novel

小説200(The Chronicle)幕間2 

 ←小説200(The Chronicle)第五部 →小説200(The Chronicle)第六部
af6ac36eb91534d4.jpg

フォレストシンガーズストーリィ200

「The Chronicle」

幕間2(同窓生たち2)


1・卓也

 ロックバンドをやっている連中ならば、将来はプロになりたいと願うのは普通すぎるほど普通だろう。趣味でいいと言う奴もいるが、俺もプロになりたかった。ロックバンドのギタリストではなく、ギターソロの勝部卓也として、作曲家としてプロになりたかった。
 才能はあるとロック同好会の先輩たちにも言われていたが、アマチュアレベルの才能だったのだろう。半端な才能なんかいらない。プロレベルの才能がほしかった。
 学生時代には猶予が長い気になっていて、遊びにもバイトにも精を出していた。決まった彼女はいなくてもいいつもりだったのだが、俺に惚れて無茶までやった未来にほだされたのか、二十歳になったころには未来が俺の彼女だと、同好会でも認められてしまうようになった。
 小柄で一途で可愛い未来には、俺も恋をしていたのだろう。けれど、大学を卒業して未来とも別れ、俺はギター一本さらしに巻いて、アメリカに向かう渡り鳥になった。さらしは巻いてはいなかったが、そんな気分だったのだ。
 ギター修行のためにアメリカやイギリスに渡るってのも、ありふれた行動だろう。そんなことはわかっていたけれど、本場の風に吹かれたかった。
 英語は喋れなくもなかったので、違法バイトもしながら、ニュージャージー州で暮らしはじめた。俺のアパートから徒歩で行ける距離に、ニュージャージー・パフォーマンス・アーツ・センターがあり、このホールでいつか俺のギターソロを……と夢を描いていた。
「日本人?」
 そんなある日、ホールの前をうろちょろしている女を見かけた。ひとりでいるようなので、俺のほうから声をかけた。
「日本人ってーか、沖縄のひとかな。そんな顔をしてるね」
「そう。渡嘉敷といいます」
「渡嘉敷さんか。俺の知り合いにも渡嘉敷って男がいるよ」
「渡嘉敷は沖縄では珍しくない名前だけど、ニュージャージーにいるの?」
「東京の大学で会ったんだ。俺とは同い年で、四年生の年には合唱部の副キャプテンだった。知ってる?」
 大学の名前を出すと、彼女は首を横に振った。
「そっか。同姓でも親戚でもないんだろうな。俺は卓也。タクって呼んで。きみは渡嘉敷さんって呼べばいいの?」
「通りすがりなんだけど……うん、でも、名前も教える。ホムラっていうんだ」
「渡嘉敷ホムラ? 変わった名前だね」
「炎って書いてホムラって読むんだよ。親が変わった趣味なんだね」
 炎の女か。沖縄の女には似つかわしい。小柄ではあるが、きつくて美しい顔立ちをしていた。
「ホムラちゃん……ホムちゃん……きみは学生?」
「呼び捨てでいいのよ。私は高校を卒業したばかりで、就職したばかりで、夏休みにひとり旅にきたの。アメリカなんて贅沢だって言われたんだけど、高校生のときからバイトしてお金を貯めてたんだもの。憧れてたんだもの。アメリカの大きなコンサートホールに行ってみたくて……」
「今日はライヴがあるのか」
「あるのかどうかは知らないけど、ライヴを見にきたというよりも、ホールを見にきたの。マジソンスクエアガーデンも見てきたよ」
「音楽が好き?」
「音楽も好きだし、建物も好き。本当は建築家になりたかったの」
「俺はこの近くに住んでるんだよ。こっちに来てから何年かたってるから、近辺はまあまあ知ってる。案内してやろうか」
「ひとりで行くほうがいいな。私はひとりが好きなの」
「そう言わずにさ」
 十八歳の炎と、二十五歳の俺の出会いだった。
 熱心に誘うと、炎はうなずいてくれた。ふたりで暑い街を歩いて、道端でホットドッグを食ったりコーラを飲んだりして喋って、親しくなった。十八で異国のひとり旅とは、度胸のある女の子だ。炎は英語もろくに喋れないのだから、度胸がありすぎるとも言える。
「危ないな。アメリカはレイプ魔であふれてるんだぞ。英語が喋れないんだったら、なにがなんだかわからないでいるうちに男に連れ去られて、日本に帰れなくなっちまうかもしれないじゃないか。どうしても海外旅行がしたかったんだったら、ツアーだってあるだろうに」
「ツアーだったら私の行きたいところに行けないじゃないの」
「それもそうだけど、いつまでニュージャージーにいるんだ?」
「いつまでとは決めてない。アメリカには一週間の予定だけど、帰りの飛行機のチケットも取ってないんだ。ホテルも行き当たりばったり」
「馬鹿か、おまえは」
「なんなのよっ」
 怒ると目の中に炎が見える。名前に似つかわしい。俺はそのときには、炎に惚れてしまっていたのだろう。大胆すぎて度胸のありすぎる行動と、その美貌とその気性に。
「そんな言い方しなくても……馬鹿とはなによ、馬鹿とはっ!!」
「馬鹿だから馬鹿だと言ったんだろ。馬鹿となんかつきあってられねえんだよ。勝手にどこへでも行って、変なホテルに泊まって、変な男にひっかかっちまえ」
「勝手にするよ」
 肩をそびやかせて俺に背を向けた炎を、どうしても放っておけなかった。
「ごめん。待て。俺が手伝ってやるよ」
「いらないよ」
「そう言うなって。もっと話をしよう。俺はギターを弾くんだ。俺のアパートでギターを聴かないか。おまえはロックは嫌い?」
「好き」
 あなたが好き、と言われたような錯覚を抱いた。
「ホテルなんか金がかかるんだから、俺んちに泊まれよ。なんにもしないから」
「なんにもしない?」
「十八のガキになにかするほど飢えてねえよ。俺にはブラックの美人の彼女がいるんだ」
「そしたら、そのひとが怒らない?」
「彼女はただいま出張中。いないから平気だよ。それにさ、なんにもしないで泊めるだけなんだから、彼女だって怒ったりしないだろ」
「そうかな」
 ブラックの美人の彼女は出張中。半分だけ本当だ。ブラックの美人の女はデトロイト在住で、一ヶ月間の出張でニューヨークに来ていた。俺がニューヨークで夜遊びしていたときに、あなたって私の彼に似てるわ、とナンパされて、彼女の出張期間だけつきあっていたひとだった。
 こっちでは何度かそんなことはしていて、俺はけっこうアメリカ女にももてるんだ、と笑っていた。炎に言った台詞にしても半分は本音だったのだが、半分はなりゆきまかせにしようと考えていた。で、なりゆきのほうになった。
 帰国するまでは俺の部屋にいた炎が、沖縄に帰っていって二ヶ月ほどしたある夜、国際電話がかかってきた。
「……できたみたい」
「できた? 俺の子?」
「私はタクがはじめての男で、他の男となんかあんなことはしたことないんだから。信じてくれないの?」
「いや、おまえがはじめてだってのは……」
 抱いたらわかったのだから、信じている。沖縄に帰ってから別の男と……ってのは、計算が合わないようにも思える。こうなれば観念するしかないのだから、俺は言った。
「俺さ、おまえに惚れたみたいだよ。だからああやって、俺んちに泊めたんだ。だから抱いたんだ。そういうのもあるんだな。俺も日本に帰るよ」
「ブラックの美人は?」
「あれは嘘だ。見栄だよ。俺の部屋に女の痕跡があったか?」
「なかったと思う」
「女ってそういうのは敏感だよな。ちゃんと隅々まで観察したんだろ。俺には彼女なんかいないよ。いたらおまえを抱かない。ロッカーなんていい加減野郎だと思ってるのかもしれないけど、俺は真面目なんだ。俺も帰るから結婚しよう」
 しばし絶句してから、炎は言った。
「タクの夢は?」
「夢は日本に帰ってからでもかなえられるだろ。沖縄でライヴハウスでもやろうか」
「沖縄で暮らしてくれるの?」
「おまえはそのほうがいいんだろ」
 受話器のむこうで炎は、泣いているような声を出していた。
「うん、嬉しい。私もタクが好き。だから……だからああやって……」
「うん。俺が帰るまで待ってろ」
 潮時だったのだろう。三年もニュージャージーにいて、だからってなんにもならなかった。帰国してからだって夢を捨てずに生きていける。結婚して父親になっても、夢は捨てなくてもいい。
 帰国して親に話して呆れられ、沖縄に行くと炎の両親とおじいとおばあに怒られ、それでも結婚は許されて、簡単な式を挙げて新居を構えた。とりあえずの仕事は喫茶店の雇われオーナーだ。沖縄の人間は身内の面倒見がよくて、炎の親戚の人が仕事まで見つけてくれた。
 ライヴハウスではないが、いずれはここで音楽をやろう。俺もギターを弾き、沖縄のアマチュアバンドやシンガーにも出演してもらおう。そんな夢を見続けていられるのだから、喫茶店はいいものだろう。
 そうしているうちには娘が生まれ、俺は二十七歳になった。炎も産休が明けて、ともに店で働いている。店の名は「マジソンスクエアガーデン」、我ながら大きく出たものである。
「タクは学生時代にはロック同好会にいたんだよね」
 店を閉めたあとで、炎がちらしを見せた。
「こういうのも好き?」
「インディズのジョイントライヴか。面白くなくもないかな。誰が出るんだ? 知らない奴ばっか……んん?」
 ちらしにあった名前に目が留まった。「チキンスキン」。チキンスキンは知らないが、代表者の名前だ。柴垣安武。
「柴垣って俺のロック同好会時代の後輩だよ。一年下だった。名前からしても、あいつのやることだと考えても、パンクバンドだろうな。明後日の夜だろ。店を抜けてちょっと見にいってきてもいいか。駄目、炎ちゃん?」
「私も行きたい。店は早仕舞いにしたら駄目、タクちゃん?」
「そうしよう」
 音楽好き夫婦の相談がまとまり、その夜、俺たちは娘の焔夜も連れてインディズライヴに出かけていった。娘の名は「えんや」。ホムラ以上に変な名前だと言われるのだが、炎の娘なのだから似つかわしいと、夫婦は自己満足している。
 片手にエンヤを抱き、片手にギターを抱えてライヴハウスを訪れると、昔の俺みたいなインディズの連中と出くわす。探していると、店の外にヤスの姿も見えた。
「おーい、ヤス!!」
「俺の嫌いなニックネームで呼ぶ奴は……ありゃりゃ? タクさん?」
「覚えてくれてたか。紹介するよ。女房のホムラと娘のエンヤ。俺は沖縄で暮らしてて、喫茶店をやってるんだ」
「ふーん」
 ホムラには軽く頭を下げ、エンヤにはべろべろっとやってみせてから、ヤスは言った。
「ロックは捨てたか」
「捨ててはいないんだけど、今んところは趣味だな。おまえはプロになりたいんだろ」
「じきにデビューするって決まってるんだよ。今夜はインディズとしては最後のライヴだな」
「そっか、おめでとう。がんばれよ」
「ありがとう」
 それだけの会話で、俺たちは客席に回った。なかなかの盛況ではあったのだが、娘にはロックはまだ早かったのだろう。途中で泣き出したので全部は聴かずにライヴハウスを出た。
「タクも……?」
「あーん? ああ、俺だって夢は捨ててないよ。いつかはおまえたちを捨てて出奔するかもしれないぜ。そしたらどうする?」
「地獄の果てまでついていく。エンヤを抱いて追っかけていく」
「俺はおまえのそういうところが好きだよ」
 ヤスを見ると思い出した。未来はどうしているのだろうか。俺なんかはとうに忘れて、別の男と結婚して、未来も子供を抱いているかもしれない。俺だってとうに未来は忘れて、今はホムラとエンヤが大切だ。
 ロックだって大切だけど、別のものとして、妻と娘は可愛い。俺の人生、これはこれでいいものだな、なんて満足していたころに、またまたホムラが言った。
「柴垣さんのバンド、デビューしたみたいよ。東京の小さなライヴハウスでメジャーデビュー記念ライヴだって。行きたい?」
「おまえは情報が早いな。東京にまでは行けないからいいよ」
「そうだよね。あとね、この人たちも知ってる? フォレストシンガーズ」
「知らねえ。ロックバンドの名前じゃないよな」
「男性五人のヴォーカルグループだそうだよ。タクと同じ大学出身だそうなの。チキンスキンよりすこしあとに、メジャーデビューしたみたい」
 メンバーの名前をホムラが教えてくれる。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。なんとなく聞き覚えがあるように思えて考えていると、ホムラが言った。
「合唱部の先輩後輩だそうだけど、合唱部はタクとは関係ないんだよね」
「関係はないけど、合唱部ってのはうちの大学では有名だったから、大きな面をしてやがる奴らも多かったんだよ。おまえと同姓の渡嘉敷も合唱部だし、星や高倉って男もいて、カズハって女もいて……そのあたりから名前を聞いたんだったかな。本橋や乾って名前は記憶にあるんだ。ヤスんとこのバンドに続いて、今年はうちの大学の後輩がまたしてもプロになったんだな」
「タクも……」
「ああ、俺もいずれはさ」
 エンヤができたせいで、俺の夢が終わったのだと、ホムラは考えているのかもしれない。しかし、俺は夢を捨て切ってはいないつもりだ。作曲もしている。店が暇な時間には、ギターを弾いて客に聴いてもらっている。店主夫妻がロック好きで、店にもロックばかり流しているから、自然にロック好きの客が集うようになってきていた。
「タクさん、タクさん、お願い」
 今夜もやってきていた常連の沖縄青年、サトシが言った。
「俺たちのバンド、コンテストに出るんだ。タクさんのあの曲、「明日こそは」ってのにうちのケンが詞をつけたんだよ。コンテストで演奏していい?」
「いいよ。作曲、タクってクレジットしとけよ」
「もちろん。やっていいんだね。俺が歌うから、タクさん、ギター弾いてよ」
 いいぞ、やれやれー、と他の客からも声がかかり、俺はギターを弾き、サトシが歌う。サトシのバンドがプロになれたとしたら、俺が曲を提供するって手段もある。そうして細い線でも、俺の夢は続いていく。


