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小説23(she's my girl)

 ←番外編6(you've gotta friends)後編 →小説24(Bye Bye Recollection)
絵馬
フォレストシンガーズストーリィ・23

「she's my girl」

1

 愛しきひとがいたとしても、よその女の子に心が揺らめくってことは、男にはなくもない。女にもあるのだろうけれど、男のほうが浮気性なのはまちがいないだろう。俺にもつきあってる子はいなくもないのだが、本当の恋人ってわけでもないし。ってなわけで、仕事先ではじめて会った女の子にひと目惚れした。
 実に実に実に下らない、と言ったのは本橋さんで、かたわらでは乾さんが、まあ、どっちもがんばれよ、と言い、シゲさんは言った。
「おまえらな、そんなことで仲間割れすんなよ」
 仲間割れとまでは考えもしなかったのだが、下らなくもない。実に実に実に男の闘争本能を刺激するできごとだった。
 大学を卒業して二年半になる本橋さんと乾さん、一年半になる本庄のシゲさん、大学を中退してから三年半になる章、とはちがって俺は卒業して半年しかたっていない。他の四人と比較すれば暢気だったのかもしれない。この秋ようやくフォレストシンガーズがメジャーデビューして、これで俺も正業につけたかな、って気分だった。
 それなりに仕事をいくつかこなし、俺たちは北海道にやってきた。有名無名、ジャンルも多種多様にとりまぜた歌のショーだ。俺たちは当然無名サイドだったのだが、中にひとり、ショーのメインとなる大物シンガーがいた。大物とはいえ、過去の栄光にしがみついているといえなくもないのだが、俺たちから見れば大先輩の大物だ。
 彼の名はノブ・日高。俺たちがまだガキだったころに大ヒット曲をいくつか出し、その残滓で生き残っている、というのは言いすぎかもしれないのだが、彼と共演した俺たちは、彼のバックシンガーの女の子たちとも知り合った。甘い美声でポップスを歌うノブ・日高氏のバックコーラスは、三人の若い女の子で構成されている。
「泰恵ちゃん、可愛いなぁ」
 稚内出身の章の故郷に近い、といえばいえなくもない函館でのショーだ。ショーは三日間おこなわれ、リハーサルやなんやかんやで、一週間ばかり函館に滞在することになった。明日はショーの初日という日、章がうっとりと言ったのだった。
「声もいいしルックスもいいし、性格もいいし」
「泰恵ちゃん? なんで泰恵ちゃんなんだよ」
「俺の趣味だもん」
「他の子にしろよ。他の子だって可愛いじゃん」
「どうしておまえにそんなことを言われなくちゃいけないんだ」
「だって、俺も泰恵ちゃんがいいんだもん」
「……おまえこそ、他の子にしろ」
「やだよぉだ」
 そもそも章と俺は女の子の趣味が似通っている。てめえもちびだからなのか、小柄で可愛らしいタイプが好きだ。小柄で可愛い女の子を嫌いだという男はあまりいないのかもしれないが、章と俺が今まで同じ女の子を好きにならなかったのは、単なる偶然の作用だったのかもしれない。あってもなんら不思議のないことだったのだ。
 しかし、章にはついこの間までは彼女がいた。殴られようと蹴られようと、なにをされたって愛していたスーちゃん。俺はスーちゃんに紹介してもらったことがあるが、どれほど喧嘩をしても、ふたりは愛し合ってるんだね、と思っていた。なのに、章はスーちゃんにふられてしまい、その心の隙に別の女の子が忍び込んできた。
 スーちゃんへの想い冷めやらぬ章は、ロックバンド時代からのファンだったというえっちゃんに好かれているくせして、あいつは友達だと頑なに言い張る。泰恵ちゃんは俺のもの、章にはえっちゃんがいるだろ、と言うと章がますます意地になりそうだし、おまえにだってつきあってる女はいるんだろ、と言い返されそうなので、そこには触れずに言った。
「真剣な恋なのか? 俺の目を見て言ってみろ。章、それは真実の恋なのか」
「真剣でも真実でもなんでもいいんだよ。俺はおまえなんかに負けないぞ。俺は泰恵ちゃんにアタックする」
「俺こそ、おまえなんかに負けないよ。章、さっさと諦めろ」
「おまえこそとっとと身を引け、幸生」
 ショーの出演者には女性シンガーが多い。日高氏は一応大物なので、ひとりで控え室を使っている。新米シンガーズにしては破格の待遇なのか、俺たちは五人で一室の控え室をあてがわれていた。その部屋で章と火花を散らしていると、なんの話だ? と乾さんが訊いた。なんの話なのかを説明すると、冒頭の先輩たちの台詞が出たというわけだった。
「どっちが泰恵ちゃんを射止めるか、勝負だ、章」
「おう、望むところだ、幸生」
 睨み合う俺たちの頭を、本橋さんが両手でひとつずつ押さえた。
「おまえらな、燃えるのはいいけど歌にもそのぐらい燃えてくれよ」
「燃えてますよ。恋心もめらめら、歌心もぼおーっ!! いてえな、章、なにすんだよ」
 脛を蹴る章の脚を蹴り返すと、章は憎らしい調子で言った。 
「ぼおーっとしてるのはおまえの顔だろ」
「おまえの頭の中ほどぼおーっとしてねえんだよ。俺はバーニングハート、歌にも恋にも心が燃え盛ってますよ。なにすんだよっ、やんのかよ、このふにゃらか男。なんであっても俺と勝負しておまえが勝てると思ってんのか。やるってんだったら表へ出ろ」
「おまえにだったら勝つよ」
「大きく出たな。そんならかかってこい」
 ストップストップ、と乾さん、まったくおまえらは、とシゲさんは嘆き、本橋さんは言った。
「そういう喧嘩はやめろ。女の子をめぐって勝負するってんだったら、俺がお節介焼く筋合いでもないんだからいいけど、喧嘩なんかせずに正々堂々と勝負しろ」
「どうやって?」
「口だろ。おまえらの武器は口だろうが」
 まちがいなくそうだ。俺はうなずいて言った。
「おーし、口を最大限に駆使して、どっちが泰恵ちゃんを落とすか勝負だ」
「よし、やってやろうじゃん」
 そろってガッツポーズをしてみせると、馬鹿だね、まったく馬鹿だ、と先輩たちは異口同音に言った。
「馬鹿じゃないし、下らなくもないよなぁ、章?」
「そうだ。おまえにとっても俺にとっても、これからの人生を左右する大勝負だ」
「おー、章、うまいこと言うね」
 その意見だけは一致を見たのだが、それでこれからどうする? に対する意見はまっこうからぷつかった。章は言う。
「どっちが先に泰恵ちゃんにアタックするんだよ」
「どっちが先? んなもん、決まってっだろ。両方同時にアタックだよ」
「えええー? そんなのやだよ」
「おまえ、俺に負けそうだからだろ?」
 そ、そ、そんなことはなーい!! と章は大声で叫んだ。
「女の子を口説くのに、ふたりそろってなんてあり得ないから言ってるんだ。じゃんけんかくじ引きで決めよう」
「そんなのやだね。ふたりで同時にやる。絶対に譲らない」
「俺はどちらかが先でどちらかがあとがいい。ん、しかし、そうなると先攻と後攻のどっちが有利なんだろ?」
