番外編

番外編42(もうひとつのA girl meets a boy)

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番外編42

「もうひとつのA girl meets a boy」


 胎児のポーズで丸まって、泣いているのか眠っているのか。小さな女が俺のベッドにいる。小さいけれど子供ではなく、少女の年頃の彼女は、三沢ユキ? なぜ、彼女が俺のベッドにいるのだろうか。よく見ると目を閉じていて、寝息が聞こえた。頬に涙の跡があるところからすると、泣き寝入りしたのだろう。
 二年後輩で大学三年生の乾隆也の恋人である三沢ユキは、大学一年生だ。俺は去年、大学を卒業しているのだが、用があって学校を訪ねた際にふたりと出会い、乾からユキを紹介してもらっていた。
 十八歳にしても幼い性質をしているユキは、乾を困らせているらしい。乾は二十歳のわりには大人びたところもあるのだが、年下のユキを持て余してもいるようで、彼女との仲を相談されたりもした。今日もユキは乾に連れられて、俺の部屋にやってきたのだろうか。
 それにしては乾の姿がない。俺は乾に部屋のキーは渡していないのだから、どうやって入り込んだのだろう。解せないことばかりながら、寝ているユキには質問もできないのだから、起きてからにしよう。俺はユキのかたわらに、身体を横向けにして寝そべった。
 小さな顔にキュートな目鼻立ちの可愛い女の子だ。がんぜない子供のような泣き寝入り顔が愛らしい。乾の彼女でなければキスくらいしたいところだが、そんな真似をするとあとが恐ろしい。
 すらりとした優しげな風貌の乾は、ああ見えて気はきついのだ。俺が先輩であろうとも、彼女にキスされたなどと知ったら怒るだろう。こんなところで寝ているおまえも悪い、とばかりに、ユキに対しても怒るかもしれない。
「そうだよ。きみも悪いんだよ。ユキ、起きないと襲うぞ」
 小声で呼びかけると、ユキが身じろぎした。
「え? あ……ああっ!! きゃっ!!」
「静かにしろ」
 淡いピンクの口紅で彩られたくちびるに、指を一本押し当てた。
「悲鳴を上げるな。おまえだろ、俺の部屋に入り込んで無防備に寝てたのは。キスを我慢するのに骨が折れたよ。可愛いな、ユキ」
「キス……してないの?」
「してないよ。してほしい?」
「ええっと……」
 こっくりした。この子猫ちゃんはなにをたくらんでいるのか。
「乾を妬かせようとしてるんだろ? ひとりで来て俺の部屋に忍び込んだのか? どうやって?」
「隆也さんがね……ユキはわがままばっかり言って悪い子だから、俺には扱い切れないって言うの」
「嘘をつけ」
「ユキが?」
「乾だよ。それで?」
「金子さんに言い聞かせてもらうって言って、先に金子さんのマンションに行ってろって言われた。すぐに隆也さんも来るはずだったんだけど、ちょっと遅れるから近くの喫茶店ででも待ってろって。だけど、なかなか来ないの。ひとりでお茶を飲んでても退屈だから、金子さんちに来てみたら、横の窓の鍵がかかってなかったの」
「あんなところから入ったのか」
 小さな身体のユキならば入り込めるだろう。それにしても、どんな格好でもぐり込んだのやら。
「スカートを穿いてるくせに、お行儀が悪いね。隆也さんはおまえに、俺の部屋に無断侵入しろって言ったのか」
「言わない」
「言うはずないよな。俺が今日は早く帰るってのは、乾は知ってたんだろうけど、まったくユキは悪い子だ。よし、お仕置きつきで言い聞かせてやろう」
「お仕置きって?」
「そうだな」
 マンションの廊下を歩いてくる、男の足音がかすかに耳に届く。ユキには聞こえていないのかもしれないが、俺には聞こえた。乾である可能性が高いからこそだったのだが、俺はベッドにすわり直し、ユキを抱き上げて抱え込んだ。
「きゃーっ、なにすんのっ!!」
「お仕置きだと言っただろ」
「やぁっ、いやっ!! やだっ!!」
 大騒ぎして大暴れしようとするユキを脅していると、ドアにノックの音がした。俺はユキを抱えたままで立ち上がり、ドアを開けた。
「金子さん……それは?」
