novel

小説90(ROCK AND ROLL)

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フォレストシンガーズストーリィ90

「ROCK AND ROLL」

1

 当たり前すぎて言うまでもないのだが、この三組のロックバンドのジョイントライヴとなれば前座は「レイラ」である。二番目の出演は「ダイモス」、トリは「グラブダブドリブ」、当然じゃーん、ってなもんだ。
 ゲストとして「defective boys」が出演するのだが、このバンドは格がちがうので、どういう扱いになるのかは俺には謎だった。
 レイラとダイモスは友人というか知人というか、変な縁があるというべきか、の仲である。グラブダブドリブとは面識がない、のではないが、遠慮はある。「defective boys」とも面識はあるが、大ベテランのおじさんたちは最後にしよう。
 さて、レイラとダイモス、どちらを先に訪ねようかと迷ったあげく、遠慮しなくていい奴のいるバンド「レイラ」の控え室に入っていった。
うちのメンバーに言わせると、レイラのギタリストであり、メインヴォーカリストでもあるレイは俺の弟子ということになっているのだが、レイに弟子入りを許した覚えはない。むこうも俺には遠慮会釈もないので、師弟関係などあるはずもない、と俺は認識していた。
「悔しい。憎たらしい。俺は嫉妬で焦げそうだーっ!!」
 控え室に入るなり叫ぶと、レイは俺をがばっと抱きしめた。
「なにすんだよ、離せ」
「……アキラ、今日はまた一段と声のトーンが高いね。うちのバンドとセッションやる? 僕はアキラといっしょに歌えるのは嬉しいよ。ゲストで出てよ」
「うるせえ、離せ」
「可愛い顔してガラが悪いのは変わらないね」
「……おまえに可愛いなんて言われたら、俺はおしまいなんだよっ!!」
「だって、可愛いじゃん、ねぇ?」
 四つも年下のくせしやがって、三十歳の男をつかまえて可愛いだと? 離さないとぶっ殺すぞ!! と怒鳴ってみても、レイはへらへらして仲間たちに同意を求めた。
 ドラムのテディ、キーボードのサム、ベースのガイ、ギターのレイ、純粋日本人なのに、レイラは全員が国籍不明みたいなステージネームを名乗っている。
「ダイモス」はギターのテツ、ドラムのジョー、ベースのハル、ヴォーカルのユーヤ、ここも愛称のみを名乗っている。ゲストの「defective boys」はリーダーでドラマーの一柳さんを筆頭に、八人のメンバーたちは姓のみを名乗っている。本名を出さないのはロックバンドの流行なのだろうか。
 まあ、俺がジギーをやっていたころだって、本名なんか名乗ってはいなかった。俺はアキラ、と本名ではあったが、カタカナ表記していた。
 グラブダブドリブは、リーダーでベーシストの沢崎司、ギターの中根悠介、ドラムのドルフ・バスター、キーボードのボビー・オーツ、ヴォーカルのジェイミー・パーソン、と本名を出しているので、別段流行ってわけでもないのだろう。
 他のバンドは日本人ばかりだが、グラブダブドリブのカタカナ名前の三人は、ドルフとボビーがアメリカ人、ジェイミーがイギリス人、中根悠介がフィリピンと日本のハーフなのだそうで、レイラのようにこけおどしではない。実力もレイラとは桁違いだ。
「離せと言ってんだろ。離せーっ!!」
 レイラの奴らも、うんうん、アキラは可愛い、などと同意するので腹が立って、俺はレイに抱きすくめられたまま、無茶苦茶にあばれようとした。が、レイは背が高い。やたらに力もあって、俺がもがいても意にも介さず言った。
「その声、ヴォーカルグループなんかやらせておくのがもったいないよ。アキラ、僕らもプロになったんだし、売れてもきてるよ。ダイモスやグラブダブドリブとジョイントやれるほどになったんだ。どう? うちのヴォーカリストにならない?」
「うちだっておまえたちと張り合える程度には売れてるよ」
 defective boysは別格としても、あとのふたつとは……較べるのはやめておこう。
 キャリア的にはレイラよりもダイモスよりも上。グラブダブドリブとだと同じくらいだ。
 我がフォレストシンガーズには、リーダーでバリトンの本橋真次郎、サブリーダーでテナーの乾隆也、バスの本庄繁之、テナーの三沢幸生、そして同じくテナーの俺、木村章の五人のメンバーがいる。レイたちはアキラ、アキラ、と呼ぶが、それは俺のロッカー時代の名前で、本名は木村章。FSでも本名を使っている。他の四人も本名だ。
 フォレストシンガーズ、略称FSはヴォーカルグループで、男の声には基本、バス、バリトン、テナーしかないから、ロックバンドのように、ギター木村章、だとかは言えない。当然なんだけど、なんとなく悔しくて、俺だってもとはロッカーだったのに、今夜はただの聴衆か、と思ったら妬けてきて、そんなわけで叫んでしまったのだった。
「だけどな、こうやって鬱屈せずに、正直に気持ちを吐露できるようになったのは、一種の進歩なんだよ。だから、レイ、誘惑すんな。離せ」
「誘惑されるとゆらめくんでしょ? まだまだ進歩が足りないねぇ」
「このガキ、俺をからかってんのか」
「僕、ガキじゃないもーん」
 あからさまに俺を見下ろして、レイは知り合ったころみたいな口調で言った。あれは十年も前、俺が二十歳でおまえが十六……ガキ以外のなにものでもなかった高校生に見下ろされてからかわれているとは、進歩どころか退歩かもしれない。
「なにやってんだ? あんたらそういう仲か」
 呆れ声が聞こえて、俺は死にたくなった。訪ねていく前におでましになったのは、「ダイモス」のユーヤ、本名中畑裕也だ。ダイモスの他の奴らの本名は知らないのだが、彼だけは知っていた。
 よく知らないといえば、レイラのレイ以外の奴もよくは知らない。ダイモスにしたところで、中畑以外は変にむっつりした男ばかりなのでよく知らない。
 defective boysのおじさんたちとは、仲良くなるには年齢差がありすぎる。グラブダブドリブは現役ロックバンドでありながら、レジェンドの域に達しかけているきらめくロックスターなので、挫折したロッカーの俺には恐れ多くもまぶしくて、おいそれとは近づけない。
 グラブダブドリブのドルフとは昔なじみであって、他のメンバーたちとも多少は話したのだが、どうしたって遠慮が先に立つ。
 そうなるとよく知っているのは、レイラのレイとダイモスの中畑と、defective boysの一柳さんだけだ。俺は今夜はただのロックファンだな、と考えていると、中畑がレイと俺をしげしげ見比べた。