 先でもあとでも、決めるのは泰恵ちゃんなんだから、俺たちがあれこれ悩んでも仕方がない。女にもさまざまなタイプがいるんだし、男に告白された泰恵ちゃんの気持ちがどう動くのかなんて、章にも俺にも正確にわかるわけがないのだから。
「仕事は今日でおしまいだし、明日は三人で函館の街でデートしようって誘うんだよ。チャンスはそう多くないんだぞ。函館で決めちまいたいだろ? それでいいだろ、章? 文句あるか?」
「う、う……そういえばそうかな。けど、デートを断られたらどうする?」
「そうなったらそうなったときのことだ。とにかくデートだ。突進するぞー、章」
「……そうだな」
 ひとまずは俺の勝ち。デートを断られたら東京に帰ってから策を練り直すってことにして、まずは明日だ。最終日のショーも終了すると、章と俺は泰恵ちゃんをひと気のない場所へ呼び出した。
「明日は休みなんでしょ」
 俺がそう切り出すと、泰恵ちゃんは怪訝そうな表情になった。
「俺たちも休みなんだ。泰恵ちゃんも一日くらいは自由行動できそうだって言ってたじゃん」
「そうなんだけど……」
 バックコーラスの仲間たちといっしょに……と口ごもる泰恵ちゃんに、章が言った。
「泰恵ちゃん、彼氏はいるの?」
「いないけど」
「好きなひともいない?」
「別にいない。私は今は仕事が大切なんだもの。今は日高さんのうしろでコーラスやってるだけだけど、私もいつかは三沢さんや木村さんみたいに、コーラスグループの一員としてプロデビューしたいの。今の仲間たちとそうなれたらいいなぁ。歌だけじゃなくてダンスもできる、そんなグループになりたいの」
「恋なんかしてる暇はないって?」
 尋ねた俺に、泰恵ちゃんは真摯にうなずき、章が横から言った。
「俺もそうだよ。今は仕事が大切だ。でもね、恋があったら仕事にもっともっと燃えられると思うんだ。泰恵ちゃんはそうじゃない?」
 おいこら、フライングすんな、と耳元で言ってみたのだが、章はかまわず続けた。
「泰恵ちゃん……俺はきみが……」
「俺はきみが好きだっ!!」
「この野郎、幸生、俺が言おうとしたのに……」
「おまえが裏切ったんだろうが。こうなりゃ俺が先に言う。泰恵ちゃん、俺とつきあって」
「泰恵ちゃん、俺、俺と……」
 あっけに取られて俺たちを交互に見ていた泰恵ちゃんは、ぷっと吹き出した。
「ふたりともなの? 私を? マジで言ってる?」
 マジ、本気、この目を見て、嘘を言ってる目? 冗談言ってる目? どっちが先も作戦もなにもなくなってしまって、章と俺はかわるがわる、夢中になって告白した。が、泰恵ちゃんはころころ笑っている。瞳に誠実な光を宿して、のつもりで俺は言った。
「俺とつきあって」
 俺だよね、と章も言った。
「泰恵ちゃん、俺、本気の本気だよ」
「本気でなきゃこんなことは言わないよ。俺ってそんなに不実な男に見える?」
「幸生は不実な男だよ。俺はこいつとはちがう」
「なんだとお、章がそんなこと言うんだったら言うけど……」
「なにを言い出すつもりだ」
「言われたら困ることがいっぱいあるだろうが、おまえは」
「おまえこそ……」
「俺にはおまえに言われて困ることなんかひとつもないぞ。なんかあるか? あるんだったら言ってみろ。ほれほれ、言ってみろ。ないだろ。ざまあみろ」
 おまえみたいになんでもかんでもべーらべーら喋る男とちがって、俺は肝心なところはぼかしてあるから、こういうときにこそものを言うんだよ、お生憎さまでした、だ。だが、ここで章の昔の所業をばらすなんてことはしない、俺にも武士の情けがある。唸っている章を横目で見て、俺は言った。
「どちらか選んでくれる? 泰恵ちゃんとしてはつらい立場なのかもしれないけど、どちらを選んだとしても恨んだりはしないよ。それで喧嘩になったりもしない。誓う。な、章、そうだろ」
「うん。恋と仕事は別の地点にあるものだから。だけど、泰恵ちゃん、俺は幸生よりずっとずっと本気だから」
「なんでそう言い切れるんだよ? おまえの本気と俺の本気と、どっちがより熱いか、どうやって較べるんだよ? 心臓を切り裂いて見せっこしようか」
「本気は心臓じゃなくてここにあるんだ」
 章の指が頭を示した。
「そんなら頭をかち割って見せっこしよう」
「かち割ったあとはどうするんだ」
「針と糸で縫っといたら、そのうち自然治癒するよ」
 泰恵ちゃんはひたすら笑っていて、あー、苦しい、と涙まで浮かべている。
「ちょっと、ちょっと待ってね。笑いが止まらない……三沢さんも木村さんも……そんな、そんなふうに……ありがとうね。嬉しいわ。だけどね……だけどね……」
 ようやく笑いやんだ泰恵ちゃんは言った。
「駄目。全然本気に思えない。私を肴にして漫才やってるとしか思えない」
「泰恵ちゃん、そんなんじゃないって」
「幸生、おまえが喋りすぎるからだ」
「おまえが裏切るからだよ」
 いいからちょっと待って、と両手で俺たちを制し、泰恵ちゃんは真面目な顔になった。
「本気で言ってくれたのね。信じる……信じられないんだけど信じる。でも、ごめんなさいね。そんな気になれないの。三沢さんや木村さんって、同業者の若い男のひとだと思ってだけで、恋愛の対象になる相手だとは思えなかった。そんなふうに思えなくもないのかな、って考え直そうとしてみたけど、やっぱり思えない。私は当分恋愛なんかするつもりもないし、どちらも選ばないことにする」
 にっこりして、泰恵ちゃんは章を、そして俺を見つめた。
「でも、ほんと、嬉しかった。私がこんなにもてるのは最初で最後だったりして……ほら、喧嘩はやめて、ふたりを止めて、私のために争わないで、もうこれ以上、って歌があったじゃない? なんてうぬぼれの強い女の歌なんだろ、って思ってたけど、私があの歌の主人公みたいになるなんてねぇ、なんともまあ……三沢さんと木村さんって喧嘩も冗談みたいなんだね。いいキャラしてるわ。じゃ、そういうことでね」
「泰恵ちゃん」
 きびすを返した泰恵ちゃんのあとを追おうとした章の肩を、俺はぐっとつかんで引き戻した。
「最初から眼中になかったんだぞ、彼女には」
「おまえも俺もか」
「そうだよ。俺たちなんか漫才コンビだとしか思われてなかったの。いいじゃん、まだしもどっちもペケで」
「そうかなぁ」
「章、明日はナンパしにいこう。恋を忘れるには新しい恋がいちばんだ」
「ナンパなんかしたって恋にはならないよ」
「なるかもしれない」
「ならない」
 ここが章と俺の決定的にちがうところか。ああまで言われたら俺としては、ちぇ、だったらしようがないよな、と諦めをつけられるのだが、章はうじうじしている。うじうじ章は肩を落として歩み去っていき、俺もあとからついていくと、章は控え室に入っていった。本橋さんと本庄さんの姿はなかったが、乾さんがいた。
「乾さーん」
「おう、どうした?」
 ふたりそろってふられました、なんて報告しなくてもいいっての。義理堅いってのか、話さずにはいられないってのか、乾さんに泣きつかんばかりの勢いで先刻の一件を話している章を、俺はぶすっと眺めているしかなかった。

