番外編

番外編36(On the way dream)後編

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番外編36

「On the way dream」後編


5

 シュウたちと知り合ったのは、こんないきさつでだった。
 僕、栗原準と妻のモモちゃん、本名栗原桃恵のふたり組新米デュオの正式名は「フルーツパフェ」という。私的にはモモクリとも呼ばれていて、所属事務所の先輩のフォレストシンガーのみなさんは、僕らをモモクリとしか呼ばない。
 そんな僕たちがちょっとばかり売れてきたころに、GNMSというグループ名を持つ、三人の男の子に会ってやってほしいと、知り合いから頼まれたのだ。
「ノリって呼んで下さい」
「ミノルと呼んで下さい」
「シュウです」
「三人そろって、GNMSでーす」
 年頃は僕と変わらない。二十歳前後のルックスのいい三人組だ。わりに背も高くて、筋肉質のかっこいい体格をしていた。
「プロになりたいんだよね。僕をコネにしたいの? か細い糸でもいいからコネがほしいのはわかるけど、僕らなんかじゃねぇ」
「だけど、栗原さんは……」
「クリでいいよ」
「では、クリさん」
 リーダー格ででもあるのか、シュウが言った。
「クリさんのフルーツパフェは、フォレストシンガーズと同じ事務所に所属してるんでしょう? 僕たちは三人ですけど、男声コーラスグループという意味では、フォレストシンガーズと同じです。フルーツパフェも男女デュオですよね」
「そうだよ」
「事務所に紹介してもらうわけには……」
「社長に言われるよぉ」
 おまえたちは駆け出しのくせして、他人を紹介している間があったら、もっともっと売れるように励め、なのは聞いてみるまでもない。
「きみたちは歌はうまいの? うまいんだろうね」
 ノリが答えた。
「うまいですよ。それにね、僕らにはもうひとつ、武器があります」
「なんの武器? ルックス? アイドルグループになりたいんだったら、僕らの事務所は似合わないよ」
「ルックスも悪くないつもりだけど」
 頬に笑みを浮かべて、ミノルが言った。
「もうひとつの武器っていうのは、たぶん日本にはいないはずの……いい? せえの」
「なに?」
 せえの、で声をそろえて、彼らは言った。僕ら、みんなゲイなんです、だって。うげげげのげ。三沢さんみたいに言いたくなる。それって武器か?
 コーラスグループというものは、内外にいくつもある。昔も今も、男声も女声も男女混合も、外国にも日本にも、有名無名とりまぜたら、星の数ほどあるのかもしれない。楽器は持たずに歌だけ、というグループは、日本にはあまり有名どころがいないようだが、皆無ではない。
 フォレストシンガーズは男声コーラスグループとしては、現在ではかなりの水準に達しているだろう。男女デュオでは僕らが……とは言えないな。社長、もっと励みますから、頭の中にまでそんな怖い顔で出てこないでくださいよ。
 それはそれとしても、ゲイの男声コーラスグループ? アメリカあたりにならあるのかもしれないけれど、日本にはいない、よね。いたとしてもおおっぴらにはしていないだろう。同性愛者のカミングアウトは話題になるものの、日本では大衆の理解を得にくい存在だと思える。
 なんと反応すればいいの、僕は? クリちゃんって……って、女の子からファンレターをもらったことがある。モモちゃんが調子に乗って、正直に言えよぉ、これはほんと? って僕に手紙をつきつけた。
「モモちゃんと夫婦だなんて言ってるけど、世を忍ぶ仮の姿じゃないんですか? クリちゃんはモモちゃんよりも、たくましくて素敵な大人の男性と寄り添ってるほうが似合うわん」
 ハートマークがきーらきら、だった。
「本橋さんとだったりするとお似合いよ。実はそうなんでしょ? 男性の恋人がいるんでしょ?」
 読み終えて目が点になってしまった僕に、モモちゃんは迫った。
「実はそうなの? クリちゃん、本橋さんと? いやーん、モモちゃん、ショック」
「あのね、あのね、頼むよ」
「だけど、ほんとだなぁ。このファンレターくれたひと、わかってるじゃない。あたしもそう思う。クリちゃんって男のひとに抱きしめられてるのがすっごく似合いそう。本橋さんとだとぴったりだね。でも、本橋さんはゲイのケなんか全然ないよ。そうでもないのかな。ああいう男っぽいひとって、案外……だったりして。きゃあきゃあ」
「モモちゃん、モモちゃんってば」
「でも、モモちゃんはそんなのいや。せめてバイセクシャルにして。本橋さんを好きでもいいから、モモちゃんも好きだよって言って」
「僕はモモちゃんだけが好きだ」
「なんだ、つまんない」
 まったく、女の子ってなんでこう変な趣味なの? ゲイを頭ごなしに排斥するつもりもないけど、僕にはそんな趣味はひとかけらもなーい。なのに、GNMSと名乗った三人組までが妙なことを言う。GNMSとは、ゲイ、ノリ、ミノル、シュウ、のイニシァルを並べたグループ名なのだそうだ。そのうちのSが発言した。
「あれって本当じゃありませんよね」
「あれってなに?」
「WEBサイトで見たんですけど、FSの本橋さんと木村さんが、どうとかこうとかって。フィクションだよね」
「本橋さんと木村さんがどうとか?」
「乾さんと三沢さんが、ってのもあったなぁ。本橋さんと三沢さんのもあったし、乾さんと木村さんペアもありましたよ。本庄さんはどこにも出てこない。木村さんと三沢さんとか、本橋さんと乾さんってのもあるのかな。四人がいろんな組み合わせになって、愛し合ってるの」
「……うげっ」
 絶対にモモちゃんには言わないでおこう。知ったら嬉しがって、そのサイトを熱意こめこめで見るに決まっている。まさか僕とFSの誰かとか、他の男性の誰かとかもある? 聞きたくない。知りたくない。
「シュウくん、そんなの読んだの?」
「全部じゃないけど、ちらほらとはね。だけど、どうせ女の子が馬鹿げた妄想をして書いてるんだ。ゲイの実態なんかなーんにも知らないくせに」
「だろうね」
 本物のゲイ、なんだよね? そういうひとの台詞には重みがある。僕は三人の顔を見比べた。三人で三角関係だったりするの? 別の相手がいるの? やだやだ、考えないでおこう。
「紹介は無理ですか」
 真面目にミノルが問い、あとのふたりが身を乗り出す。無下に無理とは言えなくなってしまった。
「ちょっと考えさせて」
「よろしくお願いします」
 よろしくお願いされちゃってもね、僕はアマチュアシンガーのデビューに手を貸してあげられるほどの大物じゃないんだけどね、だけどそうは言えないのが僕で、知り合いもそこに目をつけたのだろう。僕って気が弱すぎ。
 そうなると、やっぱり本橋さんに相談するしかないのかな。本橋さんは怖いからいやなんだけどなぁ。
 けれど、ほったらかしにはできないんだよな。しようがないから本橋さんに会いにいこうか。社長に直談判するよりは、本橋さんのほうがやりやすい気もする。あああ、相談なんて、本橋さんにお願いなんて、こころみる前からへとへとになっちゃうよ。GNMSのばかばかばか。僕なんかに紹介してきたひとはもっと馬鹿だーっ。


「そういうこともありがちだな」
「本橋さん、経験あります?」
「なくもないが」
 全員ゲイだなんて事実は伏せて、僕は本橋さんに話した。事務所近くの喫茶店で、本橋さんはコーヒーをブラックで飲んでいる。僕はミルクティ。コーヒーは嫌いだ。
「甘えるなって言ってやれ」
「甘えるな、ですか」
「おまえたちはひょんなことから見出されて、デビューしたんだったな。それでも長らく売れずに苦労してきたんだろ。そのわりには……いいけどな」
「はい」
「俺たちは何度もコンテストに挑戦したんだ。緊張しすぎて失敗したり、なんやかやで認めてはもらえなかった。うちの社長が認めてくれたときだって、コンテストには俺たちより上手が出てて、俺たちは敢闘賞だった。それでも社長は、おまえたちの歌はいい、と言ってくれた。あのおっさんは強欲なところはあるけど、見る目はあるんだよな。陰口も叩いたりはするけど、俺は社長に感謝してるよ」
「はい、僕らもです」
「こんな考えは古いのかもしれないけど、ぽっと出てぽっと売れた奴らなんかより、おまえたちや俺たちのように、苦労を知ってる人間のほうがいいと思うぞ」
 それでも僕らはたいした苦労はしていない。FSのみなさんも僕らに多大な協力をしてくれた。FSは僕らよりはるかに苦労をしていると、僕は聞いている。
「知り合いに頼ってデビューするなんて、俺は嫌いだ。社長に口をきいてほしいのか」
「そうじゃなくて、どうするべきかなぁって」
「俺がどうするべきか決めていいんだったら、答えはひとつだ」
「……はい」
 断れ、だろうな、と思っていたら、本橋さんはその通りの台詞を口にした。
「蹴飛ばせ。自力で苦労してプロになれ、と言ってやれ。だいたいからしてクリ、おまえはそいつらの歌を聴いたのか」
「聴いてません」
「聴きもしないで、実力も知らないでなにを言ってる。先に歌だろ」
「そうですね」
 蹴飛ばすかぁ。そうできるならあの日にやってるんだけどな。
「苦労したからってその苦労が実るとも言い切れないのが、俺たちの世界だよな。それでも苦労ってのは、しないよりしたほうがいいんだ。必ず身につく。古いか」
「古いんでしょうけど、まちがってはいないと思います」
 そうだろ、とうなずいてから、本橋さんは言った。
「おまえには断れないんだろ? 俺に言えとでも言いたいのか」
「そんな大それたことは……」
「大それちゃいねえだろ。俺はなにさまでもないんだから。モモちゃんから言わせたらいいじゃないか。彼女は言いにくいこともはっきり言えるタイプだろ」
 そうなんだけど、モモちゃんと会わせるとおかしな影響を受けそうで、それでなくても変な趣味のモモちゃんなのに。
「なにかまずいのか」
「本橋さんは知ってます?」
 返答に困った僕は、ついつい口走った。
「WEBサイトにあるんだそうですね。本橋さんと木村さんが愛し合って……」
「なんだぁ、そりゃ。なんで俺が章と愛し合うんだよ。いや、乾が前にほざいてたな。WEBサイトってなんでもありなんだろ。もっともっととんでもないものもあるらしいんだから、章と俺がバーチャル世界でなにをしてようと、俺には無関係だからいいんだよ。そういうのって俺たちのファンのひとが作ってるんだよな」
「そのようです」
「そのひとたちは、つまり、俺たちに関心を持ってくれてるわけだ。そういう変な形であろうとも、ありがたい話だな、うんうん。しかし、俺はそんなものは見たくないぞ」
「ですよね」
 ありがたいけど見たくない、正直な感想だろう。僕だってファンレターをもらうのはありがたいけど、本橋さんとお似合い、なんて文章は見たくない。
「いやぁ、あのね、見たくないっていえば、本橋さんと僕が……」
「はあ?」
「いいんです。忘れて下さい」
「おまえと俺も愛し合うのか。なんつうことを考えるんだろうな。そういうのが一部の女の子たちの間で流行してるのは知ってるよ。うちの奥さんが読んでみたらしい。あいつは読書好きだから、話題になってるものはなんでも読んでみたがる」
「山田さんはどんなご感想だったんですか」
 うちの奥さんとは、FSのマネージャーでもある山田美江子さんだ。戸籍名は本橋美江子さんだが、仕事では旧姓を使っている。
「けっこう面白いよ、でも、これって男と女が男と男になってるだけだね、だそうだ」
「ふーん」
「にしてもだな、クリ、さっきからどうして話題がそこんところに行ってるんだ?」
「はあ、それがですね」
 思い切って言ってしまおう。
「GNMSのGは、ゲイのGだそうです」
「……? ゲイ、なのか」
「だそうです、三人とも。ゲイのコーラスグループは日本にはいないはずだから、武器になるって言ってました」
 うーん、と本橋さんは腕組みをした。
「きわものって言うと失礼なのかな。しかし、なんであっても歌にはまるきり関係ないだろ。そんなものを売りにするな」
「すみません」
「おまえに言ってない。だけど、ふざけてる」
「はい、すみません」
「おまえに言ってない。くそ、言いたくはなかったが、一度連れてこい」
「いいんですか」
「よくはないけど、そんな奴らには意見してやる。連れてこい」
「わかりました」
 もしかしたら成功したのかなぁ。これで彼らを本橋さんに押しつけられるのかな。ゲイだと言ってよかったのかな? ゲイだから興味が出てきたのではなくて、本橋さんは怒ったらしいけど、僕に怒ってるんじゃなかったらいいか。


