novel

小説96(初戀)

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恋
フォレストシンガーズストーリィ・96

「初戀」


1 多香子

 小説やドラマなんかにはたまに出てくるけど、自分の身にそんなことが起きるなんて想像もしていなかった。父は私が幼いころに死んだと聞かされていて、なんの疑いも持たなかった。なのに今になって、私も高校生になる今になったから、なんだろうか。母が突然言い出したのだった。
「多香子ちゃん、あんたには実はお父さんがいるの」
「……そりゃいるでしょ。ん? いる、じゃなくて、いた、じゃないの?」
「いるの」
「生きてるってこと? お父さんは死んだんじゃなくて、お母さんと離婚したの?」
「離婚はしてない」
「どういう意味?」
 中学の卒業式を終えて高校の入学式を待つばかりの、春まだ浅い日だった。母は私に話した。
「お父さんには別に家庭があるのよ。私がお父さんと知り合ったころから、お父さんは別の女のひとと結婚してたの。だけど、私はお父さんを愛してた。お父さんも私を愛してくれた。あんたができて私は嬉しくてね、結ばれぬさだめではあるけど、絶対に産もうと決めたの」
「ひとりでなにうっとりしてんのよ。不倫じゃないの」
「まあねぇ。でも、そんじょそこらの不倫とはちがうの。あんたのお父さんと私の恋は特別だったのよ」
「……どこの誰? お父さんはどこでなにをしてるの?」
「言えない」
 言い渋る母を難詰して一部は聞き出した。どうやら父はここ金沢では多少は有名な男性らしく、その名は口にできないと母は言い張る。そのかわりのように教えてくれた。
「あんたにはお兄さんもいるのよ。あんたみたいな若い子は知ってるかしらね」
「お兄さんも有名なひとなの?」
「わりに有名なんじゃないかしらね。私も最近知ったんだけど、歌手になってるのよ」
「歌手?」
「フォレストシンガーズって知ってる? 三十歳前後なのかしら。そういう年頃の男のひとが五人で歌ってるグループなの。そこの一員で……」
「聞いたことはある。誰、その中の誰?」
「これ以上は言えません」
 どうせ言うんだったらすべてを言ってしまったらいいじゃないか、と私は苛々したのだが、そんならいい。調べる手立てはある。中学卒業祝いに買ってもらったパソコンを起動して、フォレストシンガーズのオフィシャルサイトにアクセスした。五人のメンバーの簡単なプロフィルが記載されている。
 リーダー、本橋真次郎、東京出身、三十二歳、既婚。
 本庄繁之、三重県出身、三十一歳、既婚。
 三沢幸生、神奈川県出身、三十歳、独身。
 木村章、北海道出身、三十歳、独身。
 サブリーダー(とは名乗っていないが、そんな存在)、乾隆也、石川県出身、三十二歳、独身。
「たぶんこの……」
 三十前後と母は言ったが、全員三十歳以上だ。十五歳の私から見ればしっかりおじさん。でも、そんなことは関係ない。石川県出身乾隆也。彼だ、きっと。
 フォレストシンガーズのファンだなんて子は友達にもいないし、私もまるで興味はなかった。そんなヴォーカルグループがいたっけ、程度の知識はあったけれど、洋楽志向の私は、日本の歌なんてへーんだ、と考えていた。だから彼らの顔も知らなかった。テレビでも歌番組なんてものはまったく見ないし、そもそも私はテレビ嫌いだ。
 サイトには全員の小さな写真があった。この木村章ってひとはけっこうイケメン……私は流行語も嫌いだけど、イケメンじゃなかったらハンサム? それってあまりにもダサイ言いよう? まあなんでもいいんだけど、この中では木村章がとりあえずいちばん顔はいい。あとはみんなどうでもいい顔。
 お母さんってぬけてるよね。お父さんの名前は言えないと言い張ったくせに、お兄さんについては重大な情報をもらして、インターネットってものがあるのを知らないの? 今どきはネットでたいていのことは調べられるんだよ。乾隆也が私の兄であり、彼が本名を使っているのならば、父の名もそれでわかる。
 もしも乾隆也の名が芸名だとしても、本名を調べる手段はあるはずだ。私はインターネットを調べまくり、フォレストシンガーズの情報を集めた。
 この手のグループには若いファンは少ないようだけど、いないわけでもない。若い女の子らしいファンが変な趣味のサイトをつくっていたり、ミーハーそのもののサイトもあったりしたが、その中にひとつ、乾隆也のインタビュー記事を発見した。
「みなさん、なかなか素敵なお名前ですね。本名なんですか」
「素敵ですかね。章なんかは凡庸すぎてつまらない名前だと嘆いてますよ。ええ、本名です。全員本名です。僕らがファンのみなさまにお話ししていることがらには、嘘いつわりはただの一点もありません」
 ふむ、決まり。
 乾という名の金沢の有名人? 思い当たらない。お父さんはあとにして、今しかできないことを先にしよう。春休みだからこそできること。お兄さんに会いにいこう。東京へ行こう。
「友達に旅行に誘われたんだ。東京へ遊びにいってきていい?」
 家出をする勇気はなかったので、母には嘘半分のお願いをした。私が兄について調べ上げたとは知らない母は、なにも疑っていない様子で言った。
「卒業旅行なんでしょう? いいけど、気をつけてね。東京には悪いひとがいっぱいいるのよ。夜遊びなんかしちゃ駄目よ」
「しないしない。行っていいんだね。お小遣いちょうだい」
「いいわよ。楽しんでらっしゃい」
 強いて無邪気にふるまって、お母さん、大好き、とほっぺにキスしてあげて、私は東京へと向かったのだった。
 東京へは小学校の修学旅行やら、中学時代の友達とやら、母に連れられてやらで何度か遊びにきた。インターネットを強い味方にして、東京情報も仕入れてきた。が、フォレストシンガーズはどこにいる? ぬけているのは母の遺伝か。肝心のところを押さえていない、というか、どうすればそこまで調べられるのかわからない。
「……岩雄兄ちゃん……うーん、ダメモトでかけてみようか」
 高校生になるんだから、とねだって母に買ってもらった携帯電話を取り出し、私は東京在住の親戚の兄ちゃんを呼び出した。
「ご無沙汰してまーす」
「多香子ちゃん? 久し振りねぇ」