「似合わなくもないな」
「……てめえもぶっ……」
 殺されたいのか、とは幸生あたりになら違和感もなく言えるのだが、中畑もまたやたらにでかい。背丈はレイのほうが高いのだが、中畑は筋骨隆々タイプで、うちのリーダー本橋さんでさえも、中畑のそばにいるとほっそりすらりに見える。乾さんは言っていた。
「裕也が言うには、俺は俺なんて自称してもさまにならないんだそうだ。わたし、とでも言ったらいいのに、とか言いやがる。俺はあいつらといると、大木に囲まれて風に揺れるたおやかなコスモスの花に……うう、言いたくない」
「言ってますよ」
「ロッカーってのはなんだってああでかい男が多いんだ」
「俺みたいのもいますけどね」
「……コスモスでプリンセスで……ああ、やだやだ」
「乾さんがコスモスプリンセス?」
 思わずぎゃははっと笑ってしまったのだが、ダイモスの中に加わるとそうかもしれない。
「リーダーといい乾さんといい、並よりは背が高い。言いたくないけど、うちの年少組ふたりはちびでしょ。シゲさんにしても標準身長だし、リーダーも乾さんも、俺たち見下ろしていっつもいばってるんだから、ダイモスとつきあってちびの男の悲哀を知ったらいいんですよ」
「俺はコスモスでもプリンセスでもない。あいつらがでかすぎるんだ」
 ガタイに見合って太く低い声ぞろいのダイモスの、ロックバラードナンバーのために高く綺麗な声のコーラスがほしいとなって、中畑が乾さんに目をつけた。その後、俺も中畑とは親しくなった。
 もとから俺はダイモスの存在を知ってはいたが、そういういきさつで知り合ったので、中畑ともっとも親しいのは乾さんなのだが、俺には嫉妬心がある。俺が挫折したロックでこいつらは……って気分は、今日の出演バンドすべてにある。俺ってなんてしつこいんだろ、とは思うが、あるものはあるんだからどうしようもないではないか。
「木村さんに彼女がいないのは、こういうわけだったのか」
 レイが俺を離さないので、中畑がますます言い、レイも調子に乗って言った。
「そうなんだー。僕ら、愛し合ってるんだよね、アキラ?」
「愛してない」
「おまえは愛してるんだな、木村さんを?」
「うん、愛してるよ。もうもうもう、昔っからぞっこん。ユーヤさんはアキラを木村さんなんて呼んでるの? どうして?」
「……年上だから、かな」
「ユーヤさんってアキラより年下なんだ。いくつ?」
「二十八。おまえも俺にさんをつけて呼んでるじゃないか。おまえは俺より年下だな」
「うん。二十六だよ」
 このふたりはふたつ差か。レイはどう見ても俺より年下……に見えるはずだと信じたいが、中畑は……考えたくない。顔は若いのだが、なにしろ大柄なので、にわかには年齢がわかりにくいのだ。そういうことにしておこう。
ようやく力をゆるめたレイの腕から抜け出すと、中畑が今宵のライヴのパンフレットを俺に手渡した。乾さんが言っていた通り、見事にでかい男ばかりがそろっている。平均年齢はレイラとダイモスが二十代後半、グラブダブドリブはFSと同程度で、三十そこそこ。defective boysは四十代半ばってところだ。
 平均身長は俺よりはるかにはるかに高い。おじさんばかりのdefective boysにしたところで、俺よりはずっと高い。幸生でも連れてくればよかったかと思ったのだが、幸生にしても俺よりは高い。FSの中でも俺がもっとも小さくて、落ち込みたくなってきた俺は、ここにはいない乾さんに言ってみた。
「乾さんがコスモスでプリンセスだったら、俺はなに?」
 幼稚園児だったりして……ちがう、そこまでじゃなーい。心に浮かびかけた幼児の姿を、俺は慌てて打ち消した。
「ちわーっす」
 ドアが開いて、見知らぬ男があらわれた。ひょろりとしているが、背は俺よりだいぶ高い。年齢も俺よりだいぶ若い。レイよりも年下に見えた。
「はじめまして。レイラのみなさんに挨拶に来ました。俺は高石彰巳っていうんですけどね、俺もロックバンドやってるんだけど……ヴォーカリストなんだけど……知らないでしょうね、俺なんか。ちーっとも売れてないもんね。俺はグラブダブドリブの弟分を自認してるんだけど、グラブダブドリブとは天と地ってのか、情けないほど無名なんだよね。グラブダブドリブのおかげでプロにはなれたんだけど、こんなにも売れないとは哀しすぎて……ん?」
 ほとんどひとりごとみたいに言っていた彼が、俺に目を留めた。
「フォレストシンガーズの木村章さん? えーと、あまりにも畑違いじゃないの?」
「俺を知っててくれてありがとう」
 横合いからレイが言った。
「はじめまして、高石くん。僕のことも知ってくれてる?」
「レイラのレイさん」
「レイでいいよ」
「そんなら俺もアキと呼んで下さい」
 アキラとアキはまぎらわしいなぁ、とレイは笑い、中畑も言った。
「木村章を知ってて、彼の前身は知らないのか。木村さんはFSの前にはロックバンドやってたんだぜ。魂は今でも俺たちの仲間、だよな、木村さん?」
「一部はね」
 心の一部はたしかにロックに捧げたままだけど、ルックスは畑違いだろう。高石彰巳も含めて、ロッカーの風体とは今の俺はちがいすぎている。
 ロッカーにも俺タイプの細身で小柄な男はいるのに、なぜだか今回のライヴに出演する男たちは、そろいもそろって長身で、俺はまさしく大木に止まった蝉状態。おそらくここではもっとも若い彰巳までが俺よりでかい。むかつく。
 髪型も髪の色もとりどりで、中畑のド金髪、レイの琥珀いろの髪、彰巳のニンジン色の髪。レイラの面々も派手派手しい。すべてのバンドのメンバーたちが一堂に会したりしようものなら、ステージ上がロングヘア、カーリーへアにアフロにたてがみ、スキンヘッドにモヒカン、と入り乱れ、その上色彩の乱舞になりそうだった。
 服装もきわめつけの派手ぞろい。思い思いに好き勝手な格好をして、ロッカーってのはこんなにもけたたましいルックスをしてるんだなぁ、となつかしいやら、引きたくなるやらで、俺の脳裏がきんきらしていた。
 もとロッカーの俺が引きたくなりそうなのだから、世の常識的大人たちが眉をひそめるのが理解できなくもないなんて……俺も落ちぶれたもんだ。
 そんな奴らの中にまぎれ込んだ俺は、髪型も服装もまっとうな三十男のそれだ。彰巳が怪訝そうに俺を見たのも無理はない。中身が普通だとは口が裂けても言えないものの、見た目だけは普通の幸生を、やはり連れてくるんだったと、俺はいささか悔やんでいた。
 
