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小説132(ヒ・ラ・ヒ・ラ淫ら)

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フォレストシンガーズストーリィ132

「ヒ・ラ・ヒ・ラ淫ら」


1

 プールサイドのカウチに身体を長く投げ出して、彼が空を見上げている。黒とブルーが切り替えになったトランクス型のスィミングパンツはシックでいながらセンスがよくて、彼らしいセレクトだ。
 筋骨隆々でもないけれど、私の好きな彼の身体。背が高くて素敵な筋肉。私にとってはすべてが素敵な彼。おまえは俺の愛理だよ、と彼が言ってくれるようになってからも、あなたは私の彼? だとは思えないときもあって、私はいまだに当惑の中にいる。
「愛理、おいで」
 サングラスをはずした彼が両腕を広げる。今すぐ駆け出して腕の中に飛び込みたいのに、素直ではない私は彼に背中を向けた。
「俺の女神さまはいつだってそんな態度だな。素直にならせてあげようね」
「いや」
「いやではありません。来なさい」
 本当にいやだったら逃げ出せばいいのに、逃げもしないで突っ立っていた私は、彼の力強い腕に抱き上げられて運ばれていく。横たえられたのは木陰のコンクリートの上だった。
「外でなんていやだからね」
「外でなにをするのがいやなのかな。したいんだろ」
「したくない」
「言ってごらん、愛理」
「なんて言うの? 言ってあげないもん。こんなところで……駄目だったら……駄目駄目駄目」
 私だって水着とパーカーしか身につけていないのだから、脱がせるのは簡単だ。あらがってみても本気ではないのだから、たちまち裸にされてしまった。
「綺麗だよ、愛理」
「綺麗綺麗って聞き飽きたのよ。他の褒め言葉はないの?」
「意地悪愛理はここにほっぽっていこうかな。言えよ」
「……抱いて?」
「疑問符はなしで言えよ」
「…………抱いて」
「よしよし」
 ここは金子さんが私のために借りてくれたコテージのプールサイドなのだから、誰も入ってこないとは知っている。知ってはいても、真夏の真昼に戸外で裸にされて抱かれるなんて、刺激的すぎる。陽射しも強くて頭がくらっとして、私は金子さんにしがみつこうとした。
 しがみつこうとしても優しく身体を離されて、キスの嵐に見舞われてしまう。手とくちびるが私を自在に扱う。私はあなたに演奏される楽器になったみたい……口から淫らな喘ぎ声が漏れて、プールの水面を渡っていくメロディのようだった。
 それからどれくらいの時間が経過したのか。気がつくとコテージにいて、金子さんのシャツに身体を包まれていた。いつの間に? ときょとんとした私の前に、ブルーの飲みものが置かれた。
「これはなに? カクテル?」
「缶入りカクテルなんだけど、媚薬が入ってるんだよ。愛理を乱れに乱れさせる悪い薬だよ」
「そんなものはなくても……」
「俺が抱けばエロティックに乱れる愛理だと知ってはいるけど、さらに無茶苦茶にしたくてね。飲んでくれるかな」
「変になったら責任は取ってくれるの?」
「もちろん」
 あれだけでも十分に変になっていたよ。だからこそ、いつの間にコテージの中に入ってきて、いつの間に裸ではなくなったのかも気づいていなかった。私は年のわりには経験が足りないけど、私をこうしてしまえるのはあなただけ。
 だけど、変な薬も面白いかな。ひと口飲んだカクテルは爽やかに甘かったので、飲み干してから言った。
「私がどうにかなっちゃったとしても、そうなった私は私には見られないんでしょ?」
「撮影しておこうか」
「やめてよ。恥ずかしくてそんなものは見られないじゃないの」
「そうですか。俺はいいんだけどね」
「意地悪なのは金子さんだよ。嫌い。寝室に鍵をかけて入ってこられないようにしようっと」
「愛理、怒ったのか」
「怒ったのっ」
 怒ってはいないのだがそんなふりをして、私は寝室に入って鍵をかけた。そのままぐっすり眠ってしまったのだろう。目覚めたときには夜になっていた。