 お久し振りの挨拶のあとで、私は自然っぽく切り出した。
「岩雄さんって美容師でしょ? 芸能人も来る高級サロンにつとめてるんでしょ? せっかく東京に遊びにきたんだから、芸能人に会いたいなぁ。誰か知り合いっていない?」
 遠縁に当たる鬼塚岩雄。長らく会ってはいないのだが、ケータイとパソコンを手に入れてからたまにメールのやりとりはしていた。突然思い出して電話をかけた、というほうがわざとらしくないだろうから、東京行きについては事前に連絡しなかった。
「知り合いはいなくもないんだけど、どんなひとに会いたいの?」
「私、このごろ大ファンになったグループがあるの。フォレストシンガーズっていうんだけどね」
「それなら知ってるひとがいるわよ」
「ほんと? 誰?」
「三沢幸生さん」
 なーんだ、と言いそうになったのだが、側面から切り崩す手もある。
「会いたいなんてあつかましいけど、ちらっとでも見たいなぁ」
「大ファンだっていうんだったら、サインぐらいしてくれるんじゃないかしら。三沢さんってとっても気さくなひとだし、私は昔から親しくしてもらってるの。ずっと彼の髪を担当してるのよ。十年近くになるかしらね」
「ほんと? やったねっ」
「……多香子ちゃん、訊かないの?」
 なにを? と訊き返すまでもない。岩雄さんってこんな喋り方だっけ? おねえ言葉ってやつじゃないの。
「会ったら話そうね。多香子ちゃんはひとりで来てるの? いつまでいられるの?」
「友達といっしょなんだけど、友達はお笑いファンで、最初は大阪に行きたいって言ってたの。東京にもお笑いのひとはいっぱいいるよ、って説得して連れてきたんだけど、やっぱりお笑いに走ってて、そっちに必死なんだよね。だから別行動」
「そう。十五歳の女の子が単独行動なんて危険だね。明日は私、休みだから、東京案内してあげる。三沢さんにも連絡しておいてあげるから、今日は健全な場所にだけ行って、早くホテルに帰って寝なさい。どこに泊まってるの?」
「明日は不健全な場所にも連れてってくれるの?」
「そんなことしたら、多香子ちゃんのママに叱られます」
 もしかしたらゲイになったんだろうか。言葉だけなんだろうか。東京のアーティストってゲイが多いらしいし。けど、岩雄さんがゲイだったとしたら、かえって私は安全かもしれない。いかつい名前にはまったく似つかわしくない、以前に会ったときの岩雄さんの優しくにこやかな顔と姿を思い出しつつ、私は電話を切った。
 そして翌日。
「訊きたいんでしょ? 私の喋り方。私はゲイじゃないのよ。ただね、美容師って女性のお客さまが多いじゃない? ソフトに喋ろうとつとめてるうちにこうなっちゃって、今やすっかり地になっちゃったのよ。女同士で喋ってるみたいで楽しいわ、ってお客さまも言って下さるし、男のくせに、って眉をひそめるようなお客さまには、男らしく喋るようにしてるし」
「岩雄さんの男らしいのってどんなの?」
「こう」
 ぐっと声を低めて、岩雄さんは言った。
「いらっしゃいませ、本日はどのようにいたしましょうか」
「あんまり変わらない」
「丁寧語だとあんまり変わらないね。あ、三沢さんがいらした」
 待ち合わせたホテル近くのカフェに、三沢さんらしきひとがやってきた。うまい具合に彼も今日は休日なのだそうで、私たちにつきあってくれるという。
「芸能人なのに、街を歩いたりしてていいのかな。変装してないよね」
「今日は眼鏡かけてるけど、変装ってほどじゃないね。五人グループって案外、ひとりだけだと目立たないらしいわよ。三沢さんって性格はあれだけど、見た目はそんなに派手でもないし、大丈夫みたい」
「性格があれってなに?」
 スリムで身長も低めの、三十歳にはとても見えない三沢さんが、眼鏡の奥から岩雄さんをじろっと見、私には微笑みかけた。
「多香子ちゃんって呼んでいい? はじめまして、三沢幸生です」
「はじめまして、上杉多香子です」
「いい名前だね。岩雄ちゃんの親戚だって?」
「遠縁なんだけどね」
「父の母のいとこのまたいとこの、妹の亭主の弟のとなりの家の孫の娘、だったりとか?」
「それじゃ赤の他人でしょ」
「そっか」
 フォレストシンガーズの歌は真面目に聴いたことがないので知らなかったのだが、三沢さんの声は相当に高い。岩雄さんも高めの優しい声をしているので、三十歳の男性ふたりの会話とは思えない。
「俺たちの大ファンなんだってね。いやぁ、嬉しい限りでございますよ。誰のファン? 多香子ちゃんは十五歳なんだよね。すると章かな。若い子には章がいちばん人気あるんだよ。アホのほうが親しみやすいんだろうね。アホな子ほど可愛いっていうから、俺も章は可愛いんだけど、あいつときたら機関銃みたいに喋りまくるからついていけないの。FMでやってるラジオ番組は聴いてくれてる? 金沢までは流れてないか。金沢の子だったよね、多香子ちゃんは。そしたら同郷の乾さんのファンとか? 乾さんじゃないよねぇ。十五歳から見たら三十二なんてオヤジそのものじゃん。三十でもいっしょ? んなことないよ。俺は精神年齢は十六歳だし……って、岩雄ちゃん、止めてよ」
「止めてほしかったの?」
「誰かが止めてくれないと止まらない」
 機関銃は三沢さんじゃないか、と考えただけで、途切れ目のない早口のお喋りに聞き惚れるというよりも、その口の動きに見とれていた私は、思わず笑い出した。
「笑われた。けど、俺は笑われてなんぼの男なんだよな。多香子ちゃんは俺のファンだって言ってくれないのかなぁ」
「多香子ちゃん、FSの特定のどなたかのファンなの?」
「みんな大好きですけど……乾さんって金沢出身なんですか」
 石川出身とはいっても、金沢とは限らない。今の三沢さんのお喋りから聞き取れた金沢について問いただすと、三沢さんは答えた。
「そうだよ。やっぱり乾さんなわけ? サインも乾さんのがいいの? よっしゃ。俺のこの髪型を長年やってくれてる岩雄ちゃんの、可愛い親戚の女の子なんだもんな。多香子ちゃんの可愛らしさにも負けちゃったし、特別サービスしましょう。乾さんはレコーディング中なんだよ。行きたい?」
 展開の速さにむしろ戸惑ったのだが、行きたくないわけがない。どうしよ、会ったらどうしたらいいんだろ、と考えながらも、私と岩雄さんは三沢さんについていった。


