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小説254(湘南メモリー)

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フォレストシンガーズストーリィ254

「湘南メモリー」

1

「Only you
ふたりの湘南メモリー 焼けた素肌輝きながら
 Only me
きらめく湘南ヒストリー 胸に残るいつまでも

 思い出すよ
 今も心がじりじりしてるあの日の出会い
 風がフェイドアウト
 君と視線が合った瞬間 息を止めたのさ」

 この街で暮らしていたころは幼かったから、こんなふうに恋に出会ったというには子供すぎた。なのに、こんな歌が口にのぼってきた。
「横須賀ってのも湘南なんか?」
 大学合唱部の先輩である、大阪出身の実松さんに質問されたことがあった。
「湘南いうたらすかっとしたイメージで、横須賀とはちょっとちがう感じやけどな」
「いわゆる湘南サウンドというものは、ですね、実松さんが生まれたころからはじまったんですよ」
「いつごろ?」
「1960年代です」
「アホか。俺はそんなころには生まれてないわい」
「いてっ」
 ぼこっと殴られて頭をさすりつつ、俺は湘南サウンドについて説明した。
 1960年代以降神奈川県湘南、主に茅ヶ崎市育ちの若者を中心に発表された、海やスローライフを主なテーマとする一連のライトミュージック。なのだそうだ。大御所は加山雄三、それから、俺の大好きなGSでもあるワイルドワンズ。フォーク系のブレッド&バター、そこからサザンオールスターズやTUBEにつながるのだから、古い時代の音楽ではあろう。
 ご当地ソングというものもあって、神奈川県、特に横浜や横須賀や鎌倉あたりは多くの歌の題材にされている。
 湘南地方とは神奈川県の相模湾沿岸地方を指す名称だそうだから、相模湾に面していない横須賀市は厳密には湘南ではない。が、近いんだからいいじゃないか。俺がそんな説明をすると、実松さんはふむふむと聞いてから言った。
「横須賀って東京からはどうやって行くんや?」
「品川か横浜まで出て、京浜急行かな」
「京阪電車とはちゃうよな」
「ちゃうちゃう。京阪って大阪から京都でしょ。京急は東京から横浜です。JRでも行けますよ。京急は横須賀中央駅、JRだったら横須賀駅。そのふたつの駅前が横須賀の中心なんです。実松さん、俺と横須賀でデートします?」
「いらんわ、アホ」
 アホアホ言ってくれちゃってさ、俺だってじゃがいも男とデートなんかしたくないよぉだ、と去っていく実松さんの背中にあっかんべをした思い出もあった。
 大学三年生になった俺は、現在はフォレストシンガーズというヴォーカルグループで活動している。合唱部所属の三沢幸生はサークルでは先輩たちに無茶苦茶に可愛がられていて、殴られるは叱られるは投げ飛ばされるは蹴られるは、うるさい、おまえは黙ってろ、と怒鳴られるは。
 それを可愛がられるとはいわない? いいや、可愛がられているのだ。可愛さあまって憎さ百倍ではなく、可愛すぎるから叱られてばかりなのだ。
 性格もルックスも可愛い三沢幸生は、サークルの二年先輩の本橋さんと乾さんに誘われ、一年先輩のシゲさんとヒデさんとともにヴォーカルグループに加えてもらった。フォレストシンガーズでは下っ端パシリ小間使い下男なのだから、可愛がられるのも叱られるのもますます増え、俺の全身には骨折と青あざが絶えない。
 というのはオーバーだけど、虐待に近い可愛がられ方と愛され方をして、俺はいっそう先輩たちを慕い、いっそう可愛がられるという悪循環……ではなく、好循環の中を生きている。
 もとから勉強は嫌いで、おまえがあの大学に? 無理かもなぁ、合格しないかもなぁ、と高校の教師には言われたにも関わらず、どうしても受験したくて猛勉強して合格した大学だ。どうして俺はあんなにもこの大学に行きたかったのか、今になって思えば、運命だったからだ。
 本橋さんと乾さんとシゲさんとヒデさんに出会って、フォレストシンガーズのメンバーにしてもらうため。とりわけ乾さんを慕って、どこまでも彼についていくため。そのために神さまが俺を大学へと進ませた。
