番外編

番外編45(IF……?)

 ←小説133(お菓子の国のお兄ちゃま) →雪の降る森シリーズ
thumbnailCABMB9SZ.jpg


番外編45


「IF……?」

1

 なーんか変だ。こうして確認してみること自体が変なのだが、とにもかくにも確認しよう。
 俺は木村章、十七歳。ヴォーカルグループ、フォレストシンガーズのメンバーであるのだからプロシンガーである。高校は中退して、最近になってフォレストシンガーズに参加した。
 他のメンバーは、リーダー本橋真次郎と乾隆也が三十一歳、本庄繁之が三十歳。この三人は大学時代の先輩、後輩で、本橋さんと乾さんが先輩、本庄のシゲさんが後輩だ。年齢からしても当然そうなる。
 もうひとり、シゲさんと同い年の小笠原英彦、愛称はヒデという男がいたのだが、半年ほど前に音楽的見解の相違だかなんだかで脱退してしまい、フォレストシンガーズは新メンバーを募っていた。
 元来四人の男ばかりのヴォーカルグループだったのだが、メンバーチェンジの機会に方針転換をして、女の子と若い男を加えようということになった。方針転換しようとした理由の中には、オーディションに応募してきた俺と、他一名の歌唱力が抜群だったからというのもある。
 オーディションに合格した二名のうちの、一名が俺だ。他一名は三沢ユキ。十六歳の女。
 こいつがどうも俺の頭を変にさせている元凶であるようなのだが、なんで変だと思うのかがよくわからない。単に変な女だからかもしれない。あまりに深く考えると頭がこんがらがってきそうだ。
 三十代の男たちに加わった、十六歳の女の子と十七歳の男の子。そこからして変な気がするのだが、男ばっかりで歌っていても目新しくもない、こんなの飽きた、グループのカラーを一新しようとでもしたのか。俺はもとからの三人のメンバーの考えはよくわからないので、それはそれでもいいのだろう。
 旧フォレストシンガーズはかなり売れていたが、マンネリ化してきていたのだろうか。だからこそ一新しようとしたのか。
 長身で筋肉質で顔はおっかなくて、性格もおっかないリーダーの本橋さん。長身細身、常々悠然としていて、口の達者なサブリーダー、乾さん。中背筋肉質、先輩たちのうしろで控えめなシゲさん。三人ともに顔立ちはぱっとしないから、美少年と美少女を加えたくなったのか。
 なんでこうなったのかは俺はよくは知らないけれど、プロシンガーになれたのだから、細かいことはどうでもいい。ともあれ、そうして新フォレストシンガーズが誕生したのだ。
「ほーんと、章ってちびだよね」
 顔は可愛いのだが、性格はきわめて可愛くない、ユキが言う。俺はリーダーとだと二十センチ近く、シゲさんとだって十センチは身長差があるのだから、ちびだと言われても仕方ないのかもしれない。だが、ユキはその俺よりもさらに十センチは低いのだ。おまえに言われたくない、なのである。
「ユキは女の子だもーん。女の子はちっちゃくても可愛いよ、って、乾さんもリーダーも言ってくれるもーん」
 できあがっていたグループにあとから入れてもらった俺は、旧メンバーたちが大人の男だからもあって、面と向かっては不平は言いづらい。彼らには気に食わないことは多々、多々あるが、不平不満の大半はぐっとこらえている。
 不平不満の最大のものはこいつだ。こいつの存在が俺を腹立たしくさせる。こいつがいなかったら、俺はもっと楽しく歌えるのに……いや、本橋さんもいなかったら……乾さんもいなかったら……シゲさんはいてもいいけど……
 とも考えるのだが、本橋さんや乾さんがいなかったとしたら、俺はプロシンガーにはなれなかっただろう。だから、本橋さんと乾さんには我慢するしかない。誰よりも、俺は三沢ユキを追い出したい。こいつがいなかったら、俺はこんなにも腹立たしくないはずだ。
「俺だっておまえよりは年上だぞ。敬意を払え」
「ひとつしかちがわないじゃん」
「シゲさんだって本橋さんや乾さんとひとつしか年はちがわないけど、先輩として立ててるじゃないか」
「章はユキの先輩じゃないもん。同じ立場でしょ」
「同じじゃないじゃないかよっ!!」
 歌の練習のために借りているスタジオの一室でユキともめていると、乾さんが入ってきた。
「おまえたちはまた喧嘩してるのか。章、ユキは女の子なんだから、荒い口をきくんじゃないぞ。前にも言っただろ」
「こいつが悪いんです」
「そうなのか、ユキ? おまえが悪いのか?」
「……んんとね、そうだったかもしれない。章、ごめんね。ユキが言いすぎたの」
 くっそーっ、豹変しやがってっ!!! 俺にはいつだっていつだって生意気なユキは、他の三人の前では態度を変える。こうなると叱られるのは俺なのだ。
「ユキが悪いってユキは言ってるよな。喧嘩なんてのはどっちも悪いんだけど、ユキは潔くおまえに詫びただろ。章、おまえも見習え。おまえもユキにあやまれ」
「やだよ。俺は悪くないもん」
「俺はおまえよりいくつ年上だった?」
「十四歳。それがどうしたんだよっ!!」
 軽くではあるが、ほっぺたを張られた。
「十四歳も年上の男に向かって、おまえのその口のききようはなんだ。おまえは新米シンガー、半人前の小僧っ子だろ。俺たちの仲間ではあるけど、その前に、鍛える必要のあるガキなんだよ。言葉遣いから仕込まないといけないんだな。敬語ってほどではなくても、丁寧に喋れ。すみませんでした、と言えないのか」
「ユキは……」
「ユキはあとだ。にしたって、おまえよりはユキのほうが礼儀も知ってるぞ。おまえはなにもかもがなっちゃいないから言ってるんだ。口で言ってるだけじゃわからないのか。痛いようにひっぱたかれないとわからないのか。章?」
「ああん、乾さん、章をそんなに叱ってやらないで。ユキが悪いんです。ごめんなさい。ユキがあやまりますから」
「ああ、おまえはいい子だね。おまえが泣かなくてもいいだろ。困った子だね。本橋、章はおまえにまかせるよ。ああ、よしよし、ユキ、泣くな」
 そこに入ってきたのは本橋さん。この場をぐるっと見回して考え込んでいる。
 頬をさすってふくれっ面の俺。めそめそして乾さんにあやしてもらっているユキ。ユキの涙なんてのは嘘泣きに決まっているはずだが、男は泣いている女の子には弱いのだ。俺はユキの涙になんかごまかれさないが、年がちがいすぎるせいもあるのか、先輩たちはユキの涙には甘い。
 ここが耐えられないほどの差別。俺に喧嘩を売ったのはユキだってのに、ちびちびちび、って罵っては、俺を苛めるのはユキなのに、喧嘩をしていて先輩たちに見られると、ユキはしおらしい態度になる。俺は素直になんかできないから、結果は本橋さんにも叱られた。
「女の子を泣かせるな。乾にひっぱたかれたのか? その顔の具合からするとたいしたことでもないんだろうけど、おまえが悪いからだろ。どうせまた言い訳ばっかりして、詫びもしなかったんだろ。おまえはそんなだから叱られてばかりいるんだよ。ユキを見習え」
「なんにもわかってないくせに……」
「わかってないってなにがだ? 乾、こういうガキは手ぬるい殴り方なんかじゃこたえないだろ。こうなるとふてくされて反抗的になるんだ。いっぺんびしっと……」
「本橋さん、やめましょう」
 今度はシゲさんが入ってきた。聞こえていたのであるようで、本橋さんを止めてくれた。
「殴るなんていけませんよ。章は子供じゃないんだから、言い聞かせればわかります」
「言い聞かせてもわからないから言ってるんだ。ガキには体罰は必須だよ。っつうことは、ユキもか、乾?」
「ユキだってさ……ま、女の子には別の体罰もあるんだし、シゲは絶対にやらないよな。本橋もユキを殴るなよ」
「言われるまでもないけど、別の体罰ってなんだ?」
「さあね。これから考えようかな」
「いやぁん、やぁん」
 媚を売っているとしか思えない仕草で、ユキはくねくねしている。俺が殴ってやりたいのだが、ユキに暴力をふるったりしたら、殴られるどころではなく、除名させられるかもしれない。それだけは避けたいので我慢していると、乾さんが言った。
「ユキ、おまえも仕事はちゃんとしろよ。仕事の面では章もおまえも同じだ。そっちの方面はおまえもびしびし鍛える。ついてこい、ユキ」
「はい。ユキはリーダーと乾さんとシゲさんに、一生懸命ついていきます。よろしくご指導下さいね。頼りにしてるんですから……三人とも素敵。かっこいいわ」
「調子のいい奴だな。章、おまえは?」
「わかりました。すみませんでした」
「よし、それでいいよ。本橋、シゲ、いいだろ?」
「ま、今んところはな」
 本橋さんはそう言い、シゲさんは俺に目配せしていた。章、俺を困らせないでくれよ、頼むぜ、だったのだろうか。


