グラブダブドリブ

リレー小説番外編1(謎めいた夜)

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月ときす
1996/5/14
 
あかねくらぶリレー小説番外編1 

前書き

えー、このおふざけ小説は、私が所属する茜倶楽部(SF同人グループですが、もとになるリレー小説はまったくSFではありません)のKさん、Yさんと三人で書いた「レ・プレリュード」の続編と申しますか、私がひとりで書いたものです。
責任は私ひとりにあります。
このころの癖……かな? ボーイズラヴがかっておりますが、若気の至りです。こほん。
十四年も前に書いたんだなぁ。しみじみ。
もとのリレー小説はこちらにあります。
http://www.eva.hi-ho.ne.jp/hiro-y/akane/
よろしかったら読んでやって下さいね。


「謎めいた夜」



 深夜の放送局、ラジオの生番組の放送が終了してひと息つき、グラブダブドリブのメンバーたちはそれぞれ煙草に火をつけた。二十世紀末、日本でも嫌煙ムードが高まっているが、ロッカーがヘルシー目ざしてどうするんだよ、が彼らの持論である。
 ブロンドにプルシアンブルーの瞳のイギリス人ヴォーカリスト、ジェイミー・パーソンは、堂々たる体格を金のロゴの入った白いTシャツと、真紅のパンツで包んでいる。
 白人と黒人のハーフであり、縮れた黒い髪をドレッドヘアにしているアメリカ人キーボード奏者のボビー・オーツは、オレンジのタンクトップに荒いチェックのパンツ。
 真っ赤に染めた短髪のドルフ・バスターはアメリカ人ドラマーである。ジェイミーよりもなおたくましい体躯に、ブルーのシャツと派手なプリントのパンツをまとっている。
 ギタリストはフィリピンと日本のハーフ、中根悠介。今や彼のトレードマークになってしまった感のある花柄のシャツの背に、とびきり長い鳶いろの髪が垂れている。ほとんど色のないストレートジーンズの脚も特別製に長い。
 残るひとりはリーダーでベーシストの沢崎司。彼だけが純の日本人だが、風体はごく普通では決してない。脱色したブロンドにエメラルドのメッシュを入れて、エメラルドのTシャツに焦げ茶の革のパンツといういでたちだ。
 一八三センチの悠介から一八九センチのジェイミーまで、グラブダブドリブの面々が一同に集まっていると、一種壮観といえる雰囲気をかもし出す。もうひとり、今夜はそこに加わっている真柴豪も、彼らに遜色ない大柄な青年だった。
 黒ずくめのスタイルに黒い長い髪を黒い紐で軽くたばね、黒のサングラスをかけた豪も、他五人のメンバーたちも、全員煙草を口にしていたから、狭い控え室は煙でもうもうしていた。
「いかにも健康に悪そうな部屋だな」
 豪が苦笑すると、司が応じた。
「おまえも煙草吸ってるくせして、そんなこと言ったって説得力ねえんだよ。しかし、豪、煙草やめるなんて言うなよ」
「俺が煙草をやめたら、おまえになにか不都合があるのか」
「司はこう言いたいんだよ」
 ジェイミーがにやにや笑いと共に口を添えた。
「近頃の嫌煙論者の中には、ヒステリックな論客が多いんだよな。煙草ってのは吸ってる本人以上に、周囲の人間に害を及ぼす。他人の煙草で肺癌になるなんて許せない。まあ、煙草を毛嫌いして一度も吸ったことのない人間の台詞だったら、俺たちも拝聴させていただくよ。しかし」
 ボビーがあとを引き取った。
「自分も以前は吸ってて、一念発起禁煙した人間もこの世には大勢いる。そういう奴に限って、煙草をやめたのがよっぽどの偉業だとでも言いたげに、あいかわらず喫煙をやめないバカに向かって説教する。せっかく俺は煙草をやめたのに、おまえの吸う煙草のせいで害から逃れられないじゃないか、とかなんとか」
「思い切りいやな顔をするんだよ。だから、豪にはそうはなってくれるなと言いたいわけさ、司は」
 ジェイミーがしめくくり、ドルフも言った。