約一年前のデビュー間もないある日、モモちゃんと僕は、フォレストシンガーズのみなさんにご挨拶するために、FS専属スタジオへと赴いた。
「はじめまして、モモでーす」
「はじめまして、クリです」
 本橋真次郎です、乾隆也です、本庄繁之です、三沢幸生です、木村章です、と挨拶を返してくれた五人のうちの、三沢さんが質問した。
「クリちゃん、いくつ?」
「二十二歳です」
「モモちゃんは?」
「二十一歳です」
「その若さで夫婦? 後悔してない?」
 してません、と僕はきっぱり言ったのだが、モモちゃんは小首をかしげた。モモちゃん、それはないでしょう、後悔なんかしてませんよ、と言ってよ。今でこそFSのみなさんの前でも一応口をきけるようになっているけど、人見知りするタチの僕には、そのころはとてもそんなことは言えなかった。むっつりとモモちゃんを見ていると、木村さんも言った。
「クリちゃんって声変わりしたのか」
「そうそう、俺もそれが聞きたかったんだ。クリ、おまえ、中学生で成長止まってるだろ」
 三沢さんも言い、木村さんはなおも言った。
「おまえ、ちびの幸生よりちっちゃいし」
「なにをぉぉ……章、おまえは俺よりちびじゃないか」
「ほんのすこしだろ」
「身長の話はやめようか。俺たちも痛いもんな。けど、クリ、もっと喋ってみな」
「なにを喋ればいいんでしょうか」
 その声、ガキじゃん、と三沢さんと木村さんは声をそろえ、僕はむむむっとなって黙った。おいおい、と割って入ってきたのは乾さんだった。
「おまえらはクリちゃんのことが……」
「三沢さん、木村さん、なに言ってんですか」
 あんたらだってそんな声じゃないかよ、僕のことが言えるのか、と考えていた僕の気持ちを、モモちゃんが代弁してくれた。
「木村さんだって三沢さんだって、ボーイソプラノみたいな声をしてるじゃありませんか。失礼ですよぉ」
「そうだよな、モモちゃん。こら、章、幸生」
 あやまれ、とでも乾さんは言ってくれようとしたのかもしれないが、僕は言った。
「いいんです、ほんとのことだから」
「だけど、クリちゃんは歌が上手なんですよ。あたしのソロにハーモニーつけてくれたら最高なの。そりゃあ、FSのお兄さま方にはかなわないでしょうけど」
 男は可愛い女の子には弱い、僕だってそんなことは知っている。それからあとはFSのみなさんは僕はそっちのけで、モモちゃんとばかり楽しく会話していた。
「だけど、三沢さんや木村さんは、歌うと大人の声にもなるんだよね。クリちゃんはほんとに声変わりしたの?」
「したのかなぁ。記憶にないよ」
 あとからモモちゃんとそんな話をしたものだ。けどけど、僕の声はモモちゃんの可憐な声とからみ合うと、とっても素敵なハーモニーをかもし出すんだから、いいんだもん。
「夕刻のひととき、みなさまはいかがおすごしでしょうか。気持ちのいい美しい黄昏どきですね」
 なめらかな滑舌で、その三沢幸生氏がマイクに向かって喋っている。えらく気取っていて、常とは大違いだ。
「今夕はわたしく、じゃなくて、わたくし、三沢幸生がお送りいたします、「FSのトワイライトビートボックス」、はじまりはじまりー」
 週に一度、FSのうちの誰かが出演する、FM放送の番組がはじまっていた。先週まではふたりか三人が出ていたのだが、今日は仕事の都合上三沢さんのみ。そこに僕がゲストとして呼ばれたのはありがたいのだが、モモちゃんがいないととなりがすうすうする。モモちゃん、今ごろなにをしてるかな。
「今宵のゲストはモモクリリクモモ、らぶらぶぶらぶらのモモクリ、のうちのひとりです。モモちゃん? って期待なさった男性ファンのみなさま、残念でしたぁ。もうひとりのほうです」
 そうやって僕らの新曲のPRをしてくれてるんですよね。でも、僕ら、正式にはフルーツパフェです。ファンのみなさまにまで「モモクリ」としか呼ばれなくなったらどうしてくれるんですか。
「らぶらぶぶらぶら」というのは、FSのみなさまが僕たちのために作ってくれた回文ソングである。フルーツパフェは三枚のシングルCDを発売したのだが、いっそ見事なまでに売れなかった。このままじゃ危ない、という段階にまで来ていた僕らに、社長が起死回生だと自負している提案をした。
「フォレストシンガーズだ。彼らに歌をつくってもらおう。あいつらにしたところで、知名度はそれほどのものではない。それでもおまえたちよりはよほど売れてる。それにだな、あいつらには歌を作る能力はあるんだ。おまえたちについてもよく知ってる。。作詞作曲編曲フォレストシンガーズ、歌はフルーツパフェ、ちっとは話題にもなるだろ。よし、それでいこう」
 うんうん、いい考えだ、と社長は言い、本橋さんに頼んでくれた。FSの歌は大人の男性の恋がメインテーマであり、モモちゃんが歌う歌とは全然ちがってるのに、どんなのができるの? と僕には不安だったのだが、彼らの議論の末、回文タイトルの「らぶらぶぶらぷら」という曲が完成した。
 らぶらぶぶらぶらって、なんだかなぁ、ではあったのだが、木村章氏がメインとなっていい曲をつけてくれ、なんとこれが僕らが売れはじめるきっかけとなったのである。曲がよかった、としか僕には言えない。それでも僕らは潮流に乗りつつあるのか。そんなこんなを考えて僕がぼーっとしていると、三沢さんにつつかれた。
「クリ、おい、つっこめよ」
「は、はい。クリです。こん……ばんは、でいいんですか」
「そうじゃなくてつっこめって言ってんの。みなさま、たいへん失礼いたしました。クリちゃんはラジオ出演ははじめてなもので……はじめてじゃない? 慣れてないもので……慣れてる? じゃあ、なんでそんなに固まってるんだ、って言ってみても、クリちゃんはマイクの前で硬直してます。ちょっとこうやって」
 カッキーン、と音を出したのは、三沢さんの口だったのだが、三沢さんは言った。
「トンカチで叩いてみたらこわれてしまいましたー。ゲスト退場」
「僕はこわれてません」
「ああ、いたの?」
「三沢さーん」
「はいはい、いい子だからね、ラジオなんだから喋らないと存在意義がないんだよ。クリちゃん、なにか喋りなさい」
「……」
「また固まりました。困った子ですね。ではでは、まずは一曲行きましょうか。曲の間に僕がクリをほぐしてゆるめてもんで、なんなら電子レンジでチーンってやって解凍しておきますので、みなさま、乞うご期待のほどを。期待してないかなぁ」
 流れてきた曲は……僕には聞き覚えがなかった。マイクがオフになると、三沢さんが言った。
「デュランデュランだよ。「リフレックス」、知らない?」
「知りません」
「いいけどさ、それじゃあ曲のコメントもできないじゃん。流す曲の勉強もしてこなかったのか」
「すみません」
「俺の喋りに臨機応変のつっこみを入れてくれないと、番組がなりたたないんだよな。おまえはそういうキャラなんだろうけど、モモちゃんがいないとますます形無しだね」
「モモちゃんがいないと寂しいです」
「けけけのけ」
 おかしな笑い方をして、三沢さんは続けた。気取っていたのは挨拶だけで、こうなると普段となにも変わらない。
「言っても仕方ないんだけど、章くんが恋しいわん。あいつも喋りはたいしたことないけど、俺とのやりとりは慣れてるもんな。ツーってばカー。古いか」
「古いんじゃありません?」
「それそれ、その調子でやれ」
 なにがその調子かわからないうちに曲が終わり、三沢さんが再びマイクに向かった。
