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小説198(ギザギザハートの子守唄)

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第二章のテツシはバイセクシャルです。
お嫌いな方は読まないで下さいませね。


フォレストシンガーズストーリィ198

「ギザギザハートの子守唄」

1・章

 ロックは不良の音楽だなんて、俺の両親は思っているにちがいない。明治生まれみたいに頭の堅い頑固親父と、心配性でマイナス志向のおふくろと、十二歳も年下のちび弟と、俺は四人家族の長男。ロッカー志望の高校二年生だ。
 友達の親にはロック好きもいて、トオルの親父なんかはそのタイプのおじさんだ。だからこそ、融んちのおじさんは俺たちに協力してくれる。
 ギター、融、ベース、青樹、ドラム、勝郎、ヴォーカルは章。トオル、セイジュ、カツロウ、アキラだ。融の家は広い敷地を持っていて、駐車場を経営している。その一画を借りて、我ら「ガレージキッズ」は楽器と歌の練習をしていた。
「今日はお兄ちゃんは頭が痛いから、練習は休むって言って寝てるよ」
 融の家に行くと、彼の妹の有子が言った。
「章くんには電話しなかった?」
「聞いてないよ」
 中学三年生のくせに、兄貴の友達をくんづけで呼ぶとは生意気なのだが、有子は可愛いから許す。練習ができないのだったら、と思って誘ってみた。
「お茶しないか?」
「……あたし、来年は受験だから勉強しないといけないんだけどな……」
「受験生だって息抜きも必要だろ。高校受験だったら俺だって経験者なんだから、アドバイスもしてやるよ。おまえ、不得意分野ってなに?」
「国語」
「俺は国語はけっこう得意だよ」
「じゃあ、教えて。話も聞いてもらいたいし、行こうよ」
 国語の教科書を持ってきた有子と、ふたりして駅前のファストフードショップに行った。
「有子って志望校はうちの高校? 兄貴と同じ高校に行くのか?」
「ううん」
 理系であるらしく、有子は理科と数学が得意だと言っていた。口にした高校も俺たちのよりもはるかに難関の進学校だ。稚内では有数の、北大や東大への合格者が居並ぶ高校だった。
「優等生なんだな、おまえ。俺が勉強を教えるなんて、ごめんなさい、許して、って感じだよ。だけど、あんまり元気ないよな。成績が下降線だとか?」
「それもあるんだけど、それには原因があるんだな」
「恋わずらい?」
 適当に言ってみたら、有子はぴくっとした。
「……そうなのか? おまえが俺に聞いてもらいたい話って……」
 あたし、章くんが好きっ、なのかと期待していたら、有子は声を低めて言った。
「勝郎くんが……」
「勝郎なのか? 兄貴の友達に恋するなんて、ありふれすぎててげっぷが出るだろ」
「そう言ったって……」
 章くんが好きっ、と言われたら困るか。俺には彼女だっているのだから。でも、俺ではない奴に恋をしてるなんて話だとむかつく。でも、聞いてやらなくてはならなくなった。
「青樹くんって声がハスキーでしょ。章くんは声が高い。お兄ちゃんの声はもちろん知ってる。となると、練習してるみんながわあわあ喋ってても聴き分けがつくんだよね。ああ、あの声は青樹くんだ、章くんだ、ってわかるの。風向きによってはあたしの部屋まで声が聞こえてきて、うるさかったりもするんだけど、面白かったりもした」
 ワイ談ってやつもしているので、あれを女の子に聞かれていたとなると……だったのだが、よけいなことは言わずにうなずいておいた。
「あんまりうるさかったらヘッドフォンで音楽を聴くから、気にしなくていいんだよ。それにしても男の子ってね……やだなぁ」
「やだって……いや、あの、そんで、それでなぜ勝郎を?」
「四人の中では勝郎くんの声だけが聞き分けづらくて、判別しようとしてたのね。そのうちにはできるようになって、勝郎くんを意識するようになって、電話がかかってきたりしても、あ、勝郎くんだ、ってわかるようになって、そしたら嬉しくなっちゃったの」
「それって恋なのか?」
「恋なんかじゃないよ」
 恋なんかじゃなくても好き? 章くんが、だったらいいのにな。
 フライトポテトを食って、オレンジジュースを飲んで話して、こうしていたら中学三年生と高校二年生の似合いのカップルにも見えるだろう。俺はちびだけど顔は整っているといわれていて、小学生のころから女にはもてた。
 身長は俺と同じくらいの有子も、あの融の妹にしては美少女だ。店内にいる他の客たちは、美少女と美少年のカップルだと思っているだろう。店内の一画には稚内の不良少年たちと見えるグループがいて、有子と俺を見てよからぬ相談をしているようにも見えた。
「有子、出よう」
「どうして?」
「俺ってからまれやすいんだよ」
「……そうなの? 章くんはハンサムだからかな」
 ハンサムだってのもあるんだろうけど、ちびだからじゃないのか。気が弱いからもあるのだろうけど、有子の前では言いたくない。不良たちにからまれたら俺は有子をほっぽって逃げ出すかもしれない。そうなる前にふたりで逃げたかった。
 冬になれば外ではデートなんかできなくなるから、この季節だと歩いているカップルもいる。夕暮れの稚内の町に、もうじき雪虫がやってくる。
「ちょっと寒いね」
「うん」
 手を握っても有子は振りほどかなかった。
 友達の妹である有子は、別の友達が好きだと言っている。こうして歩いていても、勝郎くんがね、だなんて、恋愛相談みたいな話をしかけてくる。なのに俺と手をつないでいる。この手の意味はなんだ?
人通りが途絶えたあたりで、その手を強く引き寄せた。
「……ええ?」
 キスしようとしたら顔をそむける。ぐいっと抱き寄せてくちびるを奪ったら、有子はものすごくきつい目で俺を睨みつけた。
「……馬鹿っ!!」
 思い切り俺の顔を殴って、有子は早足で行ってしまった。
「……そんなにいやだったら拒めばいいだろ。俺なんか力もないんだから、突き飛ばしたらいいだろ。それほどはいやじゃなかったくせに……」
 何度かキスはしているから、そのときの女の反応もわかるようになってきた。本気でいやがっている女だったら俺も無理にはしない。有子はいやがっていないようだったからやったのに、殴られるとはひどすぎる。十六歳にして、女に殴られたのも何度目だろうか。
「兄ちゃん?」
 家に帰ると、四歳児の弟が俺の頬に手を伸ばしてきた。このごろになってかなり人間らしく喋るようになってきた龍の、冷たくて小さな手が頬に触れる。有子に殴られたから赤くでもなっているのか。龍の手を振り払って鏡を見ると、ほっぺたにはばっちり手の痕がついていた。
「あいつ……ひでっ。痛っ」
 真っ赤についた手形を見ると頬が痛くなってきた。龍は心配そうに、兄ちゃん、どうしたの? と言って俺の顔をさわりたがる。うるさいので振り払ったら、はずみで龍が吹っ飛んで箪笥に頭をぶつけた。泣くのかと思って見ていたら、龍は頭をさすって立ち上がった。
「お父さん、お帰りなさい」
「ああ、龍、ただいま」
 まずいことに親父が帰ってきたのだ。見られていたのかと俺は後ずさりする。親父は片腕で龍を抱き上げ、片腕を伸ばしてついででもあるように俺の頭を殴った。
「……うげ」
「その顔が赤くなってるのはなぜだ?」
「いや、あの、ちょっと喧嘩して……」
「友達にでも殴られたのか。負けたのか。どっちでもいいけど、だからって小さい弟に当たるな」
 そうではないのだが、親父にはそう見えたのだろう。言い訳するのも面倒で俺はふてくされる。親父は龍を片手で抱き、片手で頭を撫でてやって、痛いの痛いの、飛んでけー、とかやっている。龍はきゃはきゃは笑っている。
 小さかった俺にも親父はああだっただろうか。あんなふうにおどけてみせたり、抱いてもらったりなんて、俺の記憶にはない。親父はガキだった俺にも、いつも怒ってばかりだった。