「煙草ってのは一種のスケープゴートにされてるフシがあるな。他にも身体に悪いものは山ほどあるだろうに」
「排気ガスだとか食品添加物だとか、電車ん中で騒ぐ小学生の集団とか、どでかい身体で道をふさいで、横一列になって歩いて他人の迷惑もかえりみないおばさんたちだとか」
 司が言い、ジェイミーが続けた。
「酒だって度をすごすとよくないよな。ジャンクフードもよくない。しかし、俺は身体に悪いものが大好きだ。おばさんやガキの集団はともかくとしても」
「身体に悪いものの中で、ジェイミーがもっとも嫌いなものは?」
 ドルフに尋ねられ、ジェイミーはおもむろに答えた。
「耳と頭と感性に悪い最たるものは、下手な歌だよ。素人のカラオケならしようがないけど、プロにも度しがたい下手くそがいるんだもんな。この国の音楽シーンの中では、俺はそれだけは許せない。なんだって下手な歌を歌う奴が歌手になれるんだ。それが売れて大手を振ってのし歩いていられるんだ」
 豪はふふっと笑った。
「ジェイミーから見たら、日本のシンガーの大半は下手くそだろうな」
 ところで、と豪がポケットからなにかを取り出した。
「これは身体に悪いものの一方の雄ではなかろうかと……」
「ガムが?」
 ポケットから出てきたのは、外国製品らしき一枚のガムだった。司が取り上げてしげしげ眺めたところによると、アラビア文字ともロシア文字とも、その他どこの国の文字とも判別のつかない、不可思議な紋様のような文字が、包み紙に説明書きと考えられる形で並んでいた。
「誰か、この字、読めるか」
 ひとり離れて譜面に目を通している悠介以外の三人の手を回ったガムは、わからねえ、読めねえ、と返答されて司のもとに戻ってきた。
「とある知り合いにもらったんだよ」
「身体に悪いものだって? ガムがか」
「ドラッグが身体にいいか? なんでも、非合法ではないのは保証するけど、麻薬に似た成分が含まれているガムなんだそうだ。詳しい説明もなしにもらったんだけど、誰かためしてみるか」
「豪がもらったんだろ。おまえがためしてみりゃいいじゃないか」
 ジェイミーに言われ、豪はなぜかためらう様子を見せた。
「……いや、俺はジェイミーほど身体に悪いものが好きなわけじゃないんだ。煙草は悪癖だとわかっててもやめられないけど、得体の知れない成分ってのはちょっとな……」
「豪らしくないな」
 司が首をかしげた。
「俺だってミュージシャンだから、マリファナだとかLSDのトリップで得られるとかいう、玄妙な感覚に関心はあるよ。しかし、まだためしてみた経験はない。日本は麻薬にはすこぶる厳しいじゃないか。お縄を受けたくないもんでね」
「ちょっと名の売れた人間が麻薬に手を出すと、マスコミにここぞとばかりに叩かれるもんな。けど、これは合法ドラッグってわけだろ」
 ドルフが言い、ボビーも言った。
「作曲に効果があるんじゃねえの。豪、ためしてみろよ」
「うーん……」
「なんかわけありか」
 司が問いかけたとき、横合いから手が伸びてきた。
「俺がためしてみるとするよ」
 悠介だった。
「ひとりで部屋で噛んでみりゃいいんだ。それでどうなろうとも、他人に迷惑かけることもねえだろ。たとえばひどいバッドトリップであろうとも、激烈な身体の拒絶反応であろうとも、自分でやって自分で苦しむのは因果応報ってやつだ」
「生命にかかわるようなことは絶対に有り得ないそうだが」
 豪が屈託ありげなのが気にならないでもなかったが、悠介は軽く言った。
「俺も作曲の仕事がたまっててね、イマイチ乗らないままだったんだ。ミュージシャンにくれたってことは、そっちの方面の感覚がとぎすまされるんだろ」
「……うーん」
「豪、おまえ、案外臆病なんだな」
 口腔摂取は反応が激しすぎるんじゃないのか、大丈夫なんかね、誰かつきそってやろうか、口々に仲間たちが言う。
「大袈裟な……じゃ、お先に」
 悠介は笑って手を上げ、控え室をあとにした。