 フォレストシンガーズには事務的なマネージャーがいて、プライベートでは一切関わろうとしないのでいいのだが、事務所が付き人ってやつをつけた。そいつの名は酒巻國友。クニと呼ばれているそいつも十六歳で、俺よりも背の低い、歌手志望の少年だ。
 オフィス・ヤマザキってのは未成年をこき使うのか。いや、しかし、未成年お断りと言われれば、俺も歌手にはなれないのだから、これでいいのだろう。
 なんか変だな、の気分はつきまとっているものの、俺はフォレストシンガーズの一員として多忙な毎日をすごしている。行儀だの口のききようだの、年長者に対するふるまいだのにうるさい乾さんは、が、歌のほうでは俺を褒めてくれた。
「十七にしたら、おまえの歌は完成の域に達しつつあるよ。素晴らしい喉をしてる。変声期もすぎた男がそれだけの高い声を出せるってのは、生まれつきもあるんだろうけど、歌に関しては努力してるんだよな。表現力も磨かれつつある。つつある、って段階だけど、おまえをうちに入れたのは大正解だったと感じてるよ。章、今後とも励め。おまえが書いた曲も……」
 譜面を取り出して、乾さんは言った。
「素晴らしいよ。十七歳とは思えない才能だな。ヒデも作曲をしたから、あいつがいなくなると曲を書ける奴が足りないな、なんて思ってたんだ。本橋も俺も歌は書くけど、ふたりよりも三人の曲があったほうがいい。おまえはシンガーとしても、ソングライターとしても一流になれる人材だ。ただし、まだまだ未発達でもある。男としての発達はどけておいて、作曲だけどな……章、ここだ」
「ここ、ですか?」
「このフレーズは……」
 曲のアドバイスだったら素直に聞ける。譜面を広げて、ここはこうで、ここはこうしたら、と教えてくれる乾さんと、俺も熱心に議論をした。
「このままでは完成品と呼ぶには不足だってのは、理解できただろ? 練り直して持ってこい」
「乾さんは手を入れてくれないんですか」
「木村章作曲の歌を、アルバムに入れたくないのか。おまえひとりの手で完成させた曲を、うちのアルバムに収録したいんだよ」
「そこまで……?」
「だからさ、このままでは駄目だと言っただろ。どこをどう手直ししたらもっと輝く曲になるか、自分で考えろ。編曲は本橋と俺がやるにしても、作曲家、木村章にもなれるんだよ。なりたくないか」
「なりたい……やってみます」
「おまえって音楽の方面ではたいした奴なんだけど……うん、ま、それはまたの機会に」
 別の方面で説教したいようだったが、歌や作曲は褒めてくれる。上手に俺を乗らせてくれる。こんなところは乾さんが大好きだから、ユキと喧嘩をして俺ばっかりが怒られても、耐えられるのかもしれない。
「歌づくり合宿をしようって案が出てるんだよ。ユキも聞いてないだろ。ユキ、こっちにおいで」
「はーい」
 小生意気な小娘とふたり、並んで乾さんの話を聞いた。
「クニも連れてくよ。六人で海辺で合宿だ。歌はもちろん、血反吐を吐くってほどに鍛える。俺たち自身も鍛える。だけど、海なんだから自由時間には泳げるだろ。おまえたちもそのつもりで準備をしてこい」
「ユキも水着?」
「そりゃそうだよ。水着を着ないで泳ぐのか」
「やん、もう、乾さんったらえっち」
「裸で泳ぐちっちゃな可愛いマーメイドか。それもいいかもな」
「乾さん、セクハラ」
「強制はしてないよ。おまえの水着姿だって可愛いだろうな。ビキニか」
「やんやんやーんっ、楽しみにしてて下さいね」
「うん、期待してるよ」
 えっちだのセクハラだの言われても、乾さんはユキだったら叱らない。女の子は得だ。むかつくのだが、しようがないのだろう。
 くっそ生意気なちび娘ではあるが、ユキは顔立ちも可愛いし、プロポーションだって悪くない。小さいなりに均整の取れた肢体をしているのは、服を着ていたってわかる。水着姿はさぞ……と俺も楽しみにしていたのだが、ユキには言ってやらない。
 当日は乾さんが車でユキと俺を迎えにきてくれた。本橋さんの車にはシゲさんとクニが乗っていて、ユキは助手席で乾さんに言っていた。
「乾さんの車って案外ぼろっちいんですね」
「知らなかったか。俺は車マニアじゃないから、走ればいいんだよ」
「本橋さんの車のほうがかっこいいかも」
「あいつはけっこうマニアだからさ。シゲも本橋も乗り物おたくだったりするんだよ。ぼろ車がいやだったら、ユキは本橋の車に乗り換えてもいいよ」
「ううん。ユキは乾さんのおそばがいいんです。オレンジ、食べる?」
「ああ、ありがとう」
 オレンジの皮を剥き、ひとつひとつばらばらにして、ユキは乾さんの口元に運んでやった。
「おいしい?」
「すっぱいけどうまいよ」
「チョコレートも食べます?」
「俺は甘いものは嫌いだ。前にも言っただろ」
「そうなの? せっかくおやつをいっぱい持ってきたのにな。おにぎりだったら食べる?」
「おにぎりも作ってきてくれたのか。昼メシにいただくよ」
「ユキは女の子なんだもん。合宿でもお掃除もお洗濯もお料理もしますから」
「そのためにクニを連れていくんだから、おまえはメイドみたいな仕事はしなくていいんだよ」
「だって、女の子なのに」
「おまえは女の子だけど、俺たちの仲間だろ。歌を鍛えるほうが第一義だよ」
 まったくもう、ユキのこの大人の男に対する媚こび態度。見ていると苛々する。口をはさむとユキを罵ってしまいそうなので、俺は黙って聞いていた。
「この間、乾さんは章に言ってたでしょ? 合宿の話をしてくれる前。章の歌とか作曲を褒めてた」
「ああ。そうだったな。章、譜面は持ってきたか」
「はい」
「本橋とふたりで検討するよ。ユキの水着も楽しみだけど、おまえの曲がどうよくなったかも楽しみだな。自信はあるか」
「すこしはあります」
「乾さん、ユキとお話して」
 ユキは乾さんの腕をつかみ、こらっ、と言われていた。
「運転してる者の腕をつかむな。事故ったらどうするんだ。俺は章と話してるんだから、おまえは待ってなさい」
「だってだって……」
 乾さんはユキだって叱りはするのだが、口調があまりにもちがう。俺はまたまた腹立たしくなってきて黙った。
「ユキの歌は?」
「おまえの歌も最高だよ。だからうちに入ってもらったんだ。章もおまえも若いんだから、完成はしてないのは当たり前だな。本橋だってシゲだって俺だって、十代だったら未熟だったよ。今でも未熟さは残ってる。さらにさらに高みを目指して、みんなで努力するんだ。そのための合宿でもあるんだよ。章の歌だけ褒めて、おまえは褒めてやらなかったから不満なのか」
「うん」
「おまえはうちに入った時点で、俺たちが認めたって意味だよ。おまえの女の子の声と、章のこのハイトーンが……」
「章はどうでもいいの」
「よくないだろ。ふくれるんじゃないよ、キュートなおちびちゃん」
「やあん」
 そりゃあまあ、俺に向かって乾さんが、キュートなおちびちゃん、なんて言うはずはない。言われたら気味が悪い。胸がざわざわっとするのは、ユキに向かってだって乾さんがこんなとことを言うと気味が悪いからだ。
 運転席と助手席では乾さんとユキが、プライベートな話もしている。おまえ、彼氏はいるのか? やあだ、セクハラ、乾さんは? 素敵な大人の彼女がほしいな、いないの? そんな会話を聞きつつ、俺はふと思った。
 ユキは乾さんが好きなのか? ユキの質問に応じて、大人の彼女がほしいな、と答えたのは牽制か。おまえみたいなガキに興味はないって。
 だとしたらいい気味ではある。おまえみたいなガキは、乾さんには似合わないんだよ。俺は心の中で毒づき、ユキがぶちぶち言っているのを聞いているうちに、居眠りしてしまった。目が覚めたときには、車窓に海が広がっていた。

