番外編

番外編83(タイムマシンにお願い・The fourth)

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番外編83

「タイムマシンにお願い・The fourth」


1

 フォトフォルダには写真がいっぱい。スライドショーにしてぼんやり眺めているだけで、頬がぽぽっ。胸はどきどき。すべてはすぎたことなのに。
 遠い遠い昔のような気もするけれど、遠くはない昔だ。私は女優の卵で、「タプーNO.3」という映画に通行人Zくらいの役で出演させてもらった。webCMで猫と共演していた私にとっては、それだけでも心臓ばくばくものだったのに、なぜだかそんな私がポスターに抜擢されたのだった。
 ポスターの主役はフォレストシンガーズの乾隆也さん、彼は特別にイケメンでもないけれど、スレンダーでほどよく背が高く、日本女性が好ましく感じるルックスをしているからだったらしい。イケメンすぎる男性よりも、ナチュラルなセクシーさを持った乾さんがよかったらしい。
 セクシャルなカップル。年が若くてエロっぽさもあるグラマー気味の女の子が、大人の男性に征服されて恋をしてしまった、そんなムードを漂わせた写真を撮っていたのだと、幾種類もの完成したポスターを見て私も感じた。
 そうされたから、私は乾さんに恋をしてしまったの? フィクションだというのに、写真もフィルムも絵空事なのに、浅はかな私は乾さんにハートを征服されてしまって好きになった。
 灯りを暗くした部屋の中、ソファに大きく脚を広げてすわった男。その男の片方の腿にすわって、女も脚を大きく広げている。男は女の肩を片手で抱き、もう片方の手は女のドレスの胸元に差し入れられている。
 立っている男にすがりつくようにして、抱きしめられている女。男の片手は女の腰を抱き、片手はヒップに軽く添えられて、女は男の肩に顔を埋めている。
 男の片腕に抱かれている女。女は男の腕に顔をすりつけ、男の手は女のドレスをまくり上げていて、白い女の脛と、男の裸の脛がからみあっている。
 ベッドに腰を降ろした男。男の膝に頬を乗せて、女がその足元にすわっている。男の手は女のドレスの背中のジッパーを半ば下ろし、女の喘ぎ声が聞こえてきそう。
 あぐらをかいた男の脚の間に、女が抱かれている。男は女のおなかのあたりを軽く持ち上げていて、ドレスの裾がずり上がる。男の手がドレスの裾に忍び込み、エロティックに動き、女は官能に頬を染めている。
 仮面をつけた女が男の胸にもたれている。女のドレスは破れ、男の片手が女の乳房を包んでいる。女は今にも崩れそうで、足元が溶けてしまいそう。
 写真の数々は、全部が乾さんと私。
 見ていると形容もできない感情が沸き起こってくる。欲張りな私は、実力と人気のある女優の座がほしいと願い、「佐田千鶴は乾隆也の恋人」だと言われたかった。有名な女優になればファンのみなさんだって、メディアだってそう噂してくれる。
 けれど、私はこんなシークレットなポスターの被写体にすぎなくて、名前も顔も出ていない。乾さんの大学の後輩である香川さんが撮った短いフィルムだって、世間に発表はされていない。
 それでもいいとは言わないけれど、有名になるのは徐々に徐々にでもいい。だけど、乾さんの恋人には絶対になれないの? 諦めないと意地を張ってみたところで、私はもう、乾さんのそばには近づいていけなくて。
「……このころの私はなんにも知らなくて、セックスの方面では無邪気だったよね」
 だって、バージンだったんだもの。演技だったらできたし、エロティックな妄想をして赤面したりもしていたけれど、エロっぽくてもロマンティックでもあって少女趣味だった。
「……バージンじゃなくなったって、そんなに変わってないけどね」
 相手が相手だったからかな。哲司とセックスしたって、ロマンティックが入り込む余地はない。でも、あれはあれでよかった。現実を知ったんだから。
「こうなった私だったら……演技は変わるんだろか」
 写真を見てもフィルムを見ても、ひとことでは言い表せない感情が起きる。
 悲しい、切ない、寂しい、乾さんが好き、ううん、乾さんなんか嫌い。千鶴があんなに恋していたのに、つめたく離れていってしまった乾さんなんか忘れるの。私だっていつかは素敵な恋をして、乾さんに彼氏を見せつけてやるんだ。
 ううん、私は二度と恋なんかできないかもしれない。あんなにも好きだった乾さんに受け止めてもらえなかった千鶴の恋心は、凍結してしまったのよ。
 恋なんかしないほうがいいじゃない。女優になるって目標は消えていないのだから、クールビューティで感情を露骨に出さない女優になって、恋はされるだけでこっちは男になんか目もくれなくて、佐田千鶴ってレズ? なんて噂されたりして。
 そうだよ、私は仕事に生きるの。片想いだなんてみっともないことは二度としない。これからは恋をされるだけで生きよう。それもいいよね。
 などと思って笑おうとしても、乾さん、会いたいな、抱っこしてもらいたいな、甘えたいな、叱られたいな、って思ってしまう。甘えたいだけで、駄々をこねて叱られて嬉しい恋なんて、恋じゃないと思い知らされたのに。
「改めて演技の勉強をしようかな」
 自分に言い訳しているみたいなひとりごとを言って、香川さんが撮影してくれたフィルムをテレビにセットした。