  
 おっと、寝てしまった。俺は慌てて起き上がり、ベッドのとなりに寝ている見知らぬ女を見下ろした。
 ナンパなんかしたって新しい恋は生まれない、と章は言う。生まれるかもしれない、と俺は思う。ベッドで抱き合うところからはじまる恋もあるかもしれない。けれど、今回はそんなふうじゃないな。帰ろうっと。
 函館で泰恵ちゃんとデートする夢はもろくも砕け散り、章はがくんと落ち込んでいて、先輩たちとデートしてもなんの意味もないので、仕事がすんだらさっさと東京に帰ってきた。勝手知ったる東京でナンパしたほうが成功率も高い。ナンパはうまく行ったのだが、こういうメイクラヴってのは最終的に虚しさがつきまとう。
「ま、いいよな。若いんだしさ、楽しまなくちゃ。ゲームの恋も時にはいいさ」
 言いわけめいたひとりごとを言って、夜明けの街を歩き出すと、乾さんが作った曲を思い出した。
「冗談で書いたようなものなんだけど、「She's My Girl」、章と幸生のソロでの掛け合いソングだよ」
「英語? 乾さんってばまた俺の弱点を……根性悪いよなぁ」
「簡単な英語なんだけど、英語のパートは章、日本語パートがおまえのソロだよ」

「Which do you choose?
 He or I? I or He?

 きみを腕に抱けるのは
 あいつ? それとも俺?