 
2

 いい天気なんだし、先に泳ぐか、と本橋さんが決め、合宿所の近くにある浜へと全員で出ていった。ユキは白地にピンクの水玉のビキニにピンクのパーカーを羽織っていて、本橋さんが言った。
「ほお、おまえ、胸が……おっと、セクハラだな。ごめん」
「やだやだぁ、本橋さんったら。ユキのバスト、可愛い? 水着も可愛い? ここも……」
「こら、そんな格好するんじゃねえんだよ」
「こらこら、はしたない」
 どんな格好をしているのか、前を歩いているので俺にはユキが見えない。見たいけれど、振り向くのは癪なので、こらこら言ってる本橋さんや乾さんの声も無視して歩いていた。俺の隣にはシゲさんがいて、なんとなく赤くなっている。三十にもなって、シゲさんは純情なのだ。
「章さん……」
 その前を歩いているクニが言った。
「僕……ひがみたいです。章さんはひがみたくありません?」
「意味わかんねえよ」
 意味はわかるのだが、わざと言った。
 背はそれほど高くもないが、がっしりしているシゲさんは、服を着ているよりも水着姿のほうがかっこいい。背が高くてがっしりの本橋さんは、体格だけは男っぽくてかっこいい。本橋さんは顔立ちも男っぽいので、服を着ていてもかっこ悪くはないのだが、センスがよくないので、水着姿のほうがいいかもしれない。
 身長もまあまああって、すらりとしている乾さんは、洋服を着ていてもかっこいい。水着になると意外に筋肉もあって、そっちもかっこいい。
 大人たちと較べれば、俺はちびで骨だらけ。クニは俺以上にちびでひょろひょろふにゃふにゃだ。ひがみたくなる気持ちは大変によくわかる。俺はちょっとは髭も体毛もあるのだが、クニには見えている部分にはなんにもないから、それについてもひがんでいるのだろう。
 十六や十七のクニと俺は、子供っぽい体格なのも当然といえば当然だ。これから大人になるのだから。
 三人の大人たちは、髭だって脛毛だって生えている。全身の筋肉は相当にたくましい。細い乾さんだって、二の腕や脚の筋肉が俺やクニとは比較にならないほど。俺もひがみたい。うらやましい。俺もいつかはこんな体格になれるのだろうか。
 パーカーもなんにも羽織らずに、ユキと三人で歩いている本橋さんと乾さん。きゃっきゃっと笑っては、ふたりに甘えている媚こび女。俺も女だったとしたら、ユキのように扱ってもらえるのだろうか。いいや、俺は男なんだもの。ユキみたいになんかしたくない。
「きゃっ」
 背後でユキの悲鳴が聞こえ、振り向くと、ユキは乾さんにくっついて息をはずませていた。
「足元が不安定なのか? 浜を歩くのに高いヒールのサンダルなんか履いてるからだ」
 そういえばユキは、いつもより背が高い。ヒールのせいか。そのせいでユキがころびかけて、乾さんがささえてやったのか。乾さんはそう言い、本橋さんがユキを抱え上げた。
「きゃああん」
「こんなものは脱いだらいいんだよ」
「本橋さんもえっち。脱げだって」
「サンダルを脱げって言ってるんだろ」
 焦ったみたいに本橋さんが言い、乾さんがユキのサンダルを脱がせ、ユキはきゃあきゃあ騒いでいた。
「じゃあね、このまんま抱っこしていって」
「いいよ。おまえなんか軽いんだから」
「嬉しいな」
 シゲさんは先に行って、パラソルを立てている。乾さんとクニも走っていき、シートを敷いたり荷物を広げたりしている。俺は本橋さんの肩の荷物を取り上げた。
「おう、章、ありがとう。気が利くな」
「ユキを抱いて荷物もってのは……」
「こいつは軽いからへっちゃらだよ」
「本橋さんは力持ちだもんね。ユキ、乾さんも本橋さんも大好き。気持ちいいな。章も抱っこしてほしい?」
「誰がだ。この……」
 媚こび女、と言いたかったのだが辛抱していると、本橋さんが言った。
「ユキは裸足になっちまったんだもんな。とがった石だの貝殻だのも落ちてるかもしれないんだから、こうしてやったほうがいいんだよ。それに、ユキは握り飯を作ってきてくれたんだろ」
「はーい。みんなの分もあります」
「うん。シゲがなにやら買ってたし、昼メシはそいつですませられるな。早起きしたのか。えらいえらい」
「はい。早くから起きてごはんもいっぱい炊いたの。ユキは女の子ですから」
「知ってるよ。こうして抱えてる感触も女の子だ。昼メシ食って泳ごうか。ユキは泳げるのか?」
「ちょっとだけ。泳ぎも教えて下さいね」
「おう、まかしとけ」
 他の三人がすわっている場所まで行くと、本橋さんがユキをシートに下ろした。乾さんは煙草を吸っていて、ユキが言った。
「乾さんの煙草……」
「おまえは煙草は嫌いか?」
「乾さんだったらいい。素敵なポーズ。ユキも吸っていい?」
「子供がなにを言ってるんだよ。メシだろ。シゲが腹ペコだって呻いてたぞ。こら、ユキ、煙草をいたずらするんじゃない。めっ!!」
「ええん、ごめんなさいっ」
 おにぎりと、シゲさんが途中で買ってきたサンドイッチで昼メシとなった。シゲさんは食うほうに専念している。クニももそもそ食っている。俺はこっちのふたりに参加して、黙ってあっちの三人の会話を聴いていた。
「乾さんの喫煙ポーズって絵になるわ。リーダーは吸わないんですか?」
「吸わなくもないかな。乾、一本くれ」
「どうぞ。ユキ、本橋も絵になるか?」
「はい。ふたりともとっても素敵。ユキ、幸せだな。こんなに素敵な大人の男性に可愛がってもらって、仕事仲間とも呼んでもらえるんだもの。フォレストシンガーズに入れていただいて、心から感謝してます」
 ちらっと見ると、乾さんも本橋さんもくわえ煙草で、よしよし、ってユキの頭を撫でている。クニがため息をつき、シゲさんは言った。
「まあな、ユキは可愛いよな」
「俺は可愛くないですよね」
「おまえは男だろ、章? 可愛いって言われたいのか」
「言われたくはないけど、みんなしてユキにだまされてるんだよな」
「そうなのか?」
「俺とふたりでいるときのユキを見たら、シゲさんにだってわかりますよ。クニにはどうなんだ?」
「ユキさんですか」
 クニはユキと同い年なのだが、付き人だからなのか。たいへんに遠慮がちだ。ユキにも俺にも敬語っぽく喋るクニは言った。
「僕はユキさんとはあんまり話もしてませんけど、優しいですよね。クニちゃん、付き人って大変だろうけどがんばってね、って。僕はだまされてませんよ」
「あいつ、媚こび女だろ」
「媚こび?」
「ユキは女の子だもーん、ってさ。女、女って連発しやがって、ああいうのを女性誇示っていうんだろうが。他の三人は男性誇示だし、俺みたいな中途半端な少年はどうすりゃいいんだよ」
「俺たちって男性誇示か?」
 シゲさんはきょとんと問いかけ、クニも言った。
「本橋さんも乾さんもシゲさんも、とっても男らしいんですもの。ユキさんは女の子らしいんですから、誇示って言わないんじゃありません?」
「おまえは?」
 俺が尋ねると、クニはうつむき、シゲさんが言った。
「中途半端ったって、若いんだから当たり前だろ。章、クニ、泳ごうか。泳ぎは俺が鍛えてやるよ。メシは食ったんだから泳ごう。食ってばかりで運動しないと、腹が出っ張ってくるんだぞ」
「俺たち、腹は出ません」
「にしたってさ、水泳は筋肉も鍛えられるんだ。泳ごう。ざっと片付けて泳ごう」
 中途半端な少年たちも泳ぎは苦手でもないので、三人で先に海に入っていった。シゲさんに水泳指導をしてもらっていると、残り三人も海にやってきた。
「遠くまでなんて泳げない。ユキ、浮き輪がほしいな」
「大丈夫だよ。本橋と俺がフォローしてやるから。足の立たないところまで行こう」
「ああ、こうすっか」
 水上に腹ばいになった本橋さんが、背中を示した。
「ここに乗っかっていいぞ。こうやって連れてってやるよ」
「海の中でおんぶ? 落ちたら溺れちゃう」
「乾もいるんだ。おまえを溺れさせたりしないよ。乾、行くぞ」
「はいはい。疲れたら替わるよ」
「ユキをおぶってて俺が疲れるか。なめんなよ」
「きゃ、頼もしい」
 まったくもうまったくもう、なにがまったくもうなのか、俺にもよくはわからないが、まったくもう、としか言いようがない。まったくもう、さっさと沖に行け。沖でおまえひとりが溺れちまえ。俺はユキにそう言いたかったのだが、むろん口にはしなかった。