 ひょんなことから関わってしまった、BFボーイズというアイドルバンドのヴォーカリスト、林場ジョージがこのたび、ロックミュージカルに出演すると決まった。
 『キッズ・ナイト』というタイトルのミュージカルであり、メインとなるのは不良少年グループ、彼らの対立にからんで殺人事件が起こる。ジョージは事件解明に乗り出す主人公の友人役で、なかなかに重要な役どころだ。
 音楽全般担当はグラブダブドリブに依頼された。豪もアドバイスはしてくれているが、グラブダブドリブのメンバー中で作詞、作曲にもっとも堪能なのは悠介なのだから、自然に彼が中心になる。
 最近の悠介はそれで頭が飽和状態だった。ミュージカルの音楽づくりは初体験なのだ。好きな仕事だから高揚感も充足感もあるけれど、悩みも深い。非合法ではないとはいうものの、麻薬らしきものに手を出すのも初体験である。ちょっとヤケになってるかな、苦笑しつつ、悠介は豪にもらったガムを口に入れた。
 複雑に混合されたハーブの味、と形容するのが適切だろう。案外さわやかな噛み心地だった。悠介はギターを抱え、絨毯に直接すわり込んだ。譜面をテーブルに置いて睨みつける。が、イマジネーションのかけらも沸いてこない。
 時間がかかるものなのかもしれない。気長に待つつもりで、悠介は目を閉じた。駄目でもともとではないか。個人差もあるのだ。ドラッグのたぐいは誰にでも効くとは限らない。
 眠くなってきたような気がする。心持ちは非常に快適だった。常日頃寝つきの悪い悠介が、このままベッドに入ったら即座に睡魔に連れ去られてしまいそうな……
「なんだよ、催眠剤か……しかし、それもいいかもな」
 できないときにはすっぱり諦めて、気持ちよく寝てしまおうか、悠介はそうも考えた。寝酒を持ってベッドに入って……
 けれども、ベッドには行けなかったのだろうか。なにがどうなってこうなったのかもわからない。ふと気づくと、悠介は見覚えのある屋敷の前に立っていた。
「ん?」
 あのまま寝てしまったのだろうか。してみるとこれは夢か。半分ぼやけた頭で悠介は考えた。夢としか説明できないよな。俺は自分のマンションの部屋にすわってたんだ。そうだろ。夢以外のどんな理屈が……考えがさっぱりまとまらない。
 夢だと結論づける前に、ドアが開いた。
「え?」
 ドアを開けてくれた男が目を丸くし、悠介と同時に声を出した。
「なんで……きみが……」
「なんであんたが?」
 夢にしてもやけにリアルだな。しっかりフルカラーだぞ。悠介はただそんなふうに考えていた。俺の夢に斎城澄人が出てくるってのは不可解だけど、夢なんてなにが起きても不思議はないんだ。
「豪の奴……ま、とにかく入ってくれ」
「はあ」
 淡いピンクのアスコットタイが鮮やかに目にしみる。間抜けな返事をして、悠介は澄人のあとについて屋敷に入った。
「他人にやっちまうとは思いもしなかったよ。まさか俺の意図を見抜いてたわけでもあるまいに」
 悠介が知っている澄人は、もっと上品な言葉遣いをしたはずだった。俺、ではなく私と自称していた。しかし、夢なんだから変でもないか、悠介の意識の中には、夢なんだから、しかない。
「ガムを使って俺がなにかするとは、いくら猜疑心の強い豪でも思わないはずだったのに、それでも用心に用心を重ねたわけか。中根くん、どうしてきみが?」
「ガムのことか」
 まだぼやけたまま、悠介はついさきほどの一件を話した。
「そういやあ、豪は屈託ありげだったよ。あのガム、あんたが豪にやったわけか」
「ああ、そうだ。不思議な成分を持つガムを手に入れた。きっと楽しい経験ができるはずだから、ひとりきりのときに噛んでみろと言ったんだ」
「斎城さんは豪とはどういう友達なんだ?」
 碧の瞳のヴァンパイヤめいた妖しい美貌を持つ澄人は、ソファにすわるよう悠介に勧め、自分も腰を降ろした。
「高校に入学して間もないころ、校庭を歩いていた俺は、どこからともなく聴こえてくるピアノのメロディに足を止めた。ピアノの音の出所をもとめてたどりついた部屋に少年がいた。姿勢のいい長身の美しい少年がピアノに向かっていた。俺が入っていったのに気づいているはずなのに、彼は脇目もふらずにピアノを弾き続けた。この曲はいったいなんだろう。俺は少年に目を奪われながらも、耳と頭は曲に集中していた。だが、曲名がわからない。こんな素晴らしい曲を俺が知らないわけがないんだ」
 朦朧とした悠介の耳に、澄人の声がピアノ曲よりも美しくメロディアスに届いていた。
「彼が弾き終えるのを待って、降参、と俺は言った。それはなんの曲だ? と尋ねた。彼はこともなげに答えた。真柴豪作曲、ピアノコンチェルト第三番、変ロ長調、『ドグラ・マグラ』だ。俺はあっけに取られたよ。それが俺と、末は日本一のピアニストになると評判の高かった少年との出会いだ」
 芝居っけの多い男だぜ、とは思ったものの、今の悠介には不快ではなかった。
「それでライバル視したとか」
「俺の専門はヴァイオリンだから、ピアニストの豪とはライバルにはならない。むしろ憧憬の対象となった。だが、あいつは異端者だったんだよ。クラシック音楽家の卵が集まる高校では、あんな少年は唯一無二だった。豪はクラシックピアノの他に剣道をやっていて、おまけにロックまでやっていた。高校を卒業すると、俺は当然音楽大学に進んだんだが、奴はなんと普通の大学で建築学を専攻した。その上、あろうことかクラシックを捨ててロックバンドの道に走った」
「いいじゃんねえの。個人の自由だろ」
「よくはない」
 澄人がこうまで憤る理由は、悠介には理解の外だった。
「豪は自作の曲を自分で演奏できる、それでホールを満場にできる稀有なピアニストになるはずだったんだ。それがロックだと……許せない」
「斎城さんよ、あんた、そのロッカーのひとりを目の前にしてんだぜ」
「私はロッカーは嫌いだ」
「嫌いでけっこう」
 怒る気にはなれないのは、夢だからだと決め込んでいるのもあったけれど、あいかわらずたいそう気持ちがよかったからだ。
「おかしなガムを豪にやって、それでなにをたくらんでたわけ?」
「豪は決してこの屋敷には来てくれない。俺が行くとひどくいやな顔をする。このうちに豪を招きたかったんだ」
「ふーん」
「どこでどうまちがえたのか、中根くんが来るとはね」
「悪かったな」
「悪いよ」
 不機嫌きわまりない声と表情の澄人の真意は、悠介にはまったく理解できなかった。理解しようとも思わなかった。ただただいい気持ちだった。