「It's been a long time since I rock and roll
 It's been a long time since I did the stroll
 Ou let me get it back
 Let me get it back
 Let me get it back
 Leave me where I came from」

 ライヴのオープニングはレイラによる、レッドツェッペリンの「ロックンロール」だ。シャウトが得意なレイが叫び続ける。俺の身体が自然に動きはじめる。総立ちの聴衆も乗りに乗っている。今日は単なる聴衆であるのは俺と同じの彰巳も、頬を紅潮させて俺のとなりで足でリズムを取っていた。彰巳がなにか叫んでいる。けれど、なんにも聞こえない。
 「ロックンロール」が終わると、レイラのオリジナル曲がはじまった。キャリアの浅いレイラの持ち時間は少なくて、演奏する曲目も少ない。最後に俺が作詞作曲して提供した「Nightbeat」を演奏して、レイラが引っ込んだ。
「今の、木村さんの作? かっこいいね。すげえ才能があるんだね」
 周囲のざわめきはおさまらないが、ステージが無人になった時間に、彰巳が言った。
「俺も作詞作曲はやってるんだけど、あんなにかっこいい曲は作れないよ。どうやったら作れるようになるの?」
「日々精進」
「……FSってロックはやらないんでしょ? 木村さんはロックナンバーを作るのが向いてそうなのに、宝の持ち腐れにならない? もったいないな」
「俺が作曲するのはロックばかりじゃないよ。「Nightbeat」タイプのハードロックだとうちでは歌わないから、知り合いのロックバンドに提供する。ロックがかってる程度だったらうちでもやる。ダイモスの「ファム・ファタール」って知ってるか。あれも俺の作詞作曲」
「そうなんだ。すげえ」
 自慢しているようで面映いのだが、自慢しているのだから仕方ない。彰巳の尊敬のまなざしがくすぐったかった。
「俺はギターは悠介さんに教わってるんだけどね」
「中根悠介に? おまえこそすげえじゃないか。中根悠介って日本のロックギタリストとしては、いまや最高峰に君臨してるんだろ。現役伝説ギタリストだろ」
「グラブダブドリブの曲は聴いたことある?」
「聴いたことないはずがない」
「だよね。生は?」
「一、二度は聴いたよ」
「そんなら知ってるんだろうけど、ほんっとにすげえんだから。その悠介さんに教わってるってのに、俺はギターが上達しないんだ。グラブダブドリブのレパートリーは、悠介さんと、ほら、あそこにいるでしょ? あのひとは知ってる?」
 指の方向を見てみたら、プロデューサーの真柴豪の姿があった。
「知ってるよ。当然だろ」
「木村さんは心はロッカーなんだったね。そしたら知ってて当然だよね。あの豪さんと悠介さんが、グラブダブドリブの曲を全部作ってるんだ。俺は豪さんからも悠介さんからも、作詞や作曲の教えも受けてるんだよ。だけど、才能ないんだろうな。うまくならない」
「くそくそ、うらやましい」
「え? なに?」
 こいつにしてもプロのシンガーではあるのだが、まるっきり無名の二十二歳のくせしやがって、中根悠介と真柴豪から教えを受けてるだと? なんでそんなに幸せな境遇にいられるんだ。なんでそれで上達しないんだ。
 実際、おまえには才能がないんだよ、と言ってやりたかったのだが、俺は彰巳よりも八つも年下なのだから、そういうのは大人気ないと言うのだろう。自重しておいたほうがよさそうだ。
 ひるがえって考えるに、俺は誰から作詞作曲を教わったのだろう。ギターは見よう見まねで、内外のギタリストたちのテクニックを盗んできた。先生についた経験はなく、自己流、コピーばかりだったし、ギターの才能はないに等しいのでいいとしても、作詞作曲は……特に誰にも教わってはいない。
 ジギー時代から作詞も作曲もしていたが、あのころは幼い詞や曲を書いていた。作詞は今でも自信がないのだが、作曲はみんなが、章の才能は素晴らしい、と言ってくれる。うぬぼれではなく、俺には作曲能力があるのだ。
