共作

共作3(まやち&あかね)(温度はお好みで2)

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共作3

まやち&あかね

「温度はお好みで2」

1

 ほったらかしにされていた時期に一度は会ったのだが、あの日はちょっとした事件のあとでホテルに行き、慌しく別れた。今度はゆっくり会えると、達也から連絡があった。
「楽しみにしてろって言ったろ。実現させてやるよ」
「それってなにするの?」
「いいからおまえは黙って俺についてこい」
 電話で一方的に通告する達也に、さからおうとしたら一方的に日時と場所を指定された。黙って俺についてこい、か。プロポーズの言葉みたい、ほんとにそうだったらいいのにな、と考えていた美穂は、達也の声で頭を切り替えた。
「こら、聞いてるのか、返事しろ」
「ああっと、聞いてなかった。もう一度言って」
「今度も聞かなかったら連れていってやらないぞ」
 美穂は自宅通勤なので、親の目は気になる。そこも考慮してくれたのか、美穂の家からすこし離れた交差点まで車で迎えにきてくれると達也は言う。どこに連れていってくれるのかは教えてくれずに、達也は電話を切った。
 親をごまかすためには例によって小夜先輩を使う。小夜は使ってもいいよと言ってくれていたし、事後承諾でいいだろうと勝手に決めて、美穂は両親に言った。
「今度の土、日は小夜先輩と泊まりがけで旅行に行ってくるね」
 会ったことはないのだが、美穂が職場でお世話になっていると話してあるので、両親としても小夜を信頼しているのだろう。とやかく詮索はしなかった。
 当日は天気のいい夏の日だった。どこに行くのかわからないなりに、美穂は精一杯おしゃれして、達也が喜んでくれそうなセクシーな下着もバッグに詰めた。可愛いワンピースに可愛いサンダル。美穂は小柄だから、少女っぽいファッションが似合うと自負している。迎えにきてくれた車に乗り込むと、達也は言った。
「でかい荷物だな。一泊だってのになにをそんなに持ってきたんだよ」
「泳いだりしない? 水着だとかも持ってきたの。おやつも持ってきた。お弁当も作ってきたんだよ。着替えもいっぱい持ってきたの」
「ま、いいけどさ」
「どこ行くの? ねえねえ、どこ行くの?」
「楽しみにしてろって」
 教えてくれないつもりらしいので、どこに行くのかわからないスリルを楽しむことにしたのだが、美穂は車の中でも黙っていられない。おやつ食べる? 汗かいてる、拭いてあげようか、などと言ってみても相手にしてもらえなくて、ふくれっ面で言った。
「美穂、寂しかったの。寂しいから小夜先輩になつきにいっても、小夜先輩は仕事だって忙しいし、あんまり遊んでくれないんだよね。先輩には彼氏がいるらしいんだけど、話してくれないの。小夜先輩は美人だから、彼氏っていったらきっとかっこいいひとなんだろうな。会ってみたいのに会わせてくれないんだよ。達也さん、聞いてるの?」
 返事もしてくれないのでさらに言った。
「美穂はひとりぼっちで夜になると泣いてたの。ずっとずーっと達也さんにほったらかされてたから、頭が痛くなってきちゃって一日、仕事をさぼって寝てたのね。そのときには小夜先輩が電話してきてくれて心配してくれた。彼氏と会えないから? 我慢するのよ、我慢も愛よ、なんて言われたんだけど、あれってどういう意味だろ」
「うるせえんだよ、おまえは」
「喋ったらいけないの?」
「仕事をさぼるなんてのも悪い子だな。俺がほったらかしにしてたら、躾も中途半端になっちまったか。今日と明日はしっかりびしびし躾けてやるよ」
 にやりとする達也を見ていると、ここがどこなのかを一瞬忘れて、腕をつかんでしまった。
「こらっ、俺は運転中だぞ」
「ああん、だってぇ……」
「おとなしくしてろと言われてもおとなしくしないし、仕事はさぼるし、事故を起こさせそうな危ない真似はするし、美穂はうんとうんと悪い子だ。ついたらうんとうんと……百回はごめんなさいと言わせないといけないな」
「だーってだって……」
 そんなふうに甘くいちゃついているような、叱られてばかりいるような時間がすぎ、車が到着したのは温泉宿であるらしかった。
「夏なのに温泉?」
「不満か」
「……不満だって言ったら怒るじゃないの。達也さんって怒りすぎ」
「怒ってはいないよ。降りろ」
 先に降りていった達也が、美穂の荷物を運んでくれる。達也は小さなバッグひとつだが、ふたつのバッグを持って先に立って歩いていって、宿のチェックインもすませてくれた。
 宿の女性が部屋に案内してくれる。中年のおばさんは仲居さんとでもいうのか。達也は彼女には礼儀正しく愛想もよく応対していて、さすがに大人だわぁ、と美穂は達也にすべてをまかせていた。美穂は男とふたりで旅行するなんてはじめてだ。東京からは近い距離の温泉場だが、有名な観光地でもないようで、この温泉の名前を美穂は知らない。
 部屋の窓を開けるとせせらぎが見える。空気も都会よりもひんやり気持ちがよくて、美穂はテーブルのお茶を淹れた。
「はい、どうぞ」
 仲居さんが出ていくと、美穂は達也にお茶を出した。
「うん……薄いな。茶葉をけちっただろ」
「会社でお茶を淹れてる癖かも。経費節減だから」
「こんなところで経費節減しなくていいだろ。早速風呂に入ろうか」
「ふたりで?」
「家族風呂があるんだよ。フロントで貸切にしてくれるように頼んできたから、他の人間は入ってこないよ。俺はおまえの裸を他人に見せたくないもんな」
「当たり前じゃないの」 
 手際がいいのは前にも来たから? どこかの女のひとと? それを言い出すとやきもちを妬いてしまって、甘い時間が台無しになりそうだ。今のところは言わずにいようと美穂は決めた。
「お弁当はどうするの?」
「昼食はついてないから、風呂から上がったら食おうか」
「たくさん作ってきたんだよ」
「たくさん……ちょうどいいかもな」
「どうしてちょうどいいの?」
「おまえを抱いたら俺は腹が減るからさ」
 こんなときに赤くなるから、おまえはガキだと笑われるのかもしれない。笑われようとも恥ずかしいのはまちがいなくて、美穂が頬を手でこすっていると、達也が立ってきた。
「お風呂に入るんじゃないの?」
「だからさ、浴衣に着替えるんだろ」
 達也の手が美穂のワンピースを脱がせている。下着まで取られてしまう。美穂は抵抗しようとしたのだが、手を払いのけられて全裸にされた。
「浴衣ってのは素肌にまとうんだよ。下着をつけてない無防備さが女をしとやかにする。おまえみたいなおてんば娘だって、裸で浴衣だけ着てたら楚々とした立ち居振る舞いになるよ」
