ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「も」part2

 ←FSソングライティング物語「Anti-war song」 →FS超ショートストーリィ・四季のうた・章「秋の魅」
フォレストシンガーズ

いろは物語2

「ももいろ気分」

「モモちゃんがどうしてそんなにうきうきした顔をしてるの?」
「だって、こういうの好きだもん」
「モモちゃんには関係なくない?」
「関係はないんだけどね」

 これでもモモちゃんは人妻なんだから、おおっぴらに恋はできない。だけど、モモちゃんはまだ若い女の子だよ。恋愛には興味津々なのは当たり前でしょ、と栗原桃恵は、夫の準に向かって舌を出した。

 高校を卒業してアルバイトしていたころからつきあっていた準と結婚し、同じくらいの時期にスカウトされて夫婦デュオ、フルーツパフェととしてデビューした。社長は口うるさいし、お兄さんみたいな存在のフォレストシンガーズの男性たちもけっこうきびしくて、準は泣かされてばかりいたが、売れない時期も桃恵には楽しかった。

 近頃ようやく売れてきつつあるので、楽しさは増えていく一方だ。高卒フリーター夫婦だったとしたらとても知り合いにもなれなかった、芸能人たちと親しく交流できる。桃恵としてはそれがもっとも嬉しい。

 事務所の先輩、フォレストシンガーズには昔は別のメンバーがいた。彼の名は小笠原英彦。神戸市須磨区の海岸で歌姫集合ライヴが開催されたときに、フルーツパフェも出演していた。フォレストシンガーズは出ていなかったのだが、メンバーの本庄繁之の妻、恭子が英彦とともにコンサートを聴きにやってきた。

 そのときに紹介してもらったから、桃恵も英彦と親しくなった。そんな趣味だったらなんでクリと結婚したんだ? と皆に不思議がられるが、桃恵は男性的でたくましい男が好きである。英彦も野性的な美貌と強そうな体型をしていて、桃恵の好みの男だった。

「ヒデさんの弟さん? わぁ、かっこいいんだ。土佐弁喋って」
「えーっと、はじめまして、小笠原鋼ぜよっ、こんなんでええですかいのう?」
「きゃあ、かっこいい」

 長身で細マッチョ、年齢は二十八歳。桃恵の好みには鋼もぴったりはまった。

「モモちゃん、あんまりきゃあきゃあ言わないで。あの、僕、栗原準です」
「よろしゅうお頼み申します」

 爽やかに挨拶してくれた鋼には、桃恵は完全に好感を抱いた。
 人妻なのだから公明正大な恋はできないが、あのひと、素敵、かっこいい、と思うのは自由である。桃恵にはその程度に好きな男性は何人も何人もいた。

「鋼くんってのは歌はどうなんだ?」
「この間、みんなでカラオケに行ったんですけど、まあまあ上手でしたよ」
「そうか。演技なんかもできるのかな」
「演技なんかしようと思ったら、モモちゃんにだってできるもーん」
「モモ、年長者の前で自分をちゃん付けするのはやめなさい」

 お説教好きの社長に、桃恵ははーいと殊勝に返事をした。

「小笠原のヒデくんは作曲だってするし、歌も相当にうまいだろ。フォレストシンガーズにいたんだから、本橋や乾が歌の下手な男をメンバーにするはずがないんだから、私は彼らの耳は信用しとるよ。それに、ヒデくんの作る曲もいい。今さらフォレストシンガーズに戻るわけにはいかんだろうけど……」
「フォレストシンガーズが六人になるのもいいんじゃありません?」
「そうはいかんだろ。だから、私はヒデくんにソロシンガーになったらいいって勧めたんだよ」
「いいかもいいかも」
 
 が、英彦には断られたのだそうだ。

「そしたら鋼くんってのはどうかね」
「鋼さんは普通に高知でサラリーマンやってるんですよね。そうやってスカウトされたら喜ぶひともいるんだろうけど、どうだろ。ヒデさんが反対しそうじゃありません?」
「そうなのかなぁ。モモ、それとなく打診してみてくれよ」

 社長に頼まれたので、桃恵は準とふたりして鋼を誘い、三人でお酒を飲んでいる。
 会社のプロジェクトで東京出張の機会が多くなっているのだと話す鋼は、桃恵が生息している世界には珍しいタイプの男だ。それだけに桃恵には新鮮だった。

「このごろは週の半分くらいは東京にいるんで、フォレストシンガーズのみなさんとも時々は飲むんですよ。モモちゃんとも飲めて嬉しいな」
「モモちゃんも嬉しい。ねえねえ、鋼さんって彼女はいるの?」