 作曲はうちでは本橋さんもやる。乾さんもやらなくはないし、幸生もごくたまには作曲をする。そうすると、教えられたというのではなくても、盗み取ったというのか、影響を受けたというのか、やっぱり作曲の師匠は先輩たちなのだろう。
 中根悠介と本橋真次郎、乾隆也は音楽のジャンルがまったくちがうのだから、彰巳をうらやましいと感じるのは当たらない。本橋さんや乾さんに作曲を教わった? うらやましい、と感じるひともいるかもしれない。
 それでもどうしても彰巳がうらやましくて、無口になってしまってつらつら考えていると、ステージにダイモスが登場してきた。改めて客席が沸き返り、こりゃあ当分、レイラの人気はダイモスにはとうてい及ばないな、と俺は思った。
 レイのハイトーンとはちがいすぎるほどにちがう、ダイモスではユーヤの中畑の、太く低く重い声、重低音が響き渡る。ダイモスのロックは重々しい。演奏もレイラは軽妙で、ダイモスは重い。地獄の底から轟く中畑の歌声が、聴衆を血の池へとひきずり込んでいくかのようで、俺には中畑が悪魔か鬼に見えた。凄みの漂う美形の鬼ではあるのだが。
 むろんダイモスの演奏時間は、レイラの倍近くある。その半ばあたりで「背中ごしI LOVE YOU」のイントロが聞こえてきた。そして俺は目を疑った。
「へ? ……な、なんで?」
「あのひと誰? ダイモスのメンバーじゃないよね。見覚えあるなぁ。あのひとだけ違和感のある格好してるけど……あれぇ? もしかしたら木村さんとこの?」
「そうだよ。乾さん、ずるいっ!!」
 冷静に考えれば、「背中ごしI LOVE YOU」は乾隆也作詞作曲だ。乾さんはこの曲のレコーディングの際には、ダイモスに加わってCDにも名前がクレジットされている。しかし、ライヴにまで参加するとは聞いていなかった。
 「背中ごしI LOVE YOU」の冒頭は、バラードタッチだ。乾さんの出番はバラードの部分。最初は静かにマイナーに、徐々に曲調がハードロックと化していく。
 ド派手なロッカーたちの中で、ダークスーツ姿の乾さんは異彩を放っている。地獄の住人たちのような声ぞろいのダイモスのメンバーたちに加わると、乾さんの美声も異彩を放ちまくっていた。
 英語で歌う澄み渡った乾さんの声が消えると、中畑が迫力満点の声で引き取って歌い出した。そのギャップの激しさも見事なもので、演出効果が冴え渡る。
 中畑の奴、乾さんがゲスト出演するだなんて匂わせもしなかったじゃないか。くそくそくそー、乾さんもなんにも言ってくれなかったじゃないか。俺が切歯扼腕しているうちに演奏が終わり、ずるいっ、の気分は一時的に封印して拍手した。回りの聴衆も惜しみない拍手と歓声を送り、いくぶん静まってくると中畑が言った。
「えー、ファンのみんなだったら知ってると思うけど、たった今やった「背中ごしI LOVE YOU」は、今も特別参加してくれた乾さんの作詞作曲なんだ。乾さんの声がないと、この歌はやれないんだよな。そういうわけで乾さんにも参加してもらった。どうだった? おーい、木村章、寝ないで聴いてたか」
「まさかね、いくらよく寝る子の章でも、ユーヤの声とダイモスの演奏の途中では寝られないよ。だろ、章?」
 乾さんまでが言って、聴衆たちが笑いさざめいた。くそくそ、俺をネタにしやがって、覚えてろ、中畑裕也、乾隆也もだ。この恨みは忘れないからな、と思っていたのだが、続いて「ファム・ファタール」のイントロがはじまった。
 これだね、すげえな、と感激のおももちでいる彰巳の表情を見ていたら、俺もなんとなく感激してしまって、中畑と乾さんへの恨みは忘れてやろうと決めたのだった。
「どこらへんにいるんだ、木村章?」
「章、叫べ。おまえの声ならここまで届く」
 ステージでふたりが俺の名を呼んでいる。恨みは忘れてもいいけど、乗ってやらないよ、とも決めて、俺は横を向いた。