 寝てしまったのは昼食前だったから、八時間ほど経ったのだろうか。その時間を眠りっぱなし? 金子さんのシャツを着たままで、ボタンもきっちり留まってはいるのだが、寝ている私を襲った金子さんが、シャツをきちんと着せて出ていったとも考えられる。
 もしもそうだったとしたら、私は乱れに乱れていたのだろうか。なんにも覚えていないのが悔しいような、そのほうがいいような、の気分だ。
 思い出そうとしてもなにひとつ思い出せないので、シャツを脱いで下着とワンピースを身につけた。私はただ眠っていただけ? 金子さんはどこに行ったの? 昼食も夕食も食べていないのだから、私はおなかがすいているというのに、声もかけてくれなかったのは解せない。
 声はかけてくれたのに、私が起きなかったのだろうか。カクテルには媚薬ではなく睡眠薬が入っていたのか。体調は悪くはない。熟睡して爽快な心持ちになっている。なんだか変だな、と考えながらも、私は寝室から出ていった。
「金子さん? 金子さん?」
 コテージの中にはいないようなので、中庭に出ていった。パティオと呼ぶのだろうか。濃密な南国の花の香りが漂う広い庭を、私は金子さんの名前を呼んで歩いていた。
 けれど、金子さんは庭にもいない。コテージに戻ってソファにすわり、私は自分自身の腕や脚を見ていた。さきほどからどうも変だと思っていた理由はこれだ。腕も脚も細すぎる。カクテルに入っていたものがダイエット薬だとしても、こう短時間で効果はあらわれないだろう。それでは劇薬ではないか。
 恐る恐る鏡の前に立ってみたら、腕や脚だけではなく、全身が細く小さくなっていた。だとするとこれは夢? ダイエットに成功はしていないのだから、細くなるはずがない。眠って起きるまでは太目の愛理だった。
 顔も細く小さく若い。全身がほっそりした少女のようで、背も低くなっている気がする。私は少女に返ってしまったのだろうか。本当に少女だったころからふっくらしていたのだから、少女の年頃の私に戻ったのでもなさそうだ。
「まるで大学一年生だったリリヤちゃんみたい。あなたが愛理? あなたが私? 顔は愛理だと言えば愛理に見えるけど、昔の私はこんなに美少女じゃなかったよね。ほんとにリリヤちゃんみたい。これって私の願望なの? 今さら少女のリリヤちゃんになってもね……でも、綺麗よ、愛理」
 これって本当に私? 鏡に細工でもしていない? とも思ったのだが、顔以外は自分で確認できる。触れてみた胸も腰もほっそりと華奢だった。
「なんなんだろうね? 夢だよね。私がこんな美少女なんだったら、将一伯父ちゃまとじゃなくて、若くてかっこいい美青年と恋をしようかな」
 短い休暇ではあるけれど、アジアの国のリゾート地に金子さんとふたりでやってきている。海に浮かぶ小さな島なのだから、周囲は海なのだが、南国の海の陽射しはいやだと私が言ったので、金子さんがプールつきのコテージを借りてくれた。
 掃除をしたり料理をしたりしてくれる人はいるはずだが、滞在客の目に触れないように働いているようで、私は会っていない。彼らは滞在客がカップルだと知っていて、そっとしておいてくれている。コテージ滞在に関する仕事は全部を金子さんがやってくれたので、私はノータッチ。ただただ、南国のけだるい空気と、金子さんとふたりでここにいることに浸っていた。
 ぜーんぶ金子さんにおまかせで、それでいいよと彼も言ってくれたので甘えていたけれど、身体が少女になったら心にも少女が忍び込んできたのか、好奇心が湧いてきた。
「どうせ金子さんはいないんだし、探検してこようかな」
 あなたはどこに行ったの、私をほったらかして。そんな気分も一時的に遠ざけておいて、私はコテージの全体を探検しに出かけた。
 広すぎる敷地に迷子になりそうになる。静まり返ったコテージには誰もいないのだろうか。中庭を突っ切って海の見える場所に出ていくと、ここに来てはじめて、金子さん以外の人間と出会った。チョコレートいろの肌をした美青年だった。
「あ、あの、私……」
 美青年と恋をしたい、なんて戯言を口にしたくせに、私は怖くなってあとずさりした。
「ここに滞在している者なんですけど、あなたはここで働いてる人?」
 日本語は通じないようで、彼は私をじっと見つめるばかりだ。英語で尋ねてみても、彼には英語も通じなかった。
「あ……あの……」