「リハーサルなしでやってるもんで、クリちゃんは硬直しっぱなしなんです。さっき解凍したばかりなのに、この席は氷点下らしくて、マイナス三十度ぐらいかな。クリ、寒いか」
「快適です」
「声は出たね。新曲はいかがですか」
「おかげさまで……」
「らぶらぶぶらぶら、ごぞんじでしょうか。モモクリの新曲です。なにを隠そう、この僕がメインで作詞しました。下らない詞なんですけどね、曲がいいもので引き立ってると自信は持っております。ったって、僕はほとんど曲には関わってないんですよね。おーっと、暴露しちまったらリーダーに怒られる。本橋さーん、聴いてます? 聴いてませんよね」
 立て板に水ってのはこのことか。言ってる内容はつまらないはずなのに、この調子でまくし立てられると僕は黙るしかなくなるのだった。
「本橋さんのための番組ではありませんでした。リスナーのみなさま方のために、僕は真心でお話をしているのです。見えますか、僕の真心? この胸を切り裂いて、みなさまにお見せしたい。クリ、なんか喋れ」
「三沢さんが黙ってくれたら喋ります」
「僕が黙ると、ラジオがこわれた、ってみなさまがご心配なさいますでしょ」
「喋りすぎです」
「だって、ラジオだもん」
 ヒューマンビートボックス、いわゆる口楽器である。三沢さんはいきなり、ベース音を口でやりはじめた。この番組のタイトルは「FSのトワイライトビートボックス」だ。三沢さんのヒューマンビートボックスをバックに喋れ、と言いたいのだろうか。リハーサルはしていたのだが、アドリブだらけなのでついていけない。
「クリちゃんが黙ってても、これでラジオの故障じゃないと思ってもらえるよ」
 言う合間にベース。
「早く喋らないとCMに行っちゃうよ。そういやあさ、モモクリもCMソングやるんだって?」
 またまたビートボックス。
「おかげさまで」
「なんのCM? あ、駄目。この番組のスポンサーじゃないから言うな」
「はい」
 僕が返事をしている間にもベースの音。
「僕らもCMに出演でもしたら、みなさまに顔を覚えていただけるんですよね。うちもCMソングだったらやるけど、出演はしない方針なんですよね。なーにかっこつけてんの、あんたらそれほどのもの? ですよねー、すみません」
 ひっきりなしに口が動いていて、僕は感動してしまった。二曲目になると、三沢さんは言った。
「はー、疲れた」
「そりゃ疲れますよ。お疲れさまです」
「この曲はカジャグーグーだよ。知らないよな」
「はい」
「俺が疲れたのは誰のせいだと思ってるんだー。ん? なに?」
 ディレクターが三沢さんに紙片を手渡した。
「面白いって、リスナーからの電話やら、局のサイトのBBSの書き込みやらがぽつぽつ来てるらしいぞ。あまりにもよく喋る俺と、あまりにも無口なおまえの対比が面白いんだって。クリ、その調子でがんぱれ。おまえにも単独DJの話が舞い込むかもしれない、チャンスだ」
 黙っていてもいい時間にまで喋ってる。なんて元気な口なんだろう。
「モモちゃんといっしょだったらやりますけど」
「まったくもう、モモちゃんがいないとなにもできないのか」
「はい。あのね、三沢さん」
「なんだよ」
「本橋さんは男、男って主義のひとでしょ。男はむやみに喋るなとは言わないんで……」
「ストップ、その話は本番でやろう」
 曲が終了、CMも終了、三沢さんはさきほどの話題に僕を導こうとしたが、僕が上手に乗れなくて腰砕けになった。
「言わないよ。それは言わない。ってねー、クリちゃんはCMや曲の合間に、よけいなことなら喋ってるんです。本橋さんは男、男って主義のひとでしょ。男はむやみに喋るなとは言わないんですか、だって。言わないの。本橋さんだって無口じゃないもん。うちのリーダーは勝手だから、自分の頭に火の粉がふりかかってきそうな話題は避けて通るんですよ。わーん、リーダー、ごめんなさい、って、いないんだった、よかった」
 はああああ、僕が疲れる。
「ではでは、みなさまお待ちかねのモモクリソング」
「フルーツパフェです」
「……やっとつっこんでくれたね、ありがとう。自分で紹介しな」
「フルーツパフェの「らぶらぶぶらぶら」です。聴いて下さい」
「お待ちかねじゃないかもしれませんが、お聴きくださいませー」
 そうして番組が終わると、ディレクターがやってきた。
「面白い曲だ、面白い奴だ、って、クリちゃん、評判は上々だよ。意外だったね、三沢さん?」
「俺のマシンガントークは早くも飽きられましたか」
「そういうわけじゃなくて、三沢さんと組むからクリちゃんが引き立つんだよ」
「俺は引き立て役か。いいんだけどさ、クリ、俺たち以上に売れるなよ」
 本音なんだろうか。三沢さんの目はマジなようにも、冗談を言ってるようにも見えた。
「本橋さんからも電話がありましたよ」
「え? なんて?」
「幸生、首を洗って帰ってこい、待ってるぞ、だそうです」
「嘘ぉ、やばいじゃん、リーダー、聴いてたのか」
 含み笑いをしているディレクターに、三沢さんはんべっと舌を出した。
「本橋さんがラジオを聴いてる時間なんかないのは、俺は知ってます。高橋さんったらやあね。脅かさないでよ」
「それはそれは、どうもどうも」
 嘘だったのか。僕まで安心してしまった。
「けど、ま、これがほんとの瓢箪から駒、かもな。よかったじゃん、クリ?」
「おかげさまで」
「おまえはそれしか言えないのかっ」
「……言えません」
 ほーっと吐息をつき、帰ろうか、と三沢さんは立ち上がった。お疲れさん、のスタッフの声に送られて外に出ると、三沢さんは言った。
「おまえも飲めるんだろ?」
「弱いですけど」
「たまにはおまえとふたりっきりで飲もうか。モモちゃんがいないといやか」
「そうでもないですけど、襲わないで下さいね」
「……おまえが言うと冗談に聞こえないから怖い。そういうつっこみが本番でなぜできないんだー、じゃないんだな。あれでよかったんだな。世の中って摩訶不思議」
 仕事じゃなくても喋り続けている。知ってはいたけど、僕には三沢さんのほうが摩訶不思議だった。
「作曲はやってんのか」
「おかげ……はい、なんとか」
「できそう?」
「おかげさま……どうにか」
「がんばれよ。乾さんに言われたんだ。乾さんと俺とが「ふたりでいれば」の歌詞を競作して、凶作って作物が取れないことだったな、狭窄はせまっくるしいことだな、そのきょうさくじゃなくて、競って作る、わかる?」
 ようやくアルバムも出せることになった。アルバムタイトルの「ふたりでいれば」の歌もフォレストシンガーズに依頼している。僕も別の歌の作曲にチャレンジはしているのだが、僕らってつくづくこの先輩たちにすがりっぱなし。それにしてもなんでこんなにも口が動くんだ。僕は三沢さんの口ばかり見つめていた。
「クリ、返事は?」
「わかります」
「なに見てんのよぉ。キスでもしてほしい?」
「してほしくありません」
「俺もしたくねえの。そんでな、競作して、いいほうをおまえたちが選ぶんだって。生意気だぞーってか、乾さんには負けないぞーってか……ほんでな」
 酒場に向かう途中も、酒場に腰を落ち着けたあとも、酒を飲んでる間も、三沢さんは果てしなく喋り続けていた。ハイテンションすぎると僕は思うのだが、これで俺は普通なの、なのだそうだ。そして僕は果てしなく疲れ、なおいっそう無口になって、つっこみ入れろ、と三沢さんに怒られ通しだったのだった。