 I love you
 It is quite unnecessary
 Only you the wanted one
 You are mine

 愛してる
 何度でも言うよ 愛してる
 きみを My Girl と呼べるのは俺だよね
 囁いて、その声で
 
 好きよ、あなたが好き
 そう言って俺に
 言ってよ、俺に」

 好きよ、あなたが好き、は章と幸生がふたりで歌い、そう言って俺に、は幸生、言ってよ、俺に、は章、と乾さんが解説してくれて、歌ってみるか、と俺は章に尋ねたのだが、章は力ない声で、いやだ、と答えた。
 しようがないのでひとりで歌ってみて、すっかり覚えてしまった。俺の唯一の弱点である英語の発音には自信がないのだが、そこらへんは適当にごまかして、俺は歌いながら歩いた。きみはどっちを選ぶの? が冒頭の歌詞の日本語訳だ。結局どっちも選んではもらえずに、俺は自棄になってナンパして、章はまたしても落ち込んで、最悪の結果になってしまった。
 いいや、最悪なんかじゃないじゃないか。少なくとも章と俺は、恋に関するライバルだなんて関係からは脱した。その他の面では同い年の章と俺は互いをライバル視しているけれど、歌のライバルだったら切磋琢磨のいい関係でいられる。これでよかったんだよ、章。
 そう言ってみても、章はどうせ、しばらくは立ち直らないんだろう。開き直ってこんな歌でもうたってみたら、すっきりするかもしれないのに、章ってまったく世話の焼ける奴。そんなだからいつまでもスーちゃんを思い切れないんだ。いつまでもロックとスーちゃんにこだわってるんだ。
「乾さんはたぶん、この歌で失恋なんか笑い飛ばしてしまえ、ってつもりで作ってくれたんだぜ。スーちゃんまでも考えて、なのかもしれないよ。俺はいいんだけどさ……章のバーカ、乾さんの気持ちも知らないで……だからおまえはさ……」
 だからおまえはさ、って言ってみたら、おまえのほうこそ馬鹿ばっかりやってるじゃないか、と章に言い返されるだろう。早く立ち直って立ち向かってこいよ。俺はとっくに立ち直ったんだからさ。夜明けの空に向かって章に呼びかけたら、うるせえ、ほっとけ、と章の声が聞こえた気がした。