 であるのだから、合唱部に入ったのも必然。入学して入部して以来、合唱部が俺の生活の第一義になってしまったのも当然。封建的で先輩のきびしい合唱部なんて嫌いだよ、と思った三沢幸生はどこのどいつだ? 俺はきびしい先輩も合唱部も大好きだよ。
 そんな状況になってしまっているのだから、俺の大学での居場所は第一に合唱部の部室だ。本橋さんと乾さんは卒業し、シゲさんとヒデさんの卒業も近づいてきている昨日、部室にいたら女子部のミコさんと顔を合わせた。
 ヒデさんがおごってくれるというので、三人して居酒屋で喋っていたら、ミコさんが言い出したのだった。
「高校二年のときに、私、湘南の海に泳ぎにいったの。友達と三人で早めの卒業旅行だったんだ。その次の年だと受験生になるから旅行はできないし、卒業しちゃったら離れ離れになるでしょ。佐賀に帰ったらたまには会ってる友達、アヤとワカ。アヤは佐賀の短大を卒業して、保育士になったの。ワカは高校出てから地元の信用金庫に勤めて、そのまんま働いてる。こんな話はつまらない?」
 ううん、ううん、とヒデさんとふたりして首を振る。ミコさんの思い出話かぁ。ぽっちゃり高校生のミコさんは可愛かったんだろうな。
「あのころの私は今以上に田舎っぽい女の子で、今よりもっと太ってた。湘南の海はほんとにおしゃれだもんね。そんなところにいるとおどおどしちゃってたのよ。今では標準語が話せるようになったけど、言葉だって田舎の子そのもので……やだ、どうでもいい話ばっかりしてるね。フォレストシンガーズの話のほうが楽しいから、そっちにして」
「ミコさん、なんだか……なつかしくてべそかいてる?」
「べそなんかかいてないよ、三沢くん、ユキくん」
「ユキ? ……あれれれ? あれっ?!」
 今よりももっと太っていたミコさん? ミコさんの笑顔が俺の記憶を刺激した。
「ケン……俺の親戚の家の犬……あいつ……ええ? ケン? ミコさんが高二の夏っていったら、俺は高一でしょ。ヒデさん、俺の胸だか頭だかにもやもやっと……」
「なんなんだよ、ミコちゃんも幸生も。おまえたちには俺の知らない秘密があるのか」
 ケンって名前は大嫌い、とミコさんが呟き、想い出が怒涛のように押し寄せてきた。
「思い出したっ!! 女の子じゃん。なんで女の子を俺が忘れるかな。三沢幸生、一生の不覚。ミコさん、あのせつはまことに……」
「思い出したの?」
「思い出したよぉ。俺のファーストキスだもん」
「なんだと? キス? ミコちゃんとおまえがか」
「嘘だよ」
 嘘、嘘とミコさんは照れて言っていたけれど、あれだってキスだ。
 湘南には父の弟が奥さんと息子と暮らしている家があって、俺は妹たちと一緒にだったり、ひとりでだったりで泳ぎにいった。中学生でもひとりで遊びにいける、泳ぎにいける海に近い家。ガキのころには重宝させてもらっていた。
 おじちゃんちにはいとこの雄心がいて、十三歳も年下のガキの子守をしてやったりもした。ただで泊めてもらってメシも食わせてもらうのだから、子守も奉仕だ。雄心が大きくなるにつれ、話もするようになったが、近頃はまったく会っていない。
 高校一年生だった俺がおじちゃんちに泊めてもらった翌朝、あのころにはいたでかい犬のケンを散歩させていたときに出会った女の子がミコさんだったのか。
 記憶は時の彼方にかすみかけている。高校生のころなんて、二十歳になった俺には遠い遠い昔だ。だけど、人間のケンにひどいことを言われたと、怒っているような泣きたいような顔をしていたミコさんに、きみは可愛いよ、近くに住んでたらつきあいたいな、なんて言って、おでこにキスをしたのは思い出した。
 あのころの俺は調子のいい奴で、別にミコさんとつきあいたいわけではなかった。でも、ミコさんはそれでいい気持ちになってくれたのだろうから、無駄な台詞ではなかったはず。
 三人で食って飲んで歌って、ミコさんのアパートの最寄の駅までは送っていって、ヒデさんとも別れてアパートに帰り、俺は布団の中で考えていた。横須賀に里帰りすることさえもめったにないけど、明日は湘南の海に行ってみようか。


