共作

共作6-1(温度はお好みで・真夏の出来事)

 ←第六部完了・「The Chronicle」特別解説  →短いあらすじ6
夏の海

共作6-1

「温度はお好みで・真夏の出来事」


1

 庭に入っていけるらしき戸には鍵がかかっていない。達也がくちびるに指を当ててしーっとやってから、その戸を押した。
「俺のじいちゃんとばあちゃんの家が、こんなふうな作りだったよ。ここから縁側に回れるんじゃないかな。美穂なんかは縁側って知らないだろ」
「縁側ってのはなんだかはわかるけど、見たことはないな」
「こういう日本式建築の家は、夏には涼しいんだよ。ほら、ここから縁側が……」
 勝手に入っていいのかなぁ、と美穂は思っていたのだが、無断侵入したのは達也なのだから、航平が怒ったとしたら達也の背中に隠れればいい。日本式建築とは無防備なもので、泥棒さんも平気で入ってこられそうだ。
「おまえは夏休みは取れるんだろ。俺の別荘に遊びにこないか。達也も連れてきていいよ。達也のスケジュールが合わないようだったら、別の友達と来てもいいぜ」
 航平にそう言われて、達也の休みに合わせて美穂も夏休みを取った。歯科医である航平は両親も金持ちであるようで、曽祖父の代からの別荘が海の近くにあるからと誘ってくれたのだった。
 年代ものであるからして、古びた別荘ではあるが風格もある。あらかじめ航平から聞いていた駐車場までは達也の車で来て、車を駐めてから坂を上ってたどりついた別荘だ。枝折り戸というのだと達也が教えてくれた庭の戸をくぐり、すこし歩くと、達也が足を止めた。
「広い縁側だな。あれ? お、美穂、黙れ」
「美穂はなんにも言ってないよ。どうしたの?」
「黙って見てろよ」
 広い背中が目の前にあるので、美穂にはよく見えない。達也の腋から顔を覗かせて、美穂は息を飲んだ。
「いや、いや……」
 小声でさからって身をもがかせている、小柄な女の子。美穂よりも若いかもしれない。その女の子を膝にうつぶせにして、航平も小声で言った。
「そうやって駄々をこねて、いつまでも聞き分けのないことを言ってたら、どうすると言った?」
「そんなの、いやだもん」
「いやだと言ったって、俺がそうすると決めたらそうするんだ」
「……いや。そんなことをしたら……久美は……久美は……先生なんか大嫌いになるっ!! 家出するもんっ!!」
「大嫌いになってみろ」
 断固として言って、航平が女の子のスカートをまくり上げる。ブルーのショーツに包まれたお尻が見えて、彼女がこれからなにをされるのか、美穂にはわかった。
 小高い丘の上に建つ一軒屋だから、周囲には家はない。縁側は庭に面していて、庭のむこうには海が広がっている。なのだから、他人に見られる恐れはないのだろうが、航平さんったら……なんてことを……あの女の子は誰? 見るのが恥ずかしいような、だけど、見たい、であるようなシーンが繰り広げられていた。
「叱られてるときにそんなことを言うとは、久美は悪い子だな」
「ええっ?! きゃーっ、駄目っ!! それ、駄目っ!!」
 阻止しようとしているらしいのだが、久美の手は下着には届かない。真っ赤になって身をもがかせている久美のショーツを、航平は無造作に引き下ろした。
「お、可愛いケツだな」
 ごく小声で達也が言い、今さらながら、達也も見ているのだと美穂は気づいた。
「達也さん、見たら駄目」
「見えるんだもんな。美穂、大きな声を出すな。航平が俺たちに気づくぞ」
「……んんと……困ったな」
 あの女の子がなにものなのかは美穂は知らないが、航平とは親しいのだろう。駄々をこねて叱られて、お仕置きされているのか。航平の膝で下着も下ろされたお尻を叩かれて、泣きじゃくっている。航平の大きな手が女の子の素肌に当たり、乾いた音がして、美穂は首をすくめたくなる。
 痛そう……かわいそう……久美ちゃんって航平さんのなに? なにを言ったりしたりして叱られたの? 航平さんは私に躾をしたいって言ってたし、ちょこっとMの彼女がほしいみたいにも言ってたから、そんな女の子を見つけたんだろうか。
 私も達也さんに躾をされてるから、時々はああしてお仕置きもされる。航平さんにも話したから、達也さんの真似をしてるの? 私が達也さんに叱られて、お尻をぶたれてるときもあんなふう? そう思って見ていると、恥ずかしいやら複雑な気分やらで、美穂はいたたまれなくなった。
「まだごめんなさいが言えないのか?」
 幾度かの平手打ちを与えたあとで、航平が静かに言った。
「お仕置きが足りないのか。これでもか」
 ぴしゃっと音がして、達也はくすっと笑い、美穂までが痛い気分になる。久美は小さく悲鳴を上げてから、涙声で言った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「もっと早く言え。叩かれる前に言えばいいんだろ。まったく……めっ!!」
 達也が美穂を叱るときと同じ調子で言い、航平は久美を抱き直した。久美は航平の胸に顔をつけて、えんえん、ええんえん、と子供みたいに泣いている。私はどうすりゃいいの? 美穂が戸惑っていると、達也が尋常な大きさと口調の声で言った。
「西垣先生、お招きどうも。到着したよ」
「……ってぇことは、おまえら、見てたな?」
「見られてるとわかっててやってたんじゃないのか」
「おまえたちの到着時間の予定は、一時間ほどあとだろ。見られてると知ってたらやらないよ」
 びくんっとした様子で、久美が航平に堅くしがみつく。美穂としてもどうすればいいのかわからなかったのだが、達也は平然と言っていた。
「道が空いてたから早くついちまったんだよ。おかげで楽しいものを見せてもらった。いやいや、久美? いいケツしてるな」
