グラブダブドリブ

「ローレライ」 

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グラブダブドリブストーリィ

「ローレライ」



天上天下唯我独尊。歌に関してならばまだしも、世の中のすべてにおいて「俺が、俺が」のジェイミー・パーソンは、そう呼ぶに値する男である。
 そんなジェイミーがある日、中根悠介に向かって言った。
「俺なんか頭がよくないからさ」
「いや、ジェイミーは別に頭は悪くないだろ」
「おまえと較べたら俺は頭は悪いよ」
 ふむ、と一瞬考えてから、悠介はけろりと言ってのけた。
「そりゃあな、較べる対象がまちがってるんだよ」
 ジョークなのか、はたまた本気なのか? ドルフもボビーも司も言葉をなくし、言われたジェイミーも絶句し、悠介は微笑んでいた。
「俺は謙遜したんだぞ。冗談で切り返すのはいいけど、他になんとか言いようってのがあるだろ」
 瞬時絶句していたジェイミーが言うと、悠介はしらっと言った。
「謙遜だなんて、ガラにもないふるまいをするな。おまえはその、謙遜とは無縁の傲慢さが持ち味なんだから」
「悠介には言われたくねえんだけどな」
 珍しくもジェイミーは力なく反論していたのだが、悠介は、今のはジョークだよ、とは言わなかった。
「へええ。みんなそろって傲慢?」
 二十代はじめのころに、誘われて彼女たちのガールズバンド「プシィキャッツ」のドラマーとなった。チカ、マナ、リリ、セナの四人としばらくはバンドをやっていたのだが、マナが結婚するからと言って脱退し、その機に乗じたかのごとく、ドルフも脱退した。
 そこでプシィキャッツは解散となり、それぞれがそれぞれの道を歩きはじめた。
 マナは主婦として、セナはソロシンガーとして、リリはピアノ教師として、各々暮らしていると、ドルフはチカから聞いている。チカは他三名と時折は連絡を取り合っているそうなのだが、ドルフはチカ以外の女たちとはまったくの没交渉になっていた。
 セナは音楽を続けているのだが、チカが詳しい話をしないところを見ると、売れっ子シンガーではないらしい。
 リリも音楽の道を歩んでいるとはいうものの、ロックとは無縁の世界に生きていて、結婚して子供もいるそうだ。
 マナは音楽もやめてしまって、主婦になっている。ロックの道を歩み続けているのはチカとドルフだけだ。が、それゆえではないおかしな縁があったとも言える。
 グラブダブドリブというロックバンドを結成して、プロデビューも決まったと、ドルフはチカに告げ、そのころにはいくぶん理解しつつあった仲間たちについての話もした。ジェイミーと悠介のやりとりを話すと、チカはふーんと考え込み、そして言ったのだ。
「悠介って奴、ほんとに頭がいいの?」
「うん、相当切れるよ」
「そうなのか。けど、みんなそろって傲慢って、やりにくくないのか?」
「ジェイミーは傲慢だし、悠介はジェイミーの上手を行く傲慢男みたいだけど、ボビーはそうでもないよ。俺だって傲慢じゃねえだろ」
「あんたは見た目が傲慢なんだよ」
「そっかね。いいんじゃねえのか? 真柴豪ってプロデューサーが、俺たちを見出したって話しはしただろ。豪もけっこう傲慢な野郎でさ、悠介が言ったんだよ。あんたのその傲慢さが気に入ったってさ」
「ふーーん。まあ、あたしもそういうのは嫌いでもないんだよね。ロッカーなんてのはいじけてちゃどうしようもないんだから。あたしも傲慢に生きよう」
「おまえはもうそれで十分だよ」
「いいや。全然足りねえんだよ」
 足りなくはないけど、そうしたいんだったらそうすればいいだろ、としか言いようのなかったチカは、後にロンドンにギター修行に出向き、当地でアイドルシンガーのバックギタリストとしての仕事に就いた。
 そのチカが先ごろ、男にプロポーズされたのだと言う。プロポーズされたのははじめてではないとも言っていたが、ドルフは信用していない。はじめてだったにちがいない。
 いったいどこの酔狂な男が、この男みたいなチカにプロポースしたんだ? 気になって、そいつが誰なのかを知りたかったのだが、ドルフの知らない男なのだそうだ。ということは、チカがバックでギターを弾いているイギリス人シンガーではないだろう。
 本職は学生だとかで、不定期な活動をしている彼の名は、パディ・ルイス。まだ十代の美少年だ。チカの仕事も不定期であるので、時折は日本に帰ってきて、ふらふらとドルフの住まいに泊まりにくる。
 ふらふらするのが趣味のチカは「流れ者のギタリストに男はいらねえ」が口癖なのだが、夫はいらなくても男は欲するのであるようで、なかなかに男性関係は盛んだと見える。
 どこかへふらふらとさまよっていって、どこかのドルフの知らない男と恋をして、そいつにプロポーズされたのか。いずれにせよ、チカはプロポーズを断ったと言っていたのだから、ドルフが関知する必要はない。
 よくよく考えれば、チカがどこかの男と結婚したってかまわないのだが、結婚はしないと言っているチカに、妙に安心してしまう自分の気持ちが不可解なドルフだった。

