ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/10「野葡萄」

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2017花物語

11「野葡萄」

 本家の当主などというものは前世紀の遺物のように思われるが、いるところにはいる。早矢香、真美香、亜本気、三姉妹の両親が事故でいちどきに亡くなったとき、三人はその老人の前に並んですわらされた。

「このたびは大変なことになって、私からもお悔やみ申し上げる。これからは姉妹三人で力を合わせて生きていかねばならんな。むろん親族も協力するが、うん、その前に、おまえたちに伝えておかなくてはならないことがあるのだよ。あるいはサヤカなどは薄々気づいていたのかもしれんが、気づいていたかね?」
「なんのことですか?」
「アマジのことだ」
「アマジ? えーっと……」
「気づいてないかね? アマジが生まれたとき、サヤカは四歳……幼すぎたかな。マミカも知らんのだよな」
「なんのこと?」
「アマジは当然知らんわな」

 親戚一同はむろん知っていたのだが、三姉妹には絶対に教えないように、とこの本家の当主が緘口令を敷いたのだそうだ。時期が来たら父親に話させると。

 時期が来るまえに父親は亡くなってしまったのだから、当主が話すしかなくなった。早矢香12歳、真美香10歳、亜本気8歳の秋だった。

「アマジにも理解はできるだろう? おまえたちの両親は、マミカが生まれて間もなく離婚したのだよ。離婚ってわかるな? 三人ともわかるか」

 離婚ならば意味としてはアマジにだってわかるが、初耳だったのでびっくり仰天し、姉たちと顔を見合わせた。

 理由までは話す必要もないだろう、と前置きして、当主は続ける。親戚には口さがない連中も大勢いるし、近隣の住人だって噂話は大好きなのに、三姉妹の耳に入らなかったのもびっくりだ。かの地では当主がさほどに権勢をふるっていて、この老人に睨まれるとあとが怖いからなのではあるまいか。

 結婚し、ふたりの娘を得たあとで、両親は離婚した。親権は母親に渡り、サヤカとマミカは母とともに家を出ていく。父もこの地から出ていき、家族は離れ離れになった。

 次女のマミカが三歳になったときに、父親から元妻に電話がかかってきた。

「故郷に戻ったんだよ。都会にいればひとりでもどうにか生きられたけど、故郷にいるとひとりは寂しい。みんなに責められるんだ。あんなにいい奥さんと可愛い娘たちを捨てて、おまえはなにをやってるんだ、ってね、怒られるんだよ。それもあって後悔している。やり直せないか?」

 覚悟を決めてシングルマザーになった母ではあったが、日々の暮らしに疲れてもいた。母も都会で暮らし、五歳と三歳の娘たちを保育園に預けて日も夜もなく働きづめで生きている。とりたてて資格もない事務員の身では収入も決して潤沢ではなく、父の言葉に心が揺らめいた。

「何度も話し合いをして、サヤカやマミカもまじえて食事をしたり、遊園地に行ったりもした。そのころのことはサヤカやマミカは覚えていないか?」

 姉たちは覚えていないらしく、そろってかぷりを振った。

「そうか……」
「家族みんなで遊園地に行ったことはあるはずだけど、あのときにはアマジもいたような……」
「そうだよね。サヤカちゃんと私とお父さんとお母さん……それって私も覚えてないな」
「マミカはまだ小さかったからな。そして……」

 一度は離婚をした夫婦は、離婚後二年ばかりして復縁した。父も母も故郷のこの地に戻り、ふたりの子どもと四人家族の暮らしが再スタートする。母はこの地の出身ではなかったが、父と父の両親に連れられて親戚筋や近所に挨拶回りをしていたので、皆に好感をもたれていたのだった。

「それから一年もせぬうちに……」

 赤ん坊を抱いた初老の夫婦が、この地にやってきた。

「その夫婦ってのがな、アマジの祖父母だったんだよ」
「え?」
「実は……」

 父は母と離婚してほどなく、再婚していた。実は……母と離婚した原因のひとつは父の不倫だったのではないかと思われるのだが、当主はそのあたりは言葉を濁した。

「できちゃった婚とかいうのだな。おまえたちのお父さんは離婚してすぐに再婚し、アマジが生まれたんだ。ところが、アマジの母親はアマジを置いて失踪した。再婚とはいっても籍を入れていなかったようだが、認知はしていたらしい。そこらへんは子どもにはむずかしいのではしょるとして……」

 新しい妻に子どもを置いていかれた父は、困り果てて妻の両親に子どもを託した。妻の両親もやむを得ず子どもを預かった。その子どもがアマジなのだそうだ。

「自分たちの孫なんだから預かりはしたものの、ふたりともあまり身体が丈夫ではなくて、赤ん坊の世話は難儀だったらしい。そうしているうちに娘の夫が再婚したと聞いた。自分たちの娘も赤ん坊を置いて失踪したという弱みがあるものだから、文句も言えなかったらしいが、ならばとばかりに……」

