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小説106(Honesty)

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フォレストシンガーズストーリィ106

「Honesty」



本年度男子部キャプテンも副キャプテンも、まったくたいしたこともない。キャプテンの渡辺さんは頭がいいから選ばれたのだそうで、副キャプテンはごり押しで就任したのだという。なんなんだろ、それは、と私は思っていたのだが、女子部には関係ないのだそうだ。
「三年生にはとっても歌の上手な男子の先輩がいるのよ。美耶子ちゃんのタイプは誰かな」
 そんな話をしてくれた女子部キャプテンの阿部さんは、面白そうに私を見た。
「タイプと言われましても、会ったことも見たことも話したこともないから」
「そうだよね。男子部のキャプテンは渡辺くん、副キャプテンは溝部くん。渡辺くんは温厚なひとだからいいんだけど、溝部くんは評判がよくないの。美耶子ちゃんは小柄でほっそりした美人なんだから、溝部くんもケチなんかつけないだろうけど、太目の女の子にはダイエットしろって言うし、田舎っぽいだとかも言うし、あんなに困った男はいないのよ」
「私も田舎の子ですけど……」
「長野出身でしょ? 田舎なの?」
「都会ではありませんね。東京と較べたら田舎です」
「東京と較べたらどこだって田舎だよ。田舎っぽいって言われたら泣く?」
「泣きませんよ。馬鹿らしい」
「そんならいいわ。それでね、三年生の本橋くんと乾くんと徳永くんについては、美耶子ちゃんの目で見て判断するとして、それからそれから……」
 入部したばかりの私に、阿部さんは男子部の話ばかりする。なぜなら、こういうわけだから、と阿部さんは話してくれた。
「女子部には特にはなんにもないからよ。男子部のほうが見てて面白いんだもの」
「どう面白いんですか?」
「それについても美耶子ちゃんが判断してね」
 噂話ではなく、自ら判断する。もちろんそのほうがいいだろう。私もその気になって、入部してからは男子部に注目していた。
 しかし、上級生には近寄りづらい。男子部は合唱部だというのに封建的で体育会系だとつとに名高くて、そのわりには女子部はそれほどでもないのだが、女子部の先輩にだってなれなれしくは話しかけにくい。男子部となるとなおさらだ。
 そのために一年生男子を先に注目していたら、まさに面白い男の子がいた。彼と帰り道に会ったときに、私は近づいていって自己紹介しようとした。
「三沢くんでしょ? 一緒に帰らない? 私は片瀬……」
「片瀬美耶子さんだよね。女子部ではミャーコちゃんって呼ばれてるんでしょ? 俺もそう呼んでいい?」
「いいよ」
「俺はユキちゃんって呼んで」
「もっと親しくなったら呼んであげる。三沢くんには好きな女の子はいるの?」
「あなたです」
 学校から出た途端に、三沢くんは私の手を握った。
「三沢くんってそういう意味で面白いんだね。女子部でも噂になってるし、私も楽しそうな子だとは思ってたよ。だけど、それでは面白いというよりも不愉快だな。手を離して」
「はい」
 やけに素直に手を離し、やけに素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。ミャーコちゃん。許して。きみに嫌われたら俺は生きていけないよ」
「冗談だよね?」
「いや、あのね、ミャーコちゃんとはあんまり話したこともないんだから、恋をしてるってのは冗談だよ。本気の恋はこれから見つけるんだけど、女の子に嫌われると俺は死にたくなるんだ。男の先輩にだったら嫌われても平気だけど、世の中の女性にはただのひとりも嫌われたくないんだよぉ」