 気になっていた質問をすると、鋼が話してくれた。

「俺はあまり意識してなかったというか、友達だと思ってたんだけど、彼女のほうが俺を彼氏候補にしてくれていた女性がいるんだ。俺が彼女にそうと打ち明けられる前に、悪いことに……」

 はじめてフォレストシンガーズのライヴを聴きにきた鋼は、本庄繁之の妻、恭子に会って楽屋まで案内してもらった。フォレストシンガーズは英彦の弟を大歓迎してくれて、鋼も打ち上げに参加した。その際に紹介されたのが、往年の大スター俳優、岬太四郎の孫である曜子だったのだと鋼は語った。

「メールアドレスの交換はしたけど、それだけだったんだよ。だのに、その話をしたら阿弓さんっていう同僚が怒ってしまって、最近はつんつんされてるんだ。俺がミーハーだから嫌いになったって。俺は俺で岬曜子さんのことを意識してしまって……馬鹿がやないがか。住んでる世界のちがう女性やのに……」
「鋼さん、その曜子さんを好きになったの?」
「うーん、ようわからん。それに、好きになったって意味ないし……」
「意味なくはないんじゃない?」

 その話題に桃恵が目を輝かせたから、準には言われたのだ。モモちゃんには関係なくない?
 たしかに関係はないが、他人のコイバナは桃恵の大好物である。切なく哀しい恋も、先が見えない恋も、不倫話も好きだ。一般人の鋼と、昔のスターとはいえ有名人の孫との恋となると桃恵にはいっぶう変わったコイバナに思えて、それもまた面白そうだった。

「モモちゃん、社長に頼まれてた質問はした?」
「あ、忘れてた」

 楽しく飲んでお喋りをして、今夜はホテルに泊まるという鋼とは別れてタクシーに乗ると、準が桃恵に尋ねた。鋼さんはソロシンガーになりたくない? 単刀直入に質問するつもりだったのだが、コイバナに熱中して忘れていた。

「でも、また会う口実もできたからいいんだ」
「モモちゃん、鋼さんが好き?」
「好きだよ」

 夫が哀しそうな顔をすると、桃恵は快感を覚える。

 時代劇役者として大物の岬太四郎、桃恵もその名前は知っている。帰宅してからネットで検索してみると、岬は最近は映画監督として活躍していて、邦画ファンの間では「往年の」という位置ではない現役スターであるらしい。桃恵にはおじいさんに見える、迫力も貫録もある男性だ。

 ネットには岬の家族についても載っている。評論家になった長男と、その妻のバレリーナとの娘が曜子で、母が高知県出身だとは鋼も聞いた通りであるらしい。

 これは相当な大物だ。岬曜子自身は舞台芸術家だそうだから一般的には知名度は高くないが、知っている者は知っている。ネットには家族の写真も経歴も出ている。岬太四郎もその長男も中背ででっぷりした体格だが、曜子の母は細身で長身でバレリーナらしく姿勢がいい。彼女は現在はバレーの指導者をしている。

 母に似て背が高く、すらりとしていてセンスもいい曜子は、鋼と並ぶとお似合いだろうと桃恵にも思えた。岬曜子、しっかり覚えておこう。

「モモちゃん、神戸に来てるんだって? 今夜は暇はある?」
「仕事がすんだら帰るつもりだったんだけど、哲司くんも来てるんだったらごはん、食べようか」

 神戸の雑貨店が東京にも進出することになり、桃恵がCMに出ることになった。神戸で有名なスポットをバックにした撮影が終わると、桃恵は真行寺哲司と待ち合わせた。

 準もついてきてはいるのだが、彼には仕事はないので別行動だ。哲司は準と偶然にも会い、桃恵も神戸にいると知ってメールをしてきた。
 二十歳はすぎているのだそうだが、哲司は少年に見える。桃恵はたくましい美青年が好きなので、哲司は子どもだとしか思えない。友達としては面白い奴なので、哲司だって嫌いではないが。

 バイセクシャルだと自称している哲司は男性と同棲している。編曲家である哲司の恋人は哲司には相当にきびしいが、桃恵や準にはなにを言うわけでもない。それでもなんとなく恐いので、哲司がひとりで来ていると知って桃恵はほっとした。

「クリちゃんにも会ったの?」
「そうだよ。クリちゃんにモモちゃんのことを聞いたんだ。モモちゃんはこんなところに僕といて大丈夫?」
「どういう意味で言ってるの? スキャンダルになったりとか?」