 どうしようもなくなって言葉を切り、見つめ返す。彼はなにやら言ったのだが、その言葉は私には理解できなかった。
「あの……じゃあ、お話もできないんでしたら……」
 言葉が通じないのでは仕方がないし、彼はどうも怖い気がしたので、私はぺこっと頭を下げて、中庭のほうへと歩いていった。
 歩いていくと彼がついてくる。互いの言葉が理解できないのは彼にもわかっているのだから、無言でついてくる。怖さが増して足を速めてもついてくる。彼の息遣いが聞こえる。怖くて怖くて走り出したら、草に足を取られてころんだ。
「あ、あの……ついてこないで?」
 言ってみても、彼は光る目で私を見つめて迫ってくる。愛理はそんなに気の弱い女ではないでしょ? と自分に言ってみても、怖いものは怖いのだ。ついに私は悲鳴を上げた。
「きゃーーっ!! 誰か助けてっ!!」
 いないのだから金子さんの名を呼んでも届くはずもないのに、呼んでいた。
「金子さん、金子さーんっ!!」
 青年が身をかがめ、私を掬い上げた。金子さんにこうされるのは嫌いではないけれど、見知らぬ青年だと怖くて、彼の顔をつきのけようともがいていると、草むらをかきわけて誰かがあらわれた。
「金子さん?」
 ではなかった。私を抱えている青年と同じ人種なのか。肌の色が彼と同じ大柄な中年女性だ。彼女は私には理解できない言葉で、青年になにか言った。
「な、なんなの? あなたたちって誰? ここで働いてる人たち? 私をどうするつもり?」
 言ってみても、彼女にも言葉は通じていない。青年と女性はひとこと、ふたこと、会話をかわし、女性が先に立って歩き出す。青年は彼女のあとから、私を抱えて歩き出した。
「どこに行くの? 降ろしてくれない?」
 むろん言っても無駄で、彼女も彼も私には話しかけようとしない。どこに連れていかれるのかと意識をそちらに向けてみたら、コテージとは逆方向に歩いている。私は異国の地で誘拐されて、どこかに売り飛ばされてしまうのだろうか。
 都市伝説だとの説もあるが、外国のブティックの試着室の裏にドアがあり、試着室に入った女性がさらわれてどこかに売られたとの話もあるではないか。
 まさか、こんなおばさんを、そんなのないない。と考えようとしても、今の私は美少女だよ、と思ってしまう。三十代の愛理にだってあり得るのかもしれないが、十代に見える美少女の愛理ならばなおさらあり得るのではないか。
 悪いシナリオばかりが浮かんで、頭の中が無茶苦茶になってくる。言葉は通じないのだから、なんと言ってみても無駄だ。もがいてあばれて青年の腕から逃げ出そうとこころみたのだが、彼はひどく力が強くて、逃げさせてくれない。
 そうして連れていかれたのは、私にはどこなのかも見当もつかない場所だった。
 篝火が見える。その周囲に数人の人間がいる。私をここに連れてきた男女の仲間か。チョコレートいろの肌、光る目。このひとたちは魔物の群れ?
 映画で見たシーンを想像してしまう。あの篝火の真ん中に杭を立て、そこに私を縛りつけて焼いて食べる? あるいは、彼らが信仰する異教の神に捧げるための生贄にされる? 売り飛ばされるのとどっちが悪い? どっちもいやだっ!!
 悪いほうへばかり考えてしまって、涙が出てきた。こんなだったら美少女じゃなくていい。太ったおばさんの愛理でいい。現実に戻りたい。
 青年が私を地面に降ろす。女性は仲間たちであろうか、周囲の人々と話している。私は焚き火に放り込まれるの? 食べられちゃうの? そうとしか思えなくて我が身を抱いて震えている私を横目で見つつ、異国の人々が話していた。
 と、さっきの大柄な女性が青年を怒鳴りつけた。あいかわらずなにを言っているのかさっぱりわからないが、女性は早口でまくし立てている。怒っているのだろうか。今度は別の意味で怖くなってきた。
「なんなのよっ。なんなのっ、これはっ!!」
 私も怒鳴ると、ひとりの少女が人々の輪の中から出てきた。私の腕を優しくぽんぽんと叩いて、彼女がなにか言う。むろんその言葉も私には意味がわからなかったのだが、すこし気持ちが落ち着いてきた。
「うん、ありがとう。なにがなんだかわからないけど、私は静かにしてるね」