「……見られちまったものは仕方ないってのか、こんなところでやってた俺も悪いってのか……久美、おまえにも言っただろ。達也と美穂だ。挨拶しないのか」
「そんなに泣いてるのに、あとでいいだろ。美穂は挨拶できるよな」
「えーと……航平さん、お招きありがとう」
「ああ、ようこそ」
 この状況では間抜けではあるのだが、航平と達也と美穂は挨拶をかわし、久美は航平にしっかりしがみついて泣き続けていた。
「久美子っていうんだよ。久美、泣き止んだら麦茶を持ってこい。達也も美穂も喉が渇いただろうけど、俺も手が離せないんでさ」
「これがあるからお茶はいいけど、久美ちゃんって航平さんのなに?」
 ぬるくなってしまったペットボトルのお茶で喉を潤して、美穂が質問すると、航平が答えた。
「歯科技工士の専門学校生だったんだけど……」
 話は昨年に遡る。
 歯科医である西垣航平は「西垣デンタルクリニック」を経営して本職で生計を立てている。そのかたわら、母校の歯科医科大学の講師を頼まれたり、付属の歯科衛生士や技工士の専門学校に出向いたりもしている。
 医師になりたい学生は男子のほうが多いようだが、衛生士や技工士は女子生徒が多い。航平は昨年、歯科衛生技巧士専門学校で講演をして、そのときに新入生の女の子と話をした。その女の子が久美子だったのだ。
 東北の高校を卒業して東京に出てきて、歯科技工士の専門学校に入学した。そこまでは正しい心がけなのだが、そのあとがいけなかった。都会の空気に浮かれてしまったのか、単位が足りなくて留年しなくてはならなくなり、親にそうとは言えなくて退学届けを出したという。
 田舎にも帰るに帰れなくなり、フリーターにでもなろうかと悩んだあげく、西垣先生んちのメイドにしてもらおうと決めて、久美子がやってきたのだった。
「先生、独身でひとり暮らしだって言ってたじゃない? 頼んだら雇ってくれるよ」
 勝手に決めた久美子は、航平のクリニックを訪ねてきたのだった。クリニックにもむろん衛生士や技工士の女性がいる。彼女たちが航平の住まいを訊かれても口外はしなかっただろうが、悪いことにクリニックに航平の甥の大輔が遊びにきていたのだ。
「おじちゃんと約束したの? おじちゃんのマンション、教えてあげるから行けば?」
 小学生をたぶらかしてまんまと航平のマンションを聞き出した久美子は、航平の帰りを部屋の外で待ち構えていた。
「きみはアカシア歯科衛生士、技工士専門学校の……技工士のほうを専攻してる学生だったよな?」
 知らないと言えばよかったのに、記憶にあったから無下に追い返せなくなった。こんな時間に若い女の子が待っていたのだから、と仏心を出してしまって、久美子を部屋に招き入れて話を聞いたら、いっそう追い出せなくなってしまったのだった。
「部屋はそのまんまで置いてあるんだろ」
「まだ親には学校をやめたとは言ってないんだよ。やめたって言ったら田舎に帰ってこいって言われるもん」
「そのほうがいいだろ」
「いやだ、東京にいたい。歯医者の先生のおうちでメイドにしてもらったって言ったら、ちゃんとした仕事なんだから田舎に帰らなくてもいいでしょ。ね、先生、お願い」
 駄目だ、田舎に帰れ、と言うべきなのは知っている。なのにそうと言い切れないのは、若くて可愛い女の子には弱いからだ。この弱みゆえに患者の若い女の子である美穂にもなつかれてなめられて振り回されている。
 泣き出しそうな顔をしてまっすぐに見つめる久美子をはねつけたら、風俗にでも身を落とすのではないかと懸念される。それもあって航平は言った。
「きみにきちんとしたバイトが見つかるまでは、うちで家事をやってくれ。メイドなんていうんじゃなくて、ハウスキーパーだな」
「ほんと、先生?」
「臨時のバイトだぞ」
 ありがとうっ、嬉しいっ、久美子は頬を紅潮させて航平を見つめる。東北出身だけあって色白で綺麗な肌をしていた。
「きみはいくつだ? 十九か。それにしてもガキをだまくらかして、悪い子だな。ハウスキーパーでもあるけど……」
そのときには言葉を飲み込んでおいた。
 メイドの制服が着たいと言ったり、部屋が余ってるんだったら住み込ませて、と言ったりする久美子を適当にごまかしつつ、通いでハウスキーパーの仕事をさせて一週間。これだったら家事もひとりでやってるほうが楽だと航平は思うのだが、引き受けた以上は面倒を見てやるしかない。
 高校は卒業しているのだから、専門学校中退だって堅気の仕事が見つかるはず。航平は心当たりを探してやっているのだが、当人はハウスキーパーのバイトに満足しているらしい。
「あれ?」
 「西垣デンタルクリニック」の診療時間を定時で終え、今日もうまくもない夕食を食わされるのかといささかげんなりしながらもマンションに帰る。航平が普段着に着替えようと寝室に入っていくと、デスクの引き出しの閉まり具合に目が留まった。
「……久美子だな」
 後片付けは自分ですることにしているので、航平が帰宅するとハウスキーパーは帰らせる。なにをしているのか知らないが、いつもぐずぐずしていてなかなか帰らない久美子は、今日もまだいて、航平が呼ぶと寝室にやってきた。
「この引き出しは鍵がかかってただろ。開けたのか」
 えと、あの、などと言って、久美子はもじもじしている。航平はきびしい声を出した。
「返事をしろ。鍵を探し出して俺に無断で開けたのか。久美子?」
「自分のおうちの机の引き出しに鍵をかけるなんて、変だもの。先生ったら、えっちな本とかDVDとかでも隠してるのかなって、気になってたの。それで探してみたら、冷凍庫に鍵が隠してあったんだよね。こんなところに鍵を隠してって……見たくてたまんなくなっちゃったんだよぉ」
 ハウスキーパーなのだから、マンション内のあらゆる場所を掃除したり探ったりする。航平の迂闊ではあった。