「おてんば娘って古くない?」
「そのまんまで家族風呂まで行くか? 部屋からはちょっと歩くんだけど、裸のおまえを抱いて風呂場に連れてくってのでも、俺はいいんだぜ」
「やだ、えっち」
 迷ったものの、美穂は全裸の上に浴衣だけを身につけた。着慣れていないので崩れているのではないかと点検していると、達也も浴衣姿になって言った。
「どうせすぐに脱がせるんだから、それでいいよ。ここは女ものの浴衣はいろいろ取り揃えてあるから、おまえのは先に俺が選んでおいたんだ。似合うよ」
「達也さんも素敵」
 今日ははじめて褒めてくれた気がする。
 美穂は白地に赤い朝顔模様の浴衣に黄色の帯、達也はグレイの縞の浴衣に紺の帯、並んで廊下を歩いていると、新婚カップルに見えるのではないか。美男美女のカップルだね、と相客たちが噂してくれるのではないか。美穂はそんな楽しい想像をしつつ、家族風呂まで達也に連れられていった。
「この宿、はじめてじゃないでしょ」
 都合の悪い質問をすると無視する達也は、返事をしないで美穂の浴衣を脱がせた。達也もさっさと浴衣を脱ぎ、風呂場のドアを開ける。達也の裸を見るのははじめてではないけれど、何度見てもくらっとしそうにかっこいい裸身に映る。
 かかり湯をして温泉に漬かった達也のあとから、美穂も湯に飛び込んだ。達也が美穂を抱き寄せ、耳元で言った。
「荒っぽい入り方だな。しとやかにしろよ」
「しとやかってどうするの? 美穂はおしとやかにしたことなんかないから、やり方を知らないんだもん」
「裸で浴衣を着てたら、自然とそうなれるかな。ここではずっと、浴衣以外は着るな。下着は禁止だ。裸に浴衣でいろよ」
「仲居さんが入ってきたら恥ずかしいよ」
「じゃあ、浴衣も着ずにいろよ」
「そんなのやだってば」
 だけど、やだやだと言ってみたって、達也さんの言う通りにしちゃうんだろうな、と美穂は思う。素っ裸じゃないんだからいいか、その格好、色っぽいって言ってくれる? 達也とくっついてお湯に漬かっていると、人の気配を感じた。
「え?」
 大きな手が美穂の口をふさぐ。片腕にぎゅーっと押さえつけられて、美穂は脱衣場の声だけを耳に届かせていた。
「誰かいるみたいよ……変だよ。ここに浴衣が脱いであるじゃないの。ここではふたりっきりじゃなかったの?」
 詰るような女の声、連れがいるようだが、彼だか彼女だかは無言でいる。あの声は……? そんなはずないじゃん、と美穂は思っていたのだが、女の声が続いて聞こえてきた。
「誰かいるんだったらいや。そんなのってそんなのって……ああん……はい、はい」
 小声でなにか言ったようなのは男の声だった。男の声は美穂には聞き取れなくて、見上げた達也はそ知らぬ顔をしていた。
 ドアが開く。男が入ってくる。美穂の知らない男のあとから入ってきたのは……美穂は悲鳴を上げそうになったのだが、達也に口をふさがれているので声が出せない。恐る恐るのていで達也と美穂を見た女が自らの手で口を押さえ、男が言った。
「また会ったのか、奇遇だな、達也」
「よお、お忍びか、誠二?」
 固まっているかのような女を、美穂もしっかり見た。小夜だ。小夜にちがいない。小夜はバスタオルで身体を包んでいるので、達也には裸は見えないだろう。達也が言った。
「おまえも入れよ、誠二」
「そうだな」
 誠二も腰はタオルで覆っている。彼は湯には入ってこずに、美穂に笑いかけた。
「俺は達也とは大学が同じで、昔からの友達なんだよ。こんなところで会うとは、偶然ってあるものなんだな」
 この湯は白く濁っているので、誠二には美穂の全身は見えないだろう。それだけは安心して、美穂は無言で誠二を見つめ返した。
「せっかく会ったんだし、四人で楽しもうか、誠二?」
「それもいいかもな。小夜、こっちに来いよ。風呂に入ろう」
 いやいやと首で返事をして、小夜は風呂場から逃げていってしまった。離してよ、の合図で肘で達也の腹部をつつくと、達也は美穂の口を覆っていた手をはずした。
「……偶然だなんて嘘だぁ」
「おや、おまえは達也が嘘つきだって言うのか。俺もか」
「誠二さんって達也さんの友達で、それでもって小夜先輩の彼なの? そんな話し、美穂はなんにも聞いてないよ。ふたりして示し合わせたんだ。そんなのってずるーい。ね、小夜先輩?」
 小夜は脱衣場にいるのか、声は聞こえない。達也が言った。
「いやだったら帰ってもいいんだぜ、美穂?」
「帰りたくなんかないけど……」
「だったら四人で楽しくやろうな。決まり。美穂、洗ってやろうか」
「誠二さんが出ていってくれないと……」
「おまえは俺の友達に出ていけって言うのか。誠二は俺の大切な友達だ。そんな誠二に失礼なことを言う女に躾けた覚えはない。出ろ」
「えーっ、やだっ」
 誠二は微笑んでいるばかりで、達也は湯から出て、美穂を掬い上げようとした。
「駄目っ!!」
「おまえは俺の言いつけを聞くんだろ。そういう女に躾けてるつもりなんだけど、全然足りてないか。小夜にも誠二にも笑われるよ。おまえはこんな小娘ひとり、行儀のいい女に躾けられないのかってさ。さあて、ごめんなさいを百回言う約束だったな。美穂、出てこい。俺の膝で言わせてやるよ」
「やだやだぁ」
 叩くとは頻繁に言うけれど、達也はひどくしたりはしない。せいぜいが軽くぴしゃり程度だ。けれど、小夜の彼とはいえ美穂からすれば知らない男である誠二の前で、膝に乗せられてお尻を叩かれる? 想像しただけで気絶しそうになって、美穂は叫んだ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさーいっ!!」
「まだ三回だぞ」
「イジワルぅ……ごめんなさいっ!!」
 きっちり百回、ごめんなさいと言うまで、達也は許してくれなかった。叩かれるよりはましだと覚悟を決めた美穂は、口が疲れ果てるまでごめんなさいを繰り返した。達也は数えていたようで、やがて言った。
「よし、百回。出てこいよ」
「いやだったら」
「美穂のごめんなさいを百回なんて、俺は聞き飽きたよ」
 言った誠二も出ていき、美穂はほーっと大きく息を吐いた。
「いい女だな、小夜って」
「美穂よりも?」
「あいつはおまえより大人だろ」
「……美穂だって……ねえ、達也さん、今のはなんだったの?」
 達也はしらっと言った。
「顔合わせだよ」
「やっぱり誠二さんと相談したんでしょ。小夜先輩は知らなかったの? こんなのって卑怯だよ。大嫌い……ああん」
 手をどけられて抱きすくめられてキスされて、この腕にすがりついていないと湯の中に溺れてしまいそうで、美穂は達也に力いっぱいしがみついていた。