 とっくに帰りついているはずなのに、悠介のマンションの電話は虚しく鳴り響いている。留守番電話すらセットされていない。かけ直してみた携帯電話にも応答がない。
 まっすぐ帰らずにどこかへ寄っているのだろうか。それにしてもこんな時間まで? 真柴豪は首をかしげた。
 帰ってあのガムを噛みながら、仕事をするはずではなかったのか。悠介が先にラジオ局から出ていき、他の五人はしばらく談笑したのちに連れ立って帰宅の途についた。
 飲みにいこうか、との誘いも断って豪は帰宅し、そわそわしつつ時間がたった。あれから数時間後、矢も立てもたまらなくなって電話に手を伸ばした。すっかり真夜中になっている。変だ、
「面白いものを手に入れたんだ」
 会いたくもない奴に会ってしまい、人前だったから一応愛想よく応対した。その際に斎城澄人がくれたドラッグ的効果があるというガム、それだけで豪には剣呑だった。それならば捨ててしまえばいいものを、どんな効果があるのか興味があって、他人にやったのは軽率だっただろうか。
 グラブダブドリブのメンバー中、もっとも冷静で頭脳明晰な悠介ではあるが、自分をなくしてしまうような羽目に陥ったとしたら、俺は後悔してもし切れない。豪は立ち上がった。
 そそくさと車に乗り込み、悠介のマンションを目ざす。ほどなくたどりついたマンションを見上げてみたら、悠介の部屋には灯りがついていた。
 在宅なのか、前後不覚に眠ってしまってでもいるのだろうか。豪は階段を駆け上がり、悠介の部屋のドアをノックした。しかし、返事はない。どうも部屋にいる気配もない。
 いったいどうしたんだよ、悠介……豪が途方に暮れていると、背後に足音が聞こえた。ハッとして振り向いた豪の目に、ふらふら歩いてくる悠介の姿が飛び込んできた。
「悠介」
 呼びかけても反応がない。目が虚ろだ。豪などそこに存在しないかのように、鍵を開けて部屋に入ってしまった。
「悠介」
 さっさとドアを閉めてしまおうとする悠介のかたわらをすり抜け、豪も部屋にすべり込んだ。悠介はまるきり無反応のまま、ドアを閉めて施錠した。異常なのはまちがいないが、施錠だけはするのには豪は妙に感心した。外出するときにも鍵は忘れずかけていったらしい。
「おい、悠介!」
 ふらふらと歩いていって悠介がすわったのは、譜面を広げたテーブルの前だった。かたわらに愛用のギターがある。
「どうしちまったんだ、悠介?!」
 テーブルの向こう側に膝をつき、腕を伸ばして肩を乱暴に揺さぶると、悠介は独言めいて言った。
「眠い……」
「悠介……」
 豪にはどうすることもできなかった。悠介は変わらぬふらふらした足取りでベッドに近づき、そこにもぐり込んで安らかな寝息を立てはじめてしまったのだ。
 酔っているわけではなさそうだった。酒の匂いはまったくしない。すると、やはりあのガムの効果なのだろうか。豪は悠介がすわっていたテーブルの下を覗いてみた。そこにはガムの包み紙。
 ガムを噛んでいるうちにどこかに行きたくなり、出かけて帰ってきて寝てしまった。ただそれだけだったのだろうか。たしかめてみようにも、名を呼んでも揺さぶっても頬を張ってみても、悠介はぐっすり眠り続けている。
 朝になったら目を覚ますか。覚まさなかったらそれこそ大変だけど、とにかく朝を待とう。さほど長くかかりもしない。豪は絨毯の上に寝そべった。いつしかまどろんだらしい。カーテンを引いていなかった窓からさし込む陽射しに、豪は目を開けた。たいして眠ってもいないのだが、それよりも気がかりを解明するのが先だ。
「悠介、起きろ」
 頭をこぶしでボカッとやると、悠介はようやく目を開けた。
