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小説99(ANGIE)

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妖精
フォレストシンガーズストーリィ99

 「ANGIE」


 病室に章を残して帰る道すがら、乾が言った。
「章の妄想だったと片づけるのがもっとも手っ取り早いというか、簡単にすませられるんだよな。しかし、俺はひっかかる」
「ひっかからなくてもいいだろ。俺たちにはなんにも起きてないんだ。章はシゲのバッグが頭にぶち当たって気絶したにすぎない。話を複雑にするな」
「妄想にしたら理路整然としてたじゃないか」
「章の頭が作り出した妄想にしたら、か。おまえだったらあのくらいの妄想は作り出しそうだけど、章だもんな。そこんとこは俺もひっかからなくもないが……」
 いやいや、俺までつられてどうする。俺は話題を変えようとした。
「章はなにをやってんだよ。あざみちゃんとつきあってたって話は聞いてたけど、あんなふうになってたのか。それじゃあライヴんときに「Destruction impulse」をやろうってのも没だよな。少なくともあざみちゃんは呼べないだろ。章の子供ができた……それは章の妄想か。にしたって、章は捨てられた。章もそんなのは慣れてるのかもしれないけど、危なっかしい奴だな。いつまでも結婚もしないでふらふらしてるからだ。おまえらさっさと身を固めろ」
「俺もか? 俺から見たら幸生のほうが危なっかしいところはあるよ」
「幸生?」
 話題を変えたのはいいが、妙な方向に向かっていた。
「おまえとシゲは晴れて身を固めて、社会的にも一人前だと認められる既婚者となった。俺は相手がいないんだから仕方ない。ほっとけ」
「ああ、俺だって結婚したのはついこの間だし……」
 シゲの結婚は比較的早かったのだが、最年長の俺は早くもなかったのだから、乾になら言えても年下の幸生や章には結婚を急かせない。幸生はどうせ、ほっといて下さーい、だろうし、章はふられたばかりらしいし。
「で、幸生なんだけどな、ありゃあまったく見てられない。昔は危険な真似ばかりしてたし、今回の彼女だってわけありだぜ。はっきり聞いたわけじゃないけど、俺にはそう思えるよ」
「かもしれないな」
「しかし、章にしても幸生にしても、三十をすぎた大人だ。俺たちがお節介を焼けたのは昔の話で、今さらそんなわけにもいかない。気を揉んでもしようがない。幸生や章の身の振り方に思いを馳せていられるような余裕は俺にはない。それとなく見守ってるしかできないな。いざとなったらリーダー、頼むよ」
「いざとなったらってなんだ?」
「いろいろと考えられるけど……妄想になりそうだし……章の場合、子供ができたか。たしかめようと思えばできない相談でもないんだけど、お節介になるんだろうな。章の問題なんだから章にまかせるしか……ん?」
 ふと立ち止まった乾が言った。
「おい、本橋、ここはどこだ?」
「病院からどのくらい歩いた? おまえが話を複雑にするから、タクシーをつかまえるのも忘れて話し込んで……乾、ここはどこだ?」
「俺が訊いてるんだろ。もともと土地勘のない場所じゃないか。闇雲に歩いてまずったな。タクシーなんかいない。電話して呼ぼうか……圏外だ」
 見せられた携帯電話の表示は圏外。俺のも取り出してみたが同じくで、乾が怪訝そうに言った。
「都会の真ん中で圏外になるのかな」
「電話会社が遠いとそうなる場合もあるんだろ。電波の届きにくい土地があるみたいだぞ」
「このあたりは廃墟みたいだな」
 どちらの方角に歩けばいいんだろう。周囲を回していると、乾がふいに走り出した。
「こら、どこへ行くんだ」
「誰かが倒れてる」
「倒れてる?」
 見てみるとたしかに、ビルの近くに人が倒れていた。いやに身体が小さい。子供だろう。
「こんなちっちゃな女の子だ。迷子か、捨て子かな。生きてる……よな? お嬢ちゃん、おちびちゃん、返事をして」
 駆け寄ってみると、乾は子供を抱き起こして呼びかけていた。女の子はふたつ、みっつの年頃に見えた。子供は反応せず、乾は俺に言った。
「……息はしてるぞ。交番か医者か。章が入院してる病院に運ぼうか」
「俺たち、どっちから来たんだ?」
「そうだよな。なんにもわからなくなっちまった。しかし、この子をなんとかしなくちゃ」