6

 ここはどこ? 私は誰? 私はクリちゃん……ってさ、三沢さんのがうつっちゃったよ。古臭いギャグをやってる場合じゃないっての。
 ごつごつした岩があちこちに見える。地面は黄色っぽい砂。砂漠か? 太陽は中天にかかり、ぎらぎらと照りつけている。僕は自宅のパソコンでゲームに熱中していたはずなのに、なにがどうなってこんなところにいるんだろう。見回しても人っこひとりいない、と思ったのだが、岩の陰でなにかが動き、誰かがひょっこり顔を出した。
「本橋さん?!」
「よお、クリ、ここはどこだ?」
 夢を見ているのだとしたら、三沢さんが出てくるほうがまだしも腑に落ちる。数時間前までの僕は、三沢さんの口マシンガンに翻弄されていたのだから、その続きの夢を見るってのはなくもないだろう。なのになぜ本橋さんが?
「本橋さんもパソコンゲームをしてました?」
「ゲームはしてないけど、パソコンに向かって詞を書いてた」
 おーい、おーい、と男の声が聞こえてきた。声の方向を見ると、またしても知り合いだった。あのド派手ド金髪、中畑裕也だ。
「本橋さん、それに、クリか? ここはどこだ」
「中畑じゃないか。なにしに来た?」
「なにしにって、なにかしに来たわけじゃねえよ。ネットサーフィンってやつをやってたら、ふーっと気が遠くなって、気がついたらここにいたんだ。本橋さんとクリがなんでここにいる? モモちゃんはいないのか」
 いないよね、モモちゃん? いたとしても出てこないほうがいいよ。中畑裕也だなんて、最悪の奴がいるんだから。
 ロックバンド「ダイモス」のヴォーカリストである中畑裕也とは、FSがらみで知り合った。身体が大きくてワイルドで、演奏も抜群にうまい彼らに、モモちゃんは一発でいかれてしまったのだ。すっかり大ファンになって、ダイモスって最高!! と入れあげている。中畑のほうも可愛い僕の奥さんを気に入ってしまい、この間なんかは抱き寄せて頬にキスまでした。僕は中畑裕也が大嫌いだ。
「パソコンやってたのは同じみたいだな。本橋さんも妙な光に呑み込まれた感覚だったか」
「ああ、そうだった。おまえもか」
「そうだ。クリは?」
 同じです、ゲームをしてました、と小声で答えた僕はほったらかして、本橋さんと中畑が会話を続けた。
「二十歳もすぎてゲームか。クリはガキだと思ってたけど、案の定だな」
「するってえとさ、俺たちはバーチャル空間にいるってわけだな。そうとしか考えられないだろ。クリはゲーム、本橋さんは作詞か、俺はネット、ちがいはあるけどパソコンに向かってたんだから、パソコンの中の世界に吸い込まれたんだよ」
「そんなもん、あり得ない」
「あり得ないったって、事実、こうなってるんじゃないか。納得のいく説明があんたにはできるのか」
「……百歩譲っておまえの言う通りだとしても、なんでおまえとクリと俺なんだ」
「知るかよ」
 本当だよね、なんだなんだ、この組み合わせは。別に怒られているのでなくても怖い本橋さんと、大嫌いな中畑と、三人でこんなところに出現して、いちばんの被害者は僕じゃないか。
「他にはいないのかな。テツ、ジョー、ハル、いないのか?」
「乾、シゲ、幸生、章、いるんだったら出てこい」
 ふたりは自分の仲間たちを呼んでいるが、なんの反応もない。僕も仲間を呼びたいけど、モモちゃんは出てこないほうがいいから我慢する。
「いそうにないな。風の音しか聞こえない。中畑、おまえはどうだ?」
「人の声は聞こえない。気配も感じない」
「だな……んんん……どうしたもんか」
「本橋さん、どうするよ」
「どうして俺に訊く」
「あんた、こん中で最年長だろ。いっつもリーダー面してFSでもいばってんだろ。クリと俺のリーダーにもしてやるから、どうするか決めろ」
「俺がリーダーだってんなら命令すんな」
「今は一応リーダーだけど、俺はあんたの後輩じゃねえんだから、へり下る必要はないんだよ」
「僕は本橋さんの仕事での後輩ですけど、言っていいですか」
「なんだ、クリ?」
 気が立っているのも無理はないのだろうけど、本橋さんにじろっとやられると身がすくむ。僕はおずおず言った。
「醜い争いをしている場合じゃないと思います」
「醜い、な。たしかにそうだ。中畑、俺ははっきり言っておまえが気に食わないんだが……」
「気が合うな。俺もだよ」
 口の減らない野郎だな、と吐き捨ててから、本橋さんは言った。
「こんなわけのわからない場所で、三人きりになっちまったんだ。おまえと俺とで共同戦線を張らなきゃどうしようもない。一旦は休戦しよう」
「おう」
 それって、僕はものの数でもない、って意味ですよね。
「砂漠か。クリがやってたゲームの世界か」
「そんな感じじゃねえの。おい、クリ、おまえが本橋さんと俺を巻き込んだのか」
「ゲームやってたときには、モモちゃんと三沢さんのことは考えてましたけど、本橋さんや中畑さんのことなんか、これっぽっちも考えてませんよ。モモちゃんと三沢さんだったほうがよっぽど……」
「なにをむにゃむにゃ言ってやがんだ。俺だっておまえなんかより、モモちゃんのほうがよっぽどいいぞ。本橋さんもそうじゃないのか」
「俺は誰だって同じって気がするけど、クリ、そこに三沢が出てくるのはどうしてだ?」
「ラジオで共演してましたから」
「そうか。すると、現実の続きではあるわけだな。それがどうした、ってなもんだけど、こんなところで突っ立っててもなんにもならない。歩くか。この世界では正午をすぎたところ。あっちが西だな」
「西でも東でもなんでもいい。歩いてみるか」
 太陽がすこしずつかたむいていっている方角が西、その程度は僕にもわかる。けど、行動力あるなぁ、このひとたちって。僕ひとりっきりだったりしたら、ただただ途方に暮れてモモちゃんを呼んでいるしかなかっただろう。ゲームには強いけど、こんなときにどうしていいのかはさっぱりわからない。それでも僕は言ってみた。
「砂漠なんでしょ? 真昼間に歩くと体力を消耗しますよ。水もないし」
「なるほど。一理ある。そしたら夜になるのを待つのか。中畑、おまえはどう思う?」
「水ねぇ」
 水、と中畑が口にした途端、砂の上に三本の水筒があらわれた。本橋さんが目を見張って言う。
「蜃気楼でもなさそうだな。すると、願ったものが出てくるのか。帽子は?」
 三人の頭に帽子が乗っかり、中畑も言った。
「食いものは? 必要なものを入れたリュック」
 ずしんと肩が重くなり、リュックも出てきたので、僕も言った。
「武器は?」
 今度は三人の腰に、剣があらわれた。銃のほうがいいようにも思うけど、贅沢は言わないでおこう。女は? と言いかけた中畑の脚を、本橋さんが蹴飛ばした。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。女なんか邪魔だ」
「そういうことを言うわけだな。ミエちゃんに言ってやろ」
「ミエちゃん? なれなれしく呼ぶな」
「ミエちゃんが言ったんだよ。ミエちゃんって呼んで、って。ミエちゃーん、出ておいでよ、ミエちゃーん」
 が、美江子さんは出てこなかった。
「不必要なものは出てこないのか。本橋さん、残念だったね。俺も残念だ。モモちゃんは?」
「わーっ、駄目。出てくるなーっ」
 と僕が叫ぶまでもなく、モモちゃんも出てこなかった。なんで駄目なんだ? と中畑に睨まれて、僕はうつむいた。
「俺の女も呼ぶだけ無駄だろうな。他にはなんかない?」
「気がついたらおいおい念じればいいんだろ。だからって必ずしも出てくるのかどうかはわからないけど、便利ではあるな。砂漠にしたら太陽がそんなにはきつくない、と思う。歩いても大丈夫だと俺は判断した。ついてこい、中畑、クリ」
「け、えらそうに」
 険悪な表情でそう言ったものの、中畑は本橋さんのあとから歩き出した。僕も砂漠なんてものはよく知らないけど、たしかに本橋さんの言った通りだ。ぎらぎら太陽の陽射しは案外ゆるやかだった。
 歌詞を書いていた本橋さんや、インターネットをしていた中畑までがなぜここにいるのかは依然として謎だけど、ここは僕がプレイしていたゲームの世界だ。ちょっとばかり落ち着いて考えてみたら、見覚えがある。こんな砂漠で勇者の僕は、モンスターと闘った記憶がある。ってことは、モンスターも出てくるんだろうか。
「きゃ、きゃーっ!!!」
 最後尾を歩いていた僕は、背中をなにかにつつかれて悲鳴を上げた。本橋さんも中畑も立ち止まって振り返り、本橋さんが言った。
「幸生かと思った。なんだ、クリ、どうした?」
「えと……あ……あ、あ、あああ……本橋さん、上っ!!」
 背中をつついたのは食虫植物にも見える巨大な樹の枝だ。自由自在に動き回る枝が僕をつつき、見上げてみると樹木の上に人の姿がある。三人もいる。本橋さんも中畑も天を見上げ、中畑が言った。
「うちの連中じゃなさそうだし、FSのお歴々でもなさそうだ。遠いからよく見えないけど、女かもな。早速、剣が活躍しそうだな。本橋さん、そっち頼むぜ」
「クリは下がってろ」
 おーお、張り切っちゃってさ。二十歳もすぎてゲームか、って本橋さんは僕を馬鹿にしたけど、あなたは三十すぎてるんでしょ? 剣をふるって襲ってくる植物の枝や蔓と格闘してる姿は、嬉々としてゲームにいそしむ子供そのものだよ。僕は邪魔らしいから下がってるけど、中畑だっておんなじだ。楽しそう。
 頭に来るけどかっこいいな。もともと本橋さんも中畑も野性的なタイプではある。中畑のほうがぐっと身体は大きいけど、本橋さんもそう身長に差はない。都会で暮らしていれば発揮する機会の少ない男の腕力や体力は、こんなときこそ役に立つ。僕は現実での闘いなんかいやだから、見物してますけどね。
 けど、これって現実? つつかれた感触はちゃんとあったのだから、モンスターに食われる恐れもあるってこと? 本橋さんも中畑も死なないでね。僕ひとりにされたらどうしたらいいの? 
 そんなことを僕が考えている間に、ふたりは化け物枝や蔓を鮮やかに斬り倒し、中畑が幹を登っていった。かなりの高みにとらわれている人間を助けるつもりなのだろう。人間たちのいる場所までたどりついた中畑は、大声で言った。
「おーい、本橋さん、こいつら、男だ」
「男でも女でもいいだろ。ひとりずつ落とせ。俺が受け止める」
「細っこくて軽そうだから、本橋さんでも大丈夫かな。そらよ、行くぜ」
 そのあたりで人間をからめ取っている蔓も斬り倒し、樹の股に足を踏ん張った中畑は、三人の人間を順々に抱え上げて放り投げた。本橋さんは地上で踏ん張り、しっかりとその身体をキャッチした。すげっ、僕にはどっちも絶対に不可能だ。本橋さんは三人を地面に横たえると、誰だ、こいつら、と言った。
「クリは知ってるか?」
「……シュウ、ミノル、ノリ……ええっ?!  なに、これっ」
「シュウ、ミノル、ノリ? ひょっとしたらおまえが言ってた……」
「そう、GNMSですよ」
「どういうことだ」
「知りません」
 知るわけないじゃないか。頭がこんがらがってくるよぉ。樹からすとっと飛び降りた中畑が、クリの知り合い? と訊く。
「知り合いにしろなんにしろ、気絶しちまってるのか? おい、こら、起きろ」
 中畑が三人の頬をぴたぴたと軽く叩く。目を覚まさない三人に業を煮やしたか、今度は思い切り張り飛ばした。
「中畑、気絶してる人間にそれはないだろ」
「起きねえんだもん。こいつら気絶したまんまだったりしたら、ここに放っていくのか? かついでくのか? 女だったら背負っていってもいいけど、俺は男なんかいやだぞ」
「俺もいやだ。しかし、そんならどうする?」
「だから、起きろ!」
 耳元で怒鳴られたシュウが、ぱちっと目を開けた。さすがロッカー、大迫力の大音響の声だった。シュウに続いてミノルも目を開け、ふたりは身近にいたふたりに抱きついた。シュウは本橋さんに、ミノルは中畑に。
「うぉっと、なんだよっ、てめえはっ」
「なにをする、やめろ」
 突き飛ばそうともがくふたりに、若いほうのふたりは必死にしがみついて離れない。なかなかの見ものだったのだが、僕は気づいた。最後に目を開けたノリのターゲットは……僕? 
「やだっ、やめてくれっ!!」
 叫んだ拍子に、目を開けたのは僕だった。