2

どこに行くのかも知らないままに、彼氏に連れられてきたのは、小夜も美穂も同じだったようだ。小夜としても驚いたのだが、こうなったらそれはそれで、と考えようとしていた。
「腹が減ったか、小夜?」
 尋ねた誠二に首で返事をする。昼食はまだなのだから空腹ではあったのだが、そんな気分でもなくなってしまった。
 全裸ではなかったとはいえ、達也には過日、ほとんど裸を見られたようなものだ。だからって慣れられるものではないのだが、誠二のつもりでは、他人を加えて新鮮に楽しもうというわけか。それもいい。それでもいい……のかしら?
 風呂場からふたりの部屋に戻ってくると、誠二はバッグから書類を出して見ていた。こんなところでまで仕事、不満がなくもないが、そうしている誠二を見ているのも小夜には心地よい。小夜は浴衣姿、誠二は白いシャツにベージュのパンツをつけている。
 達也は饒舌なほうだが、誠二はそうは喋らない。黙って仕事をしているらしき誠二を、小夜はただ見つめていた。見つめていると思い出す。あのころ……そう、あのころ……

 小夜はあのころは、誠二の心を計り知れずにいた。
 もうつきあい始めて2年が過ぎたけれど、誠二は本当に自分の事を愛してくれてるのかと、不安でたまらなかった。
 その不安は、誠二の小夜への言葉遣いや 二人だけの時間・・・つまりからだの関係に原因があるように思う。

 誰にも言えない小夜の不安。
 誠二は、仕事に忙しく 小夜との時間をなかなか作れない・・・、そのことを小夜は大人の女として心から理解はしているものの・・・。
 会うたび、触れ合いたくなる気持ちのままに 誠二と抱き合うのだが、どうもその時の誠二を 小夜は意地悪くしか感じないのだった。
 シチュエーションがシチュエーションなだけに、誰かにこの不安を語るなんてことさえ封じ込められていたのだ。

 小夜は、仕事に厳しい誠二を尊敬もしていた。そのストイックなまでの誠二のやり方には、一種の頼りがいも 男らしさも感じていたので、普段の誠二には 小夜は絶大なる信頼を置いていたのである。
 小雨の降る夜、仕事の後に 誠二と久しぶりに会うことになった。
 小さな不安を胸に、小夜はそれでも 誠二に会えることが嬉しくて仕方なかった。

 誠二の運転する車に乗り込むと、車はいつもどおりの曲がり角を曲がった。

「どうした?元気ないなぁ」

 いつになく大人しい小夜に誠二が声をかけた。
 それもそのはず、小夜はひとつ決意して来たのだから。
(今日は絶対、あたしの不安をせいちゃんに聞いてもらおう)

「・・・・。」
「なんだ?元気ない顔してぇ。何が言いたいのかはっきり言えよ。」
 誠二は、信号待ちのタイミングで小夜の顎をつかんで、誠二の方に無理やり向かせた。

「う・・・。」
 顎を力いっぱい持たれているから、小夜は何もしゃべれない。
「ふ・・、お前は自分の言いたいことを はっきり言わなきゃだめじゃん?」
 そう言いながら、誠二は通り道にあった公園の小さな駐車場に車を停めた。

「で? なに?」
 もう一度、誠二に問われる。間近に誠二の顔が迫る。
 いつ見ても なんて素敵な顔立ちなんだろう。会いたかった気持ちが吹き出してきて、目の前の誠二にうっとりしてしまうと
「ううん、なんでもない。」
 と、小夜は 自分の小さな不安なんてどうでもよくなった。
「どうでもいいことないだろう・・・あはは。顔にわかりやすく書いてあるよ。何かあったのか?」
「・・・そうじゃないの。」
「んじゃ、なに?」
「あのね・・・・。」
「うん?」
 誠二は小夜にグッと近づいて、やさしい眼差しを向けた。
「あの・・・せいちゃんさ・・・」
「うん?」
「あたしのこと・・・本当にスキ?」
 小夜は、どうしても誠二に 本当のところはどうなのかを聞きたかったのだった。

「は? 何お前! 好きだから会いに来てるんじゃん!」
「ん・・・でも・・・ 本当にあたしのこと・・・」
「お前 バカだろ!」
 そう一笑すると、誠二はあっという間に小夜の口をキスでふさいでしまった。

 甘美な誠二のキスを受け止めながら、小夜は自分がとろけていくような気持ちになる。そこを踏ん張るのが結構大変だった。
「でも・・・せいちゃん・・やさしくないもん・・・。」
 誠二の唇が離れるのを待って、小夜は小さな声でつぶやくように言った。
「え?俺やさしいだろ~!」
「ううん・・・優しい人だけど・・でも・・その・・・。」
「あははは、お前 こういうことか?」
 察した誠二は、この間のときと同じように小夜を助手席のシートに押さえつけるようにして、いやらしく首筋などにキスをした。
「だめ・・・やめて・・。」
 次の瞬間、誠二は小夜の胸をわしづかみにした。
「あぁぁ・・」
 小夜の身体に 熱いものを感じたその時、
「お前 こういうの萌えてない?」
「ううん・・・」
「うそだな、ははは・・正直に言ってみな・・・この間、すごく感じたんじゃないの?」
「ううん・・ちがうもん・・・そんなことないもん。」
「ふーん   ・・・そんじゃ 後でもう一回確かめるか。」

 そう言って、誠二は涼しい顔して 再び車を走らせた。
「ね・・・ちがうの・・・せいちゃん・・・。」
「ん? 違うかどうかは 俺が確かめるから。」
「せいちゃん・・・あたしのこと好き?」
「お前さー 俺に荒々しくされて・・・そんでなに? 俺がお前のこと嫌いでそうしたのか?って思ったとか?」
「うん・・・だって・・・やさしくないんだもん・・・。」
「こういうのも優しさだろ? だってお前が気持ちよくなるように俺も 工夫したんだぜ。俺ってやさしいなぁ、あははは。」

 これだから・・・。
 小夜は心の中で、誠二に聞きたかったことをまだ聞けてないような気がして、いささか不満だった。
 そんな小夜をよそに、誠二は何食わぬ顔して仕事の話なんかをしてる。
 そうこうしてるうちに、小夜は誠二の部屋へと招かれた。

 なんだか 期待と不安がこみ上げてくる。

(あたしって 変態なのかしら・・・)
 奇妙な不安だけど、誠二の表情をみてると 確かに自分を愛おしく思ってくれてることが伝わってくる。

(なんだか せいちゃん 楽しそうね。)

「さ、こっちへおいで。」
 上着を片付け荷物を置いてきた誠二が、二人がけのソファに小夜を呼んだ。
 誠二に肩を抱かれながら、小夜は誠二にもたれてソファにすわる。
 こんな束の間の ふたりの時間が ずっとずっと待ち遠しかったの・・・そんなことも誠二に言ってみたかった。