 
 主婦になっているプシィキャッツ時代の友人、マナが、日本に帰っているチカに電話をしてきた。
チカとていつもいつも日本ではドルフの部屋に入り浸っているのではなく、稀には田舎に引っ込んでいる両親の家にも帰る。
 そこに電話をしてきたマナは、主婦業なんて最悪、結婚なんてするんじゃなかった、お決まりのぼやきを連発してから言った。
「たまにはいっしょに旅行にいこうよ。チカはひとり旅が好きなんだろうけど、あたしともつきあってよ」
「あんたとつきあうと愚痴ばーっか聞かされるからやだ」
「愚痴は言わないからさ。ね、チカ、温泉に行こう」
「静かなところだったらいいよ」
 渋々ながらマナと出かけていった温泉場には、薄気味の悪い噂が流れていた。
「チカ、出るんだってよ」
 噂を聞いてきたマナが、チカに話した。
「この旅館じゃないけど、近くの温泉宿にこれが出るって」
「これ? うぎゃ、やだっ。そんなの嘘に決まってるだろうけど、想像しただけでやだっ!! マナ、帰ろう」
「チカはこの手のものには弱いんだったよね。大丈夫、あたしが守ってあげるから」
「あんたなんかに守れるかっ」
 これ、と幽霊の手つきをしてみせるマナと、帰ろうよ、大丈夫だよ、と言い合って、チカが負けた。
「せっかく家を抜け出してのんびり骨休めに温泉に来たっていうのに、そんなんで帰ったらまたしばらくどこにも行けないじゃないの。あたしは愚痴は言わないから、チカも帰るなんて言わないで」
「……しようがねえ。どうせ噂なんて嘘だよね。嘘だと信じる。マナ、温泉に入りにいこう」
「そうそう。嘘じゃないにしたって、大げさなんだよ、きっと」
 そうと信じてマナと温泉につかり、旅館の料理と日本酒にほんわか酔っているうちには、幽霊でもなんでも出てきやがれ、の気分になっていった。
「出なかったじゃんよ。マナ、やっぱあんなのただの噂だったんだよね」
「あたしたちの旅館には出なかったけど、噂の旅館には出たかもね。あ、ここだよ。見にいく?」
 翌朝、ふたりで散歩していると、マナが立ち止まった。
「やだって言ってんだろ」
「朝っぱらから幽霊なんか出ないよ。どんな旅館なのか見にいこうってば」
「あたしはやだ。マナがひとりで行け」
「臆病なんだから、チカらしくもなく」
「なんとでも言え」
 マナは幽霊が嫌いではないらしく、好奇心につき動かされた様子で旅館に入っていった。チカはひとりになって、ぶつぶつ言いながら歩いていた。
「朝っぱらだってなんだって、噂にしたって大げさにしたって、そんなもんが出るかもしれない、昨夜は出たのかもしれない場所に、近づきたくないよ」
 ぐるっとあたりをひと回りしたものの、鄙びた温泉地には見るべきものもない。ひとりで帰って温泉に入ろう。マナ、てめえ、つまんねえ真似をしてるとほっぽって帰るぞ。
 そう言いつつ宿に戻り、温泉に入って出てくると、部屋にマナが戻ってきていた。マナが戻ってきているのは当然だが、もうひとり、男がいた。男はしみ入るような微笑を見せ、チカの名を呼んだのだった。
「誰? あたしがチカだって知ってるのは、マナが話したからか。だけどさ、あたし……あんたの顔を覚えてるよ」