 いい年になってからできた子供のせいもあり、俺とは年が離れているせいもあり、次男のせいもあるのか。親父は龍には甘い。龍ばっかり可愛がってさ、なんて言う気はないのだが、それだったら俺なんかは放任してくれればいいのに、怒るのだけは変わらないんだから。
 女に顔を殴られて、親父には頭を殴られて、夕食は俺の嫌いなクリームシチューで、文句を言ったら親父に怒鳴られ、おふくろには恨みっぽい目で見られて、龍には馬鹿にされて、今日はロックの練習もできなくて、一日散々だった。
 それからだってむろん、ガレージキッズの練習は続けていた。春になれば高校三年生になる。俺は東京の大学に行きたいと願い、そしたら受験勉強もしなくてはいけなくなるのだろうから、二年生の間はロックに生きたいとも思っていた。
「話ってなんだ?」
 雪がふりはじめた初冬のある日、有子に呼び出されていつかのファストフードショップに行った。
「勝郎に告白でもされたか?」
「そうじゃなくて、お兄ちゃんが言ってるんだよ。ガレージキッズはやめるんだって」
「俺は聞いてないよ」
「誰にも言ってないとも言ってた。お兄ちゃんはあたしにはわりと相談もしてくれるんだ」
 融は札幌の大学に行きたいと志望している。俺は東京の大学だったらどこでもいいのだが、融は志望校も決めている。将来はギタリストになりたいと言っていた融は、妹には現実的な夢を語っていたのだ。プロのギタリストになるほどの腕ではないんだから、俺は音楽を製作するサイドの技術を学びたいんだ。
「そういう学部のある大学が、札幌にはあるんだって。お兄ちゃんはそこに行きたいらしいよ。そのためには勉強でしょ。だからロックバンドはそろそろやめかなって」
「そうなんだろうな」
 高校三年生になれば、みんなは現実も考えなくてはならなくなるのだろう。ガレージキッズがデビューできたら、なんて話をするのは、夢物語だとみんなは知っている。
 ガレージキッズは下手くそな高校生バンドだ。俺の歌は上手だけど、楽器はガキの遊びだ。俺はガレージキッズのアキラでデビューするつもりなんかない。仲間たちの前で口にはしないけど、俺はそう思っていた。
 高校を卒業したら東京に行く。東京の大学生になってロックバンドを結成して、そっちの仲間たちとプロになるんだ。俺はロックヴォーカリストになるんだ。俺だったらなれるんだ。おまえたちにはなれなくても、俺だけはなれる。
 二年ほど前に稚内の駅前で、ストリートロッカーを見たときの衝撃。俺はそれからはずっとずっと、胸に炎を燃やし続けてきた。俺はロックシンガーになる。俺だったらなれる。俺は天からの使命を帯びて生まれてきたんだ。木村章、おまえはロックシンガーになるために、この世に生を受けたんだ。
 それは大げさではあるのだが、俺の気持ちはそこに近い。融にやめられると練習場所がなくなるのは困るが、仕方がない。ガレージキッズは俺にとっては執着するほどのものではなくて、いい機会だから解散して、俺も一年間は受験勉強でもしようか。
「やめるのは仕方ないんだろうな。おまえは勝郎と会えなくて寂しいか」
「……あたしも受験だしさ、あたしが高校生になったら、勝郎くんが受験生でしょ」
「勝郎と青樹は、高校を卒業したら働くって言ってたぜ」
「章くんは?」
「俺は東京の大学に行くんだ」
 融は広い土地を持つ金持ちの子だ。その妹の有子も金持ちの娘。稚内の金持ちだからって軽視してはいけない。彼らの親は不動産も資産も会社も持っているらしい。
「高卒の男と……」
「勝郎が高卒で働くんだったら、おまえの相手にはふさわしくないって?」
「そこまでは考えてないけど、あたしだって大学には行きたいんだから、大学生になったら大学生とつきあいたいよ。高校生のときには……うん、それはまだいいけど、あたしも東京の大学に行きたいな。章くん、先に東京に行って待っててくれる?」
「そんで、おまえとつきあうのか?」
「あたしが好きなんでしょ」
 中学生のくせしやがって、打算的というのか。女ってこんなものか。これで普通か。
「勝郎はそれほどの金持ちの子でもないけど、勉強は嫌いだから、札幌の会社にでも就職して、ドラムを続けていくって言ってたよ。親が賛成してくれないかもしれないから、大学には行かされるかもな、とも言ってたよ」
「あたしね……」
 うつむいて小声で、有子は言った。
「勝郎くんを好きだと思ってたけど……章くんのほうが……」
「俺? 俺はおまえなんかなんとも思ってねえよ」
 他の誰かを好きだと言っている女の子だったら、俺を見ろよと言いたくなる。けれど、いざこう言われるといやになる。おまえみたいなガキなんて、それでいて女のいやな面も見せる奴なんて、お断りだと言いたくなった。
「……でもさ、寝る?」
「寝るの?」
「そうだよ。俺は経験あるんだけど、おまえはないだろ。早ければ早いほどかっこいいんだぜ。中学三年で初体験なんてかっこいいじゃん。俺は慣れてるからリードしてやるよ」
 まるっきりの嘘で、俺も経験はないのだが、これで有子がうなずいてくれたら最高にラッキーだ。そうするのは怖い気もして、それでいて、早く経験してみたくてじれじれしていた。もしも有子がうなずいたら、ドラッグストアに行かないといけない。できちゃったら大変だ。それだけは準備しておかないと。
 こんな奴は好きでもないのだから、冷静に考えられる。好きでたまらない女の子だったほうが、失敗してできちゃったのってのがあるんだろな、なんて笑っていると、有子は言った。
「やっぱやだよ」
「そっか」
 ちぇーっ、くそーっ、でもあったのだが、安心もしていた。
「だけど、キスだったら……」
「この間の俺のキス、実はいい気持ちだったのか?」
 真っ赤になってうなずいた有子と手をつないで、店の外に出た。雪が降りしきる。有子が初体験の相手になってくれると言ったとしても、場所がないのだから、拒絶されてよかったのだろう。そんなのは大学生になってからでもいい。東京でひとり暮らしになったら、本当に好きな子を俺の部屋に誘って、できちゃったにだけはならないように。
 有子と歩きながら、二年ほど先の想像をする。キスはどこでしようか。寒いしなぁ、と考えていると、有子が言った。
「今日はお父さんとお母さんは外出してるし、お兄ちゃんも出かけてるから、あたしのうちに来ない? あたしの部屋で……」
「うん」
 解散してしまったら、もうここには来なくなるのか。融とはそうなっても友達でいられるのか。そんなふうにも考えながら、有子の部屋に足を踏み入れた。
「舌は……」
「舌?」
「ディープキスってのは?」
「そんなのやだよ。ばっちぃ」
 拒否されたからしようがない。ストーブが燃えている部屋の中で、有子と抱き合ってくちびるを重ねる。乳房に触れようとしたら手を叩き落された。
「キスだけだってば」
「わかったよ。大きな声を出すなって」
 乳房に触れたりしたら、キスだけでは我慢できなくなるかもしれない。かかかーっと身体が熱くなってきているのは、室内だからだ。今までのキスは戸外でばかりだったから、気が散ってここまでは熱くならなかった。
「有子」
 が、一気に全身から熱が引いた。ノックもなしに有子の部屋のドアを開けたのは、融だったのだ。
「……章、てめっ!!」
「いや、あの、あのあの……」
「お兄ちゃんっ!!」
 融に胸倉をつかまれて、火花が飛びそうなパンチを食らった。もう一発殴られそうになったところで、必死になって逃げ出す。有子が兄貴の腕にすがりついて、やめてやめてーっ!! と叫んでいるのを聞きながら、俺は無我夢中で家から飛び出して逃げた。
 兄貴ってああいうものかな。俺には弟しかいないから、龍が大きくなって女の子とキスしてるのを目撃したら、しっかりやれよって応援してやりたくなるけど、妹だったらああなのかな。逃げている途中では、笑えてきてしようがなかった。
 
