共作

共作4(温度はお好みで・ハートのキスマーク)

 ←小説164(空に星があるように) →小説165(Dream on)
imagesCAES8OJF.jpg


共作4(まやち&あかね)

「温度はお好みで・ハートのキスマーク」


1

 化け物だなどと達也は言ったけれど、あの日は美穂もパニックになりそうになったけれど、小夜の話を聞いていると、これも愛の形……美穂にはそう思えてきた。
「それからなんだ。セイちゃんがあたしのためにね……」
「愛する小夜のために……どうしたの?」
「あんまり言うと叫ぶでしょ?」
「叫ぶかも」
「そしたら言えないよ」
 どことなし翳りと切なさをまとった表情に見える。小夜と誠二の仲は達也と美穂よりも長く、深く濃い。美穂は達也と知り合ってベッドにも入ったけれど、短く浅く薄い仲でしかないのだろうか。
「小夜先輩には話してなかったよね。航平さんっていう歯医者さんがいて、美穂から見るとお兄ちゃまみたいなの。航平さんが言ったんだ。航平さんもえっちなんだけどね、男心を教えてくれるの」
「男ったって一種類じゃないけど?」
「そ、そう? そうかもしれないんだけど……航平さんは達也さんにも会ってるから、お互いに気性がちょっとは見えたみたい」
 ふたりが会ったあの夜の話をすると、小夜はくすくす笑った。
「男同士は荒っぽいよね。セイちゃんにも野獣っぽいところはあるんだ。達也さんにだと……ううん、いいから続けて」
「学生のときには達也さんと誠二さんも暴力で喧嘩したって聞いたよ」
「そうみたいね」
 だから小夜も知っているのだと合点して、美穂は続けた。
「達也さんは美穂にも荒っぽくて、抱き上げてベッドに放り投げたりするよ。お尻ぺんっ、なんてこともするんだけど、航平さんも知ってて、それはおまえを可愛いと思ってるからだ、どうでもいい女に躾だなんて、面倒なことはしないんだよ、って話してくれたの」
「そうかもね」
「躾だとか調教だとかって……えっち」
「微妙にちがう言葉なのかな」
「小夜先輩って……」
「なんなの?」
 美穂にはまだわからない。わからない、としか言えなかった。
 楽しみにしていろと達也に言われていた、ふたりっきりでゆっくりできるはずだったあの日。達也と誠二が示し合わせたのはまちがいなくて、真相を知った美穂はびっくりして心臓が止まりそうだった。
 達也が小夜の浴衣をまくったり、美穂も誠二に触れられそうになったり、大騒ぎして泣いたり叫んだりしていた温泉での一泊二日の間に、小夜と誠二の関係については垣間見た。
 しかし、あの触れ合いでは小夜と誠二の深い部分までは見えるはずもない。知りたいと感じたり、美穂には遠い世界だから怖いと感じたりもしたあの日……美穂の想いはただの好奇心か。小夜にしても抽象的な話ししかしてくれないのだ。
「美穂ちゃんも達也さんとはあんまり会えないんだよね。私も同じ。だからね、たまに会えるとふたりの……ふたりはふたりだけの世界を作るの。私たちはお互いの彼と会ったけど、それはそれだけのことだからね」
「変なことしたのは、それでもいいの?」
「やだよねぇ。達也さんもえっちだよねぇ」
 故意に無邪気っぽく笑っている? 小夜の笑顔は美穂にはそうも映る。
 ランチタイムに小夜と話して、美穂はよりいっそう、すこし年上の小夜と、達也と同い年でミステリアスな誠二の仲を、神秘的にも受け取っていた。だからこそ、こんなに気になるのか。
「ガールズトークっていうんだから、これは女同士の話し。ここだけの話しだよ」
 私がこんなふうになったのは、といった話の導入部だけを聞かせてくれて、小夜は化粧直しをしてくると言って立っていった。つまり、彼氏には言ってはいけないと、小夜はそう言いたかったのだろうと美穂は解釈しておいた。
「我慢も愛よ」
 達也に会えなくて寂しくて、会社をさぼって寝ていた日に電話してくれた小夜が言ったけれど、先輩は我慢しているのでもなさそうな……そしたらなに? 美穂にはそこまでは、どうしてもわからない。
 考えすぎると頭痛がしてくるので、美穂はそれからは、あのあとの時間についてとりとめもなく思い出していた。


 一日目の夜には四人で夕食になり、達也は誠二を美穂に紹介してくれた。
「悪徳弁護士の緒方誠二だ」
「悪徳弁護士なの?」
「そうかもな」