 まるで通じているかのように、少女が微笑んでうなずく。篝火を囲んでいた人々の中の年配の人たちが話し合っているのを、私は黙って聞いていた。
 やがて篝火を囲んだ人々が踊りはじめる。太古の音楽のような原始的なリズムに乗って、人々が踊り狂う。パーカッションや琴のような楽器が音を立てている。単調なメロディに私は眠くなりそうだったのだが、寝ていられない事態が起きそうになっていた。
 ダンスで官能がかきたてられたのか、男女が抱き合っている。地面に倒れて服を脱ぎ、狂態を繰り広げはじめる。男も女も裸になって、手近の相手とむさぼり合っているように見える。神に生贄を捧げるのではなくて、性の饗宴が開始したのか。
 さきほどの青年が私の手を取る。振りほどくと、先ほどの中年女性が青年を引き戻して抱き上げた。青年も長身なのだが細身だから、女性のほうが力が強いのか。女性は青年を軽々と抱えていってどこかに運んでいった。
 あのふたりも? 相手かまわず抱き合うのは彼らの習慣? 私も仲間入りをさせられる? 私をなだめてくれた少女も、どこかで誰かと抱き合っているのか、近くにはいなくなっていた。
 呆然と立ちすくみ、目を閉じることさえできなくなっていると、私も抱き上げられた。見上げた顔は金子さんだった。
「あ……いたの?」
「小さな女の子がひとりでうろうろするからだろ」
「だって、金子さんが愛理を置いていくから……」
「言わなかったか。俺は用があって外出するから、おまえは留守番をしてなさいって。言いつけを聞かずにひとりで外に出るなんて……だからこんな目に遭うんだよ」
 そんな話は聞いてもいないし、私は小さな女の子ではない、と言いたかったのに、金子さんは取り合ってもくれずに私を抱いて歩いていく。今の私は小さな女の子。記憶はあやふやだが、金子さんはきっと、私に留守番してなさい、と告げて出かけていったのだろう。
「すっごくすっごくすっごいことが起きてたのよ」
「そうみたいだな。おまえには刺激の強すぎる眺めだっただろ。今夜は彼らのパーティだったみたいだな」
「あのままだったら私も……?」
「いや、おまえは異国人の小さな女の子なんだから、引き入れる気はなかっただろ」
「私くらいの年の女の子もいたよ」
「あの子はいいんだろうけど、おまえに手を出そうとした奴がいただろ」
 私をここに連れてきた男だ。金子さんはくすっと笑って言った。
「あいつをおまえから引き離したのは、あいつの母親じゃないのかな」
「お母さんが止めてくれたの?」
「俺もよくは知らないけど、引き入れていい者といけない者の区別はあるみたいだよ」
「金子さん、あのひとたちの言葉がわかったの?」
「ほんのすこしはね」
 迷子になりそうだった道を、金子さんは揺ぎない足取りで歩いている。しばらく行くとコテージに戻り、私はベッドにすわらされた。
「なんだかね……あんなのを見てると……言いにくいんだけど……私も……」
「ちっちゃな女の子には、俺はそんな真似はしないよ」
「嘘。さっきはしたじゃない」
「してないよ」
「だったら、なんのためにここに連れてきたの?」
「単純にバカンスのためだよ」
「愛理はあなたのなに?」
「妹のようなものだ」
 ならば私は……私は何者? 少女の愛理? 積み重ねてきたキャリアも人生経験も消えた、子供の愛理? 私は立ち上がって鏡に歩み寄った。
「ほっそり華奢な美少女になって、嬉しかったりはしたんだよね。若返って細くなって綺麗になるなんて、女だったら誰でも持つ願望じゃない? だけど、太ってたっておばさんだって、私はもとの愛理がいい。こんなのはもういいわ」
「愛理、どうした?」
「大人に戻って、あなたに抱かれたい」
「おや?」
 鏡に映る美少女の背後に、大きな大人の男が立つ。もともとの身長差は二十センチばかりだったのが、三十センチ以上の差に見える。金子さんといると、少女の愛理は本当に本当にちっちゃな女の子だ。
 こんな小娘を大人が抱いたりしたら、犯罪行為じゃないの? と私は思ってしまう。抱いて、とは言えなくて、鏡の前を離れてベッドに戻った。
「もとに戻して」
 彼もまたベッドにやってきて、私の隣に腰かけた金子さんに言ってみる。どうしてこんなふうになったの? あなたのせいでしょ? そう言おうとしたら、ぐらりと視界が歪んで崩れた。