「だよなぁ。この子もだけど、俺たちが行き倒れそうだ。ここはどこだーっ、誰かいないのかーっ?!」
 叫んでみても返事はどこからもなかった。と、女の子が乾の腕の中で身じろぎした。
「おちびちゃん、気がついたんだね。お話はできる?」
「おちびちゃんじゃないもん」
「お名前はわかる?」
「パパがつけてくれた名前があるの。アンジー」
 ふたつみっつにしたらこまっしゃくれたガキだな、と思っていたら、乾が顔面蒼白になって振り向いた。
「シンちゃん、聞いたか」
「なんだよ」
「アンジーだと言ったぞ」
「アンジー? え? な、な……偶然だよ」
「アンジー、きみのパパのお名前は?」
「章さん」
「……乾、その子を放り出すな。落ち着け」
「おまえこそ落ち着け。なんなんだー、これは。そうだ、俺は居眠りしてるんだ。夢だ。章が変な話をしたから、その影響で夢を見たんだ。実際には俺は本橋とタクシーに乗ってて、タクシーの中で寝てしまって夢を見てるんだ」
「だといいんだがな。そしたら俺はおまえの夢の登場人物か」
「そうなんだろ。よし、そう決めた」
 勝手に決めて、乾は女の子を抱いたまま立ち上がった。
「俺はそんなんで納得できないぞ。乾、なにをするんだ。どこへ行くんだ」
「おまえは俺の夢の中の住人なんだから、ここは俺の好きにする。ついてきたいんだったらついてきなさい」
「……わけがわからん」
「いいんだよ、夢なんだから」
 ひとりで納得するなーっ、と怒鳴りたいところだったのだが、乾はそ知らぬていで歩き出し、女の子に話しかけていた。
「きみのママの名前は?」
「あざみちゃん」
「やっぱりそうなんだね。きみはまだ生まれていないんだよね。パパになにかした?」
「したよ。んでね、パパが空を飛んで、いろんなひとに会ったの。その中には乾さんと本橋さんもいた。会ってみたかったからあたしが呼んだの。呼んだからふたりとも来てくれたの」
「ここは夢の世界?」
「夢の世界じゃないよ。あたしの世界」
「きみの世界か。夢の世界とどうちがうの?」
「わかんない」
 片腕でアンジーとやらを抱いて歩いている乾のあとから、俺は無言でついていっていた。乾の肩先に顔を出している女の子が見える。ふたつみっつではこうも正確には日本語を操れないと思うのだが、異世界の住人だからなのか。ませガキ、といった感じではあるが、愛らしい幼女だった。
「俺が病室で章に話した仮説は聞いてた? 仮説ってわかる?」
「わかるけど、仮説じゃないよ。あの通りだもん。乾さんって頭いいね。どうしてわかったの?」
「もしかしたらきみが、俺に教えてくれたんじゃないの? 章に話させようとしたのもきみ。章が話す相手に本橋のおじちゃんと俺を選んだのもきみの操作。ああいう仮説を口にするのは俺がいちばん似合ってると思って、きみがそうさせたんだ。そうじゃないの?」
「乾さんの言うことはむずかしくてよくわかんない」
「とぼけるのも上手だね」
 聞いていると頭が混乱してきそうだったので、ふたりの会話をシャットアウトして、俺はアンジーの顔を見つめた。章に似ているか、あざみちゃんに似ているか。似ていない。アンジーとはエンジェルの意味であろう。章の妄想の中ではアンジーは光のきらめきだったと言っていたが、今のアンジーは人間の幼女の姿をしている。天使を実体化させたらかくあろうという姿だった。ふわふわブロンド、色白の肌。日本人の子供には見えない。
「あのね、本橋さん」
「は?」
「あたしには本当の姿はないの。天使っぽくよそおってるだけ」
「よそおう、なあ。きみは今時の若い奴より語彙が豊富なんじゃないのか」
「言葉は乾さんの中から探してるから」
「……乾、わけがわかるか」
「多少はわかるけど、わからなくてもいいじゃないか。夢なんだから」
「そういう問題か」
「俺の想像が当たってたってのか、アンジーに喋らされたにしても、当たってたらしいから嬉しいよ」
「夢なんだろ、これは」
「そうだなぁ」
 深く考えないでおこうぜ、と乾は、らしくもなくあっさり言って笑った。
「ねえ、乾さん、本橋さん」
 こうして歩いていても意味はないだろうに、乾は歩き続け、アンジーが言った。
「あたしは死んだんじゃないんだよ。あたしはここにいるの。きっとずっといるの。だから心配しないでね。あたしのパパとママはふたりともヴォーカリストでしょ。あたしもここで歌を歌いたいなぁ。なにか歌を教えて」
「天使に歌唱指導か。本橋、なにがいい?」
 