(会えない間って、とっても寂しいものなんだよ)

 言いたかったけど、そんな暇もなく小夜は 誠二にキスで攻められ始めていた。
 とてつもなく甘美なキスを繰り返してるうちに、小夜は 自分でもはずかしくなるほど、誠二を求めてしまう自分がいることに気づいていた。
 そんな自分は、とても淫らで不潔な女なんじゃないかと・・・小夜はこのところ心を痛めていたのだった。

有無を言わさずに誠二は小夜にキスをし続けた。
(お話いたいこと・・いっぱいあったのに・・・) 
 脳裏にそんなことがよぎったけれど、小夜の脳内では 誠二の次の一手がどうくるのか見当もつかず、緊張感にあふれていた。

 予測の立たない、誠二の抱き方が いつしか小夜の心を揺さぶっている。
「あぁ・・・」
 思わず、たまらなくなった小夜から声が漏れたとき、誠二はピタッと官能への序章の手を止め、既にソファでもみくちゃになっていた小夜の身体をサッと起こし、自分も涼しい顔をして目の前の飲み物に手を伸ばした。

(え? 続きは?)
 すっかり身体ごと官能の世界へとスタンバイしていた小夜は、急に放置された気分で拍子抜けしてると・・・。

「あれ?まさか もう?」
 いたずらな笑みを浮かべて、誠二は小夜の顔色を覗き込んだ。

「お前 もう気持ちよくなっちゃったの?」
「・・・う・・・ううん・・・いや・・あの・・・お話をしたかったんだってば・・・」
「ふんふん、お話ね。していいよ。ほら、おいで。」
 誠二は小夜をひざの上に乗せた。

「だからね・・・せいちゃんもお話してよ。」
「うん、してるじゃん。んで、小夜はちょっとSっぽくされちゃうと、感じちゃうの?」
「・・ち、ちがうもん。」

 うそだった。
 本当は、誠二が意表をつくかのように 自分を抱きしめたり奔走してくれるたびに、なんとなく いつになく反応してしまう自分がいる。
 小夜は、そんな自分をもてあましていたし、もしかして あたしって おかしいのかと 心の中で混乱していたのだった。

「本当かなぁ・・・じゃ、確かめてみるかぁ。」
「やめて  だめだめ。」

 とかなんとか じゃれあっていると・・・・

「あーあー お前さ~。 自分でも いやらしいなぁ って思わない?」
「・・・・思います・・・。」
「ははは、じゃ素直に 俺の言うとおりにしてろ!」
「・・・でも。」
「なに?」
「・・・はずかしいから。」
「恥ずかしいって思うと、感じちゃうんだよね?」
「いやぁ・・・。」

 なんか 違うのーーって、言いたかった。
 なんか もっと 「アイシテルヨ」とか囁きながらのシチュエーション・・・。
 小夜には そんなシチュエーションでの行為だとしか 認識がなかった。

 なので、誠二の“突然に”とか “力づくで”とか 答えにくい恥ずかしい”質問攻め”に 戸惑いを超えてすっかり揺さぶられてしまっていた。
 もはや、頭の中は真っ白・・・。
 次に誠二がいったい どんな攻めでくるのか、緊張する。
 予測の立たないことをされては、ドキドキした分感じてる自分もいる。

 引き剥がされるように、服がめくられたり・・・、わざと見えるように触られたり・・・、
 小夜は 「恥ずかしいからやめて~」と思いながらも、ちょっぴり興奮してる自分がこわかったりもした。

 ふと、再び誠二は小夜から離れた。

「ふふ、今のはどうだった?」
「・・・・・。」
「正直に言ってみなよ。」
「・・・キライじゃないかも・・・。」
「やっぱり・・お前・・・Mだな。」
「・・・せいちゃん・・・あたしのこと好き?」
「あぁ 俺 M好き。 だって俺もSっぽいの楽しい!」

 誠二は本当に楽しそうに無邪気な笑顔を小夜に向けた。

「せいちゃんが好きなら・・・・ま、いいか。」
「だろ? 俺もお前が喜ぶようにしてるだけだよ。」
「いやん、あたしそんなんじゃないもん。」
「わからないよ~。 これからどんどんハマるかもしれないぜ?」
「いや・・これ以上は・・・。」
「まだまだだな。ははは。」
「え? まだ先があるの?」
「あーまだまだだよ。お前幸せだろう? 倦怠期なんてないぜきっと。」
「・・・・・。」

 なんだか小夜は悪くない気がした。
 誠二が楽しんでることと、そして・・・
 自分も 普段以上に 感じたりしてるんだという事実。

(あたしたち、変態かしら・・・。)

 ちょっとした罪悪感の中で、なんだかもう少し先へ進んでもいいような そんな小さな予感がしていた。

「いや・・・」
 と言いつつ、その後も小夜は誠二にされるままに・・・されていた。
 誠二ったら、ソファでグチャグチャになっておきながら、今度は立ち上がって小夜の腕をひっぱり立たせた。
(え?なに?)

 急に立ち上がらされて、小夜の脳内は思考停止状態になっている。
 身体がぼんやりと痺れた状態の小夜を、誠二は力で抱き寄せながら 次にベットへと連れて行った。
 小夜を背中から覆うようにして、誠二は小夜をうつぶせにした状態で覆いかぶさった。
 後ろから 露わな姿を見られてるかと思うと、もう小夜は顔から火を噴きそうなほど、はずかしかった。
「やめてぇ・・・・」
 と、声に出してる途中 誠二は小夜の頭を押さえつけてしまったので、小夜は布団にもごもごと叫ぶことになった。

 不意に小夜をひっくり返した誠二は、ふと目を開けた小夜の目の前に顔を覗き込ませた。

「お前、こんな風にされてて 好き?」
 はずかしいあまりに、首を急いで横にふった小夜だったけど・・・瞬く間に誠二にキスで口をふさがれた・・・。

 そのまま小夜は、誠二にされるがままされ、言われることに「いやいや」言いながらも、いつのまにかそんな過激なシチュエーションにワルノリしてしまっていた。なににつけ、誠二も 愉しんでいるようだった。

 見とれてしまうほどの誠二の顔。
 そんな顔して、ときたま 怖い表情をしながら
「いいから やれ!」
 なんて言ったりする。
 だから 小夜まで 調子に乗って
「はい。」
 なんて しおらしく言うことを聞く。

 このあたりから、暗黙のうちに ワルノリとしかいいようのない ご主人様に従う女 といった そんなシチュエーションになっていった。

・・・それから ほどなくして、小夜は誠二の腕の中で抱きしめられていた。
 今までにないくらいやさしく、今までにないくらい愛おしそうに、誠二は小夜の髪を撫でてくれていた。
「お前、いい女だなぁ」
 滅多に アイシテルとも言ってくれない、甘い会話の苦手な誠二に「いい女だ」なんて言われて、小夜はちょっぴり涙ぐんでしまった。