2

 あなたのせい? あのカクテルのせい? 飛び起きた私は周囲を見回した。
 たった今、私はなにを考えていた? そうだ、私は華奢な美少女になっていて、おかしな経験をしたのだった。焦って鏡を見てみたら、安堵なのかなんなのかの感覚に見舞われて、私は床の上にへたり込んだ。
「太目の三十すぎの愛理……ああ、よかった。よかったんだよね」
 右手で左腕に触れてみても、乳房や脚に触れてみても、よくよく見てみても、少女などではない。大人の愛理だ。
「夢かな? だけど……夜だよね? 金子さんはいないの?」
 時間の観念が狂っていて、あの経験が夢だったのかどうかは定かではない。どのくらいの時がすぎたのかもよくわからない。窓の外が夜になっているのと、金子さんが部屋にはいないのだけが事実だった。
 夢だったのだとしても、私の身体の芯には甘く熱い火がともっている。夢で見たにすぎなかったとしても、篝火も原始のメロディも饗宴も、私の全身に火をつけたのだ。こんなにも狂おしく抱かれたいと願ったのは、生まれてはじめてだったかもしれない。
「金子さん、早く帰ってきてよ。おなかもすいたけど、それよりもなによりも……どこに行っちゃったの?」
 泣き出しそうなのをこらえて名前を呼んでいると、ケータイ電話が着メロを響かせた。
「ああ、愛理、ごめんな」
「金子さん? どこにいるのっ!?」
「おまえにささやかなプレゼントがしたくて、街に出たんだよ。やけに交渉が長引いて、電話もできなかった。時間もたっちまったよな。そっちからも電話はしてくれなかったみたいだけど、寝てたのか」
「そうみたい」
 電話なんて思いもよらなかった。先ほども今も……さっきのはなんだったのか。私が考えているうちに、金子さんは言っていた。
「一旦は帰るよ。プレゼントはあとで」
「プレゼントなんかいらないから、早く帰ってきてっ!!」
「メシは食った?」
「メシもどうでもいいの。帰ってきてっ!!」
「怒ってるね? ごめんな。弁解も帰ってからするよ」
「弁解もどうでもいいのっ!! 早く帰ってきなさいっ!!」
「はい」
 こっちは相当に怒り声を出していたのだが、金子さんはのんぴりした笑い声で応じて電話を切った。どこにいるのかは知らないけれど、金子さんは無事なのだろう。私は全裸になってベッドのシーツにもぐり込み、彼が帰ってくるのを待ちわびていた。
 その間にも身体の火が燃え盛る。金子さんがカクテルに入れた薬とは? ちらりと頭をかすめた疑惑は、彼がドアを開けた瞬間に砕け散った。
「愛理、まだ眠いのか? すねてるのか?」
 シーツから腕を出して手招きすると、金子さんはシャツを脱ぎながら歩み寄ってきた。私の表情で察したのだろうか。ズボンも下着も脱いで蹴り飛ばし、金子さんはベッドにやってきてシーツを剥がした。
「愛理」
 ただひとことだけで、私を抱きすくめる。私の官能はかつてないほどに高まって、激しく強く抱き合った。