「しかし、鍵を見つけたとしても無断で開けないのが礼儀だろ。きみは家庭や学校でそんなことも教わってこなかったのか」
「だーって……なんだかむずかしそうな書類とかが入ってたから、ちらっと見ただけだよ。なんにもしてないよ」
 金銭関係や医師としての重要な書類などを入れた引き出しだ。航平も彼女が悪質な真似をしたとは思っていない。それにしても行儀がよくないのだから、しっかり叱ってやるべきだ。
「こうやって勝手に開けたのが一目瞭然みたいに閉め方をして、俺から見るとまだしもタチはよかったんだけど、きみは俺の自宅で働いている身なんだよ。こんなことをしたらクビになっても仕方がないんだ。わかってるのか」
「だーって……」
「だってじゃないだろ。言うべきことが他にあるはずだぞ」
 口をとがらせて不満顔の久美子を見ていると、いたずらっ気が起きてきた。怒っているというよりも脅してやりたいのがあって、航平は言った。
「こんなお行儀の悪い真似をする子には、年長者として罰を与える。そこにうつぶせに寝なさい」
「ベッドに? えええ? なにするの?」
「いいから俺の言った通りにしろ」
「先生ったら、あたしを襲おうと……抱きたいの?」
 これは自分に都合のいい誤解というのか。呆れて脱力しそうになったのだが、ベッドに寝ろといわれればそういう発想になるのかもしれない。航平は久美子を抱き上げ、ベッドにすわった。
「なにすんの? きゃっ!! やんっ!!」
 小娘に躾のために体罰を与えるとすれば、これが一番。達也が美穂の躾のためにやっているのを知って、航平も納得がいったのだから、達也の真似をしているようで業腹ではある。が、相手は女の子なのだからこれしかないと航平は思っていた。
「いやだっ!! 叩いたりしたら嫌いになるっ!! あたしはメイドなんかやめるからね」
「おまえが悪くてお仕置きされるんだろ。なんだ、その口のききようは。嫌いになるんだったら勝手にしろ」
 膝にうつぶせに乗せた久美子の、ジーンズに包まれた可愛らしい尻を三回叩き、悲鳴を上げさせておいて床に下ろした。
「いたぁい。ひどぉい!!」
「ひどくはないだろ。ごめんなさいは?」
 じっと見つめると、久美子が泣き出した。泣きながら言った。
「……えっえっ……ごめんなさい」
「二度としないな?」
「ごめんなさい、もうしません」
「よし。わかればいいんだ。で、仕事はやめるのか?」
 ベッドにすわったままでさらに見つめる。久美子はかぶりを振り、次の瞬間、勢いよく航平に抱きついてきた。
「……まずいことをしたのか?」
 先生、好き、ああん、好き好き、などと言っている。きびしく扱ったのは逆効果だったのか。この娘にも美穂に近いMっ気があるのか。
「とまあ、そんなふうにさ。ハウスキーパーのつもりが……」
 達也や美穂にはおおまかな部分だけを話したのだが、久美子は恋人のようなものでもあり、妹のようなものでもあり、ハウスキーパーのようなものでもある。
 小柄で愛らしいルックスをしていて、美穂にも似ていなくもない。雇い主である航平に対しても友達のような口をきき、その上に、Mっ気までがなくもないようで、若すぎるけど、俺の好みのタイプなんだろうな、と思ってしまったのが運のつきだったのだ。
「夏休みになったら別荘に連れていってやるよ。ひいじいさんの代からの海の別荘があるんだ」
「別荘では久美はメイドはしなくていいの?」
「仕事はしろよ」
「そしたら、久美には夏休みはないの?」
「仕事をするのがいやだったら、別荘には来なくてもいいよ。その間を夏休みにしてやる。どっちがいいんだ?」
「……先生と行きたい」
「行きたいんだったらつべこべ言わずについてこい」
 高飛車なもの言いをすると、ふくれた顔で見上げる。その顔が美穂を彷彿とさせて、こんなときの俺は達也みたいにいばっているのかと思うと、くすぐったい。
「美穂って女の子がいるんだよ。おまえとだったら年も近くて仲良くできるだろ。美穂とその彼氏の達也ってのを招待したから、一緒にうまいものを作ってもてなそうか」
 事前にそう告げてから、久美子とともに別荘にやってきた。なのに、美穂と達也が来る今日になって、久美子がぐだぐだと言い出したのだ。
「美穂って先生の彼女?」
「彼女だったら、彼氏とふたりでここに招くわけがないだろ」
「可愛い子なんでしょ。久美よりも可愛いの?」
「似たようなもんだよ。わがままでじゃじゃ馬で。俺はそういうタイプが好きなのかもな」
「美穂って子と久美を較べてる。久美は美穂のかわり?」
 鋭い、とも思ってしまったのだが、今ではもう代わりではない。最初はそんなところもあったような気がして、航平は久美をはぐらかした。久美が怒り出し、駄々をこねはじめ、そして、達也にまで見られてしまった。
 美穂はまだいいにしても、達也に見せてやったのは悔悟の至りだ。久美があまりにも聞きわけがないときには、時としてああしてお仕置きをする。久美は叩かれると泣き叫び、ごめんなさいとも言うのだが、またぞろ性懲りもなく駄々をこねる。
 なのだから、今日はちょっと荒療治。庭に面した縁側で尻を出させてひっぱたいてやれば、恥ずかしさも強いだろうと思ってやったのが裏目に出たというかなんというか。
「久美、泣きやんだんだったら挨拶しろ」
 すすり泣きがおさまってきたようで、久美子が顔を上げた。
「……こんにちは」
「久美ちゃんって航平さんが好き?」
「当然じゃん」
 久美子がいーっと歯を剥き、美穂はべーっと舌を出す。こらこら、と笑って、達也が美穂を抱き寄せてから言った。
「いいものを見せてもらったよ。久美のケツが真っ赤になってさ……」
「やだっ!!」
 叫んだ久美の顔も、真っ赤になっていた。