 食料はシゲさんとクニが買ってきてくれていて、夕食はユキが作ると申し出た。
「練習や作曲は明日からなんでしょ? 今夜はユキがごはんを作りますから、男性のみなさんはくつろいでて下さいね」
「僕もやります。僕は働くために来たんですから」
「そおお? じゃあ、クニちゃんも手伝って」
 ならば、俺も手伝うと言うしかなくて、三人でキッチンに入ってメシの支度となった。他の三人は二階でなにやら相談している様子だ。
 ここはオフィス・ヤマザキ社長の知り合いの別荘だそうで、フォレストシンガーズのために貸してもらっている。二階建てのこじんまりした家だ。ユキはエプロンなんかかけて、ぶりぶりぶりっ子している。ぶりぶり媚こび女だが、そうしていると可愛いのだ、外見のみは。
「ユキさん、なにを作るんですか」
「この材料だったら、ビーフストロガノフに蒸し野菜に、パスタを添えて、あとはおつまみとか? 枝豆を茹でて、冷奴なんかもいいよね。クニちゃん、お野菜切って。章はお肉を薄切りにして」
 えらく自信満々なようだから、ユキに従って手伝いをしていればいいのだろう。ユキの手伝いなんてのは気に食わないが、俺は料理の腕前には自信がないのだから、ここはひとまずユキの言う通りにしよう。
 そのつもりで文句も言わずに手伝っていた。クニも黙って働いている。ユキは鼻歌を歌ったり、ユキちゃんってば、お料理上手、いいお嫁さんになるわ、だなんてひとりごとを言ったりして、上機嫌で働いていた。
「……クニちゃん、ビーフストロガノフに赤ワイン、入れた?」
「入れました。これですよね」
「それ、ワインビネガーだよ」
「え? うわっ、すっぱい」
 ビネガーとは酢であろう。ふたりしてビーフストロガノフの味見をし、すっぱい、きゃああっ、と大騒ぎしている。すっぱくても食えたらいいんだろうが、と思って俺も味見をしてみたら、食えるようなしろものにはなっていなかった。
 どうしよう、困った困った、となり、こうしたら、ああしたら、などとクニとユキがためしてみては、よりいっそうとんでもない味のビーフストロガノフと成り果てていく。
 ビーフストロガノフに気を取られているうちに、パスタも野菜も枝豆も茹ですぎとなり、冷奴は流しに墜落してぐちゃぐちゃとなり、惨憺たるありさまの夕食が完成した。こんなの食べられないよぉ、とユキが泣き出し、クニまでがべそをかいているので、俺は言った。
「他にも食えるものはあるだろ。茹ですぎ野菜はもったいないけど捨てるしかないな。冷奴は潰れてても食えるよ。肉が残ってるんだから焼肉にしよう。野菜の残りも焼こう。クニ、ユキ、泣くな。さっさと別の料理を作ろうぜ」
 そうなってしまったのだから急遽料理を変更し、三人で完成させた。だが、ようやく完成したら、ユキが言ったのだった。
「章が悪いんだもん」
「なんで俺が悪いんだよ」
「ワインとワインビネガーをまちがえたのは、章でしょ」
「クニだろうが」
「ちがうよ。章」
「いえ……僕ですが……」
 クニが口をはさもうとしても、ユキは章がやったのだと言い張る。ユキはかたくなに章が悪いと言い、俺はユキに言い返し、クニが必死になって俺たちを止めようとしていたら、シゲさんがキッチンに顔を見せた。
「どうしたんだ? 焼肉か。うまそうだな。運ぶのは手伝おうか。どうした、なにをまた喧嘩してるんだよ」
「だって、シゲさん、章ったら、自分が悪いのにクニちゃんに責任をかぶせようとするんですよ」
「俺は悪くなーいっ!!」
「悪いのは僕ですっ!!」
 手でクニと俺を制して、シゲさんはユキに尋ねた。
「なにがどうなったのか俺にはわかってないんだから、ユキが説明してくれよ」
「はい。あのね、ビーフストロガノフを作ろうとしていたんです」
「ビーフストロガノフってなんだ?」
「知らないの? 薄切り牛肉を煮込んだ、ビーフシチューの一種です。赤ワインを入れるとおいしくなるから、章に入れてって頼んだの。そしたら、似てるからまちがえちゃったんですよね。章が赤ワインビネガーを入れたの。お酢なんですよ」
「酢入りのビーフシチューか。まずいだろうな」
「まずいから捨てました。食べ物を粗末にしてごめんなさい」
「まあ、失敗したんだったらしようがないな。で?」
「失敗したのは章のせいなのに、クニちゃんがやったって言うの。章ったら卑怯者なんだから……」
「章」
 シゲさんにじろりと睨まれた。クニはもがもが言っていたが、シゲさんはユキの言葉を全面的に信用しているのだろう。ぶりぶり媚こび嘘つきいやがらせ女に我慢できなくなって、俺はユキを突き飛ばしてキッチンから走り出した。
 乾さんもキッチンに来たようだ。どうした? と乾さんの声が聞こえる。シゲさんが言っているのも聞こえてきた。