 
2

 中年ベテラン実力派スタジオミュージシャンの集団、「defective boys」。その大半が、かつてはロックバンドに所属していて、いつともなく解散してフリーになった男たちだ。専門のヴォーカリストはいないので、そのときどきにヴォーカリストを招聘して歌うという形を取っているのだが、今日のステージにはヴォーカリストはいない。
 まずは「defective boys」と「ダイモス」がセッション演奏を行った。最近の「defective boys」のヴォーカルは女の子なので、中畑が歌うと異様な雰囲気になる。だが、ふたつのテクニック抜群のバンドの演奏は最高だった。
 もっとやってーっ!! と前の席の女の子が悲鳴じみた声を上げたのだが、ダイモスの出番がすむと、グラブダブドリブがステージに登場した。客席の騒音がひときわ高くなる。ステージのロッカーたちがそれぞれのオーラをまとって、光り輝いて見える。しつこいようだが挫折したもとロッカーの俺としてはまばゆくて、正視できないほどだ。
 defective boys八人プラスグラブダブドリブ四人、十二人の演奏をバックに、ジェイミー・パーソンの雄たけびが轟いた。彼のカーリーヘアは中畑のニセものとちがって本物の金髪だ。彼のキャッチフレーズは「金髪のライオン」。黄金のたてがみを振り乱し、はだけたシャツから覗く黄金の胸毛までをも振り乱して、ジェイミーが吼えた。
「ようこそーっ、俺たちの島へ!!」
 一、二度しかグラブダブドリブのステージを見た経験はないが、ジェイミーはステージではいつもこれを前振りにしている。
 フォレストシンガーズのステージの前振りといえば、幸生のあれだ。「いやーん、乾さん、好き好き」とか言ってふざけて客を笑わせる。グラブダブドリブとはえらいちがいである。彼らと俺たちを引き比べるのは過ちであると、俺が俺に言い聞かせていると、ジェイミーの歌がはじまった。

「To wizard's island to which it goes
 The hang on you are taken to the hand that I extended.
 Highest Music is given to you temporary ..this... 」
 
 英語国民であるのだからして、ジェイミーは英語も本物だ。グラブダブドリブとはガリバー旅行記に出てくる魔法使いの島なのだそうで、中根悠介が命名したと聞いていた。俺もCDではたびたび聴いている、グラブダブドリブのテーマソングなのか、「魔法使いの島」がはじまった。
 それはもうそれはもう、グラブダブドリブは凄い。レイラともダイモスとも桁外れの演奏、歌、ファンの大歓声。俺はロックなんか続けてなくてよかったかも、と弱気になってしまうほどに、グラブダブドリブは凄い。凄いとしか言いようがない。defective boysが加わるとなおさらだったのだが、グラブダブドリブだけになっても凄かった。
 個々を見るとdefective boysは、しょぼくれたおじさんたちなのかもしれない。よく見ればそこらへんのおじさんとは雰囲気が異なるのだが、ぼーっと見ていたらただのおじさんたちだろう。レイラはレイ以外はルックス最高というほどでもない。ダイモスはなかなかの美形ぞろいなのだが、こんなにごつい男は嫌い、と言う女もいるはずだ。いると俺は信じたい。
 ところがグラブダブドリブは、難癖のつけようのない超美青年バンドだ。かてて加えて演奏も超一流だし、歌も壮絶なまでに凄いし、俺はステージに集中しているようでいながら、どこかでひがんでもいた。
 俺もヴォーカリストだ。過去にはロックバンドに所属していたとはいえ、楽器の専門家ではない。よって、目と耳はジェイミーに吸い寄せられる。
 歌ではFSは負けていないと思うのだが、負けないと言い切る自信はない。英語の発音では乾さんも俺も完敗する。FSでは乾さんと俺とが英語の発音はいい、と噂されているのだが、ジェイミーに勝てる道理はない。俺たちは日本人なのだから当たり前である。