2・美子

 アマチュア時代のフォレストシンガーズを知っているのは、平凡な私にはちっちゃな誇りだ。誰にでもは言わないけれど、本橋さんとも乾さんとも本庄くんとも三沢くんとも、想い出はある。木村くんとはないのだが、小笠原くんとの想い出がある。
「どうした? 帽子がひっかかったのか? ほいよ、ミコちゃん」
 合唱部室の外のポプラの樹の枝に、風に飛ばされた帽子がひっかかったのを、取ってくれたのが本橋さんだった。
「ありがとうございました。私には手が届かなかったから……小さいとこういうときには困るんですよね」
「俺はミコちゃんよりはかなり背が高いから、届かなかったら言えよ。取ってやるよ」
 夏の陽射しの中で、手を上げて笑った本橋さんの顔がハンサムに見えた。
「誰かに意地悪された?」
 夏の合宿の夜に、浜辺でべそをかいていたら、乾さんが話しかけてくれた。
「女子部の先輩? 男?」
「意地悪はされてません。泣いてませんから」
「そう? だったらいいよ」
 本当は、溝部さんに言われたのだった。山猿、山子豚、佐賀の山奥から出てきたちびでぶぶす女。言われ慣れていたけれど、何度言われても泣きたくなる台詞だった。
「どうせ私はちびででぶでぶすで……」
「誰が? ミコちゃんは可愛いよ。小さくてふっくらしてて、その泣きぼくろも可愛い」
「ほくろが?」
「ほくろもミコちゃんのチャームポイントだよ」
「こんなの、いやなのに」
「欠点だと思うと欠点になる。長所だと自分で思うと長所になるんだ」
「乾さんには欠点はないでしょ?」
「あるさ。俺は欠点だらけの男だよ。外見だって、たとえば、細すぎるとか」
「すっごい贅沢。体重を分けてあげたいです」
 思わず怒ってしまって、涙が止まった。
「細いって格好がいいのに」
「男はそうでもなくてね……だけど、ミコちゃんがそう言ってくれたら、俺が細いのはかっこいいのか、って思えるよ。ありがとう」
 あれはきっと、ものは考えようだよ、と乾さんが教えてくれたのだ。
「宮村さん、俺って鈍感なんだよな」
 むこうから話しかけてきたのは、本庄くんだった。
「宮村さんは知ってた? 知ってるのは当然か。榛名さんとは親友なんだもんな」
「沙織ちゃんがどうしたの?」
「尾崎とつきあってるって……」
「知ってるよ。本庄くんは知らなかったの?」
「知らなかったというか、ああ、知らなかったんだよ」
「びっくり」
 合唱部では公然の関係だったのに、本当に本庄くんって鈍感、だったのだが、私が笑い出すと、本庄くんも情けなさそうに笑ってから言った。
「宮村さんの笑い声を聞いてると、元気になれるよ。きみの笑顔はかわい……いや、ごめん」
 言っておいて真っ赤になった本庄くんと一緒に、私も赤くなっていた。
「……誰?」
 別のある日、どこかから視線を感じて振り向くと、小笠原くんが木陰から出てきた。
「ミコちゃんって彼氏はいるのか」
「いるわけないでしょ」
「好きな奴はいる?」
「小笠原くんになんか言わない」
「ってことは、いるんだな。ああ、そうか。そうだよな。ミコちゃんは可愛いんだし、もてるよな」
「はあ? 小笠原くんも鈍感だね」
「どういう意味?」
「どういう意味でもないのっ」
 けれども、小笠原くんは私に何度か、可愛いと言ってくれた。可愛い以外の褒め言葉は見つからなかったのだろうけれど、フォレストシンガーズのみなさんは、私に何度か可愛いと言ってくれた。外見を褒めてもらったことのない私は、それだけでも嬉しかった。
 どれが何年生のときの想い出なのか、ごちゃ混ぜになってはいるけれど、三沢幸生くんとの想い出は鮮烈だ。高校二年生の夏休みに故郷の友達と湘南の海に遊びにいって、いつもみたいに男の子の言葉に傷つけられて、朝の浜辺を散歩していたら、出会った高校一年生の少年。
 あれは私のファーストキス。沙織ちゃんにさえも言わなかった、小笠原くんと三沢くんにだけ、後年になって話した私の秘密。小さくて素敵な秘密。
 小笠原くんはいなくなってしまったのだが、私と同い年の本庄くんが二十三歳になった年に、フォレストシンガーズはデビューした。木村くん以外は、私のよく知っている人たち。本庄くんとは友達だったと言ってもいい。友達じゃなかったら、本庄くんは私を結婚式には招いてくれなかったはずなのだから。
 本庄くんの結婚式から一年ほどがすぎて、私も結婚した。お見合いのようなもので、勤務するデパートの上得意さまである女性に紹介された、その方の息子さんと結婚したのだ。
「フォレストシンガーズってまだあんまり売れてないだろ」
「まだあんまり、だろうけど、これから売れるのよ」
「ミコはフォレストシンガーズより早く売れてよかったね」
「あなたが買ってくれたって言うの?」
「怒るなよ。ジョークだろ。僕を買ってくれたのはミコだもんな」
「人身売買みたいに言わないで」
「そういう意味じゃなくて、認めるってのを買うとも言うじゃないか」
 上手に言いつくろってくれた夫とキスをかわしてから、別々に家を出る。結婚してからも私も働いているけれど、子供が生まれたら退職する約束で、それはそれでいいとも思っている。
 中学生ぐらいのころから、私は思っていた。太っているのブスだのと、故郷の男の子たちにも言われ続けていたのだから、私には恋人はできない、結婚もできない。大学生になっても私を好きになってくれるひとはいないだろうから、一生懸命勉強してキャリアウーマンになって、一生、独身で生きるんだと。
 思った通りに大学では恋人はできなかった。片想いをしていた徳永さんには、ちょっとだけかまってもらったからそれでいい。徳永さんもプロになって、私はそれが嬉しい。
 徳永さんはいいとして、たいして勉強もしなかったからキャリアウーマンにはなれず、卒業してデパートガールになった。恋というほどではないけれど、はじめてつきあった男性と結婚した。恋というほどではなくても、私は夫が好きだ。
 夫も私を大切にしてくれて、優しくしてくれる。夫の母が私を見初めてくれたのだから、姑と嫁の関係も円満で、幸せな女になれた。
 なんの自信もなかった私に、ほんのちょっとは、私も可愛いって言ってもらえるんだな、と思わせてくれたのは、フォレストシンガーズのみなさんだったのかもしれない。これで小笠原くんにも会えたら、言うことないんだけどな。
「ね、小笠原くんは知ってるの? フォレストシンガーズはデビューして、ちょっとずつは売れてきてるんだよ。本庄くんは結婚したの。恭子さんっていうチャーミングなプロテニスプレイヤー。小笠原くんも結婚式に出席できたらなぁ、って、実松くんも言ってたよ。小笠原くんは私なんかは覚えてないかもしれないけど、一緒にこの歌、聴こうね」
 通勤電車の中で、私はデジタルオーディオのイアフォンを耳に入れる。流れてくるのはフォレストシンガーズの歌だ。珍しく本庄くんがソロを取っている「あなたから遠く」。切ないさよならの歌が、私の遠い記憶を呼び覚ます。
 想い出はモノクローム、って歌を、三沢くんが私のために歌ってくれた記憶も蘇る。学生時代の想い出はモノクロームではなくて、私の中ではフルカラー。私の想い出の中での学生時代のフォレストシンガーズは、天然色のうるわしのカラーボーイズ。