2

 縁側から居間に移動して、つめたいお茶を飲んで一息つくと、航平が美穂と達也を二階の部屋に案内してくれた。
「夫婦でもないんだから、別々の部屋のほうがいいか、達也?」
「そのほうがいいかもな。美穂は嫁入り前の娘なんだから」
「そんなら、美穂は別室にしようか」
 意地悪なふたりに舌を出すと、航平は美穂の頭をぐるっと撫でて部屋から出ていった。
「泳ぎにいこうか。着替えろよ」
 そう言い残して航平が出ていくと、達也が早速、美穂のワンピースに手をかけた。
「先にしたいか?」
「……夜になってからね」
「したいんだろ」
「達也さんは?」
「したいに決まってるけど、久美の水着姿ってのも見たいから、先に泳ぎにいこうぜ」
「あのね、久美ちゃんのと美穂のと……」
 こういうことには察しの早い達也は、美穂の質問にしっかり答えてくれた。
「おまえは俺のものなんだから、尻はおまえのほうが可愛いよ」
「……もうっ、えっち」
「聞きたかったんだろ。だけど、久美の尻もいい形だったな」
 普通はあんなシーンはまず見られるものではないだろうから、達也は嬉しかったのか。美穂としてはたいへんたいへん複雑だったのだが、航平が好みに合う女の子を見つけて、達也の真似でもあるかのように久美子をきびしく躾けているのだとしたら……それもまた複雑だ。
 細かく細かく聞き出したくてたまらないのに、久美子は美穂を嫌ってでもいるのか、話しかけづらい雰囲気がある。四人で浜辺に出ていってからも、久美子は美穂に口をきこうとはしなかった。
 長身で筋肉質の三十歳ほどの男がふたり、小柄で華奢でいてプロポーションのいい、二十歳ほどの女がふたり。男たちは黒っぽいトランクスを穿いて、長い脚を見せている。久美子はブルーのビキニ、美穂はオレンジのビキニで、男たちが楽しそうに女たちを眺めている。
「久美は泳げないんだもの。海に入るのはいやだな」
「俺が教えてやろうか」
「達也さん、駄目っ!!」
「美穂は泳げるんだろ。おまえはひとりで泳いでこいよ。久美は俺が連れていってやるからさ」
「……いらない。久美は……ああん、先生、やだよぉ」
 達也が久美子をつかまえようとし、久美子は逃げていく。久美子は走っていって航平の腕に飛び込み、航平が笑ってあやしてやっている。見ていると美穂の胸がざわめいてきた。
「おまえ、妬いてるのか」
「……どうして美穂が妬くの?」
「お兄ちゃまを久美に取られたからってさ。俺だけだったら不満なのか? この浮気娘」
 笑ってはいるけれど、達也の目はちょっぴり本気で言っているようにも見える。そんなところがあるのだろうかと自問してみると、たしかにあるような気もして、美穂は口をとがらせた。
「水着になると久美のほうが、ウェストのくびれが際立つってのか、すこしだけ美穂よりもプロポーションがいいんだな」
「ふんだ。ふんっだふんっだ。達也さんの意地悪!! 美穂を苛めて楽しんでる達也さんなんか嫌いだもんっ!!」
 つまらない駄々をこねるんじゃない、とびしっと叱ってくれて、抱き寄せてくれたら泣けるのに。美穂は達也さんだけのものだと、改めて感じられるのに、達也は面白そうに美穂を見下ろすばかりでそうしてくれない。地団太を踏みそうになっている美穂の耳に、航平の声が聞こえてきた。
「走るからだろ。足首をひねったのか」
「久美が怪我でもしたのか?」
 心配そうに言って、達也も航平のほうへと行ってしまう。達也さんも航平さんも、美穂のことなんかどうでもいいんだね。新しいおもちゃをもらった子供みたいに、久美に夢中? つまんない、来るんじゃなかった。
 不満でいっぱいになって、美穂はひとりで海へと入っていく。沖のほうへと泳ぎ出して振り向くと、達也と航平は久美子を囲んで、足首を調べてやっているようだ。つまらないので海面に浮かんで、空を見ていた。
 連れ戻しにきてくれればいいのに。達也が泳ぎ寄ってきてくれて、長く水の中にいると冷えるぞ、とでも言って、抱いて浜辺まで連れていってくれたらいいのに。達也さんに甘えたい、泣きたい、美穂の願いはかなわない。
 悔しいからことさらにむこうの三人は無視して、三人の姿がなくなってから浜辺に戻っていった。達也と航平が運んできたパラソルの下にシートが敷いてあって、そこには私物も置いてある。貴重品はないのだろう。この浜には人影は少ないものの、現金などを持ってきていたら盗まれる恐れもある。
 あの三人はどこに行ったの? 沖を見やってみると、それらしき男女が見えた。航平と達也が久美子に泳ぎを教えてやっているのか。はしゃいでいる久美子の高い声が聞こえてきそうな錯覚を覚えた。
「……なにを持ってきてるのかな?」
 シートの上に置かれた、三人分の私物を探ってみる。タオルやTシャツやパーカーの中に、小さな箱を見つけた。中身はアクセサリーだ。ピアスと指輪が入っている。久美子のものにまちがいないだろうから、美穂はピアスと指輪をてのひらに包み込んだ。
 ややあって三人が戻ってくる。久美子はくたびれたよぉと言っている。航平は美穂に声をかけてくれたのだが、達也はなんにも言ってくれない。悔しくて悔しくて航平にも返事をせずに、美穂は三人と入れ替わりに海へと走っていった。