「ちっちゃな頃から悪ガキで 15で不良と呼ばれたよ
 ナイフみたいにとがっては 触るものみな傷つけた
 あーわかってくれとは言わないが
 そんなに俺が悪いのか
 ララバイ ララバイ おやすみよ
 ギザギザハートの子守唄」

 歌が口からこぼれる。俺の悪ガキ具合は別方向で、十五で不良ロッカー修行をはじめて、傷つけるよりは傷つけられたけど、兄貴にしてみたら、妹を傷ものにした不良だとなるのか。それからは解散話もなく、しばらくガレージキッズからは遠ざかっていた。学校で会っても融とはことさらに無視し合っていた。
「あんときは、ごめんな」
 照れくさそうに融が言ったのは、高校三年になってからだった。
「いきなりあんなものを見せられて、頭がかーっとなったんだけど、おまえが悪いんでもないんだよな。章は女に手が早いとかって、誰かが言ってたもんで……」
「うん、まあそうだけど……有子は高校に合格したのか?」
「志望校に合格して、楽しそうに学校に行ってるよ。彼氏ができそうだとか言ってたな」
 早速かよ、ではあるのだが、俺にも別の彼女ができていたので、有子には未練もなかった。
「章は東京の大学に行くんだろ。俺も志望校は固めたから、ロックは大学生になるまでお預けだな」
「俺はロックもやるけど、ガレージキッズは休みだよな」
「うん」
 半端な不良のハートはギザギザってほどでもないけど、東京に出てからが勝負だ。そうなったら俺は本物の不良ロッカーになって、本物の女に手が早い奴になろう。俺だったらまちがいなくそうなる。融もきっと、章だったらそうなるさ、と思っているのであろう顔をしていた。