「あれえ、なんだって豪がここにいるんだ」
「おまえ、昨夜のことはなにも覚えてないのか」
「昨夜ねえ……豪にもらったガム……ああ、あのせいだな。あれは奇妙な夢を見せる効果があるらしいぜ」
「夢?」
 ギクッとしたのだが、豪は悠介に話を合わせた。
「ドラッグのせいで見た夢とは興味深い。朝メシでも食いながら聞くよ」
「ああ、豪の作るメシはなかなかいけるんだよな。冷蔵庫に適当に材料があるから、サンドイッチでも作ってくれよ」
 服を着たまま寝てしまったことも、豪がなぜいるのかということも、突っ込んで追及しないところを見ると、悠介はまだいくぶんぼけているらしい。豪も言及せず、罪ほろぼしのつもりで朝食の支度をした。
 チーズとハムのサンドイッチに野菜サラダ、インスタントスープとコーヒー、悠介は司に比べればマメなタチなので、台所にはまっとうな朝食を作れる材料が備蓄されていた。
「お、うまそう」
 シャワーを浴びて着替えてきた悠介は、サンドイッチをかじりながら話しはじめた。
「変な夢だったよ。斎城が出てきたんだ」
 ギクッの気分が最高潮になった。
「俺は寝ちまったんだよな。夢の中で斎城の屋敷を訪ねた。斎城は言った。なんで豪じゃなくて中根くんがあらわれるんだ、とさ」
 斎城と悠介が、悠介が夢だと信じて疑わないその中でかわした会話を聞いているうちに、豪は暗澹とした気分半分、俺があのガムを噛まなくてつくづくよかった、との気分半分に浸っていた。
「それにしてもリアリティがあったな。斎城の服装まで克明に覚えてるよ。純白のシルクのシャツ、いかにも上質そうな白いパンツ、家にいるってのにピンクのアスコットタイなんかして、気障な野郎だぜ」
「服装なんかどうでもいいよ」
「あいつ、おまえに惚れてるわけだ」
「……おまえは変人だろうが。そんなおまえの見る夢だ。その中で斎城が俺をどう思っていようとも、それは絵空事だよ」
 平静をよそおって言う豪に、悠介はあっさりうなずいた。
「そりゃそうだ。けど、夢なんてのは普通脈略のないもんだろ。昨夜の夢はそうじゃなかった。まるで本当にあった出来事みたいだった」
「だから、それがあのガムの効果だったんだろ」
「……なんでそんなにムキになるんだ?」
「夢とはいえ、おぞましい」
 後半は本音である。
「ガムのことも斎城は言ってた。あのガムを噛んだ豪はここにやってくる。中根くんと同じに、豪もこれを夢だと認識しているはずだ。その状態の豪を相手なら、俺の想いが遂げられたのに……」
「もういい、わかった」
「俺は、残念だったな、と答えた。豪が駄目ならいっそきみに……なにい? ううう……」
 豪が駄目ならいっそ悠介で、代償行為として想いを遂げてしまおうか、豪への復讐にもなる、澄人なら言いかねないと思う。最後まで口にせず、悠介は身震いした。
「わけのわからないことばかり言ってたけど、夢とはいえ、斎城に襲われないでよかったよ。今になって思い出したらゾッとするんだけど、あのときはべつだんいやでもなかったもんな。抱きたいんなら抱いてもいいぜ、と答えるところだった。しかし、斎城は思い直したらしい。やはり豪でないといやだ! だってよ」
 返事もしたくなくて、豪は黙りこくった。
「せっかく作ったくせに、豪は食わないのか。それでな、そのあともなんだかんだと、豪への呪詛と思慕をこもごも語って、それから斎城は言ったんだ。それでもすこしはすっきりした。かつて誰にも話したことのない、豪への想いを打ち明けたんだ。中根くん、気をつけて帰れよ……そこまでで記憶がとぎれてる」
「……そうか」
「元気ねえな。しかし、なんだって豪がいるんだ?」
