番外編

番外編82(相模骨董店inフォレストシンガーズストーリィ・前編)《特殊編4・有村司さん》

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「紙上の荒野」有村司さんのブログです。

http://tsukasaarimura.blog.fc2.com/

有村さんからお借りした骨董屋さんと探偵さんのイラストは、Nさん画です。


連載されている「相模骨董店」にうちの隆也と真次郎が入り込んだと申しますか、骨董屋さんと探偵さんに助っ人に来ていただいたと申しますか、有村さんのふとしたひとことが発端で生まれたコラボストーリィです。

「紙上の荒野」でも同時公開!!



「相模骨董店inフォレストシンガーズストーリィ」

  **********津々井茜パート

1・隆也

 よしっ、と小声が聞こえ、テーブルを軽く叩く音も聞こえて、俺は顔を彼のほうへと向けた。
「なにが、よしっ!! だって、シンちゃん?」
「おまえは金、ねえだろ」
「わざわざ聞くまでもない。ないよ」
「俺にもないんだよ」
 金がない、俺もない、との会話は、学生時代から果てもなく繰り返している。プロのシンガーズになれたならば金欠病から開放されるのか、否、されないのであった。
「このまんまじゃ家賃も払えない。後輩たちにおごってもやれない。そのうちには俺がメシを食えなくなっちまいそうだ。おまえもだろ、乾?」
「俺はおまえ以上だよ」
 東京に親の家があり、兄たちの家にもその気になれば訪ねていける本橋真次郎は、プライドや意地を捨てれば餓死する心配はないはずだ。
 俺だってプライドや意地を捨てれば、頼りにできる人間はいる。金を貸してくれる心当たりだってなくはない。最後の手段としては、金沢に住む父か母にすがるということだってできる。が、そうはしたくないのは、本橋も俺も同じだ。
 親の反対を押し切って、プロのシンガーズになるのだと言って家を飛び出した本橋。五年の猶予がすぎてもものにならなかったとしたら、故郷に帰って親父の店である和菓子屋を継ぐと母と約束した俺。
 そこまでしてなりたかったプロのシンガーズにはなれた。大学の後輩三人と、本橋と俺とで結成したフォレストシンガーズはメジャーデビューしてCDも出している。だが、金はない。金がないのは売れていない証拠なのである。
「だからだな、バイトをしよう」
「今だったらできなくもないよな」
 昨日からメンバーのひとり、木村章が風邪を引いて喉を痛めている。仕事がなくても我々はスタジオに集合して歌の練習をするのであるが、章の喉を休ませるために練習も休んでいる。一両日中は本橋も俺も暇なので、俺は本橋のアパートに来ていた。来てはいたものの特にすることもなくて、寝そべってぼーっとしていたのだった。
「なんのバイト?」
「実はな……」
 本橋が言うには、旧知の作曲家の先生に頼まれたらしい。
 作曲家の先生の名前は、下田宝。シモダ・タカラと読む。我々の大学の芸術学部に非常勤講師として講義をしにきていた時期があるのだそうで、本橋は彼と語らったこともあるのだそうだ。
「あんまり売れてない作曲家なんだけど、いい曲を書く人だぜ。下田さんと曲作りの話をするのは楽しかったから、住所と電話番号と名前は教えた。俺は彼のことはほとんど忘れてたんだけど、彼のほうから俺の親の家に電話があって、親父が言うんだ。真次郎、大学の恩師なんだろ、電話をいただいたらおまえがかけ直すのが当然の礼儀だろって」
 恩師ではなくても年長者なのだから、本橋は彼の親父さんの言葉に従った。
「そしたらさ、先生は俺たちフォレストシンガーズについてもごぞんじだった。売れてないってこともよく知ってて、本橋くんにはうってつけのバイトがあるんだよって言われたんだよ」
「うんうん、わかったから本題に入れ。なんのバイト?」
「それがなぁ、おまえにだったら向くんだろうけど、俺には向かないんじゃないかと……俺は気が短いだろ」
「瞬間湯沸かし器には向かない職業?」
「瞬間湯沸かし器だなんて古いギャグを言うと、馬鹿にしそうな奴が相手だ」
「ガキ?」
「女子中学生だよ」
 つまり、女子中学生に歌を教えるというアルバイトだ。下田先生は知人に頼まれたものの、彼から見れば孫のような年頃ゆえに尻込みしてしまって、もっと若い奴に教えさせたほうがいい、と考え、本橋を思い出した。
「俺だけだったら中学生の女の子の相手なんかできそうにないけど、おまえは得意だろ。乾、ふたりでやろうぜ」
「得意じゃないけどさ……」
「中学生の女の子の家庭教師のバイト、やったんじゃなかったか?」
「学生のころにやったけどな……とにかく、会ってみようか」
 今どき中学生女子ってどんなのだろう。こっちは二十代半ばの成人男子だってのに、なにやら怯む気持ちが起きる。とはいえ、金がなくては生きてもいけないのだから、本橋と俺は下田先生経由で、その女子中学生に会いにいった。