 あのひとが私の……お兄さん? 写真ではよくわからなかった全貌があきらかになって、私は呆然と立ちすくんでいた。そんなに感激? と三沢さんと岩雄さんは誤解して笑っている。
 顔立ちは私に似ているのだろうか。お父さんに似ているんだろうか。私は十五歳女子としては標準型だけど、乾隆也は背が高い。細身の引き締まった体格をしていて、長めの髪をうなじでゆるく束ねている。黒のシャツとシルバーグレイのパンツを身につけて、真剣な表情でスタッフらしき女性と話している姿がガラスごしに見えていた。
「乾さんの生歌を聴かせてあげようね。俺のファンだって言ってもくれないのに、俺って可愛い女の子には弱いんだよな。十五歳の子に弱いなんて言ったらロリコンかな、岩雄ちゃん?」
「そういう意味じゃないのはわかってます。私だって多香子ちゃんほど可愛い子には弱いわよ」
「その言葉で言われると、変な感じだなぁ」
 ソロアルバムのレコーディング中なのだそうで、乾隆也……なんて呼べばいいんだろ? 兄? 兄であるとは百パーセント確信したわけでもないので、乾隆也と呼んでおこう。その乾隆也は、天井からぶら下がっていると私には見えるマイクに近づいた。三沢さんがなにをどうしたのか、スピーカから彼の声が流れてくる。
「えー、えー、ただいまマイクのテスト中。こらぁ、幸生、なにしに来たんだ? 返事しなくていいぞ。おまえの声はこっちには聞こえない。聞こえなくて幸いだよな。歌う前におまえの喋りを聞いたら勘が狂うよ。お連れさんがいるらしいけど、あんまり迷惑かけるんじゃないぞ」
 返事しなくていいと言われたのに、三沢さんは返事をした。
「無駄なこと言ってないで、早く歌えっての。多香子ちゃんは乾さんのお喋りが聴きたいんじゃないよね? 聴きたい? ファンとはそういうものか。俺だって大好きな女性シンガーの生のお喋りは聞きたいもんな。そっかそっか、なるほど。乾さーん、もっと生の美声を聞かせてー」
 聞こえていないのは事実らしく、乾隆也は返事をせずに歌い出した。