2・哲司

 カモフラージュ? そんな言葉がふっと浮かんだ、女の子とのはじめてのあのとき。小高い丘の上で、中学校の制服をもそもそと着ていた彼女の顔のむこうに、海が光っていた。
 恋というほどではなくても、女の子を好きになった。男の子だって好きになったけど、セックスは女とするものだと思っていたから、こうして女の子と寝た。気持ち悪くはなかったけれど、たいして気持ちよくもなかった。
 小さい島には高校がひとつだけある。勉強のできる奴は本州に行って下宿して高校に通う。僕も親や教師にそうしろと言われたのだが、メンドクサイから島の高校に通い、つまらなくなって学校をやめた。親は悲しんでいたけれど、そんな僕を引き取ってくれるという人がいたので、東京へと送り出してくれたのだった。
「哲司はいくつになったの? 十六? 小さいけど、大丈夫よね。東京には高校中退って人もけっこういるんだけど、あんたは道を踏みはずさないでね。あんたを親から預かった私としては、責任もあるんだから。ちょっと、哲司、聞いてるのっ!!」
「聞いてるよ」
 故郷では女性の出世頭、春子さんだ。年は三十前か。彼女は島の中学校では学年一の成績で、岡山の高校を卒業して東京に働きに出た。成績は抜群だったのに大学には行かなかったのは、早く働いて自立したかったからだと、本人が言っていた。
 それからどうなったのかは僕は知らないけど、金持ちの男に見初められて結婚し、今では金持ちの奥さんだ。僕よりも背が高くてぼってり太っていて、それでも美人だから、こういう体型の女が好きな男もいるんだな、と思っておくしかない。
 母のいとこの配偶者のなんとか、ってな具合の遠縁に当たる春子さんは、彼女が生まれ育った家と僕の家が近かったからもあって、ガキの僕を可愛がってくれた。島に帰ってくるたびに、お土産をくれたり話をしてくれたりもした。
「哲司はハンサムに育つんだろうな。大きくなったら東京に出ておいで」
 春子さんがそう言っていたからこそ、高校を中退して東京に行く気になったのか。
「当面はうちでバイトするとして、哲司はギタリストになりたいんだったよね。ギターを持って上京してきたのか。でも、ギタリストなんてそうたやすくなれるものじゃないのよ」
「知ってるけど、田舎はいやなんだ。なによりもいやだってのは……春子さんには言ってなかったよね。僕は……」
「僕は実は男じゃないとでも?」
 どっかしら当たってる。なんで知ってるの? と見返すと、春子さんは僕の頭を豊かな胸にかき抱いてくれた。
「そうだったの……だとしても……」
「ちがうよ。僕は男なんだけど、男らしくしたいとかは思ってないにしても、身体も心も男だよ。女の子と寝たこともあるよ」
「まっ、おませ。でも、安心したわ。じゃあ?」
「息苦しいから離して。春子さんのおっぱいは気持ち悪くはないけど、僕は男の広い胸に抱かれたいんだよ」
「そっち? 両方?」
 もちろん、こんなことは田舎の奴らには言わない。両親にだって言えるはずはない。僕には兄弟はいないし、両親ともに働いているのでさほどには干渉されず、ばれていないと思う。学校では僕は軟弱だの女男だのと言われていて、それだけで男の同級生には仲間はずれにされたりした。
 これでバイセクシャルだなんて言ったりしたら、島では暮らせない。それもあって都会に行きたかった。春子さんだってこんな話をしたら引くのかと思っていたが、都会暮らしが長いせいなのか、さして驚きもせずに言った。
「そんな人は知り合いにもいるわ。それって生まれつきなのかしらね。そうなんだったらそうで、いずれはいい人を見つけて落ち着きなさい」
「落ち着くってどうするの? 女と結婚するの?」
「男と女のどっちが好きなの?」
「両方好きだけど、男のほうがより以上に、かな。だったら結婚できないでしょ」
「十六なんだから、結論を出すのは早すぎるよ。とにかくね、私はあんたを両親から預かってるんだから、真面目にやりなさいよ。ギタリストになれるかどうかはわからないけど、努力しなさい。ひとまずはうちで働きなさい」
 小さなアパートを借りてもらって、春子さんが実質は経営者である写真スタジオ「スタジオ・スプリング」の雑用係として雇われた。
 オーナーは春子さんの夫だ。彼にも会ったけれど、太ったおじさんに興味はない。太ったおじさんは太目のおばさんになりかけの春子さんと、いちゃいちゃ仲良くやっていればいい。僕にだって好みはあるのだから、なんだっていいわけではないのだ。
 雑用係のアルバイトをしながら、ギタリストのオーディションを探す。幾度か応募してみたけれど、書類選考で落とされた。
「哲司は若いんだから、焦らなくてもいいわよ。ギターはわりと上手なんだから、もっともっと努力したら、ギタリストになれるかもしれないでしょ」
 優しい春子さんはそう言ってくれるけど、書類選考で落とされてばかりだと腐ってくる。一生懸命働いているってほどでもないのに、アパートの家賃も払ってくれて、給料も相場よりもたくさんくれる春子さんには、反抗ばっかりしていた。
「僕なんかは役に立たないんだし、春子さんに寄生してるサナダムシってか、スピロヘータってか、そんなようなものでしょ。いてもいなくても同じどころか、いないほうがいいんでしょ。春子さんはダンナにそう言われてるんだろ。あんな奴、追い出せよって言ってたのが聞こえたよ」
「そんなことは言ってないよ。他の誰かでしょ」
「僕のことに決まってるよ。僕、出ていくから」
