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小説234(Extra-sensory perception)

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フォレストシンガーズストーリィ234

「Extra-sensory perception」


1

 セーラー服のモデルをやったらいいんだ、と乾さんが言っていた、奈々ちゃんがまさにセーラー服姿で、オープンカフェの店先にいる。相対するは章と幸生。うしろから見ただけならばお似合いだろう。
 うしろから観察して、声だけ聞いていれば、大学生の小柄な男ふたりが、可愛い女子高校生を奪い合っているとも見えるかもしれない。顔はややひねこびてきているものの、俺たちは若く見える。小さい人間は若く見える上に、ふたりともに声が高いので少年っぽいのだ。
 だが、本物の十五歳に、俺たちは少年っぽいなどと言うと嘲笑されそうで、章とだけテレパシーをかわし合う。俺たち、十五歳の美少女とデートしても違和感ないよな、な、ななな?
「あれは何年前だったかな」
 通じたのか通じてないのか、章が言った。
「こいつが言い出して、フォレストシンガーズの人気投票をやったんだよ。そのころじゃないの? 奈々ちゃんが乾さんと再会したのって」
「人気投票の話なんてあたしは知らないけど、乾さんが一位だったの?」
 テレパシーを強力にする。章、その話はやめろ。が、通じなかった。
「ごくごく僅差で乾さんが一位、俺が二位だよ」
「そんな感じかな。章さんはイケメン趣味の女の子に人気がありそう」
「乾さんは?」
「中身の深いいい男が好きっていう、ちょっとおばさん」
 むっとした顔になった章に、奈々ちゃんは言った。
「前にあたしのマネージャーだったおばさんも、乾さんに恋してたみたいよ。乾さんっておばさん受けするんだよ」
「そうかもしれないね」
 わが意を得たりとばかりに章が笑顔になり、俺は言った。
「そんなことないわよ。ユキちゃんがいるじゃないの」
「よお、幸生、おまえ、なんで女になったんだ? やめろよ。よそさまの前ではやるな」
 人気投票の話を続けたくなかったからもあるが、ユキになりたかったからもある。奈々ちゃんとは何度か会っているものの、ユキ人格はお知らせしていなかった。
 十年ばかり前、五歳の奈々ちゃんは二十五歳の乾さんと出会ったのだそうだ。五歳ならば優しいお兄ちゃんでもお姉ちゃんでも区別なく好きになっただろう。母親にはかまってもらえなかった奈々ちゃんは、アパートの隣室のお兄ちゃんになついた。
「昨夜はちっちゃなお客さんが来てたんだ。その座布団の上で丸まって眠ってたよ」
「それ、猫?」
「猫みたいなもんかもな」
 乾さんとそんな会話をかわした記憶がある。五歳児ならば猫とそうは変わらない。年を経たばあさん猫だったりすると、幼児よりも利口な場合がある。猫はメスのほうがオスよりも断然頭がいいのだから、化け猫にもおばあさん猫がなるのだろう。
 子猫みたいに隆也お兄ちゃんを慕っていた五歳の奈々ちゃんは、十年後に再会した隆也さんに恋をした。初恋はとうに経験済であろうが、二十歳も年上の男を、奈々ちゃんは異性として意識したはずだ。乾さんはすっとぼけていたが、俺は乾さんの言葉と、奈々ちゃんの態度とで察していた。
 男としての乾さんに恋する女性、兄のように隆也さんを慕う女の子、弟のように息子のように、隆也くんを可愛がる女性、相手によって態度を使い分けるのがいい意味で上手な乾さんは、あらゆる年齢層の女性にもてる。
 もてもてといえば乾さん以上である金子さんは、オスのフェロモンをふりまいているらしく、あらゆる年齢層の女性に色っぽくもてる。均一のもて方をする。乾さんのもて方は金子さんとは別方面である場合もあると、俺も大人になってわかってきつつあった。
 本人がわかっているのかどうかは知らないが、もてる分、嫌われもする。乾隆也なんか大嫌い!! と憎悪を込めて叫ぶ女性も幾度か見た。しかし、それが本音なのかどうかは俺にはわからない。本人にすらもわからないのかもしれない。
「乾さんなんか嫌いだよ」
 三年ほど前には、再会して間もない乾さんを奈々ちゃんはそう評していた。
「すぐに怒るんだもん。すぐにお説教するんだもん。この間も一緒にごはんを食べてて、お行儀よく食べなさいってお説教するから、よけいにお行儀悪く食べてやったの。奈々、奈々、奈々って呼ぶ声がだんだん……」
 声帯模写をしてくれても、少女の声では大人の男の声は出せていなかったけれど、ニュアンスは伝わってきていた。
「だんだん低く低ーくなって、顔も怖くなっていくんだよ。美少女を脅かすなんて、乾さんって悪い奴でしょ」
「そうかもしれないね」
 あのころ、乾さんに恋をしていた女性がもうひとりいた。モデルの亜実さんは奈々ちゃんよりも十は年上だったから、別の言い方をしていた。
「乾さんって機嫌が悪くなると、声が低くなってくるよね。眉間に皺が寄って、低い声で名前を呼ぶの。あの声で亜実って呼ばれたいな」
「乾さんが誰を呼んでてそう思ったの?」
「あたしの知らない女だよ。ゆうこって呼んでた」