3・織枝

 将来はジャーナリストになりたくて、大学では新聞部に所属していた私は、現フォレストシンガーズのみなさんに、学生時代にもインタビューをした。
 私は本橋さん、乾さん、マネージャーの山田さんと同い年だ。一年生の夏の終わりに、四年生の先輩に連れられて合唱部主催コンサートの取材に赴いたのが、本橋さんや乾さんとの初対面だった。私にとっては初仕事だったので、緊張していた。
「内村くん、大丈夫?」
「はい」
「きみは俺の邪魔にならないようにしてろよ」
「はい」
 はいとしか言えない私を、先輩の前原さんは、舌打ちしたそうな顔で見下ろしていた。
「えーと、お邪魔します。新聞部の前原です。今年はえらく実力のある一年生がいて、このたびのコンサートではキャプテンの大抜擢でデュオで歌うと聞いたんですけど、取材させて下さい」
「はい、どうぞ」
 応対に出てきてくれたのが、男子合唱部キャプテン、高倉さんだった。
「本橋と乾と言いまして、実力は折り紙つきですよ。ただ、一年生ですんでね、緊張のあまり失敗しでかさないかと、一抹の危惧はありますね」
「わかります。私も緊張してて……」
「内村、おまえは黙ってろ。邪魔するなと言っただろ」
「あ、はい」
 先輩に叱られて口を閉じると、高倉さんが言ってくれた。
「内村さんって言うの? きみも一年? 前原さん、そうきつく言わなくても……」
「ああ、すみません。俺たちは取材に来たんでしたね。この内村って奴は……ってな話をしてる場合じゃないんだった。で……」
 前原さんが高倉さんにインタビューしているのを、私は熱心に聞いてメモを取っていた。録音機も回っていて、前原さんは写真も撮っていた。
「ありがとうございました。では、本橋くんと乾くんにも取材させてもらっていいですよね」
「よろしいですよ。内村さん、さっきから俺の顔を見てるけど、こう言いたいんでしょ? 大学四年にしたら老けた男だなって」
「えーと……高倉さんって三浪なさってるって噂……」
「本当ですよ」
 高倉さんは微笑んで応じてくれたのだが、前原さんにまたしても叱られた。
「おまえはよけいなことを言うな。邪魔するんだったら出ていけ」
「わっ、すみませんっ!!」
 まあまあ、と高倉さんが止めてくれて、私も前原さんの取材に同行させてもらった。本橋さんと乾さんは外にいるとのことで、コンサートホールから出ていくと、前原さんが指差した。
「あいつらだな。雰囲気あるね。けっこうかっこよくない? 女の子から見てどう?」
「背は高いけど、顔はそうでもなく……前原さんのほうがかっこいいですよ」
「内村くん、彼らの前でそんなことを言うなよ。もしも言ったらほっぽり出すぞ」
「はいっ、言いません」
 学生新聞の編集者とはいえ、前原さんにはプロ意識があった。私は彼を見習おうと、本橋さんや乾さんにインタビューする姿勢や言葉に耳を傾けていた。
「内村さんも一年生? 俺たちと同じなんだね。がんばりましょう、お互いに」
 乾さんが言ってくれ、本橋さんも言った。
「本音を言えば俺は足が震えそうなんだよ。内村さんも?」
「震えはしないんですけど、さっきから前原さんに叱られっぱなしなんで、びびってます」
「そうやって鍛えてもらってるんでしょ。俺たちもだよな、本橋?」
「そうだよ。俺たちも先輩には叱られてばっかりだ。ったって女の子には……」
「おまえもよけいなことを言うなよ」
 本橋さんや乾さんとはその程度の話をしただけで、前原さんとふたりしてコンサートを聴いた。コンサートの取材もあったので、ステージに集中ばかりはしていられなかったのだが、本橋さんと乾さんのデュエットも、男子部の合唱も混声合唱も、女声コーラスも、その他の合唱部グループの歌も素晴らしかった。
「今日はどうもすみません。結果的にだいぶ邪魔をしましたね」
 すべてを終えてから頭を下げると、前原さんが言ってくれた。
「俺さ、去年も一年生の女の子と組まされて、別の取材に走ったんだよ。その子にもきつく言いすぎたみたいで、前原さんはきびしすぎるからって、退部しちまったんだよな。内村くんもやめたくなった?」
「いいえ。鍛えてもらってるんですから」
「その子には泣かれたんだけど、きみは泣かないね」
「当然です」
「よしよし、気に入ったよ。これからもついてこい」
「はい」
 それがきっかけで、前原さんとプライベートで交際するようになった。彼は四年生だったのだから、卒業までのつきあいだったのは言うまでもないのだが。
 あのころはまだ、フォレストシンガーズではなかった彼ら。三沢さんと木村さんが主役になった「森の静寂と喧騒」の組曲合唱を聴いたのは、私が三年生の年だった。私たちの大学、合唱部出身の大先輩、真鍋草太氏作曲のこの歌は、テナーの実力者がいないとステージには乗せられない、男声合唱の大曲だ。
「前原さんも歌は好きだったのよね。森の静寂と喧騒を聴かせてあげたかったな」
 ステージが終わってから、取材に同行していた一年生の岡田くんに言うと、彼はぼけっと問い返した。
「前原さんって誰?」
「私の先輩。あんたね、ずっと思ってたんだけど、取材に頭がいっぱいで言わなかったの。私はあんたよりも先輩だよ。そんな口のきき方でいいの?」
「いけないの?」
「勝手にして」
「なんで怒るの?」
 新聞部の伝統として、先輩が後輩を取材に連れていって鍛えるというものがある。私は一年生の年には前原さんに鍛えてもらったのだが、岡田くんでは鍛える気にもなれなかった。
「あんたは口もきかなかったんだから、邪魔にはならなかったからいいけどね」
「内村さんは喋りすぎだよ」
「喋らないと取材はできないのよ」
 四年生になった年には、女子の一年生を連れて合唱部コンサートを取材した。男の子よりも女の子のほうがしっかりしていると、痛感した。
 そうして私は、一方的にはフォレストシンガーズを見つめていたのだ。卒業してタウン誌の編集部に就職し、二年半ほどすぎたころに、そのフォレストシンガーズの名前を耳にした。そのころには、アマチュアヴォーカルグループ、フォレストシンガーズをすでに知っていた。
「フォレストシンガーズがデビューしたんだ」
 編集室のパソコンで見つけた小さな情報を口にすると、同僚が尋ねた。
「フォレストシンガーズってなに?」
「私の大学の合唱部出身ヴォーカルグループ。私は彼らをすこしは知ってるの」
「男、女?」
「男性だよ。ああ……あったあった」
 フォレストシンガーズ公式サイトができていたので、アクセスしてみると、彼らの小さな写真が出てきた。同僚が写真を覗いて言った。
「いかさないね」
「いかさないか……顔はね……でも、歌うとかっこいいんだよ。私はアマチュア時代のフォレストシンガーズのステージにも行ったの。海辺でのイベントで聴いた。歌は最高なんだから」
「そう? あんまり興味ないな。私は美形グループがいいわ」
「あなたってアイドル趣味だよね」
「そうそう。美少年アイドルがいいの」
 そんな女にはフォレストシンガーズのよさはわからない。わからない女はわかってくれなくてもいい。
 今は私は新米編集者だから、記事の企画会議でも発言権はほとんどないけれど、熟練編集者になるころにはフォレストシンガーズは有名になっているだろう。そうなったら昔のよしみを使って、フォレストシンガーズの記事を書こう。
 持てるコネはフル活用するのも編集者の心得。それまでには私もプロになったフォレストシンガーズについて勉強しよう。私は堅く堅く決意した。
 