「Angie, Angie
 When will those dark clouds all disappear?
 Angie, Angie
 Where will it lead us from here?

 With no loving in our souls and no
 money in our coats
 You can't say we're satisfied 」

 ローリングストーンズの「アンジー」、邦題は「哀しみのアンジー」だ。アンジーといわれるとこの歌しか浮かばなくて、俺が口ずさむと、乾は言った。
「おまえの声には似合ってるけど、アンジーには合わないね。んんと、これはどう? 「ラストクリスマス、天使の雪の伝説」って歌だよ」

「ラストクリスマス for you
もう届かないけど
 メリークリスマス to you
 そしてきみにありがとう」

 誰もいない道に、廃墟のようなビル群の空へと、乾の高く美しい声が響いていった。うん、この歌を覚えるね、クリスマスになったら歌ってあげる、とアンジーは無邪気に言った。
「でも、アンジー、ここはこんなに寂しいところだよ。きみにはこんなところは……」
「大丈夫だよ、乾さん。あたしはここに来たばかりだから。これからなの」
「これから楽しい場所に作っていくの? どんなふうになるんだろうね。俺にも見せて……」
 言葉を途中でさえぎるように、アンジーが手を振った。俺はなにをしていいのか戸惑うばかりで、ただアンジーを見つめていて、乾が再び口を開こうとした。
「アンジー……」
「じゃあね、会えて嬉しかった。今度のクリスマスを楽しみにしてて」
「あ……アンジー」
「アンジー?」
 ふっと乾の腕の中の幼女が消え失せた。


「酔ってるわけでもないのに、記憶が一部途切れてる気がする。なにかあったか、本橋?」
「なんにもないよ。うるせえな、おまえは。帰るぞ。ほら、タクシーが来た」
「なんの話をしてたんだった?」
「なんの話でもねえだろ。どうせいつもの意味もない無駄話をおまえがしてて、俺は黙って聞いてたんだ。まともに聞いてなかったから忘れたよ」
「俺は喋ってたほうのはずなのに、覚えてないんだ」
「覚えてる必要もないからだよ」
「そうかなぁ」
 止まったタクシーに乗り込むと、乾はなおも言った。
「クリスマス……なんだっけ?」
「彼女へのクリスマスプレゼントはなににしようかな、って話だったんじゃないのか。そんな気がするけど……」
「だったらおまえが喋ってたんだ。俺にはクリスマスプレゼントを贈る彼女はいないよ」
「ほんとかよ」
「本当だ。だったらおまえがクリスマスの話を……」
「乾、おまえはうるさいんだよ。いい加減に口を閉じろ」
「しかし……」
 口を閉じないので俺が目を閉じたら、まぶたの裏にちらちら舞う雪が見えた。ラストクリスマス for you……なんの歌だ? 歌っているのは乾か。今度のクリスマスを楽しみにしていて……誰が言った? 今ごろなんでクリスマスだ? なんで雪なんだ? さっぱりわからない。さっぱりわからないので考えるのはやめにしたのだが、雪とクリスマスという単語は、なぜだか俺の目の中で舞い続けていた。

E N D(VOCALIST続き)




 
 
 
 
 
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