「私でなくても、でしょ?」
「ミャーコちゃんには特にだよ」
 手を握られると不愉快だったのだが、彼の言葉の数々には笑うしかなかった。
「ミャーコちゃんは長野の出身だってね。ひとり暮らしなんでしょ? 俺は横須賀出身なんだけどひとり暮らしなんだ。メシ食って帰らない?」
「ごはんだけだったらいいよ」
 こういったときさつがあったので、男子部の一年生の中ではもっとも先に三沢くんと友達になった。ユキちゃんと呼べと言ったのは一度きりで、あれも冗談だったのだろうから、気にせずに三沢くんと呼び、彼が私をミャーコちゃんと呼ぶのも気にしないでいた。
「ミャーコちゃんはどうして合唱部に入ったの?」
 今日も三沢くんと学食でお昼を食べていると、そんな質問をされた。
「泉沢達巳って知ってる? ギタリストだよ」
「知らないな。有名なひと?」
「昔はロックバンドにいたらしいけど、今はフリーかな。私が音楽好きになったのは、泉沢さんの影響なんだ。私は去年の夏休みには、高校の友達とふたりで、親に借りてもらったウィークリーマンションに泊まって、東京の予備校通いをしてたのよ。受験勉強ばっかりじゃ息が詰まるから、息抜きをしようかって、綾子がライヴハウスに連れていってくれたの」
 長野にいたころには音楽は嫌いではなかったが、たいして興味はなかった。綾子はロック好きで、マイナーロックバンド趣味があったからこそ、さほどに有名でもないらしい泉沢さんのファンだったのだろう。綾子は泉沢さんがステージに登場すると、ぽわんとした顔をして囁いた。
「ね、かっこいいでしょ」
「うん……かっこいいし、ギターも素敵」
 長身ですんなりした泉沢さんの演奏に、私はいっぺんで魅せられた。ルックスにも魅せられたということは、ミーハーっ気も入っていたわけだから、綾子に誘われてライヴハウスの裏手に回って、泉沢さんが出てくるのを待っている間にも、胸がどっきんどっきんしていたものだ。
「こんな時間に若い女の子が、外で俺なんかを待ってるんじゃないんだよ。帰りなさい」
 やがて出てきた泉沢さんは、何人かいたファンの女の子に叱責口調で言った。えらそうな奴だとは思ったのだが、彼はそのあとで言った。
「みんな、ありがとう。気をつけて帰れよ」
 あの微笑みと声に、私はいっそう魅せられたのだ。
「しようがないから帰ろうか」
 綾子と言い合って、私たちは東京でふたりの住まいにしていたウィークリーマンションへ帰ろうとしていた。歩いていると声をかけてきた男の子たちがいて、私たちをナンパしようとし、そこに通りかかった泉沢さんが、男の子たちを追っ払ってくれた。
「おまえら、未成年だろ。こんな時間にナンパなんかやってんじゃないんだよ。さっさと帰れ」
 男の子たちは泉沢さんのファンだったようで、憧れのギタリストにそう言われてあっさり引き下がった。泉沢さんは私たちにも言った。
「きみらはライヴハウスの外にいたね。東京の子じゃないだろ。東京の夜にはけだものがうようよいるんだぜ。ま、こうなったら大人の義務があるんだから、送っていくよ」
 思いがけなくも泉沢さんにウィークリーマンションまで送ってもらい、綾子は感激のあまり足元がおぼつかない状態だったという。私にしても近い状態になっていて、それ以来、すっかり泉沢達巳のファンになったのだ。
「ってわけでね、綾子は受験勉強の甲斐もなく、東京の大学は試験に落ちちゃったの。浪人はさせてもらえなくて、地元の大学に行ったんだけど、私はうちの大学に合格したから、綾子には恨まれちゃった。私は泉沢さんのギターが大好きになって、音楽も大好きになったの。でも、楽器は弾けないから歌にしようと思って、合唱部を選んだってわけ」