 再婚というのか事実婚というのか、そういうことをしていたとは父は母には内緒にしていた。むろん子どもがもうひとりできたなどと告げているはずもない。大切なことは隠蔽して元妻と復縁し、のうのうと暮らそうとしていた父は青ざめた。

「そりゃあ、おまえたちのお母さんだって怒るわな。事情をきちんと話して、アマジのことも面倒見てくれと言われたなら、おまえたちのお母さんならば承諾したんだろうが、内緒にされていたんだから許せないとなる。そこで、親族会議が開かれた。アマジを引き取ろうかと言った者もいたよ」

 が、母は言った。

「アマジも私が育てます。ただ、子どもたちにはこんなややこしいことは言わないでいただきたいのです」
「わかった。時期が来ればおまえから話しなさい、いいな」
「……はい」

 恐縮しきりの父は、当主のご託宣にうなだれたままうなずいた。

「というわけだ。なのだから、アマジはサヤカやマミカとは半分しか血がつながっていないのだよ」

 言われてみれば思い当るふしはある。
 字面も読み方も美しい姉たちの名前に対して、末っ子のアマジの名前は少々変である。学校の先生が、ア・マ・ジ? 本気と書いて「マジ」? 本気の名前? と驚いていたことがあったのは、アマジの記憶にも残っていた。

 なんで私だけこんな名前? と両親に尋ねたいのはやまやまだったのだが、父も母も親しみやすい親ではなかったので訊けなかった。両親に親しみにくかったのは姉たちも同じだったようだが、そんな事情があったとは。

「おまえたちの後見人は私がつとめる。三人ともに責任持って学校を終えさせ、嫁に出す。約束はするが、どうかね? サヤカ、おまえはこれからもふたりの妹に分け隔てなく接することができるか?」
「お母さんがしていたように、ですね。できます」
「そうか。では、まかせるよ。おまえたちの家庭では長女のサヤカが家長だ」

 広い広い本家の庭には、野葡萄の蔦があちこちにからまっている。私、野葡萄みたいに生きてきたんだろうか。養母の情けにすがって……? 三人して本家を辞去するときに、八歳のアマジはそんなことを思った。

「野葡萄みたいにからまって? アマジ、野葡萄の花言葉って知ってる?」
「知らない。なに?」
「慈悲、慈愛」

 両親を亡くした姉妹を親戚がバックアップしてくれたのは、田舎ならではの強固な親戚関係だったのだろう。わずらわしくもあり、ありがたくもある絆だ。

 叔母や伯母や従姉妹などが手を貸してくれ、そのうちには自分たちもスムーズにできるようになったから、家事にもさして苦労はしなかった。両親が生きていたころと同様に、三人でもとの家で暮らし、姉妹は成長していく。高校までは地元ですごし、高校を卒業するとそれぞれに別の地方の大学に進学し、卒業して進学した。金銭面でも両親が残してくれたものと、親戚筋の協力でどうにかなった。

 久しぶりに三人そろって本家を訪ねたのは、当主の葬儀のためだった。

 衝撃の事実を知らさせたあの年からだと、二十年近くがすぎている。マミカは結婚して一児の母になったが、サヤカとアマジは独身だ。アマジは二十代だから都会ではまだ未婚でもおかしくないが、サヤカ姉ちゃんは結婚しないのかな、お節介なことを考えているアマジに、サヤカが言った。

「野葡萄……覚えてる?」
「ああ、お姉ちゃんが花言葉を教えてくれたっけね。私がお母さんにからまってたんじゃなくて、お母さんが慈愛を持って、血のつながらない私を育ててくれたんだって意味でしょ」
「そうねぇ。お母さんは私たち三人にわりとそっけなかったけど、差別しないようにって、敢えてそうしていたのかもね。私もお母さんを見習うわ」
「どういうこと?」
「バツイチふたりの子持ちの上司とね……」
「結婚? その子たち、サヤカ姉ちゃんが面倒見るの?」

 そ、とはにかんだように言う姉に、飛びついて祝福するのは躊躇してしまう。母がどれほどに大変だったのか、アマジもわかる年齢になった。実の母、そんなひとはどうでもいい。アマジにとっては育ててくれた母だけが母だ。

 バツイチ男性と結婚して彼の連れ子を育てる、姉の苦労は母の苦労とは別種だろうが、これから姉が歩いていく旅路を想うとアマジの気が遠くなりそうになる。血なのかしらねぇ……と呟く姉。その血は私には流れてないんだよね、と思うと、アマジとしてはちょっとだけ寂しかった。


END







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~ Comment ~

NoTitle

・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
この手の話をこの年齢ですることが良いことなのか。
悪いことなのか。。。
微妙ですね。
正しいか間違っているかは分かりませんが。
どう作用するかは興味がありますね。
(;一_一)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

おっしゃる通り、小学生で世の中の現実を知るのは、いいことなのか悪いことなのか。
そのせいでひねくれる子もいそうですし、悟る子もいそうですし、強くなる子もいるかもしれませんね。

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