2

 サザンの歌の定番スポット、茅ヶ崎。秋の海には人影は少なくなっていて、遠くにカップルらしきシルエットがぽつりぽつりとあるだけだ。
 親父の弟であり、雄心の親父であるおじちゃん一家は転居して、横浜に移っている。雄心は小学生になったのか。俺は大学生になってからはおじちゃんともほとんど会ってないけど、雄心はでかくなったんだろうな。
 ったって、男なんだから雄心なんかと遊んでも面白くもない。十年ほどしたらナンパを教えてやるにしても、それまでは遊んでやるほどでもないし。
 なんてことを考えながら、俺は海を眺めている。今年も夏休みには合唱部の合宿で海に行った。本橋さんや乾さんはいなくなってしまって、今年のキャプテンは実松さん。来年のキャプテンは誰かなぁ。キャプテン選出会議のときに、俺に投票する奴は……いないだろ。いたら馬鹿だ。ゼロでは幸生がかわいそうだから、俺は投票してやろうかな。
 しかし、海を眺めていても飽きてくる。俺は横須賀生まれで横須賀育ちなのだからこのあたりにも来たことはあるけれど、あんな店、あったっけ? サーファー御用達のショップなのだろうか。そしたら俺は場違いかと考えつつも、土産物屋らしき店に入っていった。
「おーおー」
 サーファー向けの品物もある。お菓子や食物もある。茅ヶ崎グッズというのか。この店のオリジナルらしき雑貨もある。そんな中に猫グッズのコーナーがあって、俺の目が吸い寄せられた。
「いらっしゃい」
 店内にはスタッフの男がいるだけで、暇なのか、彼が話しかけてきた。
「彼女にプレゼント?」
 猫が好きなんだよ。俺が使ったらいけないのかよ。と喧嘩を売りそうになったのは、彼が長身脚長、陽に灼けた爽やかサーファーふうだったからだ。
「Hemp palmってなに?」
 喧嘩を売っても背の高い男には勝てない。おまえはやってみもせずに、腕力沙汰から逃げるなと本橋さんには叱られるのだが、俺は不毛な行動はしない主義だ。なので、グッズの猫についている英語を読んだ。
「うちの店の名前だよ」
「だから、なんの意味?」
「棕櫚だって」
「シュロってなに?」
「椰子の木かなぁ」
 シュロなんて知らないけど、椰子ってココナッツじゃなかったかな。俺の知識もまったく不確かなので、ああそう、そうなんだね、と反応しつつ、おまえはあっちに行け、と念じつつ猫グッズを手に取る。実家のミーとピーに似た猫が二匹、からまっているストラップがことに可愛かった。
「お客さんだってケータイは持ってるでしょ。ケータイにつけるといいんですよ。彼女とおそろいでどう?」
「俺、ケータイ持ってないから」
「そしたら不便でしょ。彼女とデートの約束はどうするの?」
 デートするほどの彼女はいねーよっ、とこいつに言う必要はないので、ちゃらっぽこ返事をした。
「彼女のアパートの窓辺でセレナーデを歌うんだよ。俺はヴォーカルグループのメンバーだから、俺の最大の武器は歌なわけね。彼女とデートしたくなったら歌って誘うんだ。僕って小鳥みたいなんだよね。声も小鳥みたいだろ」
「……はあ、あっそ」
「ケータイ持ってないから、キーホルダーにしようかな」
「ふたつ、買う?」
「ひとつでいい」
「女の子は猫の雑貨って好きだよ」
「俺の彼女は俺の歌のほうが好きなんだよ」
 こんな奴の売り上げに貢献してやりたくなかったので、交換条件を出した。
「俺たち、フォレストシンガーズっていうんだ。男五人のヴォーカルグループで、来年にはデビューする予定なんだ。CDを出したら買ってくれる? そしたら俺もこれを買うよ」
「デビューが決まってるの?」
「う、うん」
 軽侮の色をおもてに浮かべて、彼はいい加減な台詞を口にした。
「CDを出したらまた来てね。買ってあげるからさ」
 信じてないだろ。そりゃそうだろうな。俺だって自分の口から出た言葉を心底は信じていないのだから。可愛い猫のストラップが急に色褪せて、だけど、買うと言ったのだから買おうと彼に向き合ったとき、店のドアが開いた。
「あ、ヨーコ、これ、新作なんだ。おまえも猫が好きだろ」
 あろうことか脚長店員は俺の手から猫カップルのストラップを奪い取り、店に入ってきた女の子に見せた。俺は客だぞ。他にも同じストラップがあるじゃないか。
「……帰るよ」
 腹が立ってきたので小声で言い放って店から出ていこうとしていると、ヨーコさんが言っていた。
「お客さんでしょ? いいの? 買い物にきてくれてたんじゃないの?」
「冷やかしみたいなものだろうし、そいつ、頭がおかしいみたいだよ。ヨーコも近寄るな」
「お客さんにそんなことを言ったら駄目じゃん」
