番外編

番外編84(ここにいるの?)

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番外編84

「ここにいるの?」


 あんなに歌が上手なのに、あんなに素敵な歌なのに、どうしてフォレストシンガーズは売れないんだろ。
 ずーっとずっと疑問だったフォレストシンガーズが、すこしずつ売れてきているらしい。はじめての全国ライヴツアーって、有名になってきている証拠だ。チケットを売り出して即、ソールドアウトではなさそうだし、ライヴホールも大きくはないけれど。
 「八年目のフォレストシンガーズ・政令指定都市を旅する」。
 大学生のときにほんのちょっとだけ、私はフォレストシンガーズの三沢幸生とつきあっていた。つきあっていたというのか、もののはずみだったというのか。
「三沢くん、アイちゃんが……」
 合唱部では一番の友達のアイちゃんが亡くなり、三沢くんと抱き合って泣いた。
「三沢くんはアイちゃんが好きだったの?」
「好きだったよ。サエちゃんだって好きだったんだろ」
「そういう意味ではなくて……」
「うん、俺、アイちゃんに恋してた。ふられちゃったんだから、友達になろうとしか言ってもらえなかったんだから……」
 なのだから、三沢くんはアイちゃんの葬儀にも参列はしていなかった。
 友達を失くした私と、恋をしていた女の子を失くした三沢くんは、アイちゃんについて語り合ううちに擬似恋愛に陥った。三十歳にもなると、あのときの心の動きはそうだったのだと思える。
「俺は女の子とは喧嘩はしないんだよ。だけど、サエちゃんと話してると……」
「私と話してるとなんなの? イライラするの?」
「はっきり言ったらそうかも」
 十九歳の擬似カップルはそんな喧嘩をするようになり、じきに別れた。
 男子部と女子部に分かれている合唱部では、男子の誰かなんて知らない、という顔をすることはできる。男子部の誰かとつきあっていて、別れたらサークルもやめてしまう女の子もいたけれど、私は合唱部はやめなかった。
 二年年上の本橋さんと乾さん、一年年上の本庄さんと小笠原さん、男子部のメンバーと三沢幸生の五人の「フォレストシンガーズ」が結成されたことは、合唱部では評判になっていた。
 四年生になると三沢くんが男子部のキャプテンになり、大丈夫なの? なんて、女子部で噂して笑っていた。同い年の三沢くんが卒業し、私ももちろん卒業して普通の会社の普通の会社員になり、仕事にも慣れてきた初秋のある日に、フォレストシンガーズデビューを知った。

「男性五人組のフォレストシンガーズ。
 リーダー、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
 デビューシングルは「あなたがここにいるだけで」。
 地味なルックスの男性たちであるが、二十二歳から二十四歳までの若さにあふれたハーモニーは絶品である」

 新聞の小さな囲み記事を切り取って、今でも保存してある。小笠原さん、やめちゃったんだ、木村章って誰だろ。記憶にはあるような。
 同じ大学の先輩たちと、ほんのちょっとだけつきあっていた男の子のグループがプロになった。関係なくはないのだから嬉しくて、ソロライヴをやるようになったら聴きにいこうと決めて楽しみにしていた。
 なのに、彼らはまったく売れない。なぜなぜ? 地味なルックスだと言われるからだろうか。たしかに、本橋さんも乾さんも本庄さんも、特に目立った顔でもなかったし。三沢くんは可愛い顔をしていたけれど、さほどインパクトはないし。木村章って知らないし。
 それから私は結婚し、主婦になった。子供ができないから再就職して二年ほどがすぎて、三十歳になった私が、インターネットでフォレストシンガーズ公式サイトを眺めていたら、その日記が目に入ってきたのだった。

「某月某日

 こんにちは、木村章です。
 決定しましたー。俺もよくは知らなかったんだけど、日本の政令指定都市ってどれだけあるか、ファンのみなさんは知ってる? これだけあるんだよ。
 大阪府大阪市、愛知県名古屋市、京都府京都市、神奈川県横浜市、兵庫県神戸市、福岡県北九州市、北海道札幌市、神奈川県川崎市、福岡県福岡市、広島県広島市、宮城県仙台市、千葉県千葉市、埼玉県さいたま市、静岡県静岡市、大阪府堺市、新潟県新潟市、静岡県浜松市。
 このすべてを「八年目のフォレストシンガーズ・政令指定都市を旅する」と名づけたツアーで回ります。我々初の日本全国で歌うツアーです。
 どこでもいいから、一度ではなく二度でも三度でもいいから、都合のいい日、都合のいい場所に来て下さいね。お待ちしてます」