 
3・未来

 待っててくれと言ってアメリカに行ってしまったタクは、必ず私のもとに帰ってくると信じていた。心から信じていたつもりだけれど、時がたつにつれて信じている気持ちが薄らいでいっていたのだろうか。
 二十六歳になるころには、花嫁修業中だった私は母に早く嫁げと急かされて、私の名前は未来だけど、私には未来なんかないのだとまで考えるようになっていた。そんなころに学生時代の友達だったカズハと再会し、ロック好きが復活して、カズハとふたりして柴垣やっちゃんのバンド「チキンスキン」のメジャーデビュー記念ライヴに行ったのだった。
 ライヴハウスで会った柴垣くんに聞かされた事実に、私の目の前が一瞬、真っ暗になった。タクは……タクは……
「沖縄でタクさんに会ったよ。奥さんと子供を連れてきてたぜ」
 柴垣くんは他にも言っていたのだが、その言葉ばかりが頭の中でくるくる回っていた。
 だけど、タクは私ではないひとと結婚して、子供までできた。こうなったら諦めるしかない。カズハも私も学生時代の恋にとらわれていたのだが、前後して失恋を知り、カズハはそんな恋は振り捨てたはず。私もそうしよう。
 きっと柴垣くんが話してくれたから、私も諦めがついたのだろう。話してもらってよかった。だからといって、見合い結婚なんかしたくないな、ではあったのだが。
 そんなころに、料理教室の友達の真知子さんに頼まれた。彼女は花嫁修業ではなく、ひとり暮らしの自分のために、おいしいごはんを作りたくて教室に通っていた。真知子さんが言うには、彼女にも恋人がいないのだそうだ。
「でね、やっぱり寂しいんだよね。だからさ、犬を飼おうかと思うの」
「いいかもね。ペットショップで買うの?」
「ペットショップもいいんだろうけど、ブリーダーから直接買ったほうがいいって話しなの。未来さん、頼まれてくれないかな。あなたのお宅には車があるんでしょ。免許も持ってるんでしょ」
「犬を連れて帰るんだったら、車がいいよね。父の車だけどあるよ。私も子犬を見てみたいから、ついていってあげる」
「ありがとう。ごめんね、図々しくて」
「いいのいいの」
 どうせ暇だし、目新しいことは大歓迎だったのだ。真知子さんの頼みに応じてふたりで子犬を見にいき、私も犬がほしいな、と気まぐれを起こして、ブリーダーさんといろんなお話しをした。
 東京郊外の広い家で両親とともに犬のブリーダーをしている彼の名は、勝部靖、勝部……タクと同じ姓だ。靖、やっちゃん、柴垣くんに近い名前だ。名前は似ていても外見は大違いで、眼鏡をかけた穏やかそうな風貌の彼と、なぜだか私はつきあうようになった。
 タクに完全に捨てられて自棄を起こしたわけではないのだが、犬が好きで音楽も好きな靖とは話が合って、僕とつきあってくれませんか、と言われて、ああ、それもいいかも、となってしまったのだった。
 そして私は、タクではない勝部さんと結婚し、勝部未来になった。勝部という姓になった自分に不思議な気持ちはあるけれど、人の縁とは不思議なもの、としか言いようはないのだろう。
「やっちゃんはパンクは嫌いだっけ?」
 ブリーダーの勝部さんちのお嫁さんになった私は、靖の両親と同居して一緒に仕事をしている。夫の両親と同居だなんて、想像しただけでぞぞぞっ、だったはずが、案外うまく行っているのは、両親が息子夫婦に干渉しないからだろう。
 勤労経験のない私に、両親も靖も優しく辛抱強く仕事を教えてくれる。私も犬は嫌いではないし、子犬は可愛くて、誰かに買われて引き取られていくときには、情が移って泣いてしまうようになった。泣いている私にも、両親も靖もあたたかくなぐさめてくれる。
 今日の仕事も終了して、晩ごはんもすんでお風呂にも入って、私たち夫婦の部屋に入ると、私は靖に言った。
「柴垣くんの話はしたよね。パンクバンドのチキンスキン、ベーシスト」
「聞いたよ。パンクってのは僕はどうも……」
「そうだよね。私もパンクはそんなには好きではないからいいんだけど、ヴォーカルグループだったらどう?」
「フォレストシンガーズ?」
 チキンスキンよりやや遅れてデビューしたフォレストシンガーズは、デビューしてから二年ほどになる。まだ売れているとはいえないけれど、このたび、初のワンマンライヴをやるのだそうだ。
「チキンスキンとフォレストシンガーズ、やっちゃんはどっちを選ぶ?」
「どっちかを選んでライヴに行くのか。うーん……」
 実はどっちも趣味ではないらしいが、靖は私のために選んでくれた。
「フォレストシンガーズにしよう」
「そうしようか」
 私も実はどっちもそんなに好きでもなくて、ぎんぎんハードロックのほうがいいのだが、近頃はまたライヴハウスに行く機会もなくなっていて、生の音楽に飢えていた。
 どっちも好きでもないというよりも、フォレストシンガーズはよくは知らない。私の大学の合唱部出身で、カズハの後輩で、木村章くんとは一度、お話をしたけれど、学生時代のフォレストシンガーズのメンバーなんてちっとも知らない。
 知らないんだからよく知ろう、という目論みもあって、出かけていった彼らのファーストワンマンライヴで、私は彼らに魅せられた。
「……すごーい。あんなにうまいんだ。やっちゃん、私、ロックじゃない音楽にこんなに惹かれたの、はじめてだよ」
「せっかく来たんだもんな。未来が楽しかったら僕も楽しいよ」
「ほんとはそんなに楽しくなかった?」
「楽しかったよ。僕も……うん、男のコーラスってのも悪くないね」
「CD、買って帰ろうよ。フォレストシンガーズだったらご年配の人にも受けそうだし、お義父さんやお義母さんにも聴かせてあげよう」
「そうだね」
 よく知らなかったフォレストシンガーズを、たった一度のライヴ経験で大好きになった。帰りがけにライヴ会場でCDを買って、これからは家でも聴こう。楽しみを増やしてくれたフォレストシンガーズに感謝。


4・大河

 卒業してからも大学院で寄生虫の研究を続けている私の同窓生には、音楽に携わっている者が数名いる。金子将一、徳永渉、フォレストシンガーズ。全員が合唱部出身である。
 同窓生ではあるものの、私はフォレストシンガーズとは縁は深くない。何度かは彼らと話しもしたけれど、私にとっては彼らの好敵手である、徳永渉のほうがはるかに縁が深いのだ。私は合唱部ではなかったのだから、金子さんとは渉に紹介してもらって知り合った。
 金子さんとも親しくしてもらってはいるが、やはり私にとっては渉が一の友人。しかし、フォレストシンガーズにも注目はしていた。
 最初にプロとなったのはフォレストシンガーズ、続いて金子将一、続いて徳永渉。渉にとっては、彼のデビューがもっとも遅かったという事実は、どう受け止められているのだろうか。早いか遅いかなんて無関係だ、であろうか。
「おまえはフォレストシンガーズの歌ってのは好きか?」
 時おり学校に顔を出す渉が、今日もやってきて、私に質問した。
「好きですよ」
「タイガーの音楽の趣味ってのは?」
「趣味というほどの音楽の含蓄は持ち合わせておりませんので……僕は音楽にも疎いのですよ。渉は知っているでしょう?」
「俺の歌は好きか」
「好きです」
「フォレストシンガーズと較べたら?」
「較べるものではないでしょう。音楽というものは、好きか嫌いかでいいのではありませんか」
 渉の歌のほうが好きだ、と言わせたいのであろうか。私には好敵手などという存在はいないので、渉のこの感覚はどうにも理解しづらい。
「金子さんの歌は?」
「好きです」
「嫌いな歌ってのはないのか」
「音楽を聴いて、これは嫌いだ、とは考えませんね。ただ、ラップというかヒップホップというか、あれはどうも今ふうすぎると言いますのか。僕には音楽には聴こえません」
「金子さんもフォレストシンガーズも俺も、ラップはやらないよ。ラップなんてのは歌唱力のない奴が歌うんだろ。ありゃあ歌とも呼べないな」
「そういうことを言ってもよろしいのですか」
「ラップ専門シンガーは、俺の知り合いにはいないんだよな」
 皮肉な笑みを浮かべて、渉は言った。
「いたら面白いんだけどな。おまえのやってる音楽は、それは音楽と呼べるのか、って議論ができる。いや、ラップシンガーなんかと議論はしたくねえから、いないほうがいいのか」
「渉は喧嘩が好きでした?」
「喧嘩じゃなくて議論だよ。議論は手ごたえのある奴とやったら面白い」
「議論と申しますか、暴論と申しますか……」
「俺の台詞はみんな暴論だってか。言えてるな」
 彼とて音楽家ではあるのだから、私では渉と音楽についての議論はできない。そこでふと、この質問はしていなかったかと思い出した。
「渉は金子さんやフォレストシンガーズの歌は好きなんですか」
「好きだよ」
「フォレストシンガーズも?」
「念を押すなよ。好きだ、歌はな」
 歌は、を強調している。歌は好きだが他は嫌いだ、であろうか。実に渉らしい返答だった。
「俺だっていいものは認めるよ。金子さんは性格があれだけど、世話になってるんだし、あいつを嫌いだとは言わない」
「言いたいんですか」
「金子さんはどうでもいいんだよ。フォレストシンガーズだろ。あいつらの歌は……うん、歌は好きだ。歌は」
「歌、歌と何度も言わなくてもいいですよ」
 ふふふっと笑っている。渉の笑いは常に皮肉っぽさをたたえていて、心の底から、腹の底から笑っている姿を見た覚えがないのだが、これも彼の性格か。
 いつでも予告も連絡もなしで学校にあらわれて、私の研究室に顔を出す渉は、私のことは好きなのだろうか。質問するのは変だろうから、してはいないのだが、嫌いだったら会いにはこないだろう。私は渉が好きか? 嫌いだったら友達とは呼ばないだろう。
 そのような質問はする必要もない。恋人ではなく友達なのだから。好きだからこそ友達になって、それでいてその感情は、好きとひとことで言えるものでもなくて……日本語と同じくらいに、友情というものもむずかしい。
 好きの嫌いのといった会話をしていたからか、渉と私は互いに互いを好きなのか、嫌いなのか、の域に想いが行きついた。いや、好きの嫌いのではなく、彼と私の間にある感情は「友情」。それしかないはずだ。
 友情などと口にすると、渉は怒るかもしれない。薄気味の悪い台詞をほざくな、と言われそうで、私が黙っていると、渉は窓を開けて歌い出した。