 水中で手を開く。ピアスと指輪が海の中に埋没していって見えなくなった。
 それからは三人が海に入ってくると、美穂が浜に戻る。三人がシートのあるところに戻ってくると、美穂が海に入る。美穂ばかりが意地になって何度もそれを繰り返す。勝手にやってろと言いたいのか、達也はまったくなにも言ってくれない。航平は苦笑いしていて、時折目の合う久美は、勝ち誇ったように美穂を見ていた。
「……美穂、いい加減にしろよ」
 何時間経過したのか。美穂はなにも食べもせず、飲みもしていない。意地を張り続けて誰とも口をきかず、海とシートを往復して疲れ果ててきた。そうして海の中にいると、航平の声が聞こえた。
「なにがそんなに気に入らなくて、すねてるんだ?」
「航平さんには関係ないもん」
「達也でなくっちゃ駄目か。久美とおまえは仲良くなれるかと思ったけど、気が合わないのかな」
「あんな子、嫌いだよ」
「どっちもわがまま娘だから、そうなる可能性もあったんだな。おまえはなんにも食ってもいないだろ。水くらいは飲んだのか? 顔色がよくないぞ。脱水症状を起こしてないか」
「航平さんは歯医者なんだから、医者ったってそっちはわかんないくせに……」
「ああ、達也、抱いてやってくれ」
 いやっ!! と叫んでみても、いつの間にかそばに来た達也の腕に抱き上げられて、航平がペットボトルを口に運んでくれた。
「飲め」
「いらないもん」
「美穂、いい加減にしろ!!」
 鋭く達也に叱りつけられて、航平にも言われた。
「しようのない奴らだな。とにかく飲め。達也、抱いていけよ」
「ここだったら俺の背は立つから、抱いて歩いていくよ。おまえは先に戻ってろ」
「美穂、飲め」
 これ以上さからうと怖いだろうし、美穂も渇きがひどくなっていたので、素直に水を飲んだ。アイスボックスに入れてきていたので冷たい水が、快く喉をすべっていく。半分ばかり残っていた水を飲み干すと、航平はペットボトルを手にしたままで、泳いで浜辺へと戻っていった。
「達也さん?」
「うるせえ。別荘に帰ってからだ」
 別荘に帰ったらどうなるの? 怖いような気もすれば、期待感もある。叱られたり叩かれたりするのはいやだけど、泣きたいと思う。今はまだ手放しでは泣けない気分なのだが、別荘に連れて帰られて、きつく叱られたらわあわあ泣けるだろうから。
 達也は美穂を抱えて無言で歩き、砂浜に上がってからも降ろしてくれなかった。やだ、降ろして、ともがくときつい目で一瞥されて身が縮む。怖くて……それでいて、達也さん、かっこいい、とも美穂は思っていた。
「手のかかる奴らだよな。達也、ちょっと」
 シートを敷いた場所まで運ばれていくと、達也が美穂を降ろし、航平に呼ばれて離れていった。久美はとみるとすねた顔をしている。なにかあったんだろうか、と考えながら、美穂はバスタオルで身体を拭い、ビキニの上にTシャツをかぶろうとした。
「……んん? あーっ!? あんた? 美穂のTシャツを破ったのは久美?」
「久美のピアスと指輪を隠したのはあんたでしょうがっ!!」
 忘れてしまっていたのだが、そうだった。
「鋏でも持ってたの? こんなに破るなんてっ!!」
「缶切りで引き裂いたんだよっ!! あたしのピアスと指輪はどこにやったのよっ!!」
「海の中に捨てた」
「ひどーいっ!!」
「こんなところに指輪やピアスを置いてるからいけないんでしょ。つけてればいいのにっ」
「あれは先生がくれたんだもの。海に入ったら錆びそうだったから……」
「海に入ったら錆びそうな安ものなんか、捨てたらいいんだよっだ」
「あんたのTシャツだって安ものだろうがっ!!」
「旅行のために買った高いTシャツだよっ」
 そうやって延々ともめていると、達也と航平が戻ってきた。ふたりは久美と美穂をシートからどかせ、シートをたたんで片付けて他の荷物を持ち上げる。手早く片づけをすませると、航平が久美を、達也が美穂を片腕で掬い上げて、そのまんま歩き出した。
「やだっ。自分で歩くっ!!」
「先生っ!! こんなのやだってばっ!!」
 ふたりともに返事もしてくれない男たちに運ばれて、美穂と久美は別荘に連れて帰られた。荷物とともに家の中に放り出されてから、身軽になった男たちに再び抱き上げられた。
「ええ? きゃっ!!」
「達也さんっ、こんなのやだっ!!」
 抗議しても聞いてももらえず、久美は航平の、美穂は達也の膝の上に押さえつけられてしまう。あぐらをかいた男たちの膝の上で、美穂が久美の破ったTシャツをまくり上げられているのが、久美にも見えた。
 しかもここは縁側だ。久美は昼間にもここで航平からお仕置きを受けて、下着も下ろされたお尻を叩かれているのを達也にまで見られている。一度やられたからといって慣れるものでもなくて、顔から火が吹き出そうに恥ずかしい。
 自分では自分は見えないが、美穂がされているのと同じようにされているのだろう。縁側に並んですわった男の膝で、パーカーの裾をまくられて、ビキニの水着の下を引き下ろされて、まだ日も高い中でお尻を叩かれている。美穂の悲鳴と久美の悲鳴と、平手打ちの音が交錯していた。