「いいんだよ。客でもないし。それよりヨーコ、今日は暇だから早く上がらせてもらう。デートしようぜ、な?」
 来年にはデビューするなんて言ったから、頭のおかしい奴だと思われたのか。証拠もなくて言っているのだから、そう思われても仕方ないのかもしれない。俺に気を使って困り顔のヨーコさんに弱々しく微笑みかけて、俺は外に出ていった。
 店の外には自動販売機がある。海風がすこし冷たく感じる季節だから、熱いコーヒーを買った。ここにいるのが俺じゃなくて本橋さんかヒデさんだったら、あいつにおもてに出ろって言った? 乾さんだったら、痛烈なひとことを投げた? シゲさんだったとしても怒った?
 俺って気が弱くはないはずだけど、力が弱いからあんなときにはぶるってるんだよね。先輩の陰に隠れないとなんにもできない、なんにも言えない情けない奴。なのに大言壮語したんだから、軽蔑されてもしようがないか。
 男の店員にだったら馬鹿にされてもしようがないけど、女の子に見下げられたとしたらつらいな。先輩たちがここにいたとしたら、叱られるかな。根拠もない嘘をつくな。人間性まで疑われるぞ、叱られて、頭をごつんってされて、ごめんなさい、って泣き真似したかった。
 先輩たちとわいわいやりたいな。俺はいつだってフォレストシンガーズでは最年少で、いじられたりからかわれたりして可愛がられている。こんなときにはひとりだと寒いから、先輩たちの乱暴なあったかさがほしい。
 だけど、俺はひとりぼっち。ひとりでコーヒーを飲んで、どこかでメシ食って帰ろうか。海を見ながら立ったままで缶コーヒーを飲んでいると、ヨーコさんも出てきた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。お客さんは学生さん?」
「そうなんです。さぼり」
「あたしも一緒だ」
「あのあの、彼は?」
「あんな奴はどうでもいいの。あたしもコーヒー飲もうっと」
 おごりますよ、と言うのは出すぎているだろうから、コーヒーを買った彼女と並んで海のほうへと歩き出した。
「俺は三沢幸生。大学三年」
「あたしはヨーコ。短大の二年生」
「あいつは彼氏?」
「そうなの。ヒロトっていってここでバイトしてるんだけど、さぼることばっか考えてるんだよね。学校をさぼってるあたしに言えた義理でもないけど、バイトはさぼったら駄目でしょ」
「そうだそうだ」
 ゲンキンにも急に楽しくなってきて、ポケットの現金を考える。コーヒーではなくて食事をごちそうさせてもらえるだろうか。ヒロトって名のあいつには失望しているのだったら、デートくらいしてくれるかも。そのあとはホテル……うう、その金はない。
 出会ったばかりでホテルまで考えるとは、だから幸生は危なっかしいと乾さんに心配され、叱られるんだ。今日はおとなしく食事までにしておこう。
「ヨーコちゃん、寒くない?」
「寒いほどでもないよ。幸生くんは寒いの?」
「ちょっと寒いからこうしていいかな」
「きゃ」
 拒まれなかったので肩を抱き寄せて、ふたりして海を見ていた。
 俺がコーヒーを飲んで先輩たちを思っている間に、ヨーコちゃんとヒロトは喧嘩でもしたのだろうか。それで彼女だけが店から出てきた。ヒロトはあの店のアルバイト店員なのだから、彼女が怒って出ていってしまっても、ただちに追いかけることはできなかったのだろう。
 そうすると、ヨーコちゃんとヒロトは別れたわけではない。この次があるのかどうかもわからない。短大生だと言っているのも本当なのかどうかわからない、ゆきずりのひと。
 名前は本名だろうけど、他はなんにも知らないに等しい女の子と、秋の午後の海を見ている。俺には学校に好きな女の子がいるのに、何人もいるのに、ヨーコちゃんと寝てもいいのかなぁ。ってか、ホテルに行く金はなくてよかったというか、惜しかったというか。
「幸生くんって歌手になりたいの?」
「ヒロトが言ってた? 歌手になるなんてあてもないのに、デビューするって言った嘘つきで頭のおかしい奴だって?」
「そのようなことも言ってたよ。デビューは決まってるの?」
 ヒロトにだったら決定事項みたいに言ったけれど、ゆきずりとはいえ好きになりかけている女の子には嘘はつきたくない。俺はこうして親しくなった女の子はみんなみんな好きなのだから、見栄っ張りの嘘つき野郎にはなりたくなかった。
「決まってないんだよ。俺たち、フォレストシンガーズっていってね、大学の合唱部の先輩と後輩なんだ。去年の暮れごろに四年生の先輩に誘われて、俺も仲間に入れてもらった。俺は最年少だから、夜食を買ってこい、酒の支度をしろ、布団を敷けってこき使われてさ」
「楽しそうじゃない」