「なに寝ぼけてんの? クリちゃんったら、奥さまが帰ってきたっていうのに、こんなところで寝ちゃってさ」
「モモちゃん? 僕、寝てた?」
「寝てたんじゃないの? パソコンの前で突っ伏してたよ。まーたゲームなんかやってたんだ」
「……ゲームだね。砂漠じゃないよね。ここは未来世界だったんだよね」
「それがどうかした?」
「……夢だったのか」
「どんな夢を見てたの?」
「眼が覚めたら忘れちゃったよ」
 忘れたなんて嘘だけど、説明するには頭が混乱しすぎている。
 光と音と色の洪水に呑み込まれた、あの瞬間からが夢だったのか? ただの夢だったのだとしたら、あのシチュエイションも不思議ではない。僕は本橋さんが怖いし、中畑は大嫌いだから、負の感情を抱く男ふたりが夢にあらわれた。GNMSの三人は僕の気がかりだから、あんな形で出てきた。
 それでいいんだろうか。そもそも夢を分析してもしようがないんだろうか。最後のシーンはいかにも、だったなぁ。思い出し笑いをしていると、モモちゃんがふくれて言った。
「クリちゃんはモモちゃんより、ゲームのほうが好きなんだね」
「そうじゃないよぉ」
「そうだもん。そんなクリちゃんはモモちゃんだって嫌いだよ」
「僕はモモちゃんが好きだよ」
「ふーんだ」
「喧嘩なんかやめようよ。モモちゃんの仕事はどうだった? 僕は大変だったんだよ」
「三沢さんとのラジオ? ちょっとだけ聴いてたんだけど、クリちゃん、三沢さんに圧倒されまくってたね」
「そうなると最初から予想はしてたんだけどね」
「あたしも予想してた。クリちゃん、なぐさめてあげる」
「うん、なぐさめて」
 いっしょにお風呂に入ろうか、ってモモちゃんが囁き、僕はいっぺんに薔薇色気分になった。
「モモちゃんの話も聞いてね。あたしはとっても楽しかった」
「よかったね。モモちゃんが楽しいと僕も嬉しいよ」
 たとえ夢であろうとも、ゲームと現実がごっちゃになった世界なんかより、僕はモモちゃんとの現実がいい。だけど、ほんとに夢にすぎなかったんだろうか。本橋さんに訊いてみるべきなんだろうか。中畑となんか口をききたくないから、尋ねるとしたら本橋さんだけど、なんて訊けばいいの?
 うーん、困ったな、とは言うものの、僕の悩みはほんの一瞬で、モモちゃんに押し倒されてキスされたら、ふにゃっのふわっと歪んで消えた。
 

 心配なような楽しみなような、複雑な気分でラジオに耳をかたむけていた。FSのトワイライトビートボックス、今宵はゲストにモモちゃんが登場する。
「みなさま、こんにちは、だか、こんばんは、だか、曖昧な時刻ですが、いかがおすごしでしょうか。本庄繁之です」
「モモちゃんでーす」
 ラジオで聴いても可憐な声だな、僕の奥さんは。
「素敵な声だわぁ、シゲさんったら。もう、あたし、恋しちゃいそう。あ、リスナーのみなさま、はじめまして。あたしはフルーツパフェのモモというんですけど、あたしの相方、夫でもあるクリちゃんは子供みたいな声をしてるから、シゲさんみたいな声を聴くと……なんといいましょうか、このへんがびびびって……いやーん、はしたない」
「これこれ、モモちゃん、気を鎮めて」
「だって、シゲさんがいけないんですもの。声が素敵すぎるんですもの」
「……あのね」
「あのね、のひとことだけでもセクシーだわぁ」
 ちょっと、あのね、モモちゃん、やりすぎだよ。シゲさんも止めてよ。僕はじれじれしていたのだが、シゲさんは止めてもくれなかった。
「先だってはクリちゃんが出てくれたんですよね。そのときのメインパーソナリティがなんとまあ、あれだから」
「そう、あれ。あ、失言?」
「先輩に向かってなんですか、モモちゃん」
「えへぇ、ごめんなさい。でも、あれって先に言ったのはシゲさんですよ」
「あれとしか言いようがない、あれは」
「ほんとほんと」
 低くて渋いシゲさんの声と、可愛いとしか言いようのないモモちゃんの声が、ひとりぼっちで部屋にいる僕の耳に届いてくる。こんなに仲よさそうに話されると、モモちゃんの相方の僕の立場がないじゃないか。
「そのあれがひとりで喋りまくるから、クリちゃんはなんにも言えなかったんですよ」
「あれはいつでもひとりで喋りまくってる」
「知ってますけどね……きゃっ、シゲさん、大変。あれが来た」
「え?」
「嘘だよーん」
「……びっくりさせんなよ」
 このシーンは演出なんだかどうだか知らないけど、あれ、つまり三沢さんを肴にして話題を進める魂胆であるらしい。
「だからね、クリちゃんはろくろくあたしたちの新曲のPRもできなかったんです。今日はいーっぱいしていいですか」
「どうぞ、ご存分に」
「あれの歌詞はあれですよね」
「あれの歌詞はあれ……あれとは「らぶらぶぶらぶら」だね。あれはあれだね」
「なんかなぞなぞみたーい。あとのほうのあれは三沢さん」
「うちの超弩級ハイテンション幸生」
「ウルトラボムボムハイテンション」
「そうとも言うかな。そう、あれの歌詞はあいつですよ」
 なんだか寂しいなぁ。楽しそうだなぁ。
「幸生がほとんど作って、乾さんがだいぶ協力したんですけど、なんでも乾さんは、ストーリィ性のない歌詞は苦手なんだそうです。そこで我々もない知恵を絞って、回文をひねりましたよ」
「絞るとああ……いいえ、嘘でーす。素敵な曲をありがとうございます」
「曲がいいんだよね。曲は章です。僕はなんにもしてません」
「そうなんですか」
「なんにもしてなくはないけど、ほぼなんにもしてません」
「シゲさんは作詞作曲はしないんですか」
「したことはなくもないけど、才能ないからね」
「嘘ばっかり」
 なんべん嘘って言うのかな、モモちゃん、数えてみようか。
「クレジットはFSになってるけど、先に幸生が暴露してしまったからいいでしょう。他の三人は手を貸しただけで、実は作詞三沢幸生、作曲木村章です。社長、ばらしちまって申しわけありません」
「社長なんか聴いてませんよぉ。聴いてる? 聴いてたらごめんなさーい」
「社長も怒りはしないでしょう。売れてきてるんだから」
「みなさまのおかげです。本橋さん、乾さん、木村さん、あれの三沢さん、心から感謝してます。モモちゃんの……」
 ちゅっ、という音が聞こえた。
「うふん、受け取っていただけました? シゲさんにも……」
「やめようよ、うちの奥さん、聴いてるよ」
「あら、シゲさんったら奥さまが怖いの? やーね」
「怖いですよ。クリちゃんだってモモちゃんが怖いだろうに」
「うん、モモちゃんは怖いはずだ」
「自慢か」
「そうだもん」
 PRするって言っといて、よけいなことばかり喋ってる。おまけにキス? 腹が立ってきた。
「それよりもなによりも、感謝すべき方々がいらっしゃるでしょう、モモちゃん」
「そうでしたね。いつの間にかふえてきて下さってる、ファンのみなさま方、モモちゃんはあなた方のためなら死ねます。ファンのみなさまにも……」
 またまたちゅーっ、だって。
「女性の方にはクリちゃんから贈りますね。いらないかな」
「そんなことはないでしょう」
「案外クリちゃんったら、女の子にもてるんですよ」
「妬ける?」
「そりゃそうだよ。クリ、こら、浮気すんなよ。したらぶっ殺すぞ」
「モモちゃん、公共の電波で物騒な発言は控えて下さい」
「はーい、失礼致しました」
 手馴れてるなぁ、モモちゃんは。それに引き換え僕はああだったのだから、聴いていると気分がダウンしてくる。シゲさんだって、普段はわりあい無口なほうだと思うけど、仕事となるとちゃんと喋ってる。三沢さんや乾さんがいないからだろうか。
「シゲさんにもキスしたーい」
「やめなさい」
「どうして? シゲさんはモモが嫌い?」
「嫌いじゃないよ。こら、やめなさい」
「きゃぁ、シゲさんがぶつー」
「こらっての。聴いてらっしゃる方が本気になさいますよ」
「きゃはっ、嘘でした」
 つまんないよ、僕もそこに行きたいよ。ラジオなんか聴かなかったらよかった。でも、聴かずにはいられない。
「シゲさん、あたしとデュエットしてくれます?」
「らぶらぶぶらぶらを? やってみましょうか」
「きゃあ、嬉しい」
 嘘、も連発しているけど、きゃあきゃあも連発しているモモちゃんが歌い出すと、低く低く低い声でシゲさんがコーラスをつけた。僕のコーラスとはちがいすぎる。モモちゃん、僕、哀しいよ。
「いやーん、うっとり。やっぱりキスしたーい」
「それはもういいから」
「駄目? ほんっとにシゲさんの声って素敵ですね。どうしたらそんな声が出るようになるのか、あたしの夫に教えてやって」
「生まれつきだからね」
「シゲさんって、赤ちゃんのときからそんな声?」
「赤ちゃんのときは喋れない」
「あ、そっか。じゃあ、子供のときから?」
「うちの母に言わせると、あんたははじめて口をきいたときから可愛げのないおっさん声で、私はこんなおっさんを産んだ覚えはないのに、だったそうですよ」
「きゃはは」
 本気できゃはきゃは笑っている。
「大人になるにつれて、ますます声が低くなってね、おっさん声だの悪代官の声だの言われて、俺は若いのに、おっさんなのは声だけなのに……とね」
「おっさんじゃないですよ、シゲさんの声。なんて言ったらいいのかわかんないけど」
「そう? ま、それでもいいんだ。FSの歌には僕の声が必需品なんだから」
「そうだっ、シゲさん、がんばれ」
「がんばりますよ」
 ちゅちゅちゅのちゅっ、とモモちゃんがやり、シゲさんは笑っている。ラジオトークってこんなんでいいんだったら、僕にもやれそうな気はするけど……できないのかな。僕が考えていると、電話が鳴った。
「シュウです」
「あ、ああ、こんにちは」
 悪夢と呼べばいいのか、バーチャル体験なのか、あの夜の砂漠がよみがえってきた。
「あれはどうなりました?」
「あれって三沢さん?」
「はあ?」
「あ、ごめん。あれだよね、あれ」
 忘れていたわけでもないのだが、放っておいた、GNMSがプロになりたいって話しだった。電話をしてこられてはとぼけもできず、僕は言った。
「本橋さんが歌を聴いてみてくれるって。きみたちはいつが都合がいいの?」
「本橋さんが、ですか。FSの本橋さんですよね。本当に? そんなの、聴いてもらえるんだったらいつでもいいです」
「じゃあ、本橋さんのスケジュールの都合を聞いて、連絡するよ」
「嬉しいなぁ。夢みたいだ。クリさん、ありがとうございます。聞いた? ノリもミノルも? やったねっ!!」
 こんなにも喜んでくれると、僕もいいことをした気分になれるけど、本橋さんに会うとどうしても、夢の話もしたくなるよな。本橋さんもあの経験をしていたらどうしよう? 想像したら眩暈がして、僕はカーペットに倒れこんだ。きっと貧血だ。モモちゃんが帰ってくるまでこうしてようっと。


