガーズは、持ち味のちがう五人が支え合い、葛藤があったにしても乗り越えて成功したのだと俺は解釈している。フォレストシンガーズと較べればミツグが売れないったってキャリアは短いのだろうが、こいつは性格まで荒んできたのか。
 なんだか品性が下卑て見える。おまえも苦労してるんだな、とも言えなくて、三人ともに言葉少なく酒を飲んでいた。
「ええ? そうなの?」
 こっちが黙っていると、ネイルさんの声が聞こえてくる。非難の色のある声音でネイルさんが言い、長嶺が小声で、そうやけど……と応じる。なんなんだろと思っていたら、卓也さんが言った。
「おー、ヤス、入ってこいよ」
 ゲスト登場か? ヤス……卓也さんに呼ばれて入ってきた男を見て、岸本が言った。
「ヤスさん。お久し振りです」
「あん? ああ、岸本っつったか。久し振りだな。夜になっても暑いね。タクさん、酒、ビール。オリオンビール……」
「がっつくんじゃねえよ」
 会うのははじめてだが、岸本から彼については聞いている。わが母校出身のプロのミュージシャンのひとり、柴垣安武だ。
 パンクロックバンド、「チキンスキン」のベーシストであるヤスさんは、金子将一さんとは友達であるらしい。フォレストシンガーズや酒巻さんとも親しい、卓也さんとヤスさんはロック同好会の先輩後輩だとも聞いていた。
「で、おまえ、身の振り方は決めたのか」
 卓也さんが尋ね、ヤスさんは言った。
「おまえらは知らないかな。バンド自体がマイナーだからニュースにもならなかったけど、俺のバンドは解散したんだよ。それでタクさんが身の振り方とかって言ってるわけで、ああ、決めたぜ」
「新しいバンドか?」
「じゃなくて、弁護士になるんだ」
「そりゃまた突拍子もない」
「突拍子がなくはないんだよ」
「おまえの親父さん、弁護士だったよな」
 こいつ、法学部なんだぜ、と卓也さんが言う。俺たちの大学は知念の医学部と、ヤスさんの法学部が例外的に偏差値が高いのだから、ここに同窓の秀才がふたりいるわけだ。
「弁護士の試験を受けるのか、今さら?」
「一年も勉強したら、俺だったら軽いよ」
「まあ、おまえは世の中なめて渡ってきたんだから、俺には意見のしようもないよ」
「意見されたって聞く気はねえよ。ほっといてくれ」
 本気なのかな、さあ? と岸本と俺はこそこそ言い合い、ファイが言った。
「弁護士なんかやめて、俺とバンド組もうよ」
「おまえは誰だ。ああ、そのバカでかい図体、その顔、ファイだな」
「お見知りおきいただいて恐縮至極」
「恐悦至極だろ」
「乾さんの真似をしてみたんだけど、すべったね。ねえねえ、ヤスさん、俺の話しを聞いてよ」
「うるせえ」
 ねえねえ、とファイがヤスさんにすり寄っていっては、かなり本気で蹴られている。そのふたりにネイルさんが寄っていった。
「ヤスさんってロックやってるんでしょ。弁護士もやるの?」
「やるってか、俺がその気になったらなんだってできるんだよ。あんたは?」
「ホムラのいとこ、ネイル」
「ネイル? 爪か。ネイルアートもすげえな」
 言われて見てみると、ネイルさんの爪はでこでこにアートされている。ネイルさんはその手で泡盛のボトルを持ち上げて、ヤスさんに差し出した。
「おひとつどうぞ」
「ありがとう。俺は美人と飲むんだから、おまえはあっちに行け」
 長い脚を上げてファイを蹴飛ばし、ヤスさんはネイルさんと向き合う。俺は立っていって長嶺のとなりにすわった。
「急に相手が変わったって、ネイルさん、どうしたんだ?」
「さっき、岸本とおまえがミツグに話しとったやろ」
「どの話し?」
「おまえらふたりともサラリーマンやて。その話しが聞こえとったんや。ほしたらネイルさんが言うた。知念さんの友達だったらみんな医者かと思ってたら、ちがうんだ、ってな」
「で?」
「長嶺さんは? て訊かれたから、ほんまのことを言うた」
 寺の住職見習いってとこやな、と長嶺が言うと、ネイルさんの態度が変わったのだそうだ。
「俺も医者やと思われて、お愛想してくれてたんやな。俺が知念の次にここへ入っていったから、お、医者が来た、あわよくば、やったんかな」
「だったら知念に……」
「知念よりも俺のほうが手ごわくなさそうとか?」
 自嘲気味に笑って、長嶺は言った。
「現実ってこんなもんやろ。ヤスさんが弁護士やとか言い出したから、医者があかんかったら弁護士ってわけで、鞍替えやな。まあええわ。美人と飲んで話して、楽しかったもんな」
「そんならいいけどさ」
 職業を知って態度を変えるような女に、ひっかからなくてよかったじゃないか。俺は心で呟く。ヤスさんだったらそんな女にはひっかからないだろうから、似合いのふたりだとも言えた。