 誠二もそう言い、小夜もくすくす笑っていた。小夜には誠二が達也の話をしていたのだろう。裸エプロンを持ち出されることもなく、和やかに食事が続いていた。
 ふっと意識を向けると、誠二の手が小夜のどこかをさわっていて、小夜が小声でなにか言っていたりもした。達也も美穂にえっちないたずらをして、彼の手を振り払おうともがいていたりもした。それはそれとしても、食事は平和におしまいになった。
 それからふたりの部屋でああしてこうして……それから朝になって……美穂が誠二に妙なことをされそうになったら、達也が守ってくれた。誠二がああして達也が怒ってみせたのも、遊びの一種だったのか、ふたりとも本気だったのか、美穂にはわかる由もなかったのだが。
 泣いてしまった美穂は達也にあやしてもらって、顔を洗って着替えて朝食も食べてから、宿を引き払った。達也の肩にもたれてうとうとしていた美穂は、ついたぞ、起きろ、の声で目を覚ました。
「ここはどこ? 達也さんのマンション?」
「来たかったんだろ」
 それでいっぺんに機嫌が直ったのだから、美穂って他愛ないね、と自分で言ったものだった。
「達也さんのマンション……今日はふたりっきりだよね」
「ああ。誰にも邪魔はされないよ」
「とすると……やらせたかったあれは……」
「あれってこれか」
 誠二か小夜が止めてくれて断念したのか。忘れてはいなかったようで、達也は旅行バッグからエプロンを取り出した。
「ありゃ? なんでおまえが知ってる? 言ったか?」
「聞いたんだもん。誠二さんとこそこそ相談してたでしょ」
「聞いた? こら、美穂、立ち聞きしてたな。行儀の悪い」
「変な相談をするからいけないんでしょ。やだやだっ、なにすんのよっ」
「立ち聞きの罰だ」
 藪蛇とはこれであろうか。裸にされてしまって、ピンクのフリルつきエプロンを渡された。
「素っ裸以上に色っぽいだろ。つけろよ」
「美穂は水着を持ってるんだけど、水着の上からでもいい?」
「だーめ」
「やんやんやだやだ」
「そっか。エプロンがいやだったら罰はこっちだな」
 手を上げて脅す達也にあっかんべをしてから、美穂は鏡の前でエプロンをつけた。
 前は隠れる。腕や脚は見えるけれど、これならば水着を着ているのと同じようなものだ。けれど、うしろを向くと……美穂は悲鳴を上げた。
「恥ずかしすぎるよぉ」
「見てるのは俺だけだろ。見物人がいないと物足りないか。誠二も小夜も呼ぼうか。小夜にもやらせたいんだけど、誠二には言われたんだよ。そんなガキの遊び、つまんねえよ、だってさ。あいつは妙に超然としてるけど、あんなのポーズだぜ。学生時代にはさ……誠二の話はどうでもいいか。呼んでほしいか」
「いらないよ。ね、美穂、可愛い?」
「最高だよ」
 鏡の中には頬を染めた美穂がいる。可愛いな、と自分でも思っていると、達也に抱き寄せられた。
「その格好でキッチンに立てよ。簡単なものでいいから昼メシを作れ。俺は美穂のうしろ姿を見ながら、ビールでも飲むとしよう。こら、美穂、さっさとしろ」
「美穂は今日はメイドさん?」
「メイドはしっかり働け。さぼってるとこれだぞ」
「こればっか」
 ふたりきりだったらやってもいいかなぁ、と思っていたのだから、裸エプロンメイドをやることにした。
 サンドイッチを作っていると、達也がうしろからこちょこちょといたずらをする。背中越しに抱きしめてえっちな言葉を囁く。肩を抱いてキスしたりもする。手が下半身のあらゆる場所に触れて、美穂の全身がかーっと熱くなってきた。
「旦那さまがいたずらするから、メイドの仕事ができません」
「立ってもいられませーん」
「達也さんのイジワルぅ」
 エプロンの胸元に忍び込んでくる手にキスすると、達也は言った。
「旦那さまも我慢できないよ。昼メシはあとにしよう。先にこっちこっち」
「こっちこっち……?」
「俺だって飢えてたんだから、昨日は何回もやったけど、足りないんだよ。美穂、寝室に行こうな」
「美穂はおなかがすいたよ」
「俺の……を食わせてやるから」
「きゃっ、えっちっ!!」
 じゃれてたわむれて、達也の手やくちびるが美穂の全身に触れて、エプロンがキッチンのフロアに落ちる。寝室に連れていかれてからは、空腹も忘れてしまった。
「達也さんって元気だね。三十になると男は……」
「なんだって? 誰にそんなことを教わったんだ? お父さんか」
「お父さんは娘にえっちな話しなんかしないのっ」
「そしたら航平か。あの野郎は……今度会ったら叩きのめしてやる」