 まるで自分のことのように緊張する。GNMSがFSの歌をコーラスしている。本橋さんは目を閉じ、僕はそわそわして聴いていた。FSの歌に挑戦するなんて、きみたちは身の程知らずじゃないの? シュウがテナー、ミノルがバリトン、ノリがバスに近い低い声の持ち主だが、レベルに差がありすぎる。
 FSの練習用スタジオを拝借できることになり、それだけでもGNMSは大張り切りだった。審査員のような本橋さんは椅子にかけ、大きな窓のむこうに乾、本庄、木村、三沢の四人と、スタッフもちらほら顔を見せている。僕の知らない女性スタッフが乾さんになにか囁きかけ、しっ、とたしなめられていた。
「磨けば光るな」
 歌が終わると、本橋さんは言った。
「素質はある。下手ではない。だが、三人で俺たちの歌をやるのは無謀だ」
 三人は下を向き、無言で本橋さんの声を聞いていた。
「うちの事務所は小規模なんだけど、うちが関わってるコンテストってのか、新人シンガー発掘オーディションがあるんだ。今年は無理かもしれないけど、来年を目指してしっかりレッスンすればいい」
「来年、ですか」
「今年は無理ですか」
「あの、どうしてですか」
 口々に問う三人に、本橋さんは答えた。
「三人でコーラスグループを名乗るのは無謀なんだよ。三人ではハーモニーに限界がある。まして俺たちの歌をうたいたいなら、せめて四人、五人。六人でも七人でもいい。できる限りの多様な声をそろえて、さまざまに施行錯誤して、レッスンを重ねて再チャレンジだ。きみたちが三人だけでやりたいんだったら、俺たちの歌ではない別の曲にしたほうがいい。デュオだのトリオだのもあるだろ。選んだ歌の方向性がまちがってる。オリジナル曲はできないのか」
「作詞作曲までは……」
 シュウが言い、僕はひやひやした。本橋さん、作ってもらえません? なんて言い出すなよ。しかし、彼らはそこまで図々しくはなかったようで、ひと安心した。本橋さんは、そうか、と呟いて続けた。
「てめえのことはてめえが、仲間のことは仲間がいちばんよく知ってるな。だからこそ俺たちは、自分たちの歌は自分で作るんだ。時には他のソングライターに依頼して、それがいいできになる場合もあるよ。プロのソングライターは、他人の曲でも、その他人の歌の能力を熟知してつくってくれる。アレンジだのなんだので、自分たちにふさわしい歌にもできる。俺たちはプロだから、そういうことも可能なんだけど、きみたちにはそういうのは将来の話だろ」
「……わかりました」
 力なく答えたのはシュウで、ミノルとノリもうなずいた。本橋さんはにっこりして言った。
「ちょっとやってみるか。幸生、章、入ってこい」
 はいはーい、と返事があって、木村さんと三沢さんがやってきた。なにがはじまるんだろう、と僕が見つめていると、本橋さんが言った。
「今、彼らが歌ったうちの曲、聴いてただろ。幸生、章、おまえたちも加われ」
「ああ、そういうわけで。章、OK?」
「いいよ」
 リハーサルなしで突然? GNMSの三人も面食らったらしかったのだが、気を取り直したようにさきほどと同じに歌い出した。FSのコーラスメインの曲だ。僕もよくアルバムで聴く「On the way dream」だった。
 下手ではない、と本橋さんは彼らの歌を評したが、木村さんと三沢さんが加わると輝きが百倍になったような気がした。三沢さんと木村さんの声がきらきらときらめいて、GNMSの夢を包む。光の粒子が僕の頭上にふりそそぐ。
「夢への途上、ってな意味だろ、このタイトルは。その意味ではきみらにぴったりの曲だな。クリ、おまえも参加して歌うか」
「いえ、僕は……本橋さん、言っていいですか?」
「いいぞ」
「クリが自ら、言っていいですか? なに言うの?」
「幸生、おまえは黙ってろ」
「へーい、リーダー、黙ります」
 考えがまとまらない。けれど言いたかった。
「GNMSの歌もアマチュアとしては、けっこういいセンまで行ってますよね」
「ああ」
「でも、木村さんと三沢さんが加わったら……僕、思ったんです。ああ、なんだかこの歌を聴いてる感覚を詞にできそうだ。光の粒が僕らの夢を彩り、明日に向かって疾走していく……忘れないうちに頭の中にインプットしておこう。そんなふうに」
「ふむふむ」
「僕の心に、光がきらきらって……すごいですよね、三沢さんも木村さんも、うまく言えなくてすみません」
「おまえの気持ちは伝わってきたよ。章、なにかコメントは?」
「クリ、ありがとう。幸生と俺の声は光の粒か。いいね」
「俺も……なんだ、幸生?」
 つんつんと本橋さんをつついていた三沢さんには、本橋さんは言った。
「おまえは黙ってりゃいい」
「なんでなんで? 章には喋らせたくせに」
「言うまでもないだろうが。この超弩級お喋り男。おまえは黙ってろ」
 超弩級? シゲさんのラジオ、本橋さんも聴いてたのかな。三沢さんは泣き真似をはじめ、木村さんにもたれかかって押しのけられていた。
「……ひっでえ、章、泣いていい?」
「あっちでひとりで泣け」
「みんなつめたいんだぁ。いいもんいいもん、俺、いじけるもん」
「永遠にいじけて黙ってろ」
 つめたく本橋さんが言うと、木村さんが吹き出した。それを合図にしてみんなで笑った。
「最後にひとこと。シュウ、ミノル、ノリ?」
 あ、もしかしたらあのこと? と僕はあとずさりしそうになったのだが、本橋さんはなにげなく言った。
「きみたちはコーラスグループだな。三人でやるならそれもいい。メンバーをふやすのもまた一考だ。そこを俺はとやかくは言わないが、コーラスグループの武器は声だ、歌だ。他のなにもかもは一切関係ない。肝に銘じておくように」
 わかりました、と三人はしっかりうなずき、三沢さんが言った。
「リーダー、ひとことじゃないじゃん」
「もういじけるのは終わったのか。もっといじけさせてやろうか、幸生?」
「いりませんよーだ。本橋さんなんか嫌いだよーだ」
「死ぬほど嬉しいよ」
「えーん、章ぁ、今日のリーダー、俺が口で負ける」
「ほんとだよな。さすが」
 なにがさすがだ、と本橋さんは笑っていたが、僕も感嘆していた。さすがリーダーなんだよな。僕にとっても本橋さんはリーダーみたいな存在だ。僕には言えない台詞の数々で、GNMSの面々も納得させてくれた。大人の重みかな。
 スタジオの外に出る僕に、三人がついてきた。彼らもだいぶいじけているようだが、自信過剰の鼻っ柱は最初にへし折ってもらったほうがいい。そうしてもらうにはFSは最適だった、こうしてよかった、と僕は満足していた。
「完璧ノックアウトされました」
 シュウが言い、ミノルも言った。
「まったくです。でもさ、よかったよなぁ、ノリ?」
「三沢さんや木村さんが、僕らといっしょに歌ってくれたんだ。それだけで最高に幸せだった。クリさん、ありがとうございました」
「いえいえ、僕はなにも」
「はじめはね、ちょっと不満だったんですよ」
 再びシュウが言った。
「本橋さんのおっしゃること、わかる気もするけど、そうかなぁ、って。だけど、三沢さんと木村さんが僕らのコーラスに加わって、それでなにもかもが輝き出して、ああ、こういうことなんだな、って、よくわかりました。三人で相談して、メンバーをふやすかどうかはまだ未定だけど、来年のオーディションに向けてがんばります」
「うん、がんばって」
「いいな、FSって」
 とろんとした目をして、ノリが言った。
「前から憧れてたけど、もう、これで僕の憧れは最高潮。いいなぁ、本橋さんって」
 ぎょぎょ、恋しちゃった?
「あんなひとに抱かれてみたいなぁ」
 当たり? やばく……ない?
「こらこら、ノリ、そういう対象にしちゃ駄目だよ」
 ミノルがノリの頭をこづき、シュウは言った。
「だけど、僕もだよぉ。三沢さんがうらやましい。僕もあんなふうに言われてみたい。おまえは黙ってろ、だって。本橋さん、僕を愛してる? って訊いてさ、うるさい、黙ってろ、って言われるの。それでもうるさくして、黙れって怒られて、抱き寄せられたら……ああっ、僕、たまんないよぉ」
「無茶苦茶にされたいの? シュウってマゾだっけ?」
 訊いたミノルに、シュウは真顔で答えた。
「本橋さんにだったら乱暴に愛されてみたい。クリさん?」
「え、な、なに?」
「本橋さんはサドっぽかったりしません?」
「そんなの知らないよ。だいたいからして本橋さんには奥さんがいるんだよ。奥さんには言葉使いはけっこう荒っぽいけど、実はとっても優しそうだし、三沢さんや木村さんはよくぽかってやられてるけど、あれも冗談半分に見えるし」
「ぽかっ? 頭?」
「頭をげんこつでぽかっ」
「……ぽかっじゃなくて……ミノル、ノリ、僕、変になってきそう」
「なに想像してんだよ。シュウはもともと変じゃん。なぁ、ノリ?」
「うん、変変。だけど僕も、本橋さんだったら……」
 そろいもそろって、なの? 思い切り尊敬したらしいのはいいけど、彼らの尊敬は一歩まちがえるとこうなるのか。忘れてた。忘れてたついでに思い出した。本橋さんに質問するのも忘れてたけど、夢だかバーチャルだか謎のあのラストシーン、本橋さんに抱きついたのはシュウだったよな。
 うひゃあ、僕って現実先取り経験しちゃった。現実先取りなんてことは、あの本橋さんでは起こり得ないとは思うけど、笑いがこみ上げてくる。ごめんなさい、本橋さん、悪いけど笑えてしようがないよ。誰か、止めて。
「おーい、がんばれよ」
 窓が開いて顔を出したのは、乾さんだった。クリ、なに笑ってるんだ? とでも追求されたらどうしようかと思ったのだが、乾さんは別のことを言った。
「うちのリーダーもなかなか弁が立つんだよな。俺の言いたいことも全部言われたから、これだけ。艱難辛苦、汝を珠とする」
「は、はあ……」
 きょとんとする三人といっしょに僕もきょとんとすると、笑いも引っ込んだ。乾さんはふふっと笑った。
「意味不明? 辞書を引け。苦労しろよ、じゃあな」
 ひらひらと乾さんが手を振り、そのうしろからシゲさんも、がんばれよっ、と言ってくれた。
「あ、あ、ありがとうございます」
 感激しすぎて泣き出しそうな三人の顔を見ていると、僕も泣きたくなる。いいひとたちだなぁ。僕、あなたたちと同じ事務所にいられて幸せだよ。本橋さんにGNMSを押しつけようともくろんでいたんだけど、不純な動機だったにしても、こうしてよかったんだよね。
 乾さんと本庄さんの顔が引っ込み、窓が閉まると、僕らは四人で顔を見合わせた。かんなんしんくってなに? 前に本橋さんも言った、苦労にまつわる意味があるのか。よし、帰ったら辞書を引こう、と僕は決意していた。