「いや」
 すこし黙ってから、豪は言いわけを呟いた。
「やはり気がかりで来てみたんだ。おまえは寝ぼけながらもドアを開けてくれた。しかし、目が虚ろで心ここにあらず、ほとんど夢遊病状態だったんだよ。心配だったからそのままいた。今は気分はどうだ?」
「特にどうってことねえな。そうだったのか。豪が来たことはさっぱり覚えてねえよ。結局仕事の役にも立たなかった。変なガムだったな」
「まったくだ」
「豪、食わないのか」
「ああ、食欲がない」
 訝しげに見ている悠介の視線から逃れたくて、ほとんど手をつけていない自分の食器と、きれいに空になった悠介の食器を豪は流しに下げた。
「豪、そんならちょうどいい。意見を聞かせてくれよ」
 仕事の話しに移ったことに安堵して、豪は悠介のとなりにすわった。今日はグラブダブドリブには夜の仕事だけだし、豪は自由業でもあり、特別な予定もない。
「ゆっくり練るとするか」
「ああ、すっかり気分爽快だよ」
 ミュージカル用音楽について議論しながら、それでも、豪の意識がときおりさまよう。
 悠介は夢だと確信しているが、それはすべて真実だったにちがいない。なにをどうやってガムに盛ったのか、尋ねてみるつもりもないけれど、豪を屋敷におびき寄せるための斎城澄人の陰謀だったのだ。
 悠介はご苦労さまではあったが、直接の被害はこうむっていない。夢だと信じてくれているのをありがたいと思うだけだった。
 斎城に会ったら、あの妖怪変化はなんと言うだろう。彼はもうじき野々村樹彦を伴って再び渡英する予定だ。行ってしまったらしばらく帰国しないはずだった。
 どうにかして口実を作り、絶対に斎城には会わないようにするべきか。いや、斎城と悠介を会わせないほうが得策だ。俺があいつと会ったら、どんな顔をすればいいかな。あれこれ考えをめぐらせている豪の背中を、悠介がつついた。
「豪、ここだけど……」
「ん? ああ」
「このコード進行がさ……」
「うん」
「なんか上の空だな。なあ、豪?」
「なんだよ」
「夢にしちゃ辻つまが合いすぎるんだよな。あのガムの効能ってのは、夢だと人に思い込ませる現実を作ることだったりして? 妄想か」
「おまえは想像力過多だよ。いったいどうやったらそんなことが可能なんだ」
「さあね、それを今考えつつ、音楽の話題もやってるんだけど」
「つまらんことを考えるな」
 なんでそうムキになるんだろうねえ、歌うように言って、悠介がアルカイックスマイルを浮かべた。
 常人をはるかに凌ぐ悠介の想像力、洞察力、推理能力、豪もしばしば、その才能に驚嘆したものだ。危険なのはむしろ悠介のほうではなかろうか。
 すでに悠介は疑惑を持っている。司みたいに単純な男ならば丸め込むのもたやすいが、悠介は断じて一筋縄ではいかないのだ。俺が悠介の立場だったら? 豪の背筋がつめたくなった。
 俺だって、なんだか変だぞ、と考えるに決まってる。悠介がそう考えないほうがおかしい。本当はすでに、昨夜の一件は現実に起きたことだとわかっていて?
「真柴豪作曲、ピアノコンチェルト第三番、変ロ長調、『ドグラ・マグラ』っての、聴いてみたいね」
 決定的な台詞、なのだろうか。
「真柴さん、なにを青くなってるんですか」
「青くなんかなってないよ。悠介、気を散らせるな」
「わかりましたよ」
 すっとぼけた悠介の表情を見ていると、豪はいっそう疑心暗鬼になってくる。強いてそれを押し隠し、仕事の話題に集中しようとつとめつつも、豪は我知らず溜め息をついた。
 悠介が豪を横目で見て、悪魔の哲学者のように邪悪な笑みを浮かべた。豪にはどうしてもそう見えてしまったのだった。