 ラジオ局の喫茶室、乾さんと亜実さんがはじめて話したその場所に、亜実さんは暇があると行くと言う。乾さんのスケジュールは知らないけど、ここだったら乾さんと会うチャンスも多い。そのために何度も待ち伏せして、なのに、別の女性と喫茶室に入ってきた乾さんは、亜実さんがいるとは気づかずにそのひととお喋りしていた。
「さっきから何度も言ってるだろ。駄目なものは駄目なんだよ」
「どうして乾さんが決めつけるの?」
「世の中には絶対に駄目なことってのがあるからだ。きみの話を聞いていたら、そればっかりはどうにも駄目だって俺にはわかるからだよ」
「でも……」
「目を覚ませよ」
「だってだって……そんなふうに言う乾さんは嫌い。嫌い嫌い嫌い」
 二十歳くらいに見える女性は、ティッシュペーパーをちぎって丸め、ちぎって丸めして乾さんに投げつけていた。
「ゴミになるだろ。拾いなさい。きみがそんなものを散らばらせたら、あとで誰が掃除するんだ」
「店員はそのためにお給料をもらってるんでしょ」
「ゆうこ、いい加減にしなさい。怒るよ」
「だーって……」
「本心からそんなことを言ってるんだったら……」
 彼女の耳元に口を寄せた乾さんが、亜実さんには聞こえない声でなにか囁く。ゆうこと呼ばれた女性は、いやいやとかぶりを振る。涙が飛び散り、乾さんは彼女の顔にハンカチを押しつけた。
「いい加減にしろって言ってるだろ。ゆうこ、わかったのか? ゆうこ、返事は?」
「……ごめんなさいって言いなさいって?」
「俺にあやまるって問題ではないから、ごめんなさいはいいけどね。わかったの? 返事をしなさい」
「わかったよ」
「返事ははいなんだけど、ま、いっか。よし、わかればいいよ。いい子だね」
「乾さんなんか……嫌い」
 ゆうこという名は俺の記憶にはない。それだけの話では彼と彼女がなにについて言い合っていたのかもわからない。亜実さんとしては聞いていて切ない会話だったのか、そこで席を立ったのだそうだ。
「あの、ゆうこ、って呼び方がね、なんだかこう……すっごく……思いやりがあるっていうの? 低い声がセクシーだっていうのもあるけど、乾さんったら、あたしにはあんな声でものを言わないよ」
「亜実さんは乾さんに叱られたことはないの?」
「ない」
 それこそが、乾さんが亜実さんを好きではない証拠だ。乾さんは気持ちを向けている相手には、誰にだってお説教をする。事務所の大先輩のニーナさんにだって、若い男をからかいすぎると逆ギレされますよ、なんて説教していた。
 章も俺も死にそうになるほど何度も何度も説教された。俺たちは男だから、きつくないんだったらほっぺをぶたれたり、頭をごつっとやられたりもした。俺はきつく殴られたことだってある。悪い子のユキ、または幸生を叱るときと、悪い奴の幸生を叱るときにも、乾さんは対処法を変える。
 知ってはいたつもりだけど、乾さんの叱り方の激しさの差で、俺はどれほどの悪いことをしたのかを教えてもらっていたのかもしれない。軽く頬をぶたれたときには、ユキの芝居をして泣き真似をしてもいい。ひどくぶたれたのは一度だけだけど、あのときには芝居なんかできっこなくて、乾さんはとてもとてもきびしい先輩だった。
 あれはもちろん俺が最悪の悪い奴だったからだ。殴ってもらってよかったと心から思っている。乾さんは俺を強烈に殴りつけ、そのあとはいつもの乾さんに戻って説教もし、俺はおっかないお兄ちゃんの前でうなだれて反省していた。
 それからそれから、時がたつと、あれはおまえと俺が対等に喧嘩をしたんだろ、と乾さんは言うようになった。冗談じゃねえよ、俺には乾さんと対等の喧嘩なんかできません。
 話を戻すと、乾さんのことだから、喫茶室に亜実さんがいるとは知っていたのかもしれない。知っていて知らない顔は、乾さんが亜実さんを好いてはいなかったからだ。彼は時々、意地悪隆也さんになるのだから。
 亜実さんならば叱らない乾さんは、奈々ちゃんは頻繁に叱る。叱るといっても優しく諭すに近いはずだが、奈々ちゃんは叱られるのは嫌いで、章に近い気性のようだ。
 乾さんには悪い男って部分はあるみたいだよ。もててももてても、恋は自分の主義でする。遊びの恋はしない。ゆきずりの女とは寝ない。嫌いな女にはそばに来てほしくない。俺にはないハードボイルドな男の要素も持っているんだから。
 だけど、「悪い男」を知るには奈々ちゃんは若すぎる。奈々ちゃんには永遠に、乾さんはお兄ちゃんとしての顔しか見せないだろう。そういう使い分けも乾さんは上手だ。ま、奈々ちゃんだったら女好きの章も俺も、まだ「女」だとは見られないけどね。
「あたし、二重人格なの。男の幸生と女のユキがいて、猫の雪もいるのよ。猫は人格じゃなくて猫格だから三重じゃないよね。シンプルな二重人格。今はユキよ。よろしくね、奈々ちゃん」
「だせ。おねえのオヤジみたい」
 言われてしまった。覚悟はしていたけれど、へこみそうになった。
「他にもいそうにも思うんだけど、その子たちには名前がないのよね。幸生とユキにおおまかに分けておいてくれたらいいわ。奈々ちゃん、ユキはあなたと同じくらいの年なの」
「いくつ?」
「十六」
「……目を閉じてあげるから、もっと喋って」
「奈々ちゃん、幸生をそそのかすなよ」
 章が怒っているのにはかまわず、俺、ではなくてユキは言った。
「目を閉じてくれたら、ユキの声は女に聞こえる?」
「それってファルセット?」
「でもないんだ。地声でこういう声が出るの。歌ってあげようか」