「航平さんもそう言っていたよ」
「こら、美穂。おまえは俺よりもあいつが……ちがうよな?」
「美穂は達也さんだけが好き」
「そうだよな。当然だよな。俺はこれからだって仕事が忙しいけど、ほったらかしてたっておまえは俺のものだ。信用してるんだから信用に応えろよ。はいは?」
「いーだ」
 再び、三度び、達也は美穂を抱きしめた。抱きすくめてベッドに倒して覆いかぶさってきて、美穂の身体を翻弄した。
「航平さんは美穂のお兄ちゃまだから……」
「航平の名前なんか出すな」
「妬いてる?」
「うるさい」
 それからはベッドにいて、達也が回復すると抱き合った。幾度も幾度も抱き合って、美穂はへとへとになってしまったのだが、夕方になると達也が言った。
「今日は遅くなってもいいんだろ。外で晩メシ食って、おまえの家の近くまで送っていくよ」
「今夜はここに泊まりたい」
「明日は仕事だろ。親にだって、今日は帰るって約束したんだろうが」
「仕事も親もどうでもいいの」
「よくないよ。帰れ」
「いや」
 できるものならば永遠にここにいたい。美穂の願いを知っていたのか、達也は身を起こして美穂を真面目に見つめた。
「そうやって駄々をこねるんだったら、二度とここには来させないぞ」
「そんなのって……」
「もう一度だけ言う。帰れ。はいは?」
「いやっ!! あっ、いやっ!!」
 こてっとうつぶせにされて手が振り上げられて、美穂は堅く目を閉じた。
「おまえの身体はキスマークだらけだよな。この上にケツに手の痕でもついてたら、お母さんに見られたらなんて言いわけするんだ?」
「見られないようにできるから……」
「そしたら叩かれていいんだな。わがまま娘の聞き分けのない悪い子は、うんとうんと叩かれていい子にしてもらうんだよな。よーし、行くぞ」
「いやっ。言うこと聞くからっ!!」
「まったく手のかかる奴だ。めっ!!」
 ひとつだけ叩いて、達也が美穂を抱き起こした。
「痛かったよぉ」
「当たり前だろ。美穂」
「……はい」
「こうやって叩くぞって言われないと、俺の言うことが聞けないんだろ。そんな子はいい子なのか」
「美穂……悪い子……」
「悪い子だな。だったらなんて言うんだ?」
「ごめんなさい」
「よーし、いい子になった。起きて服を着ろ。美穂、返事ができないのか。もう一発か」
「いやいやいやっ。はいっ」
 優しい声を出したり、きつく叱りつけたり、美穂は達也の声の調子にも翻弄される。服を着ている達也に言ってみた。
「抱っこして。美穂、泣きたいの」
「叱られたからか。ちょっとは痛いように叩かれたからか」
「今の、懲らしめ? 美穂が悪い子だから?」
「当然だ。おまえみたいな奴には、怖い彼氏も必要だろ。泣くと顔が……まあいいか。ここにおいで、美穂」
 怒っている達也は本当に怖い。ベッドにすわった達也の膝に抱かれて、美穂は泣いていた。髪を撫でてくれる手に癒されて、美穂は言った。
「達也さん、怖かったよ」
「当然だろ。いい子にしてたらまたここにも連れてきてやるから、俺と会えなくてもいい子にしてろ。航平や小夜にだったら甘えにいってもいいけど、航平には気を許しすぎるなよ。誠二となんか会うなよ。美穂、返事しろ」
「はい」
「素直でいい子のおまえも可愛いよ」
 二日の間に幾度も泣いた。達也にも泣かされた。それでもあの休暇は幸せだった。もう一度ではなく、何度でも達也のマンションに行きたい。あの日々を思い出していた美穂の追憶は、昼休み終了のチャイムでぱっと砕けた。


 あれからまた達也は忙しくなって、デートもそんなにはしてくれない。メールにも返事をくれない。そうすると航平しかいない。小夜とお喋りをするのは別もので、男に甘えたい気持ちは美穂の中から消えなくて、航平に会いたくなる。
「甘えんぼの美穂とデートして」
 メールをすれば航平ならば返事をしてくれる。達也も航平は認めてくれているのだから、彼氏公認の仲なのだと美穂は思っていた。
「クリニックに来ていいよ」
 航平が言ってくれたので、仕事を終えて「西垣デンタルクリニック」に行った。今日も歯医者さんは盛況だ。美穂が待合室にいると、ひとりの看護師が話しかけてきた。
「こちらにいらして下さい」
 切り口上で言われてついていくと、看護師の控え室のようなところに連れていかれた。
「美穂さんですよね。キスマークが見えてますよ」