2

 数日前に見上げた横須賀の空から続く冬空に、今日もぽっかり浮かんだ雲がお散歩している。「横須賀ストーリー」を口ずさみながら、俺は仲間たちとの待ち合わせ場所へと急いでいた。
 平成XX年の年が明けて、フォレストシンガーズのプロ生活二年目に突入した。一月三日は初詣。初詣にみんなで行くのははじめてだし、お正月なんだからと俺が真っ赤なコートを着込んでいったら、あろうことか章は真っ白なコート姿であらわれた。
「……なんだなんだ、その格好は」
「おまえに言われたくないんだよ。おまえこそ、正月だってのにサンタクロースかよ」
「発想が平凡だね、章ちゃんは。どうせ言うならポインセチアの花とでも表現しろよ」
「ポインセチアもクリスマスだろ。おまえのどこが花だ。赤鼻のトナカイだろ」
「下手なシャレ……シャレまでもがクリスマスだな」
 花の名前は乾さんが教えてくれたから、ポインセチアだったら知っている。クリスマスには赤と緑と白のデコレーションが街に氾濫していた。これで誰かが緑のコートでも着ていたら、まるっきりクリスマスカラーじゃん、と危惧していたのだが、幸いにも緑のコートを着ている者はいなかった。
 むさくるしいとまで言っては言いすぎなのだが、本橋さんもシゲさんもあまりにもファッションに頓着しなさすぎで、正月でも普段着と変わらない。章は常にロッカーを捨て切れない服装をしていて、俺も俺なりにおしゃれはしているつもりなのだが、本橋さんとシゲさんはなんとかならないのだろうか。これでもプロのシンガーズなんだから、多少は服装にも気を使うべきなのではなかろうか。
 しかし、後輩が先輩の服装に口を出すのは僭越だろう。乾さんと章と俺はまあまあ見られる格好をしているので、いいとしよう。まあまあ、ってのは俺だけか。章のセンスは風変わりとはいえ、ルックスに似合っている。乾さんは相当かっこいい。
 待ち合わせた駅に最後にやってきた美江子さんも、いつになく可愛らしいサーモンピンクのコートをまとっていて、優しげにやわらかに、なにかの花のように見えた。サーモンピンクの花というと? 思いつかない。乾さんにこそっと尋ねたら、スィートピーなんかどうだ? と教えてくれたのだが、スィートピーがどんな花なのか不明なので、美江子さんには言わないことにした。
「ミエちゃんのサーモンピンクのコートは素敵だね。今日はジーンズじゃなくてワンピース?」
「お正月だものね。着物が着たかったんだけど、無理だったし」
「残念だな。ミエちゃんの晴れ着姿が見たかったよ」
 さらりと素敵だね、なんて言うのは乾さんならではで、本橋さんは横から言った。
「おまえが着物なんか着てきたら、帯が苦しくてメシが食えないってうるせえだろ。歩くのだってとろくなるんだろ。それで充分だ。行くぞ」
 負けてはいられないので、俺も言った。
「今日の美江子さんはフェミニンでとっても可愛いですよ。乾さんとデートってのがいちばん似合うかな。そしたら俺たちはなんだ、章?」
「まだ全然売れてもいないんだから、六人で歩いてても誰も気にもしないよな。リーダーと本庄さん、幸生と俺が別々に初詣に来た、彼女もいないかわいそうな男ふたり組。そのへんが妥当なんじゃねえの」
「言えてる。そっちのふたりとこっちのふたりは雰囲気がちがいすぎる」
 だよな、と乾さんも苦笑した。
「正月だってのに本橋もシゲも……ま、いいか。それでこそおまえたちだ。シゲは服なんかより食い気だもんな」
「そうですよ。今日は昼に豪華な天丼が食えるってんで、朝メシはヌキで来たんですから」
「予約しておいたよ。シゲくん、食いっぱぐれはないから安心していいからね」
 豪勢な天丼、俺も楽しみではあるのだが、美江子さんは仕事も大変だったのに、昼メシの予約までしてくれたのだ。おまけに今日はおごってくれると言う。去年の暮れにはボーナスもらったのかな、俺たちにはそんなものはないけどね、と考えつつ、みんなして神社への道をたどりはじめた。
「ゆっくり歩け。ミエちゃんが遅れてる」
 ぶらぶらと歩いているうちに、美江子さんの姿が見えなくなった。乾さんが立ち止まってうしろを見、本橋さんは言った。
「ガキじゃあるまいし、そんなに気を使わなくてもいいんだよ。あんまりそういうことを言うと、山田がかえって怒るぞ」
「あり得るな。私が女だからって気を使いすぎるのは嫌いよ、ってつんとされそうだ」
「お、乾さん、美江子さんの口真似がお上手」
 そんなら俺もやろうっと、と決めて、俺は常の美江子さんよりもやや女性的な口調で言ってみた。
「本橋くんみたいにデリカシーがなさすぎるのも困るけど、乾くんほどってのも頭に来るのよね。ほどほどがいいのよ。あなたたちってば両極端なんだから。幸生くん程度がいちばんいいの」
「あっそ。その通りかもしれないな。おまえは勝手に言ってろ。俺は見てくるよ」
 早足で乾さんはもと来た道を引き返していき、あとの四人はゆるやかなスピードで再び歩き出した。
「でもさ、リーダーだって美江子さんが気になるんでしょ? シゲさんも気になるよね。章もだろ? 俺もだよ。待ってましょうよ、このあたりで」
「そうだな。ん……しかし、腹が減らないか。シゲは朝メシ食ってないんだろ。俺もなんだよ。昼まで保たないぞ」
 立ち止まった本橋さんが言い、シゲさんも言った。
「実は俺も腹が減ってきました。店がたくさん出てるんだし、なにか買ってきましょうか」
 たこ焼き食いたい、と章が言い、シゲさんはなぜか、たこ焼きか、と渋ったのだが、本橋さんもそうしようと言って、三人はたこ焼きを買いにいってしまった。
 色気より食い気なんだよね、シゲさんは。本橋さんはそうでもないくせに、腹が減っては戦ができないってか。俺はちゃんと朝食を摂ってきたから、腹は減っていない。章は例によって寝坊して、朝メシなんか食っていないに決まってる。俺は昨日の夜にコンビニで餅を買って、インスタント澄まし汁を使って即席お雑煮を作ったんだけど、他の三人がそんなことをするわけもない。
 他の三人はするわけないけど、美江子さんと乾さんは、今朝はなにを食べたのかなぁ、とぼんやり考えながらうしろを見やると、ちらりとサーモンピンクのコートが見えた。乾さんもそばにいる。なにかもめごとだろうか。四角い体格の中年男の背中も見えた。
 俺がむこうに行っても意味ないか、乾さんがいるんだから平気だよな、と思いつつもじれじれしていると、やがて、美江子さんと乾さんが近づいてくるのが見えた。仲良く腕を組んじゃって、なにやってんの? と俺を見つめるので、俺は答えた。
「リーダーとシゲさんが腹減ったって言い出して、たこ焼き買いにいきましたよ」
「おなかをすかせておかないと、お昼がおいしくないのにね」
「彼らはたこ焼きごときで腹いっぱいにはならないから大丈夫です。ほぉ、やっぱり、お似合いのカップルだなぁ。俺には見えなかったんだけど……」
 なにかあったんですか? と問いかける前に、たこ焼きをほおばりながらやってきた本橋さんが言った。
「乾、なにかもめてなかったか?」
 たこ焼きに気をとられていても、背の高い本橋さんには見えていたらしいのだが、乾さんはかぶりを振った。