「ん?泣いてるのか?」
「・・・・。」
 すぐに小夜の心に気づいてくれる誠二のやさしさには 驚かされる。

「なに? 厳しかったか?」
「・・・ううん。」
「じゃ なんで泣くの?」
「あたし せいちゃんが好き過ぎて・・・。」

 小夜は、さっきまで嫌がりながらも、誠二のワルノリに乗せられて・・・ 実は 自分のはしたなさを悔いていたのだった。
 だから、誠二に嫌われやしてないかと、そんな気分になっていたところへの、誠二の抱擁と言葉だったから、嬉しかったのだ。
 なので、誠二を『好きだ』という感情がこみ上げていた。

「ははぁん、さては よっぽど Mに目覚めて、Sの俺に惚れたな?」
「ち、ちがう! ちがうのぉ」

 もう!どうしてそっちへ行っちゃうのよ~! と否定の言葉が声にならないうちに、結局また誠二にキスで口をふさがれてしまった。
 なんだか、誠二も こんなふうに抱き合ったことで、小夜を愛おしくてたまらない といった感じだった。

 それから・・・どのくらい経ったのだろう。
 誠二も小夜も、二人の間でこっそりと 
「俺ら SとMだからなぁ ははは。」
「本物じゃないけどね・・・。」
「いやぁ・・・本物かもしれないぜ?」
「・・・・ないない。そこまでは ないない。」
「わかんないぜ~」
 などという やりとりは普通に行われるようになっていた。

 たまに 誠二は はずかしがる小夜を面白がって
「四つんばいになれ!」
 などと過激なことを 命令口調で言ってみたりする。
「・・・いや。」
 未だそんな言葉に慣れない小夜は、やっぱりはずかしいから一度は反抗するも・・・
「言うことを聞け!」
 もう一度命令されたところで やってみることにしてる。

 そんでもって 誠二に
「お前 いやらしいなぁ」
 と からかわれては・・・カーーッと頬を赤くして
「違う違う、せいちゃんのことを好きだから 言うこと聞いてるだけだもん。」
 と 言い訳をする。

 じゃれあってるだけなのか・・誠二は本気で言ってるのか・・・。
 そこを相変わらず 不安に思いながらも、いつのまにか小夜も こんな関係が気に入ってしまっていた。

 それ以降、すっかり二人のやり取りはSとMな感じになっていた。
 普段、抱き合っていない時間の会話も 誠二の口調に ドキドキしながら返事をするといったような やり取り。

 もしも二人が肌を寄せ合うことがあるならば、いつだって誠二は 小夜の予測の立たない、意表をつくような進め方を愉しんだ。
 お陰で すっかり 小夜まで、誠二に振り回されてるような気分を愉しむようになっていた。
 あるときは、誠二が小夜のお尻をパチンと叩いたりした。

「うぐ・・・」
 叩かれた箇所は、確かに痛かったのに 突然の出来事で ビクッとなった瞬間に 奇妙にも感じてしまった小夜。

「えええ? お前 やっぱ 叩かれても気持ちいいんじゃないの?」
「ち、違うってば~」

 そんな時は、誠二はやたらと 楽しそうにキュートな笑顔を見せた。

 小夜は、そんな 自分しか知らない誠二の少年のような笑顔が大好きだった。
 どちらかというと、クールで冷たさを感じる眼差し。キリリとした顔立ちは、甘い言葉を囁くようなイメージがない。
 誠二は仕事にも厳しい人だし、一見とっつきにくいようにも見える。
 大人なイメージからは 推測できない、まるでいたずらっ子がウキウキしてるような表情。
 小夜は 思った。

(せいちゃんは、こうやって あたしの前で 息抜きしてるんだろうなぁ)

思いっきり羽を伸ばして、愉しんでる誠二の表情から、小夜はいつしか 自分だけが誠二を安らげる存在なんじゃないかと そんな悦びを感じるようにもなった。

 ある日、二人はめずらしくカフェにいた。
 なかなか時間のない誠二と、こんな風に恋人同士がしそうなデートをすることがない二人だったから、小夜はなんだか心が華やいでいた。
 カウンターに並んで座わり 二人は小声で会話していた。

「お前、本当は 今日もエッチしたいんだろぉ?」
 またまた 意地悪な質問をしてくる誠二。
「そんなことないもん、お話できるデートも好きだよ。」
「じゃぁじゃぁ、今後 お話ばっかりでエッチはゼロのデートっていうのと~ エッチは厳しいエッチつきのデート どっちがいい?」
「へ? なんで その二つしかないの? やさしいエッチっていうのは?」
「やさしいじゃん いつも! きびしい~エッチってのは、お前のためにいろいろしてて 結構疲れるんだぞ。」
「疲れちゃうんだったら、控えめでもいいんじゃないの?」
「ってことはだ。 やっぱ お前 エッチ抜きは考えられないってことだな。」
「えええ そうじゃないけどぉ・・・ どして そうなっちゃうの?」
「よしよし、そんじゃ お前 はずかしい格好させられるの 好き?」
「はずかしいことは ただ はずかしいよぉ。」
「でも キライじゃないね?」

 なんて顔をするんだろう。
 目がキラキラしてて、せいちゃん 輝いてるよ。
(いやいや だめだめ この調子につられちゃダメよ)

「そんじゃぁさ 今度は お前のこと しばってみるか」
「だめ! そういうのは だめね! それ 本物だから。」
「でも 一回試したら 結構いいかもよ?」
「ありえないって。」

 ますます ニコニコして嬉しそうに誠二は 小夜の耳元でコソコソと話を続ける。
 冗談で言ってるだけなのか・・・もしや本気?・・・そこがわかんない。
 でも、そんな話を 愉快そうにしている誠二を 小夜はかわいく思えたり そして・・・。
 なんだか 頼もしく感じたりもした。

(ん?なんで頼もしいのよ)

 それはたぶん、誠二が Sという立場をとりながら、結局従う小夜をいかに観察してるかでもある。小夜の本心では 実際良いのか悪いのかを 知っていってくれてる・・・ そこを察知していってくれる・・・
 小夜が誠二の 無理な命令でも 従ってみるのは絶大なる信頼感からなんだと、ふと思った。
本当に嫌がることかどうか、誠二はちゃんと小夜を見守ってくれていて、わかってくれてる。

 二人が抱き合う時、なんだか ちょっと 変態なワルノリつづきだけれど・・・、
 むしろそのことを通して、お互いをいかに大事に思っているかを表現しているようにさえ思えた。

「ねね、ちょっと試してみる?」
「だからぁ、それは いや。」

「んじゃぁ、今度これは?」
「え? それもいやぁ・・・。」

会話まで、ちょっと変態?
でも カップルなんだから、二人の世界。
甘い会話の 愛情表現じゃないけれど・・・ こんなエッチな会話がはずむのも 愛しあってるからよね。