「楽しいよ。でね、四年生の先輩ふたりは卒業して、来春にはあとふたりの先輩も卒業して、俺ひとりだけが学生でいられるけど、そうなってもデビューは決まらないかもしれない。なんの兆候もないんだもんな」
「プロになるってどうやるの?」
「コンテストを受けたり、レコード会社にデモテープを送ったり、アマチュアとしてステージに立ったり」
 そうして誰かの目に止まるのを待っている。待っているだけではなくて行動をしているつもりではあるが、これも他力本願なのだろうか。
「これからだって何度でもコンテストは受けるよ。今んところは誰もデビューしろって言ってくれないけど、いずれはさ……俺は微力すぎるけど、先輩たち、特に年長の本橋さんと乾さんっていい男なんだよ。ルックスがじゃなくて中身が」
「どんなふうに?」
「ルックスも悪くはないんだよ。ふたりとも背が高くて、本橋さんはがっしりしてて乾さんはほっそりしてる。本橋さんは精悍で野性的、乾さんは柔和で優しげ、タイプがちがってるところがまたいいんだよね。それから、シゲさんはまあいいとして、ヒデさんってのがまたいい男なんだよ。ヒデさんも背が高くて腕白坊主っぽくて。それから俺は、ほら、どんなタイプ?」
「可愛い、かな」
 ためらいがちにヨーコちゃんは言い、俺は大きくうなずいた。
「シゲさんってひとはどうして、まあいいの?」
「いや、彼はルックスには特筆すべき点がないからだな。彼にはベースマンとしての存在意義があるんだ。ベースマンって知ってる?」
「ベースギター?」
「じゃなくて、声でベースをやるんだよ。ベースヴォーカリストとも言う。俺の声ではつらいけど、こんな感じ」
 思い切り声を低くして、どぅわっわわー、と歌ってみせると、ヨーコちゃんは納得顔をした。
「それだったらわかる。なんとなくイメージはふくらんでくるよ。五人の男のひとがいるのね。シゲさんとヒデさんと幸生くんと、本橋さんと乾さんと……シゲさんがベース……どぅわっわわー」
 可愛い声をぐーっと低くして歌ってみせて、ヨーコちゃんは咳き込んだ。大丈夫? って背中をさすってあげて、ふたりして笑った。
「……うん、もう大丈夫。本橋さんと乾さんの中身がいい男って、どんなの?」
「簡単にはめげない強い心、行動力、判断力、包容力、ったってね、本橋さんにしたって乾さんにしたってまだ二十二歳で、青二才だろ。大人の男のそういうものには遠いんだろうと思うよ。でも、俺から見たら本橋さんと乾さんは、基本的には似た尊敬する先輩なんだ。性格には差があるから、ワイルドな本橋さんとスマートな乾さんってふうに、方向はちがってくるんだよね。それでもふたりともに男が見ても魅力的な男だし、女性から見ても魅力はあるんじゃないかな。それが証拠にふたりともにもてる。乾さんのほうがより以上にもてるのは、本橋さんは怖そうだからかな。中身ってのは容易には見えないから、俺たちがプロになったとして、そんな要素がファンを増やしてくれるのかどうかはわからないよね。でも、内面からにじみ出る魅力って伝わるんじゃないかな。シゲさんだってヒデさんだっていい男だし、俺は俺で可愛げのある奴だって自信はあるよ。それからもうひとつ、重大な自信。俺たちは歌がうまいんだ!!」
 長台詞は俺の得意技ではあるので、熱が入ってしまった。ヨーコちゃんはいやな顔もせずに聞いてくれていて、いい子だな、好きだな、と思って頬にキスをした。背丈は俺と同じくらいだから俺の趣味からすれば高すぎるけど、そばかすのある顔も可愛かった。
「ごめんね。俺、喋りすぎだね」
「そんなことないよ。幸生くんのお喋りって楽しい。私は知らない世界だから興味があるの。もっと喋って。乾さんがもてた話とかってして」
「もてた話ねぇ」
 ヒデさんが言っていた。バレンタインデーに乾さんのロッカーに、紙袋いっぱいのチョコが入っていた。そんな話は月並みだろうか。
「乾さんがもててた逸話っていっぱいあるんだけど、大きいのは俺は知らないんだよね。乾さんの彼女ってのも知らないな。合唱部の女の子たちが……あれはもてた話だろうか」
 合唱部は女子部と男子部に分かれていて、というところから話をはじめた。
 もてもて乾さんと、意地悪溝部さんのエピソードは同じくらい数多い。乾さんは俺よりもふたつ年上で、溝部さんは乾さんよりもひとつ年上なのだから、この事件は俺が一年生の年のものだ。その年のみ、乾さんと本橋さんと溝部さんと俺は合唱部に一緒にいた。
 三沢幸生は一年生、乾さんは三年生、溝部さんが四年生で副キャプテン。副キャプテンには権限もあり、おまけにキャプテンが気弱な男だったのもあって、溝部さんは合唱部では幅をきかせていていばっていた。