「出ていってどうするのよ」
「俺のものになれって言う男だっているし、女だっているよ。この間は……」
 写真つきでギタリストの募集に応募したら、どこかのバンドのドラマーに呼び出された。そいつは僕に言ったのだった。
「おまえ、すげえ美少年だな。ギタリストは決まったんだけど、俺のおもちゃにならないか」
 返事は保留してあるので、そっちに行ったっていい。僕は春子さんにそいつの話をした。
「おもちゃになんかなりたいの?」
「なりたくはないけど、彼はロックバンドのメンバーなんだから、仕事の世話もしてくれるって言ってたよ。春子さんにはミュージシャンの知り合いはいないでしょ」
「いなくはないけど、哲司を紹介するほどでもないから……」
「でしょ。だから、僕はそっちに行くよ」
「待ちなさい。駄目っ!!」
 スタジオの裏手で話しているうちに、僕はその気になってきた。十七歳になっても十八歳になっても、二十歳になってもこのまんまなんだったら、おもちゃにされたっていいからギタリストに近づきたい。そんな気持ちになって、止めようと武者ぶりついてくる春子さんの髪をつかんで、脚を蹴って抵抗した。
「離せよっ!! この馬鹿力女っ!!」
「哲司っ、行ったら駄目っ!!」
 遮二無二しがみついてくる春子さんから逃れようと、彼女を叩いたり蹴ったりしていると、僕の襟首が誰かにつかまれて引っ張られ、投げ飛ばされていた。
「誰?」
 そんなことをするのは春子さんのダンナかと思ったのだが、知らない男だった。僕は地面にぺたっとすわって彼を見上げる。四十歳くらい? 細くて背が高くて渋い顔立ちの彼は、春子さんを助け起こしていた。
「大丈夫ですか。彼はあなたの?」
「ああ、田野倉さん。ありがとうございます。彼は私の甥に近い子なんですけどね」
「レイプしようとしていたわけでもないんだな」
「そんなんじゃないけど、ひどいわ。痣だらけになりそう」
「言う必要もないだろうけど、相手は女性だぞ」
 睨まれて睨み返すと、春子さんが田野倉って男の耳元でなにか言った。田野倉さんはうなずいて、僕に歩み寄ってきた。
「な、なんだよっ」
「立て」
 立つと、ぴしゃっと頬を叩かれる。続いてもう一発、もう一発、強くはなかったけど、続けざまにビンタを食わされて、僕は彼に飛びかかった。
「田野倉さん、叱ってやってとは言ったけど、叩いてやってなんて言ってませんよ」
「俺はガキを叱るったらこうするんですよ。女のひとを殴ったり蹴ったりするとは、おまえはそれでも男か」
「あんたも僕を叩いたじゃないか」
「だから、おまえは男だろうが」
「男だけどね……」
 勝手な理屈、変な理屈。むっかーっとして、僕は田野倉さんを殴り返そうとした。けれど、たやすく阻まれてもう一発叩かれる。春子さんがむこうのほうで、あ、もう、そんなに……とか言うのを聞いていると、涙が出てきた。
「これしきで泣くのか。情けない奴だな」
「……あんたなんかに言ってもしようがないんだろうけど……」
「なんだよ」
「……好き」
 一瞬の間、はぁ? と間抜けな返事。次の瞬間、僕は田野倉さんに抱き寄せられていた。
「そっか。そういう意味で好きなんだな」
「そういう意味って、あんたも?」
「おまえみたいなガキは好きだけど、叔母さんの前で……いいのか?」
「叔母さんってほど近い親戚じゃないし、春子さんは理解があるからいいよ。ね、いいよね、春子さん? 僕、田野倉さんのところに行くよ」
「そんなに急に?」
 呆れ果てた春子さんの声は聞こえたが、僕の顔は田野倉さんの胸に密着していたので、彼女がどんな表情でいるのかは見えなかった。
「私にもミュージシャンの知り合いはいるって言ったでしょ。田野倉さんはそのひとりなんだけど、どうして編曲家のあなたが写真スタジオに?」
「レコーディングスタジオで会ったミュージシャンが、写真の仕事があるっていうんで一緒に来たんですよ。俺は煙草を吸おうとして裏手に出てきた。そしたらあなたたちが喧嘩しているのが見えたんです。細いガキと春子さんの喧嘩だったけど、あの際は女性の味方をするのが普通でしょ」
「田野倉さんはその道の……?」
「仲のいい奴は知ってますよ。哲司ってのか、こういう坊やは趣味に合ってます。もらってもいいですか」
「嫁にもらうみたいな言い方」
 不満なんだろうか、春子さんは……僕は田野倉さんについていきたい。軽く抱かれている彼の腕に陶酔して、思考能力が減っていっていた。
「哲司はかなり手に負えませんよ」
「でしょうね」
「途中で捨てたりしません?」
「それは保証できかねますが、そこんところは男女のカップルと似たようなものでしょ」
「……そうなんでしょうね。でも、哲司は未成年ですから」
「未成年だな、この細い腰は……ならば俺は大人として、躾もしましょう。春子さんがなさっていたように躾けますよ」
「私は躾もできなかったけど……叩くんでしょ?」
「当然」
 そうだろうな、やるよな、このおじさんだったら、とは思ったけど、それでもいい。僕は田野倉さんのものになって、田野倉さんと同棲して、田野倉さんに躾けられたかった。躾ってのは行儀作法だとかなんだとかだろうけど、それ以外も、えっちなほうも……当然?
 そのあとも春子さんと田野倉さんはごちゃごちゃと話していて、最後にはふたりして僕に尋ねた。哲司、行くか?
「うん」
 東京での僕の保護者が、春子さんから田野倉のケイさんに変わった瞬間だった。