2

ヘアブラシで髪を梳かす。ヘアサロンでシャンプーしてもらった長い髪はつやつやで、いい香り。
「あ……」
 ドアが開いて入ってきたのは、隆也さんだった。
「綺麗だよ、千鶴」
「あの……」
「戸惑った顔をしてどうした? 俺も風呂に入ってきたよ。おまえがどうしても、一緒に入るのはいやだって言うから、ひとりで寂しく入浴してきたんだよ」
「いやだって言った?」
「言ったじゃないか。気が変わった? もう一度入ろうか」
「……隆也さんってどうして、そんなに私とお風呂に入りたがるの?」
「バスルームでのおまえの姿態は、こうしているときともベッドともちがった色気があるだろうからさ。千鶴、行こう」
「どこへ?」
 ここはどこなの? これは、これはなに? 思い出そうとしても思い出せない私の手を引いて、隆也さんが庭に出ていった。
「陽はまだ高いから、散歩してメシを食って、ワインでも飲んで……こんな歌があるんだよ」

「あなたに今夜はワインをふりかけ
 心まで酔わせたい、酔わせたい
 ああ、あなたを」

 綺麗な男性の声で歌ってくれてから、隆也さんは微笑んだ。
「あなたの固さがほぐれて、羞恥が薄れる。俺に対する恐怖も捨ててくれる。恋に臨む、ベッドに臨むのか、それに対する恐れも捨てられる。おまえの場合は、一緒に風呂に入るのをいやがらなくなったり、ベッドで色っぽい痴態を見せてくれるんだったら、酒をすこし飲むのもいい。そんな歌かな。古い時代だから、当時は女性はあまり酒を飲まなかったのか。そうでもないはずだけどな」
「千鶴は未成年なんだから、お酒はいけないんでしょ」
「……は? ああ、そう。そんな気分なんだね。子供扱いされたい?」
「いつだって子供扱いするくせに」
 なんだか変。私は自分自身と、隆也さんとを見比べた。
 モノトーンしか身につけない隆也さんは、淡いグレィのゆったりしたシャツと白い麻のパンツをまとっている。私は緑の風のようにやわらかな素材のドレスを着て、足元は高めのヒールのサンダル。夕暮れの風がすこし涼しく感じられるから、晩夏だろうか。
 ヒールがちょっぴり高いから私の背も高くなって、隆也さんの顎のあたりまで頭が届く。微笑を絶やさない表情の隆也さんが、立ち止まって私を抱きしめた。
「おまえは若葉の精のようだね」
「……あ、え?」
 嘘でしょう? これはドラマか映画なの? 強く優しく抱きしめられて、くちびるとくちびるのキス。こんなのはじめて……。
「お仕事でしょ」
 キスされて倒れそうになって、頬が熱くて隆也さんをまっすぐに見られない。はじめてのキスがこんなにさりげなく? さすが隆也さん、と言えばいいんだろうか。
「仕事は明日だろ。千鶴にも言ったじゃないか」
「聞いてないもん」
「言ったはずだけど、もう一度言おうか。明日はこのホテルで香川の映画の撮影がある。どんな映画だったかも忘れた?」
「忘れた」
 やれやれ、忘れっぽいお嬢さんだね、と苦笑して、隆也さんは言った。
「ここにすわろうか。今日のところはおまえと俺しかいないんだから、見てる者はいないよ。おいで」
 ふわりと抱き上げられて、先にすわった隆也さんの膝にすわらされた。
「重くないの?」
「重いってか気持ちいいってか。おまえはこういう男心がわかってないんだな。男心はいいとして、仕事の話だろ」
 新進気鋭の映画監督、香川厚樹さん製作、主演は佐田千鶴の映画「暮れゆく夏」の撮影が先ごろクランクインした。
 主人公のノリコは二十五歳で、一流広告代理店勤務のビジネスウーマン。美人で仕事もできるノリコはもてるのだけど、恋よりも仕事のほうが大切。男は仕事の糧と一時の休息、遊びだと割り切って日々を送っている。そんなノリコの前にあらわれたのが、歌手の乾隆也だった。
「俺はノリコに恋をして、無我夢中で告白するんだよ。告白したあともノリコにいいように嬲られていた隆也が、ひょんなことで見直してもらえた。それでふたりは恋人になって、はじめての朝を迎える。そのシーンの撮影だよ。思い出したかな」
「……千鶴が二十五歳の役? 大人すぎない?」
「今日の千鶴は子供になりたい気分なのか? 俺が千鶴の相手役に抜擢されて、私生活でも恋をして、ってのは覚えてる? たまには子供っぽい千鶴も楽しいだろうから、どうぞ、お好きに」