「なるぼとっ」
 なるぼと? なるほどの言い間違いか。三沢くんには変な語彙があるようなので気にもしないでいると、彼は身を乗り出した。
「そんでさ、そしたら、泉沢さんってミャーコちゃんの彼氏になったの?」
「まっさか。ライヴハウスには時々は行って演奏を聴いてるけど、会ったのはあれっきりだよ」
「そうなんだ。ああ、よかった」
 なぜか三沢くんは大げさに胸を撫で下ろし、私は言った。
「どうして三沢くんが安心するの?」
「だってさ、俺たちと同級生の木村章って知ってる? あいつはロッカー志望なんだよ」
「木村くんは知ってるけど、話したことはないな。木村くんがロッカー志望だったらいけないの?」
「いけなくはないんだけど、ロッカーってのはひねくれてるのかなぁ、と」
「泉沢さんもひねくれてるけど、いいじゃない。ちょっとひねくれてるくらいのほうが面白いよ」
「俺は素直すぎる?」
「三沢くんはどうでもいいんだけどね」
「泉沢さんはどうでもよくないの?」
「私は彼は好きだけど、ファンとして好きなの。三沢くんだって私を好きっていうのは友達としてでしょ」
 顔を近づけて迫ると、三沢くんは自分の顔の前で両手を広げて、防御体勢になった。
「そうなんだけど、すべての女性が俺を好きだったらなぁ……ってさ。いいえ、冗談ですっ!! ミャーコちゃん、暴力はやめましょう」
「暴力なんてふるってないでしょ。三沢くんをぼかっとやったりしたら、頭のてっぺんから噴出するものは……ジョークの奔流」
「おーっ。そうなんだ。先輩に殴られそうになったらそう言おうっと。俺を殴ると先輩がジョークまみれになりますよ、人が変わっちゃいますよーっ、ってさ。そしたら先輩の暴力は避けられる。ミャーコちゃん、素晴らしきアドバイスをありがとう」
「どう致しまして。でも、先輩に殴られたりするの?」
「まだ殴られてないけど、いずれはありそうで、僕ちゃん、怖いわ」
 昔の男子部には鉄拳制裁というものがあったそうなのだが、近頃はなくなったはずだと阿部さんは言っていた。実はあるのだろうか。そっちは気になったので尋ねてみた。
「女子部にはそんなのは全然ないけど、男子部では殴られたりするの?」
「いやぁ、俺のこの口はさ、そのうちには先輩に殴られるんじゃないかと、怖かったりするんですよ。わかるでしょ」
「そしたら、口を慎めばいいんでしょ」
「はい。ミャーコちゃんのアドバイスはどれもこれもを胸にとどめて、三沢幸生、一生肝に銘じておきます。ありがとうございました」
「大げさ」
「そうなんだよね。俺って大げさなんだ。ミャーコちゃん、木村には気をつけてね。俺にも気をつけてね」
「自分で言う?」
「言っておかなくちゃ」
 三沢くんから聞かなかったとしたら、木村章くんには関心は持たなかっただろう。なのに気になるようになっていったのは、彼がロッカー志望だと知ったからか。
 小柄で細くて声が高くて、そのあたりは三沢くんと木村くんは似ている。けれど、木村くんは三沢くんよりもはるかに綺麗な顔立ちをしていた。どこかしらとんがって見えるのは、ロッカーになりたい男の子だからだろうか。
 面食いのつもりはなかったのに、泉沢さんタイプの長身の男性が好きだったはずなのに、ろくに話もしたことのない木村くんに惹かれていく。しかし、彼はもてるのであるようで、女の子と一緒に歩いているのを幾度か見た。
 合唱部の子もいた。私の知らない子もいた。ふたりでただ歩いて話しているだけ? 木村くんに問い質しもできず、三沢くんに確認してみるわけにもいかず、私はただ、遠くから木村くんを見ているだけだった。