3・幸生

 こんな言葉、死滅したんじゃなかったの?
「勘当だ。出ていけ」
 いかれた我が家の女たちに較べれば、親父はわりに真面目なほうだ。妹たちに言わせると、あの堅いお父さんの息子がお兄ちゃんみたいだなんて、ではある。
 それにしたって、母とふたりでふざけたりおどけたりもしている父が、可愛い大事なひとり息子に向かって、シリアス至極な顔と口調でこんなことを言うなんて。幸生くん、ショックで悶絶しそう。だけど、新学期には高校三年生になる男なのだから、親父に泣いてすがるってわけにもいかなくて、俺も言い返した。
「出ていきゃあいいんだろ」
「お父さん、なにも勘当までしなくても……幸生がなにをしたんだか知らないけど……幸生、あやまりなさい。お父さん、許してやって」
 狼狽したふうに母が言い、父は頑固な顔をして頭を振る。ジャケットのポケットに財布だけをねじ込んで外に出ようとすると、妹たちが追いかけてきた。
「なにをしたの、お兄ちゃん?」
 上の雅美が尋ね、下の輝美も尋ねた。
「勘当されるほどのことって、人殺しでもした?」
「輝美ちゃん、冗談を言ってる場合じゃないよ」
「そうだよね。人殺しだったら勘当じゃなくて、自首を勧めるでしょ」
「うんうん。そしたら、泥棒? 万引き?」
「……お兄ちゃんだったら……まさか強姦?」
「そんなことをしたんだったら、あたしたちもお兄ちゃんを勘当するよ」
「なんなの、なにしたのよっ!!」
 新高校二年生の雅美と、新中学三年生の輝美。小柄で黄色い声の妹たちが、腰に手を当てて小柄な兄貴を睨み上げる。強姦はしませんよ。そこまでしなくったって、俺がナンパしたらついてきてくれる女の子はいるんだから。
 親父を激怒させたのは、それが原因だった。こんな話はまだまだおぼこい妹たちにはできないので、ニヒルな笑みを片頬に浮かべて、俺は無言で外に出た。
「お兄ちゃんが無口だったよ」
「なんにも言わなかったよ」
「……やだ、お兄ちゃん、死んじゃうんじゃない?」
「輝美ちゃん、あんた、人が死ぬ小説でも読んだの?」
 ノーテンキな会話をしている妹たちに背を向けて、玄関のドアを開ける。
 早い春の風はまだつめたい。俺は親父に勘当されて、これからはひとりで生きていかねばならないのだから、世間の風もつめたいのだろう。これで東京の大学に行くという希望も潰えるのか。高卒で働くのは珍しくないにしても、卒業できないかもな。
 住み込み新聞配達、奨学金、その手もあるから、高校は卒業しようか。そしたら、知り合いの新聞販売所のおじさんに頼みにいこう。ん、待てよ。あそこはY新聞。俺の大嫌いな野球チームの親会社だ。やめよう。
 YはYでも横須賀新聞。最地元の弱小新聞販売所を探しにいこうと、歩き出す。寮かアパートでもあればいいが、所持金が乏しいので、住み込みを断られたら公園で寝るしかない。可憐な美少年の幸生くんが公園で寝泊りしていたら……歩いていると妄想がふくらむ。
 夜中に俺は歌を歌っている。きらきら星の中、ボーイソプラノの名残もあるこの高い声で、ブランコに腰かけて歌っている俺の声が聞こえてきた。

「星が綺麗ねとっても
 近く見えるわ
 赤い星、青い星

 わたし、中学校のとき
 バレーボール部にいたのよ
 
 恋人、いたわよ
 とっても背が高くて
 真っ黒に日焼けして
 シュークリームが大好きだったキャプテン」

 輝美が人殺しだの死んだのだのと言うから、死んだ彼氏を偲ぶ女の子の歌を連想したらしい。実際にハミングしながら、俺の想像は続いていった。背が高くて日焼けした男が、ブランコにいる俺に声をかけてくるのだ。
「素晴らしく歌の上手な少年だね、きみか。きみはどうしてこんなところにいるの?」
「親父に勘当されたんです」
「……それは気の毒に……しかし、きみが勘当されて夜中にこんなところにいたからこそ、私はきみと出会えたんだよ。幸生くん、きみだったらアイドルを超えたアイドルになれる。歌手としてデビューしないか。お父さんにも口ぞえをしてあげるから、詫びて勘当を解いてもらいなさい。歌手としての支度金で、ご両親に親孝行をしなさい」
 うん、それもいいかも。公園で寝るのもいいかもね。
 それにしたって、親父もああも怒らなくてもいいだろうに。あんたは高校時代にナンパはしなかったのか? 母さんとはどうやって知り合ったの? 職場恋愛だって言ってたけど、母さんが親父をナンパしたのかな。
 本日の午後、俺は横須賀の街を歩いていた。春休みなのだから親友の翔太とショッピングに行き、昼メシを食ってから買いものをして、翔太がアニメショップに行くというので一旦は別行動になったのだ。俺は楽器店に行き、そこで可愛い女の子と出会った。
「大きな紙袋を持ってるんだね。いいもの買ったの?」
「冬ものだから安くなってたんだね。スカジャンだよ」
「スカジャン? ださっ」
 彼女は笑ったけれど、見せてほしいと言うので一緒に喫茶店に入った。
「かっこいいでしょ」
 広げて見せたのは、背中にトランペットとサックスを刺繍したスカジャンだった。正式名称は横須賀ジャンパーか。横須賀のシンボルでもあるし、楽器がモチーフとなると俺の趣味に合っていて、前から狙っていた。
 それが安くなっていたのだから、買わない手はない。俺にはでかいかもしれないけど、大学生になるころにはこれが着られるほど大きな男になりたいとの望みも込めて。
「幸生くんって小さいから、大学生になってもこれは着られないんじゃない?」
「大は小を兼ねる」
「スカジャンに着られてる幸生くん、可愛いかもね」
 マイコとだけ名乗った彼女とコーヒーを飲み、話しているうちに翔太は忘れてしまって、ふたりして喫茶店から出ていった。
「早く帰らないといけないの?」
「別にいいんだけど、どこかに遊びにいく?」
「ゲーセンは?」
「あたしはゲームは好きじゃないな」
「なんだったら好き?」
「幸生くんがしたいことは好きかもね」
「あのさ、エンコーなんかは……俺、ホテル代だったらなんとかなるけど、そこまでは金は持ってないし、そういうのは好きじゃないよ」
「馬鹿にしないでよ」
 つないでいた手を片方の手にばっちんと叩かれて、俺は慌ててあやまった。
「ごめん。言ってみただけ」
「高校生だってエンコーなんかしてないほうが普通なんだよ。どこかのおじさん雑誌の読みすぎでしょ。あたしは気に入った男の子とだったらホテルに行くけど、ウリはやらないんだから」
「そうだよね。ごめんね」
「幸生くんも気に入った女の子とだったら行くんでしょ。行こうよ」
 ならば話は早い。マイコは幸生くんが好きだから、ホテルだって割り勘でいいよ、今夜だけ、だなんて言ってくれる彼女と手をつなぎ直して、高校生でも入りやすいホテルに行こうとした。
 俺は去年、年上のひとと初体験をした。麗子さんは大学四年生だったから、就職が決まって札幌に帰ってしまった。あれからはナンパに精を出して、幾度かは女の子と寝た。麗子さんを忘れるため、なんかじゃなくて。
 今年は受験生なのだから、ナンパはここでお休みしよう。大学生になったら本物の恋をして、本物のベッドインも経験するんだ。
 好きとは言っても今夜だけ、のマイコちゃんとホテルに入ろうとしていたら、俺たちをじろじろぎろぎろーっと見ているオヤジと視線が合った。どこのオヤジだ? と見返したら、あろうことかあるまいことか、俺の実の親父だったのだ。
「うわっ、あわっ……」
「どうしたの、幸生くん?」
「いえ……あのね……」
 逃げようかどうしようかと迷っていたのだが、すでに遅く、親父が近づいてきた。
「幸生、一緒に帰ろうか」
「いえ、あの、おかまいなく……」
「幸生くんのパパなの? あ、そ、じゃ、失礼します」
 マイコちゃんは泡を食って逃げていってしまい、親父は俺に顎をしゃくった。逃げても無駄であろうからおとなしく連行されて、ともに家に帰ってきたのだ。殴られるのかとは思ったけど、勘当だなんて、よその親父も息子のナンパ現場を目撃したら、そうするんだろうか。