 変、とっても変。私の知っているシチュエーションとちがいすぎる。隆也さんは私をからかっているの?  第一……私は彼を「隆也さん」とは呼ばなかったような。
「子供っぽくするってどうやるんだ? 俺の想像通りでいいのかな」
「ううん、そうじゃないの。隆也さんは三十五歳よね」
「十も年上ですみません」
「すまなくはないんだけど……」
 まちがいなく変だけど、私の記憶のほうが変なのかもれない。
 私は二十五歳の大人の女優で、映画の主役をつとめている。隆也さんは三十五歳で、映画の中でも私生活でも恋人。私の理想の形なのだから、なんの文句もないのに、胸のうちには不安が漂っていた。
「散歩したらすこし汗ばんだだろ。俺はシャワーを浴びてくるよ。千鶴もおいで」
「……いや」
「無理にさらわれたい? そうでもなさそうだな。今夜のディナーはルームサービスを頼んだから、着替えるんだったら俺がバスルームに行ってる間にどうぞ。来たくなったら大歓迎だよ」
「……ええと……」
「おいで」
 そう言われてもかぶりを振ると、隆也さんは笑いながらバスルームへ行ってしまった。
 クロゼットにはドレスがかけてあった。隆也さんの荷物はないところを見ると、別室なのだろうか。なのに私の部屋に来てるって、恋人同士だからなんだよね。それだけで嬉しい。
 汗ばんだのも本当だから、私もシャワーが浴びたいな。私は隆也さんに裸を見られたことはあるの? 細かいところはちっとも思い出せなくて、ためらってしまう。着替えるんだったらシャワーでさっぱりしてからにしたいのに、一緒に入るなんて恥ずかしすぎる。
「……隆也さん、早く出てきて」
 バスルームのドアに声をかけると、隆也さんの返事があった。
「入ってこいよ」
「いやっ!!」
「女性に先に譲るべきだったな。無作法ですみません」
 シャワーの音が止まり、足音が聞こえてくる。ドアを開けた隆也さんは、全裸だった。
「きゃ……」
「おいでって」
「や、いや……いや」
「本気でいやか?」
 濡れた腕に抱き上げられて顔をまっすぐに見られたら、意地を張っていられなくなった。
「よーし、じっとしてろ」
 床に下ろされてドレスを脱がされる。くるくるっと手際よく下着も取り去られる。眩暈がしそうな羞恥と、身体の芯から湧いてくるような快楽みたいな感覚……すべてが恥ずかしくて恥ずかしくて、その恥ずかしさがいやなものではないのまでが恥ずかしくて、隆也さんの腕に歯を立てた。
「いたずらなお嬢ちゃん。子供扱いされたいんだったかな。赤ちゃん扱いしてあげようね。さ、千鶴ちゃん、おいで」
「いやだったら」
「今さら俺は止まらない。メシの前に……」
「あ、あんあんあんっ、駄目っ」
「そうやってきゃあきゃあ言ってるのも可愛いな。千鶴、愛してるよ」
 お芝居でだったら脱がされもした。抱き上げられもしたし、愛してるよとも言ってもらった。だけど、これは全部現実? 二十五歳の千鶴は三十五歳の隆也さんの彼女。現実で隆也さんの腕に抱かれて、一緒にシャワーを浴びてからベッドに運ばれた。
「……は……じめて」
「ああ、そうだね」
 現実のこの行為ははじめて? 隆也さんがはじめて女を抱くなんてことがあるわけはないけど、私ははじめて。あんな奴じゃなくて、あなたに抱かれて幸せ。あんな奴って誰よ? 浮かんだ顔は、隆也さんにベッドに降ろされて激しく抱きしめられたら、粉々になって消えた。
「ごはんなんか食べたくないの」
 けだるい満足感の中でそう言ってみたら、隆也さんは大きな声で笑った。
「電話してないから、ルームサービスは届いてないだろ。夕食ってほどじゃなくて、酒を飲んで軽いつまみでも食って、もう一度……」
「きゃ、えっち」
「おまえの身体は何度でも食っちまいたいよ。最高だった」
「……いやだったら」
「俺はどうだった? って、恥ずかしい? そんなところも可愛いんだよな。俺から見ればおまえはとても若い女性で、子供っぽいところがあるのも可愛いよ。ワインとつまみを頼んでくるから、千鶴はベッドにいるといい」
「……シャワーを……」
「そっちも何度だって……」
 これは夢? どうしても不安な気持ちは消せなかったけれど、夢だっていい。夢でもいいからいつまでもこうしていたかった。