「失敗したってのはいいんですよ。しかし、章をかばおうとしたクニに責任を負わせて、ユキを突き飛ばして逃げていったってのは、今日ばかりは俺も章を……あいつは本当にどうしようもない奴ですね」
 どうせそうだよ。どうせ俺はどうしようもない奴だよ。夕食がすんだら乾さんと本橋さんに手を加えた楽譜を見てもらい、なんと言ってもらえるのかと楽しみにしていたのに、そんな気分は消し飛んでしまった。
 浜辺まで走っていって、立てた膝に顎を乗せて夕暮れの海を眺めていたら、泣けてきた。ユキは俺に恨みでもあるのだろうか。俺は怒られてばっかりなのに、てめえは女の子の武器を使って、本橋さんや乾さんに甘えて可愛がられて、なんの不満があるって言うんだよっ。
 もう合宿所に戻りたくなんかない。フォレストシンガーズだってやめてもいいんだ。俺なんか、いないほうがいいんだ。自己憐憫とユキへの呪詛とで、俺は悔し泣きしていた。そうやってただ、海を眺めて泣いていたら、足音が聞こえた。
「章、ごめんな」
「シゲさん?」
「泣いてたのか。泣くなよ、馬鹿」
 いつしかかなり時間がたったのか。浜は夜になっている。シゲさんが隣にすわって話してくれた。
「俺なんかは単純だから、ユキが言ったことを全部そのまんま受け取ってしまったんだよな。だけど、乾さんが来て、ユキのそぶりやクニのそぶりやらで、ユキは嘘を言ってるって見抜いたらしいよ。ちょっと来なさい、ってユキを連れていって、問い質したらしいんだな。俺は詳しくは知らないんだけど、乾さんに正直に言えって言われて、ユキは正直に言った。それでだいぶ叱られたらしくて、泣いてたよ、ユキも」
「……シゲさんも信じてくれました?」
「だから言ったろ、ごめんなって」
「はい」
 すこしだけ黙ってから、シゲさんは続けた。
「前からそうだったみたいだな。ユキとおまえが喧嘩をしたら、いつでもおまえが悪者にされてた。乾さんは薄々は感づいてたらしいんだけど、そういう状況を乗り越えるのも、おまえのためになるって考えたのか、敢えてユキをああ扱って、おまえは敢えてああ扱った。この前だって、おまえが乾さんに叱られたのは、言葉遣いが悪いってことだったんだろ?」
 ちびちびちび!! とユキに罵られて、喧嘩になった日か。思い出してみればそうだった。喧嘩は両方が悪い、と乾さんは言っていた。
「だけど、ユキはなんだって今日は俺に?」
「やきもちかな。合宿の話をしてたときだとか、今日の車の中だとかでも、乾さんはおまえの歌や曲は褒めたけど、ユキは女の子として可愛いってほうばかりで、シンガーとしては褒めてもらえなかったから。それっておまえが悪いんじゃなくて、どっちかってえと乾さんが悪いんだよな。なのにおまえに仕返ししたとは、ユキってのもわけわからん。女の子だからか」
「そうなんでしょうね。あいつは底意地が悪いんだ。俺をやめさせたいのかな」
「やめさせたいとまでは考えてないだろ。だからさ、章、乾さんはちゃんとわかってるんだ。リーダーだってわかってるよ。ただ、女の子には甘くなるっていう、男の困った性癖ってのか……それが出てるってわけだな。俺もユキには甘くなっちまうんだから」
「ユキは見た目は可愛いですよね。中身は最悪だけど」
「そう言ってやるなよ。ユキは乾さんに懇々と説教されて、反省したみたいだ。おまえも腹が減っただろ。帰ろう」
「帰ったって、これからも俺は今まで通りに?」
「そりゃあそうだ」
 いくらかは知っていてさえも、ユキは今まで通りに、俺も今まで通りに扱われるのか。おまえは男なんだから、ユキと同じにはならないと? そんなの差別だ、と俺は言いたかったのだが、シゲさんは別の意味に受け取ったらしく、言った。
「ユキもおまえも大事なうちのメンバーだよ。俺は照れちまうから上手に言えないけど、おまえの歌も作曲も買ってるんだよ。章、帰ってメシにしよう」
 これ以上意地を張っては、みっともないのだろう。中途半端な少年とはいえ、俺だってフォレストシンガーズのメンバーなのだ。本橋さんも乾さんもシゲさんも、それだけは認めてくれている。
「はい、帰ります」
「ユキと仲直りしろよ」
「ユキの態度次第では、仲直りします」
 シゲさんに連れられて合宿所に帰ると、本橋さんが言った。
「章が帰ってきたからメシにするか。章、お帰り」
 待っていてくれたのか。なんだかじんとしてしまう。
 臨時のみすぼらしい料理が並んでいて、うまそうにも思えなかったが、俺は口の中でただいま、とか言って、食卓についた。乾さんも、章、お帰り、と言ってくれた。その乾さんのとなりのユキは、なんにも言わなかったが、顔に涙の跡がある。
 相当にひどく叱られたんだろうか。かわいそうかもな、などと考えてしまうのは、泣いたあとのユキが相当に可愛い顔をしているからだ。俺もやっぱり……アホな男か。たとえこのユキであっても、泣いたあとの可憐な雰囲気の女の子には弱いのか。