 目を見開いている乾に返事はせず、顎をしゃくると中に入ってきた。
「ユキが先に? 待たせてしまったんで帰ったのかと思ってたんですけど、来てたんですね。それはいったいなんなんですか」
「ユキは悪い子なんだろ。ここに来てもいたずらをしたんで、ちょっとばかりひっぱたいてやろうかと思ってね」
「いたずら? ひっぱたく? 金子さん……それはあまりに……」
「おまえがやるか」
 すでに涙にくれているユキを乾の腕に放り込み、俺はベッドに腰かけた。
「ユキ、いたずらってのはなにをやったんだ?」
「なんにもしてないもん」
「金子さんがひっぱたいてやろうかと思ったなんてことは、おまえがとんでもないいたずらをしたからだろ」
「金子さんがいけないの。ユキを無理やり部屋に引っ張り込んで、キスしようとしたんだよ。それでユキが抵抗したら、ひっぱたくって言うんだもん」
「金子さん?」
「おまえとしてはユキの言い分を信じるよな」
 言っておいて笑ってみせると、乾はユキをソファに降ろして考え込んだ。ユキは部屋の隅へと逃げ出して泣いている。俺が乾の立場だとしたら、ユキの言い分を信じているそぶりをするだろう。乾はどうするかと、ふたりを興味深く見ていた。
「ほんとはね……」
 しばしの後、泣き声でユキが言った。
「ユキが……ええん、隆也さん、ごめんなさい。ぶったりしたらやだっ!!」
「だから、なにをやったんだよ?」
 窓の鍵が開いていたとの話を繰り返してから、ユキは言った。
「それでね、ベッドにすわってたら眠くなってきちゃって、隆也さんったら来ないなぁ、ユキは隆也さんに嫌われて捨てられちゃうのかな、なんて思ってたら泣けてきちゃって、泣きながらベッドに横たわって寝ちゃったの」
「……あのな、金子さんだったら大丈夫だろうけど、男の部屋に入り込んで寝てしまうなんて、おまえが悪いんだろ。まったくほんとにおまえは……ひっぱたいていいですか、金子さん?」
「俺の許可が必要なのか。おまえがそうしたほうがいいと思うんだったら、ひっぱたいたらいいんだろ」
「きゃーーっ、いやーっ!!」
 いちいち悲鳴を上げる騒がしい娘だが、怯えている様子も可愛い。俺はユキに手を上げるつもりはなかったのだが、脅してやるのは楽しくなってきた。
「金子さんだったら大丈夫だと? 乾、おまえは俺を見くびってるのか見損なっているのか知らないけど、大丈夫なわけがないだろ。おまえが来なかったらユキを裸にして、最後までやってるよ」
「嘘だろうとは思いますが、ユキ、おまえが無用心な真似をすると、たいていの男はそんな気になるんだよ。おまえはそんなに小さくて可憐なんだから」
「そうだよ。ユキ、用心しろよ」
「おまえなんかは男の力にかかったら、抵抗したって無駄も無駄も無駄なんだよ」
「そうそう。簡単すぎるほど簡単に裸にできるよな」
「できるでしょうね。だからだ、ユキ、前にだっておまえは……」
「前に?」
「いいえ、こっちの話しです」
 俺はかなり面白がっていたのだが、乾は本心からユキを心配して言っている。にも関わらず、ユキのべそかき顔が、次第に怒り顔に変わってきた。
「なによなによっ、だから男って嫌いっ!! 腕力でユキを……ちっちゃくて可愛いユキを……金子さんも乾さんも大嫌いっ!!」
 怒ったあげくにわっと泣き出したユキを見やってから、俺は乾を隣室に連れていった。
「あのくらいでいいだろ」
「ですかね。ああ、しかし、まったくあいつは……」
「苦労しろ、乾。ユキって子はおまえの心の鍛錬にはちょうどいいよ。苦労して苦労して大人になるためには、ユキはうってつけだ」
「そうですか。いえ、すみません」
「おまえまで泣くなよ。おまえが泣くとぶん殴るぞ」
「泣きませんが、ユキにもやめて下さいね」
「さあ、どうしようかな」
 金子さん、お願いですから、後生ですから、と言いたげな乾の顔を見ていると、大声で笑い出したくなる。ユキは隣室でぶつくさ呟いているのだが、耳を澄ましてみるとこう聞こえた。
「……やっぱり隆也さん、好き。嫌いになったらいや」
 乾は肩を落とし、俺は乾の頭をぼかっとやり、いっそう情けない顔になる乾の表情を楽しく見物させてもらった。


