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小説278(taxi)

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フォレストシンガーズストーリィ278

「taxi」


 タクシーの中でこんな歌が聴こえてきた。

「I love you tonight
 抱き合って眠れなくても
 そばにいたい

 Lonely tonight
 想い出を燃やしつくしたら
 男と女には友情が残るはず」

 この歌、好きだなとひとりごとを言うと、運転手さんが反応した。
「タクシーを拾ってジョージの店とやらに行く歌ですわな。ジョージの店には昔の男がおって……お客さんにもこんな思い出があるんですか。お客さんが向かったはる店では誰が待ってはるんかな」
「髭のマスターですよ」
 車が向かっているのは、ヒデが常連になっている神戸港のバー、「Drunken sea gull」だ。大阪の会社で働いている私は、ときおり仕事で神戸に来る。そんなときには「Drunken sea gull」に寄って髭のマスターとお喋りをする。ヒデにもたまには店で会った。
 最近になってパソコンを買ってブログをはじめたというヒデは、ブログにも「Drunken sea gull」の名前を出し、そこに行けばフォレストシンガーズネタを書いている小笠原英彦に会えるのかと、ファンがやってくるとも言う。
 フォレストシンガーズ自体が多少は有名になったから、オリジナルメンバーであり、プロになる前に脱退したと自ら書いているヒデに興味を持つファンもいるのだろう。ヒデのブログには、あれ? これは私か? と思える女が登場することもあるのだが、私は見て見ぬふりをしている。瀬戸内だの泉水だのと名前を書いていないのならばかまわない。
「ここに出てくる背の高い女のひとって、ヒデさんの好きなひとでしょ」
 そんなコメントには、ヒデは返事はしていなかった。
 「Drunken sea gull」では、シゲや酒巻くんやファイや、私の友人、知人、名前だけは知っているひとなど、雑多な人間に会う。ヒデとのつながりのせいだろうから、店が繁盛してマスターはヒデに感謝しているのか。していない気がする。
 もとはフォレストシンガーズにいたヒデ以上に、私は彼らとの関わりが淡い。フォレストシンガーズのメンバーである本庄繁之の幼馴染、ヒデともシゲとも友達で、本橋さんとも乾さんとも木村くんとも知り合いではある。
 私がもっとも親しいのはシゲ、続いては幸生くん。それからシゲの奥さんの恭子さん。私はその程度の知り合いなのだから、フォレストシンガーズとは無関係に近いだろう。
 だけど、ヒデにプロポーズされて断った。フォレストシンガーズとは無関係でも、ヒデとは無関係ではないのか。断ってしまえば別れるのではなくて、ヒデとは友達でいたい。男は女に友達でいようと言われると鼻白むものらしいけれど、私の望みはそれだけだ。
 もとよりシゲとは友達以外のなににもならないからいい。ヒデとだって友達でいたい。学生時代にいっとき、私が彼に恋して、彼は私を友達だとしか思っていなかったのの逆……仕返しなんかしていない。絶対にそうではない。
 絶対に、と強調したがるのは、すこしはそれがある? 誰も問わないから言わないけど、誰かに聞かれたらムキになって否定しそうだ。
 学生時代には友達で、卒業してからは境遇が隔たった。私は普通のOLになり、ヒデとシゲは本橋さんと乾さんに誘われて、幸生くんもともにフォレストシンガーズのメンバーとなって、普通の人間はしないような経験もしたはずだ。
 そしてヒデは脱退し、フォレストシンガーズは彼のかわりに木村章を加えてメジャーデビューした。東京で就職した私は、三重県に住む親の近くにいたくて、大阪へ転勤させてもらった。
 ヒデの消息がいっこうにつかめないでいるうちに、シゲも私も結婚した。私の結婚生活ははかなく破綻し、シゲは若いころには冴えなくてもてなかった反動みたいに、幸せな日々を送ってきた。フォレストシンガーズも徐々に上向きになってきていたころに、私はヒデと大阪で再会した。