 発音は開き直って無視するとしても、あの声、あの歌……あの声量……あの音域の広さ……ジェイミーは昔はオペラを歌っていたと聞いているから、それもまた当然かもしれない。FSでもっとも音域が広いのはシゲさんか幸生だと思うのだが、あのふたりの倍ほどに、ジェイミーの音域は広いのだろう。
 あれは数年前。レイラはいなかったが、生意気にもダイモスが初に、グラブダブドリブと共演した日だった。
 あのころは俺たちの事務所に燦劇だなんていうビジュアル系ロックバンドもいて、そいつらも出演していた。玉石混交ジョイントライヴであったのだが、たしかあのとき、俺ははじめてグラブダブドリブのステージを生で見たのだ。
 ライヴがすんで美江子さんにせがまれ、控え室を訪ねた。本橋さんもついてきて、三人で生のグラブダブドリブの面々にも初にお目にかかった。
 ドルフと再会し、ジェイミー対本橋&木村の歌の競争なんてやつもして、それから俺は、グラブダブドリブの面々とすこしは親しくなったのだ。だが、だからって友達になったとも思えない。差がありすぎるし、俺にはひがみ根性もありすぎる。
 頭の半分ではそんな雑念も起こしつつ、俺はグラブダブドリブに酔っていた。ベースギターがリズムを刻み、中根悠介が超絶技巧のギターの早弾きを披露する。
 ヴォーカリストとしてはジェイミーの歌が最大関心事なのだが、次に気になるのはギターだ。才能なんかないとはいえ、俺もギターを弾く。乾さんもギターを弾くのだからして、どこかで中根悠介のギターに耳を澄ましているのだろうか。
 凄い、凄い、しか出てこない。それほどギターが凄い。これでは現役でありながら伝説の域に達しかけているというのも大いにうなずける。
 ドラマーの真っ赤な髪も、ベーシストの髪のエメラルドのメッシュも、五人の色とりどりの服装も、ダイモスほどのど迫力ボディではないにしろ、背丈は劣らない長身の群れも、ありとあらゆるステージ上の要素が俺を幻惑して、耳と目が発狂しそうになってきた。
 いつだっていつだって、グラブダブドリブを見たり聴いたりしていると、俺はこんな気分になる。以前も同じ感想を抱いたものだ。
 目は閉じればすむのだが、耳はふさげない。ここで俺が耳をふさいでいたら、彰巳が驚くだろう。
 そうだった、彰巳がいるのなんかすっかり忘れていた。彰巳はロックキッズに戻ってしまって、女の子みたいに叫んだりしている。
 きゃーっ、にはならず、うぉーっ、になるのは、彰巳の声はハスキー気味の低音だからだ。彼はどんな歌を歌うのだろうか。わりに平凡な声だから、シンガーとしては不利かもしれない。そうでもないか。本橋さんだって声だけなら普通だけど、歌うとがらっと変わるんだから。
「じゃあ、ここらで一曲、俺たちのファンではない方にもおなじみの曲をやろうか」
 そんなのいないよーっ、みんなグラブダブドリブのファンだよーっ、と、ジェイミーのMCに応じて彰巳が叫び返した。ふむ、なかなかたいした肺活量の持ち主だ。歌を聴いてみたくなってきた。
「ツェッペリンだよ。ロックンロール!!」
 高校生のころにロックバンドを結成していた俺が、憧れ続けたロバート・プラント以上に、ジェイミーは……歌がうまいとしか言いようがないほどにうまい。俺は評論家じゃないんだから、それでもいいのだろうか。
 ん、そういえば、レイラも同じ曲を演奏していた。これはグラブダブドリブの意地悪か。さもなくばたまたまか。俺には前者に思えるのだが。
 もどかしい気分と、妬みと、その他のわけのわからない感情に支配されながらも、俺はジェイミーの歌に浸っていた。彰巳も俺のかたわらで、ノリノリに乗っていた。
「さてと、次は悠介。はい、どうぞ」
 ジェイミーが言い、中根悠介ひとりがステージに残る。聴いたことはあるから知っているのだが、中根悠介がギター一本で歌う、ナイトレンジャーの「GOOD BYE」も、英語の発音から歌唱力から表現力から、すべてが抜群だった。
 中根悠介ときたら、あれだけギターが上手……上手なんて言葉ではじれったいほどに上手なのに、歌までうまいんだ。世の中ってなんて不公平なんだろう。今度こそ、俺はロッカーを続けてなくてよかったと、心底がっくりしてしまったのだった。