2・真次郎

 近頃の女の子なんてのはなぁ……と臆したがっていた俺を、彼女は安堵させてくれた。
「はじめまして、エリカです。本橋先生、乾先生、よろしくお願いします」
 色白の頬をぽーっと染めて挨拶する可憐なエリカに、乾が言った。
「俺たちは先生なんて呼ばれると恥ずかしいから、本橋さん、乾さんって呼んでくれるほうが嬉しいよ。エリカちゃん、こちらこそよろしく」
「よろしく」
 俺も言い、初日はエリカと乾と三人で雑談などもした。
 ピアノルームのある大きな家のひとり娘。エリカの母親が紅茶とケーキを運んでくれて、甘いものは嫌いな乾も俺も仕方なくいただいた。
 事前に下田先生に聞いていた通り、エリカはピアノのレッスンをしているうちに歌うことが好きになった。そのあたりは俺に似ている。エリカはピアノは正式に先生について教わっているのだが、声楽はやっていない。歌のほうは正式に習うほどではなく、趣味の範疇でいいとの両親の意向もあって、下田先生が頼まれ、エリカが若すぎるとのことで俺に回ってきたのだった。
 はきはきと挨拶はしたものの、エリカはこの年頃の女の子にすればお喋りでもなく、乾が主にイニシアティブを取って、三人での談笑も普通に終わった。
「本橋、ピアノを弾いてくれないかな。エリカちゃんの好きな歌を一度、聴かせてもらおうよ」
 乾が言い、俺はピアノに向かう。エリカが「菩提樹」を歌うというので楽譜ナシでピアノを弾いたら、本橋さん、すごい、と言ってくれた。
「うん、綺麗な声だね。エリカちゃんは若いから声は固まってないだろうけど、メゾソプラノだろうな、本橋?」
「そうだな。レッスンすればうまくなるよ」
 今は下手ってこと? などとも言わず、エリカははにかんだ表情でいた。
「じゃあ、週に一度、本橋と俺が交代でレッスンに来るよ。歌の家庭教師みたいなものだね」
「はい、わかりました」
 母と娘に見送られてエリカの家から辞去する。長期アルバイトになりそうだが、週に一度、乾か俺のひとりだけだったらどうにでもなるだろう。
「幸生が言ってたよ」
 フォレストシンガーズには本庄繁之、三沢幸生、木村章と、大学の後輩たちがいる。そのうちの三沢幸生が、乾に言ったのだそうだ。
「女子中学生の歌の先生だったら、俺がやりたいな、ってさ」
「駄目だって言ったんだろ」
「言ったよ。いくら幸生でも中学生をナンパしたりはしないだろうけど、あいつは先生には向かないよ。そう言ったらすねてたぜ」
「向かないな、まちがいないな」
 金持ちの娘なのだから、レッスン料もはずんでくれるようだ。おとなしそうな女の子でよかった。彼女だったら俺にも教えられるだろう。