しばし、はしたなさやら 変態かしら と 心の中で 自分をこわくなっていた小夜だったけど、SMな関係も 愛し合ってれば悪くない・・
なんだか大発見したような、そんな気分だった。

それと・・・
誠二が 耳元でコソコソと、次なる計画を話してるのを聞いてて・・・

はずかしいくせに、そんな誠二を好きでたまらない・・・。

「で? お前 自分でも Mだと思うだろ?」

うん、そうね。思う。
相手がせいちゃんなら、あたしMよ。
せいちゃんにされるようにされちゃうの・・・結構好き・・・。

「・・・うん。」
「やっぱりなぁ お前いやらしいなぁ。」
「違う違う! いやらしいんじゃなくて これって愛なの!」
「バカかお前! 愛してるは既に大前提での話だろ エッチなんてもんは。」
「うん。」
「で、 Mなのを認めるの?」

とかなんとか・・・。

でも 今・・・ 「愛してる」って言った? 大前提って言ったよね?

小夜は、誠二の「愛」を感じて うれしくなっていた。
そして・・・ やっぱ 自分って Mかもな と 小さな発見をしていた。

そう、小さく 発見しといた。

決して 大々的に 発見したとは・・・はずかしいから認めたくなかった。

 あれから私は……小夜は思う。あたしってまちがいなく、Mっ気あるのかな。美穂には一般論だと言ったけれど、美穂も気づいているのだろう。

はからずも、誠二も小夜と同じようなことを思い出していた。あのときの俺は……と。

(よく がんばったなぁ)
誠二は 自分自身で小夜を翻弄させておいて、その自分についてきた小夜を愛おしく思いながらも、(途中きっと 緊張してたんだろうな)と 小夜の涙から 小夜の心を察すると、そんな腕の中の 小夜の健気さを褒めてやりたい・・・そんな気分になっていた。
そして、次の瞬間 誠二に更なるいたずら心が沸いていた。

(ま、身体の反応は充分あったことだし、イヤじゃなさそうだから、今度はどんなこと試してみようかな)

ワルノリが どんどん 探究心へと変わっていく。
やがて、そんな調子なのが 二人のアベレージにとなっていった。
 そんなふたりの間に、ひょんなことから達也が飛び込んできて、おかしな相談をもちかけてきて、そういった次第で今日はこうなったのだ。美穂にしても可愛い女ではあるので、からかってみたくなる。誠二は憂いありげな小夜を横目で見て心で言った。
(どうなんだろ。俺はおまえのすべてを知らないから……達也にああされておまえ、俺にされるときとは別の刺激を感じてたのか? 今日はこれからほんのすこし、エスカレートしてみる?)


3

ふたりそろってぼんやりと昔を思い出していると、部屋のドアにノックの音がした。
「美穂が弁当を作ってきてるんだ。四人で食うか」
 誠二に目で促されて、小夜はドアを開けた。よっ、と無邪気にも見える笑顔を向けて、達也が部屋に入ってくる。美穂も小さな身体をなお小さくしている風情で入ってきた。
「小夜、茶を淹れて」
 命令したのは達也で、美穂は弁当をテーブルに広げている。小夜がお茶を四つ淹れてテーブルに乗せていると、達也が小夜の浴衣の裾をまくった。
「……小夜先輩、なんで怒らないの? 達也さんのえっちっ!!」
 美穂が怒り声を上げる。達也は笑って言った。
「小夜は下着をつけてるのか。浴衣は素肌に着るものだぜ。脱がせてやるよ」
「駄目だったらっ」
「おまえに言ってないだろ。美穂は引っ込んでろ」
 だが、美穂が怒りの形相でいるのに気を遣ったのか、達也は小夜の下着を脱がそうとはせずに言った。
「上は?」
 達也が小夜の胸に触れる。美穂は達也の手を思い切り叩いた。
「上はつけてないんだな。美穂、じゃれるな」
「じゃれてないよぉ。なんなの、これって? 小夜先輩はどうして? みんな、変なんだからっ!!」
 ぺたっと畳にすわった美穂は、涙声で叫んだ。
「誠二さんだったらいいんだろうけど、達也さんは美穂の彼なのに。なんで小夜先輩の浴衣をまくったりするのよ。誠二さんも小夜先輩も怒らないって変。どうしてどうして? 誠二さん、なんとか言ってよっ!!」
「そう躾けてあるからさ」
「……躾って……そんな……ええ? ええ?」
「さ、食おうか」
 頭が混乱しているのであるらしく、美穂は畳にすわって、変、変、変と呟いている。小夜は誠二のとなりにすわり、しばらくは三人で黙って食事をしていた。
「美穂ちゃん、料理が上手だね。おいしいよ。美穂ちゃんも食べようよ」
 小夜が言っても、美穂はいやいやをする。達也も言った。
「躾ってか、誠二が小夜にやってるのは調教だろ」
「調教……その言葉だけでも……あのさ、達也さんは小夜先輩を前から知ってたの?」
「知らないよ。初対面だ」
 上手にとぼける達也に小夜が苦笑していると、達也は美穂に言った。
「いつまでもすねてるんじゃない。ここに来い」
 怖そうにかぶりを振る美穂に近寄っていった達也は、片腕で美穂を抱え上げて浴衣の裾をまくりかけた。
「駄目っ!!」
「こいつは穿いてないんだよ。浴衣ってのはこうして着るものだよ」
「駄目ったら駄目っ!!」
「やらないよ」
 なんだ、残念、と誠二が呟き、達也は美穂を抱えてあぐらをかいた。
「ここで食えよ」
 あぐらの中に美穂を入れて、達也は言った。
「おまえこそ、今日は怒ってばっかりだな」
「達也さんが悪いんだもん。美穂のお尻、誠二さんに見られるところだったじゃないのっ」
「可愛いものは見せてやったっていいだろ」
「やだぁ」
「やってないんだから怒るな」
「おまえの裸は他人には見せたくないって言ったくせに」
「そうだったか」
 甘えているとしか小夜には見えない態度で、美穂は不平を言い続けている。しばし相手になってやっていた達也は、しまいにきびしい声を出した。
「駄々をこねてるんじゃないんだよ。メシがまずくなるだろ。ほんとにケツを出すか。叩かれたいか、美穂?」
「美穂は悪くないのにぃ」
「ごめんなさいは?」
「またぁ……さっき言いすぎて飽きたのっ」
「俺は聞き飽きてないよ。美穂、ごめんなさいは?」
「いやいやぁ」
 くすっと誠二が笑い、小夜は言った。
「ほんとにほんとに絶対にいやだったら、態度で示せばいいのよ。そういうのって彼もわかってくれるはずだよ。美穂ちゃんの抵抗は口ばっかり」
「……先輩ったら……」
「示さなくても本当にいやなことは、彼はわかってくれるの」
「ええん、だってぇ……」
 可愛いね、としか小夜には思えなくて、誠二と目配せをかわし合った。