 あのころはかたくなだったヒデも、年月がたつ間には気持ちをやわらげたのか。神戸で暮らすようになり、電気屋さんに職も得て、常連になっていた「Drunken sea gull」で酒巻くんと再会し、フォレストシンガーズのみんなとの仲も復活した。
 酒巻國友。現在はDJをしている私たちの大学の後輩だ。酒巻くんはヒデにお世話になったのだそうで、彼を慕っていた。ヒデは私の記憶の中では土佐弁の腕白坊主なのだが、後輩には面倒見のいい剛毅な先輩だったのであるらしい。
 あのタイプの男は男に好かれ、女にはもてないのかと思っていた私の認識はまちがいで、ヒデはなかなかもてるのである。一時は太っていたものの、ダイエットやトレーニングで身体を引き締めたせいもあって、こいつ、こんなにかっこよかったっけ? と実際に会うと呆然としてしまう。
 なのだから、放浪していたころには彼女だっていたのだろう。私が彼のプロポーズを断ってからだって、他の女とつきあっていたらしい。そうやってじきに別の女ができるんだから、ひと安心したような、ちょっと癪なような気分ではある。
 友達以外のなににもならないと自分の中では確定しているシゲだって、結婚すると聞いたら複雑な気持ちになったものだ。異性の友達はそういうものなのかもしれない。
 そんなこんなでヒデはかたくなな気持ちを捨て、フォレストシンガーズとは仲良くしている。あまつさえブログのネタにして、人気ブロガーにまでなっている。ヒデの前の奥さんは知っているのだろうか。彼女は私とは比較できないほどに複雑な心持ちで、フォレストシンガーズを見ているはずだ。ヒデのブログも読んでいるのだろうか。
 大阪や神戸のタクシードライバーには、無愛想きわまりないおじさんもいる。中にはお笑い芸人のように笑わせてくれるおじさんもいる。うるさすぎて辟易する場合もあるのだが、今夜のおじさんは節度を知っているようで、私が黙ると黙っていてくれた。
「考え事をしているうちに、あの歌、終わってしまいましたね」
「ああ、そうですね」
「私には別にそんな想い出はないんだけど、男と女にだって友情が残るっていうのは、当たってると思うな。愛情と友情って同等でしょ」
「そうかもしれませんなぁ」
 私だって幾度かは恋をした。結婚だってしたのだから、男に恋焦がれる想いも知っている。いつかほんのちょっとの間、ヒデにも、ヒデではない男にも、恋心を抱いていた。けれど、そんな生臭い感情が消えた今は、少なくともヒデとの間には友情だけがほしいと願っていた。
 新しい恋をしたヒデが結婚したとしても、その奥さんも恭子さんのように、私とも親しくしてほしい。家族みんなで私と仲良くしてほしかった。
「ちょっとだけ歌ってもかまいませんか」
「運転手さんが? タクシーにカラオケでも積んでるんですか」
「そこまではしてませんが、ご迷惑でなかったら……私も今の歌、好きなんですわ」
「はい、どうぞ」
 毒食らわば皿までだよね、と苦笑して、目を閉じた。

「I love you tonight
 元気かと優しい声で
 聞かれたいの

 Lonely tonight
 あの日から遠ざかるほどに
 あなたが大切なひとも思えてきて

 Lonely tonight
 想い出を燃やしつくしたら
 男と女には友情が残るはず」

 若干調子がはずれているけれど、ハイパートを歌っているときのシゲの声に似ている。声はいいのでお世辞を言ってあげた。
「渋い喉ですね」
「それはどうもありがとう。美人のお客さんにチップをもろたみたいな気分やな」
 お世辞にはお世辞で切り返してくれる関西弁の運転手さんに、私も気持ちよくさせてもらった。

END





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~ Comment ~

拍手コメントありがとう

今までは拍手コメントのお返事にも名前を書いてたけど、書かないほうがいいですよね。

そっかー、カラオケ好きでしたよね。
私はカラオケは嫌い。なぜなら、歌が下手だからです。一オクターブくらいしか声が出ないからです。

だから誘ってもらっても行かないの。ごめんね~v-266
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