「なんてことはないよ。ミエちゃんが義憤に駆られて酔っ払いに注意しただけだ」
「……山田、危険な真似はすんなよ。義憤だかなんだか知らないが、正月早々他人ともめるなよ」
「よく知りもしないでよけいなことを言わないで。だいたいあんたはえらそうなのよ」
「……美江子さん、本橋さんとまでもめないで下さいね」
 言ったシゲさんに、ほっといてよ、と言い返して、美江子さんは乾さんの腕から腕を引き抜いて、先に立って歩き出した。あちゃ、って顔をした本橋さんは、こら、なんとか言え、と乾さんに睨まれて、美江子さんに呼びかけた。
「おーい、山田、おまえも食わないか?」
「いらない」
「ほらぁ、美江子さんが機嫌を損ねちゃったじゃん。リーダーが悪いんですよ」 
 俺が言うと、章も言った。
「義憤って、なにをしてたのか俺にも見えなかったけど、美江子さんってそういうひとでしょ。ね、乾さん?」
「そうだよ。本橋がえらそうに咎めるような問題じゃない。ミエちゃんにあやまってこい」
「……わかったよ」
 おやおや、あやまるんじゃなくてたこ焼き? 本橋さんは美江子さんに追いついて、つまようじに突き刺したたこ焼きを差し出した。
「食えよ」
「……本橋くんがあやまるってこうするの? いらないって言ってるでしょ。私のおなかの容量は本橋くんやシゲくんほどはないの。そんなの食べたらお昼が入らなくなるよ」
「嘘つけ。これしきで」
「東京で売ってるたこ焼きはおいしくないからいらないの」
「それが本音か。そんなら俺が食う」
 ぽいっと口に放り込もうとしたたこ焼きがすべり落ちたのは見えた。美江子さんのコートに落っこちたらしく、本橋さんは焦った声を出した。
「わっ、ごめん!! うわわ、汚れた……」
「なにしてくれんのよっ。馬鹿」
「ごめんな、山田、許せ」
「やっちゃったものは仕方ない。たこ焼きごときで怒ったら、山田美江子の名がすたる」
「そうかぁ? うん、そうだな、ごめんな」
「いいよ」
 さすがにミエちゃんは潔いよな、と乾さんが呟き、章はバツ悪げな表情になり、シゲさんが言った。
「そうそう、東京のたこ焼きはまずいですよ。俺は三重県の出でしょ。ガキのころに親に都会へ連れていかれるとなると、名古屋にも大阪にも行きました。俺は大阪のほうが好きだったな。大阪のほうが食いものがうまい。なんたってたこ焼きは大阪だ。今度大阪に行ったら、たこ焼きを食いにいきましょう」
 たこ焼きかぁ、と渋っていたのはこういうわけだったらしい。俺も章が抱えているたこ焼きをひとつ食べてみたが、たしかに美味ではなかった。
「シゲ……大阪はたこ焼きだけか」
「え? 乾さん、大阪には……いいですよ、それは」
「シゲさん、なんだか意味深?」
 ちょいっとつつくと、シゲさんは怒った顔で言い返した。
「なんでもないよ、大阪にはたこ焼きしかないんだ」
 意味深といえば乾さんもなのだが、俺にはその意味がわからない。その間に本橋さんと美江子さんとの距離が開き、本橋さんが美江子さんの腕を引き寄せているのが見えた。酔っ払いらしき老人がよろよろと美江子さんに近づき、三人してなにか言い合っている様子だったのだが、声までは聞こえない。シゲさんが言った。
「あっちにもこっちにも酔っ払いがいますね。けど、大丈夫ですよね」
「本橋がついてるんだから……とは言うものの心配だな。本橋こそが心配だよ。急ごう。ちょっと失礼」
 ごちゃごちゃの人ごみをすり抜けて近づいていくと、老人の声が聞こえてきた。
「いやいや、なにもしないよ。綺麗な奥さんだね。いいねぇ。ん? 夫婦にしちゃ若いか。恋人同士かな。いいねぇ、わしにもこんな年頃はあったんだが……お嬢さん、ちょっとだけさわっちゃいけないかね?」
「いやです」
「……そうだろうね」
 老人が歩み去っていくと、俺は言った。
「リーダーと美江子さんもカップルに見えるんだね。美江子さん、今度は俺と歩きましょ」
「いいよ」 
 本院までの道のりは長い。込み合っているので歩みが遅くなってなおさら長い。本橋さんとタッチして入れ替わると、俺は言ってみた。
「腕をどうぞ」
「……幸生くんには彼女はいないの?」
「いませんよぉだ」
 ほんとかなぁ、という顔で俺を見たものの、美江子さんは俺の腕に腕をからめてくれた。あ、いい香り。香水なんだろうか。きつい香りを漂わせる女のそばに寄ると頭痛がするのだが、美江子さんの香りは心地よい。美江子さんがひどく大人に見えて、俺では似合わないな、と思ってしまう。美江子さんと俺ではカップルにも見えないだろう。
 たったふたつ年上でしかない美江子さんだけど、美江子さんには落ち着いた大人の男でないとふさわしくないと思える。ま、なんにしたって美江子さんは俺なんかは眼中にもないだろうけど。
「今日の美江子さんは背が高い。ブーツのヒールのせいだね。背が伸びて俺を追い越したのかと思ってぎくっとしちゃいましたよ。それ以上伸びないでね」
「もう伸びないよ」
「美江子さんは彼氏は?」
「いない」
「ほんとかなぁ」
 ちらりと肩ごしにうしろを見て、俺は言った。
「シゲさんも章も、美江子さんといっしょに歩きたいとは言わないだろうな。したくても言わないんだから」
「したくないんじゃないの?」
「したいでしょ。男同士で歩いててなにが楽しいんだよ。美江子さんみたいな美人がいっしょにいても、男は五人もいて独り占めできない。シゲさんは照れちゃうだろうけど、章はやりたいに決まってるんだ。美江子さん、章と替わっていいですか」
「いいけど……」
 うしろではお爺さんがどうの、お婆さんがどうのと話しているのが漏れ聞こえる。お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に、なんて話しじゃないだろうな、と笑ってから、俺は章に言った。
「章、美江子さんがおまえとも歩いてくれるって。よかったな、チェンジ」
「あ、そんならまあ……美江子さん、よろしく」
 いそいそと前に出た章は、美江子さんに耳打ちしている。俺は鼻をひくつかせて言った。
「美江子さんはいい香りがしたのに、こっちに戻ってきたらたこ焼きの匂いがする。えらいちがいだよ」
「そんなに女と歩きたいんだったら、そこにもここにも歩いてる女の子をナンパしてくりゃいいだろ」
「こら、本橋、そそのかすな」
「うーむ、それもいいかも。でも、神さまのご面前で不謹慎だからやめておきますよ」
 いくらなんでも俺だって、見境もなくどこででもここででもナンパなんかしませんよぉっだ、とは言い返さず、殊勝にそう言ったら、章の歌声が小さく耳に届いてきた。
あれだ、あの歌だ。乾隆也作詞作曲「She's My Girl」。そんな歌は歌いたくないと言ったくせに、さすがは章というきか。しっかり覚えているではないか。
 まったく章ときたら、なんでもかんでも誰にでも彼にでも喋りたがるんだから。この歌は、章と俺が函館でそろって失恋したときに、乾さんが俺たちをなぐさめるためだか、励ましてくれるためだかに作ってくれた歌だ。おんなじ女の子を好きになって、見事撃沈して、そんな話を章はえっちゃんにもしたんだろうか。