3

「ノリコさん……」
「隆也……さん……」
 同時に名前を呼んでくすりと笑って、どちらからともなく腕を伸ばす。隆也がノリコの、ノリコが隆也の服のボタンをはずす。ソファから立ち上がってキスをして、抱き合ったままでベッドに歩いていって、先に隆也がベッドに倒れこむ。
 ノリコは隆也の上になり、むさぼるようなキス。隆也の手がベッドサイドの灯りのスイッチをオフにして、月あかりのようなほの暗さの中で、ふたりの息遣いと小声の囁きが聞こえていた。
「大人同士のベッドシーンってこんなの?」
 千鶴は子供っぽい趣味だからか、十九歳の千鶴と大人の隆也さんのラヴシーンのほうが好きだ。
 思い出せばあのときは、隆也さんが私を抱いてベッドに運び、覆いかぶさってきて服を脱がせた。視線とくちびると言葉と指とてのひらと、脚も爪も吐息までもが私の全身を愛撫した。
 なんにも知らない少女のような千鶴だからこそ、隆也さんに全身を、心までをもゆだねていられて、安心してとろけていられた。隆也さんはちょっぴりはワイルドに、優しく情熱的に、激しくこまやかに千鶴を愛する……演技をしていた。
 みずき霧笛さんが書いてくれた小説の中では、隆也と千鶴は新婚夫婦。それでも千鶴は十九だから幼くて、いたずらをしたり駄々をこねたりしては叱られ、甘えて泣いてごめんなさいをして、許してもらってから愛してもらった。
「……私、あのほうが好きかなぁ」
 映像の隆也とノリコのラヴシーンは続いている。綺麗だね、あ、駄目、駄目じゃないんだろ、なんて、ひめやかな声がとぎれとぎれに聞こえる。
 本当の私はなにをしているの? こんなの、リアリティがなさすぎる。隆也さんに抱かれているのが十九の千鶴ならば、私はそれを見ていてもうっとりできるけれど、映像の中の女は千鶴ではない。ノリコと隆也がセックスしているだけだ。
 やはり私は少女趣味なのかしら。現実のこんなのじゃなくて、半ば夢のような幻想のような、フィルムや写真や小説に酔いしれていただけで、隆也さんへの恋もその延長の、錯覚のようなものにすぎなかったのか。
 そんなんじゃないわ。私は隆也さんが好き。十九の千鶴は三十五歳の乾さんに恋してる。嫌われてしまっても恋してる。私は二十五歳ではないのだから、子供っぽい想いで乾さんに恋をしてる。それが現実。