 指さされた鎖骨を押さえると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ちがうのかしら。虫刺され? でも、あなた、彼氏はいるんでしょ? そう言ってたよね。なのに先生につきまとうって、どうかしてない?」
「航平さんは私のお兄ちゃまだから……」
「お兄ちゃま? 実の兄妹じゃないでしょ。先生には姉さんはいるけど、妹なんかいないって私たちは知ってるの。あなたは先生の迷惑になってるのよ」
「航平さんはいいって……」
「航平さんだなんてなれなれしく呼ばないで。あなたも子供じゃないんでしょ。先生の迷惑を考えなさいよね。そんなミニスカートなんか穿いて、いやらしいったらないんだから」
 ははーん、彼女は航平が好きなのだな、と美穂にはピンと来た。
「もてないおばさんのひがみだよね。かわいそうね、お姉さん」
「……」
「お姉さんは大きくて太めで、年も航平さんよりも上かな。そりゃあ好きになってもらえないよね。私がうらやましいんでしょ」
「あんたみたいな……とにかく、出ていってよ。二度と来ないで」
「あんたに言われる筋合いないし」
 睨み合っていると、ドアにノックの音がして航平が顔を出した。
「子供相手につまらないことを言ってるんじゃないよ。谷さん、診療時間が終わったんだから、あなたも帰っていいよ」
「先生がこの子に厳重に、来ないように言って下さればいいんです」
「美穂は特にあなた方に迷惑はかけてないでしょ。はじめてここに来た日には、俺も少々馬鹿を言ったけど、あれからは外でしか会ってない。今夜はクリニックで会ったほうがいいと思って呼んだんだ。すぐに出ていくよ」
「目障りです」
「美穂が? じゃあ、二度とここには連れてこないから、それで納得して下さい」
 谷という名であるらしき看護師は、くちびるを噛んで航平を見上げた。
「美穂があなたに失礼な台詞を言ったんですよね。それについては、美穂、谷さんにあやまれ」
「この人も言ったよ」
「私情も入ってはいたけど、谷さんは正当なことしか言ってないかな。プライベートと仕事場を混同した俺もよくないね。すみません、谷さん」
「……いえ……」
「美穂は叱っておきますよ。こいつは考えもないガキでね。実の妹ではないけど、妹のようなものではあるから、兄貴としての躾をしなくちゃ。美穂、覚悟はいいか」
「やだっ」
 ふふっと航平は笑い、谷は美穂には視線も向けずに部屋から出ていった。
「航平さんまで躾って……」
「あとでな。先に出て待ってろ」
 口をとがらせて航平を見てから、美穂も部屋を出た。入れ替わりに看護師たちが入ってくる。全員が美穂にいやな目つきを向ける。三人の女性にじろじろ見られて気分を害しながらも、美穂はクリニックの外で航平を待っていた。
「行こうか」
 ほどなく、私服に着替えた航平も出てくる。歩き出しながら航平は言った。
「言い出したのは谷さんなんだろうけど、彼女たちは俺の部下だよ。仕事仲間だ。変にこじれさせるんじゃない」
「あのお姉さんたちはみんな、航平さんが好きなんでしょ」
「そんなの知らないけど、俺は彼女たちを恋愛の対象としては見ないよ。しかし、俺も悪かったな。呼んだのは俺なんだから、不愉快な気分にさせたのはあやまるよ。美穂、ごめん」
「うん、よしよし」
 手を伸ばして美穂の髪をくしゃっとやってから、航平は言った。
「それはそれとしても、おまえも無作法だろ。よけいなことを言うな」
「言われたら航平さんが困るからだよね」
「おまえのその減らず口を聞いてると、ひっぱたきたくなる達也の気持ちもわかるな。ああ、ここにしようか」
 立ち止まってアジア料理の店に入る航平に、美穂も続く。席につくと美穂は言った。
「達也さんだって怒るんだけど、怒って美穂を叩くんじゃないよ。この間は本当に痛いようにぶたれたの」
「快感だったか」
「ちがーう」
 料理のオーダーをしてから、美穂は再び言った。
「美穂がわがままだったからだもん。けっこうきびしく叱られて、ひとつだけだけど痛いようにぶたれて、美穂はわんわん泣いちゃった。痛くて快感なんて、全然ないもん」
「SMってのは、女の乳首を洗濯ばさみで挟んだりってプレイもあるんだってな」
「ええ?」
 想像すると悪寒がする。痛みの想像までができるので、美穂は小声で叫んだ。
「変な話しに持っていかないでっ」
「うん。それで?」