「唄しゃ達(たぁ)ぬ夜が更け 踊(ぶどぅ)しゃ達(たぁ)ぬ夜が更け
 太陽(てぃだ)ぬ上るまでぃ舞い遊(あし)ば イラヨイマーヌ舞い遊(あし)ば

 月夜浜(つきやはま)には花が咲く ゆりのような花が咲く
 青い白くもえてよ イラヨイマーヌ花が咲く

 イラヨイマーヌ桃(とう)ぬ花 イラヨイマーヌキビぬ花
 イラヨイマーヌ木綿花(むみんばな) イラヨイマーヌ花が咲く

 月(つき)ん灯(あかり)ん波に受け 戻(むどぅ)し戻(むどぅ)さりぃくぬ浮世(うちゆ)
 大和世(やまとゆ)までぃ照(てぃ)らし給(たぼ)り イラヨイマーヌ照(てぃ)らし給(たぼ)り

 イラヨイマーヌ波にぬれ イラヨイマーヌながされて
 イラヨイマーヌ照(てぃ)らされて イラヨイマーヌながされて

 イラヨイマーヌ桃(とう)ぬ花 イラヨイマーヌキビぬ花
 イラヨイマーヌ木綿花(むみんばな) イラヨイマーヌ花が咲く

 イラヨイマーヌ 大和(やまと)の世(ゆ) イラヨイマーヌ 沖縄(うちなぁ)の世(ゆ)
 イラヨイマーヌ 宮古の世(ゆ) イラヨイマーヌ 八重山の世(ゆ)
 イラヨイマーヌ 大和(やまと)の世(ゆ) イラヨイマーヌ 沖縄(うちなぁ)の世(ゆ)
 イラヨイマーヌ花が咲く」

 沖縄弁なのか。卓也さんが弾くギターに合わせて、ホムラさんが歌っている。ファイとミツグが内緒話をしている。岸本はホムラさんの喉だか、卓也さんのギターだかに聴き惚れている様子だ。ネイルさんはヤスさんにしなだれかかり、ヤスさんはネイルさんをくすぐってでもいるのか、きゃっ、やめてっ、などと嬉しそうに言われていた。
「すこし歩くけど、浜に出ようか」
 俺のそばに来ていた、知念が言った。
「みんなで浜に出て、イラヨイ月を愛でよう」
「イラヨイってどういう意味だ?」
「愛しいだな。イラヨイマーヌってのは囃し言葉だよ」
 行こうぜ、と知念が促す。店主夫妻、奥さんのいとこ、合唱部出身の六名の男、ロックと弁護士の両方の才能を持つらしき男、ほとんど関係ないビジュアルロッカー、十人の男女はイラヨイ今宵の月に誘われて、ぞろぞろと店の外に出ていった。


END
 


 

 
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