「疲れてしまったね、別れようか
 いやだわ、昨日までが無駄になるわ」

 疲れて、は男、いやだわ、は女の台詞として歌詞になっている別れの歌だ。
 古いフォークソングが得意な乾さんが教えてくれた歌。フォークソングというよりもムード歌謡曲っぽいこの歌を教えてくれたときに、乾さんが言っていた。
「昨日までを無駄にするほうが、明日からを無駄にするよりはいいだろ。俺がこの男だったら彼女にそう言うよ」
 理屈は理屈として、この歌は声を変えて歌うには最適だ。男パートはキーを低くして歌い、女パートは高く細い声で歌う。奈々ちゃんは真剣に聴いてくれてから言った。
「双生児の男女が歌ってるみたい。三沢さんって才能あるよね。ねえねえ、カラオケ、行こっ。奈々も歌は大好きなの。そのうちにはCDだって出すかもしれないから、プロの指導でレッスンしたいな」
「……俺は?」
「木村さんって男のひとの高い高い声でしょ。あたしが教わるには向かないんじゃない?」
「そうだそうだ。おまえは帰っていいよ。はい、章、お疲れさん」
「お疲れさまー」
 くそくそ、勝手にしろっ、とか言って、章は帰っていった。これで人気投票の話題は出ないだろうから、よかったよかった。
 あれも二年ほど前だったか、某女性雑誌の「抱かれたい男」人気投票に影響を受けて、フォレストシンガーズ内「抱かれたい男」NO1は? と、ファンクラブの会報やWEBやラジオで投票を募った。結果は、ベスト3は乾、木村、本橋。
 今となると「抱かれたい男」と限定したからだったのかもしれない。なのに章が二位だとは解せないのだが、章はいまだ顔はいいのだから、イケメンは得だってわけなのだろう。
 四位のシゲさんは喜び、五位のヒデさんは驚いていた。ブログでFSネタをやっているがゆえに、FSファンには人気のあるヒデさんが入選を果たし、俺は圏外へと蹴り落とされたのだ。そんな話は奈々ちゃんには聞かせたくない。
 もう一度やりたい誘惑には何度も何度も襲われているものの、また六位だったらどうしよ。もしかして六位は山崎敦夫で、七位が三沢幸生だったらどうしよ。悪夢のような展開までがよぎって、恐ろしくて言い出せない。
 フォレストシンガーズ内「可愛い男」だったら俺が一位になれるかな。「ちっちゃい男」だったら二位だな。「女の子みたいな男」でも一位だろうな。「声の高い男」だと章が一位か。「姓名に数字の入った男」……真次郎の「次」は数字ではないけど、数字と見なされたら俺は「三」だから二位か。
 などなど、こういう妄想となるととめどもなくなって、頭が痛くなるので途中でシャットダウンする。したがって結論は出ないままで、人気投票は行っていないのだ。
「十五歳になった奈々ちゃんは、乾さんは好きなの?」
「別にぃ。興味ないし」
 カラオケルームでの奈々ちゃんのクールな返事は、本音だったのだろうか。