「この手で包み込めば
 この手の中で砕けてしまいそうに、あなたのほそい指
 激しく抱きしめれば
 身体ごと砕けてしまいそうに、はかないあなたの肩」

 相当にキーが高いと、素人の私にさえもわかる歌だ。この歌はフォレストシンガーズ? 渉がフォレストシンガーズの歌を口ずさむとは、真意は何処に? 私が見つめていると、渉は振り向いて言った。
「俺のほうがうまいだろ」
「は、はあ……そうですね。はい、うまいです」
 やはり渉は渉であった。


5・沙織

 あのころの友達とは大半が疎遠になってしまったけれど、ミコちゃんとは今でも仲良しだ。ふたりともに結婚して、宮村美子と榛名沙織ではなくなってしまっても、ミコちゃん、沙織ちゃんと呼び合ってお喋りしている。
 ミコちゃんが夫と暮らしているマンションを訪ねて、うちよりずっと綺麗に片付いている、と思っていると、ミコちゃんは言った。
「はじめて会ったときには私たち、十八だったのよね。あれから何年たったの?」
「ミコちゃんったら、年の話はやめようよ」
「そうだね。こうして沙織ちゃんと話してたら、年なんか忘れていられるよね」
 私たちが友達になったのは、大学の合唱部でだった。大学一年生のミコと沙織が部室で会って、ふたりともにちっちゃい身体をしていたせいかすっかり意気投合して、あれから何年も何年も、お喋りばかりしてきた。
 十八の私たちは、ふたりともに男子部の先輩に片想いをしていた。ミコちゃんは徳永さんに、私は金子さんに。遠くなっていくばかりの日々を思い出すと、言いたくなってきた。
「ミコちゃんは徳永さんとはなんにもなかったの?」
「なんにもって……ないよ、なんにもない」
「私には秘密にしてたことってあるんじゃないの?」
「ないっ!!」
 赤くなっちゃって、人妻になってもミコちゃんは純情だ。これで夫とはキスやベッドや……などという話をすると追い出されそうなので、私はお土産に持ってきた金つばを差し出した。
「ミコちゃん、これ、あげるから話して」
「話さなかったらくれないの?」
「あげない。食べたいでしょ? これ、おいしいんだよ。ミコちゃんは和菓子が好きだよね。老舗の有名な金つば、食べたくないの?」
「お茶を淹れるね」
 心の準備が必要なのか、ミコちゃんは立ち上がってお茶の支度をはじめた。
「話してくれないんだったら、ミコちゃんはお茶だけね」
「意地悪言わないでよ。ああん、どうしよっかな」
「言っちゃえよ。その態度はなにかあったからでしょ。何年前だよ。そんなのは時効になってるんだから、ぜーんぶ言っちゃえ」
「全部ってほどにはなんにもないんだよ」
 テーブルに急須と茶碗を乗せて、ミコちゃんはうつむきがちに言った。
「沙織ちゃんも話す?」
「私はなんにもないよ」
「金子さんとだよ?」
「なんにもないったらなんにもないの」
「なんにもないのに、結婚式では金子さんに歌ってもらったの?」
 逆襲されている。私はたじっとなって言った。
「ミコちゃんも人妻になったら強くなったね。参りました。聞かないからさ、金つばもあげるから、そっちも聞かないで」
「ふーん、沙織ちゃんにも金子さんとなにかあったんだ」
「だから、聞くなっての。それより、フォレストシンガーズの話をしよ。そのほうが平和でしょ」
「そうだね」
 過去の片想いよりも、恋ではなかった友達の話しのほうが平和でいい。フォレストシンガーズだったら、そのうちの誰ともミコちゃんも私も恋はしていなかった。
 男子部の一年先輩の本橋さんと乾さん、私たちと同じ年の本庄のシゲ、私たちよりも一年下の三沢くんと木村くん、全員が私たちと同時期に、合唱部で活動していた彼らは、在籍当時から歌唱力では群を抜いていた。
 フォレストシンガーズには当初は、私たちと同い年のシゲの親友、小笠原のヒデがいた。男の子たちは、ヒデ、シゲと呼んでいたけれど、私たちは姓で呼んでいた。でも、メディアに登場するようになったフォレストシンガーズでは、本庄くんはシゲと呼ばれているのだから、私もシゲと呼びたくなった。
「ヒデはどうしてるんだろ」
 シゲとヒデはペアなのだから、小笠原くんをもヒデと呼びたくなって、私は彼の名前を口にした。ミコちゃんはお茶をすすり、金つばを一口かじってから言った。
「大学を卒業してからすぐに結婚したんだよね。子供もできて幸せにやってるんじゃないのかな」
「ヒデの話は湿っぽくなりそうだからよそうか。他のフォレストシンガーズの話しにしよう。全国ライヴには行ったんでしょ?」
「私は北九州に行ったの。沙織ちゃんは?」
「静岡」
 静岡でのライヴの際に金子さんに会って、ちょっとした出来事があったのだが、今はその話ではない。ミコちゃんとフォレストシンガーズのライヴの話をしていると、ステージの光景が目の前に浮かんでくる。
 婚約者だった綱紀とふたり、よい席でもない観客席でライヴを聴いた。はじめての全国ライヴツアー、あなたたちは大物になったんだね、と思うと、涙ぐみそうになってしまった。
「よかったよね」
「うん、最高だった」
 合唱部にいたとはいえ、ミコちゃんも私も歌は素人のようなものだから、上手に表現はできない。よかったね、最高だったね、としか言えなくても、お互いの気持ちは通じているはずだった。
「沙織ちゃんは楽屋には行かなかったんだよね」
「行かなかったよ。ミコちゃんは行ったの?」
「シゲくんと会ったよ。シゲくんは食べものの話をしてた」
「……らしいね」
「そうだね。恭子さんもものすごくよく食べるんだって」
「似合いの夫婦じゃないの」
「ほんとほんと」
 なんて言いながら、私たちも食べている。金つばだけではなく、ミコちゃんが焼いておいてくれたクッキーも食べて、日本茶も紅茶も飲んで、いつまでだって話し続けていられそう。
「今日はミコちゃんの旦那は出張だっけ?」
「そうだよ。いっそ泊まっていかない? 新婚さんは旦那さまに会いたい?」
「別に。そうだな。ミコちゃんがいいんだったら泊めて。徹夜でお喋りしよう」
 夜中になるとミコちゃんの気分が変わって、秘密を打ち明けてくれるかもしれない。そうなると私も言ってしまうかもしれないけれど、そうなってもかまわない。私たちにはフォレストシンガーズだけではなくて、いくらだって話題がある。
 よーし、言わせちゃおっと、とたくらみを胸に秘めて見つめると、あのころよりも痩せて大人になったミコちゃんも、なにかしら魂胆のありそうな顔で私を見つめ返した。