「へええ、俺、女の子なんだ」
 夢? 誰かにそっくりの男が、眠っている俺に話しかけていた。
「別にそんな願望はないんだけど、ってーか、なくもないのかな。俺が女の子だったらどんなだったかな、なんて想像はするしさ、乾さんとの倒錯劇もやってるからね。俺が十六歳ってのも、そんな年の美少女になったら、乾さんも本橋さんも優しく可愛がってくれるのかな、なんて想像をしたせいだね。だけど、そこっておまえの世界だろ。おまえも美少女ユキちゃんに会いたかったんだな」
 誰だ、おまえ? 俺の問いかけは言葉にならず、そいつは言った。
「にしたってだよ。なんでおまえは十七歳? どうせだったらおまえも十七歳の美少女だったらよかったのにね。おまえには女の子願望がないせいなのかな。おまえの願望ってのは、少年に戻って最初から乾さんや本橋さんに鍛え直してもらって、強い男に成長したいってほう? おまえは生憎、強い男にはならないんだよ。背丈もそのまんまだし、性格もたいして変わらない。俺は知ってるんだから断言してやるよ。でも、性格は多少は変わるのかな。十七歳から本橋さんや乾さんやシゲさんに師事してるんだろ。その年で作曲もして、乾さんや本橋さんにアドバイスしてもらって、歌も仕込んでもらってるんだよな。褒めてもらえた? ああ、そっか。よかったな」
 こいつは俺の心を読んでいるのか。夢なのだから当然なのか。俺が返事をしなくても、そいつは納得顔になって言った。
「シビアな批評もされたけど、おおむねは好評だったんだ。ニューアルバムに収録してもらえるって決まって、乾さんが詞を書いてくれるんだね。いいないいな、ユキちゃん、うらやましいわ。十六歳ではそんな才能のない女の子ユキは、だからこそおまえに嫉妬してるんだよ。この俺だって、十七歳のおまえが大人の本橋さんたちのそばにいて、鍛えてもらえるってのはうらやましいもんな。俺もそうしてもらえたら……今さら言っても意味ないけど、俺もそうだったらよかったなって思うよ。がんばれよ、章」
 声は出せないのだが、俺はうなずいた。
「俺もそこに行きたいな。十六歳の美少女ユキちゃんもいてもいいから、十七歳の美少年幸生も、そこにいたいよ。そしたらおまえもちょっとは気が楽なのにね。だけど、同時にふたりの人間は同じ場所にはいられないんだろ。ユキと幸生は性別こそちがえ、同一人物なんだよね。俺って女の子になったらあんなのか。おまえの偏見も入ってるのか。可愛い可愛い女の子だってのは当たってるけど、けっこう意地悪だよね。でもさ、ユキは幸生の分身なんだから、おまえとだって仲良くなれる。俺はおまえの親友だろ。ユキもおまえの親友にしてやって。ただし、手は出すなよ」
 ユキ、幸生、同一人物……意味がわかるような、わからないような……
「美少女ユキは乾さんに恋してるんだね。その恋の末路は目に見えてるけど、幸生の分身ユキちゃんは、やっぱそうなんだな。乾さんから見たら、半分は妹みたいなもんだろ。おまえがひがむ必要はねえんだよ。実はおまえも乾さんに恋してる? 正直に言えよ、章」
 そんなはずねえだろっ!! と叫びたかったのだが、言わなくてもこいつは俺の気持を読んだのだろう。にやっと笑った。
「よかった。ちがうみたいだね。でも、おまえは昔は、乾さんなんか大嫌いだ、あのかっこつけ野郎が、って悪口言ってたけど、本音はそうだったんだろ。昔からそうだったんだよ。乾さんに憧れて、おまえはああはなれないからこそ、嫌いだなんて言ってたんだ。俺はみーんな知ってたよ。知ってたってーか、これで再確認した。そっちの世界でもおまえはフォレストシンガーズに入れてもらえて、よかったね。先は長いんだ。しっかりやれよ、坊やの章ちゃん。あーきらちゃんったらあーきらちゃん。可愛いベイベイの章ちゃん……あーきらちゃぁあん」
 あーきらちゃん、あーきらちゃん、の声が遠ざかっていき、目が覚めた。
「なんだ、今の?」
 ひとりごとを言ってから、再び目を閉じると、俺は合宿所の一室にいた。ピアノの前にすわっている本橋さん、ノートパソコンを睨んでいる乾さん、譜面を前に、女の子のユキにハーモニーについての講義をしているシゲさん。マイクを手にしている俺。
 あれが俺? 俺は夢を見ている? クニはどこだ? 掃除でもしているのか。ふっと意識が遠ざかっていくような感覚に襲われて、俺は額に手を当てた。
「章、居眠りしてるんじゃねえんだぞ。真面目にやれ」
 本橋さんに怒られて、今度こそ本当に目が覚めた。