2

 千鶴だのゆうこだの亜実だの多香子だの、聞きかじっただけの女の子も、俺が実際に会った女の子もいる。若い女性に限ってみても、乾さんを好きな子はいっぱいいる。若くない女性にも何人もいる。恋心の量ははかれないけど、俺の知ってる子の中では、乾さんにもっとも本気なのは千鶴ちゃんかなぁ。
 そんなことも考えつつ、奈々ちゃんと歌っていた。音程は危うげだが、そんなものは問題外。可愛いルックスの女子高校生の歌は天使の独唱だ。俺も昔日の天使の歌声を出そうと努力して、天使のデュエット。
「三沢さんってほんと、女の子みたいな声が出るんだね」
「そういえば以前に、女同士のデュエットをやろうなんて話も出てたんだよ。ルリ&ユキ」
 不良少年のなれの果ておじさんズといえば、高倉さんたちの野球チームしかり、金子さんのバックバンドの「プレイメンズ」しかり。男はいつまでも少年の心をなくさないのを誇りにしていて、美江子さんに言わせると馬鹿なのだそうで、それもまた真理かもしれないが。
 ともあれ、そういった不良少年グループを気取りたがるおじさん少年はいくらもいる。自分が少年時代に真面目だったのか否かは関わらず、永遠の少年だと名乗りたがる。
 同じ横須賀出身ということで親しくなった、当時は売れないロックシンガーだった瑠璃ちゃんは、不良おじさんたちに目をつけられて彼らのグループのヴォーカリストとして招かれた。その名は瑠璃&difective boys。
 近頃の若い娘は悍馬みたいのが多いよね、とおじさんに近づいているユキちゃんは思うわけで、瑠璃ちゃんも例外ではなかった。
 彼女は乾さんに恋をしないという意味では例外だったのだが、それにしたって本音だったのかどうかは知らない。洋介とクミとルリが三角関係に陥ったときには、乾さんに頼っていた。俺は八つ当たりされただけだった。
 恋はしていなかったのかもしれないが、瑠璃ちゃんは乾さんに関心大ではあったようで、昔の彼氏の仕返しだと言ってひっぱたいたり、ガキに恋をされるほど俺はおちぶれてないんだよ、と乾さんにいなされて、怒りまくっていたりした。
 その瑠璃ちゃんも成人して、不良おじさんたちの引きもあってなかなかの人気シンガーになっている。人気シンガーといえば、エターナルスノウのミズキちゃんってのもいた。彼女は乾さんを大嫌いだと面と向かっても言っていたが、あれも本気だったのかどうか。
 ミズキちゃんも瑠璃ちゃんもロックなので、我々とはジャンルがやや異なる。会う機会はほとんどないから、瑠璃ちゃんとの女性同士デュエットも実現していない。
「瑠璃って知ってるよ。この間、ドラマに出ないかって言われたらしいけど、断ったんだって。えらそうだよね」
「瑠璃ちゃんは歌で勝負したいんだろ」
「生意気」
 美女同士は反発し合うものなのか。奈々ちゃんが気が強いせいか。奈々ちゃんは年上の亜実ちゃんとも反発し合っていたようだが、仲良くなったようでもあると乾さんが言っていた。
「あ、そうだ。ダイちゃんと亜実さんはどうなったの?」
 我が母校の合唱部の後輩、三つ年下で現音楽評論家の大河内元気が、亜実さんと交際していると教えてくれたのも奈々ちゃんだった。
「うまく行ってるのかな。奈々ちゃんは亜実さんとは会うの?」
「亜実はそれほど売れないし、焦ってるんだよね。ダイちゃんだってそんなに有名でもないし、かっこよくもないのに、あんなんとでも結婚したいのかな。奈々がたまに会うと亜実はダイちゃんの愚痴ばっかりこぼしてて、それでも別れないみたい。ダイちゃんは亜実の言いなりになってるみたいで、そこもかっこ悪いね」
 たしかにダイちゃんはかっこよくはない。俺よりは背が高いが、三十歳になったばかりにも関わらず、おでこが広くなってきている。腹も出てきている。仕事の上では中堅といってよくて、いい仕事をしているのだが、無関係なひとや興味を持たないひとならば、それがどうした? であろう。
「奈々はあんな男と結婚しない。つきあいもしないからね」
 十五歳の美少女がこの思想なのは、当然だとも思う。俺だって十五歳の年には、長身の美青年に成長して世界一のもてもて男になるのだと心に誓っていた。
 プロのヴォーカルグループの一員となったら、さぞもてるだろうと胸を躍らせてもいた。そのために早くデビューしたいなどと言うと、先輩三人だか四人だかによってたかって叱りつけられるだろうから、口にしないようにしてはいたが、本橋さんだって言っていた。
「プロの歌手ってもてるだろうな。いや、そんなことはどうでもいいけどさ」
 メジャーデビューは実現し、成功したいという見果てぬ夢も何割かは叶い、その道をいまだ驀進中の我々は、歌手だからこそもてたというのがあるのだろうか。
 学生時代からもてもてだった乾さん。乾さんとは異なるふうに、実は相当にもてていたらしい本橋さん。彼のほうから行動を起こせば、それなりにはもてたらしいヒデさん。顔だけで超もてた章。ひとりを除けば、歌手でなくてももてていたと思える。
「なんで俺を除くんだよ。ふん、いいさいいさ。俺には恭子と広大と壮介がいるんだから、いいんだいいんだ。恭子……」
「シゲちゃん、愛してるわ」
「パパぁ」
「あぶぶ?」
 四人家族には家族の絆を強めてもらうとして、俺は?
 小学生のころから俺は女の子にはもてた。中学生ぐらいまではスポーツのできる少年がもてる傾向にあったが、俺は面白い奴だという方面でもてた。中学生になればナンパして、口を回転させて幾度かは成功した。
 高校生になると初体験もして、ナンパが成功すると性交もできた。って、これはヒデさんが言ったのだ。セイコウしてセイコウしたって、おまえにも経験あるんだろ? うん、ヒデさん、あるよ。
 とまあ、そんな会話はどうでもいいとしても、俺はここまでの生涯、まあまあもててはきた。プロのシンガーになってからもて度が上昇したようにはないが、ファンの女性というものは年々増えてきている。でもでも……?
 フォレストシンガーズ内「抱かれたい男」投票を思い出すと、気分が奈落へと落ちていく。あれは考えないことにすれば、俺にだって女性ファンはいっぱいいっぱいいーっぱいいる。ステージでは女性の声が、三沢さんっ!! ユキちゃんっ!! と呼んでくれる。ひとりで道を歩いていても、章と俺はファンの女性に声をかけていただける。
 愛するひとはいない今、俺にとってもっとも大切なのはフォレストシンガーズのファン。三沢幸生のファンだと言って下さる女性だ。三沢幸生なんて嫌いだと言われたとしても、女性だったらほぼ全員好きだけど、俺に好意を持ってくれる女性ならば、ゼロ歳から無限大歳まで大歓迎。
 だからやっばり、フォレストシンガーズとしてデビューして、三沢幸生の個人名も知名度アップして、幸せだよね。ユキ好き女性がこの世に多ければ多いほど、俺は嬉しい。
 ここにいる女性やら、ここにはいない女性やら、俺を取り巻く男どもやら、不特定多数であるはずのファンの女性やら、日本人……いや、あまねく地球人種にまで想いをはばたかせる。黄色人種以外にも三沢幸生ファンっているんだろうか。エイリアンの女性は? 
「……上空から降りてきたUFOの中から、美女が出てくるんだよ。そのひとが地球人を見ての第一声は、ユキ、あなたは私のタイプだわ。あなたを私の星にさらっていきたいの。ついておいで、ユキ」
「三沢さん?」
「俺もあなたを好きだけど、俺が地球から消えてしまうと、悲しむ女性が一億人はいるんだよ。悲しむ男も少なくとも十名ほどはいるんだ。諦めて」
「あのね」
「そしたら彼女は言うんだ。うちの星は文明が進んでいるのよ。私の星のステージで歌えば、地球全土に衛星中継してあげるわ」
「あのさぁ……」
「俺はフォレストシンガーズの三沢幸生だ。仲間たちも一緒でないとやだやだ」