 夏がすぎ、秋がすぎ、冬になると合唱部の活動が少なくなる。そんなころに、同じ一年生のサエちゃんが話してくれた。
「ミャーコちゃんは知らなかったでしょ。アイちゃんがね……」
「アイちゃんがどうしたの? このごろは合唱部自体があまり活動してないけど、部室でなにかやっててもアイちゃんの顔はちっとも見なかったよね。どうかしたの?」
「病気なんだけど、大丈夫だよね。きっと大丈夫。入院してるんだけど、お見舞いにはきてほしくないって言うのよ。大丈夫だから、きっと大丈夫だから」
 まるで自分に言い聞かせるかのように、サエちゃんは何度も何度も、大丈夫、大丈夫と繰り返していた。
 不吉な考えが胸を塞ぐ。私はそんなにはサエちゃんともアイちゃんとも親しくなかったのだが、サエちゃんは誰にでもいいから話したかったのでは? それってそれって……とは思ったのだけれど、サエちゃんには言えるはずもなかった。
 夏休みには合唱部の合宿があり、アルバイトもあって、私は帰省しなかった。冬休みには帰省して母が持たせてくれた地元の野菜をどっさり持って帰ってきた私は、不吉な予感が当たっていたと知った。
 合唱部室の裏手の芝生で、三沢くんとサエちゃんが抱き合って泣いていた。アイちゃんが、アイちゃんが……とふたりともに名前を呼んで泣いていた。
 サエちゃんはアイちゃんとは仲良しだったのだから、あんなにも泣くのは当たり前だろう。では、三沢くんは? これから本気の恋を探すんだ、と彼が言っていたその相手は、アイちゃんだったのだろうか。
 私は合唱部の女の子たちとはそうは濃いつきあいはしていなかったから、なんにも知らなかった。三沢くんだって私には教えてくれなかった。
 たった今、知ったからといって、私にはどうすることもできない。その場から走り出して、私はひとりになって、ポプラの樹のそばのベンチにすわった。私はアイちゃんをよくは知らなかったのに、逝ってしまったのだと思うと涙が出てくる。
 けれども、サエちゃんや三沢くんのようには号泣はできない。合唱部の仲間だったアイちゃんが、たった十九で空へと舞い上がっていってしまった。そんな感傷だけで涙ぐんでいる自分が、薄情な人間に思えていた。
「ミャーコちゃん、泣いてる?」
 その声に顔を上げると、木村くんが立っていた。
「別になんでもないの」
 彼にしてもアイちゃんはよくは知らないだろう。話す必要があれば三沢くんが言うだろう。三沢くんと木村くんがずいぶんは仲良くなっているのは知っていたが、私は木村くんとは親しくもない。だから言わずにいると、木村くんは私の隣に腰かけた。
「俺さ……大学、やめようと思ってるんだ」
「やめるの?」
「うん。もともと大学なんてどうでもよかったんだよ。東京に出てきたくて、大学生になろうとしただけなんだ。俺は稚内の生まれで、すっげえド田舎なんだよな。あんなところでくすぶってたらロッカーになんかなれっこねえだろ」
「合唱部もやめるんだよね」
「当然じゃん。合唱部だって俺にはつまらなかったのに、大学は中退して合唱部にだけいるって、そんなの、おかしいだろうが」
「そうだろうね」
 何度か短い会話くらいはしたものの、こうして彼の故郷の話しまでを聞くのははじめてだ。三沢くんとも近頃はあまり話をしなくなったのは、彼が合唱部に溶け込んで、先輩たちとも同級生たちとも完全になじみ、私とばかり仲良くしている必要もなくなったからだ。
 こうしてほぼはじめて、木村くんと話すのは、彼が大学も合唱部もやめると知った日か。寂しいけれど、私が寂しいと言ったりしたら、木村くんは変に感じるだろう。
「最近、ロックバンドをはじめたんだよ。ジギーって言うんだ。ライヴハウスで仕事もしてるから、見にこない?」
「私が行ってもいいの?」
「ライヴハウスったってちっこい店だよ。仕事してるってほどでもないかな。うちのバンドのリーダーみたいな奴が、必死で売り込んで仕事をもらってきたんだ。俺は学生だから売り込みに協力もできなくて、仲間に白い目で見られるんだよな。これからはロッカー一本になって、ばりばりやるからさ、ミャーコちゃんも見にきてよ」