 あれは俺にとっては本当の恋だったんだろうか。真実の恋か否かは、恋した瞬間にはわからない。つきあってみなくちゃわからないのに、泰恵ちゃんとはつきあいもできなかった。考えてみたら、章や俺みたいな奴とつきあわなくて、泰恵ちゃんにはよかったのかもしれないよ、とこっそりため息ついていたら、シゲさんが言った。
「章といい幸生といい、なんだってそうすぐに出会った女の子に恋をするんだろうな。俺には不思議だよ」
「すぐにじゃないし、誰でもいいってわけでもないんだけど、そういう年頃だからでしょ。恋って唐突に天からふってくる、神さまのプレゼントなんですよ。ねぇ、乾さん?」
「うん、そういう詞もいいな。幸生、書けよ」
 シゲさんだってちょっぴり前に恋をしたんだよね。恋だかどうだかわからない、とシゲさんは言ってたけど、突き進まなくてはなんにもはじまらない。けど、シゲさんは突き進む前に失恋したんだった。かわいそうなシゲさん、だなんて言ったら、温厚なシゲさんも怒るだろうから言わずにいると、ふいに章が振り向いて言った。 
「じゃ、今度は本庄さんね」
 え? 俺? と目をぱちくりさせたものの、シゲさんもいそいそと章と交替した。乾さんが無言になったので俺も黙って耳を澄ませていたら、美江子さんの声が聞こえてきた。
「章くんは暴言、乾くんは詭弁、幸生くんは冗談暴走、本橋くんは腕力主義でしょ。シゲくんは苦労するよね」
「苦労ですか。俺なんかはなんでもかんでも本橋さんと乾さんに丸投げで、苦労なんぞなんにもしてませんよ。俺には歌以外の能はないんですから、この声と歌で貢献します。他にはなにもできません」
「謙遜しすぎ。シゲくんのように穏やかなひともいないとどうしようもないのよ」
「穏やかですかね、俺は」
「そうじゃないの? 本橋くんは穏やかなんて薬にしたくもない性質だし、乾くんは一見温和だけど、かっと燃えるとたぎってくるし、章くんはかなりの激情型だし、幸生くんは止まらない口を持ってる。ヒデくんもけっこうかっかするタイプだったじゃないの。だからこそ、結婚となるとわき目も振らずに突っ走ったんだよ」
 冗談暴走……うまいことおっしゃる。ヒデさんもかっかするタイプだった、か。そうだったのかもしれない。ヒデさんは一途に恋をして突き進み、今ごろは結婚して幸せに暮らしているんだろうか。どこかの土地でヒデさんも初詣に行ってる? ヒデさんの腕の中には、ちっちゃな赤ちゃんがいるかもしれないね。
「ねえ、大阪になにかあるの? 」
 尋ねた美江子さんへの返答は、がくっときそうなものだった。
「たこ焼きでしょ」
 たこ焼きしかないのはシゲさんの頭の中だよ、と心で言って、口では言った。
「……たこ焼きたこ焼きって、大阪のひとが聞いたら気を悪くするよ」
「大阪にはたこ焼きしかない、ってシゲは言ってたけど、そうなんじゃないのか。他になにかあるのか?」
 本橋さんが俺の顔を見て尋ねる。他にもいっぱいあるじゃん。大阪城に通天閣にひっかけ橋に……いっぱいってほど俺は大阪を知らないし、俺にはたこ焼き以上に興味のあるものがあるので、シゲさんとは別の返答をした。
「お笑いがありますよ。俺は大阪に行ったらお笑いライヴを聴きにいって、ギャグのネタを蓄積してこようと楽しみにしてるんです」
 そんなものをそれ以上ふやさなくていい、とみんなして言い捨てた。そう言われるだろうと予測はしてたんだけどね。俺のギャグって大阪弁芸人とはジャンルちがいって気もするけど、一度笑いの本場でお笑い勝負をしてみたい。誰か受けて立ってくれないだろうか。
 恋やらお笑いやら、想いを端っこから端っこへと拡散させつつ歩いていると、ようやく神社の本院が見えてきた。すっげえ人ごみ、人だらけ。人なのにゴミとはこれいかに? ゴミじゃなくて込みか? あとで乾さんに教えてもらわなくちゃ。ゴミにしても込みにしても、いずれにせよ俺もその仲間だ。少々離れていた美江子さんとシゲさんのそばに歩いていった本橋さんが、そこはかとなく嬉しそうな顔をして言った。
「シゲ、肩車してやるから思い切り小銭を投げろ」
「狙いがそれて人の頭に当たる恐れがあるって、シゲくんは言ってたのよ」
「いや、俺もね、美江子さんに遠投能力を尋ねたのは、そうしたらいいかなと思ったわけで……だけど、悪くしたら人の頭に危害を加えるからやめたほうがいいですね」
 まさか、ミエちゃんを肩車できないだろ、と乾さんは言い、俺は思いついて言った。
「シゲさん、俺を肩車して。狙い過たず投げてみせます」
「ほんとか?」
「やってやろうじゃん」
 高みにすわると視界がぐんと広がって、俺は叫んだ。
「おー、背が高くなっていい気分だ」
「やれそうか。おし、じゃあ、章、おまえは俺が肩車してやるから、幸生と競争で投げろ。どこまで飛ばせるか勝負だ」
 本橋さんも張り切って言い、章が問いかけた。
「勝ったらなにか報酬が?」
「負けたほうが晩メシをおごる」
「そんなの報酬じゃなくて罰じゃん」
 俺が口をとがらせると、乾さんは言った。
「ミエちゃん、俺たちはなるだけ前に出て賽銭を投げよう。それとも、あなたは俺が肩車しましょうか?」
「前に行くほうがよさそうだね」
 競争みたいにして、章は本橋さんの肩に乗っかった。俺は章よりいくぶん体重が多い。シゲさんは本橋さんよりいくぶん腕力が多いようだから、この分担でいいのである。美江子さんと乾さんは前のほうへと歩き出し、章と俺は、せえのっ!! で互いに金を賽銭箱に投げた。俺が投げた五百円玉は絶妙のコントロールで賽銭箱へと飛んでいき、章が投げたコインはノーコンそのものの軌道を描いて、どこに飛んだのかすら見えなかった。
「俺の勝ちっ!! 章、参ったか」
「くそぉっ、もういっぺんやりましょう」
 そのときには乾さんと美江子さんの姿は前方へと消えていきつつあって、章と俺は再びのコイン投げ勝負に挑んだ。今度のコインはどういうわけだか寄り添って飛んでいき、見知らぬ男のコートの首筋からすっぽりと中に入ってしまった。章と俺は顔を見合わせ、章が呟いた。
「リーダー、やばい」
「……気づかれたらやばいかもな。シゲ、逃げるぞ」
「乾さんと美江子さんをほっとくんですか」
「山田はケータイを持ってる。あとで電話するよ」
 なんだなんだ? なにが? ときょろきょろしている被害者に、ごめんなさーい、と頭を下げて、シゲさんの肩から飛び降りた。本橋さんの肩から飛び降りた章と、先輩たちと四人して、大慌てで走り出す。今年もまた俺たちって、お騒がせシンガーズなのかな。正月早々なんやかんやとあるよね。俺たちらしくていいじゃん? と言ってみたら、馬鹿たれ、って本橋さんに怒られた。
 高校時代のほうがまっとうお祈りをしていた気がするけど、気のせい? 気のせいだよね。走りながら振り向いて、神さまに言ってみた。
 今でも背が伸びたら嬉しいけど、二十二にもなってたら絶対に無理だろうから、シリアスな願い事をします。何年かかってもいい。いつかは俺たちフォレストシンガーズが、世間の人がみんな知ってる大物シンガーズになれますように。今回は五百円のお賽銭って……金額の多寡は関係ないのかもしれないけど、心の底からのお願い。神さま、今度こそかなえてくれますよね?