 今では誰なのか知っている木村章。彼もまた一年生のときだけは私たちの合唱部にいたのだとは、彼の高い高い歌声を聴いて思い出していた。
「サエちゃん、フォレストシンガーズのライヴ、行こうよ」
 合唱部の友達とはほとんどが疎遠になっている中で、唯一、細い糸が続いているミオちゃんが電話をしてきてくれた。
「ライヴ情報は見たんでしょ? どこに行く?」
「ミオちゃんは子供、どうするの?」
「旦那に見させるから大丈夫だよ」
 ミオちゃんが住んでいるのは埼玉、私は千葉だから、神奈川にしよう、横浜にしよう、電話で相談がまとまった。
「三沢くんって横須賀出身なんだよね。横浜だったらお母さんや妹さんも来るのかな」
「サエちゃんは三沢くんの家族に会ったことはあるの?」
「ないけどね」
 デートしていて急に、物陰に引っ張り込まれたことがある。三沢くんのアパートの近くで、妹さんたちが道のむこうにいたからだと言われて、妹さんと私が会ったらいけないの? と私が怒って喧嘩になった。
「雅美ちゃんと輝美ちゃん、遠くからだったら妹さんたちを見たよ。小さくて可愛い子たちだった」
「さすがにサエちゃんは三沢くんに詳しいね」
「昔々だよ」
 十代だった私たちは、未来に向かって歩いていた。
 私は合唱部のエキストラメンバーのようなもので、歌もちっとも上手でもなかったから地味な存在だったけど、フォレストシンガーズの五人は知っている。ミオちゃんとの通話を切ると、学生時代の五人が蘇ってきた。
「乾さん、おはようございます」
 朝、学校の門の前で出会った二年年上の乾さん。おはよう、サエちゃん、って名前を呼んでもらって感激だった。
「そやきに、ビールなんつうもんは酒やないんや」
「ビールだって酒だよ。アルコールが入ってるんだから」
 飲み会の席で言い争っていた、一年年上の本庄さんと小笠原さん。
「可愛いなぁ」
 部室の外のベンチにいた木村章くん、そばを通るときにそんな声が聞こえ、振り向いてみたら、私たちの同級生の片瀬美耶子ちゃんの姿があった。木村くん、ミャーコちゃんが好きなんだね、とくすっと笑っていたあのころは、私の隣にはアイちゃんもいた。
「なにやってんの?」
「うわ、どうしたんだろ」
 合宿の夕方の海辺で目撃したのは、本橋さんが男子部の下級生たちを砂浜に投げ飛ばしている姿だった。お相撲? それにしたら本橋さんの顔、怖いね、と言い合った相手もアイちゃんだった。
「あれはさ、一年、二年生の男が数人で、女の子を脅かして泣かせたんだよ。それで本橋さんが怒って、おまえらまとめてかかってこいって言ったんだ」
 翌日に三沢くんが教えてくれた。
「うへ、おっかねってなりながらも、後輩たちはまとめて本橋さんに飛びかかり、まとめて投げられたってわけ。俺は悪さはしてないから叱られなかったけど、アイちゃんとサエちゃんも見てたんだね。迫力あっただろ」
 そんな彼らがプロのシンガーズになり、ライヴツアー、私には関係ないとは思えなくて、無性に嬉しかった。