「痛いのは快感じゃないし、怖い達也さんはいやなんだけど、あとになって思い出すとね……うふふん。達也さんにだったら、美穂が悪い子だったらあのくらいは叱られて、叩かれて、いい子になったなって言われて抱っこしてもらって泣くって、それだったら快感かも。うふうふうふ」
「勝手にしろとしか言えないぜ」
「勝手にするもん」
 むろん達也とのベッドの話まではしないのだが、それ以外は航平にだったら話したかった。
「躾だったら怒ったら負けだもんな」
「そうなの?」
「要するにおまえは、達也にはガキとして、それでいて色っぽいムードもある態度で躾けられてるってわけだろ。俺もやってみたいかもな」
「だから、ちょこっとMの彼女を見つけたらいいんだよ」
「わかんないだろ、外見だのちょっとした会話だのでは」
「そうだね。航平さん、ほんとにちょこっとMの彼女がほしいの?」
「おまえにはふられっぱなしだからさ」
 話がこう進むと、危険度が増してくる。航平さんと浮気したらどうなる? 美穂は想像してみていた。
 思い切り叱られて思い切り叩かれても、許してもらえるんだったら我慢する。それが快感になるはずはないけれど、我慢だったらできる。しかし、捨てられてしまうのは絶対にいやだ。だから、浮気はしない。
 私は浮気性なんだろうか。美穂はそうも思う。達也が好きで好きでたまらないのは事実だが、ひとりぼっちにされていると、航平に揺らめいていく自分がいる。航平がかっこよすぎるから悪いのだ。好みに合いすぎるからいけないのだ。
「航平さんが悪い男だからだよ」
「達也も悪い奴だろ。おまえ、悪い奴が好きなんだろ。女はワルっぽい男に弱いんじゃないのか」
「ちがうもーん」
 世界中の女が悪い男の魅力に弱いのではないだろうが、美穂はそうなのだろう。肯定すると危険なので否定しておいた。
「おまえのMっぽさの多寡はわかったよ。俺はおまえに弄ばれている、哀れな男だってのもよくよくわかったよ」
「大げさ」
「こんな小娘に弄ばれて、俺は惨めだ。惚れた弱みだな」
「お兄ちゃまのように惚れてるんでしょ」
「おまえが実の妹だったら……」
 どうするの、と見つめると、航平はにんまり笑った。
「やってみてやろうか」
「怖いからいらない」
「俺は意外にMだったりして……」
「美穂に苛めてほしいの?」
 腕組みをして考え込んでから、航平は言った。
「おまえに苛められるよりも、肩にかつぎ上げて自然にまくれたそのミニスカートの中を……」
「やめてぇ、先生」
「美穂は脚も綺麗だよな。いつの間にそんな色っぽい女に……達也のおかげか。会うたびに思うよ。達也がうらやましい、憎らしい」
 本気で言っているのかどうかは知らないが、航平のこの台詞はまさしく、美穂には快感だった。
 

2

「お小遣い、ほしくない?」
 女性の多い美穂の職場には、もちろん小夜以外にも女性の先輩はいる。美穂は親しくもないのだが、名前は知っている先輩の和江が耳打ちした。
「美穂ちゃんみたいに可愛い子だったら、稼げるよ。退勤してから二時間も働けば、海外旅行だってブランドものだって、手に入れられるおいしい仕事なの。興味があったら仕事が終わってからね」
 風俗だろうか、とは思ったのだが、航平になつきすぎるといけないのだろうし、達也は会ってくれないし、暇すぎて時間を持て余していた。
 相談しようにも、小夜は仕事で出かけていて今日は直帰だと言っていた。相談すると止められるだろうから、美穂は好奇心のおもむくままに、仕事がすんでから和江とカフェで会った。
「来てくれたんだ。ものはためしに行ってみようよ」
「なんの仕事なんですか」
「行ったらわかるよ。危険なんかじゃないからね」
 和江に連れられていったのは、コスプレカフェとでもいうのか。近頃流行のメイドカフェのバリエーションだろう。美穂が憧れていたフライングアテンダントの制服が着られると聞いて、心が大きく動いた。
「私は身長が低いから、スチュワーデスにはなれないの。やってみたかったんだ。着てみたかったんだ」
「花嫁衣裳なんかもあるんだよ。女の子の憧れの衣装がそろってるの。私もここでバイトしてて、可愛い子を誘ってくれって頼まれてたの。美穂ちゃんだったらばっちりだと思ったのよ。やろやろ。私がなんでも教えてあげるから」
 熱心に誘う和江に、先輩もいるんだったらいいか、となってうなずいた。