END
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~ Comment ~

うわ~、良いわぁ(^^)

あかねさんのこのシリーズって、冒頭の数行で誰が語っているのか分からないところが面白い!
ドキドキしながら、ん? この名前が出てくるってことはこいつじゃない。あれ、この人でもない、とか思いつつ、今回は「おおおおおっ、幸生くんではないか~!」と叫んだ。(いや、もちろん、心の中でだよ(^^;)

なんだか、幸生くんの語りって安心する。
一番、好きではあるけど、一番、何があっても「そうかそうか」と笑って許せる。
ほら、乾くんが恋愛話をするのって、どこかイヤ。
どういう目線で? とあかねさんに問われて、しばし悩んだが、分からん。
やはり、ファンがスターに対する想いに近いと思う。
「フォレスト・シンガーズ」ファンだから(^^)

なのに、幸生くんが良いってのは、こっちは、ファン心理ではなくて、人間として見ているんだろうか。

美江子さんが描き易いってのは分かります。
すごくさばさばしてて、カッコいいもの。やはりあかねさんに似ていらっしゃるんでしょう!
こういう流れの物語は、恋愛はフレーバー程度、味付け香り付けって感じですね。
これに、ヘビーな恋愛を乗せちゃうと、シンガーズとしての流れが崩壊しそうだしね。ヒデさんが去ってしまったのも、そういう必然かな、とか。

しかし、幸生くんと章くんって、女の子の好みって似てるんだ~
そうかそうか。この二人ってどっか双子みたいだもんね。
なんか、良いなぁ。また、こういう対決的恋って訪れるのかな?
幸生くんは、明るくて元気ですごくほっとする。
また、すぐにお会いしたいなぁ!!!(^^)

fateさん、ほんとにいつもありがとうございます

フォレストシンガーズのファンだなんて言っていただくと、嬉しくて気絶しそうです。
あ、幸生に似てきてしまった。。。

冒頭のほうで、誰が語っているのかわからないというのは、必ずしもいけないことでもないんでしょうかね。
そのあたり、試行錯誤ばっかりしています。
自分でだけわかってて、反省したりもしているのですが。

三角関係というものは、私も書かなくはないのですよ。
ヴァーミリオンサンズ(地名です)というシリーズをずーっと長く書いていまして、それは女ひとり、男ふたりのトライアングルの恋人たちの物語でした。

どろーっとしたのはいやな性分ですので、こんなにあっさり行くわけないよな、と考えつつもさらさらっと書いていて、女友達には「こんな関係、好き」と言ってもらいました。

そのうちにはそのシリーズもアップさせていただくかもしれません。

たぶんフォレストシンガーズストーリィでは、幸生主役がもっとも多いと思いますので、たぶんきっとまた出てきますよー。
読んでやって下さいませね。

NoTitle

まあ、恋に人生を賭けるのは分からないでもないですが。
・・・そういえば、とある学校の生徒会長が修学旅行のバスガイドと駆け落ちして、学校を退学した人がいましたね。生徒会長をするほどの責任感のある人でも、恋のためにすべてを捨てて彼女を手に入れたいときというのはあるものなんでしょう。


まだライトな恋ですね。こういうのは。
恋の重みは言葉より行動のような気がしますけど。
その重みがプレッシャーになるときもありますが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
私は自分では恋愛も書きますが。本人はまったく恋愛体質ではありませんし、もはやリタイアしていますし、恋よりも大切なものが人生にはたくさんあるよ、って思ってますし、結婚ってものには懐疑的ですし。

ですが、まあ、恋愛感情って美しいものなのだろうとは思います。
恋愛もの、特にハッピィエンドを喜ぶ方は多いですものね。
私はできればひとひねりした恋愛ものが描きたいですが、もちろん非常にむずかしいので上手には書けません。
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