「どうして私なの?」
「なんつうか……あのさ、その……」
 ためらっているのか、口ごもってから、木村くんは私をじっと見た。
「ミャーコちゃんは俺をあんまり知らないだろ。俺もきみをあんまりよくは知らないんだけど、タイプなんだよな。俺とつきあってくれない?」
「つきあう?」
「俺の彼女になって。OKだったらこの店に来て」
 耳を疑うような言葉を残し、ライヴハウスの住所を書いたメモも残し、木村くんは走り去っていった。
 あまりにも意外な告白に、私は面食らっていた。そんなことがあったものだから、薄情な上にも薄情にアイちゃんがいなくなったという事実が頭から抜け落ち、木村くんたちのジギーがライヴハウスに出演する日までは、ほとんどずっと呆然としていた。
 どうしようか。私は木村くんが気になってはいたけれど、嫌いではなかったけれど、好きだとか恋してるだとかの感情ではなかったような。だけど、彼が告白してくれたんだよ。つきあってくれって言われたんだよ。無視するの?
 断るにしても、ライヴハウスに行くだけは行こう。そうするのが礼儀だと決めて、その日、私はライヴハウスに出かけていった。
 小さなライヴハウスの名は「ロフォフォラ」。この店名にはどんな意味が? と頭をひねっていると、私の隣に立ったひとがいた。誰? と思わずきつい声を出し、背の高い男性の顔を見上げると、彼は片手を上げてにやっと笑った。
「よお、久しぶり。名前までは覚えてないけど、会ったことはあるだろ」
「泉沢さん……」
「どこで会ったんだったかな。田舎の高校生だったような記憶があるんだけど、あれから一年以上経ったんだから、東京の大学生になったのか」
「ええと……この店の名前、なんなんですか?」
 驚きを抑えようとしてひとまず尋ねると、泉沢さんが教えてくれた。
「サボテンの一種だよ。メスカリン成分を含む、幻覚剤っつうかドラッグっつうか、そういった植物だな。きみの名前は?」
「ミャーコです」
「ミャーコね。覚えがあるな。きみの顔にも覚えがあるんだから、知り合いなんだろ」
 あれから一年、と出会った日は覚えているくせに、白々しくもすっとぼけているのだろうか。泉沢さんは白々しい表情で言った。
「今夜はロフォフォラではアマチュアバンドが何組も演奏するらしいな。俺は隣のこの店でライヴをやるんだよ」
 隣の店の名は「タンデライオン」。こっちは知っている。タンポポだ。
「ミャーコちゃんには大学入学祝いはしてないな。チケットをお祝いにプレゼントしようか。俺のギター、聴いていく?」
「私はロフォフォラに来たんです。友達が……友達……あ、彼だ」
「彼?」
 ちょうどそのとき、章くんが出てきた。ロフォフォラの店の横手の通用口あたりから出てきた章くんの後から、知らない女の子も出てくる。章くんは女の子の手を引いて、路地の奥へと入っていった。泉沢さんも彼らを見ていて、軽く言った。
「あいつ? 男のほうだろ。ミャーコちゃんの彼氏かな。あいつもロッカーなんだよな。あの風体からしてもそうだろ。ミャーコちゃん、見てみな。あいつ、女の子となんかやってるぜ」
「見たくありません」
 ちらっとは見えたのだが、目をそらした。
「章くんったら、私とつきあいたいって言っておいて、別の女の子とキス……むかつくっ」
「そうだったのか。そりゃむかつくだろ。ミャーコちゃんは俺とキスする?」
「ふざけないで下さい。帰ります」
「むかついたままで帰ると、ころんで怪我するぞ。俺が送っていってやるから、俺のギターを聴いていけよ。大学生になったんだからいいだろ。送っていく前にキスして、送っていったら……ミャーコちゃん、俺が嫌い?」
「章くんも泉沢さんも大嫌い!!」
「おいおい。あいつを嫌いってのはわかるけど、俺もか?」
「ロッカーなんて大嫌いっ!!」
 八つ当たりだったのかもしれないが、その一件があって、私はロッカーという人種は全部が全部、大嫌いになった。ロックという音楽も大嫌いになったのだった。