 横浜市のコンサートホールは満席とまではいかないものの、ライヴ前の期待と熱気が充満している。チケットを売り出してすぐに買ったから、ミオちゃんと私の席は真ん中のほうで見やすく、聴きやすそうだ。
「私の隣、キャンセルかな」
「そうかもね、もったいないね。けっこういい席なのに」
 でもね、とミオちゃんは言った。
「ファンクラブに入ってると、もっといい席が買えるんだよね。私もファンクラブに入ろうかな。無駄遣いだって旦那に怒られるかな」
 専業主婦のミオちゃんは迷っていて、どうしようかなぁ、と私も言っているうちにも、胸がどきどき、わくわくしてくる。
 大規模ではないライヴだったらフォレストシンガーズもやっているが、私は聴きにいったことはない。ラジオで彼らのトークを聴いたり、ごくごくたまにテレビで見たり、CDで聴いたり、インターネットをチェックしたり。
 こうして比較的近くから、生の彼らを見るのは十年近くぶり? むこうからは私が見えるはずもないのに、ほんの短い間のつきあいの私なんて、三沢くんだって覚えていないだろうに、胸がときめくってバカみたい。
「ああ……あれ?」
 ミオちゃんが首をかしげ、どうしたの? と問い返そうとしたときに、客電が消えた。
 きゃあっ!! と女性の嬌声が響き、拍手が湧き起こる。ステージに五人が登場して、中央に立つ本橋さんが叫んだ。
「みなさまっ、ようこそいらっしゃいましたーっ!!」
「フォレストシンガーズでーすっ!!」
 五人の声がそろって、私の胸がいっぱいになる。そこからは歌とトークに引き込まれて、余分なことなど考えている余裕はなかった。
「はー、よかったねぇ、ミオちゃん」
 アンコールも含めて約三時間のライヴが終了すると、俄かには立ち上がれない気分で囁いた。
「私、フォレストシンガーズのファンクラブに入る」
「私も。フォレストシンガーズはこれからだって人気が上昇するんだろうから、そのうちにはファンクラブに入ってないとライヴチケットが買えなくなりそうだもんね。この次のライヴにも一緒に行こうね。サエちゃん、約束だよ」
「うん、約束」
 しばらくはライヴの余韻に浸ってから外に出ると、私は尋ねた。
「ライヴがはじまる前に、あれ? って言ってなかった?」
「あれね。サエちゃんは気づかなかった? 三沢くんは気づくはずないよね」
「なんなの?」
「三沢くんは覚えてもいないのかな。あのころ、サエちゃんは私にも話してくれたでしょ。サエちゃんは覚えてるよね」
「アイちゃん?」
 彼女が亡くなってから十年以上になるのに、口に出すと悲しいからミオちゃんにも言わなかった。
「そう。サエちゃんの隣の席、結局誰も来なかったでしょ。ライヴ開始前にそっちを見たら、若い女の子がいるような気がしたの。嬉しそうな顔をして、ステージを見つめてた。アイちゃんに似た女の子だったの」
「ミオちゃん……それって……」
「私もライヴを夢中で見て聴いてたけど、時々、そこに目をやったんだ。気のせいなのかもしれないけど、はっきりとはしないけど、いたよ。アイちゃんも一緒に、フォレストシンガーズのライヴを聴いてたの」
「うん、きっとそうだね」
 嘘、やめてよ、などと否定する気にはなれなかった。
 この台詞がミオちゃんの思いやりなのだとしても、ジョークなのだとしても信じよう。アイちゃんは三沢くんには恋はしていなかったのかもしれないけど、合唱部の同級生として、私と同じにずっと応援してくれていたはず。
「これからも一緒に、応援しようね」
「うん」
 返事をしてくれたミオちゃんの声に、若くて可愛い女の子の声が重なって聞こえた。

END



 
 

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~ Comment ~

これからは・・・

コンサートに行くといつも、自分の買えなかった良い席が、空いていたりして、もったいないなぁ~ ( ̄¬ ̄*)じゅるぅ

って思っていましたが・・・これからは、アイちゃんみたいな人が座ってはるんやと・・・・
でも、ちょっと怖いかも |||||/( ̄ロ ̄;)\||

乃梨香ちゃんへ、怖いかもね

乃梨香ちゃん

いつもありがとうございます。
そういうこと、ありますよねぇ。
あんな席、空いてる。
あのあたりにすわりたいのに、もったいなーい。

というようなところからできたストーリィです。

そのミュージシャンのファンの人の怨念が漂っていたりすると……ううう、怖そう。
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