 みずき霧笛著「A girl meets a boy」。この小説の主人公は三沢ユキであり、ユキの一人称なのだそうだ。説明などはしてもらわなくても、三沢幸生の願望によって女性形になったのがユキであると理解できた。
 小説には金子将一も出てくるとのことで、全体を読ませてもらうのを楽しみにしているのだが、先にみずきさんがメールで一部分を送ってくれた。
 本来の「A girl meets a boy」も一部は読ませてもらったのだが、先に掲げた部分はみずきさんのお遊びだそうで、金子将一一人称形態になっている。俺はこういった意地悪性格なのか。みずきさんにはそう映っているのだろうか。
 俺はみずきさんとは三沢ほどには親しくないのだから、三沢が言ったのか。金子さんってのはこんな性格なんですよ、と。
 本編に登場する金子将一はどんな奴なのだろう。にわかに不安になってきたのだが、本編完結、公開を待とう。その前に俺は俺で書いてみようか。三沢ユキが金子将一の彼女だったとしたら? 俺ならばユキをとことん妹視しそうだ。
 十八歳のユキと二十二歳の将一のラヴストーリィの導入部は、こんなふうにしようか。俺はパソコンに向かって文章を綴ってみた。


「乾もガキだね。ユキはさらにガキなんだから、ガキとガキがつきあってたって、喧嘩ばっかりするだけだろ。俺の女になれよ」
「でも……」
「俺が乾に言うよ。ユキを俺の女にする、文句があるんだったらかかってこい、俺と闘って勝て」
「そんなことを言っても、隆也さんは強くないし」
「強くないさ、あんな奴は。俺は強いよ」
「そうだね。金子さんのほうがずっと強そう。ユキは強い男が好き。うん、ユキを隆也さんの腕から奪い取って」
「よし」
 こういったなりゆきになったのだから致し方ない。俺は猫のオスになって、喧嘩に勝ってユキを我がものにする。そう決意して、乾と対決した。
 乾には先輩に対する遠慮もあるだろうし、体格の差も俺とでは歴然としている。腕力も本気になれば俺のほうが強い。その上に、乾はその実、ユキとのつきあいに辟易していたのかもしれない。殴り合いは俺の圧倒的勝利に終わり、乾は地面にへたり込んで呟いた。
「ユキを幸せにしてやって下さい」
「ああ、まかしとけ。ユキ、行くぞ」
「はーい。なーんだ、やっぱり隆也さんって弱いんだ。いーっだ、べーっだ」
 俺の腕にすがりついて、乾に向かって悪態をつくユキに言った。
「負け犬に石をぶつけるようなふるまいをするな。俺は乾みたいにおまえを甘やかさないつもりでいるんだぞ。悪い子はお仕置きするからそのつもりでいろよ」
「お仕置きって?」
「本を読んで読書感想文提出だなんて、そんな生ぬるいお仕置きではないのだけはまちがいないな」
「やだぁ、怖い」
「だったらどうしていたらいいんだ?」
「いい子にするの。金子さんの言うことをよく聞くいい子?」
「そうだよ。わかってるんじゃないか」
「できるかな、自信ないな」
「できなかったら……」
「きゃあ、いやいやいやっ」
 怯えた目で見上げているくせに、甘えや官能もほの見える。俺は乾本人をすっかり忘れて、ユキに尋ねようとした。乾とは寝たのか? と訊きたくなくはなかったのだが、寝たとしても寝ていなかったとしてもどうでもいい。今日からはユキは俺の女だ。
「ユキ、おいで。俺のマンションに行こう」
「もう?」
「いやなのか」
「ううん。行く」
 車にユキを乗せてマンションに連れていき、部屋に入ると抱き上げて、風呂場に運んでいった。
「え? お風呂?」
「ベッドの前に綺麗にならなくちゃ」
「……ベッド? 隆也さんはまだ……」
「まだなんだな。はじめてなのか」
「そう……だからね、ユキ、怖い」
「怖くなんかないよ。おまえが悪い子になったら、きびしく叱ってお仕置きもするつもりではいるけど、可愛いおまえを優しく扱ってやるつもりでもいるんだ。すべてを俺にまかせておけばいい。そうやってくっついていればいいんだよ」
「うん。金子さん、優しくしてね」
「ああ。真綿でくるむように優しくしてやるよ」
 男に抱かれるのが怖いようで、べそをかいているユキと風呂に入り、ベッドに連れていって抱いた。俺に全身をゆだねているユキは、最高に可愛かった。
「はじめてだってのは抱いたらわかったよ。俺にバージンをくれたんだね、ユキ」
「隆也さんは抱いてくれなかったから……」
「あいつの話は二度とするな。おまえは俺の女だろ」
「金子さんは……将一さんはユキの男?」
「生意気な台詞を口に出すとこれだぞ」
 手を上げてみせると、ユキは十八番のけたたましい悲鳴を上げた。
「きゃああーっ!! いやだっ!! ユキの男だって言ったらいけないの?」
「将一さんはおまえの愛するひとだ。言ってごらん」
「愛してる。将一さんっ、大好き!!」
「俺もだよ、ユキ、愛してるよ」
 お仕置きだのきびしくするだのと言うのは、妹に対する常套句のようなものだ。俺は実の妹にだって、子供のころにはぽかっと頭を叩いたりはしたものの、お仕置きというほどの罰を与えたりはしなかった。
 あのころには俺も子供だったのだから、リリヤにはなめられていた感もあるのだが、ユキは妹のようでもあり、恋人でもある女。多少はなめられたってかまわない。
 なめられてはいても、ユキは俺を大人の男として見ている。俺にしたってたかが二十二歳なのだから、芯から大人ではないのだろうけれど、ユキの前では大人の男らしくふるまおう。そうすることによって俺も本当に大人になれる。
 子供っぽさが多分に残るユキは可愛くて、きびしく扱うと言った矢先から甘やかしたくなる。泣いたり駄々をこねたりするユキを、口先では叱ってもひたすらに可愛がって、俺はユキとの恋に溺れていった。