「Wake up maggie
I think I got something to stay to you
Its late september」

 綺麗な声……話しているときの声とはちがう。三沢さんと私はほぼ同時に言った。
「マギー・メイ」
 FSの歌じゃないよね、誰の歌? と岩雄さんが訊き、ロッド・スチュワート、と私が答えると、三沢さんは言った。
「多香子ちゃん、若いのによく知ってるね。通じゃん」
「洋楽も大好きですから。三沢さん、すみませんけどちょっと黙ってもらえます? 歌を聴きたいんです」
「はい、わっかりました」
 気を悪くしたようでもなく、三沢さんは口を閉ざし、私は兄であるかもしれないひとの歌を聴いた。

「The morning sun when its in your face
Realy shows your age
But thats dont worry me none」

 不覚にも本当にファンになってしまいそう。こんなにも上手なの? こんなにもこんなにも……もどかしい。上手だとか綺麗な声だとか、ありきたりの感想しか思い浮かべられない、十五歳の幼稚な語彙がもどかしい。
 あなたは誰に似たの? お父さんの顔は私は知らないし、どんなひとなのかも知らない。あなたのお母さんについてはもっと知らない。あなたと結びつけられるのは私だけ。私は歌なんか上手じゃないし、普通の声しかしていない。神さまがあなたにそこまでの歌の才能を授けたの? こんなにもこんなにも……の歌をうたうあなたが私の兄だなんて、なにかのまちがいじゃないんだろうか。
「どうだった、幸生? 一発OK出なかったぞ。今からそっちに行くよ。待ってろ」
 あれで一発OKじゃないの? いったいどういう世界? 私がいぶかしんでいると、三沢さんが言った。
「もう喋っていいかなぁ、多香子ちゃん?」
「あ、すみません、どうぞ」
「感想は乾さんに言ってあげてね。うん、今のはちょびっと低音部がふらついてたね。乾さんの声は高いパートでは華麗なまでに伸びていくんだけど、低くなるとほんのちょっとかすれて、そこがまたセクシーだと女性ファンが陶然となるわけね。そりゃ当然でしょってなもんで」
「シャレよ、多香子ちゃん、わかった?」
「岩雄ちゃん、シャレの説明すんな」
「わかりましたけど、それがなにか?」
「はい、失礼しました。んでね、だけど今のは、その乾さんの持ち味が十分には発揮されてなかったってわけ。プロは常に最高を目指す」
「目指しても無理なひともいますよね」
「多香子ちゃん、鋭いね。そういうのもいるけど、そんなのは本物のプロじゃないんだよ」
「そうなんですか」
 胸がとどろいていた。もうじき乾隆也と身近に対面する。私の……兄と? うつむいてしまった私の耳に、乾隆也の声が聞こえた。
「なにしに来たんだよ、おまえは。おまえが来てるって聞いて調子が狂ったじゃないか」
「乾さん、俺のせいにしてはいけませんよぉ。体調不良ですか」
「でもない。ミスタッチだ」
「そりゃあ乾さんだって人間なんだから、妖怪でも怪獣でも宇宙人でも魔法使いでも源氏物語でもないんだから。ミスだってたまには……乾さんってば」
「やぁ、鬼塚さん、久しぶりですね。そちらのお嬢さんはあなたの? 妹さん?」
 妹、という単語に心臓の鼓動が激しさを増す。乾隆也は三沢さんを無視して私を見ていた。私は顔を上げられない。
「妹じゃなくて遠縁の女の子なんですけどね、金沢から遊びにきてるんです。フォレストシンガーズの、中でも乾さんの大ファンなんだそうでして、三沢さんにこちらに連れてきていただきました。お邪魔したようでしたらすみません」
「幸生も邪魔になるんだったら連れてなんかきませんよ。お嬢さん、どうしたの?」
「恥ずかしくて正視できないの? 多香子ちゃんも意外に純情なんだね」
「多香子さんか。俺は隆也だし、似た名前だね。金沢のひとなんだ。俺もだよ。知ってる、のかな」
 隆也の妹だから多香子? そんなつもりでつけた名前なんだろうか。三沢さんが軽い調子で言った。
「多香子ちゃんってさ、俺にはわりかしきついことも言ってくれたのに、乾さんだとそんな態度になるんだね。こりゃ本物のぞっこんファンだ。乾さん、もてますね。憎らしいわぁ」
「おまえの喋りを聞いてると、誰でもきついことが言いたくなるんだよ。どうせまた馬鹿話三昧やってたんだろ」
「ごくごくシリアスな話しかしてません。ね、岩雄ちゃん?」
「そうでしたっけ」
 顔を上げてまっすぐに見つめたい。だけど、できない。ファンが憧れのシンガーの前で恥じらっている、三人ともそんなふうに誤解しているらしいけど、好都合なのかもしれない。あなたは私のお兄さんなんですか? なんて質問ができるわけがないじゃないか。彼は知ってるの? お父さんに愛人がいて、その女に娘がいると知ってるの? 妹がいると知ってるの? 訊いてみたくてたまらなかったけれど、私は声を出すことすらできなかった。