 ステージに本日の出演者たちが集合して、総勢十八人の演奏が繰り広げられていた。
 ヴォーカルはジェイミー・パーソンと中畑裕也、おまけみたいなレイの三人。ジェイミーの高らかな声と、中畑の重低音がハーモニーをかもし出し、レイがふたりに張り合うかのように、ハスキーなハイトーンをからませる。コーラスは十八人の男声で、我らヴォーカルグループ顔負けの合唱団を編成していた。
 人間の外見が多種多様なように、人間の声とは実に多様なものだ。俺たちのFS五人は全員が多様な美声の持ち主だといわれているけれど、中畑タイプの声やら、ハスキーヴォイスやらはうちにはいない。悪声の魅力なんてのもあるもので、中畑裕也の声がそこにあてはまる。
 ま、人数勝ちだよな、と俺は負け惜しみを呟いた。
 defective boys八人、グラブダブドリブ五人、ダイモス四人、レイラも四人、合計二十一人の合唱団なのだから、FS五人に勝っていてもひがむには値しない。あ、ちがう。defective boysのトランペット一、サックス二、の三人は歌えないから、合唱団はリードも含めて全部で十八人だ。
 FSでは俺が担当している最高音パートは、defective boysのシンセサイザー奏者の声が発していた。シゲさん担当の最低音パートは、ダイモスの楽器の三人だろう。彼らの声はバスである。
 テナーもバリトンもバスも、これだけ男がいたらさまざまな声が出るのは当然至極。ハスキーヴォイスもまろやかヴォイスも、ハイトーンも悪声も美声も低い声も、涼やかな声も暑苦しい声も、俺みたいな声もシゲさんみたいな声も……しかししかし、幸生みたいな声はいない。やはりやはり、幸生の声は世にも特異な男の声なのだと再認識した。
 こんなにも大勢の合唱は、俺も一年間だけ所属していた大学の男声合唱団で経験がある。大学の合唱部にはもっと大勢のメンバーがいた。今となってはなつかしい。俺はロックから合唱、そしてまたロック、そしてまた合唱と、歌の世界を渡り歩いているのであった。
 アンコールは二十一人のビッグバンドになっていたのだが、二曲目で二十二人になった。ロッカーたちの中に咲く可憐なコスモスの花ですか、乾さん? まったくずるいんだから。俺だってそっちに行きたいよ。
「章、来いよーっ!」 
 乾さんが叫び、ジェイミーも叫んだ。
「アキ、上がってこーい。まぜてやるぞーっ!!」
 どうにも我慢できなくなったかのごとく、彰巳が走り出した。俺も負けじとあとを追い、彰巳と競ってステージに飛び上がると、中畑が客席に向かって叫んだ。
「木村章と高石彰巳。もとロックヴォーカリスト、ソウルは今でもロッカーのアキラ、現役ロックヴォーカリストのアキ、ふたりのアキにも参加してもらって、やるぞーっ。いいかーっ?!」
 おーっ!! と聴衆が反応し、ステージ上の全員がこぶしを突き上げた。
「俺はロックファンの服装してるけど、乾さんはステージに上がる予定してたってのに、なんでスーツなんか着てるんですか」
 そばに寄ってきた乾さんに尋ねると、乾さんは澄まし顔で返答した。
「このほうがむしろ目立つ」
「目立ちたがり」
「だからこそシンガーやってるんだよ。こうやってステージにいる奴らは、誰も彼もが目立ちたがりだ。自己顕示欲旺盛でなくてやってられるか」
「乾さんは楚々とした花一輪の風情で、十二分に目立ってますよ」
「おまえは……言わないでおこう」
 いちばんちびだから目立ってるとでも言いたいのか。むかつくなぁ。ちびだと逆に大木たちに隠れてしまうじゃないか。否、俺はルックスじゃなくて歌で目立つんからいいんだ。
「おーし、やるぞーっ!!」
 凄まじい大音量でジェイミーがまたしても叫び、客席が沸き返る。
 まずはじまったのは中根悠介のギターソロで、defective boysのギタリスト、ダイモスのテツ、レイラのレイのギターが中根悠介の演奏に続いていく。俺は打ち合わせなどしていないので実はすこしばかり戸惑っていたのだが、この曲だったら知っている。ハートの「バラクーダ」だ。
 メンバーのうちの二名が女、というロックバンドだ。ヴォーカルは姉のアン・ウィルソン、黒髪のエキゾチック美人。妹のナンシーがギターで、ブロンドの白人美人。俺がハートを知ったころにはふたりともけっこうなおばさんになっていたのだが、昔の写真を見て憧れていたりもした。
 ハート最大のヒット曲「バラクーダ」は女が歌っているのだから、キーが高い。俺が加わった以上、最高パートは俺が歌う。声の高さは女にも負けない自負があった。
 おまえは女か、とつっこみたくなるような、幸生の特技の女声は俺には出ないけど、本職ではないdefective boysのシンセの方は引っ込んでていいですよ、と俺は、さして親しくはない彼に微笑みかけて、乾さんには舌を出してから最前列に進み出た。
 すると、格上ロッカーたちに遠慮がちになっていたらしきレイが近づいてきて、いつかのように俺をつかまえようとした。俺はするりとその手をかわした。
「アキラ、僕の肩車で歌ったらいいのに」
「やだよ。あっち行け」
「章、俺が肩車してやろうか」
「乾さんも下がってて下さい」
「木村さん、俺は?」
「おまえはよけいにいやだよ。中畑、しっしっ」
 こら、さっさと歌え、と中根悠介にさえぎられて、俺はマイクに向かって叫んだ。
「フォレストシンガーズの木村章ですーっ!! 「バラクーダ」を歌います。俺がリードヴォーカルですからね、みなさーん、聴いてくださいっ!! みんなーっ……」
 準備はいいかーっ?! とさらに叫ぼうとしたのだが、一旦手を止めていた中根悠介のギターが再び鳴り響いて、俺は改めてマイクをかまえ直した。リードヴォーカルは俺だと宣言したんだから、だーれも邪魔すんなよ、との思いを込めて歌い出した。
 今夜の俺はロックンローラー。乾さんはそんなふうには思っていないのだろうし、服装と雰囲気でひとり、浮いている。
 彰巳もステージのどこかにいるのだろうが、この中では一番の格下だ。どこにいるのやら、なにをしているのやら、いやいや、彰巳なんてどうだっていい。俺も格下? ちらっとそう考えはしたのだが、歌っているとひがみ心も薄れてゆく。
 今は俺たち、彰巳以外のロッカーたちよりも人気度では格下かもしれないけど、いずれはきっと、俺たちの世界ではトップになるんだ。おそらくは乾さんも、俺のその想いにだけは同感だっただろう。
 