 アルバイトは楽しい。おかしな真似をする男もいるにはいるのだが、大きくて怖そうな店長が追い払ってくれる。バイトの女の子のためのボディガード役らしき、無口でいかつい大男の店長がいるから、危険はないと思えた。
「これは風俗ではないよね」
 そうも思うが、やはり親には内緒にしている。達也にも報告できない。美穂も仕事が忙しくなってきたから、残業が増えたとごまかして、バイトにも精を出していた。
「ねえね、もっと稼ぎたくない?」
 バイトをはじめて数日の後に、和江とは別の仕事仲間に声をかけられた。
「美穂ちゃんって人気あるんだよね。ちっちゃくて可愛くて色っぽいって、お客さんの評判は上々でしょ。個人的に美穂ちゃんとおつきあいしたいってお客さんもいて、店長は断るのに苦労してるんだって」
「個人的に?」
「そうなのよ。ちょっとちょっと来て」
 幸子という名の先輩は、バイトが終わった時間を見澄まして美穂に声をかけ、手を引いて歩き出した。
「あの、あのね、私……そういうのは……」
「いいからいいから、うちの店の仕事と似たもんだから大丈夫」
「これ以上のバイトなんてできないんだけど」
「こっちはほんとに、つかの間バイトだよ」
「だから、なにをするの?」
「いいからいいから」
 遠くに車が待っている。乗せられて誘拐されるのかと、美穂は恐慌をきたして幸子の手を振りほどいた。
「待ってよ。逃げないで!!」
 叫び声に追われるようにして、美穂は走った。幸子が追ってくる。幸子だけではなくて、車から降りてきた男たちも追ってきたようだ。そうと確認して、美穂は走りながら携帯電話を取り出した。
「航平さん……出てくれないよ。達也さん……いないの? 美穂だから無視してるの? 頼りにならないんだからっ!! 誠二さん……番号は知らないし、お父さんってわけにはいかないし……小夜先輩っ!!」
 航平も達也も電話に出てくれない。女性では無理な気もしたが、藁にもすがりたくて小夜に電話をかけた。
「小夜先輩っ、追われてるの。助けて」
 電話に出てくれた小夜に、美穂は走りつつ叫び声で言った。
「どうしたらいいのっ?!」
「なにがなんだかわからないけど、警察の派出所とかはないの?」
「見当たらないよ。わかんないよ。美穂、怖い。どうしたらいいの。先輩、助けてっ!!」
「ちょっと待って。そこはどこ?」
 走りに走りながら周囲を見回す。目印になりそうなファッションビルの名を告げると、小夜は言った。
「そこからまっすぐ南のほうに走ったら、雑居ビルがあるんだよ。そこに「緒方弁護士事務所」ってのがあるの。セイちゃんの職場。まだだいぶ走らないといけないけど、ともかくそこに駆け込んで。私も行くから、美穂ちゃん、がんばれっ!!」
「はいっ!!」
目標ができたら元気も出てきて、美穂は無我夢中で駆けた。「緒方弁護士事務所」の看板が見えてくる。追ってくる者たちがいるのか、いなくなってしまったのかも意識せずに、美穂は走り続けて誠二の職場へと飛び込んでいった。
「誠二さん、助けてっ!!」
 鍵はかかっていなかったから、ドアからころがり込むと、誠二が不思議そうに美穂を見た。
「なんだ、おまえ? 美穂か? 息が切れてるな。どうした?」
「どうしたって……喋れない。水」
「あ、ああ」
 遅い時刻になっているので、他の職員はいないのか。ここの主は誠二なのだろう。美穂がソファにへたっていると、誠二が水を持ってきてくれた。
「ありがと……息を整えさせて」
「うん。まあ、おまえが話してくれないんじゃ、俺にはさっぱり意味不明だから、待ってるよ」
 言った誠二がデスクに戻る。今にもドアが開いて追っ手が飛び込んでくるのではないかと思ったのだが、その気配はなかった。
 次第に息は整ってきたものの、どう話せばいいんだろ、である。美穂が黙っていると誠二も質問はせずに、無言で仕事をしている。パソコンに向かっている誠二の背中を見て、美穂は頭をぐるぐる回転させているしかなかった。
 キーボードを叩く音だけが聞こえる中で、黙りっぱなしでどのくらいの時間が経過したのか。ドアにノックの音がした。
「追っかけてきたのかな……怖いよ。誠二さん、助けてくれる?」
「誰かに追われてたのか。おまえは奥に行ってろ。出てくるな」
「う、うん」
 誠二が立っていく。美穂は給湯室に隠れる。震えていると、小夜の声が聞こえてきた。
「美穂ちゃん、来た?」
「来てるよ。なんなんだ?」
「私がここにって言ったの。美穂ちゃんはどこ?」