 とまあ、こんなのを書いたんだよ、と酒巻に読ませると、彼は絶句した。延々と絶句しているので、俺は言った。
「おまえも「A girl meets a boy」は読んだんだろ」
「最初のほうは読みました。失礼ではあるんでしょうけど、読むのがつらいんですよ」
「つらいか?」
「つらいですよ。だって、隆也さんとユキちゃんのベッドシーン……恥ずかしくて正視に耐えません。なのに金子さんったら……」
 あれから俺もみずきさんに、「A girl meets a boy」を読ませてもらった。ベッドシーンは読んでいて恥ずかしい描写ではなかったはずだが。
 俺が書いた文とみずきさんが書いた文が混同しそうになるのを整理してみると、ユキと隆也の初ベッドシーン寸前には、徳永渉が登場していた。徳永にも読ませてやろうかと考えていると、酒巻はなおも言った。
「なのに金子さんったら、金子将一さんとユキちゃんのベッドシーンを書くんですか。僕には信じられません」
「作詞は苦手だけど、俺は文章は書けなくもないんだな。俺には文才はあるのか?」
「文才以前に……いえ、金子さんには文才はあるんでしょうけどね」
 お世辞ではあろうが、以前とはなんだ?
「だって、ユキちゃんですよ。ユキちゃんってのは……」
「みずきさんの小説では三沢幸生の女性形なんだろうけど、俺の書くユキは純粋に女の子なんだよ」
「にしたって、それにしたって、ユキって名前だけでも……」
「変な奴だな」
「金子さんが変なんですよ。わっと、申し訳ありませんっ!! 生意気な口をききました」
「いいんだけどさ、俺が変か? どこが?」
「いえ……」
 うつむいてもごもご言っている酒巻の言葉の一部は聞き取れた。なにもかも、と聞こえた。
「いいえ、あのね、金子さんって女性に対してはこうなんだな。沢田さんにもこんなふうなところはあるよな、とかね、こんな小説にもリリヤさんが出てくるんだ。金子さんらしいな、とかね。乾さんが気の毒だな、だとかって、そういう感想も持ったんですけど、僕には駄目なんです。三沢幸生さんが女装して、金子さんに抱かれている姿を想像してしまうんですよ」
「おまえのほうがよほど変だろ。俺はそんな想像はしない。したくもない。おまえが想像させるから……浮かんできたじゃないか。削除しよう」
「ああっ、もったいない」
 酒巻の手からプリントアウトした用紙を取り上げて引き裂き、パソコンのデータも削除した。酒巻はうろたえた様子で言った。
「僕がよけいな口出しをしたからですか。金子さん著の名作が消えてしまいましたね」
「酒巻、おまえ、俺を侮蔑してるのか」
「とんでもありませんっ」
「どこが名作だ。遊びだよ。俺はミュージシャンであって、小説家ではない。こんなものは消えてもなんら問題ないだろ」
「そうでしょうけど、もったいないな。沢田さんにも読ませてあげました?」
「愛理には読ませたくないよ」
「そうなんですか。するとやはり……」
 恥ずかしいからでしょ? と酒巻は言いたいらしいが、恥ずかしくはない。酒巻が恥ずかしがる感情も、俺には理解の外だった。
「他の女と恋をするようなストーリィを、愛理に読ませるのは無礼だろ」