2 幸生

 掛け値なしの美少女とまでは言えないにしろ、多香子ちゃんは印象的な女の子だ。冴え冴えとした真っ黒な瞳が人を真っ向から見据える。強い意志を持つあかしだろうか。レコーディングスタジオの喫茶室で向き合った乾さんを、多香子ちゃんは言葉少なに、じっと見つめてばかりいた。
 まなざしが雄弁になにかを語ろうとしているようにも見えるのだが、俺には多香子ちゃんの瞳の言葉が読み取れない。鬼塚さんは居心地悪げにもじもじしていて、乾さんは不可解そうな表情でいる。注文したミルクティが運ばれてきても、多香子ちゃんはカップに手も触れずに乾さんを見つめていた。
「……吸ってもよろしいですか」
 煙草を取り出したということは、乾さんも居心地がよくないのだろう。多香子ちゃんは無言でこっくりし、煙草に火をつける乾さんをしばらく見てから、ようやく口を開いた。
「質問してもいいですか」
「いいですよ」
「乾さんのお父さんは、金沢では有名な方なんですか」
「有名? それほどじゃないでしょう。和菓子屋の親父です」
「和菓子屋さん?」
「翠月堂っていう老舗ではあるんだけど、親父よりむしろおふくろの名が通ってるんじゃないかな。翠月堂のご主人、ああ、とわ子さんの旦那ね、って感じだと思うよ」
「お母さんはどんなふうに有名なんですか」
「華道家ですよ。多香子ちゃん、俺も質問していい?」
 ためらいがちにうなずいた多香子ちゃんに、乾さんは尋ねた。
「きみはどうして、俺の両親に関心があるの? 若いファンの方に、乾さんのお父さんは、お母さんは、なんて質問をされた経験はほとんどないんだけどね」
「なんとなく……」
「なんとなく……か。親の話をしてても楽しくもないでしょ? 多香子ちゃん自身の話をしてくれないかな」
「私の話なんかなんにもありません」
 切り口上で言い、多香子ちゃんは漂う煙を払った。乾さんは煙草をもみ消し、俺も居心地悪いから一本もらおうかな、と考えていたのを実行に移せなくなった。
「じゃあ、なにか楽しい話をしましょう。俺自身について質問して」
「……ご兄弟はいらっしゃいます?」
「ひとりっ子だよ」
「えと……あの……妹が……妹がほしいなぁ、とか、妹がいたらどうかなぁ、とか……妹なんかいらない、とか……あの、妹が……」
「妹ね。多香子ちゃんみたいな妹がいたらいいだろうね」
 なんなの、この雰囲気は? と俺は、鬼塚さんに目で尋ねた。なにがなんだかさっぱりわかんないわよ、と鬼塚さんの目が答え、多香子ちゃんは言った。
「岩雄さんも三沢さんも、ちょっと席をはずしてもらえます? ……あ、駄目。そんなの駄目。岩雄さんはともかく、三沢さんにそんなこと……ごめんなさい。だってね、だって、私……こんなこと、言うつもりはなかったのに……だけど……だけど……乾さんが……乾さんが私のお兄さん……あ、駄目だったらっ!!」
 なにがなんだかさっぱりわからない、には俺も同感だ。乾さんの熱烈ファンの十五歳少女が、こんなお兄さんがいたらなぁ、と考えるのはわからなくもないのだが、にしては、多香子ちゃんはしどろもどろしている。なにやら思い詰めている。俺としてはめったにないほど長時間無言でいたのだが、乾さんに言ってみた。
「はずしましょうか。岩雄ちゃん、俺たち、どっか行く?」
「そう言われましても……私、今は多香子ちゃんの保護者だし……いえ、乾さんがそんな……そういう意味ではなくて……困ったなぁ、多香子ちゃん、どうしたのよ?」
「込み入った事情がありそうだね。鬼塚さん、悪いけど……幸生」
 鬼塚さんをどこかへ連れていけ、と乾さんは言いたいらしい。俺が立ち上がると、鬼塚さんも立ち上がった。が、彼もまたしどろもどろになって逡巡している。多香子ちゃんは顔を両手で覆い、嗚咽まじりに言った。
「私は……私は……乾さんの……母親違いの妹なんです」
「……多香子ちゃん、ちょっと、なにを言い出すの? 言うに事欠いて……気を静めて。深呼吸して。自分でなにを言ってるかわかってる? なんなの、それ? ええ? お母さんがそう言ったの?」