 
7

「こんにちばんは、ユキちゃんでーす」
「ちゃんとした日本語を喋れないんですか、きみは」
「やーだな、リーダー、きみって誰のことですか」
「おまえだ、幸生だ……失礼しました。本橋真次郎です。こんばんは」
「こんばんは、っておかしい。どっちともつかない時間じゃないですか。だから、こんにちばんは、それでいいのだ」
 ふーん、今日は本橋さんと三沢さんなんだ。僕は「FSのトワイライトビートボックス」を聴きながら、頭の半分ではモモちゃんを想っていた。今日もモモちゃんはひとりだけの仕事。モモちゃんは女の子にも人気があって、僕なしで時々女性雑誌の仕事をこなしている。そうして僕は暇になる。
「改めましてこんにちばんは、三沢幸生です。本橋さん、こないだは大変だったんですよ。クリちゃんが来たとき、聴いてなかったらしいから再現しますとですね」
「再現しなくていい」
「してもいいでしょ? 聴いてくださいよぉ」
「楽屋オチはリスナーのみなさんに失礼です」
 止める本橋さんにはかまわず、三沢さんは僕の口真似、及び自身の台詞を再現し、延々と喋り続ける。果てしもなくなりそうだったからか、本橋さんががおっと吼えた。
「きゃーっ、ライオンが乱入してきたー。リーダー、逃げましょう」
「白々しいんですよ、きみは」
「きみなんて言うと口が凍りつきますよ。いつも通りでないと僕に負けますよ」
「きみもいつも通りじゃないね。僕って誰?」
「僕は僕だもーん」
 あいかわらずだなぁ、三沢さんってば。
「再現なんてつまんないですか? そうみたいですね。じゃあさ、本橋さん、せっかくだからふたりで生デュエットしましょうよ。僕は本橋さんといっしょにやってると、おどおどびくびく喋らないといけないんだけど、歌だったら平気だから」
「……誰がおどおどびくびくだ。なにがせっかくだ」
「おー、いつもの調子が出てきたー」
「おまえはちっと黙ってろ。はい、曲に行きまーす」
 いやだー、生デュエットやりたい、うぎゅ、もがっ、と三沢さんの声が聞こえ、途切れた次の瞬間、曲が流れてきた。この番組で流す曲は、もっぱらオールドタイムロックである。僕にはまったくなじみのない曲ばかりだが、三沢さんは昔の歌にも詳しい。
「うぎゅ、もがっ、って、本橋さんが三沢さんの口を押さえた……」
 って設定なんだよね、演出なんだよね、三沢さんがひとりでやったんだよね。
 ひとりごとを言いつつ聴いていると、本当に本橋さんと三沢さんがデュエットをはじめた。その曲はなんと、歌詞が完成したばかりの「ふたりでいれば」、乾隆也作詞バージョンだった。
 歌う本人の僕たちも歌詞を見せてもらってはいたが、どちらがいいかなんて決められないでいた。
 あの日は雨がふってたね、とモモちゃんパートを三沢さんが、傘も持ってなかったよね、とクリパートを本橋さんが歌い、ふたりでいれば、ふたりでいれば、びしょ濡れになってもへっちゃらだった、と本橋さんと三沢さんが唱和する。ふたりぼっちで寂しかった、世界中の誰も彼もがあたしたちの敵に見えた、そんな中、あたしたちはふたりで歩いてきた、ここはモモちゃんパートであるから、三沢さんの声だ。
 うーん、へこみそう。この歌を僕たちが歌うの? 曲がつくと感じが変わる。本橋さんの声の部分が僕だなんて、頭が低く低くなって床にのめり込みそうだ。
「僕らより先にやるって……でも、いいなぁ、素敵な歌になってるなぁ」
 モモちゃんと僕でもこんなふうに歌える? ううん、モモちゃんは本物の女の子なんだから、もっと女の子らしく歌えるよね。それだけにすがるしかないか。
 一曲目が終わると、では、もう一曲、と三沢さんが言い、甘く可愛らしい歌がはじまった。こちらは三沢幸生作詞バージョンの「ふたりでいれば」だ。作曲はラヴソングの達人、本橋さんの担当と決まっていたのだが、完成したとは僕たちは聞いていない。あるいは今宵限りバージョンなのだろうか。

「ブロンズいろに灼けた腕と腕
 ちょっぴり細いあたしの腕
 ちょっぴりだけたくましいのは
 大好きなあなたの腕」

 最初は三沢さんの女の子みたいな声。続くは本橋さんの声。

「きみの腕にはシルバーバングル
 僕の想いをすべてこめたと
 きみは知ってくれているんだろか
 大好きなきみの腕に」

 その腕とこの腕をからませて、どこまでも歩いていこうね、ふたりでいればなにも怖くない、あなたがちょっぴり怖いと思ったとしても、あたしがついてるんだから平気でしょ。モモちゃんが僕に向けて歌う歌としてはふさわしすぎて、僕は苦く笑うしかなかった。
「ご清聴、ありがとうごさいましたー。ほら、リーダーもご挨拶」
「うるせ、こほん、ありがとうございました」
 その後も三沢さんはハイパーテンションで喋り続け、本橋さんが補佐に回っている格好になってきた。釘をさしたり適度なところで止めたり、これは僕には断じてできない芸当だ。さっすがリーダー本橋さん。やがて番組が進行していくと、本橋さんが言った。
「リスナーのみなさまからお問い合わせが殺到、殺到は大げさですかね。お問い合わせが来ているんだそうです。さっきの歌はなんですか、FSの新曲ですか、にしちゃあ子供っぽいかな、などなど」
「みなさまは鋭いですね。僕らの歌はもっと大人だもんね。僕に合わせて……って、リーダー、つっこんで下さいよ」
「なにかほざいてる奴は無視して話を続けますと、さっきのはこれから世に出るかもしれない、今宵限りの僕らの歌でした。あえてタイトルも申しません。もしも世に出てみなさまのお耳に止まったとしましたら、ああ、あれだ、と」
「私、ラジオで聴いたことあるのよ、本橋さんとユキちゃんが歌ってたのよ、ほんとよぉ、って自慢して下さいね」
「いきなり本物の女性が入ってきたのではありません。今のはうちの三沢の声です」
「あら、本橋さんったら、そんなに褒めないで」
「そのへんにしておけ、な」
「あらん、駄目? うぐぐっ」
 またもや本橋さんに口を押さえられたという設定か、三沢さんは黙り、海外ロックが流れてきた。
「そうかぁ、あのうちのどちらかを選ぶんだね。モモちゃん、どうする? 乾さんの歌詞のほうが大人っぽくて、マイナーコードの進行だよね。僕らには明るめの三沢さんの歌詞のほうが似合う気もするけど、大人っぽいのも歌ってみたいな。モモちゃんはどう思う? 早く帰っておいでよ。話そうよぉ」
 そこからは意識が、モモちゃんと歌に集中してしまってラジオはお留守になっていた。我に返ったのは三沢さんの声。なんともすっとんきょうな声だった。もうおしまい? ユキちゃん、寂しいっ、と三沢さんが叫び、うるせえんだよ、おまえは、いい加減にしろ、と本橋さんが地を出し、番組のエンディングテーマ、FSの歌う「トワイライトイリュージョン」が聞こえてくる。
 上手だなぁ、いいなぁ、としか僕には言えない。いいな、には、あんなにうまく歌えていいな、だとか、素敵な歌だな、とかさまざまな感情が入っている。僕らにも負けずに歌える? とも思う。しまった、録音しておけばよかった。モモちゃんにも聴かせてあげられたのに。本橋さんと三沢さん、モモちゃんと僕の前で、もう一度歌ってくれないかなぁ。