「僕も覚えていたよ。マナさんとあの宿の庭で会って話してて、マナさんの連れが加西チカさんって女性だと聞いて、会いたくて連れてきてもらったんだ」
「……マイム?」
 むろんずいぶんと大人になっている。背が伸びて大人の声にもなっている。だが、チカの記憶にはありありと少年の日の彼が残っていた。彼の顔には少年時代の面影も残っていた。
「チカ、どういう知り合い?」
「中学一年生の美少女だったころに、あたしは初のひとり旅をしたんだよ」
「美少女って……自分で言うな。それで?」
「マナ、茶々を入れずに聞け」
 その地でチカは、同い年の少年と出会ったのだ。
「マイム? ハーフ?」
「ちがうよ。こう書くんだ」
 彼が砂浜に綴ってみせた名は「国後舞夢」であった。
「くなしりまいむ」
「……どこまで苗字なんだ、ってのか、読みにくい名前だね。あたしは加西チカっていうんだ。加える西にカタカナのチカ。なんつうチープな名前なんだろ。母さんがさ、チカって名前にするとどんな苗字の男のひとと結婚してもおさまりがいいからってつけたんだそうだけど、地下って苗字の男と結婚したらどうするんだよ。チカチカだぞ」
「そこまで考えたらキリがないけど、シンプルな名前のほうがいいよ。僕なんかママの趣味でこんな変な名前をつけられて、どれだけ苦労してると思う? チカもハーフかって訊いたけど、ハーフだの女の子だの、なんて読むの? だのってさ、こんな名前は嫌いだよ」
「マイム。響きは悪くないよね」
「僕が名前に文句ばっかり言うからって、弟には次郎って名前をつけたんだよ。極端なんだから」
 家族そろってその海辺に遊びにきていたマイムの弟の次郎が、ホテルに到着早々発熱して寝込んでしまった。まだ小学一年生の弟に、両親がかかりっ切りとなり、つまんないから僕はひとりで遊びに出たんだよ、とマイムは話した。
 そうして知り合ったマイムと、ふたりしてささやかな冒険をして、チカの初のひとり旅が幕を閉じたのだ。
「あの冒険のせいだよね。マイムって霊感があるんだとか言っててさ、あたしは嘘だと思って信じなかったんだけど、実際、ちょこっとはあったみたいでさ」
 遠く霞んだ少女のころの思い出の中で、微笑んでいる少年が、大人になった姿で微笑んでいる。長身のチカと背丈にさほどの差はないようだが、すらりとした肢体も笑顔も、あのころとはちがっていた。今となっては少年ではなく、「少年のような」と形容する笑顔で、マイムは言った。
「幽霊騒ぎはあなたたちも聞いてるんだろ。僕は現在はこういう仕事をしてるんだよ」
 差し出された名刺には「マイム霊能力研究所、所長、国後マイム」と書かれている。マナはその名刺を見て眉根を寄せ、チカは思わず声を立てて笑った。
「マイムって名前にぴったりじゃん。幽霊騒ぎを解決にきたのか」
「そうだよ」
「ええ? ほんとに?」
「そうなんだよ。僕はここからわりあい近い土地で研究所をやってるんだ。幽霊が出るって噂があって、本当に幽霊らしきものを見たって証言もあるそうで、この温泉場の人々は困ってるんだ」
 幽霊が出るとの噂は、好きものの心をそそるかもしれない。それで客が増えるとも考えられる。が、素朴な土地の人々は、そういった事柄で客を集めることを好まなかった。