 横須賀新聞のおばさんには、配達員は間に合っていると言われた。空が日暮れてきて、公園で寝るしかないのかと思っていたら、むこうから翔太がやってくるのが見えた。
「どうしたんだよ、幸生」
 走り寄ってきた翔太が尋ねる。彼とは自宅も近く、高校に入学してからの親友だ。
「買いものに行ってはぐれただろ。帰ってからおまえんちに電話したら雅美ちゃんが出て、お兄ちゃんはお父さんに勘当されて家出したって言うんだ。勘当って……Disinherit……Dissolution of a tieだよな」
「なんだよ、それは。英語で言うな」
「Impressionじゃねえだろ?」
「英語で言うなってば。離縁、絶縁だよ」
「なんで?」
「うん、まあ……」
 ナンパのせいで、と翔太にだったら言えるけれど、ちゃらっぽこ話にした。
「捨て猫を拾ったんだよ。うちにはミーとピーがいるから、これ以上は無理なの、捨ててきなさいっておふくろに言われて、そんなのやだぁっ!! って駄々をこねたら、十七歳にもなろうって男がそんなことで……って親父が怒って、そんな奴は勘当だーっ、って怒鳴られて、俺は猫を抱いて家出したんだ」
「猫は?」
「猫のマイコちゃんは逃げていっちゃったよ」
「……」
 信じていないそぶりだったのだが、翔太は言ってくれた。
「じゃあさ、俺んちに泊まりにこいよ」
「悪いからいいよ」
「悪くなんかないっ、来い」
「翔太、おまえだけだよ、俺の友は」
「うるせ。いいから来い」
 翔太の家には弟がいる。中学生の弟は翔太と同じアニメおたくだが、歌も好きだから俺とは話も合う。翔太の両親はそろってF1好きで、鈴鹿サーキットを見にいって知り合って結婚したのだそうで、次男には車の名前をつけている。
 長男は翔太だから普通で、翔太もいやがってはいないのだが、次男はロメオという。路芽男。気の毒な名前である。
「兄貴はアルファにしたらよかったんだよ」
「アルファってどう書くの?」
 α? と紙に書いてみせると、ロメオはこう書いた。
「亜瑠符亜」
「それもかっこいいね。俺が歌手になったら三沢亜瑠符亜って芸名にしようかな」
 兄弟の部屋で馬鹿話をしていると、ごはんですよーっ、と呼ばれる。翔太の母ちゃんは料理がうまい。うちのおふくろだって料理はうまいのだが、腹が立っていたから言った。
「おいしいっ。おばちゃん、うちのおふくろに料理を教えてやって下さいよ。このワンタンなんて絶品だよ。おかわりしていいですか」
「はいはい、どんどん食べてね」
「おばちゃんは美人だし、プロポーションもいいし、おばちゃんが独身だったら、俺のお嫁さんになってほしいな」
「あたしがいくつだか知ってる?」
「愛があれば年の差は関係ないんですよ」
 姉ちゃんか妹がいればさらにいいのだが、おばちゃんとだってお喋りしているのは楽しい。けれど、おばちゃんは心配そうに言った。
「おうちに電話しなくていいの?」
「勘当されたとか言ってたけど、お父さんだって本気じゃないだろ。電話しておきなさい」
 おじちゃんも言い、翔太も言った。
「俺がしてやろうか。幸生は俺んちにいるってよ」
「しなくていいよ。おじちゃん、ドライブに連れていって」
 F1マニアなのだからして、翔太の親父は車が大好きだ。アルファロメオとはいかないが、フォルクスワーゲンに乗っている。俺は人なつっこいのがとりえで、翔太の家にも何度も遊びにきておじちゃんやおばちゃんに可愛がってもらっていて、こんなおねだりもできるようになっていた。
「外車に乗りたいな。夜中だったらちょこっと運転だってしてもいいでしょ」
「それは駄目だけど、ドライブだったら行こうか。母さんも行くか」
「私はいいわ。五人も乗れないじゃないの」
「俺も行くぅ」
 ロメオが言って、少年三人とおじちゃんとの男ばっかの夜中のドライヴになった。
「それで、幸生くんはどうするんだ?」
 横浜まで車を走らせながら、おじちゃんが尋ねる。俺は返事ができない。バックシートでは兄弟がアニメの話をして、お菓子を食べている。夕食を食ったばかりなのに、大柄な兄弟は食欲も旺盛だ。中学三年になるロメオは、俺よりも背が高い。
「ロメオは輝美と同い年だね。紹介してやろうか」
「お喋り女って嫌いだよ」
「うん、そのほうがいいかもな」
 話をそらそうとしている俺に気づいているのか、おじちゃんはそれ以上は尋ねなかった。
 車が止まったのは横浜の市街地に入ってからだった。港の見える公園に行こうと、車を駐車場に止めて歩き出す。カップルがデートしている。俺も早く大人になって、自分で稼いだ金で彼女とホテルに入りたい。親父に勘当されたからって途方に暮れているガキの身が哀しかった。
「親父なんか大嫌いだ」
 呟くと、おじちゃんがなにか言いかけて口を閉じる。手すりにもたれて四人で夜の海を眺めていると、知らない男の声が聞こえてきた。
「俺は親が嫌いだったんだよ」
 背の高い、俺よりもすこし年上に見えるお兄さんが、女のひとに話しかけていた。
「それでばあちゃんになついてたんだ。ばあちゃんがいなかったら不良になってただろうな」
「おばあさまは好きだったの?」
「ばあちゃんにだって反抗して、蔵に放り込まれたりもしたよ。ばあちゃんなんか大嫌いだ、このくそばばあ!! って叫んで、口元をひねり上げられたり、叩かれたりもしたな」
「それでも好き?」
「好きだったんだろうな。おう、ここだ。こっちだよ」
 もうひとりの男が歩み寄ってきていて、大学生くらいのふたりはそっちへと行ってしまう。男がひとり増えた三人になったそのグループが、歌を歌いはじめた。歌っているのは男ふたりで、女のひとは黙って聴いているようだった。