「さあ、素敵な夢と薔薇のブーケが好きなら
 さあ、そのスゥイッチをあなたの未来に回せば
 ウェディングベルが鳴り響き
 あなたのとなりのダーリン
 優しく笑って口づけ
 ブーケキャッチはだあれ? うふふん」

 誰かの歌が聞こえてくる。ちょっと字あまりなこの声は誰? 三沢さんが歌っているの? 高くて甘いキャンディヴォイスが歌っていた。
「……あれ?」
 耳の奥だか記憶の奥だかで歌が聞こえているような気分のままで、私は立ち上がった。
 ここは私のマンションの部屋。セットしたDVDがおしまいになって、テレビ画面に戻ってしまっている。私はなんのDVDを見ていたのだろうか。
 乾さんと親しくしてもらっていたしるしの、香川さんが撮った未公開フィルム? 「暮れゆく夏」? 千鶴は十九歳? 二十五歳? 二十五歳の私ならば映画に主演する女優で、乾隆也の恋人だった。私はどちらの千鶴を望んでいるの?
「……十九だよね。子供っぽい顔のまんまだもんね」
 鏡の中には普段着のニットドレスを着た私がいた。
 主役を張れる若手女優のホープだなんて存在で、好きでたまらない乾さんの恋人の二十五歳の千鶴。大人の私だったらそうなのに、十九の千鶴だと知って、私の口から言葉が漏れた。
「……ああ、よかった」
 そうよ、よかったの。私は十九の千鶴がいい。
 六年もの時を飛び越えて、いきなり二十五歳になりたくない。二十代前半の記憶がすっかり空っぽだなんて、そんなのは虚しすぎる。私はその五年間、六年間を自分の足で踏みしめて、一歩ずつ歩いていきたい。そうして大人になりたい。
「当たり前よね」
 呟いてベッドに横たわる。だけど、夢でだったら続きが見たいな。私を子供扱いはしない隆也さんと、大人同士のデートやベッド。そんなシーンだったら見たくて目を閉じて、眠りが訪れるのを待っていた。
「そっかぁ、俺はガキになったんだけどな……」
「僕も子供になってましたよ」
「章もガキってか、十ぐらいだったり十八ぐらいだったりしたんだけど、千鶴ちゃんはさかさまパターンなんだ」
「僕は子供に戻りたい願望がなくもないですから」
「俺は子供に戻りたい願望じゃなくて……」
「女の子のユキちゃんになりたい願望ですよね。でも、それはタイムトラベルの領域ではありませんから」
「だよな。そしたらなんの領域? 性転換手術でもないだろ」
「神の摂理の領域です」
「ふむ、なるほど」
「千鶴さんは大人になって、乾さんと本当の恋がしたくて……」
「切ないね。そしてさ……」
「三沢さんの替え歌で戻ってきたんですね。僕もそうでしたよ」
「俺もそうだったかな。この歌ってすげえじゃん」
「すげえんですかね」
 夢には乾さんではなく、小柄な男性がふたり出てきて、私には理解しにくい会話をしていた。
「タイムマシンにお願いのもと歌はこんなでしたっけ」
「デュエットしようか」
 この歌で戻ってきた私の現実? 三沢さんと酒巻さんが高い声と低い声でハモってみせた。

「さあ、不思議な夢と遠い昔が好きなら
 さあ、そのスゥィッチを遠い昔に回せば
 ジュラ紀の世界が広がり
 はるかな化石の時代を
 アンモナイトがお昼寝
 ティラノザウルスお散歩、アハハン」

 不思議な夢は好きだけど、遠い昔なんか私は好きじゃない。世界が歪んで突然に二十五歳になるのも嬉しくない。たとえ私の望みがかなった乾さんの恋人になれる未来だとしても、一足飛びに行ってしまいたくなんかない。
 あれって三沢さん作の替え歌? 乾さんのお嫁さんになれるという素敵な夢だって好きだけど、現実で手に入れたい。お嫁さんになれなかったとしても、私は乾さんが好き。こんなにも大好きなひとが心にいるという幸せを噛みしめて、私は大女優になろう。
 片想いなんて幸せでもないけど、幸せは気持ちの持ちよう。私は幸せなのだと心から思っている人は幸せだと、乾さんが言った言葉に、半分だけはうなずいて。


END





 
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