 そこで土地の人々の協議の結果、マイムが呼ばれ、事態の究明に当たっているのだそうだ。漫画みたいだとチカは感じたのだが、少年時代のマイムが、たしかにそれらしきふるまいをしたのも覚えていた。
 マイムとふたり、名前の話や学校の話をしながら海辺を散歩していた。チカが美少女だったころの思い出に、それが残っている。
 夏休みだというのに、浜辺はやけに森閑としていた。午睡の時間ででもあって、午前中に遊び疲れた滞在客が、こぞってホテルなり民宿なりに引き上げてしまったのだろうか。見渡すとあたりにはマイムとチカしかおらず、チカは不思議な心持になって海を見た。
「誰かいるよ、マイム。あんなところに……遠いところに……女の子だよね。ひとりであんなところへ泳いでいったんだろか」
 沖合いの小島といおうか、大きな岩であろうか。そこに長い髪をした少女に見える人間がすわっているのが、チカには見て取れた。
「……ローレライを思い出すね」
 言ったチカに、マイムはきびしい顔を向けた。
「チカの言う通りじゃないのかな」
「あの子がローレライ? それっておとぎ話の世界にいる妖怪だろ」
「チカ、僕には霊感があるんだよ」
「……つまんね。馬鹿らし。そういう話は聞きたくないんだよ」
「霊感っていうと馬鹿らしいんだろうけど、僕には特殊な能力っていうのか、そういうのがあるんだ。ちっちゃいころから知っていたけど、他人に話しても信じてはもらえない。きみも信じてくれないんだね」
「信じないよ。あんたが嘘つきだっていうんだったら、そっちを信じる」
 子供とはいえ、チカは純情な少女ではなかった。頭からマイムの台詞を否定し、笑い飛ばそうとしたのは、当時からそのたぐいが怖かったからかもしれない。
 が、マイムはあのものはローレライのような存在だと言い張り、確認しにいくと言った。やめろと言ってもどうしても行くと言う。ひとりで行かせるのは危険だと思ってしまったチカは、マイムとともに海に入っていったのだ。
 チカもマイムも泳ぎは得意なのだが、万が一があってはいけない。食べ物や帽子なども売っているヨシズ張りの海の家で、レンタルの浮き輪を借りることにした。
 海の家のおじさんもこっくりこっくり居眠りをしていて、つついても声をかけても起きないので、とりあえずは無断で大きくて丈夫な浮き輪を借り、ふたりして冒険の海へと泳ぎ出した。
 そこからのチカの記憶は曖昧だが、少女はローレライそのものではなかった。当然ではあるが、ヨーロッパ民話だか民謡だかに登場するローレライとは別の存在で、人魚姫のようなものだったのかと、チカは今になって思う。
 沖の岩に三人して腰かけて、チカは黙って、マイムの声と少女の透明な声を聞いていた。あのころはマイムも透明な少年の声をしていて、ふたりの会話は海の風のように、音楽のように耳に心地よく響いていた。
 声は聞こえるのだが、会話の内容がまったく聞き取れない。マイムの声すらが潮風にとけていくようで、チカはあるいは、半ばまどろんでいたのかもしれなかった。
「そんなところでなにをしてる?」
「子供がこんなところで、なにやってんの?」