 頭ががががんっ!! となって、目の前に白熱の光がスパークした。これは、な、に?
「香ちゃんだって夏休みは取れるんでしょ? 前に話した歯医者の西垣先生、美穂のお兄ちゃまみたいな航平さんが、別荘に招待してくれたの。美穂は達也さんと一緒に行くの。広樹さんと休みを合わせて、香ちゃんも来ない? 友達も誘ってもいいよって、航平さんは言ってたよ」
 美穂に誘ってもらって心が動いた。広樹に話すと彼は渋っていて、休みは取れないと言う。それならば香も行かないでおくつもりだったのだが、休みが取れてしまったのだ。
 せっかく取れた休みなのに、広樹は仕事でデートもできない。美穂には行けないと言ったものの、香も行きたかった。達也は見ている分には気持ちのいいかっこいい男だし、西垣航平という歯科医も相当にかっこいいと聞いている。
 そんなところにひとりで行くと、広樹が怒るかもしれない。航平はフリーなのかもしれないから、危険なムードになったりしたら、広樹が嫉妬して大変なことになるかもしれない。それゆえにいっそう行きたくなったのは、変な感覚かなぁ、と思わなくもないのだが。
 どうしても行きたくて、香はレンタカーを借りてひとりでここまでやってきた。もしかして来られるようになったときのために、と言って、美穂が地図を送ってくれている。地図には親切に、ここに駐車するようにとの注意書きもあった。
 すべて美穂の指示通りにして、迷ったりもしたものの、ここまでたどりついた。美穂を驚かせるつもりで連絡もせずに訪ねてきたら、とんでもないものを目撃してしまったのだ。
 家の前まで来ると、女の子の悲鳴がふたり分聞こえた。ぎょぎょっとしながらも覗いてみたら……縁側で……大人の男性の膝に乗っけられて、お尻を叩かれて叱られている女の子がふたり。周囲には人家がないからまだしもなのだろうが、香としては見ていられないような、見たいような。
 水着の上にTシャツを着ているほうが美穂で、達也の膝にいる。なにをしたのかは知らないが、びしびし叩かれて泣き叫んでいる。あらわにされたお尻が真っ赤になって、痛々しい。
 ほとんど美穂と同じ格好だが、こっちは水着の上にパーカーだ。香は知らない女の子が、航平であろう男の膝で、美穂と同じようにされている。痛そう、なにしたのよ、あなたたちって……こんなに叱られて懲らしめられてるなんて。
 香はそうも思っていたのだが、妙にむずむずっともする。動けなくなって、声も出せずに見つめていたら、達也が言った。
「おまえが先にやったんだろ。それでなくてもすねてばっかりで、悪い子なのはまちがいなかったんだから、連れて帰ったらしっかり叱って叩いてやるつもりだったんだよ。おまえも叱られたかったんだろうから、満足だろ」
「満足じゃないもん。痛いもんっ!!」
「痛いように叩いたんだから、痛いのは当たり前だ」
「いたぁいっ!!」
 もうひとつ叩かれて、美穂は大声で泣き、航平らしき男も言った。
「仕返しのつもりでやったんだろうけど、おまえも悪い子だろ。ごめんなさい、もうしません、って言え」
「美穂が悪いんだもんっ!!」
「おまえも悪いんだろうが。もうひとつか。あと十発か」
「いやっ!! 痛ぁいっ!!」
 叱られて叩かれて泣いている女の子たちが……妙に……変に……なんでうらやましいの? うらやましいはずがないでしょっ!! 香が慌てて否定していると、うしろからがばっと口をふさがれた。
「うっ!!」
「静かにしろ。叫ぶと刺すぜ」
 押し殺したような低い声。大人の男の声にすれば不自然な気もするが、脇腹にナイフの柄らしきものを押し付けられているようなので、香は黙って首を縦に振った。
「よし、こっちに……」
 どうすればいいのだろうか。強盗なのだろうか。顔も姿も見えない男に引っ張られるようにして、香は後ずさっていく。相手は小柄な男のようで、香よりも背が低いと思えるのだが、抵抗して勝ち目があるだろうか。
 小さめの手の持ち主ではあるが、ナイフを振り回されたら、勝ち目はない。悲鳴を上げた途端に刺されたとしたら、殺されるかもしれない。恐怖で身がすくむ。縁側が見える庭の一画から、香は男に引きずられて連れ去られていく。誘拐されて……それからどうなるの? 最悪の事態が脳裏を掠めた。
 ぱきっ、ぴしっ、小さな音が足元で聞こえている。香のサンダルが地面に落ちた枯れ枝を踏みしだいている音だ。大きな音を立てられたら……達也さんか航平さんが気がついてくれたら……香は一心に念じる。気づいて、助けて。
 じりじりとゆっくりと歩いている香の耳に、今では友達になっているといってもいい、美穂の甘えた声が聞こえてきた。
「ごめんなさい……だって……だって……」
「だってはいいんだよ。二度としないな? 今度やったら、ケツをひっぱたいてここにふたり並べて縛りつけるぞ」
「達也さんって本物? ……あ、あああ、見て」
「んん?」
 おい、達也、との声も聞こえた。あれは航平の声だ。もうひとりの女の子も叫んだ。
「あんなところに誰かいるっ!!」
「あっ、香ちゃんっ!!」
 美穂も叫び、安堵のあまりくずおれそうになる。むこうの四人が香に気づいてくれたのだ。もはや声だけしか聞こえなくなっていた男たちが、庭に飛び降りて走ってくる気配を感じた。
「……誰だ?」
 駆け出してきた達也が、ぽかんとした顔でこちらを見る。航平は絶句し、美穂の声が聞こえた。
「達也さん、美穂と久美は出ていったらいけないの?」
「これだったらいいんじゃないのか。航平、いいんだろ」
「……久美、竹刀があっただろ。持ってこい」
「なんで竹刀なの?」
 言いつつ、久美と呼ばれた香の知らない女の子が顔を出した。涙で汚れた美穂の顔も横に並び、女の子たちはあっけに取られた声で言った。
「あんた……」
「竹刀って……航平さん?」
「あの、あのあの、美穂ちゃん?」
「香ちゃん、振り向いてみな」
 達也に言われて、香は恐る恐る振り向く。思った通りに背の低い男で、香が見下ろす形になった。その賊は……香も叫んだ。
「子供っ?!」
「おまえはいったい、なんの真似だ」
 ずいっと子供に歩み寄った航平が、襟首をぶらさげて彼の身体を釣り上げる。十歳くらいの男の子が香に押しつけていたのは、ナイフではなくペンケースだったらしい。美穂が駆け寄ってきて香の肩を抱き、香は美穂に寄り添った。
「ただのいたずらだよ。怒らないでよ。竹刀って、なにするつもり、おじちゃん?」
「こうに決まってるだろ」
 おじちゃんと呼んでいるのだから、知り合いなのだろう。航平は少年を肩にかつぎ上げ、達也に言った。
「物置にロープが入ってる。持ってきてくれ。久美は竹刀を持ってこい」
 はいよ、と答えて達也が走っていき、久美は家の中に入っていく。少年は航平の肩できゃあきゃあ言っていて、美穂は言った。
「きっとね、たぶんね。ま、いいんだけどさ……香ちゃん、来られたんだ」
「う、うん。あの、相手は子供なのに……人騒がせだったね。ごめんね」
「強盗だと思ったんでしょ? 脅かされたんでしょ。あいつ、航平さんの甥なんだ。ものすごい腕白坊主なんだよ。大輔っていうの」
「ああ、そうなんだね」
「ねえ、見た?」
「ええと……」
 赤くなったのであるようで、見たと白状したようなものだったのだろう。美穂は吐息をひとつついて言った。
「もうっ、恥ずかしい……でもでも……見られちゃったらしようがないか。もう一回見ようね」
 じきに達也も久美も戻ってくる。達也が持ってきたロープで、航平が大輔を庭の樹木の太い枝に縛りつける。航平の肩あたりの高さの枝に縛られた大輔が、両手両足をばたつかせて暴れている。手加減はしているのだろうが、航平がそんな大輔のお尻を竹刀でばしっとやった。
「いったーぃっ!! ひっでえっ!! 児童虐待っ!!」
「やかましい。しばらくそこで反省してろ。そんないたずらをして反省もしないんだったら、あと何発でもぶっ叩いて一晩中そこに縛っておくぞ。大輔、返事しろっ!!」
 もう一発叩かれた大輔は、悲鳴まじりに返事をした。
「うきゃーっ!! これくらいでそんなに怒らなくても……わーんっ!! もうしませーんっ!!」
「当たり前だ。香さん? すみません。まことにまことに申し訳ない」
「いえ、あの、あのあの……」
 なんと反応すればいいのか困ってしまって、香は言った。
「西垣先生も達也さんも、彼女の躾もきびしいみたいですけど、男の子だともっとなんですね。私……怖くなっちゃって……」
「ああ、見てた? 美穂や久美にやったのなんて、大輔がやられたのに較べたら撫でたようなもんだろ。香ちゃん、なにか感じたのか? なんだったら香ちゃんもいたずら、やってみな。俺の膝に乗っけてケツを出させてやるよ。航平のほうがいいか」
「あ……な、なにを……」
 ジョークだったのだろう。達也も航平も声を立てて笑っている。大輔はぎゃあぎゃあ騒いでいる。そんな中で久美と美穂にじっとり見つめられて、香はうつむいているしかなかった。