 いずれが夢なのだろうか。本当に俺は目覚めたのか?
 ここには女の子ユキなんかいない。クニはいるが、酒巻國友は大人であって、一応は俺も含めたフォレストシンガーズ全員の大学の後輩で、職業はDJだ。酒巻は俺たちの合宿所に遊びにきているのだが、付き人ではない。
 ユキはいなくて、かわりというか、こちらが当然というか、三沢幸生がいる。こいつは男だ。当たり前だ。年も俺と同じだ。
 本橋さんと乾さんとシゲさんもいる。俺もいる。俺も大人だ。当たり前だ。俺は十七歳などではなく、立派な成人男子だ。立派ではないが、大人なのは当たり前。長年フォレストシンガーズのメンバーだったのだから、年だって食うのである。
 では、あれはなんだったんだ? あれが夢なのか? それとも、こっちが夢なのか? 考えれば考えるほど頭がぐるぐるしてくるのだが、俺の認識ではこっちが現実だ。あれはさまざまな要素が重なり合って見た、夢だったのだろう。
 十七歳の俺は、二十歳そこそこだった俺に似ていた。本橋さんは本橋さんで、乾さんは乾さん、シゲさんはシゲさん。そこは現実そのまんま。クニも國友を少年にしたらこうだったであろう。そのまんまだった。
 女の子ユキは、夢の中で見た夢に出てきた幸生の解釈の通りだったのだろう。それともうひとつ、ただいま、現実でも俺たちは合宿をしていて、そこにひとり、子供が入り込んでいるからだ。彼も俺の夢の要素だったのだろう。
 子供とは、高校生の山崎数馬。オフィス・ヤマザキ、社長の息子である。合宿所でアルバイトさせて、鍛えてやってくれ、と本橋さんが社長に頼まれて引き受けた。
 数馬と若き日の木村章がごちゃ混ぜになって、十七歳の章が誕生したのではあるまいか。夢を究明するのは無意味なのかもしれないが、俺はそう思う。なにしろ、数馬って奴は、夢の中の俺と似たような取り扱いを受けているのだから。
 女の子はいないので、そこんところはちがうのだが、数馬は本橋さんにも乾さんにも叱られっぱなしなのだ。俺でさえもこいつはどうしようもないと思うのだから、先輩たちが数馬を仕込んでやりたくなったり、鍛えてやりたくなったり、叱り飛ばしてやりたくなったりするのも、当然すぎるほどに当然だ。
 俺はなるたけ数馬には関わりたくないので、無視の方針を取っているのだが、関わらざるを得なくなる場合もある。そうすると頭がまたまた変になってくる。
 こいつって数馬だよな? 俺じゃないよな? これが現実だよな。あれが夢なんだよな? それとも、あれは夢ではなく、どこかにある別の世界か。そこには俺が夢だと決め込んだ通りのフォレストシンガーズがいるのか。 
 そっちのフォレストシンガーズには十六歳の少女と十七歳の少年のメンバーがいて、十六歳の少年の付き人もいるのか。
 おまえがうらやましい、と夢の中の夢の幸生が言っていた。俺もほんのすこし、あの章がうらやましい気もする。十七歳で大人の本橋さんや乾さん、シゲさんと出会い、鍛えてもらっていたとしたら、俺はこんな木村章には成長しなかったのではないだろうか。
 幸生は他にもなんだかんだと言っていたので、俺はどうなったって俺だったのかもしれないが、あの人生もいいかもな、とは思うのだ。
 そうやって変な夢を思い出したり、変な少年を見て怒ったり呆れたり、現実の合宿生活はこうなのだが、ひとりになってぼけっとしていたりすると、ふっと、あっちの世界に戻っていきそうな感覚に包まれる。
 本当はどっちだ? どっちが夢? 夜の夢こそまこと……なんて言葉もある。本当はどっちが? こっちか、あっちか……あんなに長い夢ってあるのか? こんなに長い夢も……どっちだ、どっちが……眩暈が……しそうだ。