 空から見下ろす島には、まばらに光がまたたいている。私たちが滞在しているコテージと、そこからはやや離れた地域にあるホテル、ホテルを取り巻く街の灯りだ。
「プレゼントってこれだったのね」
「俺も英語はそうは流暢じゃないし、こっちの人間も片言程度だから、交渉が長引いてね。ごめんね、愛理」
「ううん、いいのよ」
 セスナを操縦するパイロットはいるのだが、彼には日本語は通じないと、金子さんは言っていた。
 眠ってしまった私をコテージに残して、金子さんが街へ出かけていったのは、こうするためだった。まるでハリウッドスターのプレゼントでもあるかのように、私に夜の島を上空から見せてくれようとしたのだ。パイロットには日本語は通じなくても雰囲気は伝わるだろうけれど、私は金子さんの胸に顔を持たせかけた。
「ありがとう」
「喜んでくれてありがとう、愛理」
 ところで、と金子さんは言った。
「長く眠ってたんだな。夢でも見たか? おまえがあんなになるとは、俺も嬉しいけどね」
「言わないで。恥ずかしくなってきちゃうから」
「恥ずかしい夢か?」
「夢というよりも、カクテルの作用じゃないの? 金子さんが入れた薬はなんだったの?」
「俺もためしてはみたんだよ。しかし、男と女では効果がちがうんだろうか」
「あなたはどんな経験をしたの?」
 話してくれたのはこんな経験だった。
 仕事でぐったり疲れていた金子さんは、今夜は役に立たないかもしれないと思ったのだそうだ。その夜は彼の部屋に私が先に行って待っていた。愛理を抱きたい、けれど、抱けないかもしれない。役に立たないと愛理ががっかりするか、あるいは、軽蔑されるか。
 そういった方面にも男性のプライドとやらがあるのは、私だって知っている。気にしなくてもいいのに、と思ったものの、黙って聞いていると、金子さんは続けて言った。
「どうしようかと考えつつ帰ると、おまえが来ていて食事の支度をしていてくれた。いいものがあったのを思い出して、俺は風呂場で薬を飲んだんだよ」
 そういえばあの夜は、いつもとはちがっていた。いつだって私と一緒にお風呂に入りたがる金子さんが、ひとりでさっさと入浴してしまったのだった。
「知り合いがくれた薬で、一種の媚薬だと言ってたよ。男にも女にも効果があるとも聞いた。男には露骨な身体の効果なんだな。あの夜の俺は元気だっただろ」
 たしかに、普段以上に元気だった。
「俺はきわめて元気になったんだけど、あの夜はおまえが平素にも増して美しく見えた。これは悪い薬ではないと思ったし、おまえが飲んで俺が平素にも増していい男に見えるんだったらいいかなとも思って、飲んでもらったんだよ」
「金子さんがそれ以上いい男に見えたら、愛理は困っちゃうわ」
 うふっと笑って私にキスをしてから、金子さんは言った。
「そうしたらおまえはぐっすり眠ってしまった。なんだ、女だと寝るだけなのか、とも思ったんだけど、夢の中でエロティックな経験をするのかなとも思った。だけど、寝てるおまえを見ているだけではつまらないから、ふと思い立ってセスナをチャーターに出かけたんだ。じきに帰るつもりではいたんだけど、あとはさっきも話した通りだよ。愛理、どんな夢を見た?」
「そうするとやっぱり夢だったのね」
 どこに連れていかれるのかもわからないで、見知らぬ青年に運ばれていくのは恐怖だったが、スリルもあった。それに、彼は素晴らしい美青年でもあった。
 その後は恐怖も強かったのだが、性の饗宴に至っては最高にエロティックで、夢の産物なのだとしても思い出すと心臓の鼓動が激しくなる。あの音楽と人々の踊りは、媚薬以上に私の官能を高めていき、最後に到達した饗宴で最高潮になった。
 さらにもうひとつ、少女の愛理。あれは特に意味はなかったのかもしれないが、私の願望のあらわれだったのだろう。けれど、今のほうがいいと私に教えてくれたのだから、意味はなくもなかったのだ。
「夢は見てたけど、忘れちゃった」
 まったく忘れてはいないのだが、そう言うと、金子さんは疑わしげに私を見て、抱きしめる腕に力を加えた。
「苦しいよ」
「苦しさが快感に変わったりもするだろ。愛理が夢を忘れたのだとしても、その余韻でああして俺に……最高だったよ、さっきの愛理は」
「あなたもね」
「その顔、たまらないよ。その声もたまらない。愛理、俺はセスナの飛行なんてどうでもよくなってきた。コテージに帰っておまえを抱きたいよ」
「私はもっと夜空の散歩がしたいの。あとでね」
「焦らされるのも快感だな」
 耳元で囁く金子さんの声も、私には快感だった。
「またいつか、飲んでみる? 薬は残ってるよ」
「ふたりで一度に飲んだらどうなるの?」
「やってみようか」
「そうね……考えておくわ」
「おまえがそうやって女言葉そのもので話すと、俺はノックアウトされそうになるんだよ。いいや、とっくにおまえにノックアウトされてるんだ。TKO」
「私もTKOされたい。歌って」
 もはやパイロットがいるのも忘れて、強くて優しい腕の中で、金子さんの歌を聴いていた。
 