 
3

 背が高めで美人で、心優しい母。母よりも背が低くてすこし女性的で、母以上に優しい父。両親と三人暮らしの大輔の日常は常に平穏で、先生にも親にも叱られるなんてことはまずない。叱られるとしたら、勉強しなさい、部屋を片付けなさい、程度だ。
 甘やかされて育てられてやんちゃになったのではなく、大輔は普段はいい子だとの自覚がある。荒っぽい叔父の航平といるときだけ、悪ガキになるのである。
「勝手に電車に乗って行ったの? しようのない子ね。おじちゃんに叱られなさい」
 電話をして報告すると、母は呆れ声で言っていた。大輔に言わせると両親はずるいのだ。大輔がテストで悪い点数を取ったりすると、母は言うのだから。
「こんな点だなんて、航平おじちゃんに言いつけないといけないな」
「おじちゃんは僕が勉強ができないからって、叱ったりしないよ」
「そうなのよね。航平の教育方針って、私にはよくわからないわ」
 小さいころから、父も母も言った。そんないたずらをすると、航平おじちゃんに叱られるよ、と。
 事実、航平にはいたずらをしてよく叱られた。小学校に上がる前にはお尻を叩かれ、小学生になってからはほっぺたを叩かれるようになったのだから、体罰も何度も与えられている。にしたって、今日は思いっきりこっぴどかったなぁ、と大輔は思う。
 太陽が傾きかけている時間に、大輔はひとりでこの別荘にやってきた。大輔から見るとひいひいおじいちゃんの持ちものである海の別荘には、母に連れられたり航平に連れられたりで幾度も来ているのだから、ひとりでだって行ける自信があった。
 いつでもそこから入り込む庭の戸から入っていくと、女のひとがいた。彼女はなぜか固まっているようで、縁側のほうからは女の子の泣き声やら、男の低い声やらが聞こえていた。男の声も女の声も複数で、その中からは航平の声だけが聞き取れた。
 おじちゃんが来てるんだから、あとは誰がいたっていいよ。それにしてもこのお姉さんは誰かな。綺麗なひとだな。ちょっと脅かしてやろうかな。そんないたずら心が仇になって、航平に思い切り叱られて、樹の枝に縛られて竹刀でお尻を叩かれた。
 あれは児童虐待ではないかと思わなくもないが、女のひとを脅すような真似をしたのだから、しようがないかとも思う。必死であやまって樹から抱き下ろしてもらい、大輔はダイニングルームに集まった男女を見回していた。
 母の弟である航平、大輔の叔父。航平んちの家政婦さんだと紹介してもらった、久美。大輔が何度か会っている、航平のクリニックのお得意さまで、妹のようなものでもあるらしき美穂。美穂の彼氏だという達也。
 もうひとり、大輔が脅したお姉さんは、美穂の友達の香。これで男女同数なのだから、香ちゃんは僕のパートナーになってくれないかなぁ、と言いたくて言えないのは、航平に叱られるからだ。夜になっているのにまたまた樹に縛られて、朝まで放っておかれるのは避けたい。
 二十歳くらいに見える女の子たちは、香はやや背が高いものの、わりに小さくて可愛らしい。美穂も久美もおとなしい女の子ではないのは大輔も知っているけれど、別に怖くはない。
 が、世の中に怖いものなど他にはない大輔だって、怒った航平だけは怖いと思うのだから、あまりきつく叱られたくはない。長身でがっしりした航平と達也は似た体格をしていて、こいつも怒ったら怖そう、と思うのだった。
「美穂、なんだかすわりにくそうだね」
 達也と航平が作ってくれた、パスタやサラダや揚げものやらの食卓を囲んでいて、大輔は隣席の美穂に話しかけた。
「僕が来たとき、美穂は泣いてなかった?」
「……泣いたよ」
「久美も美穂も泣いたあとの顔をしてるよね。なんで泣いたの? 叱られた? ぶたれたんだ。美穂と久美も竹刀で?」
「手でだけどね」
「……不公平だなぁ」
 以前にも航平の部屋でいたずらをして、美穂はお尻を、大輔は顔を叩かれた。おまえは男だろ、と航平が言ったのだから、口にするほど不公平だと思っているのではないのだが。
「美穂も久美もぶたれたの?」
「そうだよ。私は達也さんのお膝で、久美は航平さんのお膝で、お尻を出されてぱんぱんぶたれて叱られたから、泣いたんだもん」
「手でだったらそんなに痛くもないだろ」
「痛いっていうよりも……あんたにはわかんないんだよっだ」
「そんなんで泣くなんて、美穂はガキなんだよっだ」
 声が大きくなってきていたようで、聞こえたらしく、香が言った。
「大輔くんはかなりきびしいお仕置きをされたのに、泣かなかったね」
「僕は小学生になってからは、航平に叩かれたって泣かないよ」
「生意気なガキだな。俺が泣かせてやろうか」
 達也が言い、航平も言った。
「こっちのお兄さんは俺以上に荒っぽいぞ。この次におまえが悪さをしたら、達也にまかせるよ」
「ああ、まかせとけ」
 こわーい、とは思ったのだが、虚勢を張っておいた。
「悪さなんかしないもん。僕がなんにもしてないのに叩いたりしたら、虐待だって訴えてやるから」
「おまえなんか叩いたら、この手が痛いだけだろ。そりゃあ可愛い女の……おっと、ガキの前では言ったらいけないな」
「こいつをこれ以上、ませさせないでくれよ」
 僕ってそんなにませてるの? 普通じゃん、と大輔は思う。食事を終えて久美とふたりで後片付けを引き受け、お皿を運んだり食器洗い機に入れたりしていて、久美がぽわんとしているのを見て、質問してみても、答えの意味がわからなかったのだから。
「最初は美穂って嫌いだったんだけど、ああやってね……あんなふうに美穂がすねたり、あたしのピアスを海に捨てちゃったりしたのは、あたしとおんなじ気持ちだったのかな、なんて思ったら、親しみがっていうのか……」
「好きになったの?」
「好きではないけどね」
「おんなじ気持ちってどんな気持ち?」
「大輔くんにはわかんないかな。好きなひとにかまってほしいって気持ちだよ」
「久美は航平の彼女なの?」
「ちがうよ。大輔くん、おじさんを呼び捨てにしたらいけないでしょ。言いつけてあげようか。お尻をぶたれたいの?」
「ぶたれたくないよ。久美はぶたれたいの?」
「ぶたれたいんじゃなくて……もうっ、大輔になんかわかんないのっ!!」
 わかるわけがないので諦めて、久美と後片付けをすませて居間に入っていく。美穂は達也にくっついていて、彼の手を持ち上げて自分の頬にすりすりしている。猫みたいな奴だ。久美はそっちをちらっと見てから、航平にくっつきにいった。
「先生、まだ怒ってる?」
「怒ってはいないよ。おまえがおいたをするから、聞きわけがなさすぎたから、叱ってこらしめただけだ。おまえはどこかしら、俺にとっては大輔に近いポジションなんだ。そういう意味できびしく躾けるつもりなんだから、いやだったらよそへバイトに行け」
「いやじゃないもん。先生……」
「こら、人前であんまりじゃれるな」
 ふーん、これは家政婦さんなんかじゃないな。大輔はそんな目で久美と航平を見、視線を美穂と達也に移した。
「美穂は達也さんの手が好き」
「手だけか」
「この手はいろんなことをしてくれるから、好きなの。でもさ、あんなことして……航平さんにまで……いくらなんでも恥ずかしすぎるよぉ」
「航平は航平でやってたんだから、おまえの生の……」
「やんやんっ、言わないで」
「ああ。ガキが聞いてるもんな。大輔、おまえは耳をふさいでろ」
 半分ほどは意味のわかるような気のするふたりの会話を聞き、達也に舌を出してから、大輔は香のそばにすわった。
「香ちゃんは寂しいでしょ。僕と仲良くしようよ」
「そうね。ありがとう」
「香ちゃんって彼氏、いるの?」
「う、うん、まあね」
「いるんだ。そんな奴、捨てちゃいなよ。十年待ってくれたら僕がさ……いてっ!!」