END


 



 
 
 
 
スポンサーサイト


  • 【小説133(お菓子の国のお兄ちゃま)】へ
  • 【雪の降る森シリーズ】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

こちら読ませてもらいましたー
ユキちゃんあざとい(笑)私もこれくらい甘え上手だったらもっと人生楽に生きてこれたかもしれません(-_-;)
幸ちゃんが女の子でも章くんとは仲良しではないのですね。
なんでこんなにユキちゃんが章くんに絡むのかと思ったらユキちゃんはユキちゃんで章くんに嫉妬してたのか。
こういう微妙な人間の感情を描き出すのあかねさんすごく上手ですね。私にはとても書けそうにない…尊敬しますm(__)m

起きた後に夢と現実がどっちがどっちか分からないことってたまにありますよね。夢でよかったって思うこともあれば、夢に戻りたいって思うこともある。そういうもどかしさがよく伝わってきました(^^)

あ、そうそう、シゲちゃんと忠が似てるって言ってくれたので簡単な二人の絵描いたんですが、ブログにUPするほどの出来でもないので、コメント欄に貼りつけられないかと考えたのですが…ちょっと貼りつけられないようですね;
画像渡す方法何かないものか…メッセージにも貼れないし…
また何かの機会にでも一緒に渡しましょうか…

たおるさんへ

こんな長いのもいつもありがとうございます。
これはだいぶ前に書いたものでして、このころは私の中で三十代幸生が、「女の子になってみたいなぁ」願望を口にしていたのですよ。

女の子ユキみたいなのは章が嫌うタイプ、こんなタイプでも自分に害が及ばないなら「可愛いから許す」なんですけど、ユキのせいで章は被害をこうむってますものね。

これはやっぱり、他の男たちが悪いんですよね?

私は根が意地悪ですから、それでもフォレストシンガーズストーリィはまだましなほうでして、しりとり小説やガラスの靴シリーズの基本は「皮肉」だなぁとつくづく思います。
こんなものばかり書いていますので、ますます性格がゆがんできたような……ううう(^-^;

忠くんとシゲ!!
きゃあ、私もそれ、考えていたのですよ。忠くんとシゲがどこかで会って、お酒を飲んで話したりしたら、微妙にずれていって楽しそう……でも、仕事柄接点がないのでどうやって会わせる? なんてね。

そのイラスト、ぜひぜひ見たいです!!

もしもよろしかったら、たおるさんのサイトにアップしていただいて、私がいただいてきたら即削除、なんてのはいかがですか?
今、私のほうはPCメールも使えませんので、他に思いつかないのですが。

イラストをいただけたら、また短いストーリィを書きたいです。
楽しみにしています。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【小説133(お菓子の国のお兄ちゃま)】へ
  • 【雪の降る森シリーズ】へ