 夕食まで散歩でもしてくるよ、と言ってふたりの男が出ていく間際に、達也の声が聞こえた。
「取り替えようか」
 答える誠二の声は聞こえなかったのだが、美穂は決然と言った。
「それだけはやだからね」
「私もやだ」
 小夜が言ったので、美穂としては安心した。が、なにを取り替えようと言っていたのか。気になってたまらなくなって、小夜に目配せしてふたりの男のあとを追う。小夜もそーっとついてきた。ふたりの話題は取り替えようではなくて、とんでもない方向に展開していた。
「誠二、裸エプロンって面白そうじゃないか?」
「小夜と美穂が全裸でエプロンか。ガキの遊びだろ」
「おまえは興味ないのか」
「なくもないが……」
 ごく小声で、達也は言った。
「俺はエプロンを持ってきたんだ。別々の部屋で裸にして、エプロンだけつけさせて抱いていく。どうだ?」
「おまえは俺には美穂の裸は見せたくないんだろ」
「見せたくはないけどさ。美穂がきゃあきゃあ言うのは面白いし、小夜はどんな反応なのかってのも楽しそうだし」
「悪趣味だな」
「おまえの趣味はいいとでも言いたいのか」
「おまえよりはましだよ」
 前を行くふたりの男は足が速くて、美穂も小夜も置き去りにされた。ここまで聞けば十分なので、美穂は小夜に言った。
「先輩は拒否しないの? あんなのも悦びなの? 小夜先輩って変っ!!」
「そうねぇ……うふっ、えっち」
 色気のありすぎる小夜の仕草に、美穂は絶句した。
 こんな変なひとたちにはつきあっていられない。美穂は部屋に駆け込んで、達也以外は入れない決意で鍵をかけた。それにしてもそれにしても、裸エプロンだなんて、達也さんとふたりっきりだったらやってもいい……よくないけど……我慢できるかもしれないけど……誠二さんがいたら絶対にいやだーっ!! 
 ひとりで美穂は身をよじる。小夜先輩はどうするつもりだろう? 美穂は変な想像をしてみていた。達也が戻ってきて裸にされて、エプロンだけにされて抱かれて、隣の部屋に連れていかれたら? 小夜先輩もその姿だったら?
「気が狂うよ。そんなの……それだったらぬるくないの? 達也の馬鹿っ!! 誠二さんに変なことばっかり言って、死ねっ!!」
 怒り狂いつつも、美穂は達也の足音を待ちわびている。今夜はふたりっきりのはずだったのに……こんなのいや。いやいやいや。


 しばらくすると誠二が部屋に入ってきた。小夜はすこしためらってから言った。
「聞こえたよ。美穂ちゃんには無理じゃないかな」
「なにが聞こえた?」
「裸エプロン」
「……小夜はやりたいのか」
「やりたくないよ」
 書類を取り出して見ている誠二は、返事はしてくれないのだろうか。無理やりやらせるつもりだろうか。小夜としても不安だったのだが、やがて誠二は言った。
「美穂には無理だってのはわかるさ。ああいうのを苛めてみたいって気は俺にはなくもないけど、今夜は四人で食事をして、それだけでいいだろ」
「そうだね」
「ちょっとくらいは美穂に……」
「美穂ちゃんを苛めるの? 達也さんがあんなことをしたから?」
「あれはおまえもさ……」
「私はセイちゃんだけが……」
「ああ、わかったよ」
 それだけで書類に目をやってしまう。食事がすんだらどちらのカップルも、ふたりだけの世界に……小夜の想いはそれでいっぱいになっていた。


 隣室でもこのような行為が繰り広げられているのだろう。意識してしまって、それゆえなのか、美穂は常以上に燃えて乱れた。
 満ち足りて達也の裸の胸に頬をつける。誠二さんと小夜先輩もこうしてるのかな、と意識はしてしまう。口にすると達也が怒るのか。乗ってきていやらしくもいかがわしくもあるような台詞を言うのか。美穂は仰向けで天井を見ている達也の乳首を口に含んだ。
「もっとか。ちょっと待てよ」
「もっとでなくてもいいんだけど……」
「どうせだったらこっちは?」
「こっちって? えーとね……えとえと……」
 こっちとは下のほう。そこを含めと言われているのか。美穂がためらっていると、達也は美穂の髪をつかんだ。
「わっ、やだっ」
「そうか」
 髪をつかまれて顔を持ち上げられている。美穂はその姿勢で達也の胸に爪を立てた。
「凶暴な猫だよな。ま、いやだったらいいけどさ」
「……えーとね……」
 手が離れたので達也の腋にもぐり込むと、耳元で達也が卑猥な言葉を囁く。美穂はくすぐったくて恥ずかしくて、えっちえっち、と小声で騒いでいた。
「小夜だったら喜んでやるんだろうな。小夜に奉仕してもらってこようかな」
「……達也さん、取り替えようかって言ってたよね」
「取り替える?」
 きょとんと聞き返してから、達也は笑った。
「誠二に言ったよな。あれは美穂と小夜の浴衣を取り替えようかって言ったんだ。美穂のは俺が選んだ浴衣、小夜は自分で選んだんだそうだよ。おまえの赤い朝顔の浴衣と、小夜の桔梗の花の浴衣を取り替えようかって。誠二は言ってたよ。小夜がいいんだったらいいだろってさ」
「浴衣だったんだ」
「なんだと思ったんだよ? おまえは男を取り替えたいのか」
「私がじゃなくて……達也さんと誠二さんがそんな相談してるのかって思ったの。やだからね」
「俺もやだよ」
 あっさり言ってくれたので、美穂は心底からほーっとした。
「あいつらは少々異常だろ。誠二って奴は学生時代にはボクシングをやってて、人を殴るのが好きだからだったのかな。ってことは、昔からサドだったんだ。俺は知らなかったけど、そうだったんだな。俺もあいつには時々殴られたぜ」
「ボクサーに殴られたの?」
「そうだよ。この間だって……あれは俺のいたずらのせいってか……その話はいいんだった」
「よくないよ」
「いいんだ。黙って聞け」
 命令口調は好きなのだが、悔しさもなくはない。美穂は達也の乳首を引っ張った。
「美穂、はいは?」
「痛くないの?」
「痛いよ。誠二に殴られたらすげえ痛い」
「これは?」
「おまえのそれも愛撫だろ。俺も手厳しい愛撫をしてやろうか」
「どこに? いやっ、駄目」
 ははっと笑ってから、達也が美穂の乳房を片手でくるみ込んだ。
「あ……」
「にしたって、いつでも誠二は手加減して俺を殴るんだ。俺も加減してあいつを蹴飛ばして、そうやって喧嘩もしてたんだよ」
「達也さんはサッカーやってたんだよね……ああん、もう」
「感じるか?」
「知ってるくせに」
「知ってるよ」
 今夜は帰らなくていい。一晩中でもこうして達也の昔話を聞かせてもらえる。その合間には悪い手が美穂の身体をいじっていて、気持ちがそれていくのだが。
「達也さんとお泊まりははじめてだもんね。嬉しいな」
「嬉しいか。俺とははじめてって、他の男とだったらあるのか?」
「ないよっ」
「ふーん。信じておいてやるけど、嘘をつく悪い子はここを……」
「嘘なんか言ってないもんっ。達也さんはどうなの? 他の女とお泊り……あるんだよね。そりゃああるよね。三十にもなってて、達也さんはそんなにかっこよくて、もてないはずがないんだから。あるよね。今も美穂以外にいる?」
「いないよ」
「達也さんだって嘘ついたら、お尻を叩いてやるから」
「やってみな」
 半身を起こした達也は、美穂を抱え込んだ。
「そんな真似をしたら、逆にこうやって……」
「いやぁ」
「俺にはおまえみたいな軽いマゾっ気もないんだ。女に叩かれるなんてまっぴらだからな。女に叩かれてよがる男ってのもいるらしいけど、男はサドのほうがまだしもじゃないのか」
「美穂にもマゾっ気なんてないもん」
「ちょっとはあるだろ。おまえぐらいだったら楽しいよ。小夜は俺には化け物に見えなくもないってか」
「言いつけるよ」
「いいよ。言いつけろ」
 腕の中に包まれて、美穂は言った。
「小夜先輩って職場でとは人が全然ちがってるの。あの先輩が……美穂の世界観が……」
「わかる気もするな。俺は……」
 イジワルそうな笑みを浮かべて、達也は言った。
「おまえたちの職場に行って、真面目なOLやってる小夜の耳元で、えっちな台詞を囁いてやりたいよ。あいつだったら動じもしないんじゃないのか」
「私には小夜先輩がわからなくなったから、達也さんがそんなふうにしたらどうするかもわかんない。でも、駄目だからね」
 やらないよ、と約束はしてくれないので不安だったのだが、やらないと信じておくことにした。
「俺にも小夜ってわからないよ。誠二も昔から知ってるとはいえ、わからなくなっちまった」
「むこうでも達也さんと美穂の噂をしてるのかな」
「覗きにいくか」
「駄目」
「本気にするな、ばーか」
 軽くあしらわれて、美穂は今度は達也の肩に歯を立てた。それが合図にでもなったのか、達也が美穂を組み敷く。もう一度? 何度でも何度でも何度でも……美穂の意識もそこからはそっちに集中していった。