「おーい、美穂、出てこい」
 呼ばれて美穂が出ていくと、小夜は安堵の表情で言った。
「無事だったんだね。よかったね。セイちゃんに助けてもらったの?」
「俺はなんにもしてないぞ。なんなんだかもわからないよ」
「セイちゃん、怪しい奴の影はない?」
「なんなんだよ。サスペンスドラマか」
 ぼやいたものの、誠二は窓から外を見た。
「怪しいそぶりの奴はいないよ。怪しいのは美穂だろ」
「セイちゃんから見たらそうかもね。でも、まだ出ていかないほうがいいのかな。美穂ちゃん、なにがどうしたの?」
 こんな話は誠二にはしたくない。誠二は美穂には達也とはちがった意味で怖くて、内面が見えないだけに、正直に打ち明けると叱り飛ばされそうな、あるいは、せせら笑われそうな気がするのだった。迷っていると小夜が言った。
「言いたくないの? 言いたくないようなことをして、誰かに追われたの? どんなおいたをしたの? 達也さんの職場ってここから近いんだよね。達也さんにだったら言う? なにをしたんだか知らないけど、達也さんに知られたら叱られるんじゃないの?」
「叱られるに決まってる」
「叱られるようなことをしたんだ。だったら叱られたらいいのよ。達也さんを呼んであげるから、叱られてお尻を叩いてもらいなさい」
「小夜先輩もイジワルぅ」
「なにをしたの? 言えないの?」
 小夜は美穂には多重人格にも見える。達也よりも怖いのではないかと思える顔で迫られて、美穂は話した。
「美穂ちゃんはいけない子ね。達也さんに告げ口しちゃおうかな。叱られたい? 叱られたいんだよね。そんな子は達也さんにうんと叱られて、お尻を叩いてもらったほうがいいよね」
「小夜先輩まで美穂を苛めるよぉ」
「達也を呼び出そうか」
「誠二さんまで……」
 こそっと小夜が誠二に耳打ちする。美穂には聞こえていた。
「美穂ちゃんって男のひとに叱られたい願望があるらしいのよ。セイちゃんが叱ってやって」
「俺がか。こら、美穂、ここに来い。返事をしてここに来い」
 面白がってもいるような調子で、誠二に命じられて美穂は従った。
「そんなのは危ないバイトに決まってっだろ。馬鹿娘。俺も尻を叩いてやろうか。それから達也に言いつけて、改めて叩かれるか」
「いやだったらぁ」
「軽い気持ちで風俗のバイトになんか手を出すから、そんな目に遭うんだよ。俺は悪徳弁護士だって達也には言われるけど、そういった事例も見聞きしてるんだ。ま、逃げてこられてよかったな。さて、小夜、どうする?」
「あとは美穂ちゃんが自分で考えなくちゃね」
「悪徳弁護士の出番があったら、呼んでくれ。ただし、料金はいただくよ」
「そりゃそうだよね」
 イジワルも言ってはいるが、今日ははじめて、誠二にもあたたかみがあるのだと知った。
「未成年を使っていたりしたら摘発できるよな。俺も調べてみる。美穂はバイト料金なんて支払ってもらわなくてもいいから、二度とその店に近づくな。わかったか、返事しろ、美穂」
「きゃああ、はいっ!!」
「で、達也さんには言いつけるの?」
 こちらもイジワルに見えなくもない顔をして、小夜が言い、誠二も言った。
「言いつけるべきだろ。とりあえずは無事にすんだとはいえ、この馬鹿娘は放っておくとなにをしでかすかわからない馬鹿じゃないか。小夜も馬鹿かと思ってたけど、美穂よりはずっとかしこいよな」
「美穂ちゃんと較べないで」
「言えてるな。達也はこんなのをてめえの女にしてるんだから、目を離したらいけないんだ。いっそ同棲でも結婚でもして、家の中に縛り付けておいたほうがよくないか」
「外出禁止にされたら、美穂ちゃんもいたずらはできないね」
 なんと言われても、美穂としてはうなだれているしかなかった。
「おまえたちの会社はバイト禁止だろ」
「そうだね。上司に言いつけようか」
「美穂、どっちがいい?」
「どっちもいやっ!!」
「あのね、美穂ちゃん、社会人としてはね……」
 先輩と先輩の彼氏に交互にお説教されて、美穂はべそをかいていた。そうしているうちに誠二が達也を呼び出したのか。ドアが開いて達也が入ってきた。
「なんなんだ、四人でプレイでもやろうってのか。美穂も引き入れられたのか。んん? なんだなんだ、どうしたんだよっ!!」
 のんびりした声を出していた達也に抱きつくと、達也も態度を改めた。
「なにかあったのか? 美穂、泣いてるのか? 誠二、てめえ、美穂に無理やり……」