「……なに言ってんのよっ!!」
 テーブルをばんっと叩かれて、目が覚めた。寝ていたわけではないのだが、空想に入り込んでいたのだった。
「誰かが来たみたいよ」
「あ、ああ。奈々ちゃん、なにか注文した?」
「してないけど」
 カラオケルームの従業員だろうか。俺がドアを開けると、少年の顔が見えた。
「フォレストシンガーズの三沢さん? 奈々ちゃんもいるんだよね」
「ああ、宮坂くん」
 知り合いであるらしいので、宮坂くんを部屋に通した。
「きみは奈々ちゃんのクラスメイト?」
「中学生のときにね……」
「奈々ちゃんは女子校だったよね」
 いじけた雰囲気の宮坂くんは、口をきかなくなった奈々ちゃんをちろちろ見つめている。
 背丈は俺よりもやや高い。十五、六歳の少年としては平均的か。痩せていて、なめらかな肌をしている。俺は高校一年生でもちびだったけど、他は彼に似た少年だった。
「奈々ちゃんがここにいるって知ってたのか?」
「……この店で先輩がバイトしてるんだ」
 宮坂くんの先輩は高校を卒業して、カラオケルームの従業員になった。宮坂くんは彼とは中学生時代から親しいので、従業員割引もしてもらえる。したがってこの店にはしばしば訪れていて、芸能人も来るのだと先輩に聞いていた。
 今夜も友達とやってくると、先輩が宮坂くんだけを呼んで耳打ちした。おまえ、中学の時には奈々と同じクラスだったろ。奈々が来てたよ、ちっこい男と一緒だった。あいつ、見たことあるんだけど、誰だっけ。
 一般的知名度は奈々よりも三沢幸生のほうが上だと思っていたが、その先輩は一般的ではないのだろう。男は知っていてくれなくてもいいので、俺は鷹揚に聞き流す。宮坂くんは俺を知っていたようで、ドアを開けて顔を見て気づいてくれたのだった。
「奈々ちゃん、どこ行くの?」
 立ち上がって返事もせずに、奈々ちゃんが外に出ていく。問いかけた宮坂くんに俺は言った。
「女性が席をはずしたからって詮索するな。いないほうが男同士の話ができるじゃないか。きみは奈々ちゃんが好きなの?」
「中学生のときから好きだよ。先輩にも打ち明けたんだけど、奈々ちゃんには言えなかった」
「どうして? もとはクラスメイトなんだったら言ってみればいいじゃん」
「だって、奈々ちゃんは芸能人で、僕は普通だもん」
 芸能人は普通ではないのか? まあ、まったくの普通ではないだろう。なにしろ、顔と名前を世間に知られているのだから。
「奈々ちゃんは仕事もあるから、毎日は学校には来なかったんだ。高校生になったら、学校が別になって僕は奈々ちゃんには会えなくなった。同じ中学校から奈々ちゃんと同じ高校に進んだ、女の子の中には奈々ちゃんと親しくしてる子もいて、その子が言ってたよ。芸能人だって高校ぐらいは出ておいたほうがいいから来てるだけで、卒業さえできたらいいんだって」
「それはまちがってもいないだろうけど、会うチャンスはあるんだろ」
「学校は近いからたまにはね。中学校のときには……僕の席からだと彼女が見えるんだ。居眠りしてたりあくびしてたり、枝毛を切ってても可愛かったよ」
「きみ以外にもそう思ってる奴、何人もいるんじゃないの?」
「いるんだろうけど、タレントとなんて……って言ってる奴もいたよ」
 男子高校生は現実的なのか。告白もしないで諦めるとは、おまえはそれでも男か、と叱咤してやるには、相手の女の子が特殊だとも言える。
「僕の高校の三年生の男が奈々ちゃんに告白して、断られたとも聞いたよ。一般人となんかつきあえるはずないでしょ、あんたって馬鹿じゃないの? とか言われたって。その三年生はけっこうかっこよくて、勉強もできる奴だったんだけどね」
「本当に奈々ちゃんがそう言ったんだとしたら、乾さんが叱るだろうな」
「乾さんってフォレストシンガーズの?」
「そうだよ。宮坂くんは俺たちを知っててくれてるんだね。ありがとう」
 乾さんが最近になってやりはじめた、女の子への体罰ってのがある。痛くはないように軽く尻を叩くのだ。
 痛くはなくても、いい加減にしなさい、ときびしく言われて尻をぱちんとやられると、女の子は叱られた、と身を竦める。まして乾さんに恋をしている女の子ならば効果覿面。それだけで女の子は涙にくれて、ごめんなさい、もうしません、となる。
 あれは暴力でもなく、叩いたうちには入らない。が、女の子には体罰になるのだろう。とはいえ、相手を選ぶのだから誰にでもはやれない。乾さんの男としての器の大きさがなければやれない行為だと俺は思う。
 最初に頬を染めて俺に話してくれたのは千鶴ちゃんで、彼女は実際、乾さんにきびしく叱られると、そうやって尻を叩かれると言っていた。多香子ちゃんも口では言われたと言っていた。
 女性には断じて手を上げない主義の乾さんも、体罰としてなら別だ、とも言っていたことがある。乾さんは今では完全に大人の男になったのだから、ぐっと年下の女の子は子供と見なして、そうやって叱るのか。それでいて、どことなくセクシーな香りもするお仕置き?
 シリアスにもジョークまじりにもなり、きびしくもあり甘くもあり、子供扱いにも性的にもなる。女性が訴えるつもりになれば、セクハラだとも言えるだろう。相当に微妙な行為だとも言える。それを敢えてやるのは乾さんならではなのだろうか。
 俺には乾さんの意図が完璧に理解できているのではないが、乾さんがやる分には似合うよな、口では反抗してみても、女の子もそうやって甘くきびしく優しく叱られて、お尻をぱちんと叩かれるって、相手によってはいやでもないのかなぁ、なんて?
 いい子にしないとお尻を叩くよ、と言ったり、本当に軽く、体罰にもならない程度に叩いてから、乾さんは微笑む。女の子が素直になると、よし、いい子だ、と微笑んで言う。乾さんに恋している女の子だったら、あの微笑にいかれてしまう。ユキも……この際、ユキは閉じ込めておこう。
 すべてに於いて相手を選ぶそのお仕置きは、奈々ちゃんにだったらできる、と乾さんは言っていた。千鶴ちゃんだったら、そんなのいや、あたし以外の女の子にそんなお仕置きをしないで、と言いそうであるが。
 なのだから、奈々ちゃんがそんな高慢な口をきいたと知れば、乾さんは彼女を叱るだろう。芸能人が一般人だからという理由で同じ学校の生徒を見下げるのか。芸能人はえらいのか。そんな口をきいていると、おまえはどうしようもない女になってしまうよ。
 乾さんや金子さんだったら、女の子をそう言って叱る。奈々ちゃんが反抗すれば、乾さんは口では言うだろう。
「俺の言ったことをよく考えてごらん。奈々は頭は悪くないだろ」
「あたしに告白するなんて、そいつが頭が悪いんだよ」
「奈々、本気でそんなことを言ってるのか」
 口で言うだけでも効果的、できればしないほうがよくて、口で言うだけがよろしい。それだって、乾さんが口にするからこそ効果的。俺だったらセクハラジョークにしかならないはずだ。俺だったら乾さんに叱られて、尻をぶたれる側のほうが似合う。
 ってさ、いくらなんでもこの年になって、先輩に尻をぶたれたくはないよ。軽めに蹴られたことはあるけど、叱られて尻を叩かれたなんてことはないな。ガキのころの俺だったとしたら、とんでもないことをやったらケツバットの制裁をされたりして? 本橋さんやヒデさんだったらやりそうだな。ではあるものの、実際にされたことはない。
 男は顔をぶん殴ればいい。女子供だからこそ尻を叩く。差別といえば差別だろうが、乾さんの主義はそういうものだ。それでも女の子だときつくは叩かないのも、差別といえば差別なのかもしれないが。
「奈々ちゃん、そんなのよくないよ。乾さんに叱られるよ。お尻を叩かれるよ」
 俺だと乾さんを引き合いに出し、奈々ちゃんにそう言う想像をしているだけだ。まったく、人間の器がちがいすぎてへこみたくなってきた。