 カラフルなボートに乗った大学生くらいの年頃の男女が、チカとマイムに声をかけてきて、チカは我に返った。
「あなたたちはずっとそこにいた?」
 マイムが問い返し、男が答えた。
「いたよ。だいぶ前にボートに乗って沖まで出たんだけど、むこうの岩に子供がふたりいるって、彼女が言うもんで気になってさ。きみらは泳いできたのか」
「ふたり? 三人だろ」
「ふたりしかいなかったよ。浜からだってきみたちは見えてたけど、ふたりだけだったよ。なあ、タエコ?」
 タエコと呼ばれた女も、チカが三人いたと言ったのを否定した。
「うん、ふたりだったよ。僕たちもお兄さんたちと同じで、恋人同士なんだもん。ふたりっきりになりたくてここまで泳いできたんだ」
 マイムが言い、男も言った。
「まあ、気持ちはわかるけど、危ないぞ。そんな浮き輪、穴でも開いたら一発で溺れちまう。ほら、ここは浜からあんなに遠いんだ。きみらも乗れよ。浜まで送ってやろう」
 そんなに長い距離を泳いだ実感はなかったのだが、たしかに、浜からこの岩まではかなり遠かった。大きなボートだったので、チカもマイムも乗せてもらい、子供が危ないことをしたら駄目だろ、と見知らぬお兄さんに叱られながら、送り届けてもらったのだった。
 前後の記憶は明確であるのに、ローレライのような少女とマイムがどんな話をしていたのか、そして少女がどこへ消えたのか。チカにはなにひとつわからぬままだった。
「あの子は海底へと消えたんだよ」
 マイムもそうとしか教えてくれず、チカは納得しておくしかなかった。
 素直でも純情でもない少女だったチカだが、現在よりは純情だったのか。最初は馬鹿げていると言ったくせに、結局は信じてしまった。だが、あれは夢ではないとの確信もある。それが証拠に、マイムは今では霊能力研究所の所長なのだから。 
 所長とはいえ、マイムはたったひとりで研究所を営んでいるのだそうだが、幽霊騒ぎを解決するために呼ばれたのだそうだから、能力はあるのだろう。
「うさんくさーい」
 仕事があるからと、マイムが辞去すると、マナが言った。
「実は詐欺師だとかじゃないよね?」
「そうでもないと思うけど、あたしもはっきりとはわかんないな。どっちだっていいじゃん。あたしらには実害ないんだよ」
「中学一年生のときの思い出をそんなにはっきり覚えてるって、マイムさんってチカの初恋のひとなの?」
「あたしはそんなに遅れてねえんだよ。初恋は生まれたばかりの病院でしたから、生後一週間に満たない赤ん坊のときだったな」
「となりのベッドの男の子に?」
「赤ん坊なんて趣味じゃないから、かっこいい医者にだよ」
「幼稚園のときっていうんだったらよくあるけど、赤ん坊のときにね。チカらしいわ」
 初恋というのでもないのだが、時としてふっと思い出していた。
 マイム本人もだが、あの不思議な記憶もだ。ささやかにすぎる冒険ではあったが、あの一幕ゆえに、マイムが強くチカの心に残ったのだろう。
 帰りたくないよぉ、とぼやくマナを急き立てて、二泊三日で宿を引き払った。であるから、幽霊騒ぎの顛末をチカは知らない。知りたくもない。が、マイムって奴とはああいう事件がらみで出会うんだよな、と思うと可笑しくて、いっそうマイムが強く心に残った。
 