3・隆也

 一週間に一度のレッスンは順調に続き、エリカは本橋にも俺にもなついてくれるようになった。
「あのね、明日はわたしの誕生日なんです。本橋さんと乾さん、ふたりで来て下さい。ママは留守なんだけど、わたしがごちそうを作るから」
 父親は多忙なビジネスマンなのだそうで、姿を見たことはない。エリカの母親から、主人がよろしくと申しておりました、との伝言を受けただけだ。
「パパも留守? そしたら寂しいね。友達を招いたりはしないの?」
「しません」
 友達の話はあまり聞かないから、少ないのかもしれない。ならば行くよ、と電話で約束して、本橋とも幸生とも相談して、バースディプレゼントを持っていった。
「わあ、猫。前にも言ったでしょ。うちはパパが猫の毛アレルギーだから、飼えないの。可愛いね、ありがとう」
「いいえ、どう致しまして」
 猫のぬいぐるみを買うのは俺たちは恥ずかしいから、そういうものを買っても似合いそうな幸生に頼んだのだ。幸生も大の猫好きだから、エリカも気に入ってくれる可愛い猫を選んできてくれた。
「エリカが作ったの。食べて」
「おー、うまそうだな」
「先にろうそくじゃないのかな」
 テーブルにはいかにも中学生の女の子が作ったらしき、ちまちまとした料理が並んでいる。お花畑みたいなサラダやら、グラタンやらフライドチキンやら。俺たちは甘いものは嫌いだと打ち明けてあったせいか、ケーキではなくてチーズパイにろうそくが立ててあった。
「エリカちゃんはケーキも好きだろ。小さいケーキにすればよかったのに」
「いいの。エリカはチーズも好きだもん」
 かすかな違和感は、エリカの言葉遣いが普段とはちがうからだ。俺たちは彼女よりも十以上も年上だし、一応は先生なのだから、エリカは俺たちに対して丁寧に喋っていた。わたしと自称し、エリカがね、とは言わなかった。
「乾さん、パイ、切って」
「ああ、いいよ」
「半分は乾さんと本橋さんが食べてね。残りの半分はエリカが食べるの」
 バースディケーキがわりのチーズパイのろうそくを吹き消して抜いてから、俺が切り分ける。半分といえばかなり大きいが、冗談で言っているのだろうと思って、エリカの言う通りに切った。
「本橋さん、ビールも飲む?」
「アルコールはいいよ。今夜はちっちゃなお嬢ちゃんのパーティに招かれたんだから」
「エリカ、ちっちゃなお嬢ちゃんじゃないよ」
「ちっちゃいじゃないか」
 本橋がからかうと、エリカはぷーっとふくれる。今夜は甘えたい気分なのか、俺の膝に乗ってきた。
「……そうなるのか」
 小声で本橋が言い、俺はエリカの顔を覗きこんだ。
「ちっちゃなお嬢ちゃんのふるまいだよ、それは」
「いいの。うん、おいしい」
「エリカちゃん?」
「おいおい、エリカちゃん、それではお嬢ちゃんでもなくて……」
 ふたりして呆れてしまったことに、エリカは俺が切ったチーズパイを手づかみで食べはじめたのだ。上品な母親に育てられているエリカは、いつもはお行儀のいい女の子なのに。
「フォークで食べなさい。それは無作法だよ」
「エリカちゃん、なんだよ、きみは飢えてんのか。おい、エリカ、そんな食い方はやめろ」
 すこし鋭く本橋がたしなめると、エリカの目が光った。
「パイを皿に置いて。さ、これで食べなさい」
 渡したフォークを放り投げ、エリカがパイにかぶりつく。パイを取り上げようとすると、エリカは俺の手の甲に爪を立てた。
「つっ!! エリカちゃん、どうしちまったんだよ?」
「もっと食べたいよ……あん、でも……なんだろ、わたし……え? いや、乾さん、抱いてっ!!」
「はあ?」
 かぶりつこうとしていたパイまでを床に放り投げ、エリカは俺にしがみついた。
「……エリカちゃん? んん? 気を失ったのかな」
「寝てるのか?」
「かもしれないな。なんなんだろ。自分でも言ってたけど、変だよな」
「変ってのか、こんな小さいのにも惚れられる乾隆也ってのか……」
「エリカちゃんが俺に惚れた?」
「だろ。おまえだったら珍しくもないよ。実は告白でもされたんじゃないのか? おまえは中学生に告白されてつきあう奴じゃないだろうから、はねつけられたエリカちゃんが想い余って……」
「そんなことはなーい!!」
 惚れたのなんのといった事態ではない気がする。エリカは若干苦しそうな顔をして俺の胸で眠っているので、抱え上げて彼女の部屋のベッドに運んだ。
「乾、ほんとだな」
「告白なんかされてないよ。されてないんだからはねつけてもいない」
「ああ、信じるよ。そしたら今のはなんだ?」
「知るかよ」
 眠ってしまっているエリカはそこに残して、本橋と俺はダイニングルームに戻った。床にはエリカが放り投げたチーズパイの残骸と、フォークやらなんやらが散乱している。床に落ちたものを片付け、俺たちはまだろくになんにも食っていなかったので、冷めかけのグラタンやフライドチキンを口に運びながら、エリカはどうしちまったんだろ、と考えていた。