 むろん鬼塚さんは、俺には知る由もない多香子ちゃんの家庭の事情を知っているのだろう。彼は多香子ちゃんの親戚なのだから、多香子ちゃんのお母さんについても知っているはずだ。鬼塚さんはすわり直し、俺も立ち去るわけにもいかなくなってしまった。鬼塚さんが多香子ちゃんを詰問しようとするのを押しとどめて、乾さんが質問した。
「多香子ちゃんのお母さんがおっしゃったわけ? 乾隆也はあなたの兄さんだって。つまり、多香子ちゃんのお父さんは俺の親父? つまりはそういうことだね」
 こくっ、こくっと、多香子ちゃんは両手で顔を覆ったままでうなずき、乾さんが唸った。
「……あの野郎……」
 あの野郎って、話の流れからすると乾さんの父上を示しているのであろう。乾さんとて仲間うちでは荒い言葉も時には口にするのだが、感情の波立ちは穏やかなほうだと思っていた。が、今は目の中でぎらぎらと憤りが燃えている。怖い。
「あいつは澄ました面をして……裏切り者だったのか……あれは仮面だったのか。くそ、許せない……あ、いや、多香子ちゃん、ごめん。親父のことなんかどうでも……よくはないんだね。まちがいないのか、って、きみのお母さんが嘘をつくはずもないよね。そうだったのか。しかし、俺としても寝耳に水で……どうしたらいいんだろ。多香子ちゃん……」
 そりゃあまあ、こんな状況に陥ったら、さすがの乾さんもなにをどう言えばいいのか、どうすればいいのかわからなくなるにちがいない。多香子ちゃんはさめざめと泣いているし、俺の口もなめらかに動かせるわけもなくて、ただただ途方に暮れて多香子ちゃんと乾さんを見比べていた。
「……あのぉ、よろしいでしょうか」
 おずおずと、鬼塚さんが声を出した。
「……あのね、多香子ちゃん、私は知ってる。この際だから言うけど、多香子ちゃんのお父さんを私はおよそは知ってるの」
 肩がぴくんとしたが、多香子ちゃんは手を顔から離さず、乾さんが言った。
「俺の父ではないと?」
「私が聞いた限りではそうではありません。多香子ちゃんが生まれたころは、私はまだ中学生でした。丸刈り頭のスポーツ少年で……って、そんなのどうでもいいんですよね。私は金沢の出身じゃなくて、岩手県の中学生でした」
 岩手県の丸刈り中学生が、十五年後にこの鬼塚岩雄に成長した。つい想像して笑いたくなったのだが、笑っている場合ではないので、鬼塚さんの話に耳をかたむけた。
「私の母と多香子ちゃんのお母さん、かおりさんとは仲が良かったんです。そう近い親戚ではないけど、子供のころには近くに住んでいて、いろいろと話をしていたそうです。もちろん私の母のほうが年上で、そのころはかおりさんも岩手にいたから、相談に乗ったりもしていたんでしょう。そのうちにはかおりさんのお父さんの仕事の都合で金沢に引っ越してしまって、それでも仲良しだったみたいです。だから、かおりさんが大きなおなかで私の母を訪ねてきたんです」
 あら、まあ、かおりちゃん、いつの間に結婚したの? と、彼女が妊娠していると知った鬼塚母は驚いた。込み入った事情はかおりさんにこそあって、ふたりは家の中に引っ込んで話し合いをはじめた。丸刈り中学生の岩雄少年は会話に参加させてもらえなかったのだが、あとから鬼塚母が鬼塚父に話しているのを聞いたのだと言う。
「かおりちゃんは未婚の母になるって言うのよ。決意は固いみたいだし、相手は結婚できない男性らしいし……もうあんなおなかになってるんだし、産む以外の道はなさそう」
 相手はどこの男だ、と不機嫌な父の声も聞こえた。
「音楽をやってる男のひとなんだって」
「結婚してるのか」
「そのようね。なんでもわりあい有名な音楽家で、かおりちゃんはそのひとに心底恋をしたらしいのよ。だけど、彼は家庭をこわしたくないと言う。よくある話なんだけど、若い娘は一途になってしまうから……」
 そのような話を、私はたしかに聞いた、と鬼塚さんは言った。
「乾さんのお父さまは、音楽家ではいらっしゃらないでしょう?」
「ちがいます。音楽とは無縁ですね」
「だったらちがうじゃないの。かおりさんもなんだってそんな……」
「岩雄さんは私の母さんを嘘つきだって言うの?」
 涙に濡れた顔を上げて、多香子ちゃんは鬼塚さんを睨み据えた。
「そのときの話のほうが嘘かもしれないじゃないの。娘の私に話したほうが本当なんだよ」