 三度目にマイムと会ったのは、ふらりとひとり旅に出かけた日本の地方都市。一度目は少年と少女として、二度目は大人として、会話しかしなかったが、三度目にはベッドに入った。そうなるとこうなるのは、男によっては、女によっては、一般的なのかもしれない。
「結婚してくれないか」
「へ? あたしとか」
「きみにプロポーズしてるんだよ、僕は」
「へええ」
 しかし、チカは一般的な女のつもりはないので、こう応じた。
「プロポーズされたのがはじめてってわけでもないけどね。ほんとかぁ、って思ってる、マイム? 見栄張ってるだろとかさ」
「思ってないよ。チカは魅力的だ。プロポーズした男が何人いても不思議じゃないよ」
「そうかね。ま、どうでもいいんだけど」
「今まではそれを断ってきたんだろ? 僕のプロポーズも断られるの?」
「悪いけどお断り」
「そっか」
 やっぱり、と、マイムが呟いたのは、断られると見越してのプロポーズだったのか、単なる社交辞令だったのか。
「あたしはギターで生きていくんだ」
「ギターはやればいいじゃないか。僕はきみを縛りつけようなんて思ってないよ」
「別々に暮らすのか」
「それでもいいよ」
 まじまじと、チカはマイムを見た。
「あんたって変な商売してるわりには、言うことがステロタイプってのか、笑っちゃうね」
「僕の中身はごくごく平凡な、普通の男だよ」
「嘘ばーっか。結婚観だけは普通だとか言ったって、駄目駄目。あたしと結婚したいってのが、第一普通じゃないね」
「きみだって普通の女性だよ」
「あああ、空回り」
 社交辞令でもなさそうで、マイムは単に女の趣味が変わっているだけなのかもしれない。
「男と仲良くなると、なんでそう進むのかね。寝たいくらいだったらいいんだけど、つきあってくれだの結婚してくれだの。あたしも普通の女っちゃ普通だよ。あたしって変わってるのぉ、なんて言って嬉しがるほど若くもない。けど、あたしは孤高のギタリストでいたいんだ。アホかと言いたかったら言え」
「言わないよ」
「結婚したいとも言わない?」
「きみがいやなんだったら言わないよ」
 そこでマイムは話題を変えた。
「今もチカは自分の名前が嫌い?」
「ううん、このチープさがロッカーらしくていいと思ってる。マイムは?」
「僕も名前だけはユニークで覚えてもらいやすいから、変な商売やってる身としては重宝してるよ」
「芸名だと思われるだろ? あたしもよくそう言われる」
「僕の仕事に芸名はいらないの」
「そりゃそっか」
 少年と少女だったころにはふたりして親を罵っていたけど、今ではもう、名前も含めて丸ごと自身を受け入れているのだろう。チカはマイムにキスしてから言った。
「プロポーズしてくれたのは嬉しかったよ。東京に行ったらドルフに自慢してくる」
「ドルフ……ねえ、きみとドルフってのはいったいどういう……」
「話しただろ。悪友だよ。腐れ縁の悪友」
「そのひとには会ってみたいような、会いたくもないような気分だな。グラブダブドリブね。僕はロックなんて知らないから、グラブダブドリブも知らないし」
「あいつらもその程度なんだな。へへん」
 苦笑まじりに、マイムは言った。
「チカ、結婚してくれとは言わないけど、恋人にはなってくれる? ほとんど会えもしないだろうけど、僕はきみをただひとりのひとと心に決めるから」
「やだ、迷惑だ。あたしは男はひとりだけなんて決められない」
「チカ、頼むよ」
「ひとりだけじゃない恋人にだったら、してやるよ」
「うん、それでもいいよ。ありがとう」
 調子の狂う奴だが、恋人だというのならば、しばらくはたったひとりのひとにしてやってもいい。マイムとならば、幽霊と遭遇してもへっちゃらかもしれないとチカは思う。
 決して強そうでもなく、大きいともいえないマイムだが、幽霊には強いのだろう。あたしは人間よりも幽霊が怖いのだから、そんなあたしには似合いの彼かもね、とチカは思い、言い直した。
「飽きるまではひとりの恋人にしてやるよ」
「……チカ、嬉しいよ」
 これでますます心に強く残るはずのマイムは、たとえ飽きて別れたとしても、一生忘れはしないかもしれない。
 かつてつきあった男などはほぼ忘れ果てているが、山で死んだ兄の健太郎と、ドルフとマイム。チカの心の中にはずっとずっと、三人だけはいるはずだ。兄と悪友とかつての恋人と、三人もいるなんて、やっぱあたしはもてるんだよね。
 んん? もうかつての恋人だって思ってる? だってさ、あたし、男には飽きっぽいんだもん。じきに飽きたらごめんね。チカは心であらかじめ、マイムに詫び言を言っていた。

END



 
 
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~ Comment ~

拍手コメントありがとう

Nさま

チカは私のひとつの理想像かなぁ。
潔く湿っぽくなく、女らしくなく生きる女。

私にはとうていなれないだけに、ギタリストって職業も含めて憧れます。
憧れを人物像にするのも、もの書きの楽しみですよね。
もっと上手に書けたらもっといいのですが。

いつもありがとうございます。
今年もなにとぞよろしくね。
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