ショートストーリィ(しりとり小説)

177「G線上のアモソーゾ」

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しりとり小説177

「G線上のアモソーゾ」

 音楽室のピアノを調律してから、根岸は鍵盤に指を乗せた。親の家にならばグランドピアノがあるが、ひとり暮らしのマンションにはとうていあんなに大きなものは置けない。やむなく電子キーボードで作曲をしているのだが、音楽室のピアノとは音がちがいすぎる。音が違うと根岸の熱の入り具合までが変わってくるのだった。

「素敵……」
「ん?」

 熱心に弾いていたので気づかなかったが、いつからいたのだろうか? 生徒たちが帰ってしまった放課後の音楽室は根岸以外は無人だったはずが、ひとりの女子生徒がうしろのほうの席にすわっていた。

「ああ、きみは……もう日も暮れてきてるんだから、早く帰りなさい」
「先生、お話しがあるんです」
「話? 話だったら担任の先生にするほうがいいんじゃないかな?」
「根岸先生に聞いてもらいたくて……」

 またか、と根岸はちらっと思ったが、即座に断るわけにもいかない。

「音大に進学したいとかって話? それだって担任の先生に相談するべきだよ。僕は音大を卒業してはいるけど、うちの学校の生徒を母校に推薦するようなパイプは持ってないんだ」
「そうじゃなくて……」

 正直、名前も知らない生徒だ。根岸が音楽を教えているクラスにいただろうか? 背が低くてぽちゃぽちゃした身体つきの、頬にも顎にもぽつりぽつりとにきびのできた、顔立ちも肌も美しくない女。うちの高校の生徒じゃなかったら、そばにも近寄りたくないタイプだな、と根岸は内心で吐息をついていた。

「卒業後の進路は決めています。そうじゃなくて、卒業まであと半年しかないんだから、駄目だってわかってはいるけど、言うだけ言いたくて……先生、好きでした」
「あっ、あ、ああ……ありがとう。でも、そう言われてもね……教師と生徒がつきあうわけにもいかず……」
「そうですよね、わかってます。先生のピアノが大好きでした」
「ピアノが好きなんだね。ありがとう」

 上手に言い逃れたつもりなのだったら、根岸としても乗ってやるつもりだった。女子生徒は切なげに根岸を見上げ、目を閉じる。キスでもしろってか? やめてくれよ。おまえにキスなんかしたら僕のくちびるが穢れるよ。身の程を知れ、ブス。内心では彼女を罵っていたが、口に出してはこう言った。

「さあ、帰りなさい。女の子が遅くまで外にいちゃいけないよ」
「はい、わかりました」

 目を開き、なおも切ないまなざしで根岸を見つめてから、彼女は一礼して音楽室を出ていった。

 Great woman女子学院、通称はG女。ウーマンと女子がかぶってるじゃん、とも言われているが、女子高校であるだけに、若い男性教師はそれだけで憧れの対象となる。今どきの女子高校生はシビアなので、若い男というだけでは恋はされないが、根岸のようなタイプは人気があった。

 細身で背は高めで、しかし、高すぎない。優し気な顔立ちの芸術家ふう。ふう、ではなく本物の音楽教師であり、作曲もする。アマチュアオーケストラでピアノのソリストをつとめることもある。根岸ってホモっぽい、などと嘲笑う生徒もいるようだが、一部では熱狂的なファンを獲得していた。

 この学校に赴任してきてから五年の間には、生徒からの告白も何度も受けた。

「……くそ、気分が悪くなった」

 品のいい音楽教師の評判にはあるまじき悪態をついて、根岸はピアノの蓋を閉めた。あのブスのせいで興を削がれた。続きはまたにして今日は帰ろう。

「正二……」
「亜萌、来てたのか」

 帰宅すると、アモが首ったまにかじりついてきた。遅かったね、ごはん、作っておいたよ、などと女房気取りで話しかけてくるアモをまずはベッドに連れていって抱いた。

「学校にいたの? なにしてたの?」
「また告白されちまったよ」
「ええ? 誰に?」

 ひとときが終わると、根岸は起き上がってシャワーを浴びた。アモもついてきたので、おまえはメシの支度をしろ、と追い払う。もうできてるよぉ、と不満を漏らしていたアモは、それでも根岸の言いつけを聞いた。

「ねえねえ、誰に告白されたって?」
「名前は知らないんだけど、僕の授業に出てる女だろうな。にきび面のデブブスだよ」
「そんなのが正二に告白したの? あつかましいね。もちろん拒否?」
「僕は品行方正な教師なんだから、生徒の告白は拒否するに決まってんだろ」
「よく言うよ」

 けらけら笑っているアモと食卓についた。

「あたしの告白にはOKだったじゃん? あたしはいいの?」
「アモは可愛いからさ」
「可愛い子だったらOKするの?」
「僕にはアモがいるんだから、おまえ以外とつきあう気はないよ」
「……ほんとかなぁ?」
「からむんだったら帰れ」

 きつめに言ってやると、アモは途端にしゅんとした。

 三ヶ月ほど前に告白してきたアモは、先ほどの生徒と同学年だ。半年もすれば卒業していく。それまでは便利な存在としてそばに置けばいい。掃除や食事作りもしたがるのだし、ベッドでだって楽しい遊び相手になる。おまえ以外はみんな断ったよ、とアモには言ったが、この五年間、年にひとりは告白を受け入れた。

 彼女が卒業すればもっと若くて新鮮な娘が手に入るだろう。アモには少々飽きがきているものの、あと半年の辛抱だと思えば遊びを続けていてもいい。

「それにしても、あれほどのブスに告白されたのははじめてだったな」
「ブスだともの珍しくて、ちょっとその気になった?」
「んん……ちょっとだけ……かもしれない」
「やだぁ、そんなの」

 わざとらしいべそかき顔になって、アモが抱きついてきた。

「メシが食えないだろ。離れろ。邪魔するんだったら帰れよ」
「やだやだぁ、怒ったらやだぁ」

 なんとも他愛なくも幼くも、下らない女なのだろうか。未熟だが若々しく美しい肉体以外にはなんのとりえもありゃしない。けれど、おまえは僕を楽しませてくれたのだから、去っていくおまえにこの曲を捧げるよ。根岸はアモをつき離し、電子キーボードを開いた。

「G線上のアモソーゾ」
「Gってうちの高校のこと? アモってあたし? うわ……正二、あたしのために曲を作ってくれたんだ」

 アモのためでだけではなく、かつてもこれからも、僕のおもちゃになった女の子たちを想って作ったんだ、と根岸は心でひとりごちる。アモソーゾとは、「愛情に満ちて」という意味の音楽用語だ。愛情に満ちているのかどうかは知らないが、僕は可愛い子には優しいのだから。

 かの有名な「G線上のアリア」をもじったのもあり、この曲もヴァイオリンならG線のみで演奏できるように作った。Gは原語では「げー」と発音するが、英語ならば「じー」。根岸もアモも在籍している高校名も、略すれば「じーじょ」である。そんなことを説明してもアモにはわからないだろうから、自分の名前にちなんだと勘違いしているほうが幸せだ。
 
 さて、アモとはどうやって後腐れなく別れるか。そんなふうにも考えはじめながらもキーボードを弾く根岸を見つめるアモの瞳は、呆けたように鈍く光っていた。

次は「ぞ」です。









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