 打ち上げの前に乾さんは帰ってしまったのだが、俺はロッカーたちにまざって、アルコールを過ごさないよう、自制しつつ飲んでいた。彰巳はやはり気が引けるのか、格上ロッカーたちには近寄りがたい風情でいるので、彰巳につきあってやっていたのもあったのだ。
「俺も早く売れたいな」
 彰巳が言い、俺も言った。
「俺たちだってさ、今ではまあ、ちょこっとは売れたよ。売れたって言っても、グラブダブドリブとは比較のしようもないし、ダイモスやレイラにだって負けてるかもな。だけど、昔よりはずっとずっとよくなったんだよ」
「フォレストシンガーズってのは俺たちとは別世界の住人だけどさ、木村さんはロックじゃない音楽に満足してるの?」
「してるよ」
 歌が好きなんだから、俺はこれでいいんだよ、そう応じはしたものの、胸の中に燃え残るロッカーの炎はある。消えてはいない。
「努力は必ず報われる。なんてさ、俺の台詞じゃなくて乾さんの台詞なんだけど、説教好きの先輩はいなくなったから、俺がかわりにおまえに説教してやるよ」
「いらねえよ。木村さんってば、説教酒?」
「説教酒っていうよりも、俺は睡眠酒なんだよ。寝たら起きないから、アキ、あとは頼むぜ」
「寝るなよ」
「寝るなったって眠くなったら寝るんだよ」
「やめてよ。だったら飲むなよ」
 そうやって彰巳と飲んでいて人の気配に顔を上げると、長身の女が立っていた。
「あ、チカさん、お久しぶり」
「よ、アキ。そっちもアキだね。ややこしいな。アキとアキラだろ。酔っ払ったら区別がつかなくなりそう。アキラも久しぶりだね」
「おまえには会いたくもなかったけどさ……」
「あたしだってあんたになんか会いたくねえよ」
「会いたくねえんだったらそばに寄るな」
「彰巳にだったら会いたくなくもなかったんだ。アキラ、邪魔だからあっちに行きな」
 加西チカ。俺がジギーをやっていたころに、同じようなタイプのガールズバンドをやっていた女だ。あんたなんか男だと思えない、とは周囲の女どもすべてに言われていたようなものなので、チカにも言われたのかどうか記憶にはない。
 記憶にはなくても、面と向かって言われてはいなかったとしても、チカだってそう思っていたにちがいない。ジギーの女の子たちも俺よりは男らしかったが、チカには女らしさはかけらもなくて、女というよりは美少年のような奴なのだ。
 美少年ってのは女のように綺麗な少年だろうから、チカは美少年以下に女らしさが欠乏しているのだ。これでもチカは男にもてていたのだが、俺はチカとつきあうくらいだったら一生女はいらない。たぶん、むこうもそう思っているだろう。
 邪魔にされたので、俺はチカと彰巳の会話を聞くともなく聞きながら、ひとりで飲んでいた。チカはギタリストであり、ただいまはイギリスのシンガーのバックバンドの一員だそうだ。
「パディはいい加減な仕事しかしないから、あたしは暇が多いんだよね。日本とイギリスを行ったり来たりしてたら、金がかかってしようがねえよ」
 お金って言えよな、少なくとも言葉遣いだけは、酒巻國友のほうがおまえよりも女らしいぞ、俺はそう思ったのだが、言ってもハナであしらわれるのがオチであろうから、言わずにおいた。
「親も田舎に引っ込んじまってるから、帰ってきても東京には住処がないんだよ」
「それでドルフの部屋にころがりこむんでしょ? チカさんとドルフっておかしな関係だよね」
「そうか?」
「そうだよ。普通はあんなふうにはできないもん」
 そこで俺も口をはさんだ。
「あんなふうってどんなふうだ?」
「木村さんは知らないの?」
「俺はプシィキャッツ時代のチカとドルフしか知らないよ。知ってるったって、いっつもつきあってたわけでもないんだし」
 彰巳が言うには、あんなふうとはこんなふうだった。
「ホテル代を節約するためなのかな。チカさんは帰国するとドルフの部屋に泊まって、ドルフに面倒を見させて、ドルフのベッドでいっしょに寝たりもして、プロレスごっこもやってて、男友達同士っていうか、兄弟みたいだっていうか、俺には理解しにくい関係なんだよ」
「ドルフは女嫌いだったよな。チカを女だとは思ってねえんだろ。女じゃないけど男でもないチカだったら……うん、たしかに不思議な関係だ。俺もチカは女だと思ってないけどさ」
「にしたって、木村さんはチカさんとひとつのベッドで寝たら、そういう気分になるでしょ?」
「ならねえよ。ならねえ以前に、チカといっしょになんか絶対に寝ない」
「……訊いていいのかな。ドルフってゲイ?」
 そのドルフも店にはいるのだが、視線をやってみると遠くにいた。本人に尋ねるのははばかられるのか、彰巳が小声で俺に尋ね、俺は言った。
「俺はそこまでは知らないけど、少なくとも俺は口説かれたことなんかねえぞ」
「昔はあたしも、ドルフはゲイなんだろうって決め込んでたんだけど、ちがうような気もする。ドルフは変態だけど、タチのいい変態なんだよ」
 チカが言い、幸生とは別の変態なのか、それってどんなだろ? と俺は考えていた。ゲイではなくて女嫌いで、変態? なんなんだかさっぱりわからないが、俺が被害者にならないのだったらいい。そこからは、チカも俺を邪魔にしなくなって、三人で飲んで話していた。
 打ち上げ会場から出ていく誰かの声が聞こえる。時間が経過していき、すこしずつ酔うにつれ、気が大きくなってきたのだろうか。俺は言った。
「チカ、暇があるんだったらさ、俺と臨時ロックバンドやらないか?」
「アキラと? ロックを歌いたくなってきたのか」
「うん。俺はおまえも変態じゃねえかと……いやいや、嘘だけど、他のなにもかもはともかく、おまえのギターの腕前は認めるよ。中根悠介には及ばないけど、って言ったら怒るか?」
「事実だから怒らない。他にもメンバーのあてはあるのか」
「俺には昔はロッカーだった知り合いもいるよ。そいつらに声をかけてみる。ジギー時代の仲間とはつきあいもなくなったけど、おまえにギターを弾いてもらって、ひととき、ロックンローラーになりたいんだ」
「今日のセッションでその気が高まったか。うん、考えておいてやるよ」
「前向きの検討を頼むよ」
 きっとチカの気持ちも動いている。彰巳は俺をうらやましそうに見ている。
 うちのメンバーたちがなんと言うか。そんなのはやめろ、と言われるのだろうか。けれど、遊びで、臨時で、俺がロックバンドを結成すると言い出して、怒ったり止めたりする先輩ではないと、俺は信じていたい。
 もしもチカが決意してくれて、他のあてである彼らも承諾してくれたら……先輩たちにも幸生にも、誠意を持って説得すればわかってくれる。
 こうしてひとつ、俺のちっぽけな夢がかなうのか。フォレストシンガーズはフォレストシンガーズとして、余興でのロックバンドがやれるなんて、本当に夢のようだ。俺の人生、悪くはないじゃん、とも思う。
 さて、バンド名はなんとしようか。遊びとはいえ、ライヴもしたい。CDも出したい。そういった方面も検討しなくっちゃ。
 こうなったら酔っ払って寝てはいられない。チカの決意はまだ固まってはいないようだが、俺がバンドについての相談を持ちかけたら、乗ってきてはくれた。やはり俺にはロックンロールが必要なんだ。フォレストシンガーズはフォレストシンガーズとして、それはもちろん、当然なのだけど。


END


 
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