 春のある日、俺は合唱部に入部してからの日も浅く、高校生と変わりない紅顔の美少年、芳紀十八歳だった。
「ほうき?」
「箒じゃないんだよ。芳紀って……女の子の形容かな。芳紀まさに十八歳。番茶も出花」
「出鼻をくじかれるの?」
「ヨーコちゃんも面白い子だね。きみは十九? きみの年頃を言うんだよ」
 脱線させられながらも話を続けた。
 美少年だって芳紀でもいい。番茶も出花、鬼も十八だった幸生は、合唱部に入部した以上は封建的だからやだなんて文句を言っていないで、情報収集しようと走り回っていた。物理的にもこの足でちょこまか駆け回っていると、溝部副キャプテンの声が聞こえてきた。
「またきみらはお菓子を買ってきたのか? 女子部には太目の女が多いだろ。この甘いのやスナック菓子やらってのが元凶だよ。俺は太った女は嫌いなんだ。没収するからよこしなさい」
 女子部の一年生たちが先輩のお使いで、おやつを買いにいっていたのだろう。溝部さんも背が高くて、なんたって男子部副キャプテン。その上に顔のいい男だったから、一年生の女の子たちにしてみれば威圧感もあったのだろう。当惑顔を見合わせていた。
「きみらの名前は? サエとアイ? アイちゃんはいいにしても、サエちゃんは下半身が太いな。下半身デブって最低にかっこ悪いんだぜ」
「そうよねぇ。私がアドバイスしてあげましょうか」
 そこに出てきたのが長身で最高のプロポーションの美人、八幡さんだった。あのころの合唱部では溝部さんと八幡さんが、ダイエットのご意見番であったらしい。
「私みたいなスタイルになりたくないの?」
 本橋さんや乾さんと同い年の八幡さんに言われ、サエちゃんとアイちゃんはもじもじしていた。
「……八幡さんみたいなんて……」
「アイちゃんだったらなれても、私には無理だし……」
「私も無理です。ちびだもん」
「ちびはしようがないけど、痩せたら私に近くなれるよ。私も思うんだよね。女子部ってほんと、太めが多いんだから。美江子とかユッコとか沢田さんとかミコちゃんとか……見苦しいのよ。溝部さん、女子部に来て言ってくれます? 八幡みたいにかっこいい女になりたかったら、お菓子はやめなさいって。溝部さんだってかっこいいんだから、かっこいい男性の言うことは聞くんじゃないかしら」
 そこはかとなくにやついている八幡さんの表情の意味は不明だったが、溝部さんがにやついている意味はわかった。
「脚も太いけど……」
 にやにやした溝部さんの視線が、サエちゃんのウェストから腰やヒップをなめ回す。でっかいお尻よね、でかいケツだよな、と男女の先輩たちが聞こえるように言っているのを聞いて、サエちゃんは泣きそうな顔をしていた。
 ここは俺がしゃしゃり出るべきだ。直接的な暴力ではないのだから、俺が守ってあげるよと言うのはできなくはない。でも、八幡さんと溝部さんが怒ったら、俺に対処できるだろうか。八幡さんと溝部さんのふたりがかりで、俺は男なのだから殴られるかもしれない。
 そう考えてしまって足が動かない。俺は口だけは達者だけど、暴力がらみになるとびびってしまう弱虫だ。でも、もう大学生なんだもの。こんなときにびびっていてはいけない。同級生の女の子たちをかばってあげなくては。
「早苗ちゃんは同じ女性なんだから、男の視線でものを言ったらいけないな」
 必死になって一歩を踏み出した俺の肩をぽんと叩き、うしろから出てきたのが乾さんだった。
「きみは勇気があるね。あとは俺に……行け」
 おそらくは俺が誰なのかも知らなかったのだろうけれど、乾さんはそう言って、前に出ていった。
「早苗ちゃんだって二年前にはこんな一年生だったんだろ。感じやすい年頃なのは早苗ちゃんもそう変化はしていないはずだ。なのに雑駁な男と一緒になって女の子の下半身を四の五の言うなんて、こんなときには言いたいな。あなたはそれでも女性?」
「なんなのよ。その言い方……私はただ……」
「いいよ。あなたももういいから、行きなさい」
 むーっとした顔になり、八幡さんは引き下がった。八幡さんは俺のそばに来、乾さんは溝部さんに言った。
「お菓子がどうの脚がどうのって、溝部さんはそんな小さな問題を云々している立場じゃありませんよ。女子部には口出ししないのが男子部の不文律でもあるんですから、副キャプテンともあろう方が……でしょ?」
「うるさいな。おまえに言われる筋合いはないんだよ」
「そうですよね。俺は会議に出席してもらうために、副キャプテンを呼んできてくれとキャプテンに命じられて探しにきたんです。行きましょう」