 一夜が明けて、美穂は布団の中で目をぱちぱちさせた。あ、ここは温泉宿の部屋だ。昨夜は達也さんとお泊りしたんだった。事実を確認して手を伸ばしても、布団の中には誰もいない。
 昨夜は達也に抱かれて眠ったのに、達也は起きたのだろうか。美穂、起きろよ、ってキスされて優しく起こされたかった。達也さんだったら優しくなくて、起きろ、いつまで寝てるんだ、ってお尻をぱちんかもしれないけど、起こしてほしかった。
 のろのろ起き上がって下着と浴衣をまとう。昨夜は裸で抱き合って裸で寝て、幸せだったな、と思い出す。いっぱい話しもしてもらった。下着はつけるなと命令されているが、脱がされるのも素敵だし、と思ってショーツはつけたのだった。
「達也さん?」
 呼んでみても返事はない。隣室に行ったのか。あいつは化け物みたいだと言ってはいたが、達也は小夜を気に入っているはずだ。寝起きの小夜の素顔でも見物にいったのだろうか。美穂は鏡で自らの顔を確認した。
「美穂のほうが若いんだからね。すっぴんは美穂のほうが小夜より上だ。寝足りて抱かれ足りて充足した顔をしてる。うん、美穂のほうが美人!!」
 ひとりで力説して、廊下に出ていく。隣室のドアをノックすると、誠二が開けてくれた。
「あ、あの、小夜先輩は?」
「おはよう、美穂」
「お、おはようございます」
 鋭い切れ長の目、薄めのくちびる。見ようによっては残忍そうな誠二の美貌が、美穂にはちょっぴり怖い。達也程度だったらいいけれど、誠二は真性Sだと達也が言うので刷り込まれてしまったのもあった。
 入れ、と言われているようなので、美穂は部屋の中に入った。小夜はいないようで、誠二は突っ立って美穂を見下ろしている。美穂はうろたえて口走った。
「小夜先輩と達也さんは朝のデートでもしてるの?」
「俺は知らんよ」
「怪しい。探しにいかなくちゃ」
「浴衣に下着のラインが透けて見えるな。下着は禁止じゃなかったのか」
「……変なところを見ないで」
「見えるよ」
 誠二が近寄ってくる。朝っぱらから浴衣をまくられたくないので逃げようとしたのに、がっちりつかまえられてしまった。
「まくらないでっ!! 脱がせないでっ!!」
 そのとき、どこからともなく達也があらわれた。
「そいつは俺の女だ。俺がいないときに勝手な真似をするな」
「いたじゃないか。見てたんだろ」
「ここにはいなかったよ。美穂、おまえも喜んでたのか」
「ちがうもーんっ!!」
 朝っぱらから遊びなのか。美穂はいささかいやになってきて、誠二の足を踏んづけた。
「離してっ!! 小夜先輩もいるんでしょっ。達也さんとなにをしてたのよっ!!」
「部屋のお風呂場の水の出具合を見てもらってたの」
 小夜の声もして、風呂場のほうからやってきた。
「なんだか調子が変なのよね」
「変なのは小夜先輩と誠二さんだよ」
「あなたたちも変じゃない?」
「変の度合いがちがうのっ!!」
「こら、喧嘩するんじゃないぞ」
 達也が言って、美穂を抱き寄せる。微笑んで美穂を見ている小夜の表情がしどけなくも淫らにも見えて、美穂の疑心暗鬼が高まってきた。
「小夜先輩なんか嫌いだよぉ。達也さん、他のどこかに行こうよ」
「参っちまったか。美穂には刺激が強すぎたかな。今日は別行動にしような」
「どうぞご自由に」
 誠二も言い、小夜もうなずいている。美穂は達也の胸に顔を押し当てて、わあわあ大声を上げて泣いていた。
「美穂、今日はこのあとで、いいところに連れていってやるよ。おまえの行きたいところだ」
 達也が言うと、美穂は涙に濡れた顔を上げた。
「どこ? 変なところじゃなくて?」
「俺が連れていってやるって言ってるんだから、おまえは黙ってついてくりゃいいんだよ」
 美穂の視界に小夜と誠二が映る。小夜の表情の深い部分などは美穂には窺い知れないものではあったけれど……達也の言うような化け物ではない。では、なに? 知りたい……知りたい、と美穂は願っていた。知りたいけど怖い、でもあったのだが。

END
 
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