3

「奈々ちゃん、戻ってこないね。僕が来たから嫌われたのかな」
 好きだけどどうにもならない。中学生から現在に至るまで、誰彼となく相談されて、俺にもどうにもしてやれなかった、友達や後輩の恋愛話を思い出す。
 友達や後輩ならば時には俺が協力してやったりもしたが、宮坂くんの片想いはどうにもならないだろう。そんな話を聞いていても、奈々ちゃんは部屋に帰ってこない。女性用化粧室を探しにいくわけにもいかないので、俺は言った。
「きみは友達と来てるんだろ。奈々ちゃんは俺が責任持って送るから、そっちに行けよ」
「うん。三沢さんと話せて楽しかったよ」
「悲しい恋は忘れて、歌って発散しなさいね」
「うん、そうする」
 年長者には丁寧に喋れ、乾さんも本橋さんもシゲさんもヒデさんもそう言うだろうが、俺には高校生をそう叱れる器もない。章だったら怒るだろうが、腹は立たないのだから、宮坂くんと同い年になった気持ちになって、ばいばーい、と送り出した。
 宮坂くんが友達のいる部屋へと行ってしまっても、奈々ちゃんは戻ってこない。バッグは持っていったようなので、電話してみた。
「……出ない」
 この店は圏外ではなかったはずだから、機嫌を損ねて出てくれないのだろうか。何度もかけてみたら、十回目くらいにようやく出てくれた。
「うるさいな。奈々は帰るんだからね」
「ひとりで帰るの? 外に出ちゃったの?」
「出たよ」
「もう夜中だろ。タクシーに乗った?」
「乗ってない。歩いて帰るの」
「……タクシーに乗ったほうがいいよ。金は持ってるだろ。奈々ちゃんには美少女の自覚も、芸能人の自覚もあるんでしょ。危険だよ」
 外を歩いているのか、奈々ちゃんは不機嫌声で尋ねた。
「宮坂くんと話したの?」
「いろいろ聞いたよ。三年生の男をふったんだって?」
「そうだよ。そいつってかっこ悪くはなかったけど、奈々は俳優とか歌手とか、アナウンサーとかとつきあいたいの」
「アイドルシンガーだったら駄目?」
「キララのたっくんのサインを木村さんにもらったんだけど、アイドルなんてつまんないよ」
 奈々ちゃんだったら高望みでもないのか。もうすこし大人になれば、青年実業家がいいとか言い出すのか。現代の男の値打ちってなんだろう。価値観は多様だとはいえ、女は「美」が一番の武器。それだけは変わらないのだろうか。
「ものすごく人気のある俳優か歌手がいいな。二十歳ぐらいで結婚したいな。そしたら奈々は大物になれなくても、有名人の奥さんになれるじゃん」
「それはそれで女性のひとつの生き方だろうけどね」
 乾さんだったら言うのだろうか。自分が大物になれるほうへと考えろ?
「奈々ちゃんの言う、大物ってどのくらい?」
「フォレストシンガーズだったらまあまあだな」
「そっか。きみはやっぱり乾さんが好き?」
 子供に恋をされるほどおちぶれてないんだよ、瑠璃ちゃんに向かって言った乾さんの台詞を思い出していると、奈々ちゃんは低ーい声で言った。
「嫌いだって言ってるじゃん」
「そうだったね。ごめん」
「お酒でも飲んで帰ろうかな。ここに店がある。「パウダーパフ」だって」
 そこでぷっつりと電話が切れた。
 店名を口にしたということは、迎えにこいって意味か。十五歳の女の子ってなんて手がかかるんだろ。行かざるを得ないので腰を上げる。乾さんに頼りたいけど、ひとりでどうにかなるかなぁ。カラオケに誘ったのは俺なのだし、ここで頼ると乾さんに軽蔑されそうだし。
 男をふった話をして、奈々ちゃんの機嫌をいっそう悪くさせたのは俺だ。俺にも責任はあるのだから、大人としての義務を果たそう。
 カラオケルームから出て、タクシーに乗る。携帯電話のwebで周辺の飲み屋の情報を検索すると、「パウダーパフ」がヒットした。他には同じ名前の店はないからここだろう。が、カラオケルームから徒歩で行ける距離ではない。奈々ちゃんはタクシーに乗っていたのだろうか。
 本当はタクシーに乗っていたくせに、夜道を歩いていると嘘をついて俺に心配させて、酒を飲みにいくなんて、未成年のくせに生意気言って、俺が乾さんだったら……と考えて思いついた。
 タクシーの中で思いつきはしたのだが、そうも奈々ちゃんの思惑通りに振り回されてなるものか。俺をなめんなよ、とハードボイルドっぽくもない呟きをやってから、シートにもたれる。ドライバーは「パウダーパフ」を知っていた様子だったし、便利な時代になったものだよね。
「……えーと……こっちかな」
「このタクシーにはナビはついてませんね。ケータイ、見ます?」
「そんなものを見ていたら事故を起こしますよ。お客さん、道案内して下さい」
「ってか、ここはどこ?」
「ここはですね……ええーっと……」
 ナビをやれって言うんだったら、タクシー代を割引しろよ。遠回りしてるだろ。遅くなるじゃんかよ。奈々ちゃんが消えてしまったらどうしてくれるんだよ。せこいことを考えつつ、口ではナビゲイターをつとめ、「パウダーパフ」に到着した。
「かなり遅くなっちまった……奈々ちゃん……」
 見回すと、奈々ちゃんがいた。いるにはいるのだが、男もいる。乾さんだ。
 さきほど思いついたのは、奈々ちゃんが俺に店の名前を告げたのは、乾さんにも話してよ、ではないか、だった。奈々ちゃんの思惑通りにされてなるものか、の決意は崩れてしまったというか、奈々ちゃんが呼んだのだろうか。そしたら俺はなんのため? 保険か、道化か。
「十五歳で酒なんか飲むと、頭が悪くなるよ」
「奈々は頭がいいから、ちょっとぐらい悪くなってもいいの」
「よくはないよ。脳細胞は年とともに減っていくんだから、酒でよけいに減らせなくてもいいだろ」
「乾さんは飲むくせに」
「大人はストレスもあるからさ」
「奈々だってあるもん」
「どんなストレス?」