 さすがの溝部さんもバツが悪くなったのか。乾さんが来たのは好都合だったのか、うるさいな、さわるな、行くよ、などと言いながら行ってしまった。八幡さんはこっそり言った。
「溝部さんが嫌われてるのは知ってるから、わざと言ったのよ。だけどね、溝部さんってかっこいいから好きって言う、馬鹿女もいなくはないんだな。私はあんな男は嫌いよ。私は面食いじゃないからね」 俺は女子部にも出没していたので、女の子たちの評判も聞いた。乾さんってかっこいいよね、それに引き比べて溝部さんはね、八幡さんもね、だった。
「ってなエピソードがあったんだよ。溝部さんって先輩を悪く言いたいんじゃなくて……」
「なんとなくはわかった。幸生くんって乾さんが好きなんだね」
「好きだよ」
「あたしも乾さんって好きになりそう。幸生くんもけっこう好き」
「ありがとう」
 じーんとして、俺はヨーコちゃんの手を取った。
「歩きっぱなしだよね。疲れない?」
「若いから大丈夫」
「そこにすわろうか」
 海を見晴らせるペンチにすわると、ヨーコちゃんが言った。
「歌って」
「サザンの歌がいい? 俺たちにはオリジナルもあるんだよ」
「オリジナルがいい!!」
 リクエストにお応えして、フォレストシンガーズのオリジナル曲を歌った。乾さんが作詞して本橋さんが作曲して、ふたりがデュエットした「オフサイド」を俺がソロで歌う。畜生、ホテルに行く金がないなんて、三沢幸生、一生の不覚。
「もっと歌おうか」
「……うん……幸生くん、ほんとに歌が上手だね」
「ありがとう。あれれ? ヨーコちゃん、顔色が悪くない?」
 歩きすぎたから? ゆっくりゆっくり歩いていたのだし、立ち止まってキスをしたりもしていたから、長い距離ではないはずなのに、ヨーコちゃんの顔から血の色がなくなってしまっていた。
「……う、うん、あの……あたし……貧血が……」
「貧血なの? どうしたらいいの?」
 貧血とは女性に多い症状なのだろう。俺は貧血なんて起こしたこともないし、母も妹たちも口から先に生まれてきた丈夫な女だ。女友達の貧血にも対処した経験はないので、パニクりそうになった。
「ヒロトは……ヒロトだったら……ヒロト……」
「あいつ、店にいるんだよね。呼んでくるよ」
 こんなときには彼氏の出番なのか。俺はダッシュで「Hemp palm」に駆け戻っていった。
「ヒロト!! ヨーコちゃんが貧血だって」
「ええ? 俺、店を離れられないよ」
「俺が店番してるから、行け」
 幸いにも客はいなくて、ヒロトが大慌てで外へすっ飛んでいくのを俺は窓から見ていた。
 やや離れた海辺のベンチへと、ヒロトが全速力で走っていく。ここからだと見えにくいものの、ヒロトがベンチの前に膝をついて、ヨーコちゃんを甲斐甲斐しく看病しているのがわかる。スカートのジッパーをゆるめたりしているのだろうか。そんなことは彼氏でもない俺にはできない。
 ヒロトだったらヨーコちゃんの貧血は見慣れているのかもしれない。ああしてふたりは仲直りするのだろうから、俺に金がなくて、ヨーコちゃんをホテルに誘えなかったのは正解だったのだろう。
「これ、やっぱ買おうかな」
 猫グッズのコーナーに行き、自分で猫カップルのストラップを包装する。きっちりの値段を払って、毎度ありがとうございます、どう致しまして、お買い上げありがとう、また来てね、なんてひとり二役をやる。
 レジのところにハンディモップがあったので、そこらへんを掃除したりしていてもお客はまったく来ない。こんなんでこの店は大丈夫か。シーズンオフだからか。そう思いつつも暇を持て余し、かといって帰るわけにもいかず、気長に待とうと決めた。
 店の中をすべて見て回り、時々は窓から外を覗き、日が暮れてきたころになって、ヨーコちゃんをおぶったヒロトが店に戻ってきた。
「幸生さんって言うんだってね。ありがとう」
「いやいや、礼には及ばんよ」
 キスはしたんだし、さらに不埒な望みも持っていたんだし。
「ヨーコちゃんはもう大丈夫?」
「だいぶ調子がよくなったきたから、いつまでも幸生さんに留守番しててもらうわけにもいかないもんな。ヨーコは控え室に寝かせてくるよ」
「うん。じゃ、俺は帰るよ。これ、金は払ったから、そこに置いてあるよ」
「あ、ああ。ありがとうございました」
 猫のカップルのストラップを包装したものを手に、店から出ていく。ありがとう、ありがとう、の声に送られて外に出ると、水平線のむこうに沈んでいく夕陽が見える。俺は包みを開けてW猫ストラップを取り出し、夕陽にかざしてみた。
「ミー、ピー、これからはずっと俺のそばにいてね」
 こうして俺の湘南メモリがまたひとつ、心の中に積み重なった。