「抱かれていても 抱かれてない
 燃えさかっても 燃え尽きないのなら
 ヒ・ラ・ヒ・ラ淫ら
 あなたは夢に わたし腕に
 縛られながら
 堕ちていくわ今夜
 ヒ・ラ・ヒ・ラ淫ら
 優しさだけが切り札だった
 彷徨人
 あなたとならとうなずいた」

 島の夜景の中に、淫らという文字がひらひらと舞っている幻が見える。幻の中にはチョコレートいろの肌をした人々が踊り、次第に服を脱いでいく風景も見える。そして彼らは抱き合う。あれはあなたと私?
大勢の人たちに混ざってあんな行為をするとは、私にはできそうにない。現実的に考えればそうなのだし、この土地の人々だって実際にはあのような宴はしないのかもしれないが、日本でも過去にはあった風習だそうだから、あるのかもしれない。
 あるのだとしてもないのだとしても、半ばは現実のようでいて、半ばは幻のようでもあったあの体験は、私の中の淫らな感覚を燃え上がらせた。
 帰ってきた金子さんに抱かれたのも、こうしてたった今も、ぴったりと抱き合って歌を聴いているのも、歌を途切れさせてキスしてくれる彼に応えているのも、パイロットには見えないように、私の身体に触れる彼の指や手も。
 これって本当に現実? どうしても私はそう思ってしまう。現実じゃなくてもいいわ。素敵な淫らを知るのも、大人になった私だからこそできること。華奢な美少女なんかじゃなくていい。たとえこれが幻覚なのだとしても、私はこうしてあなたに抱かれていたい。
 金子さんが歌っている歌詞には深い意味がありそうだが、そんなものを探るのもやめよう。このままセスナが墜落してしまえばいい。そうすれば私のフェアリーテールは、ハッピィエンド。少なくとも私にとってだけはハッピィエンディングを迎えられるのに。


END
  
 
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~ Comment ~

感想

こういう風に あたし 書けないのよね@@。

その日の出来事を 切り取っての ストーリー。

つい あたしは この人は この頃から出会い・・こんなことあって・・こうしてああして・・・なので・・ここまでになって・・・そして・・・
ふたりは 海外のコテージで・・・・なんてw
クライマックスに あの海外のコテージでの出来事を持ってくる 「長編」になっちゃうの@@。
もともと、あたしの小説なんて、「歌」のシチュエーションを考えるためのものだったりしてるからw
なので その人物の 心理描写とか 経験とかを 掘り下げようとしちゃうのよね。。

なるほど、茜作品を全部読んでないので、複線もあるわけね?
それにしても 「ヒ・ラ・ヒ・ラ淫ら」だけでも 充分 楽しめた(*^^)v

ちなみに あたしは 台詞での描写より つい 論じちゃって・・・。
茜ちゃんの 軽いタッチな感じは・・その かぎ括弧の多いところが 魅力なんだろうな~ って
刺激になったよ~^^
とても まねできないし・・・ ステキ。

まやちさんの感想

だいぶ前にメールでいただいていたのを、ここにアップさせてもらいました。

また遊びにきてね、まやちさん。
どうもありがとうございました。
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