 どう見たって奈々ちゃんは未成年だ。セーラー服を着ているのだから、店が酒を出すはずはない。俺もそこに思い当たり、安心してふたりからは距離を置いてすわった。居酒屋ふうの店にはソフトドリンクもあったので、小声でアイスコーヒーをオーダーした。
「変な奴に告白されたんだよ」
「変な奴って?」
「よその高校の三年生の馬鹿」
「変わった奴?」
「変わってはいないけど、馬鹿だよ。普通の高校生が奈々とつきあえるって思うのが馬鹿でしょ。あたしは普通の高校に入ったんだけど、他の子たちとはちがうんだから。中学生のときにはそれでかえって仲間はずれにされて、それでもよかったの。みんなは奈々をうらやましがって、自分たちにはなれない芸能人になったからって……」
「それもなくはないんだろうけど、自分自身をあまりに過大評価するのもよくないよ」
 静かに乾さんがたしなめ、奈々ちゃんは反抗的に言い返した。
「ほんとのことだもん。それで、高校生になると女の子たちは奈々を遠巻きにして、憧れの目で見るの。奈々ちゃんみたいになりたいな、って言う女の子もいたよ」
「素直なんだな」
「素直ったって、あんたの顔だったらなれるはずないじゃん、って言ってやった。そしたらその子はわははっと笑って、それから友達になったの」
「友達になったんだったらいいけど……ま、いいよ」
「中学のときにもいたし、よその高校の男の子の中にもいっぱい、奈々が好きだって目で見る奴がいるんだよ」
「そりゃあいるだろうな」
 ここは喫煙席だが、気取られてはいけないので煙草は吸えない。乾さんは煙草を取り出してテーブルの上でとんとんやっている。奈々ちゃんの前では吸わないのか。すこしばかり声の調子が険しくなっていた。
「言わない奴はほっぽってるけど、告白してきた奴には言ってやったよ。あんたなんかが女優とつきあえるとでも思ってるの? そういうのを馬鹿って言うんだよ」
「奈々」
 表情の見えない席にいても、仕草でなんとなくは読み取れる。乾さんの声がきびしくなり、奈々ちゃんがぴくっとした。
「本当にそう言ったんだったら……」
「なによ」
「どっちが馬鹿?」
「……乾さんなんか嫌いだ」
「きみは将来は大女優になるんだよね。大女優なんてものは、心の底では思ってるんだろうさ。私は稀有なる美人。私は選ばれし者。そこらへんのカスみたいな男なんて、私の足元にも寄らないで。私の呼吸する空気が汚れるわ」
「ふーん、そうなの」
「けれど、表面にはそんな気持ちは出さないよ。日本ではそういう女優は嫌われるんだ。俺たちだってさ、こう言ったとしたらどうなる?」
「どう言うの?」
「俺たちってかっこいいだろ。顔もいいだろ。俺たちの作る歌は世界一。歌う歌も世界一。俺たちには地球上にライバルはいない。そう豪語できるのって、グラブダブドリブのジェイミー・パーソンだけだな。あれは彼のキャラだからいいんだろうけど、俺たちは謙虚だから」
 ふふっと笑って、奈々ちゃんは言った。
「歌は世界一だけど、そんなにかっこよくないし、おじさんだし、顔もよくないし」
「まさにその通りだな。うん、俺たちはそうだけど、奈々はまだ女優としての地位を固めてもいないんだから、謙虚な姿勢も必要だよ」
「謙虚なんて嫌いだよ」 
 俺はこっちから電話をした。どっちが先だったのかは知らないが、乾さんには奈々ちゃんがかけたのだろう。俺に「パウダーパフ」の名を告げてから、乾さんにも言いたくなったのかもしれない。
 そうして乾さんが来てくれた。来てくれたら甘えたくなる。俺もユキ気分のときには甘えたいし、甘えたいのが高じてさからいたくもなるのだから、奈々ちゃんの気持ちはわかる。偽女の子ユキと本物の少女ナナの差こそあれ、気持ちにはさほどの差は……ないはずだ。
 迎えにきてくれた乾さんに口答えはしているものの、本心は甘えたいだけ。乾さんのことだから察しているのだろう。立ち上がって言った。
「外に出ようか」
「送っていってくれるの?」
「俺は車だと言っただろ。車の中で……おいで」
「車の中でお説教の続き? そんなのやだから行かない」
「説教だけじゃないよ。こんな夜中にひとりで外を歩いたり、酒を飲もうとしたり、そんな悪い子は一度……」
「なに? ええ? やだっ、えっち!!」
 えっち? つまり、俺の想像通り? 乾さんはにやっと笑い、奈々ちゃんの耳元から身を遠ざけた。
「奈々、おいで。帰るよ」
「やだもん」
「はいと返事をしてついてきなさい。大人の言いつけは聞くものだと言っただろ。聞かないんだな。尻をぶたれたいのか」
「やだよぉ」
「おいで。返事は?」
「乾さんの馬鹿ぁ……はい、わかったから」
「泣くな。おいで」
 べそかき声になった奈々ちゃんが、乾さんのあとからついていく。怒っているようで、とろっとしてもいるようで、女心に近づいてきているのであろう、少女の揺れる心が伝わってくる。
 やっぱり乾さんってテレパスだな。乾さんが奈々ちゃんをこうやって叱るだろうと察していた、俺もテレパス? テレパシー能力に差があるとはいえ、乾さんと俺の仲だからこそ察している。俺としてはそれについて感激しておこう。
 これで俺はお役ごめんだ。俺も帰ろうと立ち上がる。乾さんたちが外に出たのを見計らって、俺も支払いをすませて出ていった。
「……うん、三沢さんも……」
「まったくしようのない子だね。きみは大人を振り回して遊んでるのか。幸生、ご苦労」
 言っちゃったみたいだね。乾さんは俺に気がついていて、奈々ちゃんを問い質したのか。
「送っていくよ。来い、幸生」
 そのほうがいいのかもしれない。ふたりきりにするよりは、邪魔者の俺がいたほうがいいのかもしれない。こういう役も俺にはよくあるのだから、今夜もおつきあいしましょうか。