 大学を卒業した年に、私はキャンパスで木村くんと再会した。そのときには木村くんはロッカーではなくなっていて、別の音楽人間になっていた。
 男子合唱部では噂の的になっていた、私よりもふたつ年上の本橋さんと乾さん、ひとつ年上の本庄さん、三沢くんと木村くんも含めてのフォレストシンガーズ。私が母校の教授に会いにいった際に、フォレストシンガーズの面々もやってきていたのだ。
 あの日は私を見た木村くんが逃げ出して、三沢くんが追いかけていき、私は本橋さんと乾さんと本庄さんに、木村くんとの話をした。ごく軽く、一部分のみを冗談まじりのようにして話した。
 そのころにだってこだわってはいなかったのだから。ロックは嫌いだけど、他の音楽だったら好きなのだから、フォレストシンガーズがデビューすると聞いて、私だって嬉しかったものだ。それからは自然にフォレストシンガーズに注目していた。
 たいそう歌のうまい五人の男性が結成したヴォーカルグループであるにも関わらず、フォレストシンガーズはまったく売れない。いったいどこが悪くて売れないのだろうか、と私が悩み続けていたころ、街でばったり乾さんと会った。
「ミャーコちゃん?」
 泉沢さんのように白々しいそぶりは見せず、乾さんは私を優しい笑顔で見下ろした。
「俺たちがデビューしたばかりのころに、大学で会ったよね」
「覚えてて下さったんですか」
「正直言ってあのころは、ふたつ年下の女子部のひとの記憶は曖昧になってたんだ。だけど、あの日に会ったし、話も聞いたんだから覚えてるよ。よかったらお茶でも? 酒でもいいよ」
「お酒がいいかな」
「俺は稼ぎが悪いから、安い店にしか案内できないんだけど、それでもよかったら行きましょう」
「私も半分出しますから」
「俺はこれでもミャーコちゃんの先輩だよ。後輩に金を出させるわけにはいきません」
「ではでは、ごちそうになります」
「そうしなさい」
 先輩口調で言って、乾さんは私を居酒屋に連れていってくれた。ミャーコちゃんの仕事は? といった話をしてから、乾さんは言った。
「デビューしてから一年ほどたつんだけど、俺たちが全然売れてないって、ミャーコちゃんは知ってる?」
「知ってます。言ったらいけないのかもしれないけど、どうして売れないんですか」
「言ったらいけなくはないよ。事実なんだから。そうだな。売れない一因は……俺たちの顔だ」
「顔? 顔って……そりゃあね、ルックスがいいと売れるためには得でしょうけど、顔なんか関係ありません。それに、木村くんは顔がいいじゃありませんか」
「章は顔はいいんだけど……」
 学生時代には個人的な話は一度もしていないはずなのに、乾さんがなつかしく思える。ずっと注目していたからだろうか。
「顔はいいんだけど……性格が悪い?」
「きみから見ると章は性格が悪い……そうだろうな。あいつはきみにろくでもないふるまいをしたんだから。ごめんね、ミャーコちゃん」
「乾さんにあやまってもらう事柄ではありません。昔の話しなんですしね。でも、木村くんって性格はよくないのかな。思い出してきました。三沢くんが言ってたんですよ。章はひねくれ者だって」
「きみも知ってるんだから言うけど、困った奴なんだよ」
「木村くんが? どう困るんですか」
「詳しくは話したくないんだよな。あいつの名誉を損なう。なんて言うと、また乾さんはかっこつけて、あんたは何さまなんだ、あんたに先輩面されるいわれはねえんだよ、とまあ……」
「木村くんは先輩にそんなことを言うんですか」
「めったと言わないんだけど、あいつの面がそう語ってるんだよ。俺もよくないんだけどね。こうやってミャーコちゃんに章の悪口めいた話をするってだけでも……俺は……自己嫌悪に陥るよ。まったく、乾隆也の大馬鹿野郎。そんなだからおまえは……おまえってのは俺だよ。ああ、この喋りすぎる口が……すみません、お聞き苦しくて」
「乾さんって……三沢くんに似てる」
 思わず声を立てて笑うと、乾さんは苦々しい顔になった。
「俺が幸生に似てるんじゃなくて、あいつが俺に似てるんだよ。俺のほうが先に生まれてるんだから、そっちが当然だろ」
「乾さんは三沢くんに影響を授けた先輩なんですものね。乾さん、木村くんの悪口をもっと言って下さいな」
「言い出したのは俺だけど、これ以上は言わないよ。男としては……うん、男としてではなく、人間としてだね。しかし、この歌は……」
 聞こえてきたのは店に流れる曲。「オネスティ」だった。
 