「恋したあの娘と二人して 街を出ようと決めたのさ
 駅のホームでつかまって 力まかせになぐられた
 あーわかってくれとは言わないが
 そんなに俺が悪いのか
 ララバイ ララバイ おやすみよ
 ギザギザハートの子守唄 」

 高い声と低い声が最高のハーモニーになっていて、男の俺が聴いていてもうっとりしてしまう。あの女のひとはどっちかの彼女かな。彼女はとろっとろっになってるのかな。俺も小声で歌ってみた。

「熱い心をしばられて 夢は机で削られて
 卒業式だと言うけれど 何を卒業するのだろう
 あーわかってくれとは言わないが
 そんなに俺が悪いのか
 ララバイ ララバイ おやすみよ
 ギザギザハートの子守唄 」

 不良ってのは憧れるけど、俺にはなれないだろうな。新聞配達も断られたし、大学に行きたいし、親父にごめんなさいをして、二度としませんって誓って許してもらうしかないか。
 お兄さんたちに説教されたわけでもないのに、おばあちゃんの話を聞かされて、歌を聴かされて、言い聞かされた気持ちになった。大学生になったらあんな先輩ができて、ナンパなんかしたら親父のかわりに叱られるのかもしれない。
「……おじちゃん、俺、親父に電話するよ」
「そうか。なんだったらおじさんも話をしてあげるよ」
「いいんだ。自分で言うから」
「なにがあったのか知らないけど、お父さんは聞き入れて下さるよ」
 今ごろはおふくろや妹たちに責められて、親父も軟化しているだろう。二度としないってのは口だけで、大学生になったらまたするけど、そう言って詫びよう。父はきっと言ってくれるさ。
「帰ってこい、幸生」
 むこうに公衆電話が見える。俺はおじちゃんに笑いかけて、親父への詫び言を練習しながら、そっちのほうへと近づいていった。

END


 
 

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NoTitle

哲司くん探してこちら読ませてもらいましたー。
千鶴ちゃんと哲司くん、一緒に描けるか挑戦してみます!(ダメだったら一人ずつとかになると思いますm(__)m

章くん(笑)友達の妹に手を出そうとするとは(笑)でもちゃんと避妊を考えるあたりが偉い(?)です(笑)

哲司くんのお話読んでるとなんだか自分もバイセクシャルのような気がしてきます(落ち着け)女性でもかっこいい人とか魅力的な人がいれば好きになるのかなぁ(´ε`;)ウーン…
性別はどうであれ自分の拠り所になる人が見つかるっていうのは素敵なことだと思います( ´∀`)bグッ!
そしてゆきちゃん(笑)なぜか章くんの場合と違ってゆきちゃんはいけないことしても楽しく読めますね(笑)明るいからかな。私もゆきちゃんみたいな明るさがほしいです(^_^;)

あ、哲司くんはどんな髪型ですか?あ、千鶴ちゃんもですが髪の色は黒?染めてます?ピアスなどのアクセサリーは?またお知らせくださいー

たおるさんへ

こんな、埋もれていたようなものも探して読んで下さって、まことにありがとうございます。
毎度の私の図々しいお願いも聞いて下さるんですか。
嬉しすぎて気絶しそうです。

きゃーー(^o^)

哲司と千鶴といえば、ショートストーリィにこんなのがあります。
http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-1255.html

このふたりは結局、こんな関係になりました。

章も幸生も高校時代は軟派な不良のケがあったのですよね。
こんな息子を持ったら、両親は気が気じゃなかったことと思われます。
ユキのほうが楽しい、明るいと言ってもらえるのは嬉しいです、章はネガティヴですからね。

そして哲司。
バイセクシャルって人種は友達の友達にいるのだそうですが、話を聞いている分には面白いです。
私は女性に恋したことはありませんが、恋に近いような感情を持たれたことはあって、特に嫌悪感はありませんでした。

哲司は男の子にしたら長めですが、ロングヘアではない。首筋くらいの長さかな。髪は茶髪でしょうね。
アクセサリーはあまり考えたことがなかったので、おまかせします。
ヒデのピアスだってちょっとびっくりしましたが、今ではヒデの図は、たおるさんが描いて下さったとおりに浮かんできますものね。

金髪の乾隆也を描いてもらったこともあるのですが、おー、これも隆也らしいなぁ、なんて思いました。
とーっても楽しみに待ってますので、ワンショットでもツーショットでも、たとえばべーっと舌を出し合っている千鶴と哲司でも、というわけで、よろしくお願いします。
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