 
 ああ、それだったら録音してたよ、と乾さんがこともなげに言い、ヴォイスレコーダーを取り出して聴かせてくれた。僕はしばし聴き入ってから言った。
「どちらかを選ぶなんてできません。モモちゃんも同じ意見です。どうしたらいいんですか」
「決めるのはおまえらだろうが。幸生と俺は提供しただけだ」
「そんなぁ……」
 しばしば利用する事務所近くの喫茶店に、僕を誘ったのは乾さんだった。すらりと背の高い乾さんは今日もかっこよく決めている。さりげない白のシャツがよく似合っていた。
「両方ともって手もあるぜ」
「両方? そんなのできるんですか」
「できなくはない。同じタイトルで内容のちがう二曲がアルバムに収録されるのは珍しいケースだろうけど、社長と相談してみるといいよ」
「そうですね」
 目の前がぱっと開けた。本橋さんもさすがだけど、乾さんもさすがだ。長年プロを張ってるひとたちは、僕たち新米には思いも寄らない提案をしてくれる。
「あのな、この間、GNMSがうちの借りてるスタジオで、本橋に審査してもらっただろ」
「はい」
「最後にシゲと俺が、がんばれよって声をかける前」
「はい、あ、辞書は引きました。意味はわかりました」
「そうか。おまえは若いわりには意外に語彙が豊富みたいだけど、知らなかったか」
「知りませんでした」
 その前ってあれ? 乾さんは僕の不安を言葉にした。
「聞こえちまったんだな。なんだ、あいつら? 本橋に惚れたってか?」
「……聞こえましたよね」
「俗に男が男に惚れるって言うよな。俺もその意味では本橋に惚れてるよ」
「ああ、そうなんですね」
 意味の差ぐらいは僕にもわかった。
「しかし、なんだなんだ、あの雰囲気は。シゲも聞いてたんだけど、あとでな」
 乾さんとシゲさんの会話を、乾さんが再現してみせた。
「乾さん、なんですか、あれって」
「……わかるだろ」
「わかりたくない」
「シゲ、ゲイを軽蔑したらいけないよ。ひとを軽蔑できるほどの人間か、おまえも俺も? 軽蔑なんていうダークフォースは、人間を低劣にするんだ」
「軽蔑はしませんよ、でもでも……」
「気持ち悪いか」
「乾さんは?」
「あれは三人とも男だな。青少年だな。笑っちゃいけないよな」
「クリも笑ってましたね。笑いますよね」
「嘲笑じゃないぞ。しかし、笑える。本橋に……あの本橋に……」
「あの本橋さんに……うわわ、よみがえってきた」
「乱暴に愛されてみたい。げ、シゲ、やめろ」
「乾さんが言ったんでしょうがっ、やめて下さい」
 とまあ、こうでな、腹を抱えてふたりで笑った、悪いな、と乾さんは言い、僕は慌てて首を横に振った。
「僕は紹介しただけです。僕に悪くなんかないです」
「仲間じゃないんだよな。おまえにはモモちゃんがいるもんな」
「そうですよ。そういう仲間じゃありません」
「そだな、よかった」
 疑われていたのか。
「疑ってはいないけど、念のために確認しただけだ。あいつらはいわゆる?」
「本橋さんから聞いてなかったんですか」
「聞いてないよ。なにがノーマルなんだかよくわからない時代ではあるけど、敢えて俺たちをノーマルだと仮定すれば、ノーマルな男には信じられない世界だよな」
「同感です」
 歌には一切無関係だからこそ、本橋さんは乾さんにも彼らがゲイだとは告げなかったのだろう。
「まあ、本橋が男に誘惑されて乗り気になるはずもないから、ほっといてもいいんだろうけど、三人がかりで襲われるとちとやばくないか」
「まさかそれは……」
「しないか」
「しない、と思いますけどね」
「歯切れがよくないな」
 だって、僕にだってあいつらの心の底なんか読めないよ。と、そういうことは僕は胸のうちでだけ反論した。
「でもね、モモちゃんが言ってましたよ。本橋さんみたいに男っぽいひとは案外……って。大丈夫ですか」
「脅かすな。本橋にはその傾向は皆無だ。俺は十五年もあいつとつきあってるんだから、保証する。ない」
「そうですよね」
「モモちゃんもまあ……女の子は困ったもんだね」
「はい、僕は常々モモちゃんには困らされてます」
 でも、そんなところまで好きなんだよね、モモちゃん、僕が横を向くと、乾さんが言った。
「おまえはモモちゃんにぞっこんだし、おまえも大丈夫だな。こういう場合、あの三人によけいな質問なんかするんじゃないぞ。本橋さんがどうとかこうとか、言うんじゃないぞ。藪から蛇になりかねない。そっとしとけ」
「そっとと言われましてても、あいつら、勝手に盛り上るから」
「勝手に盛り上らせて、おまえは関知しない。その方針だ。しかしなぁ、あれはいずれプロになって、俺たちの同業者になるのか。うちの事務所に入ってくる可能性もあるよな。そうなったら……いやいや、考えすぎか。おまえらは男が好きなんだったら、さっさと同じ趣味の男を見つけてくっついちまえ、ってのがいちばんなんだけど、いないのかね」
「彼らの恋人ですか。知りません」
「想像すると果てしなく……う、やめた。ノーマルに女の話でもしようか」
「乾さんにはいないんですか」
「そっちも俺にはまずいな。いないよ」
「本当ですかぁ?」
 いないはずがないのになぁ、僕も疑惑のまなこを向けると、乾さんは咳払いして立ち上がった。
「俺はもてないんだ」
「嘘だ」
「俺を嘘つき呼ばわりするのか。おまえは誰に向かって口をきいてるんだ」
「ひぇ、すみません」
 よし、一丁上がり、だって。恫喝作戦には慣れてるんだな。ぬーっと立ちふさがられると本橋さんはすさまじく怖いけど、乾さんも怖い。別の意味で怖い。その別の意味の意味は僕にはうまく言えないのだが。
「乾さん、忙しいんですか」
「別に。逃げようとしただけだ」
「逃げなくていいじゃありませんか。ほんとはもてるんでしょ?」
「好きだと思えない女にもてても、嬉しくもなんともないだろ」
「僕はもてたことはないから、わかりません」
 そろってついたため息の意味も、きっと別々だったのだろうと思える。すわり直した乾さんに、僕は言ってみた。
「乾さん、聞いてくれません? これって夢ですかね」
「なんの夢だ?」
 乾さんは出てこなかったのだけど、この機会に質問してみるのもいいだろう。僕は三沢さんとラジオで共演した夜の、不思議な出来事を話した。
「それ、幸生の毒気が見せた夢じゃないのか」
「毒気ですか」
「あり得るぞ。本橋はなんにも言ってなかったけど、それとなく訊いてみようか。まさかと思うけど、おまえと同じ経験をしてたら面白い。よし、訊いてみる」
「お願いします」
 それから数日の後、僕は今度は三沢さんと木村さんのトワイライトビートボックスを聴いていた。ツーといえばカー、なんて三沢さんが言ってたけど、まさしくその通りだな、と感心していたら、乾さんから電話がかかってきた。
「あの件だけど、本橋はまるっきりそんな経験はしてないらしいよ。裕也にも訊いてみたら、なんだ、そりゃ、だった。おまえの夢だ」
「そうですか」
 夢ではなくて異次元体験だったりしないのだろうか。僕ひとりがバーチャル空間にまぎれこみ、その世界にいた本橋さんと中畑と、最後に出てきたGNMSの四人とああやって……
 だけど、本橋さんも中畑も知らないんだったら、夢でも異次元でも同じなのかもしれない。がっかりしたので、僕は言った。
「その世界では、本橋さんはGNMSをひとりで独占してました」
「はん?」
「樹から助けおろした三人が、目を開けたところで僕も目を開けたと話しましたよね」
 あの衝撃のラストシーンは、乾さんには話していなかった。
「続きがあるんです。三人は助けてくれたのが本橋さんだとわかって、感涙の涙にむせび……」
「感涙だけでいい。感涙の涙は重複だ」
「ああ、そうでした。感涙にむせんだ三人が本橋さんに一斉に抱きついて、本橋さんは三人の髪を交互に撫でながら、よしよし、もう大丈夫だ、って優しく優しくね……」
「……作ってないか」
「作ってません」
「俺の顔を見ても言えるのか、それ」
「言えます」
 自信ないけどね、ってのが声に出たらしい。乾さんは声のエキスパートでもあるわけだから、僕の嘘を見抜いたと思える。急に笑い出した。
「本橋は男ハレムの帝王だってか。夢の世界でなにが起きようと、俺の知ったこっちゃないよ。じゃあな、おまえも励め」
「はあ」
 だまされてくれなかったか。僕が乾さんに言葉で勝負を挑むとは、無謀であったか。電話を切ると、三沢さんと木村さんのトークが聞こえてきた。
「だって、そうじゃん、章、そうだろうがよ」
「幸生、おまえな、もうちょっとでいいから丁寧な口調を使えない? 気取って喋るのも得意なくせに」
「幸生、おまえな、のどこが丁寧でいらっしゃるんですの、章さん?」
「丁寧になれとは言ったけど、女言葉で喋れとは言ってなーい」
「このほうがいいんだろ? 俺は相手によって言葉遣いを変えるの。先輩たちにこんな口のききようしたら殴られるじゃん。ばっしーん、ずびゅーん」
「ずびゅーんってなに?」
「本橋さんにビンタ喰らって、俺が吹っ飛んだ音。俺ってか細くてか弱くて、華奢なプリンセスだし。章、そんなことないよ、って言わないの?」
「プリンセス以外は当たってる」
「さようでございますか。そんな俺をね、リーダーもシゲさんも乾さんも、暴力で蹂躙するんだよ。知ってるだろ、章」
「リスナーのみなさまが本気にする。やめろ」
「真実だもーん」
 やはり木村さんでは、本橋さんのようには三沢さんを止められないらしい。FSはFSの仲間をラジオで常に話題にしているのだが、三沢さんに聞いたところによると、ファンの方々にはそれが好評だからだ、であるらしい。
「乾さんはたまぁにだし、シゲさんはめったにやらないじゃないか」
「たまぁでもめったにでも、やってんじゃん。じゃあ、なんだな、章? 本橋さんはたまでもめったにでもないと認めるんだな」
「ぽかっ、だったらね」
「ぽかっじゃない。びたーん、ずばばーん、だ」
「お聴きになっていらっしゃるみなさま、嘘ですよ。幸生、そのへんでやめろ。リーダーが聴いてたらどうすんだよ」
「きゃあん、怖いわん、ユキちゃん」
「アホ」
 滅茶苦茶言ってるなぁ、だけど、テンポがよくて息ぴったりで引き込まれていく。僕はひとりで笑っていた。
「嘘ではないんですけど、相当に大げさに言ってみました。リーダー、聴いてませんよね?」
「あっちでディレクターが紙切れ振ってるぞ。本橋さんがもうじき来るってさ」
「大変だ大変だっ。敵機来襲!! 章、ただちに逃亡だー、ダーッシュ」
「俺は逃げなくていいもん。嘘です、嘘です、信じないで下さい、さっきからそう言ってるもんな」
「くそぉ、おまえばっかいい子になりやがって……」
「本橋さんが来たらどうするか、対策を練ろう。その間に曲、行きまーす」
「はい、フォレストシンガーズ、「On the way dream」です。お聴き下さいませませ」
「古っ」
「ませませ? 古くないぞ」
「黙れ、曲がはじまる」
「はーい、章ちゃん」
 毒気と乾さんが言っていたが、実際三沢さんのお喋りには猛毒がありそうだ。言葉の中身ではなく、そのスピードのマシンガン乱射モードにか。聴いていると疲れるけど、僕が相手をしてるんじゃなかったら楽しい。
 本家本元フォレストシンガーズの、「On the way dream」がラジオから流れてきた。きらきらっと三沢さんと木村さんの声が、あの日のままに僕の耳元で重なって聞こえる。本橋さんの、本庄さんの低い声も届いてくる。ひときわ高らかに響く声は乾さん。これじゃあGNMSなんて、ひよこどころか無性卵だよ。

「Did all things that had been
 dreamt on the way of the road become it?
 We will keep walking
 from tomorrow on this road
 though there are many dreams of not suitable」

 だけど、きみたちはがんばっていつかプロになるんだよね。きみたちも今、この歌を聴いてる? ゲイだなんて関係なく、がんばるんだよね。そうそう、乾さんが言ってたよ。
「あれはいずれプロになって、俺たちの同業者になるのか。うちの事務所に入ってくる可能性もあるよな。そうなったら……いやいや、考えすぎか。おまえらは男が好きなんだったら、さっさと同じ趣味の男を見つけてくっついちまえ、ってのがいちばんなんだけど、いないのかね」
 きみたちに恋人がいたら、乾さんも安心するんだろうから、デビューするまでに誰かとくっついておいてくれないかな。本当はゲイなのはシュウだけだと僕は知っているけれど、まだフォレストシンガーズのお兄さんたちには内緒にしてある。ひとりでも三人でも、ゲイはゲイなのだから。
 僕は歌を聴きながら目を閉じた。五つの声が星屑のように僕のまぶたの裏できらめく。僕もあなたたちには負けないからね。歌でだけは負けないからね。ね、モモちゃん、そうだよね。

E N D
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