6・美耶子

 売れないのは顔のせいだ、と乾さんは言っていた。徐々に売れてきているかのような手ごたえはつかめつつあるのかなというような、みたいに、三沢くんは回りくどい言い方をしていた。
 フォレストシンガーズのメンバーとは、私は卒業後に会って話した。デビューが決まったころには全員と会って、祝福の言葉を贈った。それからそれから、彼らがプロとなってからも会った。乾さんとは彼らのデビューからさして年月もたっていないころに。三沢くんとは、彼らがデビューして二年ばかりたったころに、徳永さんのデビューを祝う会に参加して会った。
 あの日、私を徳永さんのデビュー祝いに誘ってくれたのは大野莢子さんだ。私が入部する前の年の女子合唱部キャプテンだった大野さんとは、まったく面識もなかったのだが、異種業種交流パーティで知り合って、あらら、同じ大学? あなたも合唱部? となったのだった。
 異種業種交流パーティの日以来、私は大野さんと親しくしてもらっている。四つ年上の大野さんはお母さんとドラッグストアを経営している薬剤師。私は証券会社勤務。大野さんは小柄なところは私に似ているけれど、はるかに美人で大人である。
「職場は近いんだから、ランチしない?」
 大野さんに誘われて、昼休みにカフェで落ち合った。
「ミャーコちゃんって呼んでいいでしょ。私も莢子って呼んでね」
「はい、莢子さん」
「ミャーコちゃんは三沢くんや木村くんと同い年なんだよね。私は三沢くんも木村くんも知らなかったんだけど、この間の徳永くんのパーティで会ったじゃない? 昔からああだったの?」
「昔からああでしたよ」
 ああとは、よく喋って賑やかでうるさくて、だろう。
「私は合唱部に入ってすぐに、三沢くんと友達になったんです。女子部の子よりも先でした。三沢くんは当時からああでしたね」
「木村くんは?」
「木村くんはちょっと気難しい感じっていうのか……あいつときたら……昔の話しなんだから言ってもいいかな。三沢くんは知ってるんですよ。フォレストシンガーズの他の方たちも、私が話したから知ってるんです」
「木村くんとなにかあったの?」
 木村章が大学を中退する前に、私につきあってほしいと言った。そこから話をはじめた。
「なのにね、ここに出演してるからって聞いたライヴハウスに行ってみたら、木村章は知らない女の子とキスしてたんです。それで私は木村章を大嫌いになっちゃったんですけど、フォレストシンガーズは大好きですよ」
「ミャーコちゃんは木村くんとつきあうつもりだったの?」
「断るつもりでした」
 どうしようかと迷っていた段階だったのだが、もしも木村くんが他の女の子とキスしているシーンを目撃しなかったとしたら? 私はどうしたのだろうか。
「断るつもりだったんだったら、他の女の子とキスしててもいいんじゃない?」
「男性はそうは言わなかったけど、莢子さんだとそう出ますか」
「まあね、だとしても怒る気持ちはわかるよ。ミャーコちゃんはそのときには、木村くんにはなんにも言わなかったの?」
「顔も見たくなかったから、走り去ったんですよ」
「その気持ちもわかるけど……キスなんて別に……」
「莢子さんにもそんな経験はあるんですか」
 ドリアのお皿にスプーンを入れながら、莢子さんは言った。
「学生のときにね、遊び人っていうのか、女の子とキスするのが趣味みたいな男がいたのよ。そいつとは私もキスしたんだけど、他の女の子とキスしているのも見たの。私には彼がいたんだから、そいつとのキスは遊びだったんだけど、それでも腹立たしかったもんね」
「キスは遊びですか。私も重く考えなくてもよかったのかな」
「キスをどう考えるかは、人によるんだよね。ミャーコちゃんには彼氏はいるの?」
「ずーっといなかったんじゃないけど、今はいません。莢子さんは?」
「彼ねぇ……」
 この沈黙は、いるという意味だろう。いても言いたくないのかもしれないので、質問はそこでやめた。
「莢子さんもフォレストシンガーズは気にかけてました?」
「無視はできないよね。合唱部の後輩たちのグループなんだもの。私はフォレストシンガーズとはなんの関わりもないけど、ミャーコちゃんたちはいっそう気にしてたんでしょ」
「まあ、そうですね。デビューする前にも会ったし、デビューしてからも会ったし、どうして売れないのかな、なんて気にしてました。過去形じゃありませんね。気にし続けてます」
「そんなには売れてないんだよねぇ。歌が上手だってだけでは売れない世界らしいけど、売れないとなると私も気になるわ」
「金子さんのほうがデビューはあとだったのに、フォレストシンガーズよりも売れてるんでしょ」
「そうみたいね」
 金子さんの名前を出すと、莢子さんの顔色がわずかに変化した。
 徳永さんのデビュー祝いの会を発案したのは金子将一さんだ。私よりも四歳年上に当たる金子さんは、莢子さんと同い年で、同時期に男子部と女子部のキャプテンだった。もしかしてもしかして? あの夜に?
「莢子さんはフォレストシンガーズ以上に、金子さんが気になりますか」
「ミャーコちゃんはなにが言いたいの?」
「女の子とキスするのが趣味の遊び人ってのは?」
「誰の話し?」
 こうしてとぼけるということは、そうなのかもしれない。が、莢子さんと金子さんがどうなっていようとも、私には関係ない。言いたくないのならば問い詰めたりはしないでおこう。
「ミャーコちゃんって頭が切れるよね」
「いいえ、全然」
 なにを察してるの? と莢子さんは言いたいようであるが、私もとぼけておいた。


7・晴海

 友人のコネもあって就職した商社を退職して、中国大陸へと渡った私は、二十代も残り少なくなった今は、上海で日本語教師をしている。生徒のひとりに変わった趣味の男がいて、私を好きになったと告白してくれたのは驚きだった。
「私って男みたいじゃない?」
「晴海さんは男っぽいところがいいのです」
 一応は中国語が話せるとはいえ、流暢というほどでもない。彼も日本語を学んでいるとはいえ、日本の中学生レベルの日本語力だろう。ふたりの会話は中国語がメインで、私のほうはかなりぎこちない。中国語では教師と生徒の立場が逆転している。
 それはともかく、会話は日本語に翻訳して書こう。彼の名前は白太源といい、私よりもひとつ年下の町工場の事務職。私の生まれ育った家も町工場なので、話が合うのだった。
「太源ってホモじゃないの?」
「そうかもしれませんね」
 なにを言っても怒らない太源は、中国大人の趣がある。私みたいに気が短くて怒りっぽい女には、こういう春風のような男がふさわしいのだと、彼と話していると徐々に考えるようになっていった。
「太源は音楽は好き?」
「聴くのは好きですよ」
「私もチャイニーズミュージックも好きだけど、こっちの流行歌はぱくりが多くない?」
「騙取……ですか」
 首をかしげている太源に、日本から持っていったCDウォークマンを聞かせた。
「これは……聴いたことがありますね」
「こっちで流行ってる歌とそっくりでしょ。そういうのをぱくりって言うんだよ」
「一部分似ているだけなんだからいいではありませんか。気にしない、気にしない」
 ここらへんが中国文化なのであろうか。はるかに流れる悠久の大河のように、細かいことは気にしない。加藤大河もその傾向があった。そのせいで太源の台詞を日本語に訳すと、タイガーの台詞に似てくるのだ。
「いい曲ですね。日本人でしょ」
「うん。フォレストシンガーズ」
 漢字で書くとこうか。森林的歌手們。太源は英語力は私よりもぐんと上なので、フォレストシンガーズごときの英語は説明するまでもないのだが。
「あんまり売れてないらしいけど、私の大学のときの同窓生たちのグループなんだ。私は大学では合唱部に入っていたの」
「晴海さんはいい声ですよね。鼻歌を歌っていても、歌が上手だとわかりますよ」
「私の声は歌はどうでもいいんだけどね」
「僕にとってはどうでもよくはありません」
 見つめられると照れるので、私は合唱部時代の話に逃げた。
「私はこれでも女子部にいて、女子部からはプロシンガーは出てないんだよね。男子部からは何組も出てるの。金子将一、フォレストシンガーズの五人。上の世代には作曲家もいるそうだし、パンクロッカーなんてのもいるんだよ」
「ほお、たいしたものですな」
「そ。その歌手たちの中では一番にデビューした、フォレストシンガーズの歌だよ。中国で曲を一部ぱくられてると知ったら、彼らはぴっくりするだろうな」
「まあまあ、気にしない気にしない」
 たいした問題でもないだろうから、私も気にしないことにしよう。
「私の親友にもいるんだよ。歌手になりたい、プロになりたいって思ってて、彼らの中では最後にデビューした奴。彼の歌も聴いてみる?」
「彼なのですね」
 彼だと気に入らない? ちょっとは妬くの? そんな気分で、徳永渉のCDに取り替えた。
「このハスキーヴォイス、いいでしょ?」
「晴海さんのほうがいい声ですよ。歌だって晴海さんのほうが上手でしょ」
「声は男と女の差だとか、好みだとかもあるからいいとしても、私のほうが歌がうまいとは言わないでね」
 それを聞いたら徳永は逆上するか、あるいは、馬鹿馬鹿しさに脱力するかもしれない。
「いつかは晴海さんと日本に行って、金子将一さんや徳永渉さんや、フォレストシンガーズに紹介して下さいね」
「私と一緒に日本に行くの?」
「行きたいです」
 そのいつかって、あんたと結婚して? そう尋ねるのはまだ早いだろうけれど、私はうなずいた。太源の腕が伸びてきて、胸に抱き寄せられる。こうしていれば私は女。女であるというのもいい気持ちだな、なのだから、私は彼に恋しているのだろう。