「……ああ、そんなふうに言われると混乱してきちゃう。乾さんはどう思われますか?」
「俺も混乱しっぱなしですよ。あの親父が……あり得ないとも思う。しかし、あいつも男なんだし、祖母と母にかなり頭を押さえつけられていたから……なくもないかな、と。息子の俺が信じてやらなくてどうする? いいや、信じ切れない。できるものなら多香子ちゃんのお母さんとうちの親父をこの場に呼び出して、どっちが真実なのかを問い詰めたい。現実問題としてはそうはいかないでしょう」
「私が悪いんですね」
「多香子ちゃんは悪くないよ。きみは大人の犠牲に……どうすりゃいいんだ、幸生、おまえらしくもなく黙りこくってないでいい案を出せ」
「……ひええ、無理でーす」
 だろうな、と乾さんはぼそっと言い、煙草を取り出した。
「悪いけど吸わせてもらう。煙草でも吸わないと考えがまとまらないよ。すこし待って。考えるから」
 重い重い沈黙が降りた。煙草の煙だけが漂って時間の経過を教え、乾さんの吸う煙草が三本ばかり灰になったころ、乾さんが言った。
「単刀直入に訊きましょう。鬼塚さん、お手数ですがかおりさんに電話をして、多香子ちゃんに話したことがらに嘘偽りはないのかと問い質して下さい。俺は親父にぶつかります。不意打ちでずばっとやるんですよ。考える隙も与えずに切り込む」
「なんと言えばいいんですか」
「そうだな。多香子ちゃんが会いにきて、お父さんについて話してほしいと言った。鬼塚さんの記憶にある事実と、多香子ちゃんがかおりさんから聞いたということの顛末に食い違いが生じている。どちらが真相ですか、あたりですかね。俺は俺でやりますから、鬼塚さんも臨機応変に対処して下さい」
「……できるかしら」
「泣きそうな顔をしてる場合じゃない。多香子ちゃんのためですよ」
「は、はい」
「俺の気持ちのためでもあるのに、命令口調はよくありませんね。お願いします」
「は、はい、承知しました」
 それぞれに携帯電話を握り締めて、乾さんと鬼塚さんは立っていき、多香子ちゃんと俺がその場に残された。多香子ちゃんは呆然とした表情でいて、俺にも言葉もなく、またしても時間だけがすぎていく。多香子ちゃんがふと言った。
「……私、お母さんを信じたい。乾さんがお兄さんだったらどんなにか……」
「今日の乾さんはいつもとはちょっとちがってるよ。気持ちが右往左往してる。でも、最終的にはああなんだよね。俺だったら考えもまとまらないだろうに」
「私ね……私……言ってもしようがないのにね」
「なに? 内緒話? 言って」
 言葉にはしてくれなかったけれど、今度は多香子ちゃんのまなざしの意味が読めた気がした。
「そんなら、兄ちゃんじゃないほうがいいでしょ」
「三沢さん……三沢さんって……女の子みたいって言われたことはあります?」
「ありますよ。女みたいに変に察しがいいって? そうなんだよね。俺は変なところだけ勘が鋭い。乾さんとは鋭さの方面が別々であるらしい。乾さんも時々、おまえは女みたいだって言われてるよ」
「誰に?」
「乾さんをおまえと呼べるのは、うちではリーダーただひとり」
「本橋さん? 乾さんは女みたいなんかじゃありません」
「そう?」
 うつむいて、多香子ちゃんはぽつんと言った。
「乾さんがお兄さんじゃなかったら……私の倍以上の年の……私には絶対に手の届かない……そんなひとなんだから」
「初恋?」
「そういうんじゃありません」
 十五歳だったら初恋は経験ずみかもしれない。そんな事情があればこその勘違いも含まれているようにも思える。けれど、多香子ちゃんが乾さんに向ける目の一端は感じ取れた。ファンの憧憬ではなく、兄かもしれない男へのまなざし。それでいて、ほのかな恋心? 俺の心にもしみてくる、幼い少女のけなげな恋心。
 今どきの十五歳少女は必ずしも幼くもないだろうけど、いじらしくも切ない心が伝わってくる。微笑ましいなんて言えない。多香子ちゃんが乾さんに向ける心には、女がまぎれもなくいる。少女も女ではあるのだから。
 長い長い時間がすぎても、乾さんも鬼塚さんも戻ってこなかった。あるいはふたりで、電話を切ってからなにか話しているのかもしれない。エアポケットのように喫茶室に人影がないのを好都合に、俺は小声で歌った。

「まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思ひけり

 やさしく白き手をのべて
 林檎をわれにあたえしは
 薄紅の秋の実に
 人こひ初めしはじめなり

 わがこゝろなきためいきの
 その髪の毛にかゝるとき
 たのしき恋の盃を
 君が情けに酌みしかな

 林檎畠の樹の下に
 おのづからなる細道は
 誰が踏みそめしかたみとぞ
 問ひたまふこそこいしけれ」

 沈黙は苦しいのでほぼすべてを歌うと、多香子ちゃんが言った。
「島崎藤村? メロディがついてるんですね」
「昔、この詩は歌にされたんだよ。俺も生まれたか生まれてないかってころだね。多香子ちゃんが知るわけないか」
「三沢さんの声も綺麗……声も女の子みたいですね」
「顔も女の子みたいに綺麗?」
「さあ、それはちょっと……」
「ちょっと、なに?」
 やっと笑ってくれたけど、鬼塚さんと乾さんが戻ってきたらどうなるんだろう。十五歳の女の子なんてのは、無邪気に笑ってるのがなによりもふさわしいはずなのに。


 どんなふうに乾さんが父上を難詰したのかは知らないが、父上は誓ったのだそうだ。私は断じてそんなことはしていない!! と。乾さんは多香子ちゃんとふたりして席を替え、鬼塚さんが話してくれた。
「ここに戻ってくる前に、乾さんと話しました。お父さまの声音や口調からして、嘘はついてない、俺は信じる、って乾さんは言われてました」
「乾さんの耳はたしかだからね。勘もたしかだよ。かおりさんのほうは?」
「私はあまりうまくやれなかったんだけど、総合してみるとこうなんじゃないかしら」
 乾さんの父上の名が隆之介だとは、俺も知っている。隆之介さんとかおりさんは知り合いではあるらしい。未婚の母として女手ひとつで多香子ちゃんを育ててきたかおりさんに、隆之介さんはなにくれとなく手を貸してきた。多香子ちゃんの実の父親に一途な恋をして、結婚はできなくてもこの子を産むと決めたかおりさんだが、実の父親のほうは薄情な奴だったらしいのだ。
 いつしか恋は冷め果て、その男とも没交渉となり、ひとりで娘を育てるのに手を貸してくれた隆之介さんに、かおりさんは思慕を抱くようになったのではないか。だからこそ多香子ちゃんに、あなたのお父さんは乾隆之介氏だと告げたのではないか、と鬼塚さんは言った。
「精神的不倫みたいなのがあるのかしら。精神的なものは止められないし、乾さんのお父さんの気持ちは知らないけど、そうだったんじゃないかしらね。いずれにしても、かおりさんは認めました。乾隆之介さんは多香子ちゃんのお父さんではないそうです。まったく、かおりさんったら人騒がせだわ。すみません、三沢さんまで巻き込んでしまって」
「俺はうろたえてただけでなんにもしてないよ」
 でも、ごめんなさいね、と深々と頭を下げて、鬼塚さんは言った。
「今はもう多香子ちゃんの実の父親なんてのは、生物学的に多香子ちゃんの父だってことにすぎないのよ。かおりさんは隆之介氏に恋をしてるのかな。そこまでは私にもわからなかったけど、そうだとしたら危険?」
「かおりさんってどんな女性?」
「しばらく会ってないし、私は親戚のお姉さんだとしか思ってなかったから……わりあいおっとりしたひとよ。美人ってほどでもないわね」
「岩雄ちゃんは女性に恋はしないの?」
「します。私はゲイじゃありませんから」
「ありゃ? そう?」
「んまぁ、三沢さんまでそう思ってたの?」
 この話し言葉なのだから、ゲイなのかと漠然と考えていた俺の思慮が浅かったのであるらしい。鬼塚さんは俺には一切色目は使わないが、単に趣味ではないからなのだろうとも考えていた。
「ごめん。そうだと思い込んでた。ま、それは置いといて。隆之介さんとかおりさんの今後の関係ってのも、乾さんはきっと危惧を感じてるだろうけど、俺たちにはどうにもできないんだからむこうに置いといて……問題は……」
「他に問題があるの?」
「岩雄ちゃんは感じなかった?」
「なにかしら」
 言葉遣いは女っぽいけど、鬼塚さんは意外にも女みたいではないのであるようだ。きょとんとしている。
「そこんところは乾さんにまかせるしかない。なにもかもが俺たちにはどうしようもない。当事者同士で解決してもらいましょうか」
「そうよね。乾さんが多香子ちゃんのお兄さんじゃないのはまちがいなさそうだけど、多香子ちゃんを納得させてくれるのは乾さんしかいない。そういうの、乾さんは得意でしょ?」
「もちろん」
 鬼塚さんの意識はそこにしかないようだが、乾さんが多香子ちゃんの気持ちに気づかないわけはない。俺にだってほの見えた彼女の恋心を、乾さんはどう扱うのだろう。初恋はかなわぬものと決まっているけれど、多香子ちゃん、切ないね、と俺は、遠くに見える多香子ちゃんの背中にそっと語りかけた。

END


 
 
 

 
  
 
 

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