E N D 
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~ Comment ~

悪魔の哲学者のように邪悪な笑みを浮かべた

アルカイックスマイル。最近、知りました。
なんだか、そういうの使ってみたいけど、使う機会がなく今に至る…

不思議な麻薬。
まぁ、どういう効能かは置いといて。

こういう世界ってありそうで面白い。
ちょっとゾクゾクするところが良い。
これって、バトンが元になってるってことは、他の方のターンもあった訳ですよね?
綺麗に流れていて感心いたしました。

今日はフォレストに、と思ったのに、思わずこちらにお邪魔してしまいました~(^^;

fateさんへ

16年も前に書いた古ーいストーリィも、お読み下さってありがとうございます。

これは同人誌仲間の女性たちと一緒に書いたリレーの番外編で、斎城さんはそのうちのひとり、自身もヴァイオリンを弾く女性が創作したキャラです。
彼女はこういう妖しげな美形が好きなのですよね。

リレーがBLふうの音楽っぽい小説の方面へと進んでいき、そのころにはもういた、グラブダブドリブを私が書き、他の人が悠介や司を書くとこんなふうなのか、とばかりにとても楽しくて、入れあげてしまって番外編まで書いたものなのです。

私は他の人が自分のキャラを使って下さると嬉しいほうですが(無断でそうされるのはいやですけどね)、お嫌いになる方もいますよねぇ。人の感覚ってそれぞれだと思います。

そのようなものですが、続編もあります。
fateさんが読んで下さるんだったら、続編もアップしようかな。

グラブダブドリブは時間的矛盾もけっこうあると思いますが、長いこと書いてますので、そのあたり、お許し下さいね。

再コメ失礼いたします。

時間的矛盾なんてまったく気になりません。
いや、花籠では、fateもやらかしておりますが、軽くスルーしました(--;

「私は他の人が自分のキャラを使って下さると嬉しいほうですが(無断でそうされるのはいやですけどね)、お嫌いになる方もいますよねぇ。」

↑おお、これ、どうなんだろう?
と、ちょっと考えました。
fateはそういう使われ方をされるのがイヤだから、他作家さまのキャラも使わないんだろうか?
誰かに心酔しても、fateバージョンにしちゃうしなぁ。

う~ん…
実はよく分からないっす。
っていうか、fateのキャラなんて、扱える人がいないのでは…
というのが、まずもって一番であろうか。
でも、イヤなのかなぁ。
ああああ、分からん。
と、悩んだ挙句分からなかった(^^;

おおおう、続編!
楽しみにしておりますよ~ん!!!

fateさんへ

たしかに、fateさんのキャラはfateさん以外の方には扱えないような気がしますね。
著者の言うことも聞かないキャラなんですものね。うふふ。

続編がふたつありますので、近いうちにはアップさせていただきます。
あまりに古くて、読み返すと恥ずかしかったり、なつかしかったりもしますが。

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