 今はまだそれほど有名ではないが、若い女の子たちに好まれる雑貨店のCMが流れて評判にでもなったら、神戸の中華街で若い男性と食事をしていたら盗撮されるかもしれない。

「モモちゃんは玲瓏って知ってるよね」
「知ってるよ。芸術家ぶってるグループでしょ」
「そうそう。あいつら、芸能人ってのを見下げてるんだよね」

 中華料理の皿をずらっと並べて、哲司は小食なので桃恵が大部分を食べていると、哲司が冷笑的に言った。

「あそこのリーダー、村木漣は名前と顔が一致するんだけど、あとはごっちゃになってる。他に四人いるんだったよね」
「このごろけっこう人気が出てきてるから、あたしは知ってるよ」

 全員イケメン、全員長身、全員が帰国子女で海外の大学で音楽を学んだ。芸能人ではなく、本物の芸術家集団、そんなふれこみの「玲瓏」は事実、顔もよければ歌も上手なので、金持ちマダムたちに人気があるらしい。日本の歌手なんてねぇ……と軽蔑するマダムたちは、クラシックならば受け入れるのだそうだ。

「田中、吉田、中井、井村、村木だよ」
「そうだっけね。これはケイさん情報だから、世間には公表されてないんだけどね」
「なになに?」

 田野倉ケイ、哲司の同棲相手である。

「そのうちの……たしか、井村だったな。だっせぇことをやるんだって」
「だせえことってなに?」
「僕には関係ないんだけど、恥かしくてたまんないんだよね。玲瓏ってのはイヤミな奴らばっかりだけど、たしかに軽佻浮薄な芸能人とはちょっとちがうって、僕も見間違っていたんだな。内部ではなんて言われてるんだろ。だせっ、やめろよ、おまえは、やめてくれよって、フォレストシンガーズ内でだったら言わないかな」
「なんのことよ?」

 オーディションで厳選された若い男性たちで結成したグループだから、玲瓏はフォレストシンガーズのような友人関係ではない。彼らが丁寧語で会話をしているのは、桃恵も耳にしたことがあった。

「いいんじゃないの? これで将来安泰だね、うまいことやったな、いいのをつかまえたな、ってところかな。あいつらだったらそうかな。やめろとかださいとか言ったら、妬んでるって思われそうだしね」
「なんなのよ、はっきり言えよ」
「井村が有名人の娘……いや、孫だっけ。そういうのと結婚するんだって」
「へぇぇ」

 そんなの流行ってるの? と言いそうになった桃恵に、哲司は小声で告げた。

「じいさんは超大物俳優で、今は映画監督だそうだよ」
「それってもしかして……」
「モモちゃん、知ってる?」
「その孫って……」
「大きな声で言わないで。僕らってひょっとしたら注目されてるかもしれないんだからね」

 誰も見ても聞いてもいないとは言い切れない程度に、桃恵には知名度もある。桃恵は声を潜めた。

「ミサキヨウコ?」
「知ってたの?」
「そうじゃなくて……」

 えええ? そしたら鋼さん、失恋? それとも、先走っていただけ? 曜子さんって鋼さんのことは、母と同郷だから親しみを覚えて、軽く触れ合っただけ? 鋼さん、かわいそ、なのだろうか。

「僕はその女とはちらっと話したこともあるんだけど、彼女だったら言いそうだな。一般人なんて私にはふさわしくないわ、私を誰だと思ってるのよ、ってね」
「そんな女?」
「取り繕うのはうまいけど、そんな女だって僕は思ったな」

 誰の目も耳もなさそうなのを確認してから、鋼の話をかいつまんでする。哲司は鼻先で笑った。

「結局、玲瓏もただの芸能人なんだよね」
「そうなんじゃないの? 哲司くん、ほんとに見損なってたんだよ」
「ほんとにね」

 偏見や思い込みの激しい哲司の言を鵜呑みにしてはいけないのかもしれないが、桃恵は玲瓏の奴らが大嫌いだから、そのうちのひとりがそんな女と結婚するのはお似合いだと思う。鋼さんはそんなのよりは、同僚と恋人同士になったほうがいいよ、と知らず鋼に心で語りかけていた。

 他人の恋愛話でも桃恵のハートはじきに桃色に染まるのだが、井村と曜子って恋愛なんだろうか……などと失礼な邪推もしてしまうから、ピンクの花は咲きそうになかった。

END







スポンサーサイト



【FSソングライティング物語「Anti-war song」】へ  【FS超ショートストーリィ・四季のうた・章「秋の魅」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FSソングライティング物語「Anti-war song」】へ
  • 【FS超ショートストーリィ・四季のうた・章「秋の魅」】へ