9・國友

 アナウンサーから志望を変えたDJにも、簡単にはなれなかったけれど、ようやくようやくなれた。DJのオーディションに合格しての初仕事から続いているのは、声優のフランさんとの番組だ。
「……酒巻くん、痩せたんじゃない?」
「そう見えます?」
「苦労してるのねぇ」
 同情しているような口ぶりではあるが、目が面白そうにきらめいている。
 本名、年齢不詳、がらがらした声のおばさんやガキ大将の役をやっているフランさんは、僕よりは年上であろうが、若い女性だ。この声と美人の外見のギャップが面白い。僕はこの低い声で小さな身体をしているので、ギャップの妙がある同士のペアなのだった。
「私も痩せたいわ」
「フランさんは痩せなくてもいいじゃありませんか」
 ふっくらしたフランさんにこう言ってはいけないのだろうか。女のひとは学生時代から、痩せたい、ダイエット、ばかり言っていて、僕なんかは羨ましがられた。
 高校時代は女の子とはろくに口もきけず、あの子、可愛いなぁ、と遠くから女の子を見ているばかりで、恋もしなかった。ガールフレンドはできるわけもなく、男友達も少ないネクラな奴だった。東京の大学に入学し、合唱部に入り、変だったり優しかったりきびしかったり荒々しかったりする男子の先輩たちに鍛えられて、女の子とも喋れるようになった。
「僕は胃腸が弱いから、食べ過ぎると痩せるんだよ」
 大学生のころに女の子たちの前で言って、食べ過ぎて痩せるひとはあっちに行けーっ、なんて追い払われたこともある。フランさんもそう言いたいようだったが、仕事中なので言わずにいてくれた。
「酒巻くん、話があるの」
 今日もフランさんのリードのもと、仕事を終えて誘われて、ふたりで食事に行った。フランさんに連れられていった店には、丸まっちい身体つきの男性が来ていた。
「結婚するの。パンヤくんよ」
「声優の?」
「そうです。声優の酒田パンヤです」
 もちろん芸名だろう。フランさんにしてももちろん芸名だ。僕の姓と同じ酒の字がつくのもあって、僕は酒田パンヤさんの名前は知っている。ラジオやイベントの仕事では声優さんと一緒になったりもするので、DJとなってからは声優さんに詳しくなった。
「酒巻さんは細いんだね。僕の腕の半分しかないじゃないか」
「パンヤくんが太すぎるのよ」
「フランちゃんに言われたくないんだよ」
 仲良く口喧嘩をしているフランさんとパンヤさんは、いずれもふっくらさんだけによく食べる。会話は楽しいのだが、つられて食べていると僕だったらおなかをこわしてさらに痩せてしまうだろうから、セーブして食べて飲んでいた。
 がらがらした声は声優としてのもので、普通に喋ればフランさんの声は可愛い。婚約者といると華やいで聞こえる。
 パンヤさんはハンサムな男性の役をやるだけに、美声だ。響きのいい低めの声は僕の合唱部の先輩の金子さんにも似ている。名前だけを知っていた彼の外見も、金子さんに近いのかと漠然と想像していたのは大はずれだった。
「ワオンちゃん、ここだよぉ」
 この店には声優さんたちがよく来ると、フランさんが言った通りだ。あのひとは誰々さん、あのひとは何某さん、フランさんが教えてくれる名前には聞き覚えのあるものが多い。けれど、ワオンさんは知らない。
 小柄でとっても可愛らしい女性が、フランさんのそばにやってきた。僕と同じくらいの年だろうか。理想のタイプかも。
「酒巻さんっておっしゃるの? 古久保ワオンです」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「ワオンちゃんも一緒に飲もうよ」
 四人になって賑やかに飲んで食べる。フランさんとワオンさんが主にお喋りし、パンヤさんが美声で突っ込みを入れる。僕はよく知らない声優業界の話でも、聞いていると楽しい。
 質問されれば答えるものの、あとはもっぱら聞き役になっている僕の耳朶に、ワオンさんの声が響く。綺麗な声……細くて高い声……アニメ声ってこれなのだろう……誰かに似ている。誰か……誰だっけ? そうそう、三沢さんの声を女性にすればワオンさんになりそうだ。
「素敵な声ですね」
 小声で言ったつもりだったのだが、フランさんに問い返された。
「私の声が? そうじゃないよね。パンヤくん? 私の彼氏に惚れないでよ」
「パンヤさんも素敵な声ですけど……」
「ワオンちゃんの声、好み?」
「……えーっと」
「きゃっ、赤くなってる」
 フランさんがきゃあきゃあ笑い、ワオンさんは言った。
「私の声が素敵なの? 酒巻さんってちょっと変わった趣味?」
「いいえ。ワオンさんの声は素敵ですよ。すごーく高いんですね。歌うとコロラチュラソプラノですか。ケイト・ブッシュみたいな声? ケイト・ブッシュはファルセットであんな声を出すんであって、地声は落ち着いてますけどね」
「ケイト・ブッシュ。誰かが言ってたな。歌手でしょ」
「イギリスの女性歌手です」
 話す声と合唱のパート分けは別だけど、おまえは喋ってても歌ってもバスだな、とはじめて僕に言ったのは乾さんだ。大学一年生での乾さんとの出会いを思い出していると、ワオンさんが言った。
「私は声優になるまでは歌には興味なかったのよ。大学生のときに私の声を聴いて、合唱部に入れって言った男の子がいたの。そのときに彼が言ったんだ。ケイト・ブッシュって。ロシア語でおばあちゃんって意味だって歌を歌ってくれたのよ」
「バブーシュカ?」
「そうだったかな」
 声優さんはアニメの主題歌を歌ったりもする。人気アニメだと主要キャラたちがCDアルバムを出す場合もある。ワオンさんはデビューしてから間もないのだそうで、歌は避けたいな、と笑っていた。
「音痴ってわけでもないんだけど、歌うのは嫌いよ。仕事でどうしてもって言われたら歌うけどね」
「僕は大学のときには合唱部だったんですよ」
「どこの大学?」
 大学名を告げると、猫みたいに丸いワオンさんの目が、なおさら丸くなった。
「同じだ。酒巻さん、いくつ?」
「二十五です」
「……合唱部に三沢幸生くんっていた? フォレストシンガーズの三沢幸生」
「僕のお喋りの基礎を作ってくれた、大恩ある先輩ですっ!!」
 こっちも声が上ずってしまい、あらあら、まあまあ、へええーーっ、と声を発して見つめ合っていると、フランさんが言った。
「盛り上がってるのね。私たちはお先に失礼するね」
「酒巻くん、がんばれよ」
 なにをがんばるんだか知らないが、パンヤさんはにたっとしてそう言い、婚約者カップルは腕を組んで店から出ていってしまった。
「そうだったんだ。酒巻さんって三沢くんの後輩……」
「ワオンさんは僕の先輩なんですね。改めまして、今後ともよろしくお願いします、先輩」
「私は三沢くんと同じゼミだったけど、酒巻さんの先輩なんてこともないよね。だけど、同じ大学だと親しみが出るわ。フランさんたちは変な気を回して帰ってしまったけど、そんなのはないよね。楽しく飲もうよ」
「はい」
 三沢幸生のちゃらっぽこ、これは今でもフォレストシンガーズのリーダー、本橋さんが言っているフレーズだ。
 事実、学生時代から三沢さんはちゃらっぽこばかり言っていた。嘘まじりの話をするので、どこまで信じていいのやら。すべてを信じるとあとでがーっかり、となるのも常だった。であるから、俺はもてるんだ、との三沢さんの言葉も、半分か四分の一ほどが正しかったのだろう。
 好きな女性やら恋人やらの実名を、三沢さんが口にしたことはあったっけ? 古久保ワオン……その名前も芸名なのか、僕と同時期に大学に通っていた彼女の名前は僕の記憶にはまったくない。もっとも、大きな大学なのだから、なんの接点もないひととは顔を合わせもしなかったのだが。
「三沢くんのおかげかな」
「おかげ?」
「そうなのよ」
 謎めいた言葉の意味がわからない。ワオンさんは三沢さんの恋人だった? 外見もすこし似ていて、声も似ていて、ふさわしいカップルだっただろう。
 たとえ過去の彼女だったのだとしても、三沢さんの恋人だった女性に恋をするなんて、僕にはおこがましすぎる。出会ったばかりの女性と恋をするほど僕は気が早くはないけれど、最初から牽制してしまいたくなる。
 まったくなんの関わりもないひとだったらよかったのに。クニちゃん……ついてないね。心で呟いていたのは、好きになりそうだったから?
 そこからは学生時代の話をして、明るく食べて飲んだ。三沢さんとワオンさんは経済学部の友達同士で、一緒に海に行ったと言う。やっぱり恋人同士だったのかな、微笑んで聞いてはいたけれど、僕はちょっぴり寂しかった。
「さあてと、帰るね」
「お送りしますよ」
「いいよ」
「……送らせて下さい」
「遅い時間でもないんだし、平気だってば。それにね」
 言わないで、と心で願ったのにかなわなかった。
「酒巻さんって私と背丈もそう変わらないし、送ってもらったりしたらこっちが心配になっちゃう。私をどこかまで送ってくれてから、酒巻さんもおうちに帰るんでしょ? そのときにオヤジ狩ってか、気の弱そうなお兄さん狩ってか、それに遭いそう。だからいいのよ」
「……そうですか」
「ごめんなさい、言いすぎたかな」
「いえ」
「三沢くんと会ったとしても、私の話なんかしないでね」
「……はい」
 どうして? とは問い返せない。やはりやはり、ワオンさんは三沢さんの彼女だったのか。
 じゃあね、ばいばい、手を上げて、ワオンさんがきゃははっと笑う。その笑い声も三沢さんに似ていて、寂しさが増していた。