「そういった理由ですか。そうなんですけど……他の女……ユキちゃんは女の子ですよね。ああ、ああ、だけど、僕には三沢さんが……幸生さんが……僕は変ですか」
「変だよ。本庄は意外にも平気だったようだし、本橋だって木村だって、あれは絵空事だって笑ってたぞ。乾はむろん平気も平気だった。おまえだけだ、過剰反応を示すのは」
「そうみたいですね。そっか、僕が一番の……」
 一番の変態、と聞こえたが、無視して俺は言った。
「小笠原がブログに書いてたな。みずきさんには失礼ですが、と前置きした上で、俺はああいう小説は苦手だ、ってさ。美江子さんはまるっきり平気だったみたいだから、フォレストシンガーズをよく知ってる奴らの中では、小笠原とおまえが変態なんだな」
「僕は変態ではありませんし、ヒデさんもまともですよ。平気なひとのほうがむしろ……」
 涙目になって、酒巻は言った。
「徳永さんはどんな反応なんでしょうね」
「鼻先で笑い飛ばすだろうな。俺の書いたほうは読ませたくないけど、読んだとしたら、金子さんは文章が下手ですね、くらいの感想じゃないのか」
「文章なんて僕には気にもなりませんでした。金子さんと三沢さんのベッドシーンが……あ、あ、頭がくらくら」
「三沢は三沢でもユキだろ。熱が出たんだったら水をかけて冷やしてやろうか」
「いえ、けっこうです」
 そこで遊びの小説の話はやめにして、俺は言った。
「もうじき渡米するんだろ。ひとりで行くんだよな。しっかりやってこい。ひとりで夜中に泣くんじゃないぞ」
「はい。泣きたくなったら、金子さんに叱られるよ、って、自分に言い聞かせます」
「そこからして甘えてないか」
「ああ、そうですね。いつまでも金子さんに甘えていてはいけないんでした」
 かすかに涙を溜めた目元を和ませて、酒巻は微笑んだ。
「僕がニューヨークに行っている間に、沢田さんがプロポーズを受けて下さったらいいですね」
「俺もそう願いたいよ」
 どうも俺のマネージャーの鈴木さんは、沢田愛理と金子将一の結婚を阻止したいようだ。彼がなんと考えていようともいいのだが、肝腎の愛理がOKの返事をくれないのだから、前途は果てしなく険しい。俺は愛理の女心を、持てるものすべてをフル活用して切り崩していくつもりでいた。
「金子さん、浮気したらいけませんよ」
「ユキとか?」
「ユキちゃんとフィクションの中で浮気だったら、別にいいんですけどね……うわわっ、また頭の中に、わっ!! 金子さん、なにを……なにを……」
「水をかけて冷やしてやるって言っただろ」
「やめて下さいっ!!」
 酒巻の腕を引っ張って風呂場に連れていき、頭の上にシャワーの水をしたたらせてやると、ユキとは大違いの低音で悲鳴を上げる。たしかに俺は意地悪性格であるらしい。
 意地悪もあるけれど、これはおまえの渡米前祝だよ。コングラチュレーションシャワーだ。ならば服が濡れるなんて気にせずに、盛大にシャワーを浴びせてやろう。コックを全開にすると、酒巻はぎゃおぎゃお騒いで逃げようとする。俺を見上げる目には涙も全開になりかけていて、シャワーにまぎらわせてやろうと、フルパワーで水を浴びせてやった。


END

 
 



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