ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブストーリィ「オーヴァチュア」

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グラブダブドリブ

「オーヴァチュア」

 自転車をこいで剣道の昇段試験に出かけた日、俺はあいつに出会った。
 大人と向き合ってもひけは取らない長身を誇っている俺よりも、あいつはさらに背が高い。年頃は同じくらいであろうに、顔つきが大人びている。それだけのことで反感を持ったから、俺はそいつとは顔を合わせても挨拶もせず、口もきかなかった。
 剣道とは礼節を重んじるものなのだから、挨拶もしなかったとなると、ガキのころから習いにいっている道場の師範に怒られるだろう。親父が生きていたとしたら殴られるだろうし、弟たちに知られたら侮蔑されそうだ。
 しかし、嫌いなものは嫌いなのだからしようがない。俺は一度嫌いになった奴は絶対に好きにはならない。あいつを嫌った理由? 顔も態度も表情も気に入らないからだ。性格だって悪いに決まってるからだ。
 実技審査と学科試験を受けたものの、いずれもうまく行かない。なんだかむしゃくしゃするのは、あいつのせいだ。きっと今回は試験にすべっただろう。
 むしゃくしゃがおさまらないまま、自転車をこいで帰路をたどる。大人だったらこんなときには酒を飲むのか。飲もうと思えば俺だって飲めるけど、ばれたら段位を剥奪されるかもしれなくて、そんな不名誉な事態になったら、親父に申し訳が立たないから我慢して、酒ではなく自転車のペダルに鬱憤をぶつけていた。
「うわーっ!!」
 河原にさしかかったところで、目の前に犬が飛び出してきた。そいつをよけそこねて派手に転倒した俺は、犬に向かって怒鳴った。
「危ねえだろっ!! こらっ!! 家出犬かよっ!! 犬のくせしてひとりでどこへ行くんだっ?!」
 首輪をつけてリードもつけた犬は、むこうのほうで立ち止まって俺を見ている。飼い主は近くにはいない様子で、犬が俺に、ごめんね、と言った気がした。
「うん、あやまるんだったら許してやるよ。気をつけろよ、ってか、うちに帰ったほうがいいぞ。俺は平気だから」
 足がちょっと痛いけど、俺は平気だ。が、立ち上がって自転車をこごうとしたらやけに重い。降りて調べてみると、後輪のタイヤがぺちゃんこになっていた。
「パンクしたのか、ここらへんには自転車屋ってのはないな」
 低くて響きのいい声、女だったら美声だと感じるのかもしれないが、俺には薄気味悪く聞こえる男の声がして、振り向いた。
「あ……てめえ」
「沢崎くんだろ。沢崎司」
「なんで俺の名前を知ってるんだ」
「昇段審査の会場で一緒だったとは、おまえだって気がついていたはずだ。興味を持った人物の名前は簡単に調べられるよ。俺は真柴豪、おまえと同い年だ」
 差し出してくる手を無視して自転車を押して歩き出したら、真柴も自転車を押してついてきた。
「俺もおまえと同じ、三段を受けたんだよ。高校生で三段ってのはなかなかのものだろ」
「てめえも三段なんだろうが。なかなかのものだって自分で言うな」
「事実なんだからさ」
 名前を調べるのが簡単だったら、俺が何段を受けたのかも調べるのは簡単だっただろう。おそらく俺は不合格になったであろうというのも真柴だったら調べていそうで、彼は合格したのかどうか、癪なので尋ねたくもなかった。
「ギター、好きか?」
 唐突に訊かれて面食らう。真柴の目は俺のバッグにつけたギターのキーホルダーを見ていた。
「バンドやってるんだよ。俺はベースなんだけど、ベースギターのフィギュアだのキーホルダーだのなんてあまり売ってないだろ」
「この間、TOJO楽器で見たよ」
「ほんとか? どこのTOJO楽器?」
「今度、連れていってやるよ」
 うん、ありがとう、と言いそうになってから慌てて、真柴を睨み上げた。
「なんでそう、俺に話しかけてくるんだよ」
「いや、別におまえに恋したってわけでもないんだけど……」
「てめぇ……」
「冗談だって。俺は男には恋なんかしないよ」
 当たり前だ、と切り返すのもおぞましい。普通は男は、男に「恋をしたのではない」とは言わないものだ。信じられない発想をする奴だった。
「俺もバンドをやってるんだ。俺はキーボードだけど、ロックやってる奴の匂いってのは嗅ぎつけられるものなんだよな。その上に、おまえも俺も剣道もやってる。その上に……俺はおまえを尾行してたんだ。恋したからじゃないけど、ずっと見てたんだよ。足は大丈夫か?」
「ああ、足は平気だ」
 一度、嫌いになった奴は絶対に二度と好きにならないはずだったのに。
 いや、俺は真柴豪を好きになったわけではない。気に入らない奴だとの感覚は長く濃く残っていた。長く濃くとなったのは、それから豪とは同じ大学に進み、同じロックの道を歩くようになり、そしてそして……だったからだ。
 あのとき、豪と俺が出会わなかったとしたら、グラブダブドリブはこの世にはなかったのか。だとしたら、ファンのみなさま、俺たちの出会いに感謝してくれよ、なんて言ってみているからなのだ。

「魔法使いの島」に続く。

 
 
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