「俺はおまえじゃないんだから」
「俺もおまえじゃないんだよ。美穂、言え。どうしたんだ?」
「話しなさいね、美穂ちゃん」
 小夜に言われて、先ほども話した内容を口にした。
 風俗系のコスプレカフェでアルバイトして、先輩に誘われてさらに危険なバイトに踏み込まされそうになって逃げて、小夜に頼って結果的には誠二にも救いを求めた。泣き泣き話す美穂の言葉を聞いていた達也は、美穂を抱く腕に力を加えた。
「苦しいんだけど……」
「うるせえんだよ。このこのこの……誠二も小夜も出ていけ。俺はこいつの尻が真っ赤になるほどひっぱたいて、いやってほど叱りつけて……」
「ここは俺の職場だ。そうしたいんだったらおまえたちが出ていけ」
 冷静な声で言う誠二に、小夜も賛成した。
「そうだよね。美穂ちゃん、よかったね」
「よくないったら。ごめんなさいっ、もうしませんっ!!」
 朗らかに笑っている小夜が、恋人との秘め事はあんなふうに……想像してしまって、美穂のほうが赤くなっていた。
「すまなかったな。誠二、小夜、ありがとう。美穂、行くぞ」
「達也さん、仕事は終わったの?」
「美穂の危機だとかって誠二がメールしてきたから、大慌てで走ってきたんだよ。仕事はなんとかなる。明日、早出すりゃいいんだ」
 寄り添って微笑んでいる恋人たちに、美穂も頭を下げて言った。
「ありがとうございました。このご恩は忘れませんから」
「ばーか」
「ほんと、ばーか」
「まったく、ばーかの馬鹿馬鹿」
 三人がかりで馬鹿と言われて、返す言葉もなく、達也とビルから出ていく。達也がなにやら思案しているようなので、言ってみた。
「今夜の美穂は悪い子だったから、たっぷり叩かれる? ごめんなさい。もうしないからぁ」
「道を歩きながら泣くな。ごめんなさいをして反省してるんだったら、とりあえずは叩かないよ。ただ、ホテルでまたぞろ駄々をこねたりしたら、叩くからな」
「はい」
「説教はしてやらないといけないんだけど、やられたんだろ、小夜にも誠二にも」
「うん。達也さんが来るまでは、お説教の嵐だったの」
「懲りたか。薬になったか」
「はい」
「……まったく悪い子だ。わがままもいたずらも、おまえにはついてくるんだな。今後もびっしびっし躾けなくちゃ。俺としても疲れるんだけど……いいや、弱音を吐いてどうする、山寺達也。よし、行こう」
「ホテル?」
「いいからついてこい。こら、返事しろ」
「はい」
「返事ひとつにいちいち……」
 嘆いている達也と手をつないで、ゆっくり歩いていく。こうして会えた、ホテルにも行ける。そうなると先ほどの一件は薄らいでいって、幸せ気分に満たされる。言うと叱られるだろうから、美穂は別のことを言った。
「誠二さんも小夜先輩も、好き」
「小夜はいいけど、誠二まで好きなのか」
「弁護士の緒方先生はかっこよかったよ」
「弁護士ってもてるんだろうな」
「誠二さん、かっこいいもんね。小夜先輩とお似合いだね」
「ああ」
 すこしずつ垣間見える小夜と誠二の関係が、美穂には気にかかる。あれからあのふたり、どうするのかなとも思う。誠二と小夜は誠二のオフィスで……といった話も、小夜はすこしだけしてくれたので、想像したくなる。
 気にはなるけれど、誠二と小夜、達也と美穂のカップルは別々なのだから、美穂は美穂で達也との世界を構築していくべきなのだろう。人影がなくなったあたりで、達也は美穂を引っ張って、木陰に連れていって首筋にキスをした。
「そんなところにキスマークがついたら……」
「ここにしてもいいのか」
「駄目駄目」
 胸をはだけようとする達也の手を叩くと、達也はわははと笑って、美穂の顔を両手ではさんでキスした。胸にキスはホテルでね。胸の中のキスマークはいっぱいいっぱいあるから、もっともっと増やして。美穂の心も身体も、あなたのキスマークで埋めちゃってほしい。

END


注・サブタイトルつきは茜単独作品ですが、まやちさんの案もちりばめられています。かなり開き直って羞恥心が乏しくなってきた、自分が怖い。
 

スポンサーサイト


  • 【小説164(空に星があるように)】へ
  • 【小説165(Dream on)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【小説164(空に星があるように)】へ
  • 【小説165(Dream on)】へ