END

 

 
 

 
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~ Comment ~

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こちらから先に読みましたー!
幸生くんは前向きでポジティブでいいですね。見ていて元気になります♪

メンバーの話しているときにシゲちゃん置いておかれた(笑)シゲちゃん頑張れ(笑)
でもフォレストシンガーズの皆はそれぞれ個性も分かれていてバランスがいいですね(^-^)
しかし、彼氏持ちの子にキスしてホテル代のこと悔やむとか幸生くんなかなかやりますね(笑)これからもこのまま前向きに突き進んでほしいです(笑)

私もあかねさんと猫島とか行きたいですー!アレルギーがなければ…。
猫島じゃなくてもカフェとかでお茶しながらのんびりするのも楽しそうです(´ω`)
いつか一緒にどこか行けたらいいですね♪

たおるさんへ

コメントありがとうございます。
幸生は悪い子じゃないんですけど(親バカですね)、女性に関してはほんとにいい加減なところがありますので、彼を知っていただくと、なに、こいつ、嫌い!! と思われるのではないかと。

嫌われるのもそれはそれで嬉しいんですけど、好意的に解釈して下さるともっと嬉しいですね。

幸生もたまには落ち込みますが、基本的に前向きですので、たぶん大丈夫です。たおるさんに応援していただいて、突き進みます。

猫カフェ、私も一度行ってみたいんですよ。
たまぁにひとりで歩いていて見つけるんですけど、まだ入ったことはありません。
たおるさんは猫アレルギーだったら、猫のいないカフェのほうがいいんですね。
猫の写真だとか猫グッズだとかだらけのカフェ、そういうのもいいですよね。
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