END








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~ Comment ~

隣室!!羨ましい!
若い頃の10,20歳差は法律違反でも、
歳とっちゃえば関係ないですからね、みんな頑張っちゃいますよね。

歳の離れた女の子に好かれると、全部「はいはい」と受け入れるか、
乾くんみたいに分かっていながら説教になってしまいますよね。
年上だから甘えたくなるし、相手も甘やかしたくなる。
………………乾くんに甘やかされたい!!!!!!
説教でもいい!!!!!!

くっ、若くて可愛いとは最強すぎる……。
いかん想像をしてしまう……。

私は、アレですね、色気も洒落っ気もないタイプなので、
ふつーに歩いてると婆くさいと、よく言われました。
20代中ごろだったか、コンタクトが入らずメガネで仕事場に行ったら、
「どこぞの幼稚園児の親かと思った」と言われました。

なんだそれは、と心の中で思ったのですが、
普段からそんなことを思っていたんだなぁ、と妙に納得したのを覚えています。

まず、女なのにお化粧にまったく興味がないのも問題なんだと思います。

「化粧品にお金をかけるなら、おいしいものを食べた方がいい!!」
という感じなので、まったくモテませんよ。悲しいぐらいに。
誰でもモテ期があるなて、ウソですね、都市伝説ですね。


でも道はよく聞かれます。
方向音痴なのでうまく説明出来ず。

車に乗っていればいろんなところに行くし、
説明もうまくなるんだと思うのですが……私の愛車はちゃりんこです!
自転車に猫と一緒に乗ってお散歩するのが夢です!

そんな私が昨日見たのは暴力団に殺されそうになって追いかけられるという夢でした……怖かった。


猫のサイトを見ていて、
ストーブにあたり過ぎて毛がコゲる画像を初めて見て大爆笑。
ホントにそんなことになるのだと初めて知ったのでした。

ハルさんへ

こんな長くてだらだらしてて、幸生の想いがあっちへ飛んだりこっちへふらついたりのストーリィ、読んでいただいてありがとうございます。

若くて可愛かったら、性格なんか悪くてもいい。美女のわがままは許す、なんて男性もいますからねー。
どこかの国で犯罪者の美女に、刑務所へどんどんラヴレターが届いているとか。美人だったらなんでもいいのかっ。

乾くんは中身で選ぶ主義、若さには惑わされず、大人の女性が好き、なはずなのですが、この時期は若い子にもてまくっています。

私は中学生のときに、小学生? と訊かれました。
その後も若く見えると言われ続けてきましたが、もう駄目みたいですね。
私も化粧には興味なくて、最小限しかしません。普段はまったくしません。嫌いです。
奥さんが化粧しないって嘆く男性もいるみたいですけど、なんでしてほしいんだろ、お金かかるのに、と思ってます。

私は化粧品よりも服よりも、若いころは音楽と本にお金を使っていました。
あ、それから、私もよく道を聞かれます。
ロンドンのバス停ででも訊かれて焦りました。

車は免許がないので運転できません。
最近は自転車よりも歩くほうが多いかな。
先日も知らない土地で道を聞かれました。

うちの猫は仔にゃんこのころ、ガスレンジに飛び乗って火がついているのを覗きこみ、ヒゲのチリチリソースができたことがあります。
猫はあまりそんなことはしないはずですが、怖いもの知らずも時々いるみたいですね。
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