「If you search for tenderness 
  it isn't hard to find
you can have the love you need to live

But if you look for truthfulness
  You might just as well be blind
It always seems to be so hard to give

Honesty is such a lonely word
Everyone is so untrue
Honesty is hardly ever hard
And mostly what I need from you......」


 この歌の大意は? さまざまな意訳があるのだろうけれど、こうも訳せるはずだ。

「優しさを見つけるのは
 そう難しいことじゃない
 生きるための愛を
 見つけるのもね

 だけど 正直な心を見つけるのは
 至難のわざさ
 正直でいるって
 いつも とても難しい

 正直・誠実
 なんて寂しい言葉なのか
 人はあまりにも不正直

 Honesty
 めったに聞かれない言葉
 そしてあなたから
 引き出したい言葉」

 有線放送であろう曲に合わせて口ずさんでいる乾さんに、私は尋ねた。
「木村くんに言ってあげたい歌詞なんですか」
「章にも俺にも、心に刻むべき歌だな」
「乾さんも木村くんも、正直じゃない? 誠実じゃない?」
「ミャーコちゃんはどう?」
「……はい、私も誠実に生きます」
 ウィスキーサワーをひと口飲んで、乾さんはひとりごとみたいに言った。
「自分に正直な生き方とも言うけど、自分に正直すぎると他人が困る。誠実ってのも他人に向けるのと、自分に向けるのとでは意味が変わってくるんだよな」
「……そうですね」
 その後も乾さんは饒舌に話してくれたけれど、私は時折ふーっと、木村くんに心で話しかけてもいた。乾さんって理屈っぽいみたいだけど、いい先輩なんじゃないの? 木村くんは自分に正直すぎて、乾さんを困らせているの? 
 私だって周囲の人を困らせているのかもしれないんだから、もって他山の石とせよ、ってやつだよね。
 木村くんとは別に会いたくもないけど、あなたも含めてのフォレストシンガーズを、私はこれからも応援しているよ。ここで乾さんに会えてよかった。乾さんはかなり精神が鋭いようだから、テレパシーを送っておくね。
 あなたたちはきっと成功する、きっと大物のシンガーズになれる、私がそう信じているんだから、きっと私の確信は当たる。当たるったら当たるの。
 じーっのじーっと乾さんを凝視し、呪文のように口の中で唱える。あなたたちは成功する、大物になる。聞こえているはずもないのに、乾さんはうなずいた。乾さんも心の中で唱えてくれたのだろうか。ありがとう、俺もそう信じるよ、と?

END

☆☆☆☆訳詞「シャイドリーマー」さん
http://shydreamer.blog21.fc2.com/blog-entry-2260.html より
ありがとうございました。

 

 

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