4・真次郎

 あのあと、帰ってきた母親にエリカを託し、俺たちも帰った。エリカの奇妙な態度は、そのあとすぐに眠ってしまったところから考え合わせるに、疲れていたからだろうと結論づけておくしかなかった。
「本橋、メシ食いにいこう」
 章の喉は全快したから、近頃は仕事がなくてももとのように歌の練習をしている。スタジオに集合して練習をして、昼どきになると、乾が俺を呼んだ。
「昨日、エリカちゃんのお母さんから電話がかかってきたんだよ」
 大衆食堂の隅っこの席で向き合うと、乾が声を低めた。
「あれからエリカちゃんの様子がおかしいんだそうだ。今週は歌のレッスンをお休みするってさ」
「どうおかしいんだ?」
「俺たちが招かれた夜みたいな感じだそうだよ」
 普段通りのおとなしいエリカが、あるときふいに豹変する。豹変するのは家でに限られるのだそうで、学校では普通であるらしい。
 豹変したエリカは、言葉遣いが変わる。エリカはね、と自称するようになり、目つきが鋭くなり、時にきらっと光る。そして、大食になる。特にチーズやクリームを好み、冷蔵庫の中のパルメザンチーズの塊を食ってしまったのだそうだ。
「パルメザンチーズって?」
「パスタに振り掛ける粉チーズがあるだろ。あれだよ。あれは粉にしてイタリア料理に使うものなんだ。塊のままで食うものではない、硬いチーズなんだから、お母さんも驚いたんだな。俺が聞けたのはその程度だけど、まちがいなく変だろ」
「あの小さな女の子が大食になるってのは、それだけでも変だな」
「おまえだってパルメザンチーズは塊では食う気にもならないはずだよ」
 エリカが乾に片想いしていて、告白できずに自棄食いに走っている。俺にはそれしか考えられないが、硬いチーズは自棄食いするものなのだろうか。
「子供だっていったって、女の子だもんな。この乾隆也に恋するってのはおおいに考えられるんだけど……だとしたらかわいそうに」
「そんなんじゃないって言ってるだろ」
「なんでおまえにそう言えるんだよ」
「恋わずらいなんかじゃないよ、あの様子は」
「ま、そうだろうな」
 学校には行っているのだそうだが、エリカは家庭内で豹変するのだから、俺たちには休んでほしい。母親の要望ももっともだと思える。乾とふたり、エリカについて話していると、注文したランチが運ばれてきた。
 メシは黙って食っていると、近くにすわっているふたり連れの視線を感じる。男ふたり組は、俺たちよりはやや年上だろうか。ひとりはまばらに無精ひげをはやした俺くらいの背丈の男で、もうひとりは中背の細い男だった。
「……だから、お節介焼くなって」
 背の高いほうが言い、低いほうが応じた。
「仕事になるかもしれませんよ」
「仕事はむこうから飛び込んでくるもんだろ」
「そんなことを言っていられる立場ですか、寿三郎さん」
「……いや、仕事はほしいけどさ……」
「だったら俺が、彼らに声をかけますよ」
「待て、こっとうや」
 寿三郎とは古風な名前だが、真次郎とだったらそうは変わらない。こっとうや? そっちは珍しい名前、いや、名前ではなく職業か。
「骨董屋さんでいらっしゃるんですか」
 自分たちのテーブルから立ち上がって近寄ってきた男に、乾が問いかける。それで俺にも「骨董屋」の漢字がわかった。
「失礼、あなた方のお話が漏れ聞こえてしまいましてね、私たちがお役に立てるかもしれません。よろしければ詳しく聞かせていただけませんか」
 骨董屋が言い、寿三郎と呼ばれた男も諦観したような表情で席を移ってくる。乾がエリカについて話すと、骨董屋がうなずいた。
「たったひとつだけ、わかったことがあります」
「はい?」
「あなた方はフォレストシンガーズというヴォーカルグループのメンバーでいらっしゃる。あまり売れてはいないのですね」
「さすがですね、早くもおわかりですか」
 苦笑いの乾が言い、俺も言った。
「そんなのさすがじゃないだろ。売れてるグループだったら世間で名前を聞くだろうけど、フォレストシンガーズなんてのは話題にもならない。こいつはそんな奴らは知らないんだから、売れてないって言ったんだ。推理にもなってねえよ」
「本橋くん、こいつとはなんだよ」
「誰にでもわかるようなことを、わかった、だなんてしたり顔で言う奴は、こいつでいいんだよ」
 くすくすっと骨董屋が笑い、寿三郎は言った。
「本橋くんか、気の短い男だな」
「寿三郎さんには言われたくないんじゃありませんか」
 澄まし顔で骨董屋が言い、乾もくすくすっと笑っていた。
 
 
有村司パートに、つづく




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