10・一葉

 ロックは好きだけどパンクは嫌い。そう言うと、柴垣安武の目がとんがる。パンクスなんて流行らないのに、と言うと、こう応じられた。
「音楽は流行りすたりでやるもんじゃねえだろ」
「音楽ってかなり、流行りすたりが作用するんじゃないの?」
「……そうかもな」
 学生時代には私は合唱部にいて、安武はロック同好会にいた。ロック同好会は合唱部を敵対視していて、合唱部はロック同好会を歯牙にもかけていなかったというのが正しいだろう。サークルとしての有名度は合唱部がはるかにはるかに上だった。
 四年生になると親しくしていた大野莢子が女子部キャプテンになったので、合唱部での私はキャプテンの相談係といったところだったか。背が高くて姉さんっぽいのか、後輩たちにもさまざまな相談を持ちかけられた。
 ファッション好きだった私は、あのころは後輩たちのファッションアドバイザーでもあった。グラフィックデザイン志望だったのにブティック勤務に回されて、今では店員なのだが、それも性には合っている。
 私は合唱部ではその程度のポジションだったのだが、安武はロック同好会では顔で、四年生になったらキャプテンになった。卒業してから数年後には、「チキンスキン」というパンクバンドのベーシストとしてメジャーデビューも果たした。
 安武がプロのロッカーになってしまったものだから、学生時代のようにはつきあえない。売れないバンドとはいえ地方でのライヴも多い安武とは、彼が東京にいるときに飲みにいったりする仲で落ち着いていた。
「それって彼?」
「彼ではないのよ。友達」
 同僚などは不思議がるのだが、安武を彼氏にするなんて絶対にお断りだ。
「俺には各地の港に女がいるんだ。ロッカーにとっては女はそんなもんでいいんだよ。俺は結婚なんかしない。カズハもそれでいいんだったら、俺の女にしてやるぜ」
 返事をする気にもなれなくて、顎を軽くぼかっとやってやる。安武はがはがは笑っている。私たちの会話はいつもそんなものなのだ。
「カズハ、ここだ」
 明日は東京にいるから、飲もうぜ、と安武が電話してきたので、指定された安直な飲み屋に出向く。安武のそばにはすらーっとした美少年がいた。
「こら、自己紹介しろ」
 背丈は私よりも低い。私は百七十センチ以上あるのだから、彼はこの年頃の少年としては特に小柄でもないのだろう。細身の少年は低い声で言った。
「哲司っていうんだ。あのさ、ヤス」
「なんだよ」
「女なんか連れてこなくても、あんたがゲイじゃないのは知ってるよ」
「そういう意味で連れてきたんじゃねえよ。第一、カズハは女ったって女でもないし……」
「彼女じゃないの?」
「ちがうよ」
 この会話からすると、哲司はゲイ? ゲイってこんなのかぁ……綺麗な子ではあるけれど、愛想のない奴でもある。変な好奇心で見るのはよくないだろうから、私は普通にふるまおう。
「哲司くんってパンクロッカー志望? チキンスキンに入りたいの?」
「パンクは嫌いだよ。ロックってのも特に好きでもないんだけど、ギタリストったらロックが多いんだもんね。アイドルだとかソロシンガーだとかのバックでもいいんだけど、ギタリストなんて簡単にはなれないんだな」
「当たり前だろ」
「……知ってたつもりだけど」
 ギタリスト志望か。そりゃあ簡単ではないだろう。
 世間をすねたポーズのパンクロッカーだけど、安武はギタリストになりたい少年の手助けをしてやろうとしているのか。いいところもあるんだね、と言うとひねくれるだろうから言わずにおいた。
「哲司くんって今はなにをしてるの? 学生?」
「高校は中退して家出してきて、女に寄生してるんだよ」
「親戚のおばさんにな」
「彼女のパトロンが持ってる写真スタジオでバイトしてるんだ。僕はちっとも働いてないのに、アパートの家賃も出してくれるんだから、彼女が僕に恋してる証拠でしょ」
「パトロンじゃなくて夫だろ」
 どこまで本当だかわからない話をする哲司に、安武が補足する。要するに哲司は瀬戸内海のほうの小島の出身で、高校を中退して上京し、親戚のおばさんに面倒を見てもらっているのであるらしい。別段珍しい話でもない。
「春子さんっておばさんのダンナは、僕を邪魔にしてるんだよ」
「おまえがひがんでるだけだろ」
「本当だもん。だからさ、僕は春子さんのそばにいたくないんだ。ヤス、僕と同棲しない?」
「俺は男には興味ねえんだよ」
「僕が目覚めさせてあげようか」
「……寄るな」
 悪いけれど笑えてくる。ゲイの当事者には笑いごとではないのだろうが、女が見ていると、美少年と安武のこういったシーンは面白いのだ。
「こうしても感じないの?」
「やめろって言ってんだろ。ぶっ飛ばすぞ」
「ちょっとぐらいだったらぶってもいいよ。僕は優しくて乱暴な男が好きなんだ」
「安武は乱暴だろうけど、優しくはないんじゃない?」
 口をはさむと、哲司は私をもねっとりした目で見た。
「カズハってヤスと同い年? 背の高い大人の女も嫌いじゃないよ。お小遣いをくれるんだったら、抱かれてあげる」
「……あんたを抱くってのは……」
 抱く、抱かれる、は言葉の遊びであろう。抱く、抱かれる、抱き合う、セックスする、ベッドインする、ベッドをともにする。すべてすることは同じ。男と女の性行為であるわけだが、言いようによって微妙に差がある気はする。
 経験の少ない私は、だけど、男と性行為をしたことは幾度かはある。あれは私が男に抱かれたのか。身体の構造上、女が受身になる部分があるのは否めない。では、私が男を抱くというのは? ごく普通のあれを言い換えているだけか。
「そういうことはやめろ」
 言葉についてばかり考えて返事をしないでいると、安武の怒声が聞こえてきた。
「小遣いもらって抱かれるなんてのは……」
「あんたは女が好きで、あちこちに女がいるんだよね。そういう女を抱くでしょ。それで彼女に食事をおごったり、プレゼントしたりもするんじゃないの? 小遣いをあげたりしないの? なにか買ってやったりするだろ」
「しなくはないよ」
「それとこれがどうちがうの?」
 たじたじしている安武に、私は言った。
「口の達者な子なんだね」
「そうなんだよ。こういう奴は殴りたくなるんだ」
「無闇に殴ったらいけないよ。だけど、哲司くん、それとこれとはちがうから」
「どうちがうの?」
「気持ちの上でちがうんだよね」
 けっ、詭弁でしょ、と哲司は吐き捨てる。彼もいくぶんひねくれているようなのは、性格なのか。ミュージシャン志望だからなのか。
「じゃあさ、僕をカズハの愛人にしてよ」
「女でもいいのか、おまえ?」
「男のほうが好きだけどね」
「そんな愛人はいらないよ」
 私が言うと、安武も首を大きく縦に振って同意した。
「カズハはフォレストシンガーズの奴らとは親しいんだったか?」
「親しくはないけど」
「金子にはバックバンドはいるから……実力派をそろえてるだろ。哲司のギターはまあまあの水準ではあるけど、金子のバックでやるギタリストだっているし。無理だろうな」
「フォレストシンガーズもバックバンドを使ったりはしてるよね」
「無理なんだろうな。こうやって考えると、俺の世界って狭いんだよ」
「私はもっと狭いよ」
「申し訳なく思ってるわけ?」
 坊やのくせして皮肉っぽい笑みを浮かべて、哲司は言った。
「だったら、僕に服をプレゼントしてよ」
「私が働いてる店はレディスのブティックだよ」
「僕だったらブラウスなんかは着られるよ」
「そうだろうね……」
「カズハが着てるそのカットソー、素敵だな。ちょうだいよ」
「店員割引でだったら買わせてあげるから」
「今、それがほしい」
 哲司が私の服を引っ張る。破れるっ、やめろっ、と小声で叫ぶと、安武が横から手を伸ばして、哲司を突き飛ばした。
「ヤス、力入れすぎだよ」
「……ああ、ごめん。哲司、立て」
 助け起こしてやろうとした安武の手を振り払い、哲司が立ち上がる。目の中に小さな炎が見えた次の瞬間、哲司が安武をひっぱたこうとした。私は目を見開き、安武は反射的に身をかわし、哲司が勢い余って、私の腕の中に倒れ込んできた。
「僕、やっぱヤスってけっこう好き。カズハも好き」
「……あんたね、年上の私たちを気安く呼び捨てにすんなよ」
 今さらながらそう言ったのは、反応に困ったからだった。男の子にすれば骨細の哲司の身体を抱いているのは気持ちがいい。やだ、これでは私は美少年趣味のおばさんじゃないか。むかついてきて軽く突き飛ばすと、哲司はフロアにひっくり返って、両足を上げてばたつかせた。
 そんな格好でけらけら笑っている。笑いながら誰かの名前を呼んでいる。ケイさん? ケイさんって誰? 安武と顔を見合わせていると、むこうのほうから背の高い中年の男が歩み寄ってきた。
「駄々っ子みたいになにをやってるんだ。帰るぞ」
「抱いていって」
「……立て、人前でみっともない」
「ああん、ケイさん、待ってよ」
 ケイさんと呼ばれた男は、私たちに丁寧に頭を下げた。
「お世話になりました。哲司、行くぞ」
 先に店から出ていくケイさんとやらに、哲司が子犬みたいについていく。彼らをぽけっと見送ってから、私は言った。
「あのおじさん、誰?」
「俺は知らないよ。業界人っぽかったな」
「かっこいいおじさんだったよね。ゲイのカップルか」
「だろうな。俺はあんなのもよく見るけどさ」
「私もちらっとだったら見たことはあるけど……」
 ふたりしてほーっと息を吐く。安武も安心したのだろうが、私も安心していた。あんな美少年にはまったりしたら、ホストクラブにはまるのに近い泥沼になりそうだから、そういう意味で安心したのだった。

未完
第六部に続く




 




スポンサーサイト


  • 【小説200(The Chronicle)第五部】へ
  • 【小説200(The Chronicle)第六部】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

わおっ

ふらふらっと寄らせてもらったら面白くて最後まで読んでしまいましたー。

私は結構好きですね。今回はフォレストシンガーズに関わりのある人(あった人)が出てきましたね。
面白かったです。

ちなみに・・・投票はやっぱり乾さんにしましたーーーー。章くん、ごめんなさい。

隆也より

マダム、ありがとうございます。
感謝と敬愛のキスをあなたの手の甲に……

とかって、言う奴なんですよね、
うちの隆也は。

ところで、美月さんはボーイズラヴ系はいかがですか?
私はけっこう好きで、それっぽいのも書いてます。
精神的な恋愛が好みですので、過激なのは書きませんが、
もしもそのたぐいはお嫌いでしたら、
この中にもまぎれ込んでますので、
ご注意くださいね。うふっv-25

BLもちろん大丈夫です

うふふふふ・・・全然大丈夫ですよー^^

私の「月の雫」もちょっとだけその要素が・・・。
なのでむしろ楽しみに・・・。
でもまずはフォレストシンガーズ読破だあーーー。

お仕事もうすぐですね^^でもかける時は書いてくださいね。

おー、同志!!

ボーイズラヴはたいていの男性が拒否感を示し、女性は好きなひとは大好きで、無関心ってひともいて、絶対にいやだと言う女性は少ないみたいですけどね。

美月さんもお好きだと聞いて安心しています。
別小説の「苦悩の旋律」は金子将一に恋する美少年の話。
クロニクルの幕間に出てきた哲司はバイセクシャル、なんてのもありますので、よろしかったら見てみて下さいね。

ほんとにいつもありがとうございます。
これからもよろしくですv-274
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【小説200(The Chronicle)第五部】へ
  • 【小説200(The Chronicle)第六部】へ