 美穂が投げたのは花瓶敷きで、大輔の即頭部に当たってどこかに飛んでいった。大輔は美穂にクッションを投げ返そうとし、その手を香に止められた。
「そんなことで怒ってたら、かっこいいお兄さんになんかなれないよ」
「こらっ、俺の女になにをする」
 達也には凄まれ、航平には脅された。
「もういっぺん、樹に戻るか。枝に吊るしてやるから朝まで反省するか、え、大輔?」
「大輔くん、ごめんなさいは?」
 久美にも言われ、大輔はふくれられるだけふくれてそっぽを向いた。大人はずるい。今に見ていろ。十年もしたら僕は二十歳のかっこいいお兄さんで、航平や達也はオヤジだ。そのころには僕はあんたたちよりもずーっとずーっともてる男になっていて、大輔がうらやましい、と言わせてやるんだ。
「大輔、可愛い女の子を紹介してくれよ」
「ハゲで腹の出た男なんか、紹介してやれないな。航平も達也もかつらをかぶったら? その腹も引っ込めろよ」
 そう言ってやって、航平と達也をしょんぼりさせる想像をして、大輔はひとりで楽しんでいた。
「達也さん……」
 小さな声で言い、潤んだ瞳で見上げて、美穂が達也の肩に頬を埋める。むこうでは久美が航平に同じようにしていて、所在なげにしている香は大輔に話しかけている。達也は美穂との出会いを思い出す。カフェで時折見かけて興味を持ったときには、むろん達也は美穂の外見しか見ていなかった。
 小さくてか細くて、少女のように頑是無くも見える。社会人であるらしいので、どれほど若くても十八歳にはなっているだろう。高卒新入社員かな、と思ったものだった。
 あいつに声をかけたい、お茶を飲んで話したいとも思ったのだが、もうしばらく観察してからでもいいと思い直して、カフェで会うたびに美穂を見ていた。店員に注文している美穂の声も聴いた。高くて細くて声も少女のように可愛かった。
 いつしか美穂の来る時間帯に合わせてカフェに出向くようになり、チャンスを窺っていた。美穂は子供っぽくはあるのだが、もの言いははきはきしていて、気が弱くはないと思える。気弱な泣き虫女は嫌いなので、そのあたりも表面は達也の趣味に合っている。
 高校時代から何人もの女とつきあってきたけれど、達也が大学を卒業して三年ほどたった二十五歳の年に、本気で恋したのかな、の女と出会った。
 彼女は取引先のアルバイトで、薫子といった。カオルコと読む彼女は高校を卒業したばかりで、父親のコネで達也の取引先のアルバイトに雇われていた。十八歳と二十五歳。達也は薫子に交際を申し込み、彼女も快諾して、交際がはじまった。
「二十五にもなって十八の女の子とつきあうのか。おまえ、ロリコンかって、友達に言われたよ」
 冗談まじりに達也が言うと、薫子は怒り顔になった。
「言っておくけど、若いからって子供扱いしないでね」
「子供だろ、おまえ」
「おまえって呼ばないで。恋人同士なんだから対等でしょうに」
「はいはい。薫子さん、あなたは俺の対等の彼女ですよ」
 そこからはじまって、薫子は達也の言葉遣いに逐一文句をつけたのだった。
「俺って自称は下品だよ」
「そしたら僕か。わたくしか。俺はものごこころついたときから俺って言ってるんだから、今さら変えられないんだよ」
「達也さんったら、メシを食うだの金を払うだの、腹減っただの、うん、うめえ、だのって、乱暴なのよ。下品なのよ」
「おまえはどこのお嬢さまだ。うるせえんだよ。来い」
「うるせえんだよも来いもやめて」
「やかましい女だな。つべこべ言ってるとケツをひっぱたくぞ」
「……最悪。大嫌い」
 そのような喧嘩が頻発して、達也のほうから匙を投げた。
「僕はあなたのような上品なお嬢さまとは交際を続けていられません。別れさせていただきます」
「今は無理してるけど、いつだって達也さんってあんなだよね……そんなに下品だったら、これからだって彼女はできないんじゃない?」
「じゃかましい。俺はもてるんだから、女なんて何人でもできるんだよ」
「そうかしら」
 あの軽蔑の目。あんな女は二度とごめんだ、であった。
 それからも薫子の言とは正反対に、女は何人もいたけれど、深入りした相手はいない。久しぶりに深入りしたくなった美穂と話して、強引に口説いて恋人にした。美穂は達也の荒っぽい言葉遣いはむしろ好きなようで、荒々しい口をきくととろけるような目で達也を見つめる。
 やっぱ俺にはこんな女が向いてるんだな、ではあったのだが、美穂は薫子とは正反対気質なのか、いや、どこかしらは似ているのか。外見で選んだのはまちがいでもなく、二十歳の美穂とつきあっていてもロリコンではないと言えるのだが。
「達也さん?」
「ああ、眠くなったのか。寝てもいいぞ。寝てしまったらベッドに運んでやるよ」
 ん、と愛らしくうなずいて、美穂は達也の膝に頭を乗せて目を閉じた。達也は目だけで久美子を見る。久美子も航平に甘えているようだ。
 久美子は航平のハウスキーパーだと紹介された。航平は独身、ひとり暮らしなのだから、そういうアルバイトを雇うのは達也にも納得できる。ハウスキーパーがおばさんかおばあさんならば、純粋に家事をやってもらって報酬を支払うのだろうが、若くて可愛い女の子なのだから、それだけですむはずがない。
 俺だったら絶対に手を出すだろうから、そんな女は雇わない。雇うんだったらばあさんにする。久美が若い女だというだけでも、そんなはずねーだろ、だと達也は思った。
 第一、ハウスキーパーとしての雇用関係だけだったら、女が雇い主に駄々をこねるなんてあり得ない。万が一そんなことがあったとしても、躾だのお仕置きだのってあり得ない。話し合って交渉が決裂したら、やめてもらう。達也だったらそうする。
 なのだから、ここに来て最初に見たあのシーンだけでも、航平と久美の関係はわかるってものだ。ずいぶん前からの流行のメイドとご主人さまか。そういうのだったら楽しいかもな。
 ここには子供がいるので美穂といちゃつくのは気が引ける。そのせいで達也は、久美のことを考えてしまう。メイドだったら裸エプロン、やらないかな。美穂も久美も香も裸にしてエプロンだけにして、ずらっと並べたらいい眺めだろうな。
 美穂の裸エプロンは見たのだが、途中でエプロンもはずさせてしまったので半端に終わった。今夜は裸エプロンメイドを三人はべらせて、航平とふたりして酒を飲むって趣向は……それもガキがいるからできないのか。
 縁側に航平と並んですわって、いたずらっ子の美穂と久美にお仕置きをしてやったのは、達也としては楽しい気分だった。ああやって叩く程度だったら相手が女の子でも胸は痛まない。たいして力も入れていないのだし、美穂にしても久美にしてもM寄りで、航平や達也はS寄りなのだから、プレイではないにしても、みんなどこかしら楽しんでもいるのだろうから。
 明日になったら香の水着姿も見られるだろうか。久美の生のバストや、香のバストや尻も見られたらいいなぁ、と達也は夢想する。
 こんな夢想を美穂に知られたら、ひっかかれるかもしれないが、妄想は他人には見えないのだからかまわない。達也は美穂の寝言みたいな小声に相槌を打ちつつも、久美子と香の全裸を想像したりしていた。
 こいつら、三人そろってちょっとした悪さでもしないかな。そしたら三人そろって並べて……見てみたいなぁ、と、達也の妄想はとめどもなくふくらんでいくのだった。

続編に続く





  
 

 
スポンサーサイト


  • 【第六部完了・「The Chronicle」特別解説 】へ
  • 【短いあらすじ6】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第六部完了・「The Chronicle」